緋色の死神
“間違えただけ。何せ……”
ただそう呟くだけで済むのなら、コトはシンプルだが。しかし、目の前に今塞がる状況はただただ「間違えただけ」と言い訳されるだけでは、済まされない光景だった。
……ターゲットの取り違え。自慢の得物から滴る血の色はどこまでも、無情なまでに赤く、殺した相手の息遣いさえも奪い取ったようにすぐさまその熱を冷ましていく。しかし、心も魂も。……熱を忘れたことは1度もない。あの日、あの時。自分も……殺されるはずの相手に、助けられて。そして……。
***
「ふ〜ん……レディが間違えるなんて、ねぇ。ま、仕方ないか。君は何せ、エラーな存在だしぃ? だよねぇ? ……レディ・アケライ?」
「……」
死神にとって、ターゲットの取り違えは即消滅に直結する致命的なミス。そんな致命的なミスを犯したアケライは、実を言えば、ミスなどしないはずの最上位階級の死神の1人でもある。ソロで国1つの魂を回収する手腕と冷酷さを併せ持ち、手際の鮮やかさと、無駄のなさは比類なきとまで評される。そして、命令さえあれば国を丸ごと1つ…それこそ赤子の命でさえも、容易く奪う。
緋色のアケライ。彼女に付き纏う評判と言えば、正確無比、冷酷非情。血の色を連想させる深紅の髪に、血に飢えた獣を宿す闇深い紺碧の瞳。そのくせ……その容貌は氷のような冷たさを纏いつつも、どこまでも清らかだった。
「……分かっているサ。君……わざと取り違えた、デショ?」
「……そこまで分かっておいででしたら、サッサと罰を与えたらどうなのです」
「おぉ、おぉ。アケライは本当にクッソ可愛くて、クッソ生意気なんだから。だから、僕もそんな生ぬるいことはしないよ? 何せ……君はお気に入りだから、ねぇ」
「……」
やはり、そう来るか。
傅く彼女の目の前に座するは、上司にして生と死を司る、暗黒神・バダルハ。そんな最高神さえも、冷徹に見つめ返しながら、アケライは内心でため息をついていた。彼の悪趣味はよくよく、知り得ている。そのせいで、自分はこんな事をさせられては……失望しているのだから。
彼女の上司・バダルハは死神達の王でもあると同時に、最高神の片方でもある。そんな彼と対になる太陽神・ラハイヤとは双子という続柄であり、性格こそ大幅に違うが、顔がそっくりなせいか不思議と仲はいいらしい。しかし、温厚で柔和なラハイヤとは異なり、バダルハの性質は残酷で享楽趣向が過ぎる。そんな彼にとって、自身の趣向を凝縮したようなアケライの存在は「お気に入り」であると同時に、「気に食わない」存在でもあった。
「……ふふ。分かっているよね、アケライ。君がそこまでした相手を仕立てておいで。そうすれば、助けてあげるよ」
「……断ると申しましたら?」
「う〜ん……どうしよっかな。その時は……僕が直接、出向いちゃおっかな。ほら、人間をちょっと驚かすのも、面白くない? この場合」
「……承知しました。それで……助けていただけるのですね?」
「うん。それで助けてあげるよ。……1人だけね。守り抜けるのなら、やってみてごらんヨ」
その答えだけ聞ければ十分だ。どうせ、自分の魂なんてとっくに諦めている。所詮、最初から続きなんてなかったはずの魂だ。そんなもの、言われなくてもくれてやる。
アケライは自分さえも諦めたはずの魂を引きずって、最後の仕事に出かけるか……と、人間の世界へ舞い戻っていく。その胸に、与える相手さえも見失った愛情を抱えながら。
メインで書いている小説がちょっぴり煮詰まってしまったので、新作を投下します。
作者の思いつきの気分転換に付き合わせてしまって、ゴメンなさい。
完結までそんなに長くならない予定です。