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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第4章 五反田の蠍
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知りすぎた男の末路

 恐る恐る、俺は尋ねてみた。


「殺したって……本庄さんが?」


「フフッ。他に、誰がいるんだよ」


 失笑するジェームズ。こちらの反応が、さぞかし滑稽に思えたのだろうか。彼は吹き出すのをこらえながら、補足をよこしてきた。


「報道では『小國がニラとスイセンを間違えた』って、出てただろ? あれ、正確には本庄がすり替えたんだよ。天ぷら屋の店員に金を握らせて買収して、厨房にあったニラを箱ごとな」


 てっきり、食中毒の件は事故だと思っていた。ただ単に、小國が素材の管理を怠ったために発生した、不幸な事故のだと考えていた。そう考えざるを得ない理由のような疑問が、自分の中にあったのである。


 否定されることは分かっていながらも、俺は意を決してぶつけてみる。


「でも……分からねぇな。あの時、本庄さんも倒れてた気がするぜ? 」


「そりゃ、お前。自分もスイセンを食ったからだろ」


「毒があるって分かってるのに?」


「ああ。食わなきゃいけないだろうよ」


 ジェームズは言った。


「自分以外の全員が倒れてんのに、自分だけ何の症状も無かったらどうなる? 真っ先に、疑いの目が向いちまうだろうが。スイセンの毒は確かに猛毒だが、量によっては軽い腹痛と下痢程度で済む。食った量が多かったとしても、すぐに病院で処置すれば、どうってことはない。その辺りの知識があったんだろうぜ」


 他にも、おかしい所はあった。あの日、本庄と一緒に天ぷらを食べたのは12人。皆、症状を訴えてから即座に病院へ運ばれ、適切な治療を受けている。全員が全員、スイセンを多く食べたというわけでもないはずであろう。


 にも関わらず、あの件における死者数は10人。


 新聞やテレビによると「当初は容体が安定していたが、深夜になって急変した」とのこと。病院という万全な環境で、そのような不測の事態が起こるものなのかと以前から疑問に思っていた。


 だが、ジェームズ曰く、これには理由わけがあるようだ。


「おそらくは……担ぎ込まれた先の病院で、さらなる毒を盛られたんだろうよ。病院には沢山のヤバい薬が保管されてるから、関係者であればいくらでもやりようがある。天ぷら屋の店員と同じように、そいつも金で買われたんだと思う」


「医者がグルになったってことか?」


「そうとしか考えられん」


 本庄組長が、医者を買収した――。


 ちなみに、被害者が運び込まれた区立病院は、職員の待遇が芳しくないことで有名だという。平均的なサラリーマンよりも安い月給で、恐ろしいほどの超過勤務。不満をおぼえている人間も、決して少なくはないのだとか。


 そういった者たちにとって、本庄からの申し出はまさに「渡りに船」。経済的な背景のみを考えれば、十分に起こり得る話である。また、俺には心当たりもあった。


(あれ、たしか……)


 7月12日、俺は病院にて、山崎が白衣姿の医師に現金の束を渡す瞬間を目撃している。その際、こんな会話が繰り広げられたはずだ。


『先生、今日はありがとうございました』


『え、ええ! こちらこそ!』


『では、手はず通りに。よろしく頼みます』


 札束は茶色い封筒に詰められており、具体的な枚数を窺い知ることは出来なかった。だが、厚みからしてかなりの額であるように思える。もしかすると、100万円は優に超えているのかもしれない。


 おまけに、山崎が放った「手はず通りに」というフレーズ。これは間違いなく、関係者の殺害を暗に依頼した発言であろう。受け取った医師の妙に恭しい態度などを考えても、それ以外に可能性が浮かばなかった。


「なるほどな……そういうことだったのか」


 五反田での生活を始めてからというもの、ずっと頭の中で燻ぶり続けていた、小さな疑問の欠片たち。それらの点と点が1つの線に繋がり、俺はようやく答えを導き出すことが出来た。


 すべては、本庄が大井町を潰すために仕掛けた謀略――。


 まずは、息のかかった者たちを使って商店街を襲わせ、その撃退を自らが買って出るというマッチポンプで、小國から用心棒代をむしり取る。


 次に「事態の解決には、大きな敵と交渉せねばならない」と嘘を吹き込み、その交渉に使う金という名目で、またもや小國から大金を騙し取る。


 金を取れるだけ取った後は、頃合いを見計らって襲撃を停止。


 また、同時進行で「真犯人は自治会長だ」という偽情報を流し、小國の信用を失墜させて、最終的に自治会長解任に追い込む。


 そんな窮地に立たされた彼を「救う」と称して食事会を催し、集まった自治会員10人を殺害して、その罪を全て小國1人に着せる。


 傍から見れば「解任されたことに腹を立てた前会長が、わざと食中毒を引き起こして関係者を殺した」ようにしか見えず、裏で本庄が糸を引いていたという証拠も残っていないため、言うまでもなく“完全犯罪”が成立するというわけだ。


「……で、駅ビル建設に反対する奴は全員消滅。区役所は今まで通りに再開発を進められるし、本庄組には利権も絡んで莫大な金が入ってくる。すべては、あの人の計画通りだったってわけか」


 自分なりの結論で締めくくった俺の総括に、ジェームズは大きく頷いた。


「その通り。何もかもが、絵図を描いた本庄の思惑のままになった。まったく、恐ろしい男だぜ。あの関西人のおっちゃんは」


 なお、既に食品衛生法違反の罪で逮捕および拘留されている小國だが、やがては殺人罪に問われる可能性が高いようだ。もし、その罪状で起訴された場合、彼は確実に死刑。社会的には「死んだ」も同然である。


『よくも裏切ってくれたなっ!! 絶対に許さんぞーっ! 本庄ぉぉぉーっ!』


 連行される際、小國は報道のカメラに向かって絶叫していた。おそらくは、集団食中毒が発生した段階で本庄の企みに気づき、彼の「歴史ある商店街を守りたい」との言葉が、真っ赤な嘘であることを悟ったのだろう。


 しかし、後の祭り。


 人生で築き上げた全てを奪われた挙句、大量殺人の濡れ衣を着せられた小國に救いの手を差し伸べる者などは、もはや何処にもいないだろう。報道を目にした誰もが、あの天ぷら職人を「クロ」だと思っている。


 小國正雄という男には、まるで人望が無いのだ。先ほどジェームズから聞き知った素行の悪さや、前に店で見た従業員に対する高圧的な言動を見ると、いささか因果応報、もしくは自業自得という気がしなくもない。


 不思議と、哀れむような気持ちは起こらなかった。


(仕方ねぇよな……あの爺さんは)


 その一方で、俺の中における本庄組長の評価は変化を遂げる。つい数分前までは「もしかしたら、ヤバい人かもしれない」と断定できかねていたのだが、「もしかしたら」が消えた。いや、こう言い換えなくてはなるまい。


 想像以上に、ヤバい人だった――。


 表向きには、関西弁の陽気かつ明るい口調で人当たりの良い印象を与えるが、腹の中にはきわめて危険な性格を秘めている。それは不気味なまでに利己的な思考と、他者を口八丁で煽ることに長け、少しでも思い通りにならぬことが起きれば残忍な行為も厭わない凶暴性。


 彼のやり方は、猛毒生物の「サソリ」が獲物を仕留める手順と酷く似ていた。


 最初は尻尾に備えた針で突き刺し、遅効性の毒でジワジワと弱らせる。そして相手が抵抗する力を消失したタイミングで、両腕の鋏を使って一気にトドメを刺し、捕食。これが、サソリの狩りの手法だ。


 本庄は今回、手始めに動物マスク集団という“毒”を打ち込み、それに伴う様々な騒動で商店街全体に揺さぶりをかけ、混乱が頂点に達したところで天ぷら事件を起こし、再開発反対派の店主10人を殺害。その罪を着せることで、反対運動の旗振り役たる小國を社会的に葬り去ることにも成功。


 結果として見事、大井町商店街を潰すという当初からの目的を達成したのだ。


 何故、本庄が「五反田のさそり」と呼ばれているのか。かねてより疑問には思っていたが、その理由がようやく分かった気がする。きっと彼は、これまでにも同じような手法で勢力を拡大してきたのだろう。しばしの沈黙を挟んだ後、俺はジェームズに同意を示す。


「……ほんとだよな」


 しかし、悪い感情は湧き起こらなかった。特に咎めることもなければ、称賛することも無い

 。ただ、俺は事実のみを淡々と受け入れるだけ。そんなこちらの様子に意表を突かれたのか、ジェームズは困惑気味に問うてきた。


「意外だな。お前、何とも思わねぇの?」


「別に」


 大井町における本庄の所業は、たしかに「凶行」といえよう。まっとうに生きる善良な市民の皆様からすれば、断罪されて然るべき話かもしれない。しかしながら、俺の中では「目的を果たすための手段」として、着地点を見出したのである。


 むしろ、それくらいはやって当然とも思えた。


 カタギが額に汗して働いて日銭を稼ぐように、ヤクザは他人の血肉を食って稼ぐ。方法が多少違うだけで、金を儲けるという点では共通している。当時の俺は、そのような価値観であった。そういう風にしか考えられなかった、と書いた方が適切だろうか。


「フフッ、そうか。お前、完全にアレだな。極道に染まってるな」


 俺の返答に呆れた笑みを浮かべると、2本目の煙草に火をつけるジェームズ。軽く馬鹿にされたように感じたので、黙っているわけにはいかない。こちらとて、嫌味で応じてやる。


「ほう。そいつはがてぇや。お褒め頂き、感謝するぜ。でもよ。俺が『アレ』なら、テメェは何なんだよ。まさか、自分のことを棚に上げて寝言ほざいてるわけじゃねぇよなぁ? どうだ? 実行犯さんよ!」


「……言い訳するつもりは無い。けど、今となっては後悔もしてるよ」


「は? 後悔だと?」


「ああ。頭のどっかで『やらなきゃ良かった』って、思ってる」


 そう言うと、ジェームズは煙草を深く吸い込んだ。そして、視線を宙に泳がせる。


「はあ……」


 まるで、束の間の快楽をもたらすニコチンを体内に摂り入れることによって、直視したくはない現実から目を背けているかのような動作ではないか。失笑しつつ、俺はさらなる罵り文句を浴びせてやる。


「お前、今さら何言ってんだ? シャレも大概にしとけや」


 しかし、ジェームズの目は違った。まさに“本気”そのもの。どういうわけか、今になって己の行動を悔やんでいるとも見受けられる。


(何だ、コイツ!?)


 妙な違和感を覚えた俺が首を傾げると、ジェームズは静かに言った。


「……実はな。このままだと、消される運命なんだよ」


「消されるって、本庄さんにか?」


「ああ。知りすぎちまったからな」


 コクンと頷くジェームズ。


 曰く、本庄組長は大井町の件についての“口封じ”を考えており、一連の陰謀の実行役を担った者全員の抹殺をねらっているのだという。大袈裟な言い方のようにも思えたが、ジェームズの口調と眼差しからは必死さが伝わってきた。


「一緒に参加したチームメイトは皆、既に殺されたよ。昨日、アパートの部屋に戻ったら全員が首を吊ってたを吹いてた。ったのは、カシラの山崎だ。あいつ、人を自殺や事故に見せかけて殺すテクニックを沢山持ってやがるからな」


 驚いて目を丸くした俺に、彼の説明はなおも続く。


「俺は怖くなって、そのまま逃げてきたよ。本庄はマジで、計画に関わった全員を消すつもりだ。あいつが最初に言った『すべて成功したら、報酬をぎょうさん渡して外国へ逃がしちゃる』って話、あれは嘘だったんだ。本庄はハナっから、俺たちを使い捨ての駒にするつもりだった。要は、騙されたんだよ!!」


 訴えかけるように語気を強めた後、歯噛みしたジェームズ。顔全体を悔しさで歪ませ、唇は微かに震えている。どうやら、先ほど口にした「後悔」の2文字は本心のようだった。


「やらなきゃ良かったよ……こんな事になるなら、最初から乗らなきゃ良かった! っていうか、そもそもチーマーなんかやったのが間違いだった! 頭目ヘッドの座を奪われるわ、ヤクザに追いこみかけられるわ、どうしてこう俺の人生は上手くいかないんだ! ああ、畜生!!」


 彼の腹の奥底から、次々と溢れ出てきた悲痛な言葉。これを分かりやすい言葉で例えるならば、まさしく「心の叫び」。通常、人は胸の中に秘めておくものである。彼の場合、尋常ではない精神状態ゆえに自然と、こみ上げてきてしまったのだろう。


 ただ、同情はできなかった。


 申し訳ないが、ジェームズもまた自業自得である。チーマーとして活動し始めたことは彼自身が選んだ道だし、頭目の座を高坂に奪われた件は単なる実力不足。間違っても、他人や社会のせいにできるものではない。


 力のある強者が勝ち残り、力のない弱者は敗れ去る。それが裏社会の常。弱者は強者に食われ、消えてゆくのが定めというもの。ジェームズは弱かったのだ。それゆえ、このような結末を迎えているのである。俺は心の中において、最大級の嘲笑を浴びせてやった。


(フッ。情けないぜ)


 しかし、そんな彼にも未だ、わずかな選択肢が残っているようだ。


「こうなったら……最後の手段に賭けるしかない」


「最後の手段だと? 何だそりゃ?」


「本庄の野郎をぶっ殺すんだよ。一瞬の隙を狙って、こいつで刺してやるんだ」


 そう言うと、ジェームズは上着のポケットから銀色の物体を取り出して見せた。そしてくるりと回転させると、先端がひどく鋭利な刃が現れた。折り畳み式のバタフライナイフだった。


「どんな奴にだって、隙ができる瞬間ってのは必ず生まれるもんさ。そこを確実に狙えば、いくら相手がヤクザだって必ず仕留められる」


「なるほどな。それで、さっきは事務所の前で待ち構えてたわけか。マスクを被って」


「そうだ。本庄を殺って、そのあとは……」


 遮るように、俺は言葉を挟んだ。


「やめとけよ。上手くいくとは思えねぇ」


 率直な感想だった。食い気味に否定された格好となったジェームズは、眉をひそめる。


「どうしてだ」


「そんな事をしても、死ぬのが早くなるだけだからだ。本庄さんは出かける時、必ず銃を持った護衛をつけてる。返り討ちに遭って、無様にハチの巣にされるのがオチだ」


「や、やってみなけりゃ分からねぇだろうが!」


「やったとしてもだ!! もっと激しい追い込みをかけられるだろうぜ。本庄さんは、中川会の直参だ。それを殺すって事はつまり、中川会全体に弓を引くのと同じことだぞ。そうなったらお前、何日生き延びられる? 2万近い数の兵隊が、一気に襲ってくるんだぞ? 少しは頭をはたらかせろよ」


 少し強めの声を上げ、ジェームズの思い描いていた計画プランを全否定した俺。どんな反応をされるものかと思ったが、返ってきたのはことのほか、素直かつ穏やかな言葉であった。


「……そうだよな。やめといた方が、良いよな」


 あっさりと、前言を引っ込めたジェームズ。あまりの変わりようだったので、俺としては少々、拍子抜けしてしまった。しかし、先ほど彼が殺した後の展望を語れなかったあたりを見るに、本人としても己の考えが短絡的である自覚は有していたようだ。


 ジェームズは地面に落ちたマスクを拾い上げると、無言でその場を去っていった。


「……」


 既に万策尽き果て、間近に迫りくる死を静かに待つしかない状況。そんな彼にかける言葉など、俺には見当たらなかった。本庄に居候させてもらっている立場柄「逃げろ」とは言えず、楽観的に「諦めるな」などと無責任なアドバイスを送ることは性格上、躊躇われる。


(あとは、あいつの運次第か……)


 そう心の中で呟きながら、俺は次第に小さくなってゆくジェームズの背中を静かに見送った。彼と別れた後は真っ直ぐに事務所へと帰り、普段通りの日課を淡々とこなし、普段通りに宿所へと戻る。本庄組長とも顔を合わせたが、例の件については口が裂けても質問ができなかったのは言うまでもないだろう


 ちなみに、翌日付の夕刊にはこんな見出しが躍っていた。


【区立高輪総合病院 40代男性医師が転落死 自殺か】


【目黒川に若い男性の遺体 酔って足を滑らせた可能性】


【大井町集団食中毒 天ぷら店経営者の男を殺人容疑で再逮捕】


 裏社会に限らず、この世は強い者が勝ち残り、弱い者は敗れて消えてゆく。これこそが裏社会の掟であり、つね。悲しくも残酷な話であるが、従って生きるほかない。かつて芹沢から貰った言葉が、今では痛いほどに理解できる。


『身の振り方は、よく考えて行動しろ』


 俺には、その金言を肝に銘じることくらいしかできなかった。

第4章、これにて完結です( *´艸`)


五反田の蠍・本庄さんは、

想像以上にヤバい人でしたね(笑)。


「人は見た目が99%」なんて

言葉がありますが、彼の場合は

見た目を120%も上回ってます。


横浜の村雨さん同様、

ヤクザの組長はパッと見ただけで

「あ、この人は危険だ」みたいな

オーラが漂ってくるものです。


次は、どんな組長が出てくることやら……?


よろしければ、近日公開の第5章も

お付き合いして下さると嬉しいです!

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