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魂落としの刀

 ルーシンも、カンミュイも、結局アケライの居場所を教えてくれることはなかった。しかし、漠然と拒否感を残す返答には、スイシェンとしてはどうしても腑に落ちない。だって、アケライは確かに言っていたではないか。自分はまだ、スイシェンを巻き込むことも、1人前にすることも、諦めていない……と。その言葉から、彼女はまだ自分に関わろうとしてくれていたと、スイシェンの方は思っていたのだが。


(……アケライの気が変わった、という事なんだろうか。それとも……)


 気が変わるように仕向けられたんだろうか?

 そこまで考えては、仕事中に余計なことを考えても仕方ないと……スイシェンは諦め半分で任された武器の手入れを粛々とこなしていく。

 彼が療養ついでに任されたのはルーシンの手伝いだったが、彼の店では武器を売るだけではなく、手入れや修繕なども請け負っており、その手広さと堅実な対応も相まって客入りもいいらしい。そのため、アケライから蒼天の手入れの仕方もきっちり仕込まれているスイシェンはルーシンにしてみれば、願ったり叶ったりの人材だとかで……こうして、接客も兼ねてカウンターに座っているが。……妙に落ち着かないのは人馴れしていない以前に、アケライの現状が気になるからだろう。


「すみません、よろしいでしょうか?」

「あぁ、いらっしゃいませ。……ご用件はどのような事でしょうか?」


 店にやってくる客は大半が屈強な戦士達ばかりだが……今、遠慮がちにスイシェンに話しかけてきたのは、武器や荒事からは縁遠そうな弱々しい感じの青年。やや高級感のある服装をしているのを見ても、お役人か何かだろうか。


「この店に例の武器が入荷したと聞きまして。それで……」

「例の武器……?」


 スイシェンにもその武器には心当たりがあるものの……正直なところ、彼にそれが扱えるとも思えない。とは言え、お客様はお客様である。少し待っていて下さいと、標準的な対応をしながらルーシンを呼びに2階へ上がる。


「ルーシン様、すみません」

「どうしなさったかね、シェンちゃん」

「えぇ……少し特殊なお客様がお見えでして。……多分、紫雲を買い求めにいらっしゃったのではないかと……」

「随分と早耳だねぇ。あぁ、嫌だ嫌だ。これだから、噂ってのはタチが悪い……」


 スイシェンが例の武器は紫雲だろうとアタリをつけて、ルーシンに声をかければ。常にニコニコと笑顔を絶やさないルーシンの顔が珍しくサッと曇る。その様子に、アッサリと蒼天を手渡されたスイシェンにしてみれば、何がそんなに問題なのかが……今ひとつ、よく分からないのだが。それでも、彼も「そういった類のお客様」を無碍にできないと判断したのだろう。よっこらせと、さも面倒臭そうに腰を上げてはスイシェンと一緒に店先に降りる。


「……いらっしゃいませ。私が店主でございますが……あなた様がお求めの武器の特徴をお伺いしても?」

「は、はい! 何でも、魂を斬る事ができる神様の武器だとお伺いしております。しかも、それ自体も非常に美しい魔剣だとか。そんな唯一無二の珍しい品を所望したいと、メイシャン様がおっしゃっておりまして。……言い値で買い取らせていただきますので、是非にお譲りいただけないでしょうか」

「あれは、まだ修繕中でもあります故、現状はお譲りできません。……お帰りください」

「あぁ、別に使えずとも良いのです。メイシャン様は美しい武器を所有できれば、それで良いと……」

「であれば、ますますお断りですね。……あれは持ち主側にも資格が必要な武器でございます。蒐集目的であるのであれば、諦めて下さいまし」


 いつもの柔和さからはかけ離れた様子で、ルーシンがピシャリとお客様のお申し出を弾き返す。取り付く島もないとはこの事を言うのだろうが……一方で、ルーシンの言葉に嘘はない以上、スイシェンも紫雲を蒐集目的の対象にするにはあまりに無謀だと同意せざるを得ない。

 メイラが使っていた紫雲は冗談抜きで「修繕中」の状態なのだ。ルーシン曰く、死神の武器は特定の状態に陥った時に、所定の方法で清めてやらないと次の持ち主を得る事ができないという。そしてその特定の状態とは、武器そのものが死神の魂を取り込んでしまった状態を指す。

 今、彼が買い求めようとしている紫雲はメイラがそれ自体を取り込んだまま絶命したため、刃に魂の残滓を纏った状態なのだ。この状態の「魂落としの刀」は鞘から抜くことさえ叶わず、禊ぎが済むまでは刀身を拝むこともできない。しかも、その禊ぎ自体も1日2日で済むものではなく、刀の状況にもよりけりだが……どんなに短くても数十年単位の時間が必要になる。なので、たった1週間前にルーシンの元に持ち込まれた紫雲はこのままでは使えないどころか、禊ぎも終わらないうちに持ち出されたら本来の性能を失う可能性もあり得る。しかし……。


「でしたらば、蒼天をお譲りいただきたい。もちろん……使い手ごと」

「はっ? お前さん……今、なんて?」


 お客人はどうやら、相当の情報を仕入れた上でご来店くださっていたらしい。紫雲を売ってもらえないのならば、別の方法で魔剣を所有しようと考えたようだ。そうして……先程まで弱々しいとばかり思っていた人相に、やや不気味な空気を混ぜ込みながら、ニヤリとスイシェンの方こそを見やる。


「メイシャン様は美しいものがお好きでいらっしゃる。もちろん、本当は紫雲とやらを頂ければよかったのでしょうが、そのご様子ですとお譲り頂いても、メイシャン様にご満足いただける品質でもないのでしょう。でしたらば……」

「おふざけも程々にしておきな。蒼天の情報をどこで仕入れたのかは知らないけど……使い手ごと譲れだなんて、馬鹿げたご要望を飲めるとお思いかね? 悪いが、お断りだよ。あたしゃ、あんたらみたいな身なりだけが綺麗な道楽者は嫌いさね。シッシ、出ておいき。そして、2度とこの店の敷居を跨ぐんじゃぁないよ」


 人の世にお忍びで降臨しているとは言え、財福の神にそこまで嫌われても大丈夫なんだろうか。ルーシンのあまりに珍しい静かな剣幕に気圧されながらも、何故かお客人の身の上を心配してしまうスイシェン。そうして、さも仕方がないとでも言うように、肩を竦めてはお客人が退却していくが……。その時のスイシェンには、彼の本当の目的を知る術はなかった。

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