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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第17章 三秒くれてやる
263/265

今さら引き返せるか

 2007年3月6日。


 朝、目を覚ました俺は、時計を見るなり嘆息をく。また一日が始まる。血と煙の匂いが立ち込める一日が。


 いつもよりも寂しいダブルベッド。いつもよりも寒々しいベッドルーム。上裸の身体を包んだ空気の冷たさに自然と舌打ちが鳴る。もうすぐ季節は春だというのに。


 寝室を出て、キッチンに置いてあった林檎を丸ごとひとつ腹に詰め込んだ後、洗面所へ向かって顔を洗い、髭を剃り、髪を整える。鏡に映った自分自身は何かを欠いたような顔をしている。その部分は普段と同じ仕事着――上下黒の背広と灰色のワイシャツを身に纏っても、まともにおぎなえはしない。無理もない。そもそも今の己が何を忘れているのかさえ、理解できてはいないのであるから。


 コートを羽織り、玄関の扉を開けて外へ繰り出す。扉を閉めて鍵をかけた後、いつもの通勤路を辿って宮殿へ赴く。今年は前年に比べて気温の上昇が遅い点もさることながら、ここへ至るまで言葉という言葉を発していない事実が何より左手に携えたアタッシュケースの質量の感を酷くしていた。


 些末事を憂いている暇など俺には無い。およそ20分の旅を終えて早々、休む間も無く執事局の詰め所にて朝の日課をこなす。助勤たちが昨晩のうちに寄越してきた報告書の山を片付け、個人的な外交関係にまつわるメールを打つ。


 年度末特有の飲み会の誘いに対する返事は市販品のPCで良い。だが、稼業の人間とのやり取りは総帥恩賜の専用端末を使う。


 その名も『MONAD‐907』なるガジェットは見た目こそ普遍的なスライド式の携帯電話なれど、政府の情報機関並みの技術を備えた超高性能品だ。Secure Real-time Transport Protocol(SRTP)の特別強化版をメインプロトコルとして採用し、その暗号化アルゴリズムはAdvanced Encryption Standard(AES)と256ビット鍵長を組み合わせた物を使用、さらには鍵交換方式は楕円曲線ディフィティー・ヘルマン鍵交換(ECDH)であるため、何人にも傍受できない鉄壁の暗号通信を可能としている。


 これは年初に総帥が持たせてくれたもので、俺のみならず執事局の人間は全員が使用する標準装備だ。曰く、彼のフランス陸軍時代のコネクションを使って開発したものであるという。


 いつものように端末を開き、俺は『14時をめどに宮殿で会おう』と入力して一斉送信。この端末から政府に使わせて貰っている秘密サーバーまではIPsecを用いた高度なVPNトンネルを経由させているため、煌王こうおうかいなどの敵対勢力に中身を読まれる心配は無い。


 たかが文字を入力するだけだというのに、俺も心配性になったものだ。


 そんなこんなでようやくひと仕事終えた俺は、一旦デスクチェアのもたれに体重を預けながら、今しがた目を通したばかりの書類群をぼんやりと思い起こす。


 助勤たちの仕事ぶりは相も変わらず大雑把で要領を得ないが多かった。とはいえ、これはいつものことである。そんな下っ端たちとは違い、俺が率いる組織の中核を成す幹部の業務効率は非常に高い。これについては満足しているし、むしろ上出来であると云えるだろう。


「次長。珈琲が入りました」


「ああ。ありがとうな」


 俺にティーカップを運んできた男、鮎原あゆはら颯太郎そうたろうの顔には何も滲んではいない。サクリファイスは効果が表れていない時は目の周りの痣も消えるが、彼を見ていると別の意味で安堵をおぼえる。この男は未だ汚されてはいない――今や総帥に与えられた鉱物由来麻薬で助勤たちは殆どが中毒状態にるだけに、懐かしさじみた感覚がこみ上げてきて仕方ない。


「なあ、鮎原よ」


「はい」


「大学の準備は順調か?」


「はい。おかげさまで」


「そうかい。なら安心だな」


 4月から学生生活を始める彼は、この通り緊張とは無縁らしい。彼のような若者にはやはり輝かしい未来が相応しい。たとえ総帥の傀儡でしかないにせよ、彼には彼らしい素晴らしき人生を歩んでほしいものだ。


「珈琲、淹れるのが上手くなったな」


「ご指導の賜物です。あねさ……いえ、華鈴さんの」


 俺の妻、華鈴のことを『あねさん』と呼ぼうとするも、すぐに遠慮を催し、喉の奥へと引っ込めた鮎原。そんな彼に俺は微笑みかける。

 ]

「構わん。『あねさん』で良い」


「よろしいのですか? 幹部の奥様をそんな呼び方で」


「良いに決まってんだろ。皆、そうやって呼んでるんだから。第一、華鈴は肩書きとか立場とか気にする人間じゃねえよ。だから、お前が呼びたいように呼んでやってくれ」


 そんな俺の言葉に弟分は頬を緩める。さしずめ彼女のことを実姉同然に慕っていると見た。ゆえに先日の一件は鮎原にとってもこたえたことだろう。当然ながら、俺としても一週間前のことを思い出すと喉の奥が苦くなるわけだから、なるだけ自然に話題を変えた。


「あいつは大学生だった頃から全てのことに熱を注いでたな。鮎原は、大学に行ったらサークルには入るのか?」


「ええ。あまり顔を出せないでしょうけど、席を置くだけなら」


「どんなのに入るんだ?」


「音楽系ですね。姐さんも一時期やってたみたいなので」


 話の方向性を緩やかに転換させるつもりが、またしても彼女に戻ってしまった。俺としては苦笑する他なかった。


「華鈴が音楽を?」


「はい。入ってたのはボランティアサークルだったようですけど、助っ人ギタリストとして同じ大学のバンドサークルの人たちのステージに上げて貰ったこともあると仰っていましたよ」


「……そいつは初耳だな」


「浜松で教えて頂きました。『大人という時間はこれから30年なり40年なりと続くけど、大学生という時間はあっという間。だから悔いが無いようにやりたいことやってね』というアドバイスも一緒に」


 何だか鮎原の言葉が自慢げに聞こえた。決して、そうではないはずなのに。己の中で湧き上がりかけた感情を掻き消すように、俺はそそくさと反応を繋いだ。


「流石は華鈴。俺の嫁だ。言うことが違うな」


「はい。僕は姐さんに出会えたことを誇りに思ってるんです。こんな境遇にありながら、姐さんのように人の情愛を受け取ることができたのは幸運としか言いようがありません。これからの僕の生きる目標です。いつか姐さんのような人間になれたらって思います」


 浜松では華鈴に親切に接して貰ったと語る鮎原。片桐たちを見張る彼の元に、華鈴は殆ど毎日手作りの食事を届けていたという――それもまた初耳だ。だが、ここで敢えて目を丸くするような真似はしない。ましてや声に怒気を込めるような無様を働く俺ではない。部下の前でくらい超然と格好付けずして何としようか。


「そう言って貰えりゃ夫としても光栄だ」


「姐さんが退院されたら、今度は僕が何か恩返しできるような料理を作って差し上げたいと思います」


「俺も楽しみにしてるよ」


「はい。次長にも是非食べて頂きたいです」


 鮎原の言葉が終わるなり、俺は再び自分の口元が綻ぶのを感じる。そして、この瞬間に改めて思い知ったのである。華鈴がいないだけで、斯くも虚しくなってしまう己の弱さを。


 そう感じると同時に、俺の中で自然と膨れ上がったのは、彼女に逢いたいという想いであった。その感情は抑えようにも、もはや止められそうにない。心の隙間に入り込んだそれは瞬く間に全身を蝕んでゆく。


 すると、ちょうどその時。壁掛け時計に視線が行く。11時17分。あと少しで会議が始まる刻限だ。

 俺は卓上の珈琲を飲み干すと、鮎原に告げる。


「行ってくる」


「はい。お気を付けて」


 鮎原は一礼して俺を見送る。その姿は、思わず笑ってしまうほどに純粋なものを感じさせた。俺は詰め所を出て、豪奢な廊下を歩いた。そうして13分後、普段通りの催しが始まる。


 毎週火曜日の恒例行事。理事会だ。


 この日の議題は無論のこと、浜松における動乱について――この日の議題は無論のこと、浜松における動乱について――先月28日に煌王会から離反する形で旗揚げされた誠忠せいちゅう煌王こうおうかいに対し、我らが中川会も翌々3月2日付で宣戦を布告。これにより後世で『平成へいせい丁亥ていがいらん』と呼ばれることとなる、三つ巴の抗争が勃発した。中川会の目的は、総帥に叛逆する形で組織を離脱し誠忠煌王会に合流した元理事の葉室はむろ旺二郎おうじろうおよび彼の率いる『葉室はむろぐみ』の討滅である。


 ただし、葉室旺二郎を討つなら煌王会に先んじねばならない。もし、葉室が俺たちより先に煌王会の手で討たれるようなことがあれば、それは葉室が仕切る岐阜県飛騨地域が煌王会領となることを意味する。


 飛騨地域のメタンライト鉱山の支配を狙う恒元の思惑通りだったとは云え、今の情勢は組織にとっては由々しき状況だ。そんなわけで理事会は始まって早々に紛糾した。


「あんな小物ごときにかき乱されちゃ敵わん」


「何とかする手だてを考えよう。このままじゃ俺たちおにとって不本意な結果しか待ってねぇぞ」


「しかし、今はデカい抗争は避けた方が……来日中の大統領に何かあればアメリカ絡みのシノギが軒並み潰れますぜ」


「だからと云って、組織の裏切り者を生かしておけば極道の流儀にもとる!」


 焦りに焦った声が飛び交う中、恒元が口を開く。


「皆の者、もう少し冷静にならぬか。大統領の件は我輩が話を付けておくゆえ気にせんで良い」


 されども恒元の顔は余裕綽々といった風ではない。今や、来日したアメリカ合衆国第43代大統領のアーノルド・アファロンソンが新資源採掘場視察のため岐阜県を訪れている真っ只中。万が一大統領に不慮の事態が起これば、日米関係に大きく影響が出ることは間違いない。


 恒元のフィクサーとしての力の源である秘宝『以津真天の卵』は米国にまつわるものであり、彼の権力を維持するためにも迂闊にアメリカを敵に回すわけにはいかないのであろう。


 そんな中、皆の関心は櫨山はぜやま重忠しげただへと集中し始めた。


「シゲよぉ。お前さん、いくら何でもぬるいんじゃねぇのかい。どうして一攫千金の好機を煌王会に渡しちまうんだよ」


「そうだ。せっかく手に入れた大陸進出のチャンスを一山いくらで売り飛ばしやがって……まさか煌王と繋がってるなんて言わねぇよな!? ああゴラァ!」


 皆がよってたかって若き親分を痛罵する中、俺はただ黙って見詰めていた。さながら狩られた獣に石礫いしつぶてを投げつける大衆の如く怒り狂う幹部ども――そんな彼らを「静まれ!」と一喝した恒元は言った。


「何とか申してみよ重忠。お前は一体、何を考えておるのだ」


「……」


 重忠は何も答えない。俺としては一切の同情など無いが、彼の立場の苦しさに少しばかりの理解を寄せていた。


 事の発端は先週に遡る。重忠の率いる『大国だいこく一家いっか』は恒元より討奸の御教が発せられた葉室組の制圧を任されたのだが、葉室組が擁するアサシン集団を前に大苦戦。送り込んだ兵は軒並み返り討ちに遭って全滅、中川会による飛騨地域への進撃は停滞していた。


 そんな中、大国屋一家のフロント企業が昨年に落札していた中華人民共和国湖南省の土地が煌王会系の企業に高値で売却されていたことが明るみに出た。重忠は「端から投機目的で買った土地だから売るのは当たり前」と言い張っているが、相手が相手でタイミングがタイミングだっただけに皆から睨まれた。裏切りを勘繰られるのも、必然だ。


 何せ重忠は煌王会若頭の駈堂くどう怜辞れいじ、幹部の宝生ほうしょう孝信たかのぶと幼馴染なのだから。重忠自身の穏健かつ保守的な性格が以前から皆の反感を買っていたこともあり、一度は沈黙した幹部たちは再び非難の声を上げ始めた。


「シゲよぉ……このままじゃあ俺らの大陸進出計画がオジャンだぜ」


「ああ。もしもお前が煌王とズブズブの関係ってんなら、地獄を味わわせてやらねぇとなあ」


「テメェ、まさか煌王相手に手ぇ抜いてんじゃねぇだろうな」


「大陸の土地を売り渡したのは内通の見返りか!?」


 すると恒元が「やめんか!」と一喝する。皆が恐縮した様子を確認してから、恒元は俯く重忠に言った。


「重忠よ。お前の忠節を誰よりも買っておるのは、他ならぬこの我輩だ。たとえ中川会を裏切るような真似をしておっても……我輩はお前を失いとうはない」


 皆がギョッとして顔を見合わせる中、重忠は目を見開く。そんな彼を見詰める恒元には同情の念がにじんでいる。


「お前の働きに期待しておる。だから、どうか、頼むから……もうこれ以上、我輩を困らせんでくれ」


 重忠は暫しの間、押し黙っていたが、やがて「承知いたしました」と静かに答えた。


「では、私が自ら出陣し、煌王会の領地シマへカチコミをかけます。それで我ら大国屋が煌王と通じていないことをお信じくださるのですね」


 なかすがるような哀しい眼差しでたずねた重忠に、恒元は深く頷いた。


「煌王会七代目、たちばな威吉いきちの首を獲ってまいれ。さすれば『駈堂や宝生とはあくまでも外交上のパイプを築いているに過ぎない』というお前の言い分に皆が理解を寄せるであろう」


「はっ!」


 顔をしかめながら総帥に返事をして、重忠は一礼する。そんなこんなでこの週の理事会は閉幕した。


 会議室を退出してゆく幹部たちは、部屋の敷居を跨ぐ直前に下座の重忠をあからさまに睨みつける。総帥の手前、嫌味を浴びせることこそ無いものの、その態度はまさに侮蔑の一言であった。


 そんな連中の浅ましさを重忠は少しも相手にしない。あくまでも澄まし顔で皆を見送り続ける。やがて彼は皆が部屋を出た後で、ゆっくりと立ち上がると総帥に向かってコクンと一礼し、背筋を伸ばしたまま控室に戻って行った。


 生真面目な大国屋一家総長の様子を玉座で見終えた恒元は、深いため息を吐きながら、待機していた俺を手招きして呟いた。


「重忠は何も分かっておらぬ。まかり間違えば賊徒の烙印を押されるところであろうに」


 デジャヴだ。


 何も分かっておらぬ――その台詞が最後に恒元の口から出たのは昨年夏、確か旧友だった和泉義輝と反目した時であったか。恒元の逆鱗に触れて官房長官の地位を追われた和泉義輝は、現在は役職を持たないヒラの衆議院議員として地道な活動を続けているとか、いないとか。些末事はさておき、俺の中では重忠への同情の念が湧き上がった。


 何とこたえれば良いものかと迷ったが、すぐに無難な言葉を紡いだ。


「それが、あの男なりの誠義であると存じます。仲間への。あるいは自分自身への」


「ふっ。左様なものは何の役にも立たぬというのに……涼平よ。お前は分かっておろうな?」


 即座に「無論にございます」と頷き、恒元の傍に寄った。ほんの一瞬でも足が竦まなくなったあたり、俺もけてきたということか。


 そんな側近を恒元は抱き寄せ、躊躇の無い接吻キスを施した。甘美な感覚に全身が沸き立つ――これで良い。帝王のお気に入りであり続けることこそが俺の為すべきことだ。


「涼平よ。やはり、お前しかおらぬ。この我輩が心を許せる男は、お前だけだ」


「勿体なきお言葉にございます」


「さあ、もっとこっちへ寄りなさい。可愛がってやる」


「はい。私の身も心も、全ては恒元公のものにございます」


 恒元は人払いをして、会議室に居た助勤たちを下がらせた。その後、俺の服を脱がすと、自らも全裸になって俺の陰茎を愛撫した。激しく、妖しく、慣れた手つきで。


 押し寄せる快楽を全力を尽くして凌ぐ。されど、ほんの3分ほどで耐えきれる限界を迎えて射精した。その光景に満足したのか、濡れた絨毯を見て恒元は「良い子だ」と俺の頭を撫でた。


 ああ、何と素晴らしい時間なのか。斯様にして従順に振舞っていれば、易く総帥の寵愛を受けられる。そして、この快感は酒や煙草よりもずっと依存性が高い。きっと、死ぬまで抜け出せないだろう。


 そんなことを考えているうちに、今度は恒元が俺を四つん這いにさせた。彼の巨根を咥え込むのは至難の技。俺は息を荒げながら彼の求めに応じ、必死で腰を突き出し続けた。


「く……ぐぅっ」


 苦悶に喘ぐ俺を見て、恒元は満面の笑みを浮かべる。それは悪魔の如き微笑みであった。まるで獲物を弄ぶ肉食獣そのものであった。


 されど、それでも構わない。俺は彼に従うことで今の地位を得ている。それが唯一無二の存在意義なのだ。


 やがて恒元は俺の中で果てた。そして、彼は倒れ込む俺の身体を優しく抱擁した。俺の額に自らの唇を重ねながら、彼は言った。


「今日もご苦労であったな。我が右腕よ」


「ありがとうございます。これも全ては総帥のご威光ゆえに」


「よくぞ申してくれた。流石は我輩の見込んだ男よ」


 恒元は俺の股間へ手を伸ばす。射精を繰り返し、すっかり萎えた肉棒を再び弄ぶ。俺は笑顔をつくり「ああ……嬉しゅうございます」と答えた。総帥は目を細めてから、ゆっくりと口角を上げた。


「そうであろうな。お前は既に我輩に骨の髄まで惚れ込んでおるからなぁ」


 俺は笑顔を崩すことなく頷いた。実際その通りだ。俺は恒元を愛している。この人のためならば、喜んで命さえ投げ打てるほどに――それから数十分ほど主君のされるがままとなった後、俺は着衣を戻すと会議室を後にした。


 廊下を歩く。先ほどまで会議に参加していた幹部連中は、もうそれぞれの車に乗って帰路に就いていた。そんな中、俺は宮殿の別室へと向かう。そこへ呼び付けていた連中と顔を合わせるためだ。


「よう」


 扉を開け、俺が声をかけるなり、ソファに座っていた彼らは起立して礼をする――いずれも俺が媒酌人として組織へ引き入れた親分衆。直参『谷山たにやまぐみ』組長の谷山たにやま 大輔だいすけ、直参『崎川さきかわ一家いっか』総長の崎川さきかわ雅昌まさあき、直参『三沼みぬまぐみ』組長の三沼みぬま健太郎けんたろう、直参『韮建にらだてぐみ』組長の韮建にらだてまさるである。


「ご苦労だったな」


 そう言って俺が席に着くと、彼らも腰掛ける。先日の別府での杵山を抹殺したことなどは既に恒元からしらされているらしく、皆、怯えたような表情をしている。


「さて。それじゃあ、お前らに確かめてぇことがある」


 彼ら4人を見渡しながら、俺は続けた。


「お前ら、俺を裏切るつもりはあるか」


 すると谷山が口を開いた。この男は理事というだけあって生真面目だ。


「そ、そんな! まさか俺達が反麻木グループの一部だとか思われてんですかい!? ああ、勘弁してくださいよ! そんなん言われたら……」


「いいから答えろ。今後も俺を裏切らねぇか」


「もちろん裏切りませんよ。俺らはみんな次長と一緒に組織をつくってゆく仲間ですって。何があっても裏切りゃしません」


 その言葉を聞いて、俺は少し安心した。


「そうか。そう言ってくれるなら良かったぜ」


 そんな俺に、他の3人も異を唱えなかった。俺に対する忠誠心があるかどうかを問いただすための会合だったが、彼らの反応を見て確信できた。こいつらは俺の言いなりだ。


 極道社会において媒酌人は親分と同格の存在。盃を呑ませた者が親分に対して不義理を働くと判断すれば、親分の許しを得ずに一存で殺すことが出来るとされる。そうしたことわりのおかげで、俺は手駒を得ることが出来た。血まみれの天使への恐怖で動く、使い勝手の良い兵隊を。


 さっそく俺は言ってやった。


「んじゃ、たった今この瞬間から『麻木あさぎ』の本格始動ってことで。ひとつよろしく」


 その言葉に皆は暫し沈黙して顔を見合わせるも、やがて口々に「ははーっ!」と頭を下げた。どうやら己の立場を理解したようだ。


「ふっ。良い返事だ」


 これまではあまり意識せずにいたが、組織において派閥をつくることは重要だ。敵が多すぎるからこそ、味方が必要だ。そうでなければ、いつの間にか孤独になった挙句に、後ろから刺されて死ぬのは間違いない。俺が生き残るためには、派閥をつくって勢力を拡大し、その上で反麻木グループを叩き潰すしかない。そのためには多少の汚い手も使わなくてはなるまい。


 それにしても、何だかんだで4人も集まった。現在、谷山が神奈川県逗子市で300騎、崎川が同県鎌倉市で570騎、三沼が同県葉山町で100騎、韮建が宮城県名取市で200騎の兵力を持っている。執事局次長助勤とは別に手足として使うのには十分だろう。


「何かあればこちらから連絡する。お前らはお前らの為すべきを為せ。頼むぞ」


 そう告げて部屋を後にした俺は、ほくそ笑んでいた。権力は必要だ。今後は組織内だけではなく外にも地盤を構築せねばならない。政財界の要人との飲み会にも積極的に顔を出すとしよう。


 詰め所へ戻ってデスクワークをこなした後、そのままの脚で俺は宮殿を出た。


 ちょうど屋外の駐車場では重忠が車に乗り込むところであった。驚いた。時刻は18時。理事会の閉幕から、既に6時間は経過しているというのに。俺は奴に追いつくや「まだ居たのか?」とたずねる。


「うん。ちょうど今、終わったところでね」


「料理教室だったんだっけ?」


「ああ、そうだ。実は母直伝のレシピがあるんだ。そいつを惜しみなくを披露してきた。お生憎様、当の奥様たちからは不評だったけど」


「何を作ったんだ?」


「茄子の肉詰め。『田舎臭い』と苦情の雨霰だったよ」


「まあ、確かに好き嫌いが分かれる料理だな」


「そうだよね。僕も好きじゃない」


 何となく納得しながら、俺は重忠に「ちょいと足を借りても?」とたずねる。重忠は笑顔で「構わないよ」とだけ返事すると俺を大国屋一家所有セダンの後部座席の隣に乗せ、運転手に指示して車を発進させた。


「麻木君を乗せるのは良いとして……どこへ行くんだい?」


「銀座だ。お偉いさん方と飲んでくる」


「政治家か。めておけとは言わないが、程々にしておいた方が良いよ。所詮、僕たちは彼らのきばでしかないんだから。恒元公ほど高貴な血筋でもない限り、連中を顎で使うのは不可能だ」


「無論、私用の会食じゃねぇ。あくまでも恒元公の臣下として釘を刺しに行くんだ。『恒元公に逆らおうなどとは考えるなよ』ってな」


 先輩面でアドバイスを寄越してきた重忠に、俺は即答した。尤も、今宵に予定されている宴に、中川恒元は関係ないのであるが――そもそもとして重忠には関係が無いことである。


 怪訝な顔をした俺とは裏腹に、当の重忠は安堵したように息を吐いていた。


「ああ、そう。だったら、良いんだけど」


 本来ならば助勤たちに車を出させても良かったところだ。これ以上、不快感に陥る前に本題を切り出しておこう。


「ふっ。心配してくれたお礼に、あんたのリクエストにこたえてやるとするか」


「ええっと。何か君に頼んでたっけ」


「去年の春先、あんたと初めて会ってから間もない頃に言われたぜ。『いつか腹を割って話してみたい』とな」


「ああ……そんなこと言ってたっけなあ……ごめんよ。この稼業をやってると次から次へとスケジュールが舞い込むもんで、すっかり忘れちゃってたよ」


「おいおい。しっかりしてくれや。八王子の御曹司さんよ」


 俺は笑った。されど続けて『あんたの云うスケジュールとはすなわち煌王会若頭との密会か』などと直接的にぶつけるほど野暮な男ではない。あくまでも遠回しに行く。


「ふっ、そりゃあ顔が広い人間は慌ただしくて困るわな」


 重忠はニコッと微笑む。


「いやあ。どうやら、君も僕のことを快く思っていないようだね。たぶん、僕を煌王会と内通している裏切り者だと考えていることだろう」


「……本当のところ、どうなんだ?」


 重忠は嘆息した。


「心配には及ばない。僕は本当に煌王とは外交上のパイプしか結んでいないし、そもそも僕は向こうの七代目のやり方が気に食わないから、内通するメリットなんて無いんだ」


「なら、どうして総帥はあんたを睨んでる?」


「独占欲だよ。僕は君が組織に入る前よりもずっと昔に、あの人の小姓をやっていたからね。要するに、僕が向こうに寝返るのが怖くてたまらないんだ」


 それから彼は「君には分かるだろう?」と意味ありげな笑みを浮かべたので、俺は舌打ちを鳴らすことで応じてやる。前々から思っていたことだが、いけ好かない男だ――されども嫌いにはなれない。


「総帥とは長いのか?」


 窓の外へ視線を逸らしつつたずねた俺に、重忠は嬉しそうに「もちろん。倅のように可愛がって頂いているよ」と答えた。


「まあ、裏切り者と思われるなら仕方ないよ。 何せ今の恒元公のお気に入りは君なんだからね……」


「俺に私情は無い。だが、あんたが中国の土地を煌王に売った件が欲得ずくのことじゃねぇってのは分かる」


「分かってくれるんだ」


「煌王と折り合いをつけるのに必要な土産みやげだったんだろう? あんたは海外の土地と引き換えに奴らの岐阜攻めを遅らせた? そうだな?」


「流石。勘が良いね」


「勘がどうのこうのって話じゃない。地政学の基本を少しでもかじってりゃ分かることだ」


「君だけだよ。分かった上で庇ってくれるのは」


「逆に云やあ、分かった上でけなしてたのが本庄ほんじょう井上いのうえたちってわけか」


 重忠は苦笑しつつ頷く。


「まあね。僕としては、あの中でもせめて田山たやまの兄貴なら庇わぬまでも何も仰らずにいるものと思っていたが……」


 されど、その途中で首を横に振る。


「……いや、そう。皆、駆け出しの頃から世話になった先輩方だ。憎みたくはない。全ては僕の未熟さが原因なんだ」


 大した考えである。尊敬はしないが称賛はしよう。心の中で。車は、都道405号線を赤坂見附沿いに南下していた。暫し窓の外を見やった後で、俺は重忠に向き直りつつ訊ねた。


「で、これからどうするんだ?」


 重忠の返答は早かった。


「決まっているだろう。関西へ乗り込んでたちばな威吉いきちを討つ。奴の首を獲らなきゃ組の人間を食わせてはいけないんだ」


 重忠の瞳の奥には、覚悟の火が燃えていた。先月から今に至るまでの間に行った駈堂との極秘会談が原因で、大国屋一家は他の組から猛烈なバッシングを浴びていた。その影響は多摩のシノギにも及んでおり、自軍の組員たちに一刻も早い組織内での信頼回復を迫られていることは易く想像できた。


「……尻に火がいて焦ってるってわけか」


「ははっ。耳が痛いことを言うね」


「しかし、あんたに橘がれるのか?」


「勿論だとも。駈堂も、橘との仲が冷えきってるらしいからね。橘みたいな仁義知らずは、消した方が世のためさ」


「そいつを聞いて安心した」


 櫨山重忠と駈堂怜辞は10代の時分からの馴染み。俺の地元でもある川崎にて、伝説的な暴走族『ブラッディキング』のメンバーとして、チームの黄金時代を築き上げたらしい。別々の道へ進んだ現在でもよしみを通じていることは云うまでも無い。


 俺は部下たちの諜報活動により、重忠が普段は駈堂のことを『レイジさん』と呼んでいる旨を把握していた。謂わば、それほどの仲ということだ。今は俺に無駄な勘繰りをさせぬために『駈堂』と呼び捨てにしたようだが、だとしても危うさは拭えない。


「しかし、駈堂もあんたと同じように任侠道を往く男だ。親分が如何にゲスであろうと裏切る真似はしないだろう」


「まあ、いざとなったら橘のために命を張るだろうな……あの人は……何だかんだ言ったって……」


戦場いくさばに出りゃ、必ずかち合うってわけだ。そうなった時、奴を殺せるか?」


 心の中へ踏み入るように、重忠の瞳の奥を覗き込んだ俺。そんな後輩に彼は寂しそうに笑って答えた。


「答えるまでも無いことだ」


 絵に描いたような曖昧の一色で染まった返答を寄越した重忠。その際に若干ばかり泳いだ視線が、彼の答えというわけらしい。


 つくづく弱い男だ。俺は中川恒元に全てを懸けているというのに――尤も、そんな醜い言葉を浴びせることはしないのだが。


「んじゃ、素晴らしい戦果を期待するぜ。櫨山重忠親分」


 わざとらしい台詞を吐きかけた俺に、目を細めながら、重忠は言った。


「だいぶ肩が力んでいるね。何としても手柄を立てようと躍起になっていると見た」


「俺に私情は無い。ただ恒元公の御為に働くだけだ」


「君の奥様のことは聞いているよ。あれは……まあ、気の毒に」


「同情など要らん。誠忠煌王会のアホどもは全員血祭りに上げるだけだ」


「あまり無理をするな。辛い時は『辛い』と言った方が良い」


「嫌味のつもりなら相手が悪いぜ。俺を誰だと思ってやがる」


「そう……なら、良いんだけどね」


 無意識のうちに拳を強く握り込んでいるなど、恥も外聞もあったものではない。つい少し前に『俺に私情は無い』などとうそぶいたばかりであるというのに。俺の心は復讐の炎で爆発的に燃えていた……愛する華鈴をあんな目に遭わせた奴らを生かしてなどおけるものか!


「殺すッ。全てを殺してやるッ」


 思わず呟いた。あからさまな俺を見かねたか、重忠は「少し落ち着こう」と言った。


「ただでさえ君の精神は平常通りじゃないんだから。無理しちゃいけない」


「……そうだな」


 俺は深呼吸し、脂汗の滲む額に掌を押しつけて天井をあおいだ……確かに今の俺は平常通りとは言いがたい。このまま戦場へ出たところで、敵の罠に嵌まるのが関の山だ。少しばかり落ち着かねば。


「あの状況で奥様は助かったんだ。それだけでも良かったじゃないか。第一、妻が手籠めにされるのは僕らの世界じゃよくある……」


「それ以上は言わんでくれ。あんたをぶっ殺しちまいそうだ」


「おっと、すまん」


 俺は窓の外を見やり、愛妻のことを想う。華鈴は依然として中川叡智病院精神科病棟への入院が続いている――いや、些末事は考えないでおこう。


「なあ、櫨山さんよ。俺はあんたを信頼している」


「嬉しいね。僕も君という後輩が出来て光栄だよ」


「この件においては互いに信念を貫くために手を携え合った方が良い……だから、俺はあんたを少しの間に限って『重忠』と呼ぶ。構わねぇか?」


 そう申し出た俺に対し重忠は「もちろんだよ。涼平」と言って口元を緩め、俺が差し出した右手を強く握るのであった。


「じゃあ、明日の早朝に宮殿で会おう」


「ああ」


 気付けば車は銀座並木通りを通過している。程なくして大国屋一家の車を降りた俺は、煙草に火を付けて空を見上げる。奴と兄弟盃を交わすつもりは毛頭ないが、共に誠忠煌王会を叩く理由がある者同士で信頼関係を築いて不都合は無いはずだ。


 ふと、頭の中を整理してみる。


 中川会および煌王会から分離独立する形で結成された新組織『誠忠煌王会』だが、その領土は現状のところ広範囲に渡っている。静岡県浜松市を本拠地に、静岡県西部、岐阜県、京都府、大阪府、奈良県、和歌山県、滋賀県、三重県と二府六県に及ぶ。そこへ九州で再結成された玄道会が合流をするとの噂が流れている。彼らは橘威吉を後ろ盾に勢力の再結集を成し遂げたが、その橘が煌王会への九州編入を迫った所為で不満が溜まっているのだとか。今、玄道会が誠忠煌王会と手を組んだら厄介だ。ゆえに俺は一先ず、この二つの組織の連携阻止を目標に定めた。


「……まあ、やってやるさ」


 精神状態は正常にあらず。だが、湧き上がる憎しみを力に変えて戦うのもまた良いだろう。俺は闘志をみなぎらせて夜の街へと飛び込む。


 それから、およそ20分後。


 俺は銀座3丁目の会員制バーに居た。松屋通り沿いの雑居ビルの地下2階にある、常連客しか立ち入らないタイプの店だ。今宵は昨年末の忘年会シーズンに親しくなった政府関係者が主催する小規模なパーティーに呼ばれている。店の敷居の高さとは裏腹に、イベント自体は比較的カジュアルで、ビールのジョッキを片手に歓談に興じるといった気軽さが特徴的な会合であった。


「麻木さん、こちらへどうぞ」


 主催者から丁寧にお辞儀されて案内されたテーブルには、15人の男性が座っていた。どの人物もスーツ姿で、仕事帰りといった装いをしている。いずれも、両脇にコンパニオンをはべらせている。


「どうも。ごきげんよう」


 席に着きながら、彼らに貴族らしい挨拶をする俺。彼らもまた俺に敬意を払うべく席を立って深々と頭を下げる。俺のことを血まみれの天使と知ってのことだろう。


「麻木君がこんなところへ顔を出してくれるとは光栄だ」


 俺に挨拶をしてくれたのは、主催者の友人だという中年男性。忘れるわけがない。毎日のようにテレビで見かける顔であるから。官房長官の霧山きりやま歳郎としろうだ。


「おうおう。これはこれは。今、売り出し中の霧山長官じゃねぇか。俺の方こそ、一緒に飲めて光栄だぜ」


 そう言って右手を差し出して応じた俺に、場の全員が眉を潜める。されど霧山は笑顔を崩さず握手を返してくれた。


「流石。中川総帥の腹心だけあって度胸があるね」


「そうでもなきゃ稼業の世界を渡っちゃいけねぇさ。ましてや最強の殺し屋とも呼ばれねぇ」


「あははっ!」


 俺と霧山が握手を交わす中、テーブルについていた人物の一人が顔を青くする。その男は即座に声を上げた。


「きゅ、きゅ、きゅ、急用を思い出した。これで失礼する」


 まったく上手い言い訳を思いついたものだ。官房長官を相手に一切物怖じしない俺の態度が気に食わなかったか、あるいは裏社会最強の殺し屋と同じ空間に居ることが恐ろしくなったか――何にせよ俺は霧山には敬語を使わない。俺が敬語を使う相手は、主君たる中川恒元と、彼の友人の旧華族だけだ。


「あれぇ? 帰っちゃうのぉ? 寂しくなるなぁ? まあ、良いけど!」


 握手を終えた霧山は気を取り直すかのように首元のネクタイを締め直し、一同に呼び掛けた。


「んじゃ、麻木君も到着したことだし。皆で乾杯と行くか」


 彼の呼びかけに、皆がグラスを持つ。俺もまた、生ビールが注がれたジョッキを手にする。バーボンでなければ酔えない体質だが、飲む分には構わない。


「乾杯-!」


 霧山長官の発声と共に、皆がジョッキやグラスを掲げる。俺も彼らに倣うが、やはり霧山だけが頭一つ飛びぬけている。流石は賀茂内閣を陰で支える男だ。俺が彼に近づきたいと思うのは自然の摂理と云って良いだろう。


「乾杯」


 そう言って、俺はビールを飲み干す。ぷはっと息を吐き、口元を舌で舐め回す。霧山はそんな俺を見て愉快そうに笑った。


「いい飲みっぷりだねぇ、麻木君! さあ、どんどん飲みたまえよ!」


「ありがてぇ申し出だが、俺みてぇな人間は気が抜ける時間なんざありゃしないんでな。酒は程々にさせてもらうぜ」


「ん? ああ、そういや殺し屋だもんね。でも、君はまだ若いからなぁ。もっと遊んだら良いのにぃ」


「そうはいかねぇ。何時いつ、如何なる時も中川恒元公の御為に動けるようでなくてはならん」


 そう言って俺はジョッキに再びビールを注いでから、一気に喉奥へ流し込んだ。すると、隣に座っていた女性コンパニオンがグラスを持つ俺の手に指を絡めた。

「あら? 涼平くんってば、そんなに飲んで大丈夫なのぉ? もしかしてお酒が弱いとかぁ?」


 そんな彼女の挑発的な態度に対し、俺は冷静に答えることにした。


「いいや。全然問題ないぜ」


 すると女性コンパニオンは面白くなかったようで、頬を膨らませる。


「もう! 生意気なんだからぁ!」


 そんな俺と彼女のやり取りを見てか、テーブルに居た誰もが凍り付いた。その中でも霧山だけは大口を開けて笑うのだ。それがまた何とも可笑しかったので俺は思わず吹き出してしまうのだが、そんな様子を見てもなお彼の笑い声はまないのであった。


「あははっ!」


 宴が始まって、そろそろ小一時間が過ぎた頃だろうか。俺はかわやへ行く振りをして席を外し、廊下へ出るなり窓際の壁に背を預けて煙草を咥える。ライターで火をけながら、ぼんやりと考え事をする。


 あの政治家と結びつきを強めれば、きっと役に立つ――そう、確信めいたものを抱いていた俺だった。ゆえに霧山歳郎とより深い関係になるべく策を練っていた。霧山は所謂いわゆる、野心家の男。その野心が俺の計画に役立つのならば、躊躇ためらうことなく利用してやろうと考えていた。


「……恒元公の下で全てを支配する」


 思わずこぼれてしまった独り言に苦笑を浮かべ、俺は宴へ戻った。


 すると、そこでは霧山が取り巻きたちに夏の参院選における自らの動向を語っていた。だいぶ酒も入っているようで、先ほどよりもテンションが高かった。


「まあ、賀茂さんは自衛隊を国防軍って名前に変えるだとか、非核三原則を撤廃してアメリカの戦術核持ち込みを認めるだとか言ってるけどさあ、そーんなの出来っこないんだよぉ。だって、現実味無いでしょ? 日本国民の多くは反対してるし、そもそも中国が黙ってないんじゃないかなあ? それにさあ、もし実現できたとしても何の為に日本をアメリカの砦にしなきゃいけないのさあ? そんな馬鹿げた話はないよぉ。だからさあ、次の通常選挙では負けてもらって、賀茂総理には退いてもらって。新国家建設論を止めようと思ってるんだよねぇ。僕は。まあ、そのためには僕の支持が必要不可欠なんだけど、今や僕の演説会には多くの若者や労働者が足を運んでくれてるしさあ。だから心配ないかなあー」


 そんな彼に、近くに居たスーツ姿の男が注意した。どうやら秘書官らしい。


「長官。そのようなことを大声で仰ってはなりません」


 しかしながら、霧山は気にしていない様子で続けるのである。


「大丈夫だってぇ。ここは会員制の店だし、しかも内閣官房長官の僕の奢りなんだから安心安全ってぇ。ていうか君ってば、そんなに堅苦しくならなくても良いんじゃないのぉ?」


 霧山の取り巻きの一人が、彼に同意を示した。


「そうですね。ここで聞いた話を外部に漏らす愚か者は居ませんよ」


「でしょう? だから心配ないんだよぉ!」


 酔いが回って陽気になっているのであろう。霧山は機嫌良く答えた。その様子を見て俺は思わず笑ってしまうのであるが、そんな俺に霧山が訊ねてくる。


「ねぇ! 君も賛成派かい?」


「さあな。俺に思想は無い」


「ま、そうだよねぇっ!」


 霧山は俺の肩を何度も叩きながら笑った。現在の賀茂内閣における彼の立ち位置は理解している。内閣のナンバー2たる官房長官の地位にありながら、前政権の親米保守路線を継承する首相とは思想的に交わらぬ部分があるようだ。自衛隊の国防軍への昇格および、アメリカ軍による沖縄の島ぐるみ核兵器管理を認めようとする賀茂に対し、霧山は反対の意思を示している。霧山自身は日中平和条約締結による中華人民共和国との協調外交に肯定的であり、その路線を推進する意向を持っている。加えて、非核三原則の堅持および核兵器ゼロを目指すべきとの持論もある。ただし、これらの意見は霧山が労働ろうどうとう共民きょうみんとうといったリベラル系野党と協調するためのリップサービスとも云える。彼の本心は別のところにあるものと思われた。


「そう言えば、霧山先生。例の件はどうなってるんです?」


 取り巻きの一人が唐突に訊ねた。その問いに対し霧山は腕を組んで唸りながら答えるのである。


「それがねえ、なかなか難しいんだよねえ……だってさあ、鳥羽とばさんって結構お堅い人じゃない? だから僕の提案に乗ってくれない可能性が高いと思うんだよねぇ。まあ、でも一応試してみるつもりだけど」


 霧山の回答に一同が驚く中、俺はふと気になってたずねる。


「試してみる? 何をする気だ?」


「うん。僕ねぇ、鳥羽さんにちょっと面白い提案をしてみようと思って」


 彼の云う『鳥羽さん』とは、自由憲政党の最大派閥を率いる鳥羽とば孔平こうへいのこと。現在の賀茂首相の所属派閥の長として、その実力は党内随一と目されている。高沢たかざわ正喜まさき元首相が率いる派閥に属する霧山とは、さほど仲が良くないものと思っていたが……。


「提案だと?」


「そう。まあ、詳しくは後日改めて説明するけど、賀茂政権を倒すための秘策ってやつさぁ!」


 霧山は嬉々として語る。


「そんなわけでさぁ、君も是非参加してくれないかなぁ? 君が味方になってくれたら千人力だよ!」


 俺はジョッキを手に取って答えた。


「お生憎様、俺に個人の意思で動く気は無い。恒元公のご意志のままに従うまでのことだ」


 そう、俺はあくまでも中川恒元の臣下に過ぎない。俺個人の思想や信条などは関係がないのだ。ゆえに霧山の提案を受けるつもりなどさらさら無かった。


「でもさあ、君は中川総帥の命令だけを受け入れるだけのアサシンじゃないんだろう? 忠誠心という、個人的な感情を持ってるよね? 中川総帥のためになることだったら、断る理由なんか無いんじゃないの?」


 霧山の言葉に対し、俺は「さあな」としか答えなかった。今の段階では何も話すことができない。すると彼は俺に近付いて来て、小声で囁くように話しかけてくる。


「ねぇ、麻木君。実はさぁ、僕って政治的には極右なんだよね。世間じゃ『賀茂内閣の良心』だの『高沢一門の異端児』だのと言われてるけど」


「……ほう」


 意外だった。俺は霧山歳郎という男に対し、中道左派的な印象を持っていたからだ。俺が無意識のうちに表情を変えたのを見てか、霧山は薄笑いを浮かべながら話を続ける。


「僕はね、日本国を本来のあるべき姿に戻すべきだと思う。賀茂さんが唱えてる新国家建設論は、とても素晴らしいものだと思うし、全面的に支持できる。けれどね、今のままだと上手くいくはずもないんだよ。日本にアメリカの核なんか持ち込んだ日には、日本はあちらの属州になっちゃう。それだけは避けたいと思うわけさ。だから僕は、賀茂政権を倒すことで日本の対米従属外交を終わらせたいわけだ。理解できる?」


「何となくは」


「よかったぁ! 理解してくれて!」


 霧山は俺の手を取ってブンブンと上下に振るのである。その様子を遠巻きに見ていた他の出席者たちは、一様に戸惑った表情を浮かべていた。


「それでさぁ、僕の構想なんだけどさぁ。賀茂首相には参院選で負けて退陣してもらって、衆参ねじれの解消を口実に憲政党の右の人たちをまとめて大連立をつくって、巨大な保守の塊をつくる。そうすりゃ、自衛隊を国防軍にする国民投票の発議だって出来るようになる」


 俺は反応に迷った。組織の幹部とは云え身分的にはアサシンに過ぎない俺が、ここで己の意見を表明して良いものか。中川恒元に絶対の忠誠を誓った身である。常に彼の意向を汲んで行動せねばならない。


 しかし、なおも霧山は続けた。俺に向かって微笑みかけてくる。


「僕ね、高沢先生の一番弟子なんだよ。君が知ってるかどうか、高沢先生は日本を真の独立国家にするために90年代から闘い続けてきたんだ。同期当選の仲間からは『あなたは高沢先生から何を学んだのか』なんて言われるけど、僕ほど高沢イズムを体現してる政治家はいないと思うよ。思想より実務を選ぶ方なの。僕は」


 なるほど、そういうことか――俺は合点がいった。結局のところ霧山は賀茂を蹴落として次の総理大臣になりたいだけなのである。考えてみれば霧山の今の立ち位置はきわめて不安定だ。昨秋の自憲党総裁選後の派閥のパワーバランスを考慮した賀茂が、敵対派閥を黙らせる目的で官房長官に抜擢しただけのこと。自憲党高沢グループ内で浮いてしまっている霧山は、対立する鳥羽グループ主導の内閣に賛同したくないものの党内の影響力を保持したい高沢元首相の駒として差し出されたに過ぎない。要するに、彼は官房長官になったは良いが、所属派閥には居場所が無い状況である。彼がどうしてそうなったかと推考すれば、その原因は至って単純。彼の顔の広さだ。政界における地盤を安定させようと左右を問わぬ人脈づくりに奔走した結果、却って派閥内での評価を下げてしまった。霧山はこのままでは自分の居場所が失われると思った。だからこそ賀茂政権を倒し、自分がトップに立とうと考えたのである。


「霧山さん」


 俺は言った。


「恒元公のご意思次第だ。俺の意思は関係が無い。それは肝に銘じてもらいたい」


「分かっているとも。君の立場は尊重するつもりだよ。この場でのやり取りは政局とは関係が無い雑談だと思ってくれれば良い」


「なら、その雑談に付き合ってやる……俺はあんたらの高沢イズムとやらには反対だ」


「ふむふむ」


「高沢元総理は対米依存からの脱却を掲げている。しかし、その割には経済政策がアメリカに似通っている。小さな政府を推し進めたところで得をするのは商人だけだ」


 俺は敢えて自憲党高沢派に否定的な意見を述べた。すると霧山は興味深そうな様子で「うんうん」と声を上げた。俺は構わず続ける。


「福祉の削減と軍備再建。この二つには賛同できるが、政府は大きなままの方が良い。そうでなければ、カネにモノを言わせて成り上がった連中が全てを支配する世になる」


「まあ、それは言えてるよね。富の再分配はある程度必要だ。けどさ、麻木君。大きな政府が辿り着く先は社会主義なんじゃないの。日本に社会主義は似合わないよ。僕は我が国の伝統を壊したくないんだ」


「いや、社会主義にはならん」


「どうして言い切れる? 」


「富の専有を一部の高貴あるいは優れた人間だけに認め、そいつと引き換える形で彼らに民衆扶養の義務を背負わせれば良い。19世紀以前のヨーロッパ諸国がそうだったようにな」


 俺の言葉に場が静まり返る。コンパニオンたちは首を傾げているが、来賓の男どもは青い顔をしている――分かっている。何せ俺は霧山歳郎という男を試しているのであるから。


「そうすりゃ、古来よりの封建制の気風が未だ蔓延はびこる日本でも出来るんじゃねぇのか。伝統的価値観の維持と富の再分配を両立させた大きな政府路線が」


 言い終えた俺に、霧山は即座に反応をを示した。


「それってつまり、君の云う『一部の高貴あるいは優れた人間』とやらを特権階級として位置付けるってわけだよね。謂うなれば貴族みたいに」


 俺は頷く。


「まあ、そういうことだな」


 極端なことを言っているとの自覚は大いにあった。されど、暴論だとは微塵も思わなかった。あたかも他に正解が存在しない究極の真理に辿り着いたと言わんばかりに、俺は胸を張っていた。


 何故だろう。自分でも理解できない。だが、これが真実だと確信していた。日本という国の本質と未来に繋がる道こそ、俺が提示した方策だと。


「でもさぁ。その特権階級になる人を選別するのは、誰がどうやって行うんだい?」


 霧山は少し考えた後、たずねてきた。俺は即答した。


「決まっているだろう。徳を持った御方だ」


「例えば? 誰?」


「中川恒元公だ」


「ま、まあ、そう言うと思ったよ……でも、さ。いや、その、どんな言い方をしたら良いのか分かんないけど、その。中川総帥だって、百年、千年と、ずっといてくださるわけじゃないよね?」


「中川下総守家の家督継承者が、世の万物を統べる。今のような素晴らしき体制を続けてゆけば良い。未来永劫な」


 凍り付いていた場の空気に温度が戻る。気恥ずかしさを少しも伴わせない俺の返答に霧山は少しだけ考える素振りを見せると、やがて納得したように頷いた。


「分かったよ。今は君の考えを尊重しようじゃないか。さてさて、難しい話はこのくらいにして。ここからは、楽しい宴だ」


 俺は「ああ」と応じると空になっていたジョッキを再び掲げ、隣に居たコンパニオンに酒を注ぐよう頼む。そうして飲み干した後、己の身体が熱くなっていることに気付いた。


 確かな興奮の只中にある。全身の血が沸き立ち、思考回路は加速するばかり。周囲から注がれる視線など、痛くも痒くもない……いや、そう感じる器官が麻痺していると云った方が適切であろうか。


 ひとまず俺はビールを飲み干す。霧山は満足げな表情を見せながら俺の背中をポンッと叩いて、宴会の輪の中に戻って行った。


 霧山歳郎。彼の眉や瞳の動きを見るに、俺の言葉は少なからず響いているようだ――そんな予感を感じながら、俺は再びグラスに口をつけるのであった。決して酔えはしないと分かっていても、飲む他なかった。


 己の中に沸き上がりつつあったものを抑え込むために。


「……」


 しかしながら、昂って仕方がない。次期首相の座を狙う政治家と酒を飲んでいるという事実が、俺の魂に刺激を与えていた。俺のテンションが上がる要素など、何ひとつ無いというのに。されど俺は内心でほくそ笑んでいた。


 霧山歳郎は、俺が思っている以上に権力欲の強い男だ。野心のために他人を利用する――それは政治家に限らず世の為政者に共通する性質だが、霧山の場合はそのきらいが特に強いように感じられた。賀茂政権を打倒し、代わりに自分がトップに立つ。その夢を成就させるためにどんな手段も辞さない男だと云えるだろう。


 霧山が自らの野心を実現するために、俺を利用しようとしている。俺はそれを確信していた。だが、俺はそれを拒否することは出来なかった。


 俺が求めているものは中川恒元が創り上げようとしている国家にある。その理想郷を実現させるために霧山を利用しても良いのではないか。そんな考えが頭を支配した、その時。


「お楽しみのところ恐れ入りますがねぇ」


 不意に闘気が近寄ってきたかと思うと、声が聞こえた。視線を前方にやると、そこには派手なスーツに身を包んだ3人のチンピラの姿があった。全員、見覚えがある。


 五代目眞行路一家の組員だ。


「ご存じとは思いますけど。銀座は我々のシマなんですよ。あんまり偉そうな顔しないで貰えますか。麻木次長」


 おっと。いけない。そう云えば今回の宴に出席するにあたっては恒元に許しを得ていたが、眞行路秀虎には話を通していなかった。思わず、鼻が鳴った。


「ふっ、そいつはすまなかったな」


 俺の言い方に腹を立てたか。組員の一人が凄んできた。


「何をヘラヘラしながら喋ってんですか?」


 俺を相手に詰め寄れるとは大したものだ。少し遊んでやるか。


「へへっ、うっかりしてたぜ。わざわざ挨拶をする必要があるとは思わなくてよ」


 俺が煽るように言うと、組員は苛立ちを露わにした。


「この野郎! 成り上がり者の癖して調子に乗りやがって! 何様のつもりだゴラァ!」


「お前こそ何様のつもりだ? 下っ端ごときが幹部に向かって大層な口の利き方じゃねぇか」


 俺の挑発に対し、チンピラたちは激昂した。


「テメェ!」


「舐めやがって!」


「ぶっ殺すぞ!」


 3人が同時に襲い掛かってくる。しかし、その刹那に俺は反射的に拳を繰り出す。


 ――ドガッ。ドスッ。ドンッ。


 そして次の瞬間には、チンピラ3人は床に転がっていた。俺は彼らの関節に軽い掌底や蹴りを叩き込んで破壊し、戦闘不能に追い込んだのである。


「うぅ……」


 床で呻き声を上げる組員たちを見下ろしながら、俺は吐き捨てる。


「三下が調子に乗るな。次に偉そうなツラを見せたら、今度こそ殺してやる」


 それだけ言い残し、俺はソファに戻った。今度ばかりはマフィアの乱闘劇だ。流石の霧山官房長官も震え上がっていた。店内には緊迫した空気が漂っていた。


「君、眞行路さんに挨拶を通していなかったのか!?」


 霧山が動揺しながら訊ねてきた。彼はすっかりと怯えている。俺は肩を竦めながら答える。


「稼業の世界の儀礼にお詳しいようだが、あの馬鹿どものことは放っておけば良い。今の俺は挨拶だ何だと鬱陶しい人間関係に足を引っ張られる存在ではないんでね」


 俺が軽口を叩くと、霧山は尚も恐れる素振りを見せた。


「い、いや、しかし! 眞行路一家と云えば銀座の支配者だぞ!」


 俺は鼻で笑い飛ばした。


「だからどうしたよ。俺は国家の真の支配者に側近として仕えているわけだが?」


 そんな俺の発言に霧山は愕然とする他なかった。やがて彼は呟く。


「……も、もし、眞行路と揉めるようなことがあっても。僕は関係ないからな」


 その疑問に対して、俺はニヤリと笑う。


「無関係も何も、そもそも悩むべくもねぇことだろ。あんた、まさか恒元公より眞行路秀虎の方が偉いだなんて考えちゃいねぇよな?」


 俺の言葉に、霧山は慌てて首を横に振るの。まあ、当然の反応であろう。彼は中川恒元の存在を恐れている。それが理由であることは明白であった。


「あ、当たり前じゃないか!」


 霧山の返事に俺は笑みを深くする。そして、ゆっくりと告げるのであった。


「んじゃ、これからも仲良くしようぜ。官房長官」


 程なく俺たちは店を出て、各々の帰路に着いた。


 俺もまた、夜の街の中を歩み出す。ネオンの灯りが俺の影を伸ばした。やがて俺の足音だけが響く中、ふと顔を上げてみれば夜空に浮かぶ星々が見えた。


 星の光が照らす先には中川恒元の住まう豪邸があり、その傍には多くのビルが並び建っている。夜だというのに煌々と輝く摩天楼の群れだ。まるで巨人の寝息のようにビル群の明かりは揺れている。その光景を眺めながら思うのである。あそこにこそ理想があると信じて。


「……俺の夢が叶う日は近い」


 俺は呟いた。


 独り言というものは夜風に乗って、消えてゆくもの。そう思っていたのだが、今回は違ったようだ。どこからか「そうだな」という声が聞こえてきた。


 俺は思わず振り返る。そこに居たのは見慣れた顔だった。


「やあ。ナイトライフを銀座の街で満喫するとは、良いご身分になったじゃないか。麻木クン」


 菊川きくかわ塔一郎とういちろう。中川会と同盟関係にある『村雨むらさめぐみ』の若頭で俺の腐れ縁だ。現れたのは彼だけではない。背後に、もう一人。


「おい。さねぇか。要らんちょっかいを出すんじゃねぇ」


 芹沢せりざわあきら。同じく『村雨組』の人間で、こちらは舎弟頭だ。菊川と同様に俺の昔馴染みである。


 俺は反応に困った。独り言を受け止められたこと以上に、そもそも夜の帝都で彼らに出くわすとは思っていなかったから半端ではない驚きが押し寄せる。ひとまず情緒を撫で付け、言葉を紡ぎ出す。


「ごきげんよう」


 そうすることで生まれた仄かな余裕を使い、話を振った。


「よもや、あんたらの顔を銀座で見るとはな。どういう風の吹き回しだ?」


 そんな俺に菊川が鼻を鳴らしながら返答を投げる。


「銀座のお坊ちゃんにご挨拶をした帰りさ。ボクらも、たまにはこういう綺麗な街で遊びたいんだよ」


 村雨組の人間が眞行路秀虎と会っていたとは。何の用だ――尤も、訊ねたところで教えてはくれまい。菊川が機先を制するように「もちろん恒元公には許しを貰っているよ」と言ったので、俺は「そうかよ」とこたえて会話を一旦打ち切った。そして、改めて目の前にいる二人を眺める。


 まず目についたのは服装である。二人ともダークグレーのスーツを着ていた。それだけだと単なるのサラリーマンにも見えかねない。先ほどの芹沢の発言から考えるに、あまり目立たぬよう気を張っているらしい。


 妙だな。許しを貰っているのなら堂々と振舞っていれば良いものを。


「……」


 まあ、良いか。ここで彼らを問い詰めたところで、何があるというわけでもない。


「それにしてもよ」


 不意に芹沢が言葉を投げ掛けてきた。俺が視線を向けると、彼は少し笑みを浮かべながら言う。


「最近のおめぇは随分と変わったな。昔はもっと尖ってた印象だったのによ」


 その指摘に対し、俺は何と答えれば良いのか迷った。菊川はともかくとして、芹沢と面と向かって話すこと自体が久々なのであったから。すると、そんな俺の心を読んだか。芹沢は言葉を続ける。


「いや、別に変な意味じゃねぇよ。こうして話してるだけでも分かるさ。お前にも守るべきもんが出来たんだろ」


 俺は少し考えた後に口を開いた。


「まあ、そうだろうな」


 暗殺者として裏社会を駆ける俺の力の源は愛する女だ。彼女のためと思えるからこそ、俺は中川恒元の命令に従い、血にまみれた仕事を成し遂げてきた。彼女は確かに俺の支えになっている。


 一方で、俺を支える物はそれだけではない。


 中川恒元は俺にとって師匠のような存在であり、理想の権化であった。そんな彼に仕えていることこそ、俺は生き甲斐を自覚できる。つまり、俺は中川恒元が求める物を提供し続ける限り彼の右腕としての地位を保証されるのだ。無論、それがどれほど甘美な褒章であろうと、その栄誉を手に入れたとて中川恒元を超える存在に成れないことは承知している。ただ、俺は純粋に、彼が創り上げる理想郷をこの目で見たいと思ったのである。そこでなら、あいつと二人で幸せに暮らせる――そのためならば、命など惜しくはないと思っている。


 だからこそ俺は今こうして生きており、銀座の街で歓待を受けるような立場にまで成り上がった。


「大事にしてやんな。そのネェちゃんと過ごす時間の一秒一秒を大切に噛みしめるこった」


 芹沢が苦笑混じりに言うから、俺は即座に「言われるまでもねぇさ」と返す。


 俺は中川恒元に仕えることで全てを手に入れた。彼女の笑顔も、彼女の愛も、彼女との思い出さえも、全部だ。俺はこれからもこの幸福に浸り続けるつもりでいる。


 俺の言葉に芹沢は愉快げに笑った。彼の姿を見た俺も、笑みを浮かべる。しかし。ほんの数秒ほどの間を挟むや、芹沢は打って変わったように真面目な顔になった。


「だったら、立ち振る舞いには気を付けねぇとな。この業界じゃ、誰しも身の丈以上の力は持てねぇもんだ。そのことを分かってねぇと、気付いた時には身ぐるみ剥されてスッカラカンだ。覚えとけ」


 いきなり、何の話だ。目の前に佇む昔の恩人は、何を言っているのか。悉く、意味が分からなかった。


「へっ。ご心配には及ばねぇぜ。オッサン」


 俺は笑って応じた。芹沢もそれ以上は何も言わなかった。これ以上話すこともないと感じ、俺はきびすを返す。


「じゃあな」


 短い別れの言葉と共に、俺は歩き出した。されども背中から声が飛んでくる。


「一杯やらないか?」


 菊川の声である。


「今年に入ってから飲みに行ってなかったよね? これからどう?」


 時計の針は20時57分。帰宅するには少し早い時間帯である。


「ああ。構わんぜ」


 俺の返事に満足げに頷いた菊川は、隣の芹沢が「おい!」と窘めるのも聞く耳を持たずに俺へと歩み寄り、肩をポンッと叩いて言う。


「ありがとう。じゃあ、行こうか」


 一方の芹沢は乗り気ではなかった。


「塔一郎!」


「別に良いじゃない。酒を飲むだけなんだし。何かしでかそうってわけではないんだし」


「そういう問題じゃねぇ! 今の俺たちは内密に……」


「じゃあ、芹沢さんは先に帰っててよ。僕は麻木クンと組織外交上の付き合いに行ってくるから」


 芹沢は眉間に皴を寄せるが、暫し考えた後に「……程々にしておけよ」と言い残して去って行った。菊川は俺に笑顔を向けながら歩き出す。


「さて。いつもの店で良いかな。あそこなら酒と一緒に美味い食事にもありつける」


「ああ。良いぜ」


「んじゃ、決まりだね」


 菊川が辺りを見渡すと、程なくして視線が定まった。彼は車道を走ってきた1台のタクシーを止めた。扉が開くなり「錦糸町まで」と伝えて乗り込む。


 流石、手際が良いな。歓楽街で遊び慣れているだけのことはある。車が走り出すと同時に俺はたずねた。


「組の人間は一緒じゃねぇのか?」


「大勢で遊んでも楽しくないよ」


 俺は言外に「眞行路に何の用があったんだ」とぶつけていたが、菊川は気付いているのかいないのか。平然としている。それどころか「ボクってそんなに危なっかしく見えるかな」なんて言い出した始末である。


「曲がりなりにも過去の抗争相手だ。和議が結ばれているったって、遺恨を残した奴がいるとも限らん」


 そう返した俺に、菊川は「へえ」と言って意外そうな顔をしてみせた。


「力の強弱は関係ない。博徒のさがってもんだろ」


「まあ、襲ってきても構わないよ。その時は返り討ちにしてやるさ」


 菊川の言葉で、俺は彼が組織の外交で銀座へ足を運んだわけではないことを悟った。何かしら探りを入れていたか――いずれにせよ、訊ねたところではぐらかされるのは分かりきっている。無駄な時間は使わないのが俺の流儀だ。俺は追及を諦めて別の話題へ切り替えた。


「そういや、次のG8サミットは横浜に決まりそうだよな」


 そう切り出した途端、菊川は指をパチンと鳴らした。


「おお! よく知ってるじゃないか!」


 来年夏に予定されている第34回主要国首脳会議は日本が議長を務めることになっており、その開催予定地選定をめぐる駆け引きが永田町の内外で繰り広げられている。現時点では横浜市の他に新潟市と香川県多度津町、京都府舞鶴市、それから北海道洞爺湖町の4自治体が誘致運動を表明しているが、海に近くて都市の利便性も高い横浜市が最有力候補となっているらしい。恒元も『横浜で良かろう』と言っていた。


「いやあ、嬉しいね! 朋友のことを気にかけてくれて!」


 確かにサミットの開催地になれば莫大な経済効果が見込めるだろうが、我らが総帥は村雨耀介のことなど何も言っていなかった――俺は「さあな」としか答えず、窓の外を眺めたまま静寂に身を包む。すると、菊川が苦笑の息を吐く音が聞こえてきた。そして彼は語り始めた。


「うち、けっこうピンチなんだよね。辞めた人が出たせいで、そいつが回してたシノギの穴を埋めなきゃならなくってさ」


「……まあ、こないだおたくからヘッドハンティングされた男はかなりの商売上手だったと見える。奴を失ったあんたらにとってサミットは頼みの綱ってわけか」


「頼みの綱どころか起死回生の最終兵器、謂うなれば生命線だよ」


「言っておくが、俺に出来ることはぇぞ」


 俺の言葉に、菊川は呆れたように肩を竦めた。


「自意識過剰だな。キミは。誰も『口添えをしてくれ』なんて言ってないじゃないか」


 その発言に対して、俺は沈黙を貫く。こちらの様子に菊川は小さく吹き出すと「別に良いけどさ」と呟きながら腕組みをする。どうやら俺の沈黙を肯定と受け取ったようだ。


 それから暫し、互いに何も話さなかった。やがて車が目的地に到着する。


 俺たちは運転手に代金を渡して降車すると、ビルに入って店の扉を開けた。例によって店内はがらりと空いている。俺たちは迷わずカウンターの中央を選んで着席した。


「いらっしゃいませ」


 相変わらず、マスターは無愛想。一方で彼の仕事は早くて確実。俺はバーボンのロック、菊川はファジーネーブルをそれぞれ注文すると、瞬く間にテーブルの上に酒が並んだ。


「さて、じゃあ乾杯といきますか」


「何に乾杯するんだ?」


 俺の問いに対し、菊川はニヤリと口角を上げる。


「そりゃあ、もちろん。素晴らしき一日を祝してさ」


「ほう。よもや、あんたから祝福の言葉を賜ろうとはな」


 俺の言葉に菊川は「ははは!」と笑うと、「良いじゃん別に」と言って片手を左右に振ってみせる。その仕草に思わず嘆息を吐いた俺だったが、すぐに気を取り直してグラスを掲げた。


「あんたに祝われる筋合いはぇが、一緒に飲むくらいなら構わん」


「はいはい」


 そうして俺たちはグラスを掲げて口元へ運び、酒を口に含んだ。琥珀色の液体は芳醇で奥深い風味とアルコール度数の高さを兼ね備えた味わい深い逸品であった。程よい酔いが喉から胃に流れ込んでゆくのを感じる。一方、隣の菊川は俺と同じタイミングでカクテルを口に含むなり「うーん、美味しい!」と声をあげ、嬉しそうな表情を浮かべた。その様子を見た俺は、つい笑ってしまう。


「何だよ」


「いや、あんたは本当に美味そうに飲むなと思ってさ」


「そりゃあ、美味しいからね」


「まあ、確かにな」


 俺は再び笑みを漏らすと、グラスの中の液体を軽く回して弄んだ。琥珀色の水面に、俺の顔が映り込んでゆらゆらと揺れている。数十分前に銀座の店で緩んだ頬が、元に戻っている――そう思った次の瞬間には訊ねていた。


「なあ、今の俺って変か?」


 自分でも理解に苦しむ台詞が飛び出したものである。菊川が大笑いするのは必然の至りだった。


「ぷっ! あははっ! あははははっ!」


 菊川は腹を抱えて笑う。


「はははっ! 酒が進むなぁ!」


 そう言いながら彼はカクテルを一口飲んだ。そして、大きく息を吐く。


「いや。急にどうしたのさ。人からどう見られてるかなんてのを気にする性質タチじゃなかったろ。キミほど恥知らずなガキは他に存在しないと思ってたんだぜ」


 その言い方が余りにも的を射ていたからか。俺は少しばかり口籠ってしまった。俺の様子を見た菊川は「別に良いけどさ」と口にする。それから彼は何かを考えている素振りを見せた後で言葉を続けた。


「まあ、そんなことはどうでも良いとして。今日の君は随分と上機嫌じゃないか」


「そうでもねぇよ」


「いやいや。いつもならこんなふうに飲んでても、キミってあんまり喋らないだろ」


「そうだったか?」


「うん。だから珍しいなって」


 言われてみればそうかもしれないな。俺が物思いに耽りながらそう考えているうちに菊川は言葉を続けてゆく。


「何か良いことでもあったのかい?とびっきり気持ち良いって顔してるよ 。今の麻木クンは」


 その言葉に対し、俺は何も答えない。そんな若造に、彼は「ねえ?」とさらに問いかけてくる。


「教えてくれよ。何か悩みがあるから、ボクの誘いを受けたんだろ」


 やや焦れた声音でそう急かした菊川だったが、次の瞬間には「ま、言いたくないならそれで良いけどさ」と付け加える。菊川の言葉は続く。


「まあ、今のキミが何を悩んでるのかは知らないけど。自由にやれば良いと思うよ。せっかく恵まれた環境に居るんだ。利用しないのは勿体ないよ」


「恵まれた環境?」


「尻拭いをしてくれる理解ある老人がいて、勝手放題ができるだけの金と力がある。青年にとっては夢のような話じゃないか。カタギの人たちは後者を手に入れるために必死こいて働いてるんだよ。そんでもって、ようやく手に入れたと思ったら既に何も為せないくらいに年を取っているものさ」


 まるで俺が世間知らずな男とでも言いたげな台詞。少しばかりムッとしかけたが、ほんの数秒ほどで理解と共感が追い付く。最初の咀嚼から少し遅れて辛味が襲ってくる、外国料理のごとくに。


「……なるほど」


 俯いて頷いた俺に、なおも菊川は言った。


「人の一生はクジラほど長くもなければ、クラゲほど不変の美しさに満ちてもいない。楽しんだもん勝ちなんだよ。今という瞬間を如何に楽しく……いや、華やかに生きられるかだと思うんだよ。ボクは」


「まあ、そうだよな」


 華やかに――そのフレーズが耳に飛び込んだ途端、俺は思わず納得の言葉を漏らしていた。そんな俺の様子を見て菊川は満足気に頷く。


「でしょ?」


 俺はグラスを傾けて、喉にアルコールを流し込んだ。そして口を開く。


「すまなかったな。酒を不味まずくさせちまって」


「気にしなくて良い。青年の相談に乗るのは年寄りの仕事さ」


「年寄りって、あんたまだ30代だろ?」


「こう見えても昭和43年生まれなの。ボク。少なくとも自分が既に若くはないってことくらいは自覚してるつもりだ」


「はあ。正直、あんたにはかなわねぇな」


 俺の言葉に、彼はニヤリと微笑んだ。まるで俺の反応を愉しむかのように。


「で? 可愛い奥さんのオッパイは揉めてるのかな? 麻木クン?」


 彼の台詞の内容よりも、その言い方に俺は内心で苛立ちを覚えた。だが、それを態度に表すことなく返答を投げる。


「未だ入院中だ。医者曰く『人と会うのが怖い』と。夫の俺はおろか父親にさえも会いたがらねぇ」


「あんなことがあったんだ。当然だ」


「俺という人間の無力さが嫌になる。あいつを守ってやれなかったばかりか、辛い時に寄り添うことも……」


「寄り添うことも?」


 俺は言葉を濁した。自分の弱さを見せたくない気持ちと、それでも誰かに聞いて欲しいと思う心がせめぎ合う。だが、次第に我慢ならなくなる。ふと気づいた時には口が開いていた。


「……出来やしない。あいつが苦しんでいる時、傍にいてやりたいのに。傍にいてやれない。そいつがたまらなく悔しいんだ」


 俺の台詞を聞いた菊川は神妙な顔つきになった。そして「そっか」と呟くように言う。菊川は俺の胸中を見透かしているかのようだった。


「なるほどね。君は、一人の善き夫でいたいわけか」

 俺は沈黙を貫く。そんな俺の反応を見た菊川は「なるほど、なるほど」と頷きながら酒をあおった。そして続ける。


「じゃあ、何で君は彼女の手を離してしまったんだ?」


 菊川の問いかけは、俺の胸の奥深くまで突き刺さった。それは図星というものだったからだ。俺は言葉を紡げなかった。


「真に彼女の幸せを願うなら、組織を辞めるという選択肢もあったんじゃないか? それをしなかった……いや、しないのはどうしてだい?」


 俺は「何を言ってんだ。辞められるわけがない」と反論するが、彼は言葉を続ける。


「恒元公だって分かってくれるはずだよ。本当の意味で愛している部下の頼みならね」


 俺は彼の指摘に動揺を隠せなかった。


「キミは何がしたいんだい? キミの夢は何だ? キミはこれからどうしたいんだい?」


「お、俺は……」


 どうにか反論を続けようとした俺だが、菊川の言葉によって遮られた。


「もっと力が欲しいんだろ? そのためにはどんな手も使うつもりでいるんだろ?」


「……ああ。その通りだ」


「だったら、過ぎたことに悩んでないで前を向こうよ。力を手に入れることだけ考えなきゃ」


「惚れた女を傷つけられちまった男に、前を向く価値があるのかよ。こんな俺を華鈴が許してくれるとも思えん」


「奥さんから別れを切り出されたのか?」


「いや、まだ話しちゃいねぇが。でも、何だか、あいつが俺のことを恨んでいるような気がするんだ」


「ならば、なおさら早いとこ立ち直って動き出さなきゃ。良いかい。『もう二度と大切な人を誰にも傷つけさせはしない』って決意を行動で示すんだよ。大切な人の笑顔を守ること。そのための手段として、力を得ることは最も効率が良いんだ。ボランティアだの慈善活動だのに耽るより、よっぽどね。」


 俺は黙り込んだ。確かにその通りなのかもしれないが――頭の中で思考が沸騰する。


「分かったら、もう悩むな。悩んでる暇があるなら、政財界のお偉方と友達になる手段でも考えるんだね」


「……」


 俺は彼の言葉を素直に受け入れることが出来なかった。確かに、彼の言っていることは正論だと感じたからだ。だが、心が納得していない。そんな俺の様子に気が付いた菊川は嘆息を吐く。そして言った。


「まあ、キミがどうするかはキミ自身の自由だし、ボクが干渉すべきことでもないんだけどね」


 その言葉は俺への配慮から出たものなのか、本心からそう思っているのか分からない。しかし、少なくとも菊川は俺の意思を尊重しようとしてくれているのは分かる。


「……ありがとよ」


 ひとまず、感謝の言葉を紡いでおいた。そんな俺の真面目さを何と思ったか、菊川は鼻で笑うだけで何も言わなかった。彼は、マスターに言った。


「ねぇ、何か適当に作ってよ。腹が減って仕方がないんだ」


 菊川の注文に店主は「かしこまりました」と頭を下げ、そそくさと調理に入る。カウンターの向こうの冷蔵庫から肉やら野菜やらを取り出す音が聞こえる中、菊川はこちらへ視線を移して言った。


「さて。たっぷりと相談に乗ってやったんだ。ここからはボクの悩みを聞いて貰おうか」


「あんたに悩みがあるのか」


「あるよ。青臭いキミと違って、仕事上の悩みだけどね」


 嫌味な言い方だ。俺だって仕事のことで悩んでいたというのに。思わず苛立ちがこみ上げたが、わざわざ反論するのも面倒なので黙っておくことにした。菊川は続ける。


「ボクの悩みは言うまでもない。政村のことだ」


「少なからず情報は入っている。奴をれずにいるんだってな」


 俺が相槌を打つと、菊川は腕組みをして「ああ……」と唸った。どうやら相当深刻な内容らしかった。


「……正直、あの男を見くびっていた。彼は中国人と通じていた」


 菊川の発言に俺は目を剥いた。あの男にそれほどの人脈があったとはな。横浜の中国系マフィアと云えば村雨耀介が長年に渡って手を焼く難敵だ。


「そいつは困ったな」


 俺が言うと、菊川はグラスのふちを指先で軽く弾きながら口を開く。


「まったくだよ。下手をすれば、中国人が誠忠煌王会へ全面的に味方をするかもしれない。今のところは政村個人のために横須賀へ援軍を派遣しているだけだが、彼のもたらす金脈次第では同盟関係の形が変化するかもしれない」


「政村平吾は米軍とも付き合いがあるんだっけか」


「うん。横須賀の将校を麻薬クスリで抱き込み、合衆国本土への密入国ルートを確立させた」


「つまり、中国人にとって政村との友好関係はアメリカ進出のきっかけになるってわけか」


「ああ。美味しいだろうね」


 俺は顔を歪めた。2月28日の開戦以来、村雨組は政村率いる横須賀の三代目水尾組を攻めあぐねている。このまま政村が増長すれば、奴が合流した誠忠煌王会を利する結果になることだけは易く想像が付く。


「どうやら対岸の火事じゃなさそうだな」


 俺の呟きに菊川は肯首する。


「まあ、政村自体は大した脅威じゃないんだけど……問題は、横浜サミット誘致運動さ」


「それについては心配要らん。恒元公も開催地は横浜が良いとのお考えだ」


 菊川は首を横に振った。


「そうじゃない。開催地が決まったら、参画する国々の外相が事前に観に来るだろ。もし、そこでお偉いさんたちの身に何かあれば、それすなわち日本の恥になるわけだ。そんな展開はキミんとこの総帥にとっても好ましくないはずだ」


「確かにそうだな」


「開催地の決定は来月だ。過去の例から考えるに、各国外相による事前懇談会は開催地決定から3週間後……つまりは4月下旬だ。それまでに抗争が終わる確証が欲しいんだ」


 なるほど。サミット開催による経済効果を得てシノギの倍増を狙う村雨組にとっては、今回の抗争は何としても早期に決着させたいというわけか。


「政村はサミット開催地の候補から横浜を外すことで、あんたらにダメージを与えようとしているのか」


 俺の言葉に菊川は頷く。


「そうだよ。会場の準備やら何やらで、会議当日の1年前から莫大な実入りが見込めるシノギだ。潰れたら、痛いってレベルの話じゃない」


「恒元公はあんたらを同盟相手として信頼しておられる」


「だが、国家のフィクサーとしての名に傷が付くかもしれないとあらば、掌を返すんじゃないの?」


「それは無い」


「それは無いとボクも信じたいが……信じられたら、そもそもキミに悩みを打ち明けたりはしないよ」


 俺が嘆息を吐くと、彼はこちらを覗き込むような目で続けた。


「ここは互いの未来のために、手を取り合わないか。恒元公にとっても、サミットは洞爺湖や新潟くんだりで開催するより、横浜でやった方が何かと都合が良いはずだよ」


 そう言うと、彼は再び沈黙した。菊川の中で躊躇が芽生えていることがよく分かった。キャリアで云えば格下の俺に頼み込むことは、本意ではないのであろう。

 思えば、先日に浜松で顔を合わせた時も今のような顔をしていたな――些末事はさておき、俺は返事を投げた。


「分かった。誠忠煌王会は早いうちに潰してしまおう。向こうには葉室旺二郎っていう憎き逆賊もいることだしな」


「そうだよね。キミとしては今すぐにでも葉室を討ちたいところだもんね。華鈴ちゃんの仇を討たなきゃ夫としての面目が保てないもんね」


「あいつはまだ生きている。仇討ちという呼び方は相応しくない」


 答え終えるや、俺は懐から煙草の箱を取り出し、上下に振って紙巻の1本を中指と人差し指で摘まんで唇へと運ぶ。そこへ菊川がライターを差し出してきたが、俺は拒んで総帥恩賜のライターで火を点け、口へと運ぶ。そうして煙を肺まで吸い込み、ゆっくりと吐き出す。何もかもを誤魔化すように。


 そんな俺を菊川は呆れたような表情で見ていた。


「無理しちゃって」


「男の稼業は無理するくらいが丁度良いだろ」


「ボクがキミと同じ年齢としの頃は、あまり無理はしなかったけどな」


「きっと時代が違うんだろうな。ついでに言やあ、背負ってるものも」


 そう言いながら、俺は灰皿へ灰を落とす。そんな痛々しい青年の姿を見て、菊川は「こりゃあ芹沢さんも心配になるわけだ」と呟く。


「ま、良いけどね。でさ、ボクは思うんだけど。この抗争で葉室の首を獲っても、中川会にとってはさほどメリットは無いと思うんだよね。元々の領地が戻ってくるだけだし」


 俺は俯いたまま、煙と共に言葉を吐き出した。


「メリットなんざどうだって良い。ただ、葉室の野郎をぶっ殺してぇだけだ。そうでなきゃ、不似合いな振る舞いをしてまで身の丈に合わん力を得た意味が無いってもんだ」


 俺の返事に菊川はニヤリと笑う。まるで心の奥を見透かしたつもりでいるような――暫しの沈黙の後、コクンコクンと頷きながら「そうだね。その通りだよ」と言うと、彼は言葉を続けた。


「んで、ボクからアドバイスだ。畿内へ攻め込め。煌王の旧領をかっさらうんだ」


「言われなくても同じことを考えていた」


「んふふふっ。そうだろうね。そうやって即答したのが何よりの証左あかしだ」


「は?」


「いや、何でもない」


 菊川の瞳が妖しく光ったような気がしたが、俺は深く訊ねることをしなかった。不愉快さは、微塵もおぼえなかったからだ。己自身でも理解しかねる感情であるものの、所詮は取るに足らないことだ。


 そこへタイミングよく料理が提供される。トマトの香りが漂う、マスター特製のミネストローネ。カセットコンロの鍋が、ぐつぐつと音を立てていた。


「さあ、食べようか」


 菊川は言ったが、俺は首を横に振った。


「遠慮しておくよ」


「またぁ」


「今夜はそんな気分じゃねぇんだ」


「まったく。仕方がないな」


「すまんな」


「謝るなよ」


 頭を下げた俺に菊川は苦笑交じりで言うと、そのまま食事を開始した。


 スープを掬い取り、ふうふうと息を吹きかけてから口へと運ぶ菊川を眺めながら、俺は煙草を咥える。先程から喫っていたものは既に短くなっており、ほとんどフィルターしか残っていない状態だった。


「なあ」


「どうした」


「ひとつ、質問して良いか?」


「何だい」


「あんたはどうして俺の言葉に耳を傾けてくれるんだ?」


 俺の問いかけに、菊川は一旦スプーンを置いた。


「どういう意味だい」


「組織外交という目的を抜きにすりゃ、あんたにとって俺は敵でしかねぇはずだ。それも、可愛がっていた弟分を殺した憎き相手だ。なのに、こうも優しくしてくれるのは何故だ……?」


「別に優しくしてるわけじゃない。単純に面白いからだ」


「面白い、から?」


「ああ」


 ゆっくり、なおかつ大きく頷いた後、菊川は続ける。


「朋友や芹沢さんにも言われるけど、ボクって精神異常者らしいんだよ。何事においても常に気持ち良さを探究してしまうっていうか……たとえば人を殺すことは気持ち良いし、傷つけて悲しませることも気持ち良い……逆に、ボク自身が傷ついて悲しむことも、気持ち良いって思えちゃう」


「はあ。サドなのかマゾなのかは分からんが、少なくとも特殊な性的倒錯パラフィリアであることは確かだな」


「うんうん……特殊なの、ボクは……特殊だからさぁ……話していて楽しいわけよ。ボクと似た者同士の……キミと……」


「つまりは、快楽のために俺と付き合ってるってことか。街で女を買うみてぇに」


 俺の皮肉交じりの言葉を受けて、菊川は肩を竦める。それから再びミネストローネを口へ運びながら答える。


「そうでもあるが、そうではない」


「じゃあ、何なんだよ」


 俺は菊川に問いただすと、彼は少し考え込んでから口を開く。


「そうだねぇ。強いて言うなら……」


 そこで言葉を区切ると、菊川はスプーンを置いてワイングラスへ手を伸ばす。そして、口へ運んだ後で答えた。


「……キミと一緒にいると気持ち良いことが起こる。だから、優しくしたくなっちゃうわけさ。ゾクゾクしたいんだ。ボクは」


「じゃあ、9年前にあんたの舎弟を殺した件も結果的には良かったってわけか? だいぶブチギレてたぜ? あの時のあんたは?」


「もちろんだよ。大切な人を失ったという事実に、嘆き、悲しみ、激怒した、それら全てが気持ち良かったんだ。そして暫く経ってから、キミが僕に許しを乞うべく頭を下げたこともね」


「頭なんか下げたっけか?」


「細かいことはともかく、キミはボクに無上の快楽をもたらしてくれる。他に理由なんか要らないよ」


 傭兵時代に心理学を嗜んだ俺にも本質は理解できないが、ひとまず菊川塔一郎が自他の痛みに快感をおぼえる変態であることは分かった。そういう男だ。そう割り切るべきなのであろう。現に、俺も俺という男に結論を導き出せてはいない。先ほどの霧山官房長官との会食で興奮を催した理由が、どうにも分からない。


 ひとまず俺は「なるほどな」と頷いて、煙草を灰皿へ擦りつけた。


「んじゃ、これからもよろしく頼むぜ。若頭カシラ


 菊川塔一郎は俺を快楽を得る道具としか見ていない。されど、胸の内を打ち明ける相手としては利用価値がある――話を聞いて貰える相手がいる限り、俺は孤独ではない。孤独を感じずに済む。


「ああ。こちらこそ」


 そう言って微笑み、彼は俺に酒を勧めてきた。外交で相手に借りをつくるわけにはいかないので丁重に拒んだが、それからも会話は弾んだ。やがて食事で腹を膨らませた菊川と共に店を出たのは23時。無論のこと飲み代は割り勘であった。


「はあー。たらふく食べたら眠くなっちゃったよ。それじゃあね」


 菊川はタクシーに乗って去って行った。


 一人残された俺は夜空を見上げ、錦糸町の夜風に吹かれる。肌寒いながらも漂う春の香りに自然と頬が緩むが、その微笑ましさを掻き消すかのごとく衝動が湧き上がっていた。


 俺は己を抑えながら助勤の車を呼ぶ。程なくして到着したセダンの後部座席を開けると、程よく利いた暖房の温もりが俺を包む。この日の運転手は、井上いのうえ秋成あきなりだった。


「俺の家まで頼む」


「了解です」


 俺がシートベルトを締めると同時に車は走り出す。北斎通りを西に進んで交差点に出て、右折して都道に入る。程なくして、交差点に到着した。組織御用達の高級車に乗っている所為か、車窓から見ゆる夜景が先ほどよりも華やかに見える。錦糸町駅前を進んだ先の十字路で暫し信号待ちになったタイミングで、ハンドルを握る秋成に話しかけてみる。


「なあ、秋成。この街は好きか?」


 唐突かつ曖昧で漠然とした質問だったのであろう。秋成は困惑したように返してきた。


「ええっと。それってどういう意味ですか」


「単純な二択だ。好きか嫌いかで答えてくれりゃあ良い」


 秋成が言う。


「そりゃあ、好きですよ。恒元公が治める街ですから……素晴らしいの一言に尽きます」


 俺は頬を緩めた。


「そいつは総帥府の人間として当然の答えだ。恒元公がいらっしゃるこの都に輝かぬ場所などあるわけがない。ただ、そういった立場とか役目だとかを抜きにして答えちゃもらえねぇか。お前個人として、このネオンの渓流をどう思うかってことだ」


 秋成が「それはまた哲学的な……」と考える素振りを見せる中、俺は続けた。


「この輝きを前にしていると、どうにも気が昂っちまうんだ。まるで自分が自分じゃなくなるみてぇな、そんな感覚が込み上がる」


 秋成は頷きながら答える。


「……確かに、この大都会の中だと自然にテンションが上がりますよね。僕は実家が郊外ってのもありますけど」


「ああ、俺もそんな具合だ。脆弱ヤワな言い方かもしれねぇが、あの光の渦に自分が吞み込まれるんじゃねぇかと思っちまう」


「しかし、次長のご出身は川崎ですよね?」


「そいつはそうだが、異国暮らしが長かったもんでな。傭兵として荒野の紛争地帯を暫く彷徨い歩いてた所為か、こういう景色に出くわすと心が弾んじまう」


 秋成に語りかけるように、俺は静かに続ける。バックミラー越しに見えた己の表情はどこか感慨に耽っているようで、我ながら驚かされた。


「外国ってのはやっぱり殺伐としてる。街も人も血に飢えてやがる。生きるか死ぬかの瀬戸際で誰もが必死に喰い下がって、今日一日の命を明日にも繋げようとする。それが当たり前の世界だからな」


 俺の言葉に、秋成がポツリと呟くように反応した。


「つまり、この国は安全だと?」


 俺は否定した。


「いや。似たようなもんだ。力なき者が食い殺されるって点ではな」


 秋成は無言で耳を傾けている。俺はその沈黙を破るように言葉を紡いでいった。


「日本社会ってのは競争社会だ。高貴な血筋や優れた能力を持った奴だけが生き残れる。それら二つが無ければ淘汰されるしかない。この錦糸町とて例外じゃねぇよ」


「そんな中で生き残るために、力を持つことが重要になるんですね」


「その通りだ。強者は他人を支配し、富を奪い、欲を満たす。弱者は搾取される側に甘んじるしかねぇ。そしていつか破滅を迎える」


「けれど、この街に輝きがあるのは、誰もが成功を夢見て日々努力しているからでしょうか」


 秋成の言葉に、俺は小さく頷いて見せた。


「あるいは、な。強者が弱者をノブレス・オブリージュで輝かせてやっているのかもしれねぇ。日本は累進課税の割合が諸外国に比べて高いからな」


 秋成は黙って聞いている。彼の瞳の動きからは、少なくとも俺の話を真剣に受け止めている様子が分かる。車内の空気を見極めた上で、俺は続けることにした。


「らしくもねぇことを言うが……俺は自分って人間が理解できねぇよ。少し前までは政治家との飲み会なんざ興味も無かったのに、今やその輪の中で自分は楽しんでいる。そして、自分にはこの街の輝きが相応しいとさえ思っちまう。俺は一体、何になりたいんだろうな」


 秋成は「そ、そうなんですか」と応じるばかりであったが、俺は気にせず続けた。自分という存在の在り処について考える機会はこれまで幾度もあったはずなのに、俺は何故か今初めてそれを思ったように感じていたからだ。所謂自分探しと呼ばれる旅路はいつか終わりを迎えるのだろうか。あるいは永遠に続くのだろうか。そんなことを考えているうちに、車は赤坂3丁目の自宅に着いていた。


 時計の針は23時30分。妻を持つ男の帰宅時間としては十分だ。こぼすべき不安など何ひとつとして無いが、強いて言うならば――とりあえずは屋内の温もりに触れてみるとしよう。


「ご苦労だったな、秋成。こいつで美味いもんを食ってくれ」


 そう言って万札を1枚渡すと秋成は「ありがとうございます!」と受け取った。


「ついでに総帥に報告を頼む。『村雨組の菊川と芹沢が銀座に顔を出していた』と」


「はっ。了解です」


 俺は「じゃあな」と車を降り、歓楽街の小路沿いに建つ赤煉瓦造りの愛の巣を見上げた。


 1階が喫茶店『Café Noble』で2階が住居という、この店舗兼住宅は昭和の第二次オイルショックの頃に竣工したと聞いている。築28年ともなると当然ながら内外にひびや傷が目立つが、それはそれで建物の味と云える。


 外に設けられた階段を歩き、直接的に2階へと向かう。店内カウンター奥の階段からも2階へ行けるが、現在は開店休業状態にある。この街で三世代に渡ってカフェを営む与田家の住まいで暮らす俺だが、婿入りしているわけではない。されど街に愛着はある。階段の踊り場という絶妙な高さから見渡せる夜景には特別な思いを抱いてしまう。やがて俺は段を上りきり、玄関のドアを開ける。扉の向こうからは微かな生活音も聞こえてこない。


 無理もない。今、華鈴は入院しているのであるから。玄関の灯りをけた俺は靴を脱ぎながら、奥に向かって声をかける。


「ただいま」


 すると返事が聞こえた。


「ううーん……」


 俺は首を捻りながら廊下へと進む。すると洗面所の方から、物音が聞こえてきた。そちらへ行ってみれば、床で禿げ頭の中年男性が寝そべっている。


「おいおい。こんなところで寝たら風邪ひくぜ。親父さん」


 与田よだ雅彦まさひこ氏。華鈴の父親にして俺の舅。この赤坂3丁目の棲家における同居人だ。赤坂地区商工業振興組合の組合長という要職に就いていながら、普段から適当な時間に出歩いては歓楽街で遊びまわっている浪費家だが、今日は何時いつにも増して体にアルコール臭が漂っている。


 俺が体を揺さぶって声をかけると、雅彦氏は薄目を開けながら呟く。


「むぅ……ああ、涼平君かぁ……」


 そして、再び眠りにつこうとする。俺はため息をきながら彼の腕を掴んで立ち上がらせた。


「ほら。しっかりしろよ」


 すると雅彦氏は「すまんなぁ……俺はもうダメだぁ……」とか何とか言いながら千鳥足でリビングに向かい、そこの床でまた寝てしまった。仕方ない義父だと思いつつ、俺はキッチンに直行し、蛇口を捻って水をコップに注ぐ。そして、雅彦氏の近くへ歩いて行って、彼に差し出した。


「だいぶ酔っ払ってるみてぇだな。とりあえず、これ飲めや」


「……うっぷ。すまないな。涼平君。今夜は飲みすぎたよ」


「あんたの飲みすぎはいつものことだろ」


 吹き出しながらこたえる俺に、雅彦氏は「本当に涼平君は優しいねぇ」と呟きながら、水を一気に飲み干してしまった。そして、再び眠り始める。俺はそれを見て嘆息を漏らした。


 まったくもって呆れた男だ。それでも赤坂の経済界の重鎮として名を馳せているから驚く限りである。


 俺は雅彦氏が寒くないよう毛布をかけてやると、台所に戻った。冷蔵庫を開けて食材を確認してみると、卵とベーコンがあったのでそれらを取り出して調理を開始する。卵をフライパンで焼いている最中にベーコンの入った袋を開封すると、香ばしい匂いが鼻腔を刺激した。


 ベーコンエッグを完成させて皿によそったら、食器棚からフォークを持ってきてダイニングテーブルへと運ぶ。そのまま椅子に腰かけた俺は、手を合わせてから食べ始めた。咀嚼音だけが虚しく響くリビングには、テレビの音声も聞こえない。華鈴がいないからである。


 この家は随分と寂しくなっちまったもんだな。以前はもっと賑やかだったが――そんなことを考えながらも夕飯を食べ終えた俺は食器を片付けた。その後で入浴を済ませた俺がリビングに戻ってくると、雅彦氏がテレビを観ていた。目覚めたようだ。


「涼平君。さっきはありがとう。おかげで風邪をひかずに済んだ」


 俺は苦笑しながら反応する。


「どういたしまして」


 日付が変わり、時計の針は1時7分。シャワーを浴びるのに、だいぶ時間を要してしまったらしい。まあ、無理もないか。


 俺はキッチンの戸棚からバーボンのボトルを取り出した。それをロックグラスに注ぐと、雅彦氏が視線をこちらに向けてくる。俺は彼の方を見ずに訊ねた。


「飲み直すかい?」


 すると彼は微笑を浮かべた。


「いただこうかな。今夜はずっと酔っていたい気分だ。涼平君も一杯付き合ってくれるかい?」


「もちろんだ」


 俺は頷くと、もうひとつのグラスに氷を入れ、ウイスキーを注いだ。そしてテーブルの上に置いてから、ソファに腰かけた。雅彦氏はそれに従い、隣に座ってくる。雅彦氏は普段、俺や華鈴とはリズムが噛み合わない生活を楽しんでいるものだから、こうして同じ時間を過ごすのは久々だ。いや、俺が与田家に越してきてから初めてかもしれない。


 テレビではバラエティ番組を流しているが、どうにも賑やかさが感じられない。華鈴の笑い声が聞けないからだろうか。やはり、我が家は寂しくなってしまったようだ。


 俺はグラスを軽く傾けた後で口に含んだ。芳醇な香りと共にアルコールの刺激が喉を撫でてゆく。俺は雅彦氏に話を振った。


「今日も赤坂の街をぶらついてたのかい」


「ああ。とてもじゃないが素面しらふではいられないよ。どうにか昼間からは飲むまいと自制を利かせることが苦痛でならない」


 舅の言葉が胸に突き刺さる。俺は俯きながら、ぼそっと呟くように応じた。


「すまねぇな。あんたの大事な娘をあんな目に遭わせちまって」


 我ながらに情けない言葉が出たものである。しかし、雅彦氏は優しく返してくれた。


「いやいや。君は何も悪くないじゃないか。あの子は確かに女として最大級の屈辱を味わったが、命までは取られなかった。それだけでも儲けものだと僕は思っている。華鈴の父親としてね。そもそもさ……君がいなかったら、華鈴はきっと今頃この世にはいなかっただろうよ」


 舅の言葉を受けて、俺は思い出した。あの日、俺は華鈴を守ることが出来なかった。愛妻に奸賊の毒牙が刺さる瞬間を黙って見ている他なかった。せめてあと少しでも早く、あの場に駆け付けることができていたなら。もう少し早く、葉室の邪心に気付いていたなら。もっと早く、片桐の陰謀に勘付いていたなら。華鈴は一生ものの傷を負わずに済んだはずだ。


 先週の記憶を掘り起こした俺は、改めて雅彦氏の優しさに触れることができた。だからこそ、俺は申し訳ない気持ちになってしまう。


「そう言ってもらえると救われる」


 すると彼は笑顔を見せてくれた。


「あの子だって、涼平君のことを恨んではいないはずさ……まだ、人に会うのが精神的にきついらしくて直接は話せてないから、現段階では親としての憶測に過ぎないけど」


「あいつは大丈夫なのか?」


「ゆっくりだけど、落ち着きつつある。けど、あの子の中では過去のトラウマが巻き戻されちゃったんだろうね」


「過去のトラウマ?」


「うん。ああいう出来事は今回が初めてじゃないんだ。君も知ってると思うけど、華鈴はレディースをやってたからさ。君と出会う前に、一度ね」


「……」


「まあ、とにかく。今は自分の体を大切にするんだ。いいね?」


 雅彦氏の言葉に、俺は「ああ」と頷く。俺はグラスを手に取り、琥珀色の液体をあおる。その時、ふと思った――俺は華鈴の全てを知っているわけではないのか。このまま酔いつぶれるまで飲んでいたいが、明日も仕事が入っている。結局、いつものように寝床に行くことになった。


 寝室に入ってみれば、ダブルベッドの隣は空白になっている。いつもはここに華鈴がいるはずなのだが、その姿は無い。まるで自分が幻覚を見ているかのような錯覚に陥ってしまう。俺は嘆息を吐いてベッドに横たわった。


 今さら、考えても仕方のないことだった。葉室の蛮行により、華鈴は心に傷を負ってしまったのである。あの屈辱の日から1週間が経とうとしているのに、彼女は未だ入院中の身だ。身体的な怪我もさることながら、精神状態が酷いという。高輪の病院へ娘の着替えを運びに行ってくれている雅彦氏曰く、妻はPTSDによる症状らしい。そのため、退院の目途は立っていないそうだ。


「情けねぇなあ」


 もっと俺の力が強大だったら――俺は自嘲しながら天井を見上げた。そんな憂いと後悔に満ちた中で眠りにつき、翌朝を迎えた。


「……」


 2007年3月7日。


 目覚めた俺はリビングへ向かう。雅彦氏の姿は無い。昨晩にソファの上で寝ることは無かったようだと安堵しつつ、冷蔵庫から林檎を一つ取り出して齧り付く。華鈴がいないと、朝食も手が抜かれたものになってしまうな。


 お笑いぐさだ。少し前まで朝食は欧州貴族風にしようだの何だのとこだわっていたというのに。


 ため息と共に林檎を食べ終え、歯磨きと身支度を済ませて仕事着に身を包む。玄関で革靴を履き終えるまでに、時間は要さなかった。一応ながら「行ってくる」と声を発してみるが、誰かが何かを返すことは無い。またひとつため息を増やし、逃げるように玄関を出た。


 今の俺には丁度良いかもしれない。


 待ってろよ。華鈴。必ず幸せにしてやるから。たとえ、どんな手を使ったとしても。たとえ、どれだけ人を殺すことになったとしても。


 心を燃やしながら、俺は宮殿への道を歩いた。今日は、櫨山重忠と共に外交旅行に出ることになっている。ずは此度の抗争の動向について重忠の伝手で煌王会サイドと話を付けることになるが、何にせよ憎き葉室組へ楔を打ち込む第一歩となろう。


 総帥府の駐車場へ着くと、そこには既に大国屋一家の防弾セダンの群れが集結していた。彼らにとっても此度の喧嘩は総力戦であるらしく、総長の重忠が搭乗する車の他に数十台が連なっていた。


 俺の到着を待っていた酒井と原田は、二人揃って「ごきげんよう」と声を合わせた後に笑いながら続けてきた。


「多摩の奴ら、気合いが入ってますね」


「俺たちも腕が鳴ります」


 俺は「ああ、そうだな」と返す――そこへ男が近づいてくる。


「おはよう。涼平。準備は良いかい」


 重忠だ。昨日よりも上等な背広を身に纏い、彼もまた気合が高まっていると分かる。俺は「ごきげんよう。問題ないぜ」と応じた。重忠も頷いて「僕の方も問題ない」と答える。そして、俺たちは総帥府の玄関へ向かって歩き出した。その道中で、俺は訊ねる。


「向こうの人間と話は付いてるんだよな?」


 重忠が肯定する。


「勿論だとも。現時点では互いにとってメリットのある話し合いをしようという流れになっている。僕に任せてくれると嬉しいな」


 俺は「ふっ」と笑うと、続けた。


「言われるまでもない。あんたのしたいようにすりゃあ良いさ」


 すると、重忠は微笑みながら俺に応じる。


「ご理解いただき感謝するよ」


 俺は「そうか」と返す。そして、玄関に到着した。


 その場には助勤たちが集結しており、俺たちを迎えてくれる。俺は「ご苦労だな」と挨拶をすると、皆は口々に武運を願う言葉を返してくれる。その後で、俺たちは謁見の間に向かった。


「大国屋一家総長、櫨山重忠。これより逆賊葉室旺二郎および葉室組討伐の任に出陣いたします」


 重忠が一礼して口上を述べる。その傍らで控える俺も同じように平伏して、主からの言葉を待つ。すると、玉座にて構えていた中川恒元は静かに頷いた。


「うむ。頼んだぞ」


 その言葉を聞いた重忠は顔を上げる。


「必ずや武功を立てて御覧に入れます」


 今回の抗争は櫨山重忠にとって正念場だ。煌王会相手に妥協する、あるいは腰を引くようなら、恒元の怒りを買うことは避けられない。そうなれば重忠は組織を追われ、大国屋一家は取り潰されることになろう。無論、昔から目をかけてきた恒元も重忠には破滅してほしくはないはず。だからこそ、俺は重忠の背中を押してやる。


「心配するな。あんたには俺がついてる」


 重忠は俺の言葉を聞くと、口元に微笑を湛えて言った。


「心強いよ。涼平」


 俺は「ああ」と応じて微笑む。すると涼平が俺に話を振ってきた。


「時に涼平。昨晩は村雨組の者と銀座で会ったそうだな。何と申しておった?」


「はっ。『秀虎に挨拶をした帰りだ』と」


「ふむ……左様か」


 俺の報告に、恒元は髭をさすりながら思案顔をしている。どうやら恒元は彼らが帝都へ足を踏み入れることこそ許したが、秀虎との会談については聞いていないらしい。やはり菊川と芹沢は他に何か別の思惑を抱えていた――暫しの沈黙が場を支配した後で、恒元が口を開く。


「まあ、良い。そのことについては後で考えておくゆえ、お前たちは行って参れ」


 気になることはあったが、俺は「はっ!」と一礼した。


 そうして助勤から葉室討伐の旨が記された御教書を受け取った重忠と同時に、謁見の間から退出した。


「しかし、まあ。奇妙なものだね。平成の時代に武家文化に則った儀式を行うとは」


 宮殿の廊下を歩いている際、重忠が冗談混じりに独り言を呟くのが耳に入った。恒元の意向で大部分をフランス式に改めてはいるが、確かに奇妙と云えば奇妙である。されど俺は言った。


「今も昔も変わらない。世の中に生きてる限り、人は権威を欲したり、そいつにおもねったりしなくちゃならねぇってことさ」


「それもそうだね」


 重忠は軽く笑うと、廊下の窓の外に視線を移す。そこからは、宮殿の敷地内に植えられた桜並木が見える。花はまだ咲いていない。しかし、確実に春の接近を感じさせる景色となっている。


 そうして、俺たちが駐車場に戻る頃には、既に酒井たちは車のエンジンを始動させていた。俺は重忠に言った。


「んじゃ、あんたに付いて行くぜ」


「了解」


 俺に手を振り、大国屋一家の車に乗り込もうと歩みを進めて行く重忠の後ろ姿を眺めていた時。不意に声が聞こえた。


「よう」


 聞き覚えのあるトーンで、若干ならぬ闘気が織り混ざっている――もしや。振り向いた俺は肩をすくめた。


「これはこれは。久々だな」


 そこに姿を見せていたのは古田ふるたしんろう。眞行路一家の若頭補佐の立場にある人物で、年齢は俺と同じ24歳。組の中でも喧嘩自慢として知られる、武闘派中の武闘派である。


 何の用かは言わずもがな。昨晩の文句を言いに現れたのであろう。俺は言い放った。 


「ふっ、顔を合わせて早々に言いたかねぇけどよ。舎弟連中の躾がなってねぇんじゃねぇのか」


「お前の方こそ、幹部のくせに礼儀ってもんを知らねぇのか。人様のシマで飲む時にはその土地のあるじ一声ひとこえかけるのが常識だろ」


「許しなら得ていた。恒元公は昨日、俺に『楽しんでおいで』と仰った」


「うちの五代目の許しは貰ったのかって話だよッ!」


 敵意を剝き出しにした声が飛ぶ――この様子だと昨晩は村雨組と何かしらの悶着があったようだな。古田の気迫は車内にも伝わったようで、即座に車から原田と酒井が降りて乱入者に銃を構える。ただ、俺は彼らを「構わん」と制して古田に向き直る。


 非常に刺々しい笑みをつくって。


「貰う必要なんざぇだろ。何せ銀座は恒元公のご領地なんだから。勘違いをしているようだが、お前らは恒元公の土地を預かって商売をさせていただいているに過ぎねぇ。少しは、その自覚を持ってもらいてぇもんだな」


 俺の言葉に古田は闘気を爆発させた。凄まじい怒気を孕んだ眼光で睨み付け「この成り上がり野郎が!」と言いながら詰め寄ってくる。だが、ここでひるむような俺ではない。あくまで笑いながら古田を見据え、なおも言い返す。


「そういうテメェは拾い子じゃねぇか。何でも生まれは九州だそうじゃねぇか。確か博多の出だったっけ。眞行路の先代は、そんな虫けらをどうして可愛がるようになったのかねぇ」


 俺の台詞に、古田は一瞬で憤怒を剥き出しにした。それだけで彼が本気で激昂していることが分かる。


 だが、俺も引かない。


「そう怒るなよ。別に馬鹿にしてるわけじゃねぇさ。眞行路が身内に甘いのは問題だと思ってるだけだ」


 俺は嘲弄するような口調で続ける。


「眞行路の連中は皆、テメェみてぇな卑しきゴミクズばかり。中川会のルールってもんを一向に学ぼうとしねぇのも道理ってわけだな」


 さて、殴りかかってくるか――古田は声を張り上げた。


「んだとゴラァ!」


 しかし。手を出してくることは無い。俺を睨んだまま、動きを見せないのだ。その顔から滲み出る闘志は相当なものであるが、決して暴力的な行動には及ばない。彼は血統主義の極端な反対者として知られている。それゆえに俺の発言には忽ち激昂するものと思っていたが、どうにも計算通りには動いてくれない。


 俺は敢えて挑発的な態度を取ってみる。


「おい、どうした。掛かってこいよ。怖くて何もできねぇのか? 流石は眞行路一家の若衆。根性無しだぜ。銀座の猛獣のお情けにすがって生きてきた虫けらは、まともに喧嘩もこなせんのか」


 古田の額には青筋が浮かんでいる。俺が口撃を緩めなければ、彼はいつでも爆発するに違いない――しかし。手を出さない。どうやら親分の秀虎から『絶対に手を出すな』と言い付けられているらしい。


 つまらないな。


「けっ、どうしようもねぇウジ虫だ。身の程を知らん上に、いざって時にやり合う度胸も無いとは。眞行路一家は、まったくもって中川会の恥だな」


 そう言った俺に舌打ちだけでこたえると、古田は踵を返す。


「逃げるのか。臆病者め」


 すると、古田の足が止まった。


「臆病なのはお前の方だろ」


「ああ?」


「あちらこちらで自分が笑い者になってるのを知らねぇのか。嫁を汚されておきながら仕返しもできねぇ、情けねぇ男だと……」


「黙れッ!」


 瞬間的に体が動いた。こちらに背を向けていた古田に向け、超高速で手刀を切ったのである。ところが、同時に奴も振り向いて腕を振るった。


 ――パァァァァンッ!


 俺が放った衝撃波はいなされ、消滅した。空気が弾ける音の大きさに酒井と原田が驚愕する中、古田は吐き捨てた。


「衝撃波を使えるのが鞍馬くらま菊水きくすいりゅうだけだと思うなよ。口だけ野郎。呼吸術で全身の筋肉を活性化させて音速を超える動きを可能とする。それだけのことだ」


 言い終えるや、古田は去って行った。残された俺は、何も為せなかった。爆発的に沸騰した怒りが沈静化してゆく中で、ただただ頭を働かせることしかできなかった。


「……」


 古田真琥郎。鞍馬菊水流と並ぶきょうはちりゅうのひとつに数えられる平安時代創始の古武術、大江おおえ金剛こんごうりゅうの使い手だ。どちらも武器を用いない素手の武術という点は共通しているが、前者が技を打撃のみに絞っているのに対し、後者は投げ技や締め技など多くの技のバリエーションを持つ。


 そう云えば一昨年に顔を合わせた際、どちらが強いかいずれ勝負を付けようという話になっていたな。慌ただしいスケジュールに圧殺されて忘れていたが、よもや再び顔を合わせることになろうとはな。


 いや、それ以上に奴は鞍馬菊水流の奥義の秘密を看破している。なかなか侮れぬ相手だ。


「……行くぞ」


 呆然と佇む部下たちを我に返らせ、俺は車に乗り込んだ。同時に前方の大国屋一家の車列が動き出す。どうやら重忠は黙認していたというわけらしい。してやられたな。


 ハンドルを握る原田は車を大国屋の車列の後方に付けてアクセルを踏む。


「さ、さあ、大国屋一家のお手並み拝見と行こうじゃねぇか」


「ああ。俺たち執事局と大国屋一家のどっちが多く殺すか……ま、分かり切ったことだがな」


 前部座席の酒井たちの会話を横耳に挟みながら、俺は窓の外を眺めて呟く。


「今年の桜は遅咲きか。そろそろ咲いてほしいもんだ」


 尤も、香水と煙草の匂いが充満する車内では、四季折々の花々を慈しむ心など不似合いだ。しかしながら、助手席に座する酒井はニヤリと口角を緩めつつバックミラー越しに俺を見て「流石は次長」と言った。


「こういう時にも自然を愛するお心を忘れないとは。見習いてぇもんですな」


「おいおい。皮肉かよ」


「滅相も無い。本気マジで言ってるんですぜ……ここ数ヶ月、俺たちは人間を辞めたにも等しい状態だったんですから」


 そんな彼にバックミラーを通して笑みを返し、俺は言うのであった。


「んじゃ、皆で花見でも行くか。飛騨高山は桜の名所も多いと聞く。葉室の野郎をぶっ殺したら宴を開こう……華鈴も誘ってな」


 すると彼らは歓喜した。


「おっ、良いですね! あねさんの手料理も食べたいです!」


「そいつは名案だ!」


 酒井と原田が盛り上がる様子を見て、俺は「おいおい」と苦笑する。しかし、冗談であれ何であれ部下たちの無邪気な表情を久々に眺めることが出来たのは良かった。そうこうしているうちに車は首都高に乗って西へ疾走を続け、やがて県境を越えて神奈川を経て、山梨に入っていた。酒井が点けたカーラジオからはローカル局の放送が流れてくる。ニュース番組だ。


『政府は先ほど、明日に衆議院予算委員会への提出を予定している来年度予算案に含まれる国債発行額を99兆円に抑える方針を示しました。これによって来年度の国家財政収支は約1兆5千億円の黒字となる見込みです。霧山官房長官が臨時の会見で発表しました。憲政党などの野党が求めていた子育て世代への給付金の実施が見送られた格好となり、予算審議の紛糾が予想されます』


 アナウンサーの声に続き、記者会見で話す霧山の声が聞こえてくる。彼は所得額に関係なく給付を行うべきとする野党の案を『国家財政を圧迫するバラマキ』と断じ、その上で『子育て世代への支援についてはケースバイケースで対応してゆく』と語っていた。


 酒井と原田は顔をしかめ、口々に文句を飛ばした。


「あーあ。また自憲党お得意の出し渋りだよ」


「もううんざりですよ。国民から搾り取るばかりで何の役にも立たないくせに偉そうに」


 不満をこぼす二人をよそに、俺はほくそ笑んでいた――霧山は昨晩の提案を呑んだ。賀茂総理が富の再分配を軽んじていることは有名だが、自憲党の中でもリベラル指向として知られる霧山官房長官が給付金導入見送りに傾くとは思わなかった。高沢元首相の機嫌を取るため、賀茂はこの件に限っては霧山に遠慮し、渋々ながらに給付金を予算案に盛り込むものと思っていたのである。


 やはり霧山長官は思想ではなく、目先の欲得で動く男らしい。この麻木涼平を味方に付けるに相応しい存在だと考え、こちらが差し出した右手を握り返してきたというわけか。


 俺は心地良くてたまらなかった。己の一言が政治を動かしたという事実が、凄まじい爽快感をもたらしてくれた。計算で世を操るということが、こんなにも面白いことだったとは想像もしていなった。


 全身がゾクゾクと震え出す。同時に、血液がたぎり始めている様子を感じる。今の俺は何だって出来てしまうのではないか……大袈裟かもしれないが、少なくとも中川恒元という男の気持ちは分かったような気がする。万物を統べる我が主君に仕え続ければ、いずれこの世は俺のものとなろう。


「ん? 兄貴?」


 原田の言葉で我に返る。今しがたの己は、だいぶ醜い顔をしていたはず。部下に見られたかと焦りつつも、あくまで俺は冷静に言った。


「いや、霧山長官も愚かな道を選んだと思ってな。ここで持論を曲げなければ大衆の支持を得られた。賀茂内閣の極端なまでの親米保守路線は有権者の不安を買いつつある。参院選で議席を減らした賀茂が退陣に追い込まれた後のことを考えりゃ、今は支持固めをしておくことが得策だろうに。所詮はあいつも古い政治家だ」


 その言葉を聞いて何を思ったか。原田と酒井は大笑いした。あまりにも甚だしかったので俺も呆気に取られてしまった。車内の空気が一変したかのように感じられる。


「何で笑うんだよ。変なことを言ったか?」


 俺が訝しみながら訊ねると、彼らは笑いながら首を横に振る。原田は言った。


「ああ、違います。兄貴の言ってることが正しいと思ったんですよ」


「ほう?」


「何だかんだ言ったって、正解は一つです。政治家ってのは庶民の味方をしてナンボなんですよ」


「そう思うか?」


「ええ。恒元公も、力なき庶民たちのために素晴らしきまつりごとを行おうとしておられます。我々も微力ながらお助けしないと」


 原田の言葉に酒井も頷いていた。まったくもって不正解だが――良いとしよう。ひとまず俺も彼らに向かって宣言した。


「そうだな。俺たちがお支えせねば」


 すると二人は嬉しそうに笑った。


「そうでなくっちゃ。俺たちは恒元公に命を捧げる覚悟なんですぜ」


「そうですとも。兄貴と一緒に頑張ります」


 部下たちの熱意に俺は感謝の言葉を述べ、再び笑みを浮かべた。そして、前方を見据える。心の中に湧いた若干ばかりの苦しさを押し殺しながら。


「ああ。やってやろうぜ」


 そんなこんなで俺たちは目的地へと着いた。


 岐阜県大垣市。同県においては二番目の経済規模を誇る街で、その中心にそびえ立つのが県内最大の歓楽街――高屋町だ。岐阜市の柳ヶ瀬アーケードよりも繁栄を謳歌しており、特に夜になると煌びやかな電飾が辺り一帯を彩る観光地としての一面も持つ。


「さて、と……まずは挨拶といくか」


 俺は部下に車を停めさせて降車し、街の入り口で待機している大国屋一家の車列へと歩み寄る。


「よう」


 そう声をかけると、総長専用車の後部座席の窓を開けた重忠は「やあ、涼平」と気さくに返す。


「腹が減ってるだろう? 何か食べる?」


「ああ。だが、その前に……」


「分かっている。話を付けておかなくちゃな」


 重忠は車を降り、俺と共に歩き出した。おびただしい数の構成員たちと共に向かうのはメインストリートから少し離れたところにある、広大な空き地だ。


「ここは元々はショッピングモールが建つ予定地だったんだけどね。いざ建設が始動するって時に地域住民の反対運動で計画は頓挫した」


「だが、そうまでして守り抜いた商店街も今や衰退に歯止めがかからん……同じことが日本中の至る所で頻発している」


「僕も街づくりに携わる身だから分かるけど、難しいよね」


 そんな雑談も程々に、俺たちは空き地へと入ってゆく。すると相手方は既に到着していた。


 俺たちと同じく背広に身を固めた大勢の男たち。


 煌王会の連中だ。


「よう、ゴミども」


 さっそく煽りの句を投げつけた俺に連中は殺気立つ。しかし、中央に佇んでいた男が片手を上げることにより無言で抑える。駈堂だった。


 奴は俺をひと睨みすると「場所を変えようか」と、少し離れたところまで歩いて移動し、やがて立ち止まる。そうして横の重忠へ視線を移して口を開いた。


「すまねぇな、ハゼ。こんなとこまで出張って貰って」


「良いんですよ、レイ……いや。駈堂さん。ちゃんと筋は通しておきてぇので」


 うっかり駈堂怜辞のことを『レイジさん』と呼びそうになった重忠。その呼び方は彼なりの親愛が込められたものだが、この場においては相応しくない。


 すかさず俺が割って入る。


「兄弟よ。筋を通すって言い方は、おかしくねぇか。あくまでもこいつらとはナシを付けにきただけであって……」


 だが、その瞬間。駈堂が声を荒げた。


「おい! 今そいつは俺と話してんだよ! ガキが無駄な口を挟んでんじゃねぇ!」


 俺は反射的に睨み返す。


「んだとコラ」


 この男――駈堂怜辞が俺を快く思っていないことは知っている。四国の抗争以来、やたらと敵視されるようになったのだ。昨年中は奴の煌王会内での立場が揺らいでいたためか、俺に対して直接的に攻撃を仕掛けてくることは無かった。されど、こうして向かい合えば啖呵の切り合いが始まるのは当然の至りだ。


 俺は全身から闘気を放った。


「何を勘違いしてるのかは知らんが、でけぇ口を叩ける立場じゃねぇはずだぜ。駈堂怜辞。俺たちはお前ら煌王会のゴタゴタを収めにきてやったんだからよ……少しくらいは敬意を示して貰いてぇもんだな」


「このガキ。目上の人間を呼び捨てにするたぁ良い度胸だな。吐いた唾は呑み込むなよ」


「上等だコラ。いつでも相手になってやる。雑魚が何人集まろうと俺には勝てねぇ」


 そんな俺に対して駈堂は「あ?」と凄み、重忠が「まあまあ」と言って宥める。


「涼平。どうかここは僕に免じて引いてくれないか。ここで無用な争いをする必要はない」


「稼業の男が舐められちゃ仕方ねぇだろ。兄弟」


 俺は駈堂たちを威圧しながら提言したが、なおも重忠は「そうは言ってもね……」と言って肩を竦めるのであった。


「……今回の件、どちらかと言えば非があるのは僕らの方なんだ」


「はあ? どういうことだよ?」


 すると、駈堂が呆れた様子で重忠に尋ねた。


「おいおい。伝えてねぇのかよ」


「すんません」


「ハゼよぉ……ただでさえ世間知らずなガキなんだから、そこは前もってちゃんと教えといてやらねぇと。揉めるのは分かり切ってんだろ」


「いやあ、伝えたら伝えたで興奮すると思ったものでね。第一、あなたも俺の覚悟はご存じのはず」


「まあ、確かにそうか」


 あからさまな嘲弄の目を俺にたっぷりと注いだ駈堂は嘆息を吐き、重忠に向き直る。


「ハゼよ。お前から説明してやれや。仲間外れにするのも可哀想だ」


「ええ」


 駈堂に頷きながら、重忠は「何の話をしている?」と怪訝に眉根を寄せる俺に切り出した。


「マサキ……いや、煌王会総本部長の川津かわづ雅樹まさきが殺されたという話は君も知っているよね」


「ああ。確か、今の体制に代わってから煮え湯を飲まされてたっていう日下部くさかべぐみの仕業だったか」


「それが、違うんだ。川津を殺したのは日下部組ではなく葉室組だった」


「葉室だと!?」


 声が自然と裏返る。思い返してみれば、煌王会の川津総本部長の暗殺は誠忠煌王会の旗揚げよりも前――そのことが何を意味するかは馬鹿でも分かる。


「なんと……」


 絶句する俺に深く頷き、重忠は言った。


「ああ。跳ねっ返りたちが事をしでかす前から、煌王会と既に遺恨が生じていたことになる。何せ『その時点では中川会の直参だった男』が向こうのナンバー3を殺したんだから」


 誠忠煌王会に続いて煌王会とも戦争状態に発展し、謂わば三つ巴の喧嘩が始まったのである。云うまでも無く、昨年の大粛清の混乱が未だ燻ぶり続ける今の中川会にとっては不利な情勢だ。


「だから、涼平。できればこの場は僕に任せてくれないか。現状で煌王と揉めるのは決して得策ではないんだ」


「ちっ。分かったよ……」


 舌打ちを鳴らしつつ、俺は引き下がった。されども訊ねておかねばならない。


「……だが、どうして黙っていた? 今の話は総帥もご存じないよな?」


「全てを最小限の範囲で片付けるためさ。僕とレイジさんの二人でね」


「はあ?」


「僕が今の今まで誰にも話していないのと同じように、レイジさんもこの件については一切を他言無用にしてくれている……と、良いんだけど」


 そう言って重忠が視線を駈堂にずらすと、奴はぶっきらぼうに吐き捨てた。


「俺が仲間を裏切るわけねぇだろ。馬鹿野郎。何歳いくつになってもブラッディ・キングは永久不滅って言ったろ」


 呆然とする俺に視線を戻し、重忠は言う。


「とはいえ、いつまでも事の真相を伏せておけるわけじゃない。葉室が中川うちと煌王をぶつけ合わせようと目論んで『川津総本部長を殺したのは自分です』って触れ回るかもしれないからね。僕はレイジさんから聞かされたが、関西では少しずつ皆が勘付きつつあるようだ。というわけで、今回の戦争は混乱が広がる前に収める必要がある」


 あまりにも驚くべき話だったが、俺の理解は追いついていた。おそらくは川津の手下が難を逃れて生き延びており、そこから真相が口伝で拡散しているのであろう。現場に居合わせた者を皆殺しにしなかった葉室組のアサシンの杜撰な仕事ぶりにも呆れるが、徹底した口封じを行わなかった駈堂も然りだ――ともあれ奴に訊ねた。


「駈堂よ。川津殺しの真の下手人を知っているのはテメェ以外に何人だ?」


「マサキが率いていた川津組の生き残りが一名いてな、そいつが俺に話してくれたんだ。そんでもって、俺はハゼにしか伝えてねぇ」


「なら、その生き残りとやらがあちらこちらで口外してるんだろうぜ……親分を殺された復讐心を堪えきれずにな」


「じゃあ、そいつを殺せってのかよ」


「当然だ。そんな簡単な道理も分からんとは。天下の煌王会の若頭様も腑抜けたもんだ」


「ふざけんじゃねぇ! 皆、任侠の道を共に進む仲間だ! 俺はお前ら中川会みてぇに堕ちちゃいねぇんだよ!」


「稼業の盃を呑んだ時点で道を外れてんだよ。いい加減、任侠だの何だのと絵空事をほざいてねぇでリアルを生きろ」


「この野郎ッ!」


 駈堂が詰め寄ってくるが、すかさず重忠が「揉めてる場合じゃないでしょう!」と彼を抑える。


「今、考えるべきは如何にこのふざけたドンパチを終戦に導くかでしょうが! しっかりしてくださいよっ! レイジさん!」


 後輩の諫言に「ちっ」と舌打ちを漏らした駈堂は、一歩後ろに引いた。それでも鋭い眼光で俺を睨み付けるから、舐められたものである。まあ、敢えて評価するならば、煌王会の若頭として為すべきことを思い直したと云うことだろうが。


 怒りで身を震わす昔の兄貴分に代わり、重忠は俺に言った。


「僕が今回の話を恒元公に黙っていた理由は、他でも無い。西と東の大戦争に繋げないためだ。去年の一件で関東博徒たちの間には、あのお方への不満が渦巻いている……今の組織では勝てる戦も勝てない。総帥の御為を想えばこそ、此度の混乱をなるだけ小さな範囲で片付けようと思ったんだ」


 まっすぐに視線を浴びせながら「分かってくれ」と続けた重忠だが、俺は少したどたどし気な声で応じた。


「らしくねぇことを言わんでくれや。兄弟」


「どういうことだい?」


「俺だって……いや、何でもねぇ。ともあれ、このクソみてぇな局面を乗り切るすべを一緒に考えるぞ」


 まったくもって不可思議な感情だった。執事局次長としての立場で云うなら、情報伝達を怠った櫨山重忠の行動は総帥への不義理であるから即時射殺しても良いはず。にもかかわらず、俺は知恵を絞っている。きっと心のどこかで彼を羨んでいるのであろう。昔の仲間のために動く男を。己の地位よりも古くからの絆を優先して命まで賭す、博徒ばくとかがみを。


 こんな美しい生き方は俺に出来ない――笑わずにはいられない。そんな自分が馬鹿馬鹿しかった。


「どうした? 涼平?」


 きょとんとした顔をする重忠に、俺はため息と共に応えた。


「いや、何でもねぇ。とにかく協力させてくれや。恒元公には俺からお伝えしておくから安心すると良い」


「そっか……嬉しいよ。てっきりこの場で殺されると思っていた」


「馬鹿野郎。俺よりも付き合いの長いあんたを一存で殺したら、その方が総帥から大目玉だ」


「かも、しれないね。ふふっ」


「ただ、今回限りにしてくれよ。俺は櫨山重忠を浅ましくも恒元公に背を向けた逆賊として討ち取りたくはない」


「分かっているよ」


「俺だけじゃねぇ。大国屋の奴らだって、あんたには組織の裏切り者になって欲しくはないはずだ」


「……分かっているとも」


 こうして俺たちは改めて連携して誠忠煌王会を封じ込め、煌王会との三つ巴戦を回避する策を講じることになったのであった。


 裏社会における喧嘩を引き分けで終結させるためには、双方の顔を立てた手打ちが交わされる必要があ。

 ならば、その手打ちの用件を揃えれば良い。中川会と煌王会が火花を散らす理由を消せば、全てが片付くのであるから


「葉室旺二郎の首。これが無けりゃ煌王うちの七代目は納得しないだろう」


 そう切り出した駈堂は、煌王会の人間である自分が葉室を討つと申し出た。さすれば、真相が橘威吉の耳に入ったとてあの御仁が怒る理由も無いだろうと。


 しかし、俺としては看過出来ない話だ。


「葉室は俺がる。組織を抜けた人間の始末を他所に任せたんじゃ、良い笑い者だからな」

 当然ながら駈堂は了承しなかった。


「いや、野郎は俺たち煌王会の獲物だ。こっちは総本部長を殺されてるんだぜ」


 ならば稼ぎの良いシノギをひとつ譲ることで手打ちにしよう――と思ったが、それについては既に重忠が先んじて済ませていた。どうやら彼による中華人民共和国湖南省の土地の売却は、川津暗殺を水に流して貰う意味もあった模様。


 大陸進出の足掛かりまで渡したのに、なおも譲歩しないとは驚いた。尤も、駈堂も面子を重んじる極道だから、例え旧友相手でも引けぬものは引けぬと考えれば納得できるが。


 されど中川会としても譲れぬものはある。


「葉室の首はくれてやれんな」


 そう云うと駈堂は笑った。


かたくなだねぇ。妻を力ずくで寝取られたのがよっぽど悔しかったと見える」


「俺に私情は無い。組織の人間として裏切り者の粛清を余人に譲るわけにはいかないと言っている」


「私情は無いって割には惨めな男の顔をしているぜ。若造」


「ああ!? 何だとッ!?」


 だが、そこで重忠が「涼平! ストップ! ストーップ!」と割って入った。俺は舌打ちして駈堂を睨み付け、一歩下がった。


 俺が話しても埒が明かない。後は重忠に任せるとしよう。


「煌王会には既に大陸のシノギを渡しています。加えて、葉室旺二郎を中川会が討つ。それでご納得頂けませんか」


「こないだ貰った土地は確かに魅力的だ。現地のギャングとの話も付いているっていうからな。だが、不十分だ」


「やはり葉室の首を? それさえあればご納得いただけると?」


「そういうことになるな」


「分かりました。では、葉室の首を煌王会に差し出すということで交渉成立ですね」


「ほう。それじゃあ俺たちが飛騨へ攻め入ることを認めるってか」


「いえ、譲るのはあくまで葉室旺二郎の『首』のみ。胴体から切り離した状態でお渡しいたします」


「……まあ、他に『タマ』って慣用句があるのに敢えて『首』を使った俺の負けだわ。一杯食わされたな」


 そう苦笑して自分の額をポンと叩いてみせると、駈堂は大きく頷いた。


「俺が吐いた唾を呑まん男だってのは、お前もよく分かってるはずだぜ。ハゼ。その案で手打ちとしようじゃねぇか」


 重忠は嬉しそうに応じる。


「大国屋の跡継ぎとして世に命を授かりし齢39年。己の生まれを何度も悔やんだ半生でしたが、今日ほど嬉しいと思った日はありません……こうして昔の絆を温めて手を取り合い、無益な戦を避けることが叶うのですから」


 二人の対話を傍らで黙って聞いていた俺は、胸が張り裂けそうな思いで、悟られぬよう表情を誤魔化すことが大変だった。そんな俺を尻目に、駈堂は重忠の手を握ってがっちりと握手を交わすも「ただし」と続けた。


「葉室は徹底的に痛めつけろ。大阪へ届く野郎の首が、見るも無残な状態に変わり果てていることを願うぜ」


 そうでなくば、たとえ事後報告だったとしても橘威吉は了承しないであろうと駈堂は釘を刺した。その言葉には俺が返答を投げる。


「誰に向かって言ってんだ。そいつは俺の得意分野だ。極道の癖に殺しを渋る誰かさんと違ってな」


「不要な血は流さないに越したことはぇ。俺はただ、力の振るいどころを見極めてるだけだ。どっかの誰かのような殺戮マシンには成り下がりたくねぇんでな」


「やっぱりテメェの軟弱さは理解出来ねぇわ」


「理解してもらおうなんざ1ミリも思っちゃいねぇ」


 駈堂は勢いのままに続けた。


「麻木涼平、お前はいずれ必ずこの手で倒す。血まみれの天使とうたわれて良い気になってるんだろうが、所詮は汚い権力者の手先だ……お前みてぇに息を吐くように人を殺す奴をぶっ飛ばすために、俺は極道になったんだってこと覚えておけ」


 俺に凄みを利かせた後、駈堂は部下と共に去って行った。その背中を見送った重忠は「あの人も煌王会の中で立場が苦しいんだろうな……」と呟いていた。


「だから何だ、兄弟よ。あの野郎に手加減でもしろってのか」


「そうじゃない。ただ……昔は同じチームだったからさ。あの人を前にすると、不思議とあの頃を思い出しちゃうっていうか」


 またくだらぬ懐古か。思わず殴りかかりそうになるも、俺は無難に堪えた。


「あんたがあいつと同じ暴走族だった云々の話なんざ知ったことじゃねぇ。俺は恒元公の敵を討つだけだ」


「ああ、そうだったね……ごめんね。つい、らしくないことを言った」


「忘れてるみてぇだから、もう一度だけ言っておく。あんたが恒元公の敵になれば、泣きっつらをかくのは大国屋の子分どもだ。あんたの命は、あんただけのものじゃねぇんだよ」


 すると重忠は一瞬だけ息を呑んだ顔をしたが、すぐ元に戻って笑顔で応えたのだった。


「もちろん、分かっているよ。涼平」


 己の車に戻るや、ため息がこぼれた。ひと思いに銃を抜き、重忠を『恒元公に背を向けた醜き奸賊』として射殺することだって出来たというのに。


 やはり俺は彼に羨み……いや、憧れを抱いているのか。かつての仲間と今もなお絆を確かめ合い、信じた道を進む男の姿に。


 愛する女性ひとと共に抱いた理想のためだの何だのと嘯きながら結局は妻を守れなかった俺よりも、無辜の人々をも平然と殺す俺なんぞより彼の方がよっぽど気高い。


 虚飾を纏った血まみれの天使になるくらいだったら、いっそ櫨山重忠のように苦悩しながらも必死に男の道を貫きたかった――もう遅い。


 今さら引き返せるか。


「馬鹿馬鹿しい」


 空気に呟きを混ぜた俺は「えっ?」と振り向く部下らに言った。


「煌王会は今回のゴタゴタに乗じて領地シマを拡げるつもりだ。このまま誠忠煌王会が奴らによって潰されれば、元は中川会の勢力圏だった飛騨までもが奴らの手に落ちる。ここは機先を制し、むしろ畿内に俺たちの旗を刺す勢いで跳ねっ返りどもを攻めるぞ」


 俺の檄に部下は歓喜する。ああ、結局は彼らも戦闘狂の色に染まっている――もはや俺たちは行くところまで行くしかないのである。


 それから俺たちは大垣市を後にした。岐阜県南地域は煌王会の勢力圏。現時点での休戦協定が結ばれた以上、長居はできない。俺としては飛騨を陥落させるついでに大垣も奪い獲っても良かったが、何にせよずは葉室の討伐だ。


 東海環状自動車道を進んだ後で一旦国道158号に下り、暫く進んだ先で東海北陸自動車道に乗り換えるという、遠回りなルートを選んだ理由は他でもない。誠忠煌王会の奇襲を用心してのことだ。敵の支配地域では何処に何が潜んでいるか分かったものではない。気を緩められる瞬間などは皆無である。


 しかし、それは敵にとっても同じことが云える。俺たちが今まさに彼らの勢力圏に攻め込んでいる最中なのだから。ならば、狙われるリスクを考えると、俺たちは最も堅固な陣地で眠るべきである。それこそが彼らに反撃の余地を与えない最高の選択なのである。


【報告:葉室組が下呂および飛騨市内に武装した構成員を配置。下呂市に388名。飛騨市に290名】


 忍びの集団から送られてきた暗号メールの文面を見ながら、俺は頭を回す。どちらを先に攻め落とすべきか。葉室旺二郎の屋敷は飛騨市にあるものの、葉室組が占領しているメタンライト鉱山は下呂市にある。逆賊討伐の任を仰せつかった者としては飛騨を優先したいところだが、万に一つ煌王会が協定を破って下呂へ攻め込まないとも限らない。


 賀茂かも欣滔きんとう首相とアーノルド・アファロンソン大統領による日米共同宣言は5日後に下呂にて行われる。何としても下呂の葉室組を蹴散らし、3月12日までに市内の安全を盤石なものとせねばならない。今や表社会のフィクサーの庇護下から外れた葉室組がアファロンソン大統領に直接何かするとは考えづらいが、大統領を襲撃しない見返りとして恒元に中川会の飛騨撤退を迫る可能性は十分に考えられるからだ。尤も、恒元はそれを嫌って重忠の遠征に俺を随行させたに違いないが。


 されど、俺は言った。


「飛騨市に向かってくれ」


 原田と酒井の驚きの声が同時に聞こえたが、構わずに続けた。


「まずは葉室旺二郎を討つ。それが最優先だ」


 俺の判断に原田と酒井は顔を見合わせた。当然だ。下呂を押さえなければ、米国大統領を迎える安全が確保できない。だが、俺にはねらいがあった。


「今回の三つ巴の抗争は、長引けば長引くほど俺たちにとって不利になる。煌王や誠忠に比べて不安要素を多く持っているからだ」


「へっ? それって、どういう意味ですか?」


「中川会は表の世も支配しているが、そいつは逆に言えば守るべき対象を奴の倍以上も抱えているってことだ。恒元公がおやりになるまつりごとを連中が邪魔するようなことは決してあってはならねぇ。だが、無論のこと向こうもその辺は分かっている。こっちの足元を見た交渉のカードに使わないわけがねぇだろうよ」


「は、はあ。つまり、誠忠煌王会の存在自体が中川会にとってはリスクだと」


「そうだ。奴らに葉室旺二郎っていう中川会出身者が付いている限りはな」


「なるほどぉ。こっちの手は知り尽くされているってことですかぁ」


 息を呑む原田に酒井が言った。


「かつて葉室は恒元公が政治家と会食する時なんかに店をセッティングしたりしていた。そこから得た人脈を辿れば、今後の諸外国首脳の来日にまつわる情報を掴むことだって可能なはずだ」


 ハンドルを握ったまま、原田は顔をしかめる。


「な、なんて野郎だ……」


 部下たちの会話に俺は頷く。


「おそらく葉室にとって今回の日米首脳会談は交渉カードのひとつに過ぎんだろう。ここで俺たちに下呂を奪われてもカードは他に何枚も持っているから痛手ではない。だったらカードを1枚破くよりも早々に持ち主を殺した方が良いってわけだ」


 そうして続ける。


「葉室は臆病な男。自ら前線に出るとは思えん。奴は飛騨に居るはずだ。下呂の陥落と同時に新潟なり畿内なりへ逃げる準備を整えてな」


 すぐさま原田は頷いた。理解の早い部下を持って助かった。


「はっ! それじゃあ、飛騨市へ向かいましょう!」


 そんなわけで俺たちが東海北陸自動車道を北上するにつれ、周囲の景色は徐々に山岳地帯へと変わっていった。飛騨市が近づくにつれ、俺は窓の外の景色を睨む。木々は深く茂り、まるで外界から閉ざされた森のような光景が広がっている。


 道路も次第に狭くなり、曲がりくねった山道へと変わってゆく。両側には高い木々が生い茂り、道は岩場や急勾配が続く。


 すると原田は不安げに口を開く。


「ここは飛騨市内へのルートで間違いありませんよね?」


 俺は地図を見て「問題ねぇ」と返した。


「このまま進め」


「了解です!」


 そして程なくして、ついに俺たちは飛騨市の中心地へ到着する。だが、そこには予想外の光景が待っていた。街全体が活気に満ちており、多くの人々が行き交っていたのである。しかも、そこには見覚えのある顔の葉室組の構成員たちの姿も目立つ。


「これじゃあ迂闊に手が出せませんね……」


 車で一通り市内を見て回った後、そう唸るように言ったのは原田だった。酒井も「こっちは多勢に無勢ですし」と同調する。一方で俺は鼻を鳴らした。


「大丈夫だ。既に手は打ってある」


「えっ? それってどういうことですか?」


 俺の言葉を聞いた原田は、運転席で目を丸くした。そんな彼に対し、俺は笑みを浮かべる。


「多勢に無勢を挽回する単純な手段さ」


「ま、まさか刺客を送り込んだとかですかぁ?」


 酒井が助手席から身を乗り出した。俺は「いや」と首を横に振って続けた。


「飛騨の地理に精通していない以上、その作戦は迂闊だ。そもそも俺は暗殺ころしをやる時には他人ひとに頼まない流儀。だからこそ、今回は別の手段で攻めることにした」


「別の手段って……」


 原田が眉をひそめた。俺は笑って答える。


「非常に単純な話だ。俺の派閥の人間を飛騨に呼んだのさ」


「へ? 兄貴の派閥?」


「ああ。こないだ理事に昇進した谷山組。そこから喧嘩自慢を数十人ほど寄越して貰った。既に市内で待機している。合流しようじゃねぇか」


 原田はポカンとしている。だが、すぐさま酒井が「そういうことなら、谷山さんに挨拶しときますぅ!」と端末を取り出し、通話を始めた。


 俺は懐中時計を取り出して目をやる。18時48分。葉室組が動き出した時間から考えて、既に戦闘が始まっている可能性もある。


「急ぐぞ。原田!」


「はっ! 了解です!」


 そんなわけで谷山組の部隊が待つ飛騨市宮川町の拠点へと車を進めさせた。道中、原田は俺に訊ねる。


「兄貴。あのぉ……谷山の叔父貴の兵隊を借りるなんて、ちょっと意外だったんですが」


 俺は鼻を鳴らした。


「今回の件、あいつは表の世の中の平和にも関わる極めて重大な問題だと思ってるらしい。だからこそ、積極的に力を貸してくれるってわけよ」


 すると酒井が「なるほどぉ」と感心したように頷いた。一方で原田はまだ腑に落ちない様子でこちらを見る。


「兄貴。本当にそれだけですか? あの人が、そんな綺麗事を並べて?」


 俺は少し呆れつつ答える。


「綺麗事じゃない。あいつは本気で思っているんだ。だからこそ、協力してやってもいいってわけだ」


 そう話しているうちに、俺たちは宮川町種蔵の合流地点に着いた。そこは潰れかけの旅館であり、俺と原田と酒井を含めた50人前後が同時に宿泊できるだけの広さと設備を備えていた。俺たちは駐車場に車を停めると、颯爽と降り立った。


「お待ちしておりましたぞ」


 同じく駐車場に停められた車列から、壮年の男が現れる。黒髪に髭面ひげづらの大柄な人物であった。彼の名は平井辺ひらいべ朋道ともみち。谷山組の若頭である。


「ごきげんよう。若頭を寄越すとは。谷山の野郎も気合が入ってるじゃねぇか」


「何の何の。うちの親分も、この度は是非とも助力させて頂きたいと申しております」


 平井辺は丁寧な物腰で笑う。俺はそれに軽く頷きを返す。


「分かった。なら、お前のあるじに礼を言っておいてくれ。では早速だが、ここまでの状況報告を頼む」


「はい。現在、市内の主要な拠点にそれぞれ5名から6名ずつの人員を配置。いつでも攻撃できる態勢を整えております」


「ご苦労だ。だが、奴らの主力は恐らく中心地に集中しているはずだ。そこで俺たちは街の外れにいる幹部たちを狙うことにする」


「了解しました」


 平井辺は恭しく頭を下げた。そのまま端末を取り出すと、指示を出し始める。


「……私だ。第一隊は、北東方面へ。第二隊は南西方面。第三隊は北西方面に向かい、それぞれの区域で敵の主要人物を探せ」


 各隊のリーダーたちは「はっ!」と気勢の混じった返事をすると、すぐに行動を開始した。俺は平井辺に訊ねる。


「兵は俺が言った通りに揃えたか?」


「ええ。ご助言の通りに。うちのシマは暇がある奴ばかりですから、すぐに揃いましたよ」


「上出来だ」


 谷山組は中川会直参ということもあり、葉室に面が割れている。ゆえに俺は平井辺に、正構成員ではなく、傘下の不良グループを動員するよう指示していた。彼らの目的は戦闘ではなく、索敵だ。葉室に勘付かれずに行動できるし、今後を見据えて谷山組の戦力も温存できるし、一石二鳥だ。


「上出来って、何がですか?」


 きょとんとした様子で酒井が訊ねてきたが、俺は「ちょいとした作戦だ」と笑って返した。酒井は何処か腑に落ちない様子であったが、程なくしてゆっくりと頷いてくれる。


「まあ、次長のお考えなら……」


 嬉しいことを言ってくれるじゃないか。部下との信頼関係は盤石だ。酒井も原田も俺という男をよく分かっている。彼らとなら何があっても突破できるだろう。

 両腕を真上に向かって伸ばしながら、俺は言った。


「んじゃ、俺たちも動くとしようか」


 このまま拠点で戦果を待ち続けても暇を持て余すだけ。どうせなら葉室組の系列事務所を一軒ずつ襲撃する遊びに興じよう。そのためにこそ車のトランクには武器弾薬をたっぷりと積載してきた。


「はっ!」


「了解しました!」


 若干ながらの間隔を空けた後、二人は返事を寄越してきた。俺は平井辺に見送られて車に乗り込む。そうして部下の運転で発進した。


 まず俺が向かった先は、平成16年以前に古川ふるかわちょうと呼ばれていた区画。飛騨市のメインストリートがあり、多くの商店が密集している。


「はあ……さっきまでの場所とはえらい違いだ……」


 商店街の空き地に車を停めると、サイドブレーキをかけた原田が呟く。彼の視線の先にあるのは、昭和以前の日本を想像させる古めかしい街並みだ。観光資源として活用すべく昔ながらの風景を守ろうと官民一体で努めているのか、今時の様式の建物が少ない。思えば、葉室組は観光で日本を訪れる外国人相手のシノギを数多く展開していたな。


 頷きながら、俺はこたえた。


「ああ。隣町には世界的に有名な白川郷がある。麻薬ヤクだの売春イロだのが売りの葉室組にとっては美味しくてたまらねぇ条件が揃っている」


 しみじみとした様子で酒井も同調する。


「奴も愚かです。こんなにも素晴らしい領地を頂いたのに、その恩を仇で返すとは。大人しく直参のままでいれば、少なくとも飛騨で安定した稼ぎを上げ続けられたものを」


 葉室が組織からの離反に至った理由は、おそらく現状への不満だ。彼の才能は決して凡庸ぼんようなものではないが、ヒラ直参の地位はその腕が報われるにはあまりにも狭すぎた。葉室は直系の世襲ではなく、大叔父の伝手を頼りに組織へ入って殆ど裸一貫で成り上がった実力者。ゆえに恒元としても、いずれ幹部の椅子に再び座らせてやるつもりだったはずだ。それがどうして、こうなったのか。


「ま、何にせよ。葉室は組織に背いた。逆賊は殺すだけだ」


「確かにそうですね」


 酒井は苦笑いした後で、真剣な眼差しで俺を見た。


「それで、次長。これからどうしましょう?」


「決まっているだろ。この壱之町通りの突き当たりにある北山きたやま興業こうぎょうを叩き潰すんだよ」


「へっ、野暮な質問でしたね」


 北山興業は葉室組の傘下組織にして、葉室組の売春部門を管轄する所帯。つまりは葉室にとって重要な位置づけにある。ここを潰せば、飛騨の産業基盤は崩壊する。


「ここからは徒歩で行く。いいな」


 部下たちは低い声で応じる。


「はっ!」


「了解しました!」


 俺たちは車を降りると、周囲の様子を窺いながら敵の拠点へと向かう。途中、いくつかの路地裏を通り抜けたり、通行人を避けたりしながら歩を進める。


 そうして程なくして、俺たちは北山興業のビルの前に到着した。外観は周囲の風景に溶け込まぬコンクリート造りで、正面入口の上に掲げられた看板には『北山興業』の文字が刻まれている――やるか。


 俺は近くにあった石を掴むと、2階の窓に向かって投げつけた。直後、パリンと硝子が割れる音が響いた。すると間もなくして他の窓から数人の男が顔を出して「何だ!?」と叫びながら外を確認する。


 彼らと目が合った俺は「よう!」と声を上げる。街灯の光に照らされた俺の顔を見た瞬間、男たちは戦慄する。


「あ、あ、麻木涼平ッ!? どうしてここにッ!?」


「おうおう。騒がしい連中だな」


「馬鹿な! 下呂に行ったんじゃねぇのか!?」


「ところがどっこい。お前らと遊びたくなってな」


 笑みを浮かべながら、俺は傍らの二人に「おい」と呼びかける。


「お前らはここで待ってろ。増援の撃退は任せたぞ」


 酒井と原田は勢いよく頷く。


「はいっ!」


「はっ!」


 頼もしい弟たちに背中を預け、俺はグロック17を取り出す。そうしてビルの敷地内へ足を踏み入れ、外階段を駆け上がる。途端に銃声が鼓膜を貫いた。北山興業の連中が上から発砲してきたのだ。だが、残念ながら相手は雑魚。この程度で俺を止められると思うな。


 階段の曲がり角に身を隠しながら、俺は応射した。


 放ったの銃弾は的確に敵の身体を捉え、一人また一人と倒れていく。そうして階段を上がり切った俺は踊り場で一度立ち止まり、深呼吸をする。次いで銃口を上に向けたまま廊下に足を踏み出した。


「さあて、次は誰だ?」


 次の瞬間、2発の銃声が轟く。咄嗟に踊り場に引き返して身を隠すと、銃弾が壁に当たる音がした。どうやら相手は2人いるらしい。ならばこちらも2発で片付けよう。


 ――パァン! パァン!


 ほぼ同時に、敵の断末魔が聞こえる。廊下の奥の方で、呻き声と共に床に倒れる音が響いた。俺は銃を片手で構えたまま、ゆっくりと顔を覗かせる。そこには、やはり2人の男が血だらけになって倒れていた。念のためにもう一度銃声を聞かせると、2人はピクリとも動かなくなる。


「銃の稽古にもならん」


 そう言いながら俺は奥へと進んでゆく。廊下の先は薄暗いフロアとなっており、複数のデスクが置かれていた。その奥には大きな窓があり、宵闇が差し込んでいる。そこから見える景色は、古川町の古風な町並みだ。


 俺は窓の外を眺めながら、静かに息を吐く。やれやれ、これで終わったか。この攻撃に葉室は勘づいていることだろう。良いぞ。じわじわと死の恐怖を与え、徹底的に恐れ慄かせた後で殺してやる――しかし、そう思ったのも束の間である。突然背後から闘気を感じた。振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


 その顔を見て、俺は思わずニヤリとする。


「ほう……まさかお前さんが出てくるとは」


 相手は葉室組若頭の葉室はむろ朋己ともみ。組長の葉室旺二郎の嫡男であり、所領を離れがちの父に代わって飛騨地方一帯の経営を統括する男だ。欲深さに関しては父親よりも幾分かは穏健だが、親譲りのカネ稼ぎの才を持つとされる。


「やあ。久しぶりだな。麻木涼平」


 部下たちを多数討ち取られたばかりだというのに、余裕たっぷり面持ちで呟く朋己。瞬間的に銃口を突き付けた俺は「あんた一人か?」と訊ねかけるが、直後に別の闘気を感じた。


 まあ、そりゃあ護衛を付けているよな。おまけに組長の嫡男にして若頭ともなれば、相当の手練れを。些末事を脳内で掻き消し、俺は朋己の周囲を見やる。いつの間にか、いかにも腕っぷしが強そうな2人の男が佇んでいた。


 朋己の声が聞こえる。


「一人で来るわけがねぇだろ。馬鹿か。お前は」


 すぐさま俺は返す。


「そう言うと思ったぜ」


 2人の護衛は俺を左右に囲み、なおも凄まじい闘気を発してくる。両者とも軍服を着込んでいる。見たところ傭兵らしい。おそらく葉室組は海外へ麻薬の販路を拡げる途中で彼らを雇い入れたのであろう。面白い。是非とも手合わせしたい。


 俺は朋己に視線を戻す。


「どうしてここへ? 俺を待ち伏せしてたわけじゃねぇだろ?」


 朋己の返答は至極単純だった。


「おいおい。これから死ぬ奴に教えて何になる。無駄口を叩くんじゃねぇよ。成り上がりの小物が」


「親の助力無しでは何も出来ん凡庸なせがれに言われたかねぇな」


 そう言い放つと、朋己は小さく笑った。


「稚拙な反論しか出来ねぇとは。相変わらず情けない男だ……そんな根性だから、嫁を傷物にされちまうんだよ。あの名器はお前のようなチンピラには勿体ない。いっそ俺のものにしてやっても良いんじゃねぇか」


 朋己の言葉が脳裏に反芻される。半ば反射的に俺は訊ね返した。


「ああ?」


 その低い声に朋己は一瞬だけ臆したが、すぐに元の表情に戻って応じる。


「聞いてねぇのか。お前の嫁とヤッたのは俺なんだよ。あの女、最初は強気だったのに、殴ってるうちに段々と大人しくなってな。しまいにゃ、すっかり従順になったぜ。お前に見せてやりたかったもんだ。泣きながら俺のチンコを舐めていた、あの無様な姿を」


 彼が語る内容は、俺の想像の範疇を超えていた。俺の脳裏に蘇るのは、妻の愛らしい姿。そして同時に、彼女の身に起こった出来事の恐ろしさ。


 俺は怒りを抑えきれず、拳を震わせる。朋己の挑発的な笑みが憎らしくて仕方がない。だが、今は冷静にならなければ。ここで感情を爆発させるわけにはいかない。


 朋己は続ける。


「ほら。お前もあの女の味を思い出しただろう。あの柔らかい肌、熱い吐息。全部忘れられないよなぁ」


 彼の言葉一つ一つが、まるで毒のように俺の心を蝕む。俺は奥歯を噛み締める。そんなことは知らないと自分自身に言い聞かせるように呟く。しかし、朋己の声が耳の奥に響き渡る。


「あの女、本当にお前の嫁なのか? それともただの道具か?」


 朋己の嘲弄が、俺の胸の奥深くまで刺さる。


 同時に、薄い絨毯が敷かれた床を蹴って走り出す――朋己の護衛は2人。いずれも巨漢の白人で、見た目通りの怪力野郎と考えるべきか。少なくとも1人は何かしらの武術の使い手だ。もう1人は分からないが、ともあれ油断は禁物だ。朋己がどれだけ策を練っているのかは未知数なのであるから。


 俺は敵に肉薄する。そうして蹴りを放つ。ブォンッと空気の振動の音が聞こえるが、派手な鮮血は飛ばない。


 紙一重で躱された。と、同時。


「Too late !(遅いんだよ!)」


 俺が仕掛けた男が得物を抜いた。刃が大きく湾曲した片刃の短刀ダガーである。だが、俺の方が速い。懐に飛び込みながら斬撃を避けると、相手の左腕を掴む。


「What happened!?(何だと!?)」


 驚愕する敵に対して俺は英語でわらう。


「You're the slow one.(遅いのはお前だ)」


 そのまま腕を捻り上げる。男は激痛に顔を歪めるが、抵抗する余裕などありはしない。さらに俺は力を加え続ける。すると次第に骨が軋むような音が響き始めた。


「Guh, guaaahhh !(ぐっ、ぐああああぁぁぁぁ!)」


 やがて限界を迎えたのか、男の悲鳴と共に鈍い音が響き渡った。腕が完全に折れたのだ。その隙を突いて、俺は拳を叩き込む。腹部に直撃を受けた男は、吐血しながら悶え苦しみ、やがて息絶えた。


「Ugh……!(くっ……!)」


 残った1人が短剣を構える。どうやら奴も俺の動きに反応できるようだ。葉室組が抱えるアサシン集団も伊達ではない。されど、俺の敵ではない。


「Hey ! What's wrong ! idiot !(おい! どうしたんだよ! 間抜け!)」


 挑発すると、男は怒りをあらわにする。


「You little brat ! (クソガキィィィ!)」


 叫びながら襲い掛かる。鋭利なナイフが迫ってくる。が、その速度は予想より遥かに遅かった。俺は冷静にバックステップで回避すると、再び間合いを詰めてくる相手に対し、素早く体勢を整える。


 そして次の瞬間には、相手の鳩尾を蹴り上げていた。


「Guuuh !(痛ぇぇぇ!)」


 苦悶の表情を浮かべて仰向けに倒れる男。俺は躊躇うことなく喉笛めがけて腕を振り下ろす。


「Bye (じゃあな)」


 そのまま水平に一閃。


 ――グシャッ。


 首の骨を粉砕する感触とともに、男の頭部が胴体から切り離されて床を転がる。


「そ、そんな!」


 全てを見ていた朋己は顔を蒼白くしている。ありったけのカネで集め揃えた用心棒を全滅させられたことがショックなのではない。ただ単に俺の強さに恐れを成したのであろう。


「さて、次はあんたか」


 再びグロック17を向けながら言った俺に、朋己は「ひいいっ!」と震え上がるばかりである。


「子は親を選べねぇ……人の世ってのは嫌なもんだ。しかし、あんたの場合は愚かな父親の元を離れる機会が今までに沢山あった。その道を選ばなかった自分自身のミスを悔やむんだな」


 その瞬間、朋己は逃げ出す。


「たぁぁぁぁすけてぇぇぇぇ! 父さぁぁぁぁぁぁん!」


 組の幹部らしい上等な背広を身に纏っているのに、さながら幼児だ。度胸の無い倅を持って、葉室旺二郎も哀れな男だ。同情はしないが。


 朋己は階段の方へと逃げてゆく。わざとらしくゆっくりと追いかけてゆく俺だが、追いつくのにそう時間はかからない。彼が一階に辿り着いたところで、俺は超高速で前方に回り込んでやった。


「よう。王子様」


 俺の姿を認めるや否や、彼は「うわああああっ!」と絶叫しながら真逆の方向へ走り去っていく。俺は高笑いしながら、銃口を向ける。銃声を響かせると同時に、朋己の右肩を撃ち抜いた。


「ギャアアッ!?」


 絶叫しながら倒れ込む朋己。俺はゆっくり近づくと、その腹を思い切り蹴飛ばす。痛みと恐怖で「オエェ」と嘔吐しながら床を転げる彼の顔面に足を乗せた。体重をかけ、踏み潰すように何度も踏みつける。


「ぐえっ……げほっ……」


 痛みで顔を歪ませる朋己。それでもなお抵抗しようと両手を伸ばしてきたので、その手を掴み、力任せに追ってやった。ブチブチッという音が聞こえ、彼の指が何本か千切れ飛ぶ。そしてその手を掴んだまま持ち上げると、壁に叩きつけてやる。


「うあぁっ!」


 苦悶の声を上げる朋己。俺は再び彼の体を蹴り飛ばし、倒れたところを頭を踏みつける。


「さあ、華鈴の悲しみを味わって貰うぜ」


 朋己は涙目になりながら俺を見上げてきた。


「降参……する……から……ゆるしでくれぇぇ!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた。俺は朋己の髪の毛を掴み上げると、そのまま持ち上げた。朋己の悲鳴を聞きつつ、壁に叩きつける。


 ――ガッシャァン!


 窓ガラスが割れ、朋己の体が宙に舞う。そして地面に落下した彼の頭を踏みつけると、今度は喉元を踏みつけた。


「うぐぅ……うぇ……」


 必死に抵抗する彼だが、そんなものは無意味だ。俺は朋己の顔面を蹴り飛ばすと、仰向けになったところを殴打する。バキッという鈍い音と共に朋己の鼻が潰れ、血が噴き出す。


「ぐふぅ……」


 彼は口から血を吐き出し、咳き込んでいる。俺は朋己の襟首を掴むと、そのまま持ち上げて壁に叩きつける。


「おい、テメェ……まだ息をしてるみてぇだな。だったらよぉ……もっと楽しませろよ!」


 そう言って、朋己の腹を殴りつける。肋骨が折れる感触と共に、彼の口から血が飛び散った。


「ぐえぇ……」


 朋己は呻き声をあげるが、それ以上何も言えないようだった。俺は朋己の体を引き摺るようにして立たせると、今度は顔面に蹴りを入れる。


「ぐふっ……ごふっ……」


 朋己は血と涎を垂らしながら呻いている。俺は朋己の髪の毛を掴むと、再び壁に叩きつける。朋己は苦痛に顔を歪めているが、抵抗する気力もないようで、ただされるがままだ。


「どうした? もう終わりか? つまんねぇな」


 俺が朋己の体を蹴り飛ばすと、彼は床に転がった。さて、これからどうやって痛めつけてやろうか――すると、その瞬間。俺の足元にペンチが転がっている事実に気付いた。北山興業の組員が何らかの作業に使い、終了後に箱へ仕舞い忘れたのであろうか。何にせよ、面白いことが出来そうだ。


「坊ちゃん。もう一度、訊くぜ。華鈴に手を出したのはお前なのか?」


「……ち、違う」


「今さらおせぇよ」


 俺は朋己の腰のベルトを緩めると、背広のズボンとパンツを一気に下ろす。そうして露わになった彼の股間を見やりながら、拾い上げたペンチを構える。朋己の顔が恐怖に歪むと同時、俺は歯を見せて笑う。


 途端、朋己が絶叫する。


「待って、待ってくれ! 頼むから許してくれ! 金ならいくらでも払うし、何だって差し出す! だからお願いだ、それだけは……」


 朋己の哀願など全く無視して、俺は右手のペンチで朋己の陰茎を挟み込み、思いっきり引っ張った。皮膚が裂ける音と共に、大量の鮮血が溢れ出る。朋己は激痛に耐えかねて泣き叫ぶが、俺は躊躇しなかった。真っ赤に染まったペンチを開き、今度は彼の睾丸を挟み込む。


 朋己は悶絶し、体を震わせる。俺は構わずペンチを閉じていき、ついに彼の睾丸を潰した。


「あ……あああ……!」


 朋己は白目を剥いて痙攣している。だが、まだ終わりじゃない。もう一方の睾丸にも同じことをした。朋己は絶叫し、泡を吹いている。やがて彼は喉を枯らすと、糸が切れたように静かになった。痛みのあまり気絶したのであろう。


「ふう」


 ひと息つくと、朋己の股間は血だらけになっていた。陰茎は見る影もなく変形しており、二つの睾丸も無惨な姿となっている。だが、それでもまだ終わりじゃない。


 朋己の陰茎に再びペンチを当てて、少しずつ切断してゆく。朋己の体がビクビク震えるが、構わず切り落とした。朋己は完全に意識を失い、口から涎を垂らしている。


 俺は朋己の下腹部からもぎ取った肉片をゴミのように投げ捨てると、その胴体を蹴り飛ばす。朋己は血だまりの中に横たわり、微動だにしない。これで終わりだ。朋己を見下ろし、吐き捨てた。


「あばよ」


 言い終える頃には、朋己は死んでいた。俺はペンチを投げ捨てると、懐から取り出した煙草に火を点けて歩いて行く。


 建物を出ると、酒井と原田が入り口付近で銃を構えたまま待機していた。先ほど銃声が聞こえていなかったことから気付いていたが、どうやら敵の増援は現れなかった模様。


 情けない奴らだ。仲間が惨殺されているというのに、助太刀をしないとは――俺は煙草を咥えながら、2人に微笑みかけた。すると、原田が真面目な顔で報告を寄越してきた。


「兄貴。今しがた多摩の連中から連絡がありまして。下呂で葉室を見つけたそうです」


「何だと?」


 目を丸くした俺に、今度は酒井が言う。


「大国屋一家と葉室組が交戦状態に入りました。現在、戦況は五分五分のようです」


 原田が補足する。


「兄貴。これはチャンスですよ。奴らが混乱している今が好機です」


 ああ、確かにそうだが――俯く俺に、原田は「兄貴」と言った。


「急ぎましょう」


 俺は無言で歩き始める。2人もその後に続いた。死体処理班は既に往路で手配済み。遅れて到着する手筈となっている。俺は抜かりが無い男……などと自惚れてみたいが、残念ながらまだまだだ。


 葉室は飛騨ではなく下呂に居た。俺の読みが外れたのである。思えば傭兵だった頃から俺の戦況予測は百発百中ではなかった。アフリカでは功を焦った末に敵の指揮官を討ち漏らし、東欧では敵の術中に嵌まって目的地は真逆の方向へ部隊を進軍させてしまった。もしかすると、俺に軍師は向いていないのかもしれないな。らしくもない弱音を喉の奥で掻き消し、駐車していた車に乗る。


「……」


 辺りでは近隣住民が騒ぎ始めているが、今宵の出来事が明日の地域紙の一面を飾ることは無い。フィクサーによる政府掌握と情報統制のありがたみを改めて感じながら、俺は飛騨の街を後にした。


 そのまま国道472号に差し掛かった時、思い出したように酒井が口を開く。


「平井辺さんには伝えておきました。『飛騨の制圧は任せてほしい』とのことです」


 俺は「そうか。ありがとうな」とだけ返した。平井辺はカタギに毛が生えた程度の不良グループしか連れていないが、大丈夫なのか。まあ、飛騨の葉室組は壊滅寸前と云えなくもないからな。組の主戦力は下呂に行かせているだろうし、平井辺の手勢でも制圧くらいなら出来るか。


 俺は頭を切り替え、原田に声をかけようとしたが、その時。思わず眉根が寄った。


「ん?」


 原田の額に大粒の汗が浮かんでいる。おまけに呼吸も荒く肩で大きく息をしている。さながら長距離を走った直後を彷彿とさせる様子だ。どうしたのか。


「……っ」


 暫し言葉に詰まった俺は、酒井の声で我に返る。


「次長?」


 ああ、何度か彼に声をかけられていたらしい。慌てて取り繕う。


「ああ、悪い。考え事をしてたんだ」


 酒井が首を傾げる。


「何を考えていたんです?」


「総帥府への伝達についてだ。谷山んとこの不良だけじゃ心許ねぇと思ってよ」


 酒井が「ああ、丁度その件について申し上げようと思っていました」と返す。


「先ほど、総帥府には俺の方からご連絡いたしました。恒元公は飛騨が陥落することに大変お喜びでした。執事局から人を遣わしてくださるそうです」


 俺は唸る。


「流石だ……お前もありがとうな。酒井。相変わらず気が利く野郎だ」


 そんな俺の言葉に酒井は「いえいえ」と笑って見せるが――彼もまた様子がおかしい。額に大粒の汗をかき、呼吸を乱している。その上、どこか苦しそうに顔を歪めている。


 体調でも悪いのか。バックミラーに映った2人の部下の姿に、ただただ俺は呆然とさせられた。彼らは何故、こんなにも苦しげなのか。それは果たして一体、どのような理由で。


 しかし、俺は訊ねられなかった。何もかも、分かっていたからだ。部下たちの異変が、彼らが日頃より常用しているサクリファイスの副作用によるものだということを。


 そればかりは総帥の意向だ。どうすることも出来ない。ゆえに俺は下呂市へ着くまでの2時間を適当な話題を振り続けることによって繋いだ。


 彼らは決して不自然な間を空けずに応答してくれたが、やはり息苦しそうで、辛そうで、可哀想でならなかった。俺が無能なばかりに2人を苦しめているのだと思うと、酷い虚しさに苛まれた。


 車内の空気がよどんでゆく。サクリファイスの副作用が齎す地獄絵図とはくなるものか。


 かつての傭兵時代に覚えたことのある、あの無力感が込み上げてくる。俺は思わず舌打ちをする。何故こうも上手くいかないのか。何故いつも肝心な時に運が悪いのか。何故……。


 どうにかしてやりたいが、今の俺にはどうすることも出来ない。総帥の意思に逆らうわけにもいかない。


 結局、俺は何も出来ず、ただ車に揺られた。

引き返したいが、引き返せない――虚しき葛藤に心を痛めながらも、涼平は血にまみれた道を進んでゆく。愛する人のために。次回、抗争の混迷が加速する!

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