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ライとシェン

 ガヤガヤと騒ぐ活気と雑音に揉まれながら、少年・スイシェンは逸れまいと保護者の背中を必死で追いかけていた。

 ここは交易城市・クァンロン。大陸の中央に位置し、各国の法律や通貨制度さえも通用しない中立地帯。城主であり大商人・カンミュイの元で発行している商人札があれば誰でも商売をできるとあって、常に人と物の往来が絶えない城塞都市である。そして、この都市内で買い物をしたければ……商売をする方も、される方も、両替所でクァンロン札をあらかじめ用意しておく必要がある。だからこそ、彼の保護者はこの都で過ごすための資金を用立てようと、両替所へ足を早めているのだった。


「待って! 待ってよ、ライ姉!」

「この程度で遅れを取るな。……何のためにお前を鍛えていると思っている」

「いや、そうなのかもしれないけど……。でも……あっ、ごめんなさい!」


 言っている側から、ぶつかる馬鹿がいるか。

 そう口先では憎まれ口を叩きつつも、ライ姉……こと、かつての死神・アケライは飾らない少年の表情を見つめては、安心すると同時に、寂しさも募らせていた。


 ターゲットを取り違えてまで生かした赤子を拾い上げ、育てて……そして、1人前にするまで。この子と過ごすのは、それっきりの長くて短い、最後の旅路の間だけ。それが終われば、全てを終えることができる。だからこそ、頼りない子供の相手も我慢できる。

 そう自分に言い聞かせては、仕方のない奴だと……スイシェンの手を取りつつ、アケライは尚も足を早める。自分の手とは対照的なまでに、柔らかく、温かい小さな手。現在、スイシェンは数え年で12歳。墨色の髪に深い瑠璃色の瞳の容貌には、まだまだ幼さも残っているが。物心つく頃からライに厳しめに鍛えられた事もあり、背の伸びはそこそこでも、体つきはそれなりに引き締まっていた。


「ところで、ライ姉。ここに来たってことは……何か買いたいものがあるの? それとも……」

「……両方だ」


 「それとも」の先を封じられて、明確な答えを寄越されれば。スイシェンの方はライを頼もしいと思うと同時に、申し訳ない気分にさせられる。彼女が「その類の仕事」をしているのは、どこまでも自分のため。そして、彼を鍛えているのも、やっぱり自分のため。残されても尚、1人で生きていけるようにと……ライは普段は口数も少ないクセに、それだけは執拗にスイシェンに刷り込もうとしている。しかし、その言葉に隠された真意に気づけぬ程、スイシェンもそろそろ、そこまでの子供ではなくなりつつあった。


(それって……つまり、いつかは……)


 1人になるということ、だよね?

 言いたくても、言えない本音。

 親のないスイシェンを拾って育てたのは、何故か大陸でも名の通った魔物狩りの名手だった。それが、彼の保護者でもあるライの表向きの職業であり、スイシェンもたびたび狩りに連れ出されては、魔獣の仕留め方を教わってもいる。しかし、獲物がただの魔獣程度だけであれば……それでも血生臭いことに変わりはないが……まだ、穏やかだったのかもしれない。しかし彼女には時折、特殊な依頼が舞い込むことがあるらしく、その特殊な仕事の時はスイシェンは有無を言わさず宿に留め置かれては、留守番を余儀なくされていた。

 そして、この都にやってきた目的の片方はきっと……そちらの特殊な仕事のためなのだろう。


「……どうした、シェン」

「えっ? あぁ、うん……何でもないよ、ライ姉」

「そうか。……済まないが、少し待っていてくれ。換金してくる」

「うん。大丈夫。ここで待っているよ」


 どっしりとした石造りの目的地を見据えては、ライがさして緊張する様子を見せる事もなく飄々と両替所に入っていく。いくら凄腕のハンターと言えど、金がなければ食事も宿も得ることはできない。それでも、ライは凄腕だけあって、資金巡りはかなりいいらしく、今の今までスイシェンの食事と宿を用意できなかった事は1度もなかった。それもそのはず……彼女が狙いを定めるのは決まって大物の魔獣であり、手配書にも高額な報酬が記載されている相手だけだったのだから。

 もちろん、相手が希少な魔獣であれば、骨や牙、毛皮や羽毛なんかも売り捌く事もできる。しかし、それは自分には必要ないものだとライは割り切り、頑なに討伐の証である牙や爪の1本しか持ち帰ろうとはしない。


(……魂を解放してやった後は、御身は地に還すべき……か)


 それはきっと、ライなりの美学なのだろう。相手がどんな魔獣であろうとも、冷静かつ沈着に立ち回って……スイシェンに戦い方を教え込む余裕さえも見せながら……鮮やかに彼らを一方的に狩り取るライの姿は、恐ろしいと同時に、ひたすら美しい。そして……その死にさえも、冷酷な表情を緩めるのだから、本当は……。


「待たせたな。……次は買い物だ。行くぞ」


 本当は冷たいフリをしているだけなのかもしれない。

 スイシェンがそんなことを考えている側から、相変わらずの固い表情を崩さないライが戻ってくる。その手には大金と思しきクァンロン札の束。厚みからしても、彼女の買い物はどうやら高額商品の様子だが……。


「う、うん……。ところで、その買い物って?」

「手入れと修理を頼んでいた武器を引き取りに行く」

「武器? ライ姉、武器を変えるの?」

「いいや。私のではない。お前の分だ。……そろそろ、頃合いだろう」

「僕の武器……?」


 ライの申し出に嬉しさ半分、寂しさ半分。守られる立場ではなくなるという、誇らしさと、不安と。横を歩く真っ赤な髪の合間から見える彼女の横顔には、何1つ表情の変化は見られない。自分でも曖昧な感情の答えを見つけようと、彼女を窺おうとも。スイシェンの目に映るのは……どこまでも、隙のないライの整った容貌だけだった。

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