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叶わぬ再会

 ユンルァに伴われ、ようやく交易城市・クァンロンへ戻ってきたのも束の間。深夜だというのに、ルーシンの店は灯りが落ちておらず、妙に慌ただしい空気が充満している。その様子に……冷静なアケライもどうしたことかと、ユンルァと顔を見合わせずにはいられない。


「……ルーシン様?」

「あぁ、アケライ! いい所においでなすった。その……聞いて驚くんじゃないよ。シェンちゃんが攫われてしまったみたいなんだよ。それで、今……彼の行方を追っているところさね」

「……何ですって?」


 子供の使い(中身はアパスマラという小鬼である)にテキパキと命令を出しながら、困った事になったとルーシンが膨よかな顎を摩っている。しかし、彼は財福の神である以前にクァンロンに古くから根付く商人でもある。自分の縄張りで起こった事である以上、手がかりの糸はきっちり掴んでいると、いくばくかの安心材料を提示してくるが……。


「と言いつつ、シェンちゃんを攫った奴の目星はついているのさね。で、依頼主の名前もうっすらと分かっている。しかし……まぁ、そいつはまずまず本名じゃぁないだろうね、あの様子だと。だから、そいつらのご主人様がどこの誰かを確認せにゃならんと……今、アパスマラを換金所に走らせているよ」

「換金所? ルーシン、一体どうして換金所なのだ?」

「おや? ……なんだ、お前さんも来ていたのかね、ユンルァ。ふむ? ……と、いう事は……?」

「あぁ、お察しの通りだ。……ラハイヤ様がアケライの魂を人間のものへ戻してくださったのだ。だから帰りの道中は危なかろうと、こうしてお供した次第なのだが……」


 同じ神の庭にいたことがある以上、ルーシンとユンルァは顔馴染みでもある。そんな予想外でやってきた顔馴染みの精悍な面差しに、この上なく頼もしい助っ人がやってきたとルーシンも安堵の笑みを溢すが。しかし、その笑顔もすぐに曇り顔に変えては……スイシェンが攫われたであろう理由と、犯人について説明し始める。


「……今日、変なお客がこの店に来てね。で、初めは紫雲を買いたいなんて言ってたんだけど。きっと、本当の狙いは蒼天……いんや、違うか。多分、シェンちゃん自身だろうね。そいつは蒼天を使い手ごと譲れと、まぁまぁ、無茶も呆れるようなことを言ってきた」

「スイシェンを……?」

「多分……彼らの大元はバダルハかもね。ここ、クァンロンはラハイヤの守護を受けた地でもあるから、バダルハが直接入ってくる事はできないし、直接悪戯をすることもできない。だけど……刺客を送り込むことはできるのさね。この街は来る者拒まずが基本姿勢だからぁね。だけど、アケライも知っての通り……買い物には必ずあるものを使う決まりになっている」

「……そういうこと、でしたか。……この街で過ごすには何をするにつけても、まずは換金所でクァンロン札を仕入れる必要があります。そして、そのクァンロン札を換金するには、所定の手続きをしなければならない」

「そうさね。だから、換金所なのさ。……この街でクァンロン札を用意しなければならない決まりになっているのは、他でもない。……怪しい奴が来ても、換金所に記録を残すためでもあるんさね。ちなみに、この街は伊達にあたしが作っているわけじゃぁ、なくてね。……換金所の署名台は偽名が通用しないようになっているし、人間以外の相手だった場合はそれらしい痕跡も残すようにできている。神様の庭に生えている御神木の紙を使っているから……嘘もお見通しさね」

「そう、だったのですか……?」


 そんな大層なものが、何気なく換金所にあっていいものだのだろうか? しかも、かなり前のこととは言え……自身もその台帳に署名をした気がするが。しかし、今はそれは考えるべきことでもないかと、アケライは首を振る。とにかく、スイシェンがどこに行ってしまったのかを考える方が先だ。


「あぁ、帰ってきなさったね。おかえり、パンチャ。それで……どうだったかね?」

「はひ。記録を確認してきましたですよ、ルーシンしゃま。今日、高額な換金をしたお客人は3名。そのうち、筆跡に魔の痕跡があったのは1名。それで……そのお名前でしゅけど。裏台帳にはハッキヤムとありまちた」

「……ハッキヤム、か。あぁ、あぁ。これまた、面倒な相手が出てきたもんだね。ハッキヤムと言えば、バダルハの所の看守じゃぁないか」

「確か、落ち魂の管理をしているという……?」

「そうさね、そいつだよ、そいつ。……落ち魂を管理すると同時に、ちょいとした悪戯も任されいるバダルハの腹心だぁね。……こうなると、そいつがご主人様と宣っていたメイシャンとやらも、そっち側かぁね」


 はぁて、参ったね……と言いつつ、きちんとお役目を果たしてきたパンチャにお駄賃の餡入り包子を与えるルーシン。そうして、手渡された側から満足げに包子を頬張るパンチャに、もう一捻りと質問を投げる。


「それで、パンチャ」

「はひ……はふ? なんでしゅか、ルーシンしゃま」

「そいつが換金していった元の札はどこの物か知ってるかい?」

「もちろんでしゅ! えぇと……シャムルの札だったようでしゅよ!」


 そうして空いている左手で器用にゴソゴソと腹巻きからメモを取り出しては、パンチャが調査結果を余すことなくルーシンに伝える。それによると、額面は80万クァンロン札、シャムル札でおよそ400枚。尚、パンチャが嬉しそうに頬張っている包子は1つで2クァンロン銅貨程であり、彼らが換金した金額は実に包子40万個分にもなる。


「向こうさんも相当に気を遣っていたようだねぇ……。神様が律儀に換金しているのも、ちょいと間抜けだけど。まぁ、ここで穏便に買えればそれで良しだったのかぁね?」

「さぁ、どうでしょうね? ……別の思惑もありそうな気もしますが」

「うん? それ……どういうことだね?」

「……ルーシン様は意外と、そういう部分には疎いのですね。このクァンロンでは所定の札さえあれば、それなりの信頼を買うことができる空気があります。余所者であろうとも札の耳を揃えれば、誰が相手だろうと一定の生活が可能です。しかも……おそらくですが、この札自体も特殊な素材なのでは?」

「あぁ……そう言や、そうだった。……その札も神木紙でできていたんだったっけ……」


 来る者拒まずの上に、札さえ揃えれば信頼も揃えられる。しかも、漏れなくラハイヤの加護付き。この交易城市でクァンロン札を仕入れるというのは、要するにそういうことである。

 そんな落とし穴に気づかされては、あちゃー……と額に手をやるルーシン。大らかな空気にお誂え向きの間抜けさを発揮してしまっては仕方ないと、思い立ったように店をいそいそと閉め始める。そうして「臨時休業中」と書いた張り紙を門扉に施しては、アケライとユンルァに向き直った。


「……すぐに出かけるよ。行き先はシャムルさね。悪いんだけど、ユンルァ」

「もちろんです。……最後まで、お供しますよ」

「ふふ。やっぱり、お前さんは物分かりがいい上に、頼りになるよねぇ。……アケライもそれでいいかね?」

「えぇ、もちろんです。……こちらこそ、お願いいたします……」


 それに道中で話したいこともあるし……と、最後に意味ありげなことをルーシンが呟くが。今は行動が先だと、勝手口へと2人を促す。行き先はシャムル……クァンロンより東に位置する大国。スイシェンの獲物だった王妃がかつて君臨していた国の名に、何の因果だろうと……アケライはため息をつくものの。再会叶わぬスイシェンの身を、何よりも案じずにはいられないのだった。

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