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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第6章 氷の夏
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東京からの伝言

 部屋を出る際、ふと気になる事があった。


「あっ! そういえば本庄さんとは喋れたのか? さっき、電話かけたんだろ?」


「うむ」


 俺が藤島の追跡へと出る直前、村雨は「五反田に問い合わせてみる」と話していたのだ。中川会伊東一家が企てている横浜侵攻計画について、少しでも情報を得ようと考えたのだろう。


 時間帯が時間帯なので、五反田の事務所に組員は居ても組長本人が不在の可能性もあった。ところが、村雨によると本庄が直接電話に出たという。


「あの男は相変わらずだったな。こちらが本題を切り出す前に、向こうから矢継ぎ早に世間話が飛んできた。あれでは矢どころか機関銃だ。やはり、関西の人間はおしゃべりが過ぎて敵わん」


「……本庄さんらしいな」


「ああ。まったくだ。しかし、大鷲会と伊東一家の件については『知らない』の一点張りだった。中川の定例会で話題に上ったことも無いらしい」


 曰く、藤島が話していた内容とは若干の相違点があったとのこと。


「おそらくは、伊東一家が勝手に話を進めているのであろうな。会長の内諾を得ているというのも誤りで、実のところは何の断りも無い独断専行。それどころか、中川の三代目は横浜へ進出することをひどく躊躇っているとの話だ」


「え、何で? シマが増えるのは良いことなんじゃねぇの?」


「大鷲会を潰してその旧領を得たとしても、横浜に出てくれば後々に必ず村雨組われらとぶつかる流れとなろう。一本独鈷の大鷲とは違い、私の上には煌王会がいる。あの三代目が、わざわざ好き好んで西と東の大戦争を選ぶとは思えぬ」


「まあ、言われてみれば。そうだよな……」


 思わず、深く頷いてしまった俺。五反田本庄組で居候生活をおくっていた頃、この辺の事情に関しては嫌というほど聞かされていたのだ。


 1998年当時の中川会は三代目会長の中川なかがわ恒元つねもとの時代だったのだが、この人物の信条が「濡れ手で粟」。つまりは可能な限り労をとらずに組織の勢力を伸ばし、シマの拡張よりもシノギの活性化を優先しようとする姿勢だ。


 中川会長にとって、最も厭わしいのは他組織や警察当局との諍いで無暗矢鱈に死人や逮捕者を出すこと。ゆえにトラブルは避けるか、それによって生じる損害を出来るだけ最小限に抑えるかの二択。


 事実、里中が煌王会傘下の斯波一家の兵隊を連れて五反田へ踏み込んできた際、中川は報復行動をとらなかった。これは紛れも無く、煌王会や警察と揉める事態に発展するのを恐れたためである。


 そんな「事なかれ主義」の人物が、ゆくゆくは大戦争に繋がると分かっていながら横浜に進出してくるはずが無い――。


 たしかに、納得できる話だった。


「……じゃあ、藤島は俺たちに出まかせを教えやがったってことか? 『中川会が攻めてくる』なんて話はデマだったと?」


「いや。そうとも言い切れぬ。本家に躊躇いがあるにせよ、伊東一家が独自に戦支度をしている以上は同じことだ。所々に細かい間違いはあれど、あの老人の話に大枠で偽りは無かったと見て良かろう」


 俺たちを臆させるために藤島が敢えて針小棒大の言い方を用いた可能性が浮かんでくるも、もはや確かめる術は無い。そこを疑うよりも、いつ来るとも知れぬ伊東一家の侵攻に備えることが肝要だろう。村雨の言う通りだ。


 しかしながら、一方で別な疑問も湧き上がってくる。


「でもさ。中川会の会長は横浜に攻め込むのを嫌がってんだろ? なのに、直参の伊東一家が勝手に動いて大丈夫なのか? 上に断りもなく戦争を始めちまうのって、どう考えてもマズい気がするんだけど……?」


 抗争沙汰の極力回避を掲げる会長の方針に反して横浜へ攻め入るのは、どう考えても反逆行為に他ならない。かつて大鷲会において笛吹がやっていたことと寸分変わらぬように思えてしまう。


 だが、村雨の答えは早かった。


「伊東にとっては、何ら問題ないであろう。いかなる勝手でも喜ばしい成果が伴えば、追認が得られるゆえ。ましてや今の中川会では日常茶飯事といって良いやもしれぬ」


「それって、どういう……」


 意味が分からず首を傾げたものの、質問が返ってくる。


「涼平。お前は“九一八事変”を知っているか?」


「……いや、分かんねぇ。初めて聞いた」


「うむ。ならば、呼び方を変えるとしよう。この国では“満州事変”と呼ばれる出来事だ。存ぜぬか?」


「あー。それなら、何かどっかで聞いたことあるかも」


 満州事変――。


 中学の頃の歴史の教科書に載っていた4文字である。授業中に教科書の人物の顔に落書きをして遊んでいたので、ワード自体は何となく頭の中にあった。ただし、それがどういうものだったのかは全く分からない。


「そこまで、はっきりとは覚えてないんだけどさ。たしか日本が中国あたりと戦争したとか、しなかったとか。授業で社会のセン公がそんな感じのことを言ってた気がする。合ってるか?」


「ああ。大まかにはな」


「そっか。で、その満州事変とやらは中川会に何か関係があるのか?」


「事変そのものとは関りない。ただ、構造がひどく似ているのでな」


 ひと呼吸ほどの間を挟んだ後、話は続く。


「お前が知っているかどうかは分からぬが、満州事変では日本の陸軍将校が本国の許しを得ずに独断で挙兵し、最終的には満州全土を占領下に置いた。無論、これは立派な軍規違反だ。しかし、当時の日本政府は『勝手に軍を動かしたこと』を咎めるよりも『満州を制圧できたこと』を喜び、その将校は何の処罰も受けなかった。つまりは満州を手に入れたという成果によって、その無断挙兵は追認を貰ったのだ。これを中川会に置き換えて考えれば、どうなる?」


「……伊東一家が勝手に戦争を始めたとしても、後で横浜が手に入れば中川の会長は喜んで、伊東一家をお咎め無しにする」


「その通りだ」


 実に分かりやすい例えだった。村雨によると、中川会ではそうしたやり方が横行しているとのこと。会長の許可が無いまま独断で動き始め、何らかの成果を手土産に事後承認を得るのである。


 これは中川恒元という人物が単なる事なかれ主義者に終わらず、何よりも利益を重んじてひたすらに実入りだけを追い求める拝金主義者でもあることが要因らしい。


 自分の目の届かぬ所でどんな勝手が行われていたとしても、最終的に己や組織に大量の上納金アガリが転がり込めば結局は許してしまうのだという。ゆえに直参の組長たちは自由に動いて、それぞれが自由にシマを拡げてシノギの獲得に走る。


 中川会長の立場に立ってみても、いざ子分たちが失敗して法の裁きによる問罪を受けかねない事態となったに時は当人を「独断専行の咎」による破門なり絶縁なりで切り捨てて追放することで、自らに責任が及ぶことを回避できるメリットがある。


 それはまた本庄とて、例外ではなかった。


「たしかお前が五反田にいる間に、本庄組は駅周辺の再開発利権を一手に獲得して、大井町を丸ごと手に入れたのだったな。噂によると巧妙な地上げ工作を行ったとか」


「え? もしかして、あれは会長に無断でやってたのか!?」


「電話では、そう言っていたぞ」


「マジかよ……」


 組織の規範等を一切無視しても、カネさえ稼げればOK――。


 中川会の直参たちの間では、そうした風潮が広まりつつあるようだった。是非はさておき、極道としての上下関係や慣習、しきたりを重んじるよりもシノギの稼ぎを重視することは、まさに「名よりも実を取る」価値観といえよう。


 すっかり目が点になってしまった俺に、村雨は言った。


「組織からの明確な離反や不義理でもない限り、中川会において本家が直参の行動を制限した例は滅多に無いそうだ。ゆえに、此度の伊東一家の動きを中川の内側から止めることは不可能との話だ。されど、その代わり『今後、村雨組と伊東一家との間に事が起これば応援をおくる』と本庄は言っていた」


「お、応援!? いや、ちょっと待ってくれよ。あそこは頭数が組長を入れて9人しかいねぇんだぞ? 仮に全員で来たとしても、500は下らねぇ伊東一家との差は埋まらないだろ……」


「ああ。埋まらんだろうな。本庄組から誰が来るかは分からんが、加勢としては実に心許ない。そう期待せぬ方が良いやもしれん。ゆえに、今後は我ら村雨組だけで大鷲の残党連中と伊東を相手にすることになる」


「……」


 これまでの内紛でだいぶ数を減らしているにせよ、大鷲会は笛吹派・藤島派を合わせて未だ200人前後は残っている。そこに伊東一家が加われば、その合計は少なく見積もって700人。たかだか40人弱の村雨組の20倍近くにも上るではないか。


 数字だけを見て比較すれば、絶望感が大波のように押し寄せてくる。だが、戦うしかないのだろう。それが未熟にも極道社会に足を突っ込んでしまった俺の宿命であり、絢華と添い遂げるためには避けては通れぬ道なのだから。


「お前も覚悟を決めておくことだな。ただでさえ、兵の数が足りぬのだ。その時が来たら、戦力として大いに働いてもらうぞ」


 不安しかないが、できるだけ前向きな返事をしておく。


「……ああ。わかったよ」


 それから、話題は村雨が本庄から聞かされたという近況について及んだ。


 大井町駅周辺の再開発工事が秋に始まる見通しであること、新たに建設予定の駅ビルの仮名称が「PATORE」というよく分からないネーミングであること、そして本庄が週刊誌の力を借りて静岡三島市の市長の醜聞を世間に広め、事実上の退陣に追いやったこと。


 東京に所領を持つはずの本庄が何故、静岡で暗躍するのか。少し疑問に思ったが、これには彼が村雨と結んだ“密約”が大いに関係していた。


「先日、選挙違反が明るみに出た三島の市長だがな。実は斯波一家の後ろ盾になっていた男だった。斯波が三島の街を牛耳って来られたのも、市長の強い支えがあってこそだった。それを切り崩すのに、あのサソリめがひと肌脱いでくれたというわけだ」


「へぇ……」


「これで斯波の年寄りどもは当分の間、表立った動きが出来なくなる。県警や地検との蜜月についても、そう遠くないうちに途切れる。本庄が手をまわすとのことだ。どんな手段を用いるのかは、さすがに教えてはくれなかったがな」


 五反田のさそりの異名を持つ、権謀術数に長けた狡猾な頭脳派極道。そんな本庄と組んだことは村雨にとって、やはり間違いではなかったようである。とても満足そうな面持ちだった。


「あと、お前のことも宜しくと言っていたぞ」


「えっ? 本庄さんが、俺に?」


「ああ。『周りをよく見て行動するように』とのことだ。それから『自分ひとりの力で出来ることは少ないから、時には人の手を借りることも大切』と。それが、あの男の言葉だ」


 村雨が本庄から預かっていたという伝言は、その2つだけだった。一見すると淡白であっさりしているようにも思えるが、どこか他意が含まれている気もしなくもない。


(うーん。どういう意味だろ……まあ、後で考えるか)


 このようなアドバイスをわざわざ寄越してくるからには、やはり何らかの意図があると見るのが自然だろう。とりあえず文字通りに受け取っておくことにして、俺は心の中に仕舞い込んだ。


「では、涼平。役目を申しつける時には奥座敷ここへ呼ぶゆえ。それまでに鍛錬を重ね、心の支度を済ませておくが良い。次の仕事は容易ではないぞ」


「……うん。それじゃ」


 組長の部屋を出てから、思考の大半を占めたのは今後のこと。村雨組が、大鷲会や伊東一家に勝てるか否か。本庄の話で若干気は紛れていたが、やはり不安なものは不安だ。


(大鷲と伊東が組んで“連合軍”みたいになったら、厄介だな……)


 そんなことを考えながらボンヤリと歩いていた俺だったが、やがて1つ目の曲がり角を左折したところでハッと我に返る。前方にあったのは、決して大袈裟ではなく目を見張るような光景だった。


「えっ?」


 思わず、戸惑いの声が漏れてしまう。


 こちらの進路をふさぐような形で、廊下に5人の組員が立っていたのである。皆、絵に描いたような直立不動。ここに現れるのを待っていましたと言わんばかりに俺を凝視し、鋭い眼差しを注いでくる。


 表情は一様に険しく、中には鬼のような形相をした者も。彼らは俺に対して何らかの用があると見受けられたが、決してポジティブな内容でないことは明らかだ。


(何だ……こいつら……?)


 黙って睨み返していると、1人が口を開いた。


「おい、麻木。ちょっとツラ、貸してもらおうか」


「ああ?」


「話があんだわ! この際だから、お前に言っときたい事が山ほどな。どうせ暇なんだろ。付き合えや!」


 早速、威圧的な口調が飛んでくる。これは穏やかではない。場所を変えようという彼らだが生憎、 すんなり乗ってやるほど優しい俺でもなかった。


「はあ? 何で俺が。言いたい事があんなら、ここで言えや」


「いいから来い。長話になりそうだからよ。ここで話せば組長に迷惑がかかる。部屋の前をふさいじゃいけねぇだろ」


「ここで話せねぇってのは、要するに組長には聞かせられねぇ話だからか?」


 俺の言葉に、連中は互いに顔を見合わせた。


「……」


「ケッ。図星かよ」


 なるほど。やはり、そうか。実に分かりやすい奴らである。もともと村雨組の下っ端連中を利口と思ったことは微塵も無いのだが、こうまで簡単にボロを出してくれるとは。


 さしずめ俺をどこか目立たない場所へ連れて行って、集団リンチで痛めつけんとする狙いがあったのだろう。生憎5人程度にまんまとボコられるほど軟弱でもないが、連中のいうことを素直に聞く道理も無い。


 あっけなく企みを看破された組員たちは動揺を見せたが、すぐに居直った。


「だ、黙ってついて来い! ここで痛い目に遭いたくねぇならな。これはお願いじゃなくて命令だ! 」


 そう言って、真ん中に立つ男が取り出したのは拳銃。今まで気づかなかったが、ベルトの後ろ側に隠していたらしい。銃身は2インチほどの短い黒の回転式だった。


「なんだったら、今ここで殺してやろうか? ええ? テメェの顔面に風穴開けてやるよ! 鉛玉食らいたくなかったら大人しくしやがれってんだ!」


 しかし、俺はあくまで冷静に対応する。


「撃てんのかよ」


「ああ!?」


「撃っちまったら、俺に言いたい事とやらも言えなくなるんじゃねぇの。ほら、“死人に耳なし”っていうだろ。ここで俺を殺せば、何の文句も言えねぇまま終わることになるぜ。お前、それで良いのかよ」


「……」


 正しくは“死人に口なし”なのだが、連中をしりごみさせるには十分だった。ことわざの意味や使い方の正誤はさておき、組員は俺の額に向けた銃口を逸らす。


 作戦成功。その瞬間を俺は見逃さない。


「オラァッ!!」


 ――ドスッ。


 銃を下ろす際に生じた刹那的な隙を突く形で、その腹部めがけて思いっきり拳を叩き込んでやったのだ。こちらの全力の一撃をまともに受けてしまった男は、鈍いうめき声を上げる。


「うぐっ……!」


 腹パンの衝撃からか、そのまま怯んで崩れる相手。彼の右手から黒色の金属器がぬるりと滑り落ちる様子は、もちろん目で追いかけていた。すかさず拾い上げ、今度は俺が倒れた組員に突きつける。


「よう! 無様なもんだな! こりゃ形勢逆転ってやつか? お前、思ったよりずっと弱いんだな。これじゃあ俺が中2の時に川崎でボコった高校生の方が、まだ骨があるぜ。雑魚野郎」


「こ、このガキめ……」


「で? 何だ? 言いたい事って。せっかくだから聞いてやるよ。この状況で俺に文句を垂れるだけの度胸がお前にあれば、の話だけどな。ククッ」


 敢えて選んだ屈辱的な言葉と共に、奪った拳銃を握る右手に更なる力を込めた俺。銃を手に取るのは幼少の頃に親父の事務所で偶然見つけて以来だったが、特に緊張などは無い。ただ少し、あの頃よりも軽く感じるだけ。


 それは自分がこの11年余の間で暴力に慣れてしまった所為なのだろうが、むしろ嬉しいくらいである。弱肉強食の世は強くてナンボ。各々の立場や肩書に関係なく、結局は弱い者が強い者の餌食となっていくのだ。


(俺は、こいつらより強い……)


 確信を得ると同時に、心の奥底から気持ちの良いものが湧きあがってくる。この感情に名前を付けるとすれば、3文字で「優越感」か。目の前の敵を暴力で打ち負かし、屈服させること。きっとそれこそが、当時の自分の最大の喜びだったのかもしれない。


 そんな俺は勝ち誇ったような目で、なおも言葉を浴びせた。


「おい? どうした? ダンマリか? ププッ、そうだよな。悔しいよな。まだ極道にもなってねぇ少年ガキに負けたんだもんな。そりゃあ恥ずかしくて言葉にならねぇよなぁ! 三下さんよぉ!」


「テメェ、調子に乗るなよ……街のチーマーに毛が生えた程度のくせしやがって……」


「はあ? 何だよ、それ。負け惜しみかよ」


 呆然と立ち尽くす4人の仲間を尻目に、組員は激しい怒りで燃えた目をこちらに向けながら言った。


「……さっき、菊川のカシラから聞いたぞ。『麻木が組長と大鷲会との戦争の打ち合わせをしてる』ってな。組長はお前が偉くお気に入りだからな。昨日のことを聞くだけじゃなくて、これからどうやって大鷲をぶっ潰すかまで意見を求めてるそうじゃねぇか……ふざけんじゃねぇよ! 何で俺らが、テメェが立てた作戦で動かなきゃならねぇんだッ!」


 全くもって的外れな指摘だ。俺は先ほど村雨とは抗争の話などしていないし、こちらから作戦プランを提案したりもしていない。察するに、目の前のの組員たちは菊川から出まかせを吹き込まれたようだ。自然とため息が漏れる。


 さしずめ奥座敷を出た後で彼らと遭遇し、俺の悪口を言い連ねたのだと思う。清水の件といい、これまた余計な事をしてくれたものである。


 もはや、どんなに丁寧に釈明したところで焼け石に水だと思えた。連中の態度は頑なだ。思い込みを崩すのは容易ではない。ここで必死こいて「それは違う!」と叫ぶのも馬鹿らしく感じたので、俺は適当に返した。


「それが何だってんだよ。ご不満か? 気に食わねぇなら、かかってくれば良いだろ。俺のことがウザくて仕方ねぇんだろ? だったら、ほら。殴ってねじ伏せてみれば良いじゃねぇか! ほら! やってみやがれ!」


「……」


 わざとらしく左頬を差し出してもみたが、相手は尻餅をついたまま動かない。立ち上がってこないどころか、何も言い返さない始末だ。彼の後ろに控えている他の組員たちも同様。


 俺が銃口を向けているため、彼らは皆下手な挙動には出られないのだろう。こちらにしてみれば、人質を取って主導権を握ったも同然。完全にしてやったりだ。


「はあ。やっぱり口だけかよ。情けねぇなあ。お前らは!」


「……」


「オラッ、邪魔だ。このボンクラ野郎ども!」


 短めの捨て台詞を吐いて、俺は組員を蹴ってどかす。他の連中も慌てて後ずさりして道をあけた。いい気味だ。せっかく拳銃が手に入ったので奴らの肩に2、3発ほど撃ちこんでやろうかとも思ったが、さすがにそれは止めておいた。


「麻木涼平……覚えとけーッ! この組でテメェの肩を持つのは組長とお嬢だけだ! 俺たちに舐めた真似をしたこと、後で必ず後悔する日が来るぞ! その時はたっぷりと地獄を味わってもらうからな! 覚悟しろよッ!!」


 去り際にそんな言葉が飛んできたが、ちっとも怖くない。誰が来たところで、俺は返り討ちにできる。それだけの腕を持っているという自信に満ち溢れていた。


 いま振り返ってみると実に恐ろしい慢心だが、当時の俺は己を省みることを知らない。自分がその時点で周囲に敵を沢山の敵を作ってしまっていた事実にも当然気づかず、かりそめの優越感に愚かにも浸り続けるだけであった。

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