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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第5章 横浜制圧計画
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来襲! 村雨組

「涼平。お前が横浜で揉めたっちゅう村雨の幹部の名前は、たしか『里中』やったよな?」


「……ああ」


 俺がコクンと頷くと、本庄は前波から受話器を取る。そして中央の「スピーカー通話」のボタンを押すと、マイク部分に向けて凄みの効いた声を放った。


「おう! 電話、変わったで? わしが本庄や。さっきは、えらいふざけた真似してくれるやんけ。いきなり弾、撃ち込んでくるとは。ええ度胸やのぅ!」


 つい先ほどまでとは、まったく別人のような雰囲気と、プレッシャーを放っている。流石は、ヤクザの親分。普段は飄々としている分、“本気”になった際の威丈高さは尋常ではない。平時と非常時の切り替えも巧みだ。


 そんな中、電話口から洩れてくる声には、聞きおぼえがあった。


『フッ。あんたが社長か。極道者スジモン相手にここまで見栄を切れるたぁ、そちらさんもなかなか、度胸が座ってるじゃねぇか。褒めてやるよ!』


 電話の主は紛れも無く、里中だ。およそ1か月ぶりに聞いた因縁の男の声に、俺は全身の鳥肌がブルッと毛羽立つのが分かった。逃げるに逃げられない運命が、すぐそこにまで迫っている。


(どうして、俺がここにいるのが分かっちまったんだ…‥!?)


 ちなみに、組長が敢えてスピーカーの機能を使ったのは、電話の相手が里中本人であるか否かを俺に確認させるため。当時、本庄組は村雨組と組織的な関わりが一切無かったらしく、己の子分に里中の声を知る人間はいない。それゆえの措置だった。


「のう、涼平。どうや? 里中か?」


 本庄の視線を受けた俺は、小声で答える。


「……間違いない。あいつだ。里中だ」


 その瞬間、事務所内に動揺が走った。


「!!」


 敵対者への冷酷無比な仕打ちで知られた残虐魔王・村雨耀介が率いる、泣く子も黙る武闘派集団の村雨組。そこの幹部が「これから総攻撃を仕掛ける」と、予告してきているのだ。


「……」


 声には出さないまでも皆、顔を見合わせて恐怖に慄いているのが分かった。当時、関東中に轟いていた村雨の武名の高さを思えば、至って自然なリアクションと言えよう。


 だが、そんな中で1人、冷静さを失わない男がいた。


「落ち着けや」


 本庄である。表情ひとつ変えることなく子分たちを宥め諭した彼は、電話の向こうの襲撃者に対して、静かに問いかける。


「改めて、聞かしてもらうで。何が望みや?」


 すると、受話器のスピーカーからは、雑音混じりの返答が聞こえてきた。


『あんたらが匿ってる、麻木涼平ってガキの身柄。そいつをさっさと渡せって言ってんだよ。さもねぇと、今からそっちに入って全員をぶっ殺してやる。血の海を見ることになるぞ』


 こちらを脅そうとしているのか。里中の声は、前に開科研で耳にした時よりも低く、迫力が伴っていた。ここ1か月間で、彼には組の若頭代行としての貫禄が身についたのかもしれない。


 同時に、俺への復讐心も滾っている事だろう。かつて自分を路上で襲い、長きにわたる昏睡状態に陥らせた男に対する、凄まじい報復の心。電話を通しても、それはひしひしと伝わってきた。


(ヤバいな……)


 ただ、本庄は全く動じず、淡々と応じてゆく。


「そない言われて、わしが素直に従うと思うとんのか?」


『従わねぇなら、従わせるまでだ。このウジ虫野郎』


「従わせる? ウジ虫野郎? ……そらまた、ずいぶんな言い草やな。おどれ、わしが誰かを分かってて、さっきから能書き垂れとんのか? おお?」


『知ったことか! ナメんじゃねぇぞ。土建屋ふぜいが。「極道はカタギに手を出さない」なんて時代遅れの理屈、俺たち村雨組には通用しねぇ。やると決めたからには、相手が誰だろうと徹底的にやるまでだ!』


 勢いよく啖呵を切った里中は、さらに語気を強めて続ける。


『社長さんよ。今からあんたらに、考える時間をくれてやる。麻木のガキをこっちに渡すか、それとも庇って全員死ぬか。足りない頭で、よ~く考えてみろよ』


「……」


『5分やるから、それまでに結論を出せ。あんたの答え方次第によっちゃあ、地獄行きだ。あと、念のために言っておくが。ガキを連れて逃げようだなんて考えるなよ? 既に、このビルの出入り口は村雨組うちの人間でガッチリ固めてあるんだからな。出てきた瞬間、なぶり殺しにしてやるよ!』


「……」


 何を思っていたのか。矢継ぎ早に浴びせられる要求と脅しに対して、ろくに返事をせず、口を一文字につぐんで言葉を発さなかった本庄。そんな彼を煽るかのように、里中は言い放つ。


『おーい、ちゃんと聞いてるかぁ? あれ、もしかしてビビったのか? すっかり怖くなって、まともに喋れなくなっちまったのか? アハハッ。だっせえなあ! さっきの威勢は何処へやら!』


「……」


『ククッ。んじゃ、今から5分後に、また電話をかけるからよ。その時に答えを聞かせてもらうぜ。ガキを渡して賢く生きるか、道連れになってマヌケに死ぬか。ま、普通に考えりゃあどっちが正解か、誰でも分かるだろうがな!』


 ――ガチャッ!


 通話はそこで、切れてしまった。事務所の中に、言いようのない緊張感が広がる。組員の中には額に冷や汗の滴を浮かべ、全身をわなわなとさせて絶句している者もいた。


 そんな中、恐る恐る窓の外の様子を確認した前波が、声を震わせた。


「うわっ……ほ、ほんとに来てる……」


「どんくらいおるんや?」


 冷静に尋ねた組長に、前波は告げる。


「30人はいます。自分が見た限り、全員が拳銃チャカを持ってて……」


「そうか。こっちのおおよそ2倍っちゅうとこやな。フッ、流石は村雨組や。銃刀法も、凶器準備集合もお構いなしか。人様の領地シマで、ようやってくれるやないけ」


 30人――。


 村雨組の全構成員のうち、半数以上に相当する数である。これだけの兵隊を送り込んできているという事は即ち、彼らが本腰を入れているという事。里中の執念深さが窺えた。


(きっと、村雨組長の了解も得ているんだろうな)


 俺が斯波一家と内通していた疑惑は全くのデタラメであるにせよ、春先に里中を襲い、重傷を負わせた事実に変わりは無いのだ。おまけに組を脱走した挙句、ナンバー2の芹沢が逮捕されるきっかけまで作ってしまった。


 いくら実力を高く買っていたとはいえ、これらの罪を犯した人間を残虐魔王がみすみす許したりはしないはず。むしろ、目をかけていた俺に「裏切られた」とばかりに、強い怒りの炎を燃やしているのかもしれない。


 どう考えても、絶望的だった。これでは絢華と添い遂げるどころか、村雨組に復帰し、横浜に戻る事さえ叶わない。そう思うと自然と力が抜け、ため息がこぼれてしまう。


「……はあ。もう、終わりか」


 しかし、俺がガックリと肩を落とした一方、本庄は平然としていた。状況などは何らお構いなしといった様子で、子分たちに指示を飛ばす。


「山崎、本家に連絡せい! 『煌王会が戦争を仕掛けてきた』ってな」


「承知しました」


 命令を受けた若頭は即座に、ポケットから携帯を取り出して番号を打った。かけた先は、赤坂の中川会総本部。どうやら、そこに応援を要請するようだ。


「もしもし? 本庄組の山崎です。さっき、煌王会の村雨組に襲われまして。……ええ、横浜のです。いま、事務所の前に集まってます。……はい! わかりました。では、よろしくお願いいたします!」


 きわめて、まっとうな判断だと思った。30人の敵勢に対して、俺を入れた10人で立ち向かうのでは、流石に分が悪いというもの。援軍を求めるのは定石と言えよう。


 ただ、赤坂から五反田までは、どんなに急ごうが車で20分ほどはかかる距離なのだ。また、本家が近くの傘下組織に「本庄組の応援に向かえ!」と号令をかけたとしても、それなりに時間はかかってしまうだろう。里中が突きつけたタイムリミットまでには、間に合わない可能性が高い。


 それまでに、押し寄せてくる村雨組の兵隊をいかに凌ぐか――。


 単純に考えれば、10人で時間を稼げば良い。しかしながら、決して簡単な話ではなかった。前波が確認したところ、オフィスの奥の保管庫にあった銃は全部で4丁。


 いずれも、装弾数6発の回転式リボルバー。予備の弾丸は無く、合計24発しか撃つことができない。敵1人につき1発で見積もったとしても、あと6人分が足りない計算となる。


「親分、すんません。 こうなる時に備えて、普段からもっと道具を揃えておくべきでした。後で、指詰めて詫びさせてもらいますから……」


「気にせんでええ!」


 謝る前波を制した本庄は、静かに目を閉じた。


「……」


 その場に、沈黙が広がる。立ち尽くす子分たちを尻目に、無言で物思いにふける組長。人差し指を眉間に当て、頭を傾けたその姿からは、必死に思考をめぐらせている様が見て取れた。


 この窮地を乗り切る術か、それとも違う何かか――。


 どれくらい、静寂の時が流れただろうか。やがて、ゆっくりと目を開けた組長は、俺に穏やかな声で問うた。


「涼平。さっきの電話。覚えとるか? さっき、里中のボケはわしのこと『社長』て、呼びよったやんな?」


 数分前の会話を思い返してみれば、たしかにそんな場面があったような気がする。俺は、小さく頷いた。


「あ、ああ……」


「んで、最後は捨て台詞に『土建屋ふぜいが』なんて、抜かしてきよった。そうよな?」


 緊張に包まれていたせいか、本庄と里中の応酬は殆ど聞き流してしまっており、はっきりと断言はできない。それゆえ俺の返事は自信の伴わない、ひどく曖昧なものになってしまう。


「……うん」


 ところが、次の瞬間。本庄がパチンと指を鳴らした。


「そうか! そういうことやったのか!」


「えっ」


「さっきから、どうにもおかしいと思うとったんやけど……ようやく、ピンときたわ! こりゃあ、いけるかもわからへんで! 糸口が見えたってこっちゃ!」


「それって、どういう……」


 その時。事務所の電話が再び、音を立てた。


 ――プルルルルルッ!


 今度はワン・コールで受話器を取った本庄は、またもや中央の「スピーカー通話」のボタンを押す。そして、電話口から聞こえてくる声に耳を傾ける。


『社長さん。そろそろ5分だぜ。答えを聞かせてもらおうじゃないか』


「おう。待っとったで!」


 威勢よく応じた本庄。俺の身体が、自然と硬直する。


(どうするつもりなんだ……?)


 だが、直後に組長の口から飛び出した言葉は、事前の予想をはるかに上回るものだった。


「……考えたんやけどな。そちらさんの要求通り、麻木涼平は引き渡す」


 耳を疑った。


(な、何を言ってるんだ!?)


 戦慄と衝撃で心臓の鼓動が早鳴る俺にはお構いなしで、会話は続いてゆく。


『フフッ。やっと、その気になりやがったか』


「せやな。わしもこれ以上、ゴタゴタを長引かせる気はあらへん。早いとこ、決着つけたろう思うてな。事務所の鍵、開けとくさかい。引き取りに来てや」


『そうか。では、今から入らせてもらうぞ』


「ほな、待っとるわ」


 本庄は電話を切ると、後ろを振り返って俺に告げた。


「涼平。ちょっとの間、そこのロッカーに隠れとけ」


 そう言うと、組長はオフィスの壁の右隅にあったロッカーを指差す。2m近くある縦長の長方形で、俺の体格でも十分、身を隠せそうな大きさだった。


「ほ、本庄さん。あんた、まさか俺を売る気なのか……!?」


「ちゃうちゃう。心配せんといてくれ。わしに、ええ考えがある」


「考え、だと?」


「ほら、さっさと入らんかい! 里中が来てまうで!」


 促されるまま、急いでロッカーに隠れた。幸いにも中身は空っぽで、窮屈ではあるが潜伏にはうってつけだ。扉も、ちょうど俺の目の位置の所に細いスリットが入っていて、外の様子も見渡せるようになっている。


(どうなっちまうんだ……)


 恐怖と緊張、それから不安が同時にこみ上げてきて、尋常な精神状態ではいられなくなった俺。心臓はバクバクと音を立てて、もはや破裂寸前だ。「終わり」という単語をすぐそこまで、かなり間近に感じてしまっていたと思う。


「……」


 だが、この時の俺は気づいていなかった。


 危機的な状況を打開すべく、本庄組長が恐るべき“策”を立てていたことに――。

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