知りたかった答え
「本庄は俺たちに、飯と住む場所を用意してくれた。と言っても、食い物はコンビニのおにぎりとカップラーメンばっかりで、案内された仮住まいも築30年のボロアパートだったけどな」
それでも、河川敷で寝起きして雑草を主食にする暮らしよりは、だいぶマトモな生活である。一方、計画における“実働部隊”を確保した本庄も、同時進行で準備を進めていった。
「まず、あいつがやったのは……商店街の小國と顔見知りになること。小國は昔から、無類の博打好きだったらしくてな。競馬やパチンコで、ひと月に何十万もスッちまうほどのギャンブル狂だ」
そんな彼の行動パターンを入念に調べ上げた本庄は、とある店の前で偶然を装って接触。案の定、大負けして手持ちが底を尽きた小國に「良かったら、使っておくんなはれ」と札束を渡し、好印象を得ることに成功したのだという。
しかし、俺はその話に首を傾げた。
「でもよ。いくらギャンブルで、有り金を使い果たしたからって……どこの馬の骨とも知れん人間、それも見るからにヤクザって分かる男がよこした現金を受け取るもんかな……?」
「それが案外、受け取るんだよ」
「マジで?」
「ああ。すってんてんになったバカどもに、相手の素性を気にする思考力は残ってないからな。どこの誰だろうと、金をくれるなら皆同じ。帰りの電車賃も出せねぇ状況で『貸してやる』と言われたら、即座に借用書を書いちまうのさ。俺には、よく分かるぜ」
かつて横浜の地で高坂と共に、闇金融の運営に携わってきたジェームズ。おそらくは貸す側として、そういったギャンブルに狂った者たちを幾度となく、相手にしてきたのだろう。
生々しい実体験に裏打ちされた主張には、恐ろしいほどの説得力がある。俺は心の中で、素直に拍手喝采を送ってやった。
「……なるほどな」
「さて、話を戻そう。本庄は金欠の小國を救ってやったわけだが、それで終わりじゃない。何日か経ってから、行きつけの飲み屋に顔を出してよ。今度も偶然出くわしたフリをして『何かの縁だから』と、気前よく酒を奢ってやったんだ。もちろん、小國は断らなかった。あのケチなジジイにとって、無料で酒を飲めるなんて願ったり叶ったりだからな。本庄の金で、朝まで飲んでたって話だぜ」
以来、本庄は小國を定期的に待ち伏せし、酒と食事を振る舞うようになった。しかし、あくまでも「店に行ったら、たまたま会った」という設定。それゆえ、本庄が小國と会う日には、何日か間隔が空いたとのことだった。
「たしかにな。そうしねぇと、流石に怪しまれちまうもんな」
「ああ。そこら辺も、本庄はきっちり考えてたんだろうぜ。普段の素行を徹底的に調べ上げて、奴がいつ、どんな時に飲み屋へ出かけるのかを分析して、ほぼ正確に予想する。そうやって、本庄は『たまたま会った』って設定を崩さないまま、小國に取り入っていったんだ」
飲み屋で会えば奢ってくれる、気のいい関西人の実業家――。
そんな本庄を小國が信頼するのに、大して時間はかからなかった。やがて、計画は着々と動き出してゆく。
「5月の終わり頃だったかな。本庄から、俺たちに仕事の命令が来たんだ」
「どんな命令だった?」
「内容自体は、至って単純なものだった。紙切れを渡されて『ここに書いてある店を1日に1軒ずつ、滅茶苦茶に壊してこい』と。けど、その後のリクエストがどうも、変わってたんだよな」
「変わってたって、どういう意味だ?」
ジェームズは言った。
「ただ、暴れるだけじゃなくて『商店街の人間に恐怖を与えろ』ってさ。具体的にどうすりゃいいのか、って聞いたら『気味の悪い格好をして、気味の悪い声で騒げ』と。んで、こいつを渡されたのさ」
すると、ジェームズは近くに落ちていた物体をゆっくりと拾い上げる。それは、キツネの顔がグロテスクに象られた覆面。先ほどの格闘で、俺が引きはがしたものだった。
「そいつが仲間全員に、配られたと?」
「ああ。俺以外にはシマウマ、ゴリラ、パンダ。あとは、ゾウもあったな。動物のマスクをそれぞれ被って、店の設備や品物を滅茶苦茶に壊せと言われたよ。本庄曰く『正体が分からない』、『尋常とはいえない言動をする』、そして『執拗』。この3つの要素が揃うと、人間は恐怖を感じるんだとよ」
たしかに、彼ら動物集団は本庄の云う“恐怖の3要素”を満たしていた。覆面で正体を隠し、時たま「ウヒャヒャヒャヒャヒャ!」と、お世辞にも尋常とはいえぬ叫び声を上げる、そして襲撃と撤退を何度も繰り返す執拗さ。
(まさか全て、あの人のアイディアだったなんて……)
驚きのあまり言葉を失う俺に、さらに話を続けるジェームズ。
「俺たちに商店街で暴れさせるのと時を同じくして、小國は本庄に助けを求めたらしい。もともと酒の席で『なんか困ったことあったら、いつでも相談してや』とでも、言ってあったんだろうな。まるでガキみてぇに、泣きついてきたらしいぜ」
「でも、どうしてヤクザに相談したんだ? 普通、まずは警察を呼ぶだろうに」
「そりゃあ、お前。警察を頼れない事情があるからだろ。自分の店の税金関係をチョロまかしてる件や、従業員を不当にこき使ってる件、それから天ぷらの産地偽装と、小國には黒い話が山のようにある。下手に警察を頼れば、その辺も捜査されることになりかねないからな。あのジジイにとって、それは非常にマズい」
小國がダーティーな人物であったことは、俺も何となく理解していた。脱税に労基法や景表法の違反、さらには自治会の資金を私的に使い込んだ横領の罪と、他にも叩けばいくらでも埃が出てくる体であろう。
(そりゃ、ヤクザのターゲットにされるわな)
俺が同意するように何度も頷いて見せると、ジェームズは再び語り始めた。
「それからは、俺たちが商店街を襲うとその都度、本庄組の奴らが用心棒として商店街に駆け付けるようになった……と言っても、特にドンパチやったりすることも無いんだけどな。本庄組が来たら、即座に退散する。そういう打ち合わせだったよ」
「なるほど」
「そっち側を若頭の山崎が上手く仕切ってくれたおかげで、概ね計画通りに事は進んでいったよ。唯一の想定外と言えば、本庄組の中にお前がいた件くらい。あれはマジで、びっくりしたな。『どうしてあいつが!?』みたいに。お前もお前で、横浜から逃げ出してきたのか?」
五反田に辿り着くまでの経緯は違えど、村雨組から追われる身であるという事情は共通している。俺は静かに、頷いてやった。
「……そんなところだな」
しかし、ここで昔話をしている暇は無い。今はジェームズから、事件の真相を全て聞き出さねばならないのだ。やんわりと、会話を軌道修正する。
「んな事より、聞きたいことがある。ジェームズ。本庄さんは、商店街をぶっ潰すのが目的だったんだよな?」
「そうだが」
「じゃあ、さっきまでの流れには一体、どんな意味があるってんだ? お前らを街で暴れさせて、組の人間に追い払わせる。そいつを何日も繰り返したところで……?」
すると、ジェームズは軽く笑った。
「だよな。そう思うよな」
そう答えながら、彼は吸い尽くしたタバコを地面に落とし、火を靴底で踏みつけて消す。そして一呼吸置くと、声を少し低くして言った。
「でも、ここからが話の要点ってやつだ。ところでお前、暴れ続けてた俺たちが何時から、街に現れなくなったか。覚えてるか?」
「たしか、あれは本庄さんが『煌王会と交渉する』とか何とか言って、小國から金を巻き上げたあたり……だったかな」
記憶の引き出しを開けつつ、時系列を整理して答えを述べた俺。ジェームズは、指をパチンと鳴らした。
「ザッツライト。正解だ」
ちなみに彼曰く、本庄の云った煌王会と交渉するという話は、全てが嘘なのだという。情報管理の都合上、目的を遂げるまでは腹心の山崎を除いた部下たちにさえ、偽りの仮面をかぶる必要があったらしい。
(けど、あんまり良い気はしねぇな。小國なら未だしも、自分の組の人間まで騙すっていうのはなあ……)
どうにも快く思えない俺だったが、今回の件における本庄の依頼主は区役所。身内すら欺くほどに秘密保持を徹底しなければ、信用が得られないということなのだろう。
品川区が、中川会系暴力団と繋がっている――。
この件が表沙汰になってしまえば忽ち、世の中からの猛烈な大バッシングが起こるはずだ。再開発は計画自体が白紙化どころか消えてなくなり、それに絡んだ利権も一瞬で無に帰す。
本庄が被る損失の額も無論、莫大なものとなろう。何故なら、彼は今までに再開発用の土地を確保するため、億単位の額を投じているのだから。それを考えると、自然と納得ができてしまった。
「……まあ、仕方ねぇか」
「ん? 何がだ?」
「あ、いや。何でもない。続けてくれ」
俺には時折、心の中でのみ呟いたはずの言葉が声に出てしまうという、何とも困った癖がある。慌てて繕ったこちらの反応に首を傾げながらも、ジェームズは説明を再開した。
「本庄は、俺たちに『もう十分だ』と襲撃を止めさせた。それで一応は事が収まったわけだが、俺たちが店を散々壊しまくったおかげで、商店街はボロボロ。中には、廃業を余儀なくされるところもあった」
一見すると、無差別に行われたように思える大井町商店街への襲撃。ところが襲われた店には、大きな“共通点”があった。
「それは、どの店も『店主が小國と対立していた』ということ。そこら辺は本庄が事前に調べ上げて、リストアップしといたらしい。だから、俺たちは渡されたリストに従って、1軒ずつ店を壊してったってわけさ。でも、真相を知らない部外者が見ればどう思う?」
「……天ぷら屋の爺さんが、自分に従わねぇ店を潰すために、自分でチンピラを雇って仕組んだ『自作自演』のように見えるかもな」
「その通り。実際、商店街ではそんな噂が広まっていった。『小國が会費横領の件を隠そうとして、それを指摘した店主の排除を企んだ』と。最も、そいつを広めたのは本庄なんだけどな」
俺は尋ねた。
「でも、どうして……? 本庄さんは小國を使って、商店街を牛耳ろうとしてたんじゃねぇのか?」
すると、ジェームズは首を大きく横に振る。
「違えよ。さっきも言った通り、あいつの狙いは商店街をぶっ潰すこと。つまりは、存在自体を消すのが目的なんだ。商店街を牛耳って再開発を認めさせたところで、所詮は頭にヤキがまわったジジイやババアの集まりだからな。いつ、気が変わるとも限らん。後になって突然、権利を主張して裁判でも起こされりゃあ、大ごとだ。そのためにも、小國を含めた全員の息の根を止める必要があったんだ。区役所とも、そういう段取りで密約を交わしてるはず」
息の根を止める――。
この言葉が妙に、頭の中で響き渡った。どうやら根本的に、俺の推理は間違っていたようである。てっきり、本庄が商店街を乗っ取り、暴力を背景にショッピングモール建設を承諾させる腹積もりだとばかり思っていた。
ジェームズの話は続く。
「変な噂が広まり過ぎたせいで、小國は会長の座を降ろされた。当然の流れだわな。で、奴はすぐさま本庄に泣きついた。『何とかしてくれ!』って。すると、本庄は小國に『自分が間に立つから、商店街の連中と和解しろ』と促した。ここまでは、お前も知ってるよな」
「ああ」
「本庄は一方で、他の店主たちには『小國と和解してくれるなら、資金援助をする』と誘いをかけて、全員を協議の席に着かせた。俺たちの件が響いて、商店街は全体で経営が苦しかったからな。連中に、断る選択肢は無かったはずだ。そして、小國の店で行われた和解協議も兼ねた食事会で……」
「食事会で?」
やけに勿体ぶって数秒の間を置いた後、ジェームズは言った。
「……天ぷらに毒を盛って、10人を殺した」




