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夜道の屋台

 妙なお客様に蒼天ごと買われそうになった一幕はあったものの。それでも無事、仕事を終えて帰りの雪道を急ぐスイシェン。結局、新調できないままの外套を繕って着てはいるが……元々の品質が良かっただけに、心なしか1枚だけでも十分温かい。そうして意外と距離があるルーシンの店からカンミュイの屋敷へ続く目抜き通りを、外套の襟に頬を埋めながら歩いていると……ふと、いい匂いが鼻をかすめるので、顔を上げてみれば。そこには気の利いたことに屋台がいくつか並んでおり、寒さに負けまいと仕事帰りらしき男達が酒を呷っては鼻を赤くしていた。


(少し、小腹が空いたな……うん、折角だ。ここは1つ、俺も何か買ってみようかな)


 スイシェンには酒を嗜む習慣はないし、正直なところ興味もない。しかし……一緒に並べられている小料理やおやつへの好奇心くらいは持ち合わせており、絶え間なくいい匂いで誘惑されては、空きっ腹を抱えたスイシェンが耐えられるはずもなし。この年になってようやく、屋台で「おやつ」を買うことになるなんて……と、自分がほとほと情けなくて嫌になりそうだが。そんな些細なことも含めて、今までどれだけの「日常」を失ってきたのかと思うと、スイシェンは尚も寂しい気分にさせられる。

 アケライは食に関しても異常なまでに「冷めて」おり、スイシェンに与えられる食事も必要最低限の質素なものばかりだった。もちろん今までだって、街中で屋台というものを見かけた事はあったが。アケライの妙な拒絶感に気圧されては、屋台で売っているおやつを食べてみたいなどと、幼かったスイシェンが言えるはずもなし。未だに屋台という存在は彼にとって、未知なる空間でもあった。

 そうしてズルズルとアケライの影響を引きずっているのにも、遣る瀬なさを覚えながら……蒸籠からもうもうと登り続ける湯気に誘われて、試しに1つとロウパオを買い求めてみるスイシェン。そうして愛想良く手渡されたホカホカの包子に、もう我慢ならぬと齧りつけば。モチモチとした生地の奥から、ジンワリと滲み出る肉汁の香味がすぐさまスイシェンの腹も心も満たしていく。


「うん、ご馳走様です。……あぁ、美味しかったなぁ」

「そうかい? 嬉しいこと、言ってくれるじゃないの。それにしても……お兄さん、見かけない顔だね? この辺は初めてかい?」

「……そういうことになるのかな、一応は。少し前から、この街で働くことになりまして。それで……今は仕事帰りなんです」

「おや、そうだったの。それじゃ、これからは是非にご贔屓に頼むよ。あぁ、それと……夜は意外と物騒だからね。気をつけてお帰りな」

「うん、ありがとう」


 カンミュイの屋敷でも夕食を用意してもらっている手前、ここで満腹になる訳にはいかない。それでなくても、屋敷で提供される食事は品数が妙に多いため、腹は空いたままの方が何かと都合もいい。そうして、もう1つ頼みたいのも我慢しては……最後まで感じのいいおばちゃんにお礼を言いつつ、残りの帰り道を急ぐ。


(……次の角を曲がれば……)


 すぐ先がカンミュイの屋敷のはず。少しばかり見慣れ始めた帰り道の最後の角を、何気なく曲がったが。その角の先で、間違いなく見知った顔と見知らぬ顔の一団がスイシェンの帰り道を塞ぐように輪を作っている。きっと「向こう」もすぐにスイシェンに気づいたのだろう。非常に親しげでありながら、どこまでも胡散臭さを感じさせる笑顔で気さくに話しかけてくるではないか。


「お待ちしておりましたよ、スイシェン様」

「……こんな所で待ち伏せですか? ……お譲りに関しては、店主からお断りを入れていたはずですけど」

「あの程度で諦められるものですか。昼間も申しましたでしょ?メイシャン様は美しいものが好きなのだ……と。それは武器然り、調度然り……そして、魔剣の持ち主然り。いかがです? このまま、私達に付いてきてはくれませぬか? ……あなた様であれば、メイシャン様やお父君のリュイバン帝も喜んでお召し抱え下さるでしょう」

「……それだけですか?」

「おや? それだけ、とは……どのような意味でしょうか?」

「……あなたはともかく、そちらのお連れ様はそこまで穏やかな方々ではないように見えますけどね。一応、申し上げておきますが。俺はただの人間ですよ? ……そちら側にはまだ、足を踏み込んでいません。きっと、メイシャン様とやらのコレクションになるには、毒気が足りないのではないかと」

「ふふ……なるほど。本当に面白い方ですね、スイシェン様は。……ますます、連れ帰らねばならなくなりました」


 毒に冒されていないのなら、毒を盛るまでです。

 気弱だとばかり思っていた男が合図をすると、彼を囲っていた男達3人がいつかの王妃と同じ趣の魔が者に姿を変えては、唸り声を上げ始める。言い逃れも、不承も許さない。必要なのはスイシェンの意思ではなく、同行だけ。そして…何よりも欲するは、ただただ「美しい」という理由だけで選ばれた魔剣とその持ち主のみ。彼らにしてみれば、その心の在り方など勘案するべき要素にすらならない。

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