逆光の願い
アケライの望み。それはあまりに馬鹿げていて、あまりに無欲なもの。普通であれば、その逆を願うだろうに。しかし、そのたった1つの望みさえも、快く叶えてやれない自分の狭量さに辟易しながら……ラハイヤは、悲しげにため息をつく。
「……そう、か。そなたには私の元に戻ってくる意思はないのだな……」
「ありません。そもそも……」
「皆まで言わずとも、よい。……分かっておる。きっと……そなたは私の思い上がりさえも、嫌っているのだろうな。私とて、そのくらいの事は理解しているつもりだ。一方的に伴侶となる相手を作り出したとて……それが必ずしも正しい在り方であるとは限らない事くらい。……そう、だな。魂も心も……本来は自由であるべきもの。一方的に所有して縛り付けていいものではない」
ラハイヤの思い上がり。それは相手を所有するという潜在意識に基づく、創造主の横暴に他ならない。美しく、誇り高く……それでいて、清らかに。しかし、いくら彼女側に自分の都合と嗜好とを詰め込んだところで、その心を得られる保証はない。その身に宿るのが手作りの魂であろうとも、彼女の心までは最高神とて作り上げることはできなかったのだ。
「そこまで願うのであれば、それを叶えるのも……創り主の役目かもしれんな。いいだろう。……お前の魂を人間のものに戻してやろう。そして人の世で、アズラの魂に寄り添うといい」
「ありがとうございます、ラハイヤ様。それと……この場でこちらもお返しします。……これからの私には、不要なものでしょうから」
相変わらず冷徹でありながらも、しっかりとその頬に赤みがうっすらと差したのにも気づいて……ラハイヤは、さもやるせ無いと悲しい息を吐く。そうして、律儀に差し出された紅月を受け取るとそのまま、側に控えていたユンルァに預けた。
「……本当に、いいのだな?」
「……えぇ、もちろんです。……永遠など、望みません。強さも、必要ありません。私の望みはたった1つ。……人間として、望む相手の側で同じ時間に身を委ね……ただ、年老いて朽ちていきたいだけです」
だから、馬鹿げているのだ。アケライの願いは、この世界の普遍的な願望から逆行している。永遠の若さと、最高の強さ。それを折角兼ね備えていると言うのに。彼女はそんな誰もが望むはずの願いさえも捨てて、たった1人の人間に寄り添おうとしている。そのあまりの馬鹿さ加減がラハイヤには羨ましく…そして、淋しくもあった。
(アケライの望みを叶えるという事は……ふふ。やはり、私はどこまでも報われないらしい。これではまるで……)
お前はお呼びでない、と言われているようなものではないか。暗にアケライに「振られてしまった」のだと勘付いては、クツクツと自嘲の肩を揺らすラハイヤ。そうして、ここまでこっ酷く袖にされるのはもう懲り懲りだと、ようよう恭しい手つきでアケライの額に手を伸べて。彼女の魂に刻まれた死神としての証……暗黒神の「悪戯の痕跡」を剥奪する。これで……。
「……アケライ。今のお前は人と変わらぬ身だ。その武術は経験としては残るだろうが、今までとは勝手が違うことは覚えておけ。それと……ユンルァ」
「ハッ」
「アケライをルーシンの元へ送り届けてやってくれ。紅月も一旦は彼に預かってもらった方がいいだろう」
「承知しました。……では、アケライ」
「……はい。ご足労をおかけしますが、是非に見送りをお願いいたします……ユンルァ様。それと、ラハイヤ様。……この度は願いを聞き届けていただき、ありがとうございました。これで、ようやく……私は私として生きていけます。これで、ようやく……」
望みの終焉を迎えることができます。
深々と頭を下げて、あれ程までに気丈な様子を見せていたアケライが感激の涙を流している。そのあまりに美しい雫に……やはり軽々しく愛を作ろうとするものではないと、一方のラハイヤは清々しい気分になりつつ。ユンルァに伴われて離れていく彼女の背中が見えなくなるまで……ただただ、立ち尽くしていた。