アルビオン
次の日の夕方。
午後4時、本当に高坂はやって来た。前日と同様にフロントから内線で呼び出され、ロビーに降りてみると彼の姿がある。
「よう! 涼平クン、昨日はよく眠れたかな?」
「あ、ああ……なんとかな」
「良かった。それじゃあ、行こっか」
連れて行かれたのは、御所山町の廃工場。
普段から、アルビオンはそこを溜まり場として利用しているらしい。既に、30人ほどのメンバーが顔を揃えていた。その中には2日前に俺を取り囲んだ男たちもいる。もちろん、ジェームズの姿もあった。
高坂が声をかける。
「紹介するよ。今日から、うちの助っ人を引き受けてくれる麻木涼平君だ。みんな、仲良くしてやってくれ。いいな?」
そこにいた全員が俺の方をジッと見つめる。眉間にしわを寄せている者も少なからず、見受けられた。
(ま、そうなるわな……)
現在のリーダーである高坂には皆、不満を抱いている。彼らにとって俺は、そんな憎き高坂が連れてきた「よそ者」なのだ。歓迎されないのも無理はなかった。
「では、今日も派手にいこうじゃないか。行動開始だ!」
不満を露骨に態度で表したメンバーたちも、高坂の号令で動き始める。目下の人間に檄を飛ばすその口調はまるで、どこかの企業の管理者のようだった。いま思うと、彼にはこの時から人を使う才能があったらしい。
「涼平はしばらく、僕と一緒に行動してくれ」
「わかった」
アルビオンでの日々が始まった。
活動内容は駅前でのポン引きにはじまり、法外な利息で貸し付けを行う金貸業、事前に買い占めた各種イベント・コンサートのチケットの押し売り、そして路上の通行人を狙ったカツアゲなど。具体的な実務は他のメンバーたちが担う。俺の役割は、彼らが必要とした時に“助っ人”として駆け付けること。
廃工場の2階には事務所のような部屋があって、何故か電話回線が引かれていた。高坂は電話番と共に待機している。といっても、リーダーらしい振る舞いは何ひとつしない。大学の課題を黙々とこなしていたり、試験勉強をしたり、時には持ち込んだ漫画を読んでいたりと兎にも角にも気まま。
(なんか、それっぽくないな……)
事務室のソファにだらしなく寝転がる姿を見て、当時は何度もそう感じたものだ。チーマー集団の頭目という肩書さえ無ければ、どこからどう見ても普通の大学生といった印象の高坂。1度、俺は本人に尋ねたことがある。
「なあ。あんたはどうしてチーマーになろうと思ったんだ?」
「儲かるからだよ」
彼は言った。
「大学生って、何かとお金が要るんだよねぇ。女の子と遊ぶのにも札束が必要だし。僕、どっかの店でコツコツ汗水たらしてバイトするタイプでもなくてさ。手っ取り早く金儲けできるなら、それに越したことは無いと思って」
「それがチーマーだと?」
「うん。犯罪にはなっちゃうけど。あ、そうだ! 涼平、覚えておいた方が良いよ。この世界に『合法的にラクして金を稼ぐ方法』なんて、存在しないからね? ラクをして尚且つ、がっぽり稼ぎたいなら多少のリスクは覚悟しなきゃ。危ない橋も渡らなきゃダメだよ」
軽い口調だったが、かなり的を得た発言だったと思う。
ちなみに、高坂は東京在住。目黒の中根あたりのマンションで一人暮らしをしていると聞いていた。大学帰りに電車で横浜へ直行し、アルビオンの活動を指揮。そうした後で、夜の9時頃に帰宅するのが彼の1日の流れである。傍から見れば十分、ハードな生活スケジュールだろう。ところが、高坂は愚痴どころか疲れた表情を見せる事さえ無い。俺は、素直に称賛した。
「あんた、凄いな。大学とチーマーを両立できるなんて」
「大したことじゃないさ。いいかい? 社会に出たら、いくつもの仕事を同時進行させていくのは基本中の基本なんだ。これくらいこなせなきゃ、食べてはいけないよ。特にこれからの時代はソリューションの進化が進んで、人と物が動くスピードが大幅に早くなっていくんだから。もたもたしてると、簡単に取り残されちゃう」
「ふーん。まあ、頭に入れておくわ」
このように適当な雑談を交わしていると、ときどき電話のベルが鳴る。外に出ていたメンバーたちから、緊急連絡が飛び込んでくるのだ。
『いま、〇〇の奴らと揉めてて手こずってる。応援をよこしてくれ』
『これから〇〇へ殴り込みをかけるから、人手が欲しい』
『出来るだけ早く回収したいから、追い込みの人数を増やしたい』
当時は携帯電話があまり普及しておらず、かかってくるのはすべて公衆電話から。報告を受けた高坂は、俺に指示を出す。
「というわけだからさ。行ってくれない?」
「……了解」
言うとおりに、電話で告げられた場所へ向かう。行った時には大抵、現場は混沌に満ちていた。他のグループとゴチャ混ぜの乱闘になっていたり、敵の拠点へ奇襲をかける直前だったり、逃げ出した標的を探している最中だったりと、まさにカオス。
着いて早々、俺はその中に加わって大暴れする。
いつも、数分で方が付いた。アルビオンのチームワークに、相手が誰であっても容赦はしない俺の暴力性が加わったことで、鬼に金棒といった状態であった。仕事を終えて戻ると、高坂からは報酬を貰う。
「はい、これ。今日のお礼ね」
貰える額はその日によって異なったが、最低でも3万円は渡された。事前の予想を超えている。横浜へ来て、1人でカツアゲをしていた時よりも多かった。
どうしてここまで金払いが良いのだろうか――。
疑問に思った事は何度かあったが、不満を感じた事は一切、無かった。むしろ、少しずつ豊かになっていく懐事情に満足したのを覚えている。しかし、他のメンバーたちは違った。彼らは、どんなに働いても一銭も貰えないのだ。
助っ人を務めて1ヵ月が経つ頃になると、俺はあからさまに嫌味を言われるようになった。
「お前は良いよなぁ。高坂のお気に入りで、たんまりとお駄賃を貰えて。喧嘩に加勢するだけで1日に3万円って……良い身分よな。まったく」
また、連中の不満は待遇の格差だけではなかった。
「お前、どうして陣形を乱すんだ?」
アルビオンは乱闘沙汰の際、集団戦法を得意としていた。まるで一種のフォーメーションのような統率の取れた戦いぶりは、ラグビーやサッカーのチームを連想させるほどに巧みである。一方で、俺は闇雲に目の前にいる人間を倒していく。そこには何の計算も無ければ、戦略も無い。喧嘩で作戦を考えるなど、バカバカしいとさえ思っていたほどである。
俺とアルビオンは、反りが合わなかった。普通の人間であれば、ここで辞めてしまうかもしれない。だが俺は、周囲に何を言われようとも助っ人業を続けた。大卒の初任給が約17万円という時代に、月給に換算して48万円もの報酬を得ていたのである。手放してしまうには、あまりに美味しすぎる仕事だ。辞められるわけがない。
嫌味を言ってくる者には、凄みをきかせながら反論してやった。
「文句があるなら、今すぐかかってきたらどうだ? 10対1でも、30対1でも、ぜんぜんこっちは構わないぜ。俺に喧嘩で勝てる自信が無いから、そうやって口でグダグダ能書きをたれてんだろ? ああ?」
きっと、俺と殴り合ったら分が悪いと悟っていたのだろう。連中はそれ以上、何も返してこなかった。
(ったく。口程にもない奴らだぜ。ゴミどもが)
俺は高坂以外のアルビオンの面々を徹底的に見下し、摩擦と火種を抱えつつも、金のために共闘する毎日をおくっていた。