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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第1章 旅立ち
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高坂晋也との出会い

 宿賃を支払い、チェックアウトを済ませた俺は駅前通りに向かった。


 駅前の人が多い時間帯で、いったい何をするのかと言えば、答えは1つ。カツアゲだ。行きかう人々を遠目で観察し「こいつは行けるな」というターゲットを決めて、通りの裏に連れ込んでボコボコにする。


「お前、いいもん着てるじゃねぇか。ちょっと、こっち来いよ」


 そして、ある程度まで痛めつけたところで、カネを巻き上げる。


「これ以上、殴られるのが嫌なら……分かるだろ? 出せよ。財布」


 大抵の場合、相手は素直に降参するか、その場を逃げ出して警察に駆け込むかの2種類の行動をとる。路上で追い剥ぎをはたらく人間にとって、前者なら良いが、後者は厄介だ。ゆえに俺は、相手が逃げ出せないように、脚を破壊してやる作戦を思いついた。


 名前は“ドラゴンスクリュー”。


 幼少の頃に観ていたプロレス中継から思いついたもので、相手の片足を両腕で持ち上げて抱え込み、体勢を維持したまま自ら素早く内側にきりもみ状態で倒れこむ。


 不自然な形で捻り上げるので、食らった相手は足に大きなダメージを負う。決まって皆、情けない悲鳴を上げたものだ。


「うぎゃああああ! ゆっ、許してェェェェェェ!」


「許してほしかったら、さっさと金を出せ」


「わ、わかった! わかったから! もう……やめてくれ……」


 一見、ふざけた行動のようにも思えるが効果は抜群。暫くの間、歩行できなくなるのは勿論の事、痛みのあまり泡を吹いて失神するヤツもいたくらいである。こうして足を破壊することで、俺は相手が逃走するのを防ぐことに成功した。


 カツアゲの釣果は1回につき、5千円前後。4回ほど繰り返すことで、俺の“日収”は約2万円となる。横浜での俺の暮らしは、そんなカツアゲで手に入れた金を元に営まれた。


 定宿は少し高めのビジネスホテル。朝食を取ってすぐ、狩り場である横浜駅西口へと向かい、非力そうなサラリーマンや大学生に的を絞って襲う。いつもより多くの釣果を得た日には、そのままゲームセンターに繰り出して、夜が更けるまで遊び倒す。


 世間一般の善良なる市民の皆様からすれば、とても邪悪な行為に思われるだろう。しかし、生粋のアウトローであった当時の俺にとっては、ほんの“些末事”に過ぎなかった。やはり、横浜に着いた途端に100万円を手にした、あの経験が大きなきっかけであったと思う。


 1度でも美味しい思いをすると、人は味をしめてしまうものだ。他人を襲って大金を手にしたという“成功体験”を得たことで、その行為自体のハードルが下がっていたのだろう。


『俺にシメられて金を奪われる、弱い奴が悪いんだ』


 身勝手な理屈を並べては、己を納得させていた。無論、罪悪感などは1ミリたりとも存在しない。また、当時の横浜は今にも増して治安が悪く、路上での強盗・恐喝事件は日常茶飯事。現行犯でない限りは、警察もマトモな対処をしなかった。


 カツアゲをされるような場所にいたり、標的にされるような身なりをしていた方が悪い――。


 現代も大して変わらないが、加害者の行為よりも被害者の落ち度を責める世間の風潮は、手加減を知らない15歳の少年を増長させるには十分で、俺の行為はどんどんエスカレートしていった。


 そんなある日のこと。


 詳細な日付と時間は明かせないが、いまでもハッキリと覚えている。俺が横浜に来て1ヵ月が過ぎた、1998年4月の中旬ということだけ書いておく。いつものように、相鉄ジョイナス付近をうろついていた昼下がり。


 突然、5人の男たちに囲まれた。全員が派手な服装をしており、中には髪を真っ青に染めている者までいる。明らかに異様な雰囲気に、俺は思わず身構えた。


「……何だよ」


 男たちの1人が口を開く。


「お前か? 最近、この辺りを荒らしまわってるカツアゲ君は」


 カツアゲ君という呼び方には違和感を覚えたが、面倒なので敢えて突っ込まない。俺は軽く言い返す。


「……だったらどうすんだ?」


「忠告してやろうと思ってさ。お前、うちのリーダーに目を付けられてるぞ。俺らを差し置いて暴れまわってる、いい度胸をした奴がいるってな」


「それで?」


「痛い目に遭いたくなかったら、今まで稼いだ金を全部よこせ。んで、さっさとこの街から出て行け」


 俺は一瞬で分かった。


(コイツら、チーマーだ……)


 暴走族が完全に衰退した90年代後半に、入れ代わるように台頭し始めた不良少年の集団。それがチーマーである。最も、横浜を縄張りにしているグループなどは聞いた事が無かったが、厄介な集団であることに変わりはない。舐められまいと、俺は強気で言い返した。


「そんなの知るかよ。カツアゲすんのにどうして、いちいちお前らに許可を取る必要がある? だいたい、何なんだよ。お前ら全員、ひとりじゃ何もできないヘタレか?」


 すると、連中が一斉に顔色を変えた。


「んだとゴラァ!」


 皆が殺気立っている。どうやら、俺の発言が連中の逆鱗に触れたらしい。


「テメェ、調子こいてんじゃねぇぞ。 ぶっ殺してやろうか? ああ!?」


 中にはこちらに向かって、今にも殴りかかってきそうな勢いの者までいた。しかし、青髪の男が彼らを制する。


「落ち着け!」


 一瞬でその場が静まる。その男は咳払いして、少し間を置いてから俺を睨むと、低い声で淡々と言葉をぶつけてきた。


「……とにかく、南幸は俺らのテリトリーだ。荒らしまわるのは止めてくれ。な?」


 彼らにしてみれば、俺のような部外者に縄張り内で大きな顔をされるのが気に入らないのだろう。しかし、それは連中の勝手な言い分であって、こちらに従う謂れはない。俺は青髪男の顔前で中指を立てながら、煽るように言ってやった。


「フッ。知るか。帰って、ボスに伝えろよ。『文句があるなら直接、お前が俺のところまで来い』ってな」


 しばらくの間、にらみ合いが続いた。物々しい雰囲気は通行人の群れにも伝わっていたのか、自然と俺たちを避けるように動いている。静寂の中で、俺は連中の出方をうかがっていた。幸いにも、彼らは武器を持っていない。


(まず、いちばん右端のデブに蹴りを入れてやるか……)


 中学時代に身を投じた乱闘のシチュエーションを思い出して戦略を考え、臨戦態勢に入った俺。だが結局、連中は「どうなっても知らねぇからな」と威圧してきただけで、静かにその場を離れていった。


 去っていく彼らの背中に、俺は言い放つ。


「逃げるのかよ。クソが!!」


 しかし、俺の言葉に連中が振り向くことはなかった。


「……」


 川崎にいた頃から俺は“群れる”のが苦手で、大嫌いだった。誰かのために己の自由を阻害されるのが窮屈だったし、何より、誰かに命令されたり指示されたりするのが堪らなく、格好悪く感じた。


「何だよ。だっせぇな。あいつら」


 ゆえに思わず口に出てしまうほど、例の“リーダーとやらの指示で動いている横浜のチーマーたちが、ひどく情けなく見えたのである。


「ったく。調子狂うなぁ」


 少し昂ぶった気持ちを静めるかのように、俺はその日はホテルに戻ると、特に何かをするわけでもなく早めに寝てしまった。


 翌朝。


 ベッドで布団にくるまっていると、部屋の内線が鳴った。


「……ん」


 時刻は午前9時24分。朝食の時間を寝過ごしてしまったが、別に呼び出されるほどの事でもない。宿代も定期的に納めている。フロントに呼び出されるような理由は何も心当たりが無かった。いったい何のことだろうと思いながら、俺は眠い目をこすりつつ、内線の受話器を乱暴に取った。


『あっ、お出になりましたか! こちら、フロントでございます』


「何かあったんですか?」


『実はいま、麻木様にお会いしたいという方がお見えでございまして……』


 俺は首を傾げる。自分が横浜に行く事は、川崎時代の知り合いの誰にも告げていないのだ。実家とも3月以来、まったく連絡を取っていなかったくらいである。もちろん、横浜に来てからの知り合いもゼロ。ましてや泊まっているホテルの事など、誰にも教えていない。


 自分を訪ねてくる者の顔が全く浮かばなかった俺は、ぶっきらぼうに問うた。


「客? 何かの間違いなんじゃないですか?」


『いえ、それが……いまお見えになっているお客様は、麻木様のお写真を出しておられまして……恐れ入りますが、麻木様。1度、ロビーまでお越しくださいますでしょうか?』


 ホテルマンの口調からは、決してただごとではない空気が伝わってくる。


「わかりました。すぐ、行きます」


 受話器を置いた俺は軽く身支度を整えると、出来るだけ早く部屋を出た。


(もしかして、警察か?)


 心臓の鼓動は早鳴る。エレベーターに向かう廊下を歩く間も、乗っている間もずっと、突然の来訪者の正体が気になって仕方ない。1階に降りてみると、そこにいたのは見慣れない男だった。


「ういっす~」


 蛇柄のシャツに黒のライダースジャケットを羽織り、下は黒のレザーパンツという派手な装いで、髪型は首のあたりまで伸ばした明るめの茶色のミディアムヘア。身長は170cmほどで、俺よりは小さいくらい。しかし、付けているネックレスは金一色。両耳にはピアスも付けているので、パッと見ただけで不良だと分かった。


「……お前、誰だよ」


「僕は高坂こうさか。キミはたしか、麻木君だったよね。下の名前、何て言うの?」


 高坂と名乗るその男は、何故かこちらの名前を知っていた。警戒しながらも俺は、ひと言で答える。


「涼平」


 高坂はニヤリと歯を見せた。


「じゃあ、フルネームは『アサギ リョウヘイ』って事で良いんだね?」


「……ああ。だったら何なんだよ」


 少し気味が悪く感じた俺は、高坂に向かってあからさまに眉をひそめる。その様子が可笑しかったのか、彼は更に頬を緩ませた。


「あはは。そんなにビビらないでよ」


 別に俺は、ビビったわけではない。単に、相手から放たれる異様な雰囲気が気持ち悪く感じただけだ。その旨を伝えると、高坂は苦笑した。


「そっか。まあ、気を悪くしたなら謝るよ。ただ僕は、確認したかっただけさ」


「確認だと?」


「さっきそこのホテルマンが『アサギ様』って君に内線かけてたからさぁ。僕はそれを聞いて『もしかして僕が探してる子の名前は“アサギ”なのかな』って予想したの。で、その予想が正しかったか確かめるために、いまキミに名前を尋ねたってわけ。アンダースタン?」


 高坂はこちらに、理解したかどうかの確認をしてきたが、俺は何も答えることが出来なかった。


(何だ、コイツは……)


 それが素直な感想である。呆然と言葉を失う俺に、高坂はなおも説明を浴びせてくる。


「僕さぁ。不確かなものは、何でも確認しないと気が済まないタチなんだよね。仲間内からは、よく『細かい男だ』なんて言われるよ。でも、この几帳面さは今に始まった事じゃなくて、ガキの頃からなんだ。たとえば小1の頃なんか……」


「もういい!」


 俺は少し強めに声を上げて、高坂を遮った。放っておけば、ずっと自分語りを続けてしまいそうな勢いだったのだ。


 初対面の相手によくもまあ、ここまで饒舌になれるものだ――。


 いま振り返っても疑問しか湧かないが、本題はそこではない。俺は意を決して、高坂に質問をぶつけた。


「……お前さ、何の目的があって俺ん所に来たわけ? しかもお前、さっきフロントで俺の写真を出したんだってな。どういうことだ?」


 俺が眉をひそめ、声を低くしたので、高坂も流石に察したのだろう。先ほどまでの砕けた口調とは打って変わり、いかにも真面目なトーンで話し始めた。


「今日、僕が来た理由は他でもない。謝るためさ。僕の兵隊たちが昨日、キミにやらかしてしまったと聞いたからね」


「昨日だと……?」


 一瞬、俺は何のことか分からなかったが、すぐに合点が行った。


「お前、もしかして……」


「うん! そのもしかして、だよ。俺はアルビオンのリーダーなのさ」


 聞けば、前日に俺を取り囲んだチーマーたちのグループ名は「阿琉非怨アルビオン」というらしい。高坂曰く、彼はそこの首領なのだとか。


「昨日はごめんね。うちのヤツらが、キミに失礼な事を言っちゃったみたいでさ」


「別に。何とも思ってねぇよ」


「ほんとに? それなら良かった。あいつらは僕がキッチリ、お仕置きしといたから。本人たちも反省してたことだし、許してやって欲しいな」


「許すもクソもねぇよ。あんな雑魚ども。それより、こっちの質問に答えろよ。何だって、お前は俺の写真を持ってたんだ?」


 何かを思い出すように、高坂は少し上の方に視線を向けながら答えた。


「あれはね……撮らせたんだ」


「撮らせただと?」


 高坂は大きく頷く。


「うん。僕は昨日、あいつらに『南幸で暴れまわってる奴を調べてこい』って命令したのさ。たぶん、写真はその時に撮ったやつだね」


「じゃあ、あの時、俺を取り囲んだ6人以外にもお前の手下がいたと?」


「そういう事になるなあ。まさに、壁に耳あり障子に目ありってやつだね」


 どこに隠れていたというのか。俺は前日、自分の姿をカメラに収める者の存在に全く気付いていなかった。高坂は続ける。


「あいつらには『あくまでも素行を調べるだけだ。接触はするな』って言っといたんだけど、勝手な判断で、キミに喧嘩をふっかけるようなマネをしちゃったみたいでさ……その件に関しては僕も、本当に申し訳なかったと思ってるよ」


「いや。だから、いいって」


「写真も勝手に撮っちゃって……ごめんね?」


 そう言いながら、高坂はジャケットの内ポケットから写真を取り出し、俺の目の前で破って見せた。


 ちょうど、俺が昨日の連中と揉めている所を映した写真だ。


 まだデジカメの類が、一般に普及していない時代である。フィルムから現像した写真は、破ってしまえばそれでおしまい。そこまでしなくても良いのにとも思ったが、隠し撮りされるのは決して気分が良い話ではない。俺は高坂の行動を無言で見守った。


「……ふう。これで良しっと」


 高坂は破りくずをロビー中央に置かれたゴミ箱へ捨てに行くと、俺の方に戻ってきて言った。


「その、“お詫び”と言ってはアレだけど。今からちょっと、付き合ってくれないか」


「は?」


「ご飯でも何でも、僕に奢らせてよ」


 戸惑った。


 目の前の高坂という男は、俺に目を付けていたのではなかったのか。それがどうして突然、食事を奢るという展開になるのか。俺は彼に尋ねる。


「お前、俺の事を狙ってたんじゃないのかよ。『いい度胸をした奴がいる』って」


 すると高坂は、意外そうに目を丸くした。


「え? 狙ってる? そんなわけないじゃん」


「だってお前、昨日の奴が……」


 訝し気な視線をぶつける俺の肩を高坂は、ポンと叩く。


「たしかに僕は、キミに目を付けてたよ? でもそれは決して、悪い意味じゃない。良い意味でだよ。この横浜という狂った街で相手を選ばずに大暴れできる奴なんて、そうそういないからね。同じ男として素直に、素敵だなと思う。どうかここは僕に、キミに賛辞をおくる機会をくれ。ね?」


 気乗りしなかったが、あまりにもしつこく粘ってくるので俺は渋々、高坂の誘いに応じてやることにした。


「……分かったよ」


「よし! そう来なくっちゃ。さあ、行こう!」


 すっかり笑顔になった高坂にエスコートされるように、俺はホテルの出口に向かって歩き出す。


(この男、俺を罠に嵌めるつもりか……?)


 勢いに押されて受け入れてしまったが、心の中ではやはり、高坂に対する不信感が捨てきれない。しかし同時に、彼についてどこか興味を持ち始めている自分もいた。


 初対面の人間を前にしても平然としていられる精神的余裕に、洒落シャレた言葉の使い方。そして、アニメや漫画の登場人物を思わせるスタイリッシュな振る舞い。間違いなく高坂は、地元の川崎では出会ったことが無いタイプの人物だ。


「何か、食べたいものはある? 何でも良いよ」


「じゃあ……焼き肉とか」


「いいよ! 僕、めっちゃ美味い店を知ってるから」


 警戒心と好奇心を半分ずつ胸に抱き、俺は高坂と肩を並べてホテルを出たのであった。

素敵な感想を頂きました。

ありがとうございます♪

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