拒絶と決別
角を曲がった先の大通り。当然ながら、人の目もあれば、行き来もある。そんな場所であろう事か、「落ち魂」に取り憑かれたと思われる魔が者に遭遇するなんて。これは何の悪い冗談だろうかと、スイシェンは頭を悩ませるものの…幸か不幸か、相手のターゲットはどこまでも自分らしい。蜘蛛の子を散らしたように逃げていく人々には目もくれず、魔が者はスイシェンこそを「手に入れようと」襲いかかってくる。
(……見た感じは、そこまで深度は進んでいないように見えるが……)
しかし、相手は3人もいる。今まで単独行動の時は1体1の戦闘しか経験したことがないスイシェンにとって、魔獣ならいざ知らず、弱点も奥の奥に隠している魔が者を同時に3人も相手にするのは非常に厳しい。
「……だけど、やるしかなさそう、でしょうか」
「ふふ。人ながらに魔剣を託されたのは、伊達ではないということですか?」
「さぁ? どうでしょうね。……俺は正直なところ、本当に巻き込まれただけなんです。……こんな物、望んですらいなかった」
こんな物。いつかは相棒と頼りにしていた蒼天さえも、今のスイシェンには因縁の証にさえ思えて尚も忌々しい。それでも負けるわけにはいかないと、気乗りしないまま蒼天の柄に手をかける。いくら諦めかけていたとは言え、このまま死ぬなんて、真っ平御免だ。巻き込まれたままで命を落とすのはそれこそ、物足りないし、残念すぎるにも程がある。それに……。
(……そう、だよな。このまま終わりでいいはず、ないよな)
本当は知っているし、分かっている。どんなに反抗しようとも、どんなに強がってみようとも。自分は何よりも彼女と共にあることに憧れていたし、彼女の隣に立つことを望んでいた。いくら決別したのだと割り切っても……どうしても、彼女の面影を忘れることもできない。
(って、今はそんな事を考えている場合じゃないな。とにかく……こいつらをサッサと鎮めなければ)
そうして彼らの攻撃を掻い潜りつつ、冷静に出方を窺う。我先にスイシェン目がけて爪を振り下ろしてくるのを見る限り、彼らに作戦というものはないらしい。時折、間合いを測り損なっては、互いにぶつかっている様子からしても…数が多いことが却って、裏目に出ている印象さえある。
(……まずは……うん。手前の小さめの奴から行くか……!)
小柄な分、素早い1人に狙いを定めて…攻撃を躱す合間にも、体勢と呼吸を整えるスイシェン。そうして、一番大きな相手が振り落とした拳を避け、腕を駆け上がると同時に……その下をチョロチョロと駆け回っていた1人目に、躊躇なく蒼天を振り下ろす。勢いに任せて、頭上からズバリと一刀両断、魂ごと真っ二つに寸断せしめれば。これはお見事と、彼らの飼い主が嬉しそうに手を叩いては喜んで見せる。
「これはこれは、素晴らしい手際ですな! この調子で……ふふ。後の2人も、見立て通り行けそうですね?」
「……俺も死にたくないもので。是非にそうさせて頂きたいところですけど……あなたの方はそれでいいのですか?」
「もちろん構いませんよ。私の目的はメイシャン様を満たすことだけ。そのための撒き餌をいくら潰されようとも、痛くも痒くもないのです」
「……そうですか。それまた……結構なご趣味ですね」
憎まれ口を叩きつつも、殺されては敵わないと残りの2人に向き直るが。今のやり取りに確かな違和感を感じては、スイシェンの背中にジトリと嫌な汗が伝っては落ちていく。彼にとって、3人を屠られることは「想定内」でもあるらしい。しかし、スイシェンを「大人しくさせる」手段でもある彼らを失ったら、蒼天を手に入れるどころではないだろうに。
(何かが……おかしい……。だけど……)
何れにしても、このままやられる訳にもいかないか。
次の狙いを殊更破壊力のある拳を振り回している最大の相手に定め、一気にその懐に飛び込むスイシェン。そうして、いつかの経験を生かすように……深く腰を落としては、一閃集中とばかりに蒼天を一気に振り抜けば。ゾブリと腑を確かに抉る感触と共に、その奥底に根付いていた魂も切り裂いた実感が蒼天の刃に確かに伝ってくる。だが……。
(……うん……? こ、これは……?)
肉を切る感触、血が滴る臭気。慣れていたはずの「命のやり取り」だったはずなのに、その時ばかりは妙なおまけがくっついているのにも気づいて、スイシェンはようやく異変から逃げようと思い切り後方に飛びのくが。しかし、時既に遅し。返り血に仕込まれていた何かを吸ってしまったのが、非常によくなかったらしい。スイシェンは少し離れた着地先でクラリとバランスを崩しては、とうとう片膝を着く。
(……なる、ほど……毒に冒されていないのなら……)
毒を盛るまで、か……。
ドス黒くベッタリと着いた返り血から、何かが細かく舞い上がっているのが確かに見える。そして、それが段々と大きくなっているのにもハッキリ気づいた頃には……スイシェンの視界は朦朧とし始めていた。
「……大丈夫ですよ。貴方を殺したりはしません。何せ……」
不気味な笑顔を貼り付けたままの男の言葉は、最後までスイシェンには届かない。自分が倒した魔が者の身から吹き出した血溜まりの中で……真っ黒な何かにスッポリと包み込まれて。スイシェンの意識は、そこでプツリと途切れた。