鬼嫁は風流人?
厳密にいえば自分の配偶者を嫁というのは誤用ですが、あえて使わせていただきます。台詞や心情には方言を使わせていただきました。意味がわかりにくい方言の後には()で標準語を表記していきます。
はじめまして、ふっしーです。もしミッドナイトのほうを読んでくださった方がいらしたら、お久しぶりです。
今回は、まだ僕に嫁がいたころの思い出話です。
あれは秋の夕暮れのことです。僕は居間で寝っ転がってテレビを見ていました。キッチンにつながった扉がいきなり開くと、嫁が慌てた様子で入ってきました。
「お腹痛いきんトイレ行くけど、今お湯沸かっしょるきんピーッって鳴ったら切っといてよ。麦茶パックも入れといてな」
そう言ってトイレに駆け込んでいきました。
数分もするとキッチンからピーッとやかんの鳴く音が聞こえてきました。嫁はまだトイレから出てきません。命令どうりにキッチンに行って、コンロの電源を切って麦茶パックを放り込んでおきました。
すぐに居間に戻ってまた寝っ転がってテレビを見ていると、トイレのほうから嫁の声が聞こえてきました。
「やかん鳴んりょるきん、切っといてよ」
なに言よんだろ? もう切っとんのに。僕は大きな声で返事をします。
「もう切ったよっ」
しかし、20秒もすると再びトイレから声が聞こえてきました。
「やかん切ってって言よんだろっ! なんで切ってくれんの⁉」
嫁の声には怒気が含まれています。
「ほんじゃきん(だから)切ったって!」
さっきより大きな声で返事をしました。
でも数秒もするとまたです。
「切れって言よるのがわからんのなっ、もう知らんぞっ!」
「さっきから切ったって言よるだろっ」
「まだやかん鳴んりょるじゃないかっ!」
嫁はぶちギレているようです。トイレから怒声を上げて僕を罵りだしました。
僕はもう面倒くさくなって無視をすることにしました。
数分後、ガバッと扉が開くと嫁が僕に向かって走り込んできたのです。
その迫力に圧倒された僕は、寝ころんだまま反転して背中を向けました。
バシーーーン!
「ウゴッ!!!!」
そうです。僕は背中を蹴られたのです。それもゴールキックのようにおもいっきり。
僕は体をくねらせながらも嫁の様子を窺いました。
嫁の顔が鬼になっています。鬼が胸の前で腕を組んで、のたうつ僕を見下ろしています。
「切れって言よんのがわからんのかっ!」
小鉄も真っ青の鬼軍曹です。
「ほんじゃきん、さっきから切ったって言よんのに……」
「……」
嫁が耳をそばだててやかんの音を確認します。4、5秒の間があったでしょうか。
「……なんじゃ、虫の音か」
独り言のようにぼそりと零しました。そして、一瞥もくれることなくキッチンへと消えました。もちろん謝罪の言葉もありません。
僕は嫁の消えた扉に向かって言ってやりました。
「風流かっ!」
不定期の投稿になりますが、お見かけになったら是非読んでやってくださいませ。