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暁の女神

「死神ってのはね。神と言われちゃいるが、別に不死身でもなんでもなくて。怪我もするし、病気だってするし……死ぬ事もあるんさ。だけど……生まれだけは最初っから神様なもんだから。寿命もなければ、成長もしない。バダルハが創り上げた時から、完成された状態で生まれてくる。それは偏に……魂が特別だからさね」


 相変わらず中性的な見た目と声色で、ルーシンが綿々と語るところによれば。死神とは生と死を司るバダルハが輪廻の調整役として生み出した存在であり、強制的に輪廻の輪に戻さなければならない魂の持ち主から、命を奪う役割を果たすそうだ。そうして強制的に戻された魂は浄化の期間を設けられ、太陽神・ラハイヤの庭で過ごした後に、新しい命へと吹き込まれては旅立っていく。


「だけど、アケライの魂はちょいとおかしな状態になったみたいでね。実は……あの子は本当は神様として生まれてくるはずだったのが、ひょんな事から人間として生まれちまったらしい。まぁ、大きな声で言えないけど……ホントのトコロを白状しちまうと。アケライが手違いで人間で生まれたのには……バダルハがちょいと悪戯をしたかららしいんだ。アケライは本来……ラハイヤ様の伴侶として、暁の女神様になるはずの存在だった」


 そうして、少しばかり遠い目をした後……やっぱりいつかのようにふふッと、悲しそうに息を吐くと同時に言葉の続きを紡ぐルーシン。


「……バダルハは死神を作ることはできても、アケライのように輝く魂を持つ女神を作ることはできない。最近は女の子の死神をたくさん作るようになったけど、やっぱりアケライ程の存在を生み出す事もできなくてね。だから……」


 手に入らないものはいっその事、壊してしまえ。ラハイヤの手元に戻る前に。何もかも、全部……丸ごと。

 バダルハは伊達にいつもいつも、退屈凌ぎに魂の奔流を眺めているわけではない。ラハイヤよりも先にお目当ての魂を見つけ出すのは、彼にしてみれば造作もない事だった。そうして、アケライが生を受けた部族の命を丸ごと握りつぶす事にしたのだ。何よりも残虐に、何よりも無慈悲に。気に入らないものは、全部……殺す事にした。


「そうして見つけ出したアケライを……バダルハは当時の配下の中でも、最強の死神に狩ってくるように命じたんだ。……それが、アズラと呼ばれていた紺碧の死神だったのさね」

「ですけど……スイシェン君もご存知の通り、アケライ様は非常に美しい。……それは死神の目にも同様に映るみたいでね。アズラ様にはアケライ様をどうしても殺すことができなかった。だから、せめて……彼女が天寿を全うするまでは、見守る事にしたのだよ。そう……今のアケライ様がスイシェン君を育てたように、ね」


 しかし、アズラは段々と彼女を手放すのが惜しいと考えるようになり……ごく普通の人間として添い遂げることを望むようになっていった。一方のアケライも、彼が自分の故郷の仇だとは知りつつも……保護者でもあるアズラに惹かれては、その愛を望むようになっていた。


「だけど……彼らの幸せをあのバダルハがお許しになるはずもなくて、ねぇ。それに、バダルハもアケライに熱を上げていた部分もあってさ。……今度こそ、自分の手元にアケライを加えようと、これまた神様の権限を使って彼らの魂に悪戯をしたんさ」

「……その辺りに関しては、アケライから少しだけ……聞きました。確か……アズラの魂を人間のものに落として、それで……アケライの魂を死神のものに仕立てた……って」

「おやや? ……あのアケライがその部分を喋るなんて、ねぇ。だとすると……アケライがシェン君を生かした理由も聞いてたりする?」

「はい。……俺を殺すはずが殺せなくて……代わりに両親を殺したんだって、言われました。……俺の魂に固執しているから、殺せなかったって……。俺はアズラの身代わりなのだと……」

「……そう。そっか。そこまであの子が話したかね。だとしたら……カンミュイ」

「そうですね。今のスイシェン君に、アケライ様の行方を話すのは憚られますね」

「えっ? ……どうして、ですか……?」


 先程までの雰囲気では、アケライが今何をしているのかを話してくれそうな空気だったのに。突如カンミュイが険しくも悲しそうな顔をしたかと思えば、やや薄情なことを言ってのける。その突如の拒否に戸惑いを隠せないスイシェンを慰めるように……ルーシンが尚も穏やかな調子で、彼を諭すが。当然ながら、まだまだ若いスイシェンにはその真意を窺い知ることはできない。


「……それがアケライの望みだから、だぁね。シェンちゃんには自覚がないのかもしれないけど……君の魂もまた、特別なんさ。なんせ、バダルハにしてみれば……憎たらしい恋敵の魂だからねぇ。あの嫉妬深いバダルハがいつ、また刺客を送り込んでくるとも限らない。……ここであれば、まずまずバダルハの手は伸びないからね。現に、ラハイヤ様も君に関しては最大限の配慮をするよう、おっしゃていた」

「アケライ様はその事もあって……スイシェン君はここで暮らした方がいいと、判断されたのだよ。心配しなくても、大丈夫。君にはしっかりと仕事も与えるし、その対価として衣食住の保証はしてあげよう。……これからは、奪われた人生をここで悠々自適に過ごし直すといい」


 カンミュイの提案は間違いなく、最も安全で、最も幸運な条件であることは間違いない。それに、スイシェンが本来の人生を奪われていたのも事実ならば、スイシェンがアケライに怒りを覚えていたのも事実。だとすれば、憎んでも憎みきれない親の仇なぞ忘れて、人生を歩み直す方が圧倒的に理に適っている。しかし……。


(……そうは言われても……)


 心のどこかに刺さった棘が今更、ズキズキと痛む。その棘がどうして刺さっているのかも、その棘がどうして痛むのかもスイシェンには理解できないが。それでも……漠然とこのままでいいのかと、スイシェンはカンミュイの提案を反芻しては悩んでいた。

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