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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第17章 三秒くれてやる
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次なる一手

 師走は肌寒い。凍てつく風が身も心も震わせ、その儚さは過ぎゆく時を暫し忘れさせる。慌ただしい日常をおくっていれば、季節の移ろいに気付く由も無い。


 2006年12月6日。


 針が正午をまわった壁掛け時計が美しい音色を響かせる中、俺はゆっくりとフォークを口の中へ運ぶ。噛みしめた牛肉から豊潤な風味が溢れ出て、舌を瞬く間に心地良く染め上げる。牛フィレ肉のロッシーニに、安納芋のムースリーヌといろどり冬野菜のロースト添え。芽キャベツとニンジンを噛むことで湧き上がる爽快感が肉の風味を引き立てる、贅沢なメイン・ディッシュだ。


「美味いな」


 上機嫌な主君に俺は頷いて応じる。


「ええ。美味しゅうございます」


 この皿に手を伸ばすまでに、アミューズ・ブーシュだの前菜アントレだの魚料理ポワソンだのと、かれこれ18種の品目を味わってきたわけだが、未だに腹は膨れていない。何故、フランス料理というものは斯くも俺の探究心をくすぐるのだろう。宮殿内に設けられた昼食専用の壮麗な空間に居るせいか、自然と気が昂っていた。


「斯様に美味い昼餉を腹に放り込めるのも、お前の働きがあってこそ。感謝するぞ」


「はっ。光栄にございます」


 俺は座ったまま深々と一礼して、皿に残された分を食べ進める。口いっぱいに含む。よく咀嚼そしゃくして嚥下えんげして、次の一口を味わう。それと同時に脳裏をよぎるのは、この時間に至るまでの数多あまたの出来事だった。


「しかし、煌王会の動きは未だに見通せん」


「ええ」


「我らを攻める好機だというのに、そのカードを切らぬのは何故かと不思議に思っておったが……よもや内輪でつぶうていたとはな」


「私も驚きました。真壁まかべ仙太郎せんたろうは煌王の七代目にとっては懐刀にも等しい存在だったはず。そんな男が組織を追放されるとは、よほどのことがあったと考えるべきでございましょう」


 この日の朝、俺は昨晩に知り得た情報を恒元に報告した。煌王会会長の腹心たる総本部長の解任劇――あちらに内紛が発生したとしか思えぬことで、午前中の恒元の眉間にはしわが寄った。罠は往々にして好機の顔をしている。俺も執務室で何度か意見具申を行ったが、帝王の憂いを晴らすことは依然として叶っていない。


 銀色のフォークを皿の上に置いた恒元は、指でコツコツとテーブルを叩きながら考え込む。


「今は攻め時か……あるいは守りを固める時か……」


 恒元の呟きには今の中川会が抱える切実な状況が関係している。初秋から先日にかけて吹き荒れた粛清の嵐で、中川会の直参は半数以下に減少している。そうした状況下で大規模な抗争が出来るかと推考すれば、答えはノーだ。


 ますます恒元は眉根を寄せる。


「……兵の数は減っておらぬというのに」


 あの粛清で命を落としたのは直参組長が中心で、彼らに仕えていた若衆には刃を向けなかった。彼らを温存することで後々に手駒として使おうとの、恒元の考えであった。ところが、彼らの中では総帥府への憎しみや不満が高まっている。どうやら、中川下総守家への忠義よりも親を殺された恨みの方が勝っているらしいのである。


 極道の主従の絆は岩肌より固い。当然と云えば当然の流れだが、ここで敢えて『彼らの心情を読みきれませんでしたな』などと諫言するほど愚かな俺ではない。あの辺りの時期における恒元は明らかに正気を欠いていたわけだし、そもそも一連の粛清は全て俺の独断専行ということになっている。組織内の恒元への反感はいずれ沈静化するだろうから、焦らずその時を待てば良い。


 されど、俺のあるじは好戦的だ。


「うむ。やはり何かしら西へ楔を打ち込んでおきたい」


 そのように結論付けることは端から分かっていた。強欲な帝王が今の状況を好機と思わぬわけがない。そうなると問題はどういう楔を打つか、その一点のみ。だが、その問題解決のために必要となる情報もまた恒元の掌中に収まったばかりであった。


「付け入る隙はあるぞ。涼平。『六代目時代の旧臣たちに真壁が声をかけている』と才原党の中忍が申しておった」


「七代目体制が始まってから冷や飯を食わされ続けた挙句に組織を追われた煌王会の元幹部たち……如何ほど居るかは分かりませんが、使えますな。現に昨晩の真壁も似たようなことを言っておりました」


「操れるか?」


 俺はナイフとフォークを皿の上に揃えて置き、主君をまっすぐに見据えて答えた。


「やってご覧に入れましょう」


 組織全体に未曽有の大穴が開いている只中だ。今は体制の立て直しに専念すべき状況であることは分かっている。だが、恒元の意に沿わぬ諫言をするわけにはいかない。お気に入りの側近であり続け、なおかつ奴の言ったことを何であれ忠実に遂行する腹心であらねばならない。


 愛しい女を幸せにするために――無論のこと、ここでは己を抑え込んで忠義者として振舞っておく。


「……」


 優しく微笑む俺の態度に満足したのか、恒元は手を叩いて言った。


「やはり我輩の傍には涼平がおる。白水一家を取り潰したとて、大した痛手ではなかったな」


「勿体なきお言葉。必ずや西への切り口をお開きいたします」


「頼むぞ。兵の支度は我輩が整えるゆえ、お前は関西への調略に励むが良い」


 まどろっこしいことはせずに、俺に煌王会七代目の討伐を申し付ければ良いのに。政界を統べるフィクサーとして表の力を使い、煌王会を干上がらせて滅ぼせば良いのに。そこを敢えて正面から挑むあたり、恒元は縛られているのだろう。旧幕時代に関東博徒をまとめ上げていた中川下総守家当主としての自負に、あるいは中川会の三代目として父や兄を超えねばならないという自意識に。


「はっ」


 俺がもう一度深々と一礼すると、ちょうどタイミングを見計らっていたかのようにデザートのバニラ・アイスクリームが給仕女メイドによって配膳された。彼女が退席してから、恒元はさっそくスプーンを手にする。


「これもまた……美味いな。我輩が幼き日を過ごしたマルセイユを思わせる味付けだ。いやあ、食事は人生の醍醐味よ。のぅ?」


「仰せの通りにございます」


 俺がスプーンを動かす傍らで、恒元はグラスのワインをあおる。ぐいっと飲み干した直後に声を発した。


「時に、涼平。貴族とは何だと思う?」


 唐突な試験。その返答に俺は悩んだ。


 恒元を当主として戴く中川なかがわ下総守しもうさのかみは戦前に子爵位を世襲していた一族。されど今の場における正解は旧制度における華族の定義の解説ではないはずだ。


 概念か?


 いや、哲学か?


 ノブレス・オブリージュでもなければ、贅沢な暮らしを謳歌することへの理論付けでもない。もっとざっくりとしていて、なおかつ本質的な答えが求められている気がする。


 あまり長く首を傾げていては不興を買う。己の直感に全てを懸け、俺は意を決して答えた。


「誇り高く、美しいこと、でございましょうか」


 恒元は鼻息ひとつで肯定の意思を示す。


「左様。美しき衣食住を営み、欲しいものは何であれ手に入れる。愚かな民衆の群れに降り立ち、その者らを統べる。貴族とは即ち、支配者たる資格と風格を備えた人間……つまりは力を持った誇り高き男を意味する言葉だ」


 恒元は近寄ってきた給仕女からボトルを受け取ると、ちょうど空になっていた俺のグラスに酒を注いでくれた。その後、自身のグラスにも新たな一杯を満たしてから俺に続ける。


「涼平よ。お前には我輩の跡を継ぐに相応しき支配者たる器がある。これよりは誇り高き男として一層の修練に励むが良い」


「精進いたします」


 賜った過大な評価を謙遜も肯定もせず、ただ座礼のみで受け止めた俺。そんな側近の態度に総帥は満足したようだ。


「ならば良し」


「ありがとうございます」


 俺は内心で胸を撫でおろす――貴族とは即ち、支配者たる資格と風格を備えた人間。


 その言葉は恒元にとって座右の銘である。ゆえに彼は万物を統べる帝王であろうとする。強欲さを少しも恥じようとしない。目的を遂げるために手段を選ぶことを一切しない。


 なればこそ、俺はこの男について行こうと思ったのである。


「さて……」


 恒元がおもむろに立ち上がったのは、俺が三匙目を口に運んだ時のこと。食後のデザートに思いを馳せていた俺は、主君の予期せぬ行動に内心で少々面喰らってしまった。


「我輩は昼寝をする。お前はゆるりと食べるが良い。ではな」


 そう言って去って行く恒元の背中を目で追いながら、俺はアイスクリームを食べ進める。グラスに注がれたワインを一杯ずつ飲み干しながら、口に運んでゆく。5杯のワインを飲み干した頃には空の皿が出来上がっていて、俺もまた腰を上げた。


「失礼する」


 声をかけて退席する際に、ガラス張りの大窓から庭園を眺めてみた。俺の目の先には広々とした芝生と、等間隔で植えられた木々があった。木の枝には雪が降り積もっていて、淑やかな白が一面を美しく彩っている。その光景を目に焼き付けてから、俺は廊下へ足を踏み出した。


 総帥の気まぐれにも困ったものだが、愚痴を漏らしても始まらないので何かしら手立てを考えるとしよう。ひとまずは情報収集だ――などと考えながら歩いていると、饒舌に声をかけてくる者がいた。


「どうも。麻木次長」


 竹沢たけざわ俊久としひさ。直参『竹沢たけざわ興業こうぎょう』代表で、御徒町一帯を仕切る親分。よわい63にして、相撲取りとも見紛うほどの恰幅を保っている人物だ。顔の所々には深いしわが刻まれているが、眼光は鋭く、背筋もピンと伸びている。直参の中でも五指に入る風貌の醜さだと、組織内では嘲弄の的になっている。


「ごきげんよう」


 俺が返した挨拶を耳にして、何を思ったか。数秒ほど失笑にむせんだ後で、竹沢は言葉を繋いできた。


「いやあ、12月も5日を過ぎましたぁ。一気に冷え込んで、寒くなってきましたねぇ」


「ああ。そうだな」


「どうですかぁ。お風邪など引いておられませんかぁ」


「元傭兵に向けて随分な愚問だな」


「……っ」


 俺の反応に一瞬ほど怯んだ竹沢だったが、すぐに調子を戻して語り始めた。


「いやぁ。この竹沢俊久ぁ、麻木次長の腕っぷしの強さには心底より惚れ惚れとしておりましてぇ。それでつい無遠慮な口をきいてしまいましたぁ」


「別に気にしちゃいねぇよ」


「麻木次長には是非とも我が竹沢興業と仲良くしていただきたくてぇ。こうして僭越ながら、ご挨拶をさせていただいておりますぅ。だってぇ、つい先日に直参へ上がったばかりですからぁ」


「後ろ盾が欲しいってか」


「話が早いぃ! その通りですぅ! つきましてはぁ……」


「お断りだ」


 竹沢が何を狙っているかは知れた話だ。俺からお目こぼしを貰えることを期待して媚びへつらっているだけ。俺としてはこんな小物に関心はない。だから早々に話を切り上げて執事局の詰め所へ向かいたかったのだが、竹沢は引き下がらない。なおも俺の行く手を阻んできた。


「いやぁ、そう言わずぅ。そこを何とかぁ」


「俺は執事局次長。恒元公の剣として、盾として、翼として、日々を過ごしている。余計なことに煩わされる暇は無い。話なら他の奴にしろ。生憎、あぶく銭で懐柔されるほど俺は軟弱ヤワじゃねぇんだ」


「懐柔だなんてぇ、そんなことは滅相もぉ……」


「だったらその菓子折りの中身は何だ?」


「……失礼いたしましたぁ」


 俺の睨みに怯えた竹沢は、逃げるように去って行った。思わず、ため息がこぼれる――こんな奴と午前中にも出くわしたな。廊下で堂々とアタッシュケースを開いて『俺を推薦してくれよ』と頼んでこないあたり、今の御仁は未だマシな方なのかもしれない。


 直参たちからすれば、総帥のお気に入りの俺は魅力的に映るのだろう。総帥直属の執事局とねもころになれば、きっと恩恵を受けられるのだと思っている。実際のところ、俺は竹沢俊久のような男の顔を覚えてもいないわけだが。


「ったく。疲れるぜ」


 懐をまさぐって煙草の箱を掴み、上下に振って取り出した1本に火をける。そんな気怠い動作にまみれ、俺はオフィスへと戻った。執事局の詰め所。普段からの仕事場にして心安らぐ空間だ。


「ギャハハッ! お疲れ様です!」


 目の周りに紫の痣をつくった部下に「おう」と応じ、俺は部屋の中央のデスクへと向かい、椅子に腰を下ろす――この部屋も変わった。総帥の意向で最新鋭PCに飽き足らず無線機器やら電波兵器やらがひしめくようになったが、何よりの変化は助勤たちの顔つきだ。昼間からサクリファイスを使用するとは呆れたものだ。きっと恒元に与えられたのだろう。総帥は助勤たちを敢えて薬物中毒に至らしめようとしている。理由は他ならぬ、彼らを洗脳するため。


 サクリファイス中毒者の特徴を顔に堂々と浮かべ、残虐行為を嬉々としてはたらくようになった部下たちを見ていると悲壮な気分に苛まれる。されども気に病んではいけない。何せこれは恒元の意思なのだから。


「……」


 暫し、ぼうっとしていた俺だが、部下の声で我に返る。


「ギャハハッ! そういやあ、秋成あきなりが結婚するらしいですよ!」


「……結婚? あいつに彼女がいたのか?」


「見合いなんですって! 今時珍しいっすよねぇ、ギャハハッ!」


「見合いか。確かに珍しいな」


 その男曰く、同じく助勤の井上いのうえ秋成あきなり田山たやま傑婁すぐるの娘を妻に迎えることになったという。幹部同士が姻戚関係を結ぶことで相互に影響力を及ぼそうとする、実に古臭いやり方だ。尤も、彼らの目論見はそれだけではない。田山総長と秋成の父の井上いのうえ孝一こういち組長は両者とも所領が煌王会と隣り合っているため、互いの同盟関係を以て西の備えにしようという腹なのだろう。


「今後を見越した動きだってことは言うまでもあるめぇよ。次なる抗争に備えて準備を進めてますってアピールすりゃ、総帥の評価も高くなる」


「ギャハハッ! なるほどぉ!」


「それと、井上の親分は駒込の深草ふかくさ寿葉じゅよう従弟いとこに持ってる。田山と縁戚になりゃ、奴の経営するタヤマカンパニーから深草ふかくさぐみへシノギを回して貰いやすくなる……」


 以前に聞いた話によれば、駒込の直参『深草ふかくさぐみ』は医療機器の研究開発を主なシノギにしているといい、田山一家のフロント企業たる総合商社『タヤマカンパニー』の良い顧客になり得る。見返りに井上組の武器調達能力を提供してもらうことで、田山も潤いを得ることが出来る。そうして互いに得をする同盟関係を構築し、見据えているのはおそらく深草寿葉の理事昇進だろう。田山のバックアップで豊富な資金力を得た深草組は、恒元へ莫大な上納金を献上することが出来ようから。


「……深草寿葉が理事の椅子に座りゃ、恩ある田山のイエスマンになることは明白だ。そうすりゃ井上親分も含めて理事会に自分の味方が2人も生まれる。理事長補佐になった直後の地盤固めとしちゃあ上出来だな」


「ギャハハッ! なるほどぉ! そういう見方もあるんですねっ! だったら、門谷かどやはら叔父おじの焦げ付いた債権を買い取ってやったのも、自分の味方を増やすためってことになりますね!」


「そう考えりゃ、そうだな」


「あれ? そういや、叔父貴の嫁さんの甥っ子が直参に上がったばっかりだったような?」


「まあ、そういうことだな」


 粛清の嵐の中にいたおかげで思考の隅へ捨て置いていたが、幹部どもは数少ない例外を除き殆どがこの有り様だ。自分の取り巻きを増やすことだけに心血を注ぎ、恒元への忠義などは二の次にしてしまっている。憂いたとて詮なき話であるものの、組織全体の舵取りに参画する総帥側近として嘆かわしく思わずにはいられない現状であった。


「ギャハハッ! 次長と喋ってると楽しいなあ!」


 顔の痣を不気味に際立たせながら、助勤は興奮した調子で部屋を出て行った。ため息を挟んだ俺は暫し仕事に没頭したのだが、目の前のことに意識を集中させている間にも幾人かの直参が代わる代わる現れる。


「あっ、麻木次長ぉ。ちょっとお話があるんですがぁ」


「おい、麻木。ちょっと良いかあ」


「麻木の旦那ァ! ちぃとご相談に乗ってくださいや!」


 こんな具合だから、デスクワークが進むべくもない。無論のこと俺としては仏頂面で突っぱねるだけだが、中には面白い土産を持ってくる親分もいた。


「ほらよ」


「何だこりゃ? ダイヤモンドか? 要らねぇよ」


「こいつァ、俺からの気持ちってやつだ。受け取ってくれ」


「要らねぇって言ってんだ」


 ジュラルミンケースの中にぎっしりと詰まった宝石たち。執事局次長の立場に無ければ文句なしで受け取っていたであろうが、欲得と誇りを引き換えるほど俺は愚かではない。


「まあ、そう言わずによぉ」


 このような手合いは対応を長引かせれば面倒だ。俺は得物を抜いた。


「うぐっ!?」


「聞き分けのわりぃ男のアゴは銃弾に貫かれるもんだ。さっさと消えなきゃトリガーを引くぜ」


「す、すんませんしたーッ!」


 震えながら逃げて行った直参組長の背中を睨み、俺は舌打ちを鳴らしながらグロック17を懐へ戻す。きっとまた顔を見せることだろう。まったくもって面倒臭い限りだ。


「けっ。笑えるぜ」


 苛立ち任せに吐き捨てた瞬間を境に再び机仕事に励むと、何の幸運か。今度は比較的静かにパソコンと向かい合うことが出来た。報告書の確認やら何やらに励むうちに時計の針は夕刻を指し、やがて俺は椅子から立ち上がってコートを羽織った。


「……ったく。宮殿の中でさえ鬱陶しいってのに。外へ出たところで気分転換にもならんだろうな」


 そう吐き捨てるも、助勤たちは反応しない。皆、専用の吸引具を使ったサクリファイスの摂取に耽溺している。細長いパイプを口に咥え、全員が恍惚の表情だ。


「ギャハハッ! ギャハハッ!」


 よもや恒元から1日の摂取ノルマを指示されているのだろうか。こんな調子でも、いざ恒元から声がかかると精悍な面持ちで陣形を組むのが彼らである。その光景を思い出し、苦笑する俺は部屋を後にした。


 それから俺は主君の執務室へと足を運んだが、扉の前を守る助勤たちに止められた。


「しーっ。総帥、まだお休み中なんですよ」


「ならば言伝ことづてを頼む。『内山うちやま製菓せいかの忘年会に行ってまいります』とな」


「はい。お伝えいたします」


 18時前。本格的な夜を前にして街の賑わいが増す時間帯。俺は渋谷3丁目のビルの前に立っていた。内山製菓と云えば、日本有数の製菓業大手である。この日、その内山製菓が本社ビルにて毎年恒例の忘年会を行うとのことだった。


 会場である宴会場に案内された俺は、主催者の挨拶を受ける。


「ようこそおいでくださいましたなあ。麻木の親分」


「親分などとは身に余る呼び方でございます。私は組織の幹部というだけで、自分の組を持ってはおりませんから」


「まあまあ、細かいところは気になさらず。今日は楽しんでくださいね」


 俺にグラスを手渡すと、内山製菓代表取締役社長CEOの内山うちやま英三えいぞうは上機嫌に微笑む。未だ宴は始まっていないというのに、だいぶ酒が入っているようだ。


「では、ほどほどに頂戴いたします。何せ私はピンチヒッターでございますので」


 ぶっきらぼうに応じた俺に、内山社長はたずねた。


「酒井の親分のお加減は如何でございますか?」


「明後日には退院できると窺っております」


「そうですかぁ……いやあ、酒井の親分には私が家業を継いだ時から、ずっと面倒を見て頂いてましたので」


「左様でございましたか。後ほどお伝えいたします」


「是非ともお願いいたします。お見舞いに伺おうにも入院先を教えてくださらないもので私としても頭を抱えております」


 今回の宴に俺が顔を出した理由は代役だ。渋谷を仕切る『酒井組』の酒井さかい義直よしなお組長が体調を崩して入院中であるため、俺が代わりに呼ばれたというわけだ。確かに俺は酒井組長と同じ中川会理事だが、渋谷に関して特に縁を持ってはいない。ゆえに、代役を派遣するなら酒井組の若頭、あるいは跡目の酒井さかい祐二ゆうじが相応しいはずなのにと首を傾げたのだが――この疑問への答えには思ったよりも早くに辿り着けた。


「ほう、あなたが噂の血まみれの天使ですか。噂には聞いてましたけど、会ってみると迫力が違うなあ」


「流石の貫禄ですね。お若くして幹部の地位に昇られただけのことはある」


「我々は138年続く製菓業を営んでおりましてなあ。もしよろしければ、お見知りおきを」


「私どもといたしましても、出来れば貴方様のような若きエリートとお近づきになりたいんですよ。どうせマフィアと関係を持つならね」


 宴が始まるなり、会社の重役陣がグラスを手に次々と話しかけてきたのである。この企業を経営する内山うちやま石見いわみのかみは、戦前には子爵位を世襲していた。ゆえに旧華族のネットワークを駆使して、色々と情報を得ていたのだろう。


 中川会には麻木涼平という最強の暗殺者がおり、なおかつ総帥のお気に入りであるということを。


「いえいえ。勿体なきお言葉にございます」


 いずれも軽くあしらい、名刺は受け取らずにやり過ごした。宴会が終わるまでの時間が非常に長く感じられたものだった。


「……」


 終わったのは21時。群がる連中を振り切るように会場を出た俺は、原田はらだ亮助りょうすけが運転する車の後部座席へ飛び乗って帰路に着く。


「二次会、行かなくて良いんですかァ?」


「あんなのに付き合ってたら時間がいくつあっても足りねぇ。それに、酒井の親父さんの代わりで顔を出した人間がデカい顔をするのも良くねぇだろ」


「ははっ。流石は兄貴でさぁ」


「第一、あの連中とは付き合いづれぇ。役員は全員が『内山』だから呼びにくくて仕方ねぇぜ」


「同族経営ゆえのデメリットってやつですね」


 車を赤坂へ向けて走らせる原田は、俺の感想に笑って応じてくれた。相変わらず目の周りには紫の痣が浮かび上がっているものの、喋り方はしっかりしている。サクリファイスの常習者は大抵の場合、瞳孔の拡大、手の震え、躁状態、暴力衝動などの症状が現れるため、原田のように正常な会話が成り立つ者は稀である。尤も、それは裏を返せば――彼が俺との会話という目的のために摂取を我慢しているということである。


 本音を云えば一刻も早く宮殿に戻って、あの橙色の粉末を吸いたいところだろうに。何だか申し訳ない心地に陥ってくる。


「しっかし、板についてきましたねぇ」


「何が」


「兄貴の敬語っすよ。あんな口調で総帥以外の御方と話すことなんて今まで無かったのに」


「まあ、さっきのは例外中の例外だな。和泉先生を含めた」


「敬語を使って話す相手と、そうでない相手。どういう基準で分けてるんですか?」


「ざっくりと云やあ『相手の家柄が旧華族か否か』だな。前者は恒元公のご友人にあたるわけだから、普段通りの口調じゃいけねぇと思ってよ」


「なるほど……ためになります……」


 俺はチンピラだ。如何に洗練された振る舞いをしたところで醜い本性を隠せはしないが、それでも己を偽らなければならない時がある。今夜の場合は旧華族の連中に合わせてお高く澄ました喋り方をしていたが、本来の俺はもっと下品に喋る。それこそが俺という人間で、自分を取り繕う行為は不毛だとすら思うこともあるが、それはそれとして。


「敬語は使った方が良い時もあるからな。これから先、総帥と一緒に政治家のパーティーに出る機会も増えるだろうしよ」


「そっすね」


「世を仕切ってる連中は大体の場合が華族の出だ。そうすりゃ否が応でも敬語を使うことになる。だからって直参どもの前でもそうしろってことじゃねぇが、まあ、社会に揉まれてると必然的にそうなるって話だ」


「うーん……俺みたいなチンピラには難しいですぜ……」


「安心しな。相応の場で相応の振る舞いをしてりゃ自然と身につく」


「ですかね……」


 原田は理解しきれぬ様子のようだが、意味があるか無いかは別として、口調なり服装なりで己を飾る行為を俺は楽しいと思う。今宵の宴も、旧華族が相手ならシルク生地のスーツを羽織り、胸元にはジャボを締めても良かったくらいだ。俺が纏う衣は普段通りの防弾スーツだが、そうして常に気を張って過ごさねばならないことは稼業の男の宿命であろう。車窓に映る己の何時いつになく間抜けな顔に、少しばかりの苦笑が漏れた。


 そんな中。


「兄貴」


 声のトーンを変えて、原田が新たな話題を振ってきた。


「祐二の……いえ、酒井の叔父貴の体の具合についてなんですけど」


 酒井義直は先々月末から入退院を繰り返しており、理事会にも顔を出さないことが度々あった。彼が恒元に『胃に穴が開いたから暫く休ませて頂きます』と申し出たのが、ちょうど飛騨の成り上がり者が理事の職を解かれた日だったから、何となく印象に残っている。


「ああ、確か胃潰瘍だっけか。年も75歳なわけだし、心配だよな」


 そんな俺に原田は物憂げな言葉を返してきた。例によって、俯いたような声色で。


「……マジで胃潰瘍なんすかね」


「えっ?」


「あれくらいの爺さんになると体の自然治癒力が衰えるのは分かります。でも、だからって流石に時間かかりすぎじゃないですか」


「まあ、大事を取ってるのかもしれねぇぜ」


「だと良いんですけどね」


 酒井義直は息子の祐二と年齢が53歳も離れている。当初嫡子と定めていた長男を抗争で失ったことで、急遽、次男である祐二を妾との間に儲けたと聞いている。祖父と孫ほどに年の離れた親子だが、両者の関係は良好で、月に一度は必ず父と倅のふたりで飲み明かす日があると囁かれている。


 そんな人格者の酒井組長は息子や組の子分たちのみならず、他の直参やその若衆たちからも慕われている。かくいう俺も、あの御仁の懐の深さを尊敬する者の一人。だいぶ療養生活が長引いているようだが、どうかまた元気な姿を見せてほしいと願うばかりだった。


 さて、部下との語らいに花を咲かせているうちに俺は赤坂の宮殿に到着した。原田に「ありがとうな」と声をかけて車を降り、屋内へ入って恒元に謁見する。総帥は宮殿1階のプライベートルームで、晩餐後の酒をたのしんでいるところだった。


「ああ、戻ったか。涼平。すまなんだな。義直の代わりにつかわせて」


「いえ。楽しゅうございました」


 主君が昼寝から目覚めていたことに安堵し、俺は一連の宴の模様を報告する。その言葉の節々に相槌を打ち、恒元は注意深く聞き入っていた。寵姫の友花ともかを膝の上に乗せ、その体を優しく愛撫してやりながら。


「……ふむ。英三えいぞうは義直よりも我輩に近づきたがるか。渋谷の街を仕切っておるのは酒井組であろうに」


「ええ。私が何度申し上げてもお分かり頂けぬようで」


「まあ、この際だ」


 そう鼻を鳴らした後、恒元は言った。


「殺してしまおう」


 不意に放たれた総帥の言葉に、友花の身体がビクッと痙攣する。一方の俺はたずねる。


「よろしいのでございますか?」


「旧華族と云えど、内山石見守家は維新の折に旗本だった。それが江戸に入場した東征軍に美味い茶菓を献上したことで爵位を授かっただけのこと。我が中川下総守家とは格が違う。身の程を知らぬ者は、生かしておけば後々必ず邪魔になる。ひと思いにってくれて構わん。やり方は任せる」


 やり方は任せる――それはつまり、如何なる手段を用いようが翌日の新聞記事には載らないということ。小細工の必要が無いのはありがたい。殺し屋にとっては美味しい話だ。


 俺は即座に頭を下げた。


「承知いたしました」


 そうして部屋を出て行こうとした矢先。友花が震える声で恒元に言った。


「あの……恒元公……」


「どうしたのだね。友花」


「……殺す必要があるんでしょうか」


「ん?」


「殺す必要、無いと思います。あ、あなたが言えば、分かってくださると思います」


 その時だった。


「はあ」


 恒元が嘆息をいた。乾いた表情で。膝の上に乗せた友花を穏やかに睨みつけながら。


 俺でさえも思わず背筋が震えるほどの闘気が、窓辺の椅子に腰かけた帝王の全身から放出される。無論のこと、友花は一瞬で竦み上がった。


「も、申し訳ございませんでした」


 すると恒元が笑顔になる。友花の艶やかな髪を優しく撫でながら、柔和に目を細めて。


「良い良い。構わぬ。気にすることはない。友花の慈悲深さは美徳なのだから」


 そう言って微笑む恒元の顔には一切の感情が浮かんでおらず、そこには何の気配も存在しない。ゆえにこそ友花も、俺でさえも、この帝王が本心で言っているのか冗談で言っているのか判別がつかなかった。ただ確実に分かったことは、もう何も言い返せないということだ。


「お許しくださいませ」


「良いのだ。我輩こそ怖がらせてすまなかったね」


「いいえ、滅相もございません」


 友花は涙をこぼしながら恒元の胸板に顔を埋め、抱擁を乞う。総帥がそれを拒まないのを見て取ると、俺は再度頭を下げて退出した。


「おやすみなさいませ。恒元公」


「うむ。ゆっくり休むように」


「ありがとう存じます」


 扉を閉める。玄関へ向けて歩き出す。そして廊下に誰もいないことを確認すると、俺は大きく深呼吸をして心を落ち着けた。


「ふう……」


 息を吐いて、自嘲の笑みを浮かべる――まだまだだな。俺も。


 その後、俺は原田に運転を任せて渋谷へ戻ると仕事にかかった。予想通りに二次会で泥酔していた内山英三を待ち伏せ、彼が店から出てきたところへ近寄り、愛銃で数発の弾丸を食らわせてやったのである。


 グロック17の銃身が唸り、薬莢が飛び出す。パァン、パァンと破裂音が轟き、標的が血の海の中へ崩れ落ちる。あまりにも呆気ないことだ。


「うぐあぁっ……なっ……何故っ……」


「貴方様は恒元公のお怒りに触れた。それだけのことでございます」


「お、お待ちを……」


「では」


 引き金を引き、俺は内山社長の息の根を止めた。放たれた銃弾が額を貫き、鮮血が噴き出る。何だかんだ言って、この瞬間が俺にとっては最も気持ち良い。


 まあ、何にしてもグロック17は良い銃だ。人を殺すという目的だけに特化し、洗練に洗練を重ねたシンプルな形をしている。武器の美しさとはすなわち、機構の美しさに他ならない。破壊の道具を愛する俺は、やはりこの世界の住人に相応しいのだと思わされた。こんな具合では、チンピラの域を脱することなど到底不可能であると己をわらわざるを得なかった。無論、貴族には似ても似つかない。


 冬の寒風で興奮と共に銃身を冷ましながら車に戻ると、原田が手を叩いて称賛の言葉をくれた。


「ギャハハッ! 敵の最期の言葉を聞くために敢えて急所を外したんですかぁ! 流石は兄貴だぁ!」


「まあな」


 どうやら原田は流血の現場を見ると高揚状態に陥るらしい。この特徴は彼のみならず、サクリファイスを常用している執事局助勤たち全員に当てはまると考えて良さそうだ。こんな精神の具合でも車の運転や死体処理班の要請はきっちりとこなしてのけるから、本当に奇妙である。


「ギャハハッ! ギャハハッ!」


「じゃあな。早く寝ろよ」


 宮殿に着いた後、俺は彼と別れて家路に着く。歩いて20分ほどの距離の我が家だ。時計の針は1時34分。俺にしては早い方だが、妻にとっては違う。


「……ただいま」


 俺の愛しの妻、麻木あさぎ華鈴かりんは既に寝ていた。朝、出かける際に『今夜は夕飯は要らない』と伝えておいたのである。先に眠りについた彼女のため、俺は音を立てずにコートを脱いで着替えを済ませようとする。


 しかし。


「おかえりなさい」


 程なく妻は目を覚ました。パジャマ姿で寝室から姿を現した彼女は、俺の顔を見るなり微笑を浮かべる。俺は頭を掻いて、少し照れながらも彼女に言う。


「悪い。寝てたのに」


「気にしないで。あたし、涼平が帰るまで眠れない体質だから」


「おいおい」


「だって寂しいだもん。一人じゃ寝たくない」


 俺に甘えた声色で告げる妻の瞳には、今にも泣き出しそうな切なさが湛えられていた。普段は天真爛漫な振る舞いで俺を惑わし、時には強気な態度で俺の腕を引くことのある彼女だが、時にこうして弱々しく脆くなることがある。華鈴と結婚して4ヶ月。彼女がこうした素顔を見せるのは珍しいが、やはり俺としても嬉しく思うところだ。かつては彼女も、俺も、互いに弱い姿を見せようとしなかった。それが今や。


「涼平」


 妻が俺の胸に頭を押し当てる。俺は黙って彼女を抱きしめる。


「……無事に帰ってきてくれて良かった」


「大丈夫だ。俺は死なねぇから」


 組織の幹部の妻は多かれ少なかれ不安を抱えて生きている。それは我が妻、華鈴も例外ではない。


「お前は強いなぁ。俺なんかより全然」


「あたしだって弱虫だよぉ。涼平の背中に隠れちゃいたくなるときもあるんだからね」


「そっか」


 俺が「ありがとうな」と呟いて、彼女を強く抱きしめる。華鈴は満面の笑みを浮かべたが、すぐに不安そうな表情になった。俺の手を握って言う。


「涼平」


「ん?」


「明日は何時に帰ってくる?」


「遅くとも0時には戻る」


「そっか……じゃあ、晩ごはんつくって待ってるね」


「ああ、頼む」


 華鈴は笑顔を作ろうとしたが、すぐに不安そうな顔になって俯いた。やはり今宵は俺の不在に耐え難かったらしい。そんな彼女を安心させるため、俺は再び彼女を抱き寄せた。強く抱きしめ、耳元で囁く。


「心配するな。何時いつの夜だって俺はちゃんと戻る」


「うん……ありがとう……」


 彼女は小さく微笑むと、再び俺に身を預けて目を閉じる。それから暫し、俺たちは夫婦の時を過ごしたのであった。


「んじゃ、風呂に入ってくる。華鈴は先に寝てて良いぜ」


「うん……あ、あのさぁ!」


 何かを思い出したように、華鈴は言葉を紡いできた。


「今日、奥様おくさま倶楽部くらぶに行ってきたんだけど。葉室さんの後任の理事が誰になるか、分からないんだって?」


 目を丸くしつつも、俺は「ああ」とコクンと頷いた。


 奥様倶楽部――それは中川会の直参組長の妻たちが毎週水曜日に集まり、お喋りを交わすという集いだ。夫を支えて組を盛り立てる奥様たちの結束力を高めるイベントでもあるとか。俺は直参の親分ではないが、幹部の妻ということで華鈴も例外的に参画しているというわけだ。


「ああ。でも、来週には選出されるんじゃねぇのか」


「うん。それでね」


 華鈴は俺から手を放すと、少し真剣な表情になる。そして話を続けた。


「あの……谷山たにやまさんって知ってる?」


「知ってるも何も。俺が媒酌人として組織に引き入れた男だぜ」


「いや、ほら……その、谷山さんってけっこうな年じゃん。外様だけど、経験も豊富でシノギの稼ぎも良いって聞くし」


「ああ」


「それでね」


 華鈴は勿体ぶるようにして言葉を区切る。そして再び俺を見据えると、意を決したかのような声色で切り出した。


「あたし、思うんだよ。谷山さんを理事に推薦しても良いんじゃないかって」


 華鈴が谷山の名前を持ち出した理由は何となく分かるものの、俺は敢えて尋ねる。


「ほう? 何でだ?」


 すると、華鈴は顔を赤らめてモジモジし始めた。どうやら気恥ずかしさを感じているらしい。俺の腕の中で縮こまりながらも、それでも自分の意見を言おうとする彼女の姿は愛おしい。やはりこの妻は美しい。愛おしい。そして可愛らしい。思わず口角が上がってしまう。


「だって……」


 華鈴は続ける。


「……谷山さんも、谷山さんが親分としてまとめてる組の人たちも、みんな涼平のおかげで今があるんだよ?」


「うん」


「涼平はそんなつもりで谷山さんたちに手を差し伸べたわけじゃないかもだけどさ、でも、きっとあたしだけじゃなくて、皆が涼平に感謝してる」


「俺は当然のことをしたまでだ。あの男にも、他の連中にも、恩がある」


「うん。だからさ、期待して良いんじゃないかなって。皆、涼平に報いるべきなんじゃないかなって」


「そいつはつまり、谷山を理事にして、理事会での俺の味方を増やすってことか」


 華鈴はゆっくりと頷く。


「うん……その方が、意見も通りやすくなると思うし。あたしたちの夢も、叶いやすくなると思うんだよね。その方が、きっと」


 意外な申し出だ。よもや華鈴がそんなことを提案するとは。その件については俺としても考えないでもなかった。


 極道の世界において媒酌人は親分と同等の意味を持つ存在。媒酌人が言ったことには絶対服従せねばならず、稼業を続ける限りは親分と並び媒酌人の顔を立て続けなければならないとされる。その常識で考えれば、今の理事会に谷山が入ったら、それすなわち理事会に俺のイエスマンが一人加わることになる。


 さすれば今後の組織におけるパワーバランスも変わるだろう。しかし。


「そいつはちょっと出来ねぇな」


 華鈴は残念そうに目を伏せる。彼女の気持ちはよく分かる。俺だって出来ることならば理事会において安定した発言力を手に入れたい。


 だが、安易な権力獲得工作は恒元の不興を買うかもしれない。その危険性がある以上は迂闊な真似は出来なかった。華鈴が肩を落とすのを見て、俺は少し申し訳なく思った。しかし、彼女には俺の考えを理解してもらわねばならない。俺は華鈴の頭を撫でてやり、微笑みを浮かべた。


「確かに俺の立場は今より良くなるだろうよ。お前の言う通り。でもな。やっぱり谷山を理事にすることはできねぇ。あいつは中川会の生え抜きじゃない。当然、他の連中は反発するだろうし、何より恒元公が何と思われるか」


「それは……確かに」


「谷山が入ることで、理事会に俺の仲間ができるっていうのは嬉しいぜ。でもよ、同時に、俺が野心を持っていると思われる可能性もゼロじゃねぇからな」


 華鈴は一瞬黙った。それから不満げに眉根を寄せる。


「涼平……あたし、そんなつもりで言ったんじゃないよ?」


「分かってる。でも、こういうのは慎重にならなきゃならねぇからな。万が一にも恒元公に睨まれちゃたまったもんじゃねぇ」


 華鈴は暫く俺を見つめていたが、やがて納得したのか静かにため息を吐いた。その表情からは寂しさと、ほんの少しの安堵が読み取れる。俺はそんな彼女を慰めるように優しく抱き寄せた。


「すまねぇな。華鈴」


「……分かった。涼平がそう考えるなら、仕方ないよ」


「あ、ああ」


「でも、選択肢の一つとして考えておいてね。偉くなるためには、手段なんか選んでいられないと思うから」


 華鈴が俺の仕事に口を出してくるとは珍しい。だが、愛する人が俺の出世を真剣に考えてくれていることが実に嬉しく感じられた夜だった。


 翌朝。


 目覚めると、隣に華鈴の姿は無い。先に起き出して家事を進めてくれているらしい。前の晩のことも相まって少し申し訳なさに駆られながらダイニングルームへ向かう。


 そこでは朝の情報番組でニュースが伝えられていた。


『内山製菓は今日未明、代表取締役社長CEOを務めていた内山英三氏が死去したことを明らかにしました。68歳でした。昨晩に都内の飲食店で酒を飲みすぎて意識を失い、病院に搬送されたものの、意識不明のまま死亡が確認されたということです。搬送先の病院関係者によりますと、死因は急性アルコール中毒による心不全とのこと。内山英三氏は内山製菓の創業家出身で、1980年に代表に就任して以来、辣腕を振るい国内外の市場で同社の地位を確立させてきました。なお、内山製菓は後任の代表について、英三氏の長男で現在専務取締役副社長を務める健一けんいち氏の昇格を発表しています』


 流石だな。これがフィクサーの力か。あの男の手にかかれば、暗殺による落命は総じて心臓麻痺で片付けられる。荒くれ者たちが表通りで白昼堂々と銃撃戦を繰り広げたとしても、ゴシップ誌にて記事が躍ることすら無い。


「これだけの情報統制を可能にさせるとは……一体、何なんだ……たまごってのは……」


 そんな俺の独り言が聞こえたらしく、キッチンで調理中だった華鈴が「あれ、起きてたの」と声をかけてくる。俺は慌てて振り向き、微笑みをつくって妻に応じる。


「ああ、ごきげんよう」


「何よ。その貴族みたいな挨拶は」


 妻が吹き出したので、俺は思わず言い直す。


「おはよう」


 うっかり気を緩めてしまった――この挨拶を使うのは仕事においてのみと決めていたのに。よもやプライベートでも繰り出してしまうとはな。よっぽど落ち着きを欠いていたらしい。


「でも、まあ……良いんじゃないかな」


「えっ?」


「そうやって貴族の真似をするのは。奥様倶楽部でも『皆で誇り高き振る舞いをしていきましょう』って流れになってるし。あたしたち夫婦も、もっとそれっぽく振舞うべきなのかなと思ってたところだから」


「あ、ああ」


 華鈴はフライパンを操りつつ、俺の言動を咎めないどころか肯定してきた。貴族について彼女が如何なる概念を抱いているのかは定かでないが、ひとまず俺は安堵した。


「ほら、早いとこ顔を洗って着替えを済ませてきて。朝ごはん、もうすぐできるから」


 俺はコクンと頷いて「ああ」と返し、洗面所へ向かう。テレビでは内山英三の泥酔事故のニュースが終わり、次のコーナーへ移ろうとしていた。


『続いては、今日の気になるマーケット情報チェックのコーナーです。毎週水曜日のナビゲーターは経済評論家で横浜公立大学客員教授のおうぎ幸樹こうきさんです……』


 テレビから聞こえてくる音声を背に、俺は洗面所で蛇口を捻って冷水を手に受け、両手を水道水に浸し、そのまま顔を洗い、タオルを棚から取って水分を拭う。鏡を見ると、やけに活力に満ちた自分の顔が映った。


 髪型も全く乱れていない。これならばシャワーを浴びずとも良さそうだ。


 蛇口を締めた後、寝室へ戻ってパジャマを脱ぎ、ワイシャツに袖を通す。そうして姿見に視線をやると、先ほどまでの精力あふれる顔つきが一層のこと輝いている。元気になる要素が何処にあるというのだ。昨日はセックスもしていないというのに。解せぬ自分に嫌気が差した。


 まあ、こんな時は妻の美味しい朝食を腹に入れて気分を一新しよう。ちょうど居間では華鈴がダイニングテーブルに朝食を並べ始めていた。香ばしい匂いが立ち込め、腹が鳴りそうになる。


「涼平。食べようよ」


「ああ。白い布みてぇなもんはあるかい?」


「白い布みてぇなもんって……」


「ナプキンだよ。使わなくても食べこぼすことはぇが、そいつを使った方が貴族っぽく見えるだろ」


「……はいはい」


 華鈴は「うふふっ」と笑いながら、戸棚から白い布を取り出して俺に渡した。驚いた。本物のナプキンだ。


「実は昨日、奥様倶楽部で配られたんだよね。あかつきかたさまが『これからは日々の暮らしにも華やかさを取り入れていきましょう』って。笑っちゃうよね。和風の家に住んでる親分さんもいるだろうに」


 暁の方様――ああ、そういえば、今後は総帥の正妻のことを『あかつきかた』と呼ぶように指示する御教書が今月1日に布告されていたっけ。まったく、平安時代ではあるまいし、大体にして恒元は日本文化を蛇蝎の如く嫌っているのではなかったのか。


 華鈴の言う通り、俺も笑ってしまう。されどもアリ……いや、暁の方が長として事実上支配する奥様倶楽部において華鈴は懸命に立ち回ってくれているのであろう。ここで笑い飛ばしては申し訳ない。俺は微笑みながら頷くだけだ。


「確かにな。少し無理があるお達しだよなあ」


 その反応の後で生じたのは沈黙だった。どこか寂しげな顔をしている。言葉を間違ったか。俺としては無難な反応を選んだつもりだったが。


「あっ、いや」


 俺は言葉に詰まる。こんな時、大陸の紛争地帯で嗜んだ心理学の知識が邪魔になる。ほんの少し表情を見ただけで、相手の今の感情が手に取るように分かってしまうからだ。


 ああ、どうすれば良い。どうすれば良いか。


 焦りが心臓の鼓動を早鳴らせる。そんな夫を救ったのは他ならない、妻だった。


 彼女は微笑んで、先ほどよりも明るい声を出す。


「ごめんね、変な空気にしちゃって」


「こっちこそ、変なリアクションをしちまった」


「ううん。あたし、嬉しいんだ。涼平と同じ世界を生きることができて。これからも一緒に頑張ろうね。涼平」


「ああ、そうだな。これからも俺と一緒に生きてくれよ」


「うん、もちろん!」


 華鈴はニコッと笑う。その顔を見ていると、胸に温かいものが込み上げてくる。やはりこの妻は良い。俺には勿体ないくらいの女性だ。


 俺は彼女の頭を撫で、華鈴は目を細める。そうして彼女は俺にナイフとフォークを差し出す。今朝の献立は食パンにオムレツと生野菜サラダに珈琲。至ってシンプルな組み合わせだ。恒元が宮殿で食べている、ブリオッシュだのポーチドエッグだのといった仏国様式が、我が家でも登場しなくて良かったと心から思った。


 如何なる物事も形から入る必要は無い。形が無ければ成し遂げられないこともあるが、最も貴ぶべきは本質だ。


「今日も美味そうだな。んじゃ、食っちまおうか」


「うん。いただきます」


「いただきます」


 夫婦二人で手を合わせ、食事を始める。ナイフでオムレツを切り分け、口に運ぶ。滑らかな舌触りとふわふわした食感が絶品だ。黄身はとろりとしていて味わい深い。胡椒の利き加減も良い。


「ああ! こりゃあ良いぜ!」


 俺が目を細めていると、パンにバターを塗りながら華鈴は言った。


「あのさ、涼平」


「何だ」


「今日、いつもより早めに帰れないかな?」


「特に宴会の予定は入っちゃいねぇが……どうかしたのか」


 訊ね返すにも無粋な言い方をしてしまった己を恥じた。もう少し柔らかい台詞を選べば良かったものを。まったくどうしてぎこちないイントネーションになったのだろう。昨晩、風呂の中でひたすらに『別に華鈴は怒っちゃいない』と己に説いて聞かせたというのに。入浴を終えた俺がベッドへ入る際、隣の華鈴は優しく微笑んでくれたというのに。


「……」


 繋げる言葉を導き出せずにいると、華鈴の口が動く。幸運にも夫の思考を見抜いてはいないようで、彼女は少し頬を染めて、恥ずかしそうに目を伏せて切り出した。


「ほら、今日は12月7日じゃん」


「ああ」


「だから、その、一緒に迎えたいんだよね。日付が変わって8日になった瞬間に、ぎゅっと手を繋いだりなんかしてさ」


「何を?」


 華鈴はチラリと俺の方を見てから、小さな声で呟くように言った。


「涼平の24回目の誕生日を」


 そんな彼女に、俺は思わず笑ってしまう。考えてみれば、そうだったな。昨年は喫茶店のカウンターで祝って貰ったな。安堵と同時に堪えきれぬ喜びがこみ上げてきた。


「分かったよ。なるべく早く帰る」


 華鈴は目を輝かせて俺を見つめると、嬉しそうに笑ってくれた。そんな彼女と一緒に俺も笑う。その笑顔を見ているだけで幸せな気分になってくる。己という男はどれだけ惚れているのかと改めて自覚してしまう。


「それとさ、涼平」


「何だよ」


「食べたいもの、ある?」


「ん……そうだなあ……」


 俺は腕を組みながら考える。華鈴の料理の腕は確かだ。彼女がつくる料理はどれも絶品で、特に好物であるポークパスタは、これまでに食べた如何なる高級レストランの品よりも美味いと思っている。俺の味の好みも把握してくれており、いつだって最高のメニューを用意してくれるのだからがたい限りだ。


「じゃあ、いつものパスタかな」


「何よ、いつも通りって……せっかくの誕生日なんだからさあ、もっとパーッとしたやつをつくらせてよ」


「いや、華鈴のつくるパスタが俺は好きなんだ。誕生日だからこそ、いつものやつを食いてぇんだ。頼むぜ」


 華鈴は苦笑を見せてコクコクと肯首して「分かった。楽しみにしててね」と言う。何だか照れくさい気分になって、俺はパンを頬張り、誤魔化すように珈琲を啜った。


「じゃあ、いってくる」


「いってらっしゃい!」


 玄関まで見送りに来てくれた妻を前に、俺はきびすを返して靴を履き、ドアを開ける。その刹那、華鈴が「あのね、涼平」と俺を呼び止めた。


「ん?」


「今日は帰ってきてから言うけど。とにかく……楽しみにしててね!」


 その言葉に、思わず口元が緩んだ。振り向いて答える。


「ああ。ありがとうな」


 俺は妻に手を振って外に出た。扉を閉める直前、最後にもう一度だけ華鈴の顔を見た。すると、彼女は屈託のない笑みを浮かべて手を振っていた。やはり良い女だ。華鈴が傍に居てくれるのなら、俺は喜んで血まみれの天使になろう。


 青山通りから都道405号線に至る普段の通勤路を歩きながら、俺は昨晩の華鈴の提案をひとまず考え直してみる――せっかくだが短絡的だ。


 三浦半島に所領を持つ『谷山たにやまぐみ』組長の谷山たにやま 大輔だいすけは確かに有能な男だが、幹部になるほどの功績を立てているとは思えない。中川会加入時の媒酌人だった俺には従順であるため、理事の椅子に座らせてイエスマンとして利用する価値は大いにある。されど、その動きが恒元の不興を買ったら何とするか。あの帝王は自分以外の者が権力を得ようと動くことを極端に嫌い、そうした不埒者は悉く排除しようとする。


 大体、合議の場に自分のイエスマンをつくったところで意味は無い。理事会は単に総帥の諮問機関に過ぎず、如何に侃々諤々のディスカッションが交わされようとも最終的な決定権は恒元にあるからだ。味方を増やして得られるのは、せいぜい他の幹部と意見が対立した際に少しばかり有利になれるくらいのものであろう。その程度のメリットを得るために無駄なリスクを負うのは愚の骨頂としか云いようがない。


 やはり、華鈴の言う通りに動くことはできない。そう結論付けて、俺はいつものように歩みを進めた。


 宮殿に到着。守衛に「ごきげんよう」と挨拶をして中へ入る。大階段で2階まで上がろうとするが、そんな俺を待ち伏せる受ける者が居た。


「よう、麻木次長」


 噂をすれば何とやら――斯様な言い回しは、このようなシチュエーションにおいては適切なのだろうか。谷山だ。


「ごきげんよう」


「ごきげんよう。変わった挨拶だな」


「勿体ぶってねぇで本題を言え。俺に何か頼み事があるんじゃねぇのか?」


「ははっ、鋭いなあ。流石は年下の媒酌人様だ」


 皴枯れた声で軽口を叩く谷山に、俺は『幹部に推薦してやる気はぇぞ』と返そうとする。しかし、先んじたのは谷山組長だった。


「あのよぉ……あんた、うちの者から何か言われてねぇか?」


 ここ最近で谷山組の構成員と顔を合わせてはいないし、そもそも谷山とも夏に催された俺の結婚式以来、まるで音沙汰が無かった。彼の云う『うちの者』が谷山組若衆ではなく、彼の妻だった場合にしても、然りである。


「いや、ぇぜ」


「そうかい。だと、良いんだけどよ」


「何かあったのか?」


「……実はよ、ここだけの話なんだが」


 周囲をキョロキョロと見回した後、谷山は小声で切り出した。


「どうにも俺の預かり知らんところで勝手に動いてるみてぇなんだ。理沙りさの奴が。次長、うちのかみさんのことは知ってるよな?」


「そりゃあ勿論。夏の披露宴で、夫婦揃ってスピーチしてくれたからな」


「じゃあ、話は早い。正直、困ってるんだわ。あいつが、理沙が、何かを仕出かしてる気がしてよぉ。あんたにも迷惑がかかるかもしれねぇ」


 谷山たにやま理沙りさといえば、谷山組長と同い年の46歳。谷山が言うには『昔は横須賀で娼婦をやっていて、客だった自分との間に子が出来たから結婚した』ということだったか。そんなエピソードを聞いてはいるものの、夫婦仲自体は険悪ではないというのが俺の印象だった。当人は見た目の印象こそ派手だが、口調は上品かつ丁寧で、夫への谷山に対する接し方も穏やかで温かみのあるものだったと思う。かかあ天下で夫を操縦するタイプには見えなかったが……。


 谷山は肩をすぼめて続けた。


「実はな、かみさんが近頃、妙に俺の尻を叩くようになってな」


「ふっ。SMプレイにお目覚めか」


「話を茶化さんでくれ。こちとら真面目に悩んでるんだ」


「分かっている。尻を叩くようになったってことは、さしずめ『理事になれ』とでも言われたんだろ?」


 吹き出しながら言い当ててやると、谷山は目を大きく見開きながら頷いた。


「よ、よく分かったな……」


 どんぴしゃり。やはりか――きっと谷山夫人は俺に総帥への口利きをして貰おうと企んでいるのだろう。あるいは、俺を利用して何かしらの手柄を夫に立てさせるつもりか。昨日、華鈴が谷山について切り出したのも、奥様倶楽部で顔を合わせた理沙の仕業と考えられる。


「まぁ、あんたもご存知の通り、俺の組は中川会の傘下に収まってからシノギが倍に増えたからな」


「ああ」


「それを理沙が知ってか知らずか……あんたに感謝しきりだからよ。『理事になって恩返ししなさい』とほざきやがるのさ」


「分かるぜ。妻にとって夫の立身出世ほど嬉しいものはぇからな」


 されども生憎ながら推薦してやることは出来ない。そう応えようとした俺だったが、またもや谷山が先に首を横に振った。


「けどよ。俺は分かってんだ。自分てめぇは幹部の器にあらずってことがよぉ」


「ほう?」


「だからよぉ、麻木次長。もし、うちの理沙と出くわして何か言われても、突っぱねて貰いてぇんだわ。『お前の夫は器じゃねぇ』とでも何とでもな。頼みの綱のあんたに断られたら、あいつも諦める他ねぇだろうからよ」


 意外な申し出だ。てっきり本人としては乗り気で、妻の懇願を理由に推薦を頼んでくるものと思っていた。ゆえに、失笑がこぼれた。


「殊勝なこったな。自分から辞退するなんてよ」


「はっ。笑っちまうだろ?」


 谷山は肩を竦めて言った。そして言葉を付け足す。


「正直、恐れ多いんだよ。自分が幹部になって理事会の一員になるなんざ」


「そうなのか?」


「ああ。そりゃあ、幹部になったらシノギも増えるだろうよ。シマも広くなるし、羽振りだって良くなる。だからこそ、怖いんだよ。プレッシャーがな。下手を打ったら取り返しがつかなくなるかもしれねぇし、失敗したら首を刎ねられるかもしれねぇ。そう考えたら、恐ろしくてたまらねぇよ。だから、遠慮しとこうと思ったんだ。それに……」


「それに?」


 谷山は少しの間を置いてから続けた。


「……幹部なんかになっちまったら、兄貴たちと距離が出来ちまう。皆、ガキの頃から三浦で共に切磋琢磨してきた仲間たちだ。俺だけ先に偉くなるのは性に合わん」


 派手な三つ揃いのスーツにポマードというビジネスライク風な見た目の割に、意外と情が深い。そのような部分が今後の彼自身の足を引っ張らないことを祈りつつ、俺は「分かったよ」と彼と別れた。


 葉室が理事の座を追われて1ヶ月少々。空席となった椅子をめぐり、誰もが澄まし顔ではいられなくなっている。傀儡を擁立せんと動く者、自ら名乗りを上げる者、身の丈に合わぬ栄達を拒む者――その中にあって、俺だけが一人、静観のポーズを決め込んでいる。


 恒元はまだ動きを見せない。しかし、それは嵐の前の静けさというものであり、時機を待って大風を吹き荒らすだけのことだ。それまで、俺は牙を研いでおかねばならない。


 次なる粛清のために。西日本平定のために。


 気合いを入れ直し、俺はオフィスへと向かう。入室して「ごきげんよう」と皆に挨拶を放つと、奥にある己の机へと向かう。防寒着を脱いでコートツリーに引っ掛け、座り心地の良いオフィスチェアに腰掛けてノートPCを開いた。


 まずはメールチェックから。相手先によってフォルダを細分化しているため、処理が速くて助かる。助勤たちからの報告書を確認しつつ、いくつかのミッションを処理してゆく。時計は9時30分を指していた。


 今日は出かける用事が特に入っていないため、ゆっくりと過ごせそうだ。総帥から食事に誘われたとて、遅くとも21時には華鈴の待つ家に帰れるだろう――そう考えていた矢先、親しみの湧く声が聞こえてきた。


「次長」


 視線を上げると、そこに居たのは酒井祐二。昨晩も話題が出た、酒井義直の息子である次長助勤。非常に頼れる活躍をしてくれる、俺の腹心だ。


「ごきげんよう」


「ご、ごきげん……よう」


 おっと。ここは以前までと同じく『おはようさん』とでも言えば良かったな。それはともかくとして俺は優しく語りかける。


「親分さんの調子はどうだ?」


「おかげさまで、すっかり良くなりました。本当にありがとうございました」


 酒井は深々と頭を下げて礼を述べる。彼は常に謙虚であり、礼儀正しい人物だ。その性分は彼がサクリファイス中毒者になってからはも殆ど変わらない。まったくもって嬉しい限りである。


「それで、父が次長にお礼をしたいと申しております。昨日の件も含めて、是非とも一度家においで頂きたいとのことです。その暁には僕が案内します」


「そうか。そいつはありがたい。じゃあ、近いうちに伺わせて貰うよ」


 俺が答えると、酒井は嬉しそうに笑った。彼の笑顔を見ているとこちらまで明るい気持ちになってくる。実に好ましい青年だ。目の周りに紫の痣が浮かんでいることを除けば。


「それでは、その時はよろしくお願いしますね」


「ああ。楽しみにしている」


 そうして酒井と会話を交わしていると、部屋に「次長!」と慌ただしく駆け込んでくる者が居た。同じく次長助勤の井上秋成であった。彼は息を切らしながら言った。


「うちの売人がまたられました! 村雨組の若衆です!」


 俺は瞬く間に眉根を寄せる。


「何だと?」


「それで、その、今回は……向こうにも犠牲が出てます……」


「こっちの人間がやり返したってことか?」


「は、はい!」


 そうして意を決したように、秋成は言葉を続けた。


「あちらの幹部が交渉を求めています。政村まさむら平吾へいごという男です」


 懐かしい名前が聞こえた。かつて谷山と同じ組に属していた男である。あの眞行路高虎が命を落とすきっかけとなった水尾組離脱騒動の中心人物だ。


「……分かった。総帥には俺がお伝えする。場所は何処だ?」


「ま、米原まいばらです」


 道理で秋成が言いづらそうに話しているわけだ。滋賀県北は夏の抗争で煌王会から奪い獲った地域で、中川会は長浜ながはま、村雨組は米原まいばらをそれぞれ知行することで合意が成立していた。そのうち長浜の地を与えられたのが、秋成の実家たる井上組だったのである。


 さしずめ井上組系の売人が米原の村雨組系構成員と悶着を起こし、銃撃戦に至ったか――俺は「大丈夫だ」と秋成の肩を叩くと、すぐさま恒元に報告して、村雨組と和平交渉を行うと伝えた。俺が総帥執務室に上がっている間に、酒井が横浜の村雨組へ連絡を飛ばしてくれていた。


 相手方の反応は極めて好意的であり、一刻も早く俺と会談を行いたいという申し出があったとのことだ。ひと安心した俺は横須賀にて両組織の話し合いを行うことを提案した。その旨を酒井から村雨組へ、秋成から井上組へと伝えると、双方から「承知した」との返事が届いた。


 午後。宮殿での仕事を切り上げ、俺は酒井と共に一路横須賀へと向かう。車の走行中、俺は酒井に確認した。


「村雨耀介にしちゃあ随分と話が通じるな」


「はい。何でも、村雨としても俺たちとの喧嘩は本意ではないようで」


「政村んとこの下っ端が勝手にやったことだってか?」


「ええ。仰る通りで」


「なるほどな。まあ、その方がこっちとしても助かる」


 そんな風に話しているうちに目的地に到着した。長井4丁目の広大な空き地だ。車を降りると、そこには既に屈強な男たちが並んでおり、俺を見るなり一斉に闘気を飛ばしてきた。


「……」


 対する、こちらは俺と酒井祐二の2人だけ。時刻は13時34分。待ち合わせの時間より26分も早い。


 尤も、向こうにとっては刻限などは些末らしい。俺の到着を部下から知らされたか、停められた黒塗りセダンの群れのうちの1台から男が降りて俺を睨みつける。


「おい、井上のジジイはどうしたんだよ? 野郎が俺に土下座するっていうから、この慌ただしい時期にわざわざ出向いてやったわけだが?」


 政村平吾。俺への嫌悪感と敵愾心を隠そうともしないのは、相変わらずか。舌打ちを鳴らす酒井を宥め、俺はあくまでも冷静に応じる。


「ごきげんよう。久しぶりだな。政村さん」


「キモい挨拶は良いから、早いとこ井上組のクソどもを連れてこいや。こちとら若い衆を3人も殺されてんだ。そっちの出方次第によっちゃ今すぐ赤坂へ攻め込んでも良いんだぜ」


「落ち着け、政村さん」


「落ち着けだァ? 可愛い子分を殺されて、落ち着いていられる親がどこにいるってんだゴラァ!」


 声を荒げながらも、彼の眼差しは狡猾な光を宿している。俺は頬を緩めながらも気を引き締める――やはりこの男の目論見は中川会からの領土割譲か。心理学を究めた元傭兵の腕の見せ所だ。


「んじゃ、まずは双方の勘違いを正すとしよう」


「勘違いだと?」


「ああ。どうにも認識に相違があるようなんでな。確認させてくれ」


「へぇ、そいつは面白そうじゃねぇか。言ってみろや! ウジ虫野郎!」


 俺は咳払いをすると、ゆっくりと言葉を紡いでゆく。相手の心を掌握するため、慎重に単語を選んで。


「俺の理解が正しけりゃ、この一件に関して非があるのは井上組ではなく、村雨組だ」


「んだとコラ」


 俺は懐中時計に目をやる。13時37分。今回のメインゲストが現れる気配は無い。おかしいな。定刻の25分前に間に合うように合流すると言っていたのに。まあ、それならそうと方向性を変えるだけだ。


「先ほども言っただろう。ここに井上孝一氏が現れない理由は、今回の件において一切の非は無いと認識しているからだ。俺としても井上組のやったことは単なる防衛行動であり、あんたが詫びを入れるべきだと考えている」


 政村は唸るように鼻を鳴らすと、ゆっくりと口を開いた。


「俺に喧嘩を売ろうってのか。上等じゃねぇか」


 そうして指をパチンと鳴らす。直後、組員の群れの中から一際大きな体躯の男が現れた。手には巨大なバトルアックスを持ち、眼光は鋭く、全身から威圧感を放っている。


「……」


 隣の酒井が銃を構える中、俺は言った。


「横須賀の喧嘩自慢を何人連れていようが、事が始まりゃ1分と経たずに勝負が着く。俺の圧勝、三代目水尾組の全滅という形でな」


 その言葉に政村は吹き出す。


「大した自身だな。やってみるか」


 だが、俺は表情を変えずに返す。


「こちらの要求を呑めば死なずに済むぞ。横須賀の海が血で真っ赤に染まることも無い」


「舐め腐りやがって……殺し屋ごときが偉そうな口を叩くなッ!」


「別に俺は構わんのだがな。今、この場であんたを殺しても」


 そこで一旦言葉を止め、俺はニヤリと笑った。


「あんたが調子に乗っていられるのは、大きな後ろ盾があるからだ。村雨組っていう、最強の後ろ盾が。『如何なる敵も自分を殺すことは出来ない』という確証を持っているから、そのように余裕をぶっこいていられる」


 政村の切り返しは早かった。こちらの言葉が鼓膜に飛び込むや、間髪入れずに高笑いを上げる。


「ふはははっ! よく分かってるじゃねぇか! 成り上がりの殺し屋幹部さんよ! 俺に指一本でも触れてみろ! その瞬間に中川会と村雨組の同盟は破綻する! お前んところのボスは、さぞかし困るだろうなぁ! これから西へ再び攻め込もうって時に、背後から強敵に襲われちゃあ堪らんだろうよ!」


 この男は自分の言っていることの恥ずかしさに気付かないのか。ともあれ、俺は腕組みをして、薄ら笑いを浮かべながら返した。


「んじゃ、そのリクエストにお応えするとしようか」


「ああ?」


「あんたを殺すってことだよ!」


 次の刹那、俺は地を蹴って突進に出る。前方に佇む巨漢の組員の頸動脈を手刀で切断し、そのまま勢いを止めずに政村へ肉薄。胸ぐらを掴んで持ち上げると、地面に叩きつけた。


「ぐあっ!?」


 刹那、つい少し前に一撃を食らわせた巨漢の兵士が血飛沫を上げて崩れ落ちる。政村は何が起きたか分からぬ顔をしていた――それもそのはず。全ては音速を超越する鞍馬菊水流の奥義によるものだ。


 仰向けに倒れた政村に拳銃を突き付けながら、俺は言った。


「チェックメイトだ。政村平吾」


「ちょっ! ちょっと待て!」


「組み伏せられた途端に命乞いか。情けねぇ男だ。さっきまでの勢いはどこへ行ったんだよ。水尾の当代が聞いて呆れるぜ」


「お、俺を殺すのか!? 大変なことになるぞ!? うちの組長は必ず仕返しに動くぞ! お前を含め、おびただしい数の人間が死ぬぞ!」


「安心しろ。そうなる前に俺が村雨の首を獲る。あんたを殺した後でな。尤も、この件については既に解決済みだ」


「はあ!?」


 目を剥いた政村に、俺は続ける。抑揚の一切ない、低い声で。


「つい先ほど村雨耀介と話を付けた。『互いに生じたダメージの分の補填をする』という条件でな。殺されたおたくの若衆については、1人につき1億の見舞いを中川会が遺族に出す。んで、こっちはられた売人の分の仕返しをして一件落着だ」


 その直後、政村の瞳の色がみるみるうちに変わってゆく。焦りと恐怖の混じった複雑なものだ。俺はトドメを刺すように言った。


「つまり、あんたの行動は俺たちとの講和を決めた組の方針に逆らうものとなるわけだ。今、この場であんたが俺たちに敵意をぶつけたってことを横浜が知れば、どうなるか……分かるよな?」


 俺の問いかけに、政村は冷や汗を垂らしながら沈黙する。無言の肯定だ。ここで自分が何を言っても無駄だということを悟ったのだろう。実に賢明な判断だ。


「あんたが今すぐに取るべき行動はひとつだ。さっさと兵を引き上げること。井上組の売人の分の報復は、たった今済んだ。他に、何か手間をかけることがあるってのかい?」


 政村は唇を噛み締めつつも小さく首を横に振った。それを見た俺は満足気に微笑むと、彼を解放して立ち上がる。


「よし、じゃあ交渉成立だ。酒井」


「はっ。こちらですね」


 彼は懐から紺色の冊子を取り出すと、よろよろと立ち上がった政村に開いて見せる。


「ここにサインを。政村組長」


 そこへ視線を向けた彼は、再び目を丸くして驚く。酒井は、さらに追い打ちをかけるように言葉を続けた。


「サインをして頂けないなら、戦争あるのみです。中川会と三代目水尾組の、ね」


 政村はゴクリと喉を鳴らした。


「なっ!? 『横須賀市内および米原市内におけるサクリファイス専売権を中川会に与える』だと……こんなクソみてぇな契約を締結しろってのか!?」


「はい。そうです」


「ふざけるな! こんな舐めた話があるか!」


「あなたこそ、麻木次長の実力を舐めておられる。同時に、村雨組から破門される寸前であるご自身のお立場を分かっておられない」


 政村はぎしりをしながら拳を強く握り締める。額に青筋を浮かべながら、彼は口を開いた。


「覚えていろよッ! この借りは必ず返すッ! いずれ必ずお前を嬲り殺しにしてやるぞッ! 麻木涼平ッ!」


 政村は悔しそうに顔を歪めると、酒井からボールペンを奪って協定書に筆を走らせた。これで、長らく中川会に対して牙を剥き続けてきた三代目水尾組を抑えつけたことになる。


「じゃあな。政村さん。次にお会いするときは、あんたが極道からカタギに戻ってるかもしれねぇが……そん時は酒でも酌み交わそうや」


 俺の捨て台詞に対し、彼は何も返す言葉を持たなかった。


 その後、俺と酒井は車に乗って帰路に着く。車中での会話の中で、彼は改めて俺に礼を述べた。


「ありがとうございます、次長。おかげで村雨組との全面衝突は回避出来ました」


「気にするな。村雨耀介が『全ては政村の独断専行によるもの』と言い張ってくれたおかげで、ああいうカードが切れた。村雨から言質を得てくれたお前の手柄だぜ、酒井」


「いえいえ……俺の話術なんか次長には遠く及びません……村雨が『和議は政村個人と結べ』と口に出すまで、胸がドキドキして仕方ありませんでしたよ」


「場数を踏めば自ずと慣れるさ。心理操作術マインド・トリックも、心理分析術マインド・キャプチャーも、経験値がモノを云う。ひたすら実践あるのみだ。お前には素質があるから上達は早いだろうよ」


「ありがとうございます。精進いたします。俺にとって次長は目標ですから」


 そう言うと、彼は照れ臭そうに頬を掻いた。酒井は実に誠実で信頼出来る男だ。彼のような部下がいてくれて本当に幸せだと思う。


「それで、次長」


「何だ?」


「先ほども申しましたが、俺の実家にいらして頂けますか? 父が会いたがっておりまして」


「分かったよ。明日以降で暇な日があれば、行こうじゃねぇか。華鈴かりんと一緒に、な」


「はい! 華鈴かりんねえさんもご一緒なら父も喜びます!」


 斯くして事を治めて宮殿へ戻った俺と酒井だったが、大広間で待っていた井上組長から礼を言われることは無かった。それどころか、井上は俺が成し遂げたシノギの拡大をあたかも自分の手柄のように恒元へ報告した。曰く、自分が敢えて村雨組を挑発することで糸口をつくったと――相手方との交渉の場へ臆して姿を見せなかったくせによく言うぜ。


 無論、恒元は井上の手柄を認めなかった。総帥から「よくやった」と褒められたのは俺の方で、共に謁見の間へ上がった折に手を握られたのも俺だけだった。それを受けて井上は露骨に不機嫌になったが、俺は彼に文句を言うわけでもなく、むしろ同情すら感じた。


 井上組長は必死だ。従弟の深草寿葉を理事の座に就けるために、様々な手を使って上納金を稼ぎ出そうとしている。今回の件も、さしずめ組員をわざと水尾組の陣地へ送り込んで、彼らを刺激したのだろう。そこまでしても、理事会における発言力を増大させたい――そう考える彼の心を俺は理解出来た。


孝一こういち。お前も下がって良いぞ。ご苦労であった」


「ははっ……ありがたきお言葉……」


 井上は頬を引き攣らせながら俺を睨みつけると、わなわなと両肩を震わせながら去って行った。


「まったく。あの男の欲深さは考え物だな。商売上手であるだけに困ったことだ。切るに切れぬ」


 そんな主君の言葉を前に、俺は「はっ」と相槌を打つだけで抑えておく。この場で敢えて『始末なされますか』などと口走る真似はしない。稼業に私情を持ち込む不心得な男だと思われては困る。帝王のお気に入りであり続けるためには、如何なる迂闊さもあってはならないのである。


「それにしても涼平。暮れという時期は何故に斯くも慌ただしいのであろうな。次から次へと宴の誘いが舞い込む」


「ええ、仰る通りにございます」


「我輩と酒を酌み交わしたがる者は多いが、誰一人として酔い潰れる者はおらぬ。皆、自らの手を汚してエデンの果実をかじる覚悟が無いのだ」


 そうため息をいた恒元は、椅子から立ち上がり、雪が降り始めた窓の外を見つめた。彼の端正な顔立ちは、今は憂いに満ちた表情をしている。


「政治家は好かん。他人に全てを委ねようとする。我が身が可愛いのだな」


 そんな独り言をこぼした彼に、俺は尋ねた。


「ならば総帥が自ら御手おてを?」


「無論だとも。涼平よ。酒宴で杯を干さぬ者は男ではないと我輩は思う。特に、稼業に生きる男にとっては当然の振る舞いだ」


 恒元は力強い声音で言い放った。その自信溢れる態度は、いつもながら眩しい。


「美徳が悪徳に勝るべくもないことは誰しもが分かっておるが、悪徳の本質たる欲動は己が内面の醜さによってのみ生み出され得ると気付く者は少ない。世の指導者気取りどもは我らの眼前に広がる世界の美しさをせず、自らの内に存在する醜さを自覚することさえ出来ぬ。何故ならば、その者らは自らが善の徒であると思い込んでおるからだ。ゆえに自らの手を汚そうとしない。我輩が注いだ酒を口に含んだ時点で、既に悪魔と契約を結んだにも等しいというのに」


 そこで一旦言葉を切った恒元は、こちらへと振り返った。


「涼平。お前は美しさの意味が分かるか?」


「ええ、勿論でございます。目の前にあるものを『醜い』と厭わず、敢えて『美しい』と愛すること。それこそが美しさの真髄であると、私は考えております」


「そうだ。支配者が為すべきは美しき世をつくることではない。醜き世を愛することだ……さすればソドムもエデンに様変わりを遂げるであろう」


 何故、この場で俺は恒元の怒りを買わない返答を放てたのか。自分自身にもまったく理解できない。頭で考えずに本能の赴くままに返した結果だった。


 己の中で何かが壊れる音が聞こえた。白かったものが真っ黒に染まってゆく、そんな心地だ。されど不思議と哀しさには包まれない。どちらかと云えば、よろこびにも近い情緒だった。


「……」


 そんな俺を嬉しそうに眺めた恒元は、やがて机の引き出しを開けると1つの黒い箱を手に取って、俺に渡してきた。


「明日は12月8日。お前の誕生日であったな」


「……あっ、ありがたき幸せにございます! 私ごときに勿体なき贈り物を!」


「愛する者には当然のことだ」


「一生涯の宝といたします!」


 そう言って深々と頭を下げた俺に対し、恒元は柔らかに微笑む。そして彼は、まるで我が子に向けるような優しげな眼差しを向けてきた。


「誕生日、おめでとう。涼平。お前は我輩の最高傑作だ。永遠に寵愛してやろう」


 その言葉に、俺は一瞬戸惑うものの、すぐに笑顔をつくると感謝の意を述べた。


「ありがとうございます……」


 恒元は俺に1日の休暇を与えてくれた。曰く「明日くらいは華鈴と共にゆるりと過ごすが良い」とのことで、俺としては嬉しい限りだった。昨年は抗争で慌ただしく動いていたために、とても新鮮な心地だ。


「では、下がって良いぞ」


 恭しく頭を下げた俺は、ゆっくりと執務室を退出した。その際、総帥の机の隣の止まり木に佇むヒイロアホウドリが「クァ!」と鳴いた。


「さて……」


 懐中時計を見ると、針は18時30分を回っている。予定よりも大幅に早く帰れることになった。家で妻を待ち焦がれさせて寄り道をするほど俺は愚かではない。すぐさま3丁目の我が家へ急いだ。 


 道中、恒元に貰った小箱を開けてみる。中から出てきたのは懐中時計だった。蛇の装飾が特徴的な、古き良き時代を感じさせるデザインだ。盤面には赤い薔薇の紋章が彫られてあり、それが時を表すギリシア数字を優美に彩っている。


 俺は腕時計よりも懐中時計が好きだ。傭兵だった頃、共同作戦を展開したエウロツィア軍将校の中に懐中時計を使う男が居て、その粋な姿勢に惹かれたのがきっかけだった。以来、ポケットに入れることのできる懐中時計ばかりを使用している。それだけに今回のプレゼントは有り難く、また嬉しかった。


「恒元公……俺が懐中時計を使ってることを分かっておいでだ……」


 思わず顔が綻ぶ。俺のために、わざわざオーダーメイドした品なのだろうか。それとも、どこかで偶然見つけて気に入ったから買い求めてくれたのか――どちらにせよ嬉しいものであることに違いは無い。俺は懐中時計を胸ポケットに仕舞うと、駆け足で帰路を急いだ。


「ただいま」


 玄関の扉を開けると、そこには華鈴の姿があった。彼女は嬉しそうに微笑むと、俺を抱きしめてきた。


「おかえりなさい、涼平っ!」


 俺は華鈴の豊満な身体を抱きしめ返す。ああ、なんとまあ柔らかくて温かいのであろうか。ずっとこうしていたくなる。


「今日も一日お疲れ様! ねえ、ご飯にする? お風呂にする?」


「そりゃあ、華鈴だ」


 そう答えながら彼女の腰に腕を回して抱擁する。華鈴は「ふふっ」と笑いながら俺の胸に顔を埋めた。彼女の吐息が服越しに伝わってきて、それが妙に艶めかしかった――無論、それからの時間はあっという間だった。


 二人で風呂に漬かり、晩飯を食べ、テレビを観たり、映画を観たりしながら、ゆっくりと日付が変わる頃合いを待つ。そうして迎えた、2006年12月8日。俺の24歳の誕生日である。


「涼平。誕生日おめでとう」


「ありがとな。華鈴」


 俺は華鈴の唇を塞ぎ、寝室のベッドへ押し倒した。彼女は俺を受け入れるように両脚を開き、俺はその中心に身を沈める――斯くして夜がふけていった。心地よい疲労感に包まれながら俺は微睡む。


 そんな俺の横で、華鈴は微笑んでいた。彼女の細い指先が頬に触れ、極上の温もりを感じたまま、ふたりで朝を迎えた。


「……ごきげんよう」


「うふっ、ごきげんよう」


 最近になって覚えた自分たちらしからぬ挨拶を交わし、額を触れ合わせて互いに笑みをこぼす。ベッドの脇のカレンダーが示す暦を改めて確かめる。


 2006年12月8日。


 紛れもない。誕生日である。今日をもって24歳を迎えたわけだ。昨年は慌ただしかったために思わなかったが、歳をひとつ重ねるという感覚は嫌なものではない。


 俺は華鈴の頬を撫でながらたずねた。


「なあ、今日はどんな日になりそうだ? いい女が傍にいてくれると俺はツイてる気がしてくるんだが……」


 すると彼女は、照れくさそうに歯を見せて答えた。


「ふふっ、今日は良いことが起きそうだよ。きっと、これから今まで以上に楽しい日々になると思う」


 華鈴は微笑みながら俺の胸元をトントンと叩いた。俺も釣られて笑い、そのまま彼女を抱き寄せて接吻キスをする。華鈴は俺の腕の中で可愛らしい声を漏らしながら幸せそうに目を閉じていた。


 そんな風に、甘い雰囲気でひと時を過ごした俺たちは、やがてお互いの存在を確かめ合うように肌を合わせて眠りに就いた――それからどれほど経った頃であろうか。いつしか深い眠りについていた俺は豊かな香りによって目覚める。


 隣に華鈴の姿は無い。部屋の外からは何かを焼く匂いが漂ってくる。時計の針は12時。妻は昼食の支度をしてくれているらしい。


 キッチンへ歩みを進め、背後から近寄って手元を覗き込む。調理されていたのは玉ねぎを多めに入れたピラフ。敢えて白髪葱を大量に入れるところが、俺の母親に少し似ていた。


「お昼ごはん、もうすぐ出来るから待っててね」


 夫の存在に気付いた華鈴が微笑みながら口を開く。俺が「楽しみだ」とこたえると、妻は意外なことを言った。


「これさ、お母さんの得意料理なんだよね」


 何という偶然だ――少年の頃の俺を勘当した我が実母もまた、野菜ピラフが大の得意料理だったのである。その旨を伝えると華鈴は喜んだ。


「やったあ。得意料理が合っちゃった。涼平のお母さんはいい人だったんだよね?」


「ああ。そうだよ」


「だったら私、いつかお義母かあさんに会ってみたいなぁ」


 華鈴は両手を胸の前に置いて、目を輝かせながら言った。結婚前の夏の時期に、俺は華鈴の両親やら祖父母やら親戚やらに挨拶をしてまわった。されど、華鈴が俺の親族に結婚の挨拶をすることは無かった。それは何故かと云えば、俺が麻木家の全員と音信不通になっているからである。


 父は幼少期にこの世を去っており、母と妹は何処で暮らしているか分からない。祖父母、あるいは叔父や叔母の存在も不明。振り返ってみれば、俺は幼い頃から親戚付き合いというものをしたことが無い。親父も、お袋も、互いの身内のことを俺には一切語らなかった。


 唯一、親父の祖父、つまり俺の父方の曾祖父にあたる人物が大正時代にヤクザとして暗躍していたことは例外的に聞かされているが、その他はまるで分からない。母方の親戚の情報が皆無だったのは、極道に嫁ぐということで若き日のお袋が一族全員から縁を切られていたからであろうと想像が付くが……。


 今の俺も似たようなものだ。やや俯きながら応じた。


「華鈴が会いてぇなら会ってみるのも良いかもしれねぇが……俺を歓迎してくれるかは分からんな。何せ、不良ワルだった俺の面倒を見きれなくなって勘当した人だからな。親父と同じく組織に入って、すっかり幹部にまでのぼっちまった息子の姿を見たら、きっとため息を吐くことだろうよ」


 冗談まじりに苦笑をこぼす俺だったが、華鈴は首を横に振る。


「そんなことは無いと思うよ。『優しい息子が帰ってきた』って大喜びするに決まってるよ」


「あ、ああ。そうだと、良いんだがな」


「きっとそうだよ。経緯や状況は違えど、小さい頃に母親に見捨てられたあたしが言うんだから間違いないよ」


 思えば、与田夫妻の離婚の原因は幼かった華鈴の教育方針をめぐる意見の対立だったか。しかし、今は四国で暮らす華鈴の母の元を夏に訪れた時は、ネガティブな空気感は一切漂っていなかった。昔話に花が咲き、あっという間に時が流れた。


 そうして華鈴の両親は、娘の結婚式に揃って出席した。純白の婚礼衣装を身に纏った娘を見て、ふたりとも感涙に咽び、心から喜んでいた。


 現時点で音信不通というだけで、俺の母親も息子の現在いまを喜んでくれるのか。亡き夫を超える地位と風格を誇る息子の成長を喜んでくれるのか。それは分からなかった。


「まっ、お袋が俺を嫌ってるなら、今さら無理して関係を繕おうとは思わん。結局のところ、俺には華鈴さえいれば良いんだ。ほかに何もらねぇ。だから、会うか会わないかは華鈴に任せるよ」


「うん! 分かった!」


 そんなこんなでピラフが完成する。野菜ピラフはカレールーに浸されていて、チーズがたっぷりと散りばめられている。俺の好みだ。一口食べると、懐かしさが込み上げてきて涙が出そうになる。


 子供の頃、俺は大の野菜嫌いだった。ピーマンやナスの苦みが受け付けず、食べ残すことも度々《たびたび》あった。そうそう、当時の教育省の方針で給食時における完食指導が徹底されていた小学生時代には『食べ終えるまで片付けさせないからな!』と睨んできた男性教師の顔をカッターナイフで切りつけたこともあったっけ。


 だが、そんな意地っ張りのガキだった俺も、母のつくる野菜ピラフだけは残さず食べた。母も、胡椒を利かせてソーセージと一緒に香ばしく炒めれば、息子が野菜を沢山食べてくれると期待を込めていたようだ。野菜を嫌う俺の偏食は、生きるために必要な栄養素を摂らないと人は死ぬと気づいた傭兵時代に自然と改善されたが……今思えば、子供の頃にあれほど偏食でいた理由が分からない。ピーマンもナスも魅力的であったというのに。


 あれ? そういえば、アフリカの戦場に居た頃、敵軍の兵糧攻めで3ヶ月ほど汚い井戸水にしかありつけなかった時期があったよな? 周囲の同僚たちが飢えやらレジオネラ症やらで次々と命を落とす中、俺だけは何ともなかったような……?


 いやいや、今は回想など些末事だ。妻がつくってくれた料理を噛みしめ、誕生日の幸せに浸らねばなるまい。


 野暮な懐古を打ち消し、俺は妻に笑顔を見せた。


「美味しい!」


 続いて俺は華鈴に「ありがとうな」と感謝を述べた。すると、華鈴は嬉しそうに微笑んだ。


「良かったぁ! 涼平のためにいっぱい練習した甲斐があったよ!」


「そうなのか。すげぇな」


「でも、まだ完璧じゃないから、これからもどんどん腕を磨くね!」


 そうして華鈴の野菜ピラフを食べ終えた俺は、一緒に皿洗いをこなした後でソファに寝転がった。昼のワイドショーを観て、情報を貪る。日本で放映される全ての番組にはフィクサーによる統制が入っているから、裏社会で見聞きできるものに比べたら大して価値は無いというのに。


「へぇ、新恋人……今度の相手は18歳下のグラビアアイドルかぁ……」


 華鈴と一緒にライブへ足を運んだこともある、あのロックスターが3度目の結婚をするらしい。中学時代からフォローしている熱心なファンの一人として、祝福せずにはいられない。


「あの人には今度こそは幸せになってもらいてぇもんだ」


「38歳のオッサンと20歳になったばかりの若い娘だから、世間的には冷めた目で見られるだろうけど。歳の差なんか気にせずに愛を深めてほしいよね」


 俺は「ああ」と頷く――そんな中、華鈴が言った。


「ねぇ、もし良かったらさ。祐二君のご実家に行ってみない?」


「えっ……酒井の親分の家に?」


 我が腹心の部下、酒井祐二の父である酒井義直組長の邸宅。息子の方から『遊びにいらしてください』と誘いを貰っていたが、今日の今日では唐突に思える。困惑する俺に、華鈴はほがらかな顔色で言う。


「実はさ、お歳暮が届いてるんだよ。涼平が寝てる間に開けちゃったけど、すっごく高いローストハムだった。贈答品の返礼ってことなら、今日の今日でも問題ないんじゃないかな」


 なるほど。華鈴の言い分はもっともだ。俺は「確かにそうだな」と笑って賛同した。話によれば酒井組長は本日退院とのことだったから快気祝いという名目でも良いだろう。


「よし。じゃあ今から行こうぜ」


 そうして俺と華鈴は外出着に着替えて、徒歩で家を出た。昼下がりの街を電車を乗り継いで向かうこと30分、辿り着いた先は大きな屋敷だった。表札には『酒井』の文字がある。門番の酒井組若衆は「お歳暮の返礼です」という華鈴の言葉を聞いて恭しく頭を下げたが、申し訳なさそうに言った。


「実は……組長はいらっしゃらんのですよ」


「あれ? お出かけ中でしたか?」


「ここだけの話、お体の具合が優れねぇようで。もしかしたら、また入院することになるかもしれなくて……」


 なんと午前中に病院から戻った酒井義直が正午になって再び体調不良を起こし、病院に蜻蛉がえりしたという。その付き添いで息子の祐二も出かけているらしく、屋敷に残っているのは留守を任された組員たちだけなのだとか。


「ああ、そういうことなら、後日に改めて参りますね。お邪魔しました」


「せっかくお運び頂いたのに、申し訳ございませんでした。わかに後で伝えときます」


 華鈴が丁寧に頭を下げ、俺は続けて一礼をする。門番の酒井組若衆は申し訳なさそうに俺たちを見送ってくれた。


「お騒がせして申し訳ありませんでしたぁ!」


「いえいえ、こちらこそすみません」


 華鈴と組員はそう言葉を交わし、玄関前の石段を降りて、敷地の外に出る――酒井組本部を後にした俺と華鈴は、駅へと続く道を歩いていく。12月の都心はどこもかしこも活気づいていて、クリスマスムード一色だった。


 華鈴は「涼平はさ」と、楽しげに話し始めた。


「今年のお正月は何して過ごすの? まさか年末年始まで仕事したりしないよね?」


「勿論、休みは貰えるだろうぜ。煌王会と本格的にドンパチが始まらねぇ限りはな」


 そう答えながら、俺は休暇モードに入っていた思考を少しだけ回してみる。再び西日本を征服するべく色々と準備に明け暮れているわけだが、再侵攻は年明けくらいになるだろう。出来ることなら、年内は関西方面の荒くれ者を調略する程度に抑えて敵組織との衝突は避けたい。


「まあ、平凡に時を過ごすさ。毎日愛する女と一緒にいるだけでも十分に幸せなんだからな」


 華鈴は顔を赤く染めて「もう、照れちゃうよ……」と上目遣いで言った。そして「……涼平のばかっ」と可愛い憎まれ口を叩いた――酒井組に赴いてから帰路に就くまでの間に、色々と買い物を楽しんだ。スーパーで食材を買い込み、ケーキ屋でホールケーキを購入する。華鈴曰く「お誕生日だもんね!」とのこと。


 そんな感じで買い物袋を抱えて帰宅した俺は、さっそく夕飯の用意をした。


 尤も、簡単なものしかつくれなかったが、華鈴は「すごいよ!」と言って喜んでくれた。ふたりで食卓を囲んで夕飯を済ませた後は、ふたりで一緒に風呂に入る。誕生日の夜に妻と共に湯舟へ浸かるという幸福しあわせ。これが本当にたまらないものだった。


 そして寝室で愛し合った後の21時。ふと華鈴が呟く。


「ねぇ、涼平」


「ん? どうした?」


「今日ってさ、涼平の誕生日なんだよね?」


「ああ。そうだが」


 華鈴は「そうだよね」と言ってニッコリと微笑むと、突然俺の頬にチュッと口づけしてきた。首を傾げていると、彼女は恥ずかしそうに言った。


「今日は涼平の特別な日だからさ、いつもより頑張っちゃおうかなと思って」


 華鈴はそう言って妖艶な微笑みを浮かべた。彼女の豊満な身体は情欲をそそる匂いを漂わせており、獣のたかぶりを刺激してくる。俺はゴクリと唾液を飲み込んだ。


「じゃあ……ちょっとだけお願いしてもいいかい」


 俺の返答こたえに華鈴は無言で小さくコクリと肯首する。了承を得た俺は華鈴の柔らかな唇を奪い、舌を絡ませていく――その後、約3時間に及ぶ素晴らしい時間を過ごした俺たちは、互いに裸のままで抱き合って眠りについた。その日に穏やかな夢を見ることができたことは云うまでもない。


 何もかもが夢のようだった。その時も、それからも。


 つくづく不思議なことだが、安らかな時は瞬く間に流れてゆくものである。その後の日々も比較的ゆるやかに流れていった。この間に発生した珍事を強いて云うなら、恒元が葉室の後任の理事の座を決めないまま大晦日を迎えたことくらい。思惑を胸に抱えた幹部や野心ある直参組長たちは落ち着かないであろうが、俺にとっては些末事だ。


 俺は中川恒元の懐刀。主君が何を考えているかに関係なく、ただ申し付けられたままに人を殺すだけだ。そうすれば、華鈴は喜んでくれるから。ふたりで幸せを味わえるから。


 そんなこんなで年が明けて、暦は2007年1月1日。この年の正月は穏やかだった。


「今日は何して過ごそうか?」


「買い物には行くんだろ? せっかくだからデパートにでも行くか」


 他愛ない会話をしていると、何の悪戯いたずらか年賀状の束が届けられた。無論、殆ど華鈴宛てだ。俺は宛名だけ見てゴミ箱に捨てたが。


「あ、また届いた」


 華鈴が呟く。


「今度は誰から?」


 俺が尋ねると、彼女は言った。


「葉室さん」


「え?」


 俺は思わず華鈴の方を見た。


「おいおい、何だって?」


「あけましておめでとうございますってさ」


「それだけか」


「うん」


 随分と淡白な文章だと拍子抜けしたが、そのくらいが年始の挨拶の相場なのかもしれない。されども普段から頻繁に会っている仲だという。


 聞けば、葉室の妻は奥様倶楽部で料理の手ほどきをしたり、いにしえの時代より続く流派の家元を招いて茶会を催したり、だいぶ盛んに活動しているそうだ。


「葉室さんの奥さんは料理が上手なんだよ。豚の角煮に肉じゃが、それから唐揚げまで何でもつくっちゃう」


「家庭的だな。会ったことがぇから何とも言えんが……あの野郎のかみさんなら、もうちょっと豪奢な婆さんを想像しちまうが」


「ところがどっこい、奥さんは清楚な感じなんだよね。ケバケバしくないっていうか、和装美人のおば様っていうか」


「そいつは驚いた。だいぶ対照的な夫婦だな」


 そんな葉室夫人の催しに通い続けているおかげか、他の幹部の奥方たちとも仲が深まってきたと華鈴は語る。我が愛妻の言葉に目を細めながら、ふと俺は葉室旺二郎の現状について考えをめぐらす。奴は今、幹部ではないヒラの直参。出過ぎた行動が原因で幹部の地位を降ろされたのだ――葉室夫人の魂胆は分かる。奥様倶楽部を利用して支持を固め、夫を理事の座に返り咲かせる狙いがあるのだろう。


 まあ、何にせよ、葉室を幹部に戻すか否かは総帥の手に委ねられている。葉室の妻の努力も、幹部の力が以前に比べて強くはない現在にあっては、然程意味が無い。


「口には出してないけどさあ。葉室さんの奥さんは悩んでる風だったよ。旦那さんの亭主関白ぶりに」


「ああいう手合いは家じゃ王様気取りで威張り散らすもんさ。外で肩身が狭い鬱憤を晴らすためにな」


「ほんっと、あの奥さんには頭が下がるよ……」


「前から言おうと思ってたんだけどよ。ありがとな。華鈴」


「何が?」


「そういう、かみさん同士の付き合いに顔を出してくれて」


「気にしないでよ。あたしが好きで行ってるんだから」


 華鈴のその一言に俺は「そうか」とだけ返した。


「あたしは毎日が楽しいよ。涼平と一緒になれて良かったって、心の底から思えるから」


「俺もだ。華鈴」


 俺は彼女の手を強く握り、言った。


「愛してる」


 すると、彼女は俺の手を握り返した。


「あたしもだよ」


 やがて俺たちは互いに顔を近づけて、キスをした。新年早々ふしだらなものだが、俺たちは新婚だから良しとしよう。


 それから暫し濃密な時間を過ごした後、二人で外へ出た。本日の日付は2007年1月1日――寝正月も良いが、俺の妻は買い物日和の好機を逸さない。丸の内のデパートは初売りへ訪れた客でごった返していた。華鈴が人波を掻き分けて目指すのは、レディースブランドショップである。


「あそこのさ、50パーセントOFFってシールが貼ってあるところ」


「おいおい、せよ。お前は天下の中川会幹部の妻なんだぜ? 安売りなんぞに並ばなくたって……」


「そうかもしれないけど、今までの感覚を忘れたくないから」


 俺は息を呑んだ。年齢に相応でない出世を遂げた者が金銭感覚を麻痺させ、結果として破滅する例は古今東西でよく耳にする。


 妻である華鈴が斯くも気を張ってくれている。そんな中で俺が調子に乗って何とする……年の瀬に銀座や六本木で政財界の要人たちとの遊興に耽り、散財に次ぐ散財を繰り返した己が恥ずかしくなった。


「いや、その、他の幹部どもに見くびられちゃ困ると思ったんだ。総帥のお気に入りったって、俺は所詮成り上がり者でしかねぇから、永田町や兜町の知り合いを増やした方が……」


「しんみりしない! 派手に遊んでこそ稼業の男でしょ!」


「……あ、ああ」


「それに、各界のお偉方と個人的につるむのは、今後これからを見据えた人脈づくりのためなんでしょ?」


「まあな」


「だったら、あたしを信じて。あたしの心は何があっても涼平から離れたりしないから」


「華鈴……」


 俺は彼女を抱き寄せた。思えば親父が生きていた頃、お袋と同じような会話を繰り広げていたような気がする。


 男が男でいられるのは妻による内助の功があってこそ……などという古めかしい価値観でモノを云うほど己は野暮ではないと自負していたが、やはり俺も博徒の端くれらしい。


「ありがとうよ」


「うふふっ、じゃあ今日は大晦日までの分の恩返しを頂いちゃおうかな」


「ああ。任しとけ」


 そして俺たちはレディースブランドショップへと足を運んだ。そこで行われていた初売りセールの品々を買い漁っては俺が荷物を持つ。


 鞍馬菊水流の稽古で鍛えた、超人的な腕力で。


「そんなに持って大丈夫?」


「ああ、平気さ」


 華鈴が買った大量のレディース品が入った紙袋を両手にぶら下げ、俺は平然としていた。「何でもねぇよ」と余裕の表情で笑い飛ばす夫の姿に、新妻の華鈴が改めて惚れ直してくれていたら良いのだが。


 その後、デパートを出た俺たちは買い物客が行き交う街中を散策した。互いに食べたい物を食べ歩き、観たい映画を観たりして、時間は悠々と過ぎてゆく。


「あ、そうだ」


「どうした?」


 ふと路上で華鈴が足を止めた。曰く「ちょっと寄りたいところがある」とのこと。一人で行ってくるから待っていてほしいと彼女は云う。


「お前一人で大丈夫かよ」


「うん。その量の荷物を持って歩かせるのも可哀想だから」


「おいおい、俺は平気だって……」


 そうこうしているうちに華鈴は走って行った。一人残された俺は、荷物を両手に抱えたまま苦笑する。確かに傍から見れば尋常では無い量の袋を提げているかもな――と思っていると。不意に声が聞こえた。


「よーう! 麻木次長!」


 すぐさま声のした方を見やると、近づいてきていたのは意外な顔だった。


「葉室……」


 葉室旺二郎。つい午前中に噂をした本人のご登場である。稼業の親分らしく大勢の部下を引き連れていた。


「あけましておめでとさん。新年早々シマの見回りたぁ、大した心がけじゃのぅ」


「見ての通り、プライベートな買い物だ。あんたこそ、新年早々上京とは殊勝だな。新年の宴まで、まだ日があるってのに」


 中川会では毎年1月5日に宮殿で新年の訪れを祝う宴が催される。幹部を含む全ての直参組長が集い、総帥に新春を慶ぶ挨拶をして酒を酌み交わし、その年の組織の発展に向けた英気を養うのだ。


 昨年秋に理事の位を解かれている葉室は、以前までと異なり、必ずしも頻繁に上京する必要は無い。ましてや5日の宴に向けて元日から前乗りするなど、気が早すぎるのである。


 デパートの紙袋を持ったまま、俺は葉室に尋ねた。


「……用件は何だ?」


「お前さんに会いたくてのぅ。世間話も兼ねて、ちょいとな」


「そうかい」


 どうやら部下を動員して妙なことを企んでいるわけでは無いようだ。俺個人を狙った因縁づくりにしては露骨すぎる気がするし、何より俺が睨みを利かせたことで少し動揺したのか、葉室も後ずさりした。


 だが、程なくして彼は言った。


「お前、最近何かと話題に事欠かんのぅ」


「そうかい。俺は至って平穏な毎日を送ってるがね」


「よう言うのぅ。あない美人なかみさんを娶って新年早々夫婦デートを楽しんどるくせして」


「……」


「お前さんは中川会の要にして総帥の切り札や。組織の今後のためにも、一日も早い嫡男の誕生を恒元公も待ち侘びとるで」


 瞬間、俺は葉室へにじり寄って鋭い眼光を浴びせた。茶化されたことに憤ったわけではなく、奴の言葉が暗喩する卑しき企みを見抜いたのだ。


「……俺たちを見張ってやがったのか」


 すると葉室は笑う。


「おうおう、変な言い方をするなや。『見張ってた』なんて……たまたま東京駅前を通ったら嫁を連れて歩くお前さんと出くわしただけやで?」


「なら、その部下の数は何だ。華鈴に妙な真似をしたら、テメェひとりをるだけじゃ済まねぇぜ」


「落ち着けや」


 葉室は部下に合図を送る。すると部下たちは道を開けて俺たちから距離を置いた。


 そしてボスが言う。


「お前と話がしたいのは本当ホンマや。ちょいと場所を変えるか」


「……連れが買い物中だ」


「そこの公園じゃ。行こか」


 すたすたと歩いて行った葉室は、ベンチに腰掛け、頭上で大きく手招きした。仕方なく俺は奴と少し距離を空けて腰を下ろした。


「で、どんな話だ?」


「そうかしこまるなや。俺とお前の仲やろが、可愛い弟よぉ」


「テメェと兄弟分になった覚えはぇ。この台詞を前にも吐いた気がする」


「せやったかのぅ」


「大体、テメェは理事の位から降ろされた身だぞ。もう俺とは格が違うってことが分からねぇのかよ」


 そう言う俺に対し、葉室はカッカと笑った。


「確かになぁ」


 奴は懐から煙草の箱を取り出す。そのうちの一つをこちらへ差し出すが、俺は固辞した。すると葉室は「お堅いのぅ」と吐き捨てて、煙草を口に咥え、見るからに高級品らしきライターで火を点ける。そうして紫煙を吐き出しつつ、言葉を発する。


「別にお前さんのことを舐めとるわけとちゃうで」


「だったら何なんだよ」


「いやな。確かに理事の任を外されたわけやが、また任じてもらう手立てがあるんや」


「どんな手立てだ?」


 俺が尋ねると葉室はクックッと笑みを漏らす。また煙草を一口吸ってから言った。


「お前さんが知っとるかどうかは分からへんが、美味そうなシノギの匂いを嗅ぎ付けてのぅ。飛騨の山奥でメタンライトっちゅう鉱石が出たんや」


「聞いたこともぇな」


「まあ、そうやろのぅ。何せ人類が未だ使うたことのあらへん天然資源やさかい。せやけど、そいつを砕けば石油とまったく同じ成分の油が精製できる……資源に乏しい日本にとっちゃ産業革命並みの大発見やで」


 俺は葉室を睨んで言った。


「話の真偽はさておき、そいつを総帥に献上した功績で理事に返り咲こうってのがテメェの魂胆か?」


「せや。鉱石こうせき功績こうせきを立てる、なんつってな。このタイミングでお前さんに話した理由は言わずとも分かるやろ」


 無論である。されども俺はこの肥満体の男が善意で一枚噛ませてくれるとは思っていない。


「俺に兄弟盃を呑ませるつもりなら一昨日来やがれ」


「そないなこと言わんと、わしと組もうや。お前さんの腕と葉室組の情報力が合わされば天下を獲ったも同然やで」


「組織内の秩序を預かる執事局次長が薄汚い野心家にくみするとでも?」


 葉室はまた笑う。奴の笑みには余裕が浮かんでおり、それが俺の癪に障った。


「ま、お前さんなら断ると思ったで」


「だったら何で組もうなんて言った?」


「お前さんの出方を見定めよ思うてな。わしの誘いに乗ればよし、断れば……」


「この野郎。俺を試しやがったか」


「せやからキレるなて。ここからが要点ミソや」


「は?」


「お前さんが生真面目な忠義者で安心したわ。今回の話を聞き及ばすに値するっちゅうこっちゃ」


 此度に限らず、葉室旺二郎は何か会話を展開するにあたっては周りくどい言い回しを多用する。この傾向は彼の兄貴分たる本庄利政からも不評であるらしく、彼が注意される姿を俺はたびたび目にしていた。


「さて。これから本題に入るで……お手を拝借、ってな。ほれ」


 そう言って葉室が取り出したのは一枚の写真だった。背広に身を包んだ上品な中年男が映っている。


「フランスのディジョンっちゅう街で撮影されたもんや」


 その人物の姿が視界に入った瞬間から、俺は表情を変えていた。何せ、あまりにも意外な男だったから。


「か、片桐……!?」


 片桐かたぎり禎省さだみ


 俺の運命を狂わせた、8年前の『坊門の乱』の中心的人物。この男が煌王会内で勃発させたクーデターの余波で、俺は村雨組に居られなくなった。無論、その怒りは露にはしない……というか既に怒りは消え失せている。村雨組を抜けて中川会へ移ったおかげで、俺は今の地位を得られたのだから。


 ただ、何故に今になって、この男の写真を見せるのか。俺は葉室に尋ねた。


「こいつは片桐禎省で間違いないのか?」


「せや」


「何で生きてるんだ? そもそも、何でフランスに?」


「ひらたく言えば亡命ってやっちゃ」


 そこで葉室は煙草を一吸いして、煙を吐き出してから続けた。


「お前さんも知っとる通り、この男は8年前の謀叛をしくじった。せやけど煌王の長島六代目が一昨年に、自分の引退を了承する代わりに片桐の助命を橘威吉に呑ませたんや」


「……それでフランスに逃れたのか?」


「せやな。貿易会社をやっとるらしいわ」


「そうか」


 俺は写真の男、片桐禎省を見据えて言った。


「で、その亡命した元煌王会幹部が俺に何の用だ?」


 すると葉室はまた笑う。そして煙草を口に咥えたまま、俺に言った。


「この男は裏社会から足を洗って、古巣の煌王会とも全く連絡を取ってへん。せやけどそいつは表向きのこっちゃ」


「……陰で密かに煌王会内部の不穏分子と通じてるってことか?」


「流石は麻木次長。腕一本で幹部に昇っただけあって勘がええなあ。わしが仕入れた情報によりゃ、片桐はもういっぺん事をしでかすつもりのようや」


 俺は思わず笑った。片桐め。坊門の乱では泣きべそをかきながら命乞いをしていたというのに。まだやる気なのか。


「奴は正気なのか」


「正気のことなのか、覚醒剤シャブでイカれた果ての行動なのかは分からへんけど、ここ最近で浜松の桜琳一家の残党が武器を集め出しとるのは確かやで。おそらくは片桐を担いで今の煌王会に喧嘩を挑むんやろうな」


 片桐禎省は長島勝久を輩出した桜琳一家の三代目。かつては煌王会の幹部人事を独占するほどの勢いを誇った桜琳一家だが、坊門の乱の敗戦で取り潰し。構成員たちは裏社会から足を洗うことを条件に全員が助命され、散り散りになったとのことだった。


「勝てるとは思えん」


 されど葉室は笑った。


たちばな威吉いきちが煌王の七代目を継いで2年が経つが、組織内の地盤は未だ固まってへん。橘や松下まつしたぐみの専制を快く思わん連中は、煌王の中にぎょうさんる。そいつらと上手く結託すれば、勝てん戦でもあらへんと思うけどな……尤も、橘を倒して跡目を奪い返すことに限って言えばや」


 その言葉で俺は奴の真意――今回の要点が何となく掴めた。


 煌王会内部の不穏分子の存在は、奴らを叩く上で大きな追い風になる。ゆえに奴らを巧みに利用して煌王会を壊滅させ、自らが幹部に返り咲くための功績にしようと葉室は考えているのだ。


「なるほどな」


「超人的な武勇と知略を併せ持つお前さんが手を貸してくれりゃあ、片桐は戦う前から勝ったも同然や。わしと一緒に……」


「煌王会の内紛を煽れってか?」


「話が早くて助かるで」


 浅ましい野心はさておき、葉室の読みは的を得ている。昨年夏の戦争は中川会のみならず、煌王会をも経済的に疲弊させた。関東博徒の断固討滅を叫ぶ橘威吉を一致団結して担ぐだけの戦意が、煌王会からは消えつつある。そのことは俺も薄々ながらに勘付いていた。


 また、片桐がフランスに身を寄せているということは、おそらく彼は欧州最大のマフィア『サングラント・ファミール』の庇護下にあると見て間違いないだろう。俺個人は歓迎されないだろうが、別に構わない。


 ここで優先するべきは中川恒元の懐が潤うか否かだ。俺の私情などは端から考慮するべくもないことである。


 ベンチから立ち上がり、俺は葉室に背を向けた。そして言う。


「聞かなかったことにさせてくれ……だが、総帥にはお伝えしておく。『浜松でデカい花火が打ち上がりそうです』とな」


 すると葉室も立ち上がった。


「へへっ! 期待して待っとるで!」


 この男の出世に手を貸してやる義理など無い。だが、恒元のためになることに協力を惜しむ道理もまた、俺には無い。恒元のためになることは、ひいては華鈴のためになる――そう思いながら立ち去ろうとした時。


 突如、10人前後の男たちが俺たちに群がった。


「葉室! ここに居やがったか!」


「テメェは親分の仇だ!」


 この集団の醸し出す闘気は数十分前から感知していた。彼らは旧京谷興業の残党たち。 葉室の浅慮で殺された、京谷きょうや俊樹としき組長の子分たちだ。


「ははっ、誰かと思えば……今さら何しに来たんや。わしに恨みがあるならさっさと飛騨へ攻め込んで来たら良かったものを。ずっと指を咥えて見てるだけやった腑抜けどもに何が出来るっちゅうねん」


 葉室の挑発に、男たちは色めき立った。


「うるせぇ! 腑抜けは今の今まで恒元公の陰に隠れて逃げ回ってたテメェの方だろ!」


 一人が叫ぶや、次々と罵声と共に短刀を抜き、滾らせていた闘気をますます爆発させる男たち。彼らは親分が討たれた後、他の組に吸収される形で散り散りになっていた。組長の京谷は当時17歳。嫡男が存在しないのは勿論のこと、そもそも未だ結婚していない齢だったのである。


「ここでテメェを殺す……必ずだぁぁぁ!」


 彼らの怒声を前に葉室は「ふんっ、やれるもんならやってみぃ」と強がるが、流石に顔には恐れの色が浮かんでいる。彼が今まで京谷興業残党による仇討ちをかわしていたのは、理事解任後も赤坂近辺で暮らしていたからだ。総帥のお膝元なら連中とて手が出しづらいと踏んだのだろう。


 されども旧京谷の組員たちは押し寄せてきた。親分の仇が討てるなら、たとえ組織を追放されても悔いは無いと考えたらしい。おそらく彼らの中には、組の旧領である新潟県の南半分が本家直轄地に編入されたことへの不満も渦巻いているに違いない。


 無論、黙って見過ごす俺ではない。すかさず「まあ、待てや」と言葉を切り出して立ち上がった。


「新年早々いきり立ってんじゃねぇよ、おのぼりさんたち。血気にはやるのは勝手だがよ、ここが丸の内だってことを忘れてねぇかい?」


 すると集団の先頭に立っていた男が「ああん?」と俺を睨む。その目を俺は睨み返した。


「恒元公のご領地で勝手は許さねぇと言ったんだ。この豚野郎をりたきゃ、まずは先に俺を殺るんだな」


 すると集団はざわつき始めた。「おい、あの色男……もしかして麻木涼平じゃねぇか?」と誰かが言った。


 俺は不敵に笑い、そして言う。


「俺が相手になってやる。仇討ちを果たす前に無暗な喧嘩で命を散らすなんざ賢い選択だとは思えんが、あんたらがその気なら仕方ねぇ」


 俺は全身から闘気を発した。すると後方の男が「お、おい!」と止めに入った。


「そういえばこないだ、こいつは玄道会の本拠地を一人で壊滅させたって……俺らの手に負える相手じゃねぇぞ!」


 俺の闘気を浴びて、震え上がったらしい。他の男たちも固唾を呑んだ様子で次々と後ずさった。


「お、俺は降りるぞ! 命あっての物種だ!」


「俺もだ!」


「勝てるわけがねぇ!」


 曲がりなりにも組織からの追放を承知で来たはずの彼らが、言うに事を欠いて『命あっての物種』とは笑わせる。されど、ここで血が流れないのならそれに越したことは無い。


「は、葉室! 覚えてやがれ! いつか必ずテメェの首を獲ってやるからな!」


 すっかり腰を竦ませた男たちは次々と逃げていった。


「ふんっ。口ほどにも無い連中や」


 葉室が吐き捨てた。まるで自分の力で襲撃者を追い払ったとても言いたげに。


「せやからわしは言うたんや。あいつらは腑抜けやってな」


「だったらどうして冷や汗をかいてんだ?」


「わしは若い頃から汗かきなんや」


「へっ、そうかよ」


「この葉室旺二郎を舐めるんやないで! タイミングさえ合えば、わしの方から奴らをりに行っとったとこやさかいのぅ!」


自分テメェのシマをほっぽらかして芝のタワマンで暮らしてる奴がよく言うぜ」


 開いた口が塞がらないとはこのことである。俺が舌打ちを鳴らすと、葉室は誤魔化すように「とにかくや!」と声を張り上げた。


「例の件はくれぐれも頼むで。そいつが上手く運んだ暁にゃ、お前さんにとっても手柄になるはずや」


 何度も念を押した後で葉室は去って行った。


 俺はため息をついたが、昨年の夏以降停滞が続く情勢を打ち破るという意味では魅力的な話。ひとまず総帥に具申してみよう……なんてことを考えていると、公園の入り口付近から「涼平!」と声が聞こえた。


 華鈴だ。彼女は俺の姿を見つけるや、駆け寄ってくる。


「よくここが分かったな」


「さっき、葉室組の人に『うちの組長がお前の旦那とお話し中だ』って言われたから。何があったの?」


「ちょいと相談に乗ってやってたんだ。野郎が幹部に戻るためのな」


 俺は華鈴に事の次第を説明した。己の過去も、横浜での因縁も、全てを含めて余すことなく。


「え……それじゃあ、その片桐って人を利用して煌王会を叩くってこと?」


「そうさ」


「涼平は良いの? その人のせいで村雨組を追い出されちゃったんでしょ」


「稼業の男に私心はぇさ。第一、もう過去は吹っ切れてる」


 俺は華鈴に微笑みかけた。しかし、彼女は納得がいかないようで、むくれている。俺は続けた。


「それに、今となっては中川会に来たことは間違ってなかったと思ってる」


「えっ?」


「あの日、横浜を追われて赤坂へ流れ着いたおかげで華鈴と一緒になれたからな。そうだろ?」


 そう言って俺は華鈴の手を取った。彼女の手は小さく、冷たい。だが、それもまた心地良いと思えた。


「うんっ」


 華鈴の顔にも笑みが戻る。俺たちは互いの指を絡ませて握り合った。華鈴は「もう離さないからね」と笑顔で言った。俺もまた彼女を抱きしめながら「あぁ」と答える。


 この先どれだけの困難が襲ってこようとも、彼女と二人なら乗り切れるだろうという確信だけがあった。


 それから俺は麗しき愛妻との休暇に戻った。恒元は夫人や娘一家と大西洋のサンピエール島へ家族旅行へ出かけているため、普段より羽が伸ばせた。一緒にテレビの駅伝中継を観たり、いた餅を食べたり、正月らしく双六すごろくに興じたり――勿論のこと心が躍る時間が流れた。


 そんなこんなで英気を養い、迎えた組織の宴の日。2007年1月5日。帰国したばかりの恒元に、俺は葉室から聞いたプランを伝えた。


「……というわけでございます。如何いかがなさいますか?」


「うむ、確かに我輩にとっては僥倖ぎょうこうとも云える。だが、片桐に関西をまとめるだけの器が備わっているとは思えぬ」


 過去の記憶が俺の脳裏に浮かぶ。あの坊門の乱において片桐禎省は当時煌王会若頭だった日下部平蔵を排除するクーデターに与しておきながら、いざ坊門清史と不和になるや彼をあっさりと見捨てた。そしてこともあろうに中川会に自分たちの後ろ盾になってくれるよう恥も外聞も無く頼み込んだのだ。


 結果として村雨組の奮戦によりクーデターは鎮圧、坊門は討たれた。されども片桐の行動は中川会が関西へ干渉する理由をつくってしまい、伝説の男の倅を側近に欲した中川恒元の策略もあって、俺は横浜を追われて赤坂へ漂着することになった。最早過去を悔やんでなどいないが、腹に据えかねるものが無いわけではない。


「片桐が器にあらざる男だという点は私も同意見です。断りますか?」


「ふぅむ……では、その気にさせて暫し様子を見るとしよう。金と武器の面倒を見てやれば、すぐに尻尾を振ってくるだろう」


「承知いたしました。さっそく浜松へ赴き、事を進めます」


「いや、お前を行かせずとも我輩に良い考えがある。桜琳の残党はともかく、煌王会では関東博徒への敵意が根強い……少し工夫が要る」


 恒元の意味深な言葉に首を傾げるも、俺は「はっ」とだけ答えた。


「さて、そろそろ始まるな。毎年のごとく演説をせねばならぬとは億劫なことだ」


 そうして始まった新春の宴は前年にも増して豪勢なものであった。我らが総帥恒元は諸侯らを激励して回った後、壇上でマイクを握る。


「諸君!」


 眞行路衰退後の直参たちの中にあって最大勢力だった白水一家が滅ぼされたことで、親分衆の様子も大きく様変わりした。宮殿でふんぞり返る者などは最早一人も居らず、恒元だけが圧倒的な存在感を醸し出している。俺としては「組織改革が成就したのだな」と、改めて思い知らされる瞬間だ。


「新年の訪れを心より慶ばしく思うぞ!」


 すると会場から大きな歓声が上がった。「組織に栄光あれ!」だの「恒元公万歳!」だのと叫ぶ声があちこちから聞こえる。


「昨年は四国を手に入れ、長年に渡り我らを脅かしていた玄道会を討ち滅ぼした! だが、これは始まりに過ぎない!」


 恒元がそう言うと、会場は水を打ったように静まり返る。畏縮する親分衆に向けて、恒元は大音声を発した。


「今年こそは父と兄の宿願であった天下一統を成し遂げる! 皆、この中川恒元についてまいれ! 我輩と共にある限り、富も栄誉も思うがままだッ! この国……いや、世界を皆で支配しようではないか!」


 掌を頭上高くに掲げて放たれた恒元の言葉に、宴会場に居た全員が興奮して「おうッ!」と叫ぶ。


 まったく愉快なものだ。つい昨年は『我輩に逆らう者は何人であろうと全て殺す』などと息巻いていたというのに。粛清の恐怖だけでは人が付いて来ないと、恒元なりに思い至ったというわけか。


 それから俺は幹部の一人として宴を楽しむ。


 楽しもうと思って楽しめる催し事ではないが、それでも酒と料理は美味い。また、隣には愛しい女が佇んでいる――宴会装束を纏った妻に、俺は声をかける。


「胸、きつくねぇか?」


「ちょっと窮屈かも」


いじまってもいいんだぜ?」


「馬鹿。涼平ったら、いつもそればっかり」


 そう言って、華鈴はクスッと笑う。彼女と話すと不思議と心が落ち着いた。俺は華鈴を抱き寄せて「俺は幸せもんだよ」と呟いた。すると彼女もまた嬉しそうに微笑む。


「ふふっ、あたしも」


 ただ、表情こそ悠然としている華鈴だが、タイトな装束で引き締めた体は見た目以上に苦しそうだ。特に胸元は華鈴の豊満な乳房を窮屈そうに抑えつけている。無理もない。宴会の催し事として披露された舞踊やヴァイオリンの演奏を終え、今は宴もたけなわ。されど既に3時間近くが経っている。胸を抑えたまま過ごすのは流石に辛いだろう。


 そこで、俺は華鈴の胸を布地越しに触った。すると華鈴は驚いた様子で、「ちょっと、やめてよ」と小声で言ってくる。


「いいじゃねぇか。麻木華鈴の体に触れられるのは俺だけだと確認したいんだ」


 そう言って揉む俺の手を華鈴は弱々しく振り払う。


「もう……そんなにあたしの裸が気になるわけ? 今日の朝だって……」


「ああ。今、この瞬間にもこらえるのがやっとだ」


 すると華鈴は呆れたようにため息をついた。


「はあ……涼平は本当に馬鹿なんだから」


「そりゃあな。華鈴の前じゃ凡愚な男に戻れる」


「……あたしの体は、涼平のものだよ」


「ああ、分かってる」


 俺たちは互いに目を合わせた。そして、どちらからともなく口づけを交わす。最初は軽く唇を合わせる程度だったが、やがて激しくなってゆく――されども止めておく。ここは宴の場なのである。


「ふふっ、あたしも」


 そんなやり取りをしていると、見慣れた顔が現れた。


「どうも。麻木次長。華鈴さん」


 秀虎だ。妻の由奈と腕を組んでいる。


「ごきげんよう」


 俺が軽く挨拶すると、秀虎は戸惑い気味の笑顔を見せながら「ご、ごきげんよう」と丁寧に頭を下げる。由奈もまた上品に礼をした。


「秀虎君。めっちゃ似合ってるね」


「ありがとうございます。何か、おとぎ話の王子様みたいで個人的には落ち着かないんですけど……」


「でも、現に秀虎君は王子様なわけでしょ?」


「王子様じゃなくて、王様ですよ。眞行路の五代目ですし」


 大学時代の先輩らしく秀虎を軽口で揶揄からかう華鈴。彼女の言葉で、俺もまた目の前の青年と同じく、個人的には落ち着かない装いをしていることを今さらながらに認識させられる。


 恒元が元日に布告した御教で、中川会の催事における出席者の礼服は全て欧州貴族風の洋装に統一された。俺も今は、肩章付きの黒の上着に金の飾緒を付けた詰襟服を纏い、白駝鳥羽ダチョウの毛が付いた帽子を脇に抱えている。傍らの華鈴もまた胸元を強調した黒のドレスに身を包んでいる。彼女の体には少々窮屈な格好に違いないが、華鈴自身はどこか楽しそうだ。それはそうと――俺は秀虎にたずねる。


「お前さんが眞行路を継いだのは、ちょうど去年の今頃だったよな。この1年、どうだった?」


 すると秀虎は「あはは……」と苦笑して、言葉を続ける。


「父の偉大さと兄の苦悩を痛いほどに感じた1年でした。父のように眞行路の家名を高めることも出来ず、兄のようにカネを稼ぐことも出来ず……母や若衆たちの助けが無いと何も出来ない男だと痛感しましたよ」


 そう言って、秀虎は乾いた笑いを漏らした。だが、俺には彼が落ち込んでいるようには見えなかった。


「秀虎君は何も出来ないわけじゃないよ。それに、あたしたちがいるじゃん」


 華鈴がそう言うと、秀虎は少し照れたような笑みを浮かべる。その様子を見て、由奈が笑顔を深める。


「麻木夫人の仰る通りです。私も秀虎様の力になりたいと思っていますので、困ったことがあったら遠慮なく仰って下さい。この由奈、命尽きるその時までお仕えいたします」


「うん。ありがとう、由奈」


 秀虎の顔に笑顔が浮かんだ。やはり、この男は色々な意味で極道らしくはない。それはさておき。


「ところで、麻木次長。折り入ってご相談したいことがあるのです」


「ん? 何だ?」


「ライフ・オブ・ウェイズというという団体をご存じでしょうか」


 頭の中で、おぼろげな記憶が再生される。思い出した。以前に菊川にパンフレットを見せて貰った慈善団体だ。


「ああ、知っている。NPOだったよな」


「そうなんですよ。実は今、そこに出資を考えておりまして……」


 ところが、次の刹那。


「断る」


 あしらうような言葉が飛び出した。他でもない、俺自身の口から。


「えっ?」


 きょとんとする秀虎、由奈、そして華鈴。沈黙が場を包む。楽しげに語らう周囲の人々の声が目立たなくなるほどに空気の温度が下がっているように感じた。


「……」


 どうして、そんな返答をしたのか――半ば反射的だった。けれども、その理由が自分でも分からない。


「どうしてですか?」


 秀虎が訊ねてくる。俺は頭の中で理由を探しながらも、返答を編み出せずにいた。すると、華鈴が口を開く。


「涼平……?」


 俺は咄嗟とっさに笑顔を取り繕う。そして言った。


「反対ってわけじゃない」


 俺は自分の頭の中に芽生えた感情に戸惑っていた。なぜだか分からないが、胸の奥底から嫌悪感のようなものが湧き上がっていることを感じる。


 そんなはずはない。俺は冷たい人間ではない。ましてや、弱者救済のための団体を否定したりしない。心の中でそう唱えながらも、俺はその答えを導き出せないままだ。


「……」


 秀虎はひどく驚いた顔をしている。俺はさらに焦燥しょうそうに駆られた。何とか取り繕おうとするも言葉が出て来ない。秀虎は由奈に助けを乞うような視線を送るが、彼女も困惑気味で何も言えない。


 そんな中。


「ごめん。あたしも反対だわ」


 華鈴が声を発した。


「えっ?」


「秀虎君。申し訳ないけど、涼平は力を貸せない。新しい理事を推薦したいなら、秀虎君だけの力でやりなよ。もう秀虎君は眞行路の五代目なんだし。それくらい自分の力で出来るようにならなきゃ」


「あ、あの、先輩。僕は……」


「いつまでも涼平やあたしをアテにしてたら駄目。何のために子分がいるの? 何のために眞行路一家の総長になったの?」


 俺と秀虎の間に鉄の防壁を築くかのごとく、華鈴は見事に突っぱねてくれた。暫し口をあんぐりと開けて呆然としていた秀虎だったが、やがて我に返ると懸命に言葉を返そうとする。


「いや、そういう意味で言ったんじゃありませんよ。僕は、ただ!」


 しかし。


「秀虎様。その辺にしておきましょう」


 隣の由奈が制止した。さながら駄々をこねる幼子を諭す母の面持ち。あからさまな目をしていた。無論、そんな視線を向けられた側にしてみればたまったものではない。


「お前は黙ってろよ」


 秀虎は由奈を突き飛ばした。慣れない衣装を着ていたせいか、彼女は瞬く間にバランスを崩して転倒してしまう。


「きゃっ!」


 その悲鳴は会場全体に聞こえ、一瞬で場が静かになった。飲んで談笑していた親分衆も一斉に沈黙して、こちらを見ている。


「……」


 俺も、華鈴も、ただ佇むだけ。他の連中と同様に、由奈に手を差し伸べることもない。俺としては己の思考に理解が追いつかなかったことによる困惑で動けなかったが、華鈴はどうだろうか――尤も、その答えが出る前に沈黙は破られた。


如何いかがしたか?」


 恒元が立ち上がり、周囲を見回しながら問うた。その声で全員が我に返る。各々が慌てて動き始めた。転倒した由奈の姿に気付いた恒元は眉を顰める。由奈に駆け寄った直参組長の一人が状況を説明すると、恒元の表情はさらに険しくなる。


「ほう……秀虎……我がいとしの涼平を愚弄したか……」


 恒元は秀虎を睨んだ。


「我輩の忠実なる配下たる眞行路一家の五代目が、斯様な振る舞いとは。嘆かわしいことだな」


 秀虎は静かに俯いたまま、何も言わない。


「返答せい」


 恒元が凄んだが、彼は何も答えない。暫く沈黙が続いた後に秀虎が発した言葉は「申し訳ございませんでした」というあっさりとしたものだった。当然ながら帝王の気は収まらない。


「秀虎よ……貴様っ!」


 殴りかかろうと恒元は間合いを詰める。しかし、その腕を掴んで制止する者が居た。


「Arrêtez, s'il vous plaît.(お止しになって)」


 総帥の夫人である。彼女は夫に穏やかな口調で諫言した。妻に詰め寄られたとあってはフィクサーも拳を引っ込めざるを得ない。


「……此度ばかりは大目に見る。だが、次は無いと思え」


 そう吐き捨てると、恒元は去って行った。


 俺は一体、何故にあのような返答をしたのか。いくら考えても分からない。ただ、秀虎の提案に対して何の感慨も湧かなかったのは確かだ。いや、むしろ忌避感さえあった。秀虎のことを嫌っているわけでもないし、何か恨みがあるわけでもない。何故かと聞かれたら、それこそ「分からない」としか言えないだろう。そして、俺が言葉を紡ぎ出せなかったのは、その理由が不明だったからかもしれない。


 ともあれ、宴は幕を閉じた。何だかんだ言ってひどく酔っ払っていたのか、恒元は左程さほど怒っている様子もなく、むしろ俺には笑顔すら見せていた。彼に続き、親分衆たちもそれぞれの邸宅へと戻ってゆく。


 泥酔した総帥と暫し他愛ないことを話し込んだ後、帰り際の俺に話しかけてくる者がいた。本庄組長だ。


「涼平。ちょいと付き合えや」


 華鈴は先に帰っている。少しの時間なら良いかと思い、俺は彼と共に宮殿の中庭へ出る。日は沈みかけており、辺り一面は夕焼けに覆われていた。降り積もった雪のせいだろうか、普段より温度が低く感じる。


「あれから1年やなあ」


「……そういや、あんたと珈琲コーヒーを飲みに行ったな。去年の今くらいの時期だったか」


「せや」


 わざとらしくコクンと頷いた後、本庄は俺を睨みながら言った。


「おどれ、あの時、わしに何て言いよったか覚えとるか? ほれ、確か『野郎が暴走したらその時は俺が何とかする』とか抜かしよったやろ。ええ?」


「あ、ああ……そうだな。確かに言った……」


 俺は苦笑いを浮かべつつ、視線を逸らす。そんな俺に本庄は詰め寄ってくる。


「今、暴走しとるんとちゃうか? どないしてくれるんや。おどれは」


 だが、その瞬間。


 ――カチッ。


 本庄の動きが止まった。高速で銃を抜いた俺が、奴の首筋に銃口を突き付けたのである。


「それ以上は口を開かん方が良いぜ。本庄さんよ」


「はっ。やっぱりかい」


 本庄は冷や汗ひとつ流すことなく笑みを湛えながら応じた。全く動揺していないことが窺える。そんな彼の態度を見た俺は、銃口を下ろすと肩を竦める。この男は相当な修羅場を潜ってきたに違いない。そうでなければ、ここまで肝が据わりようがない。


「まあ、ええわ。今日は祝いの席やしな。これくらいにしといたろ」


 そう言って歩き出した彼だったが、やがて足を止めると背中越しに声を上げた。


「……ひとつ教えたるわ。権力っちゅうもんは、道具とちゃうで。確かな意思を持った生き物や。そいつは透明な姿をしとって、誰も触れることはできひん。そいつ自身の意思で味方する人間を選ぶんや」


「ほう」


「総帥のご寵愛を得る、今のおどれはそれだけ考えて生きとんのやろ。せやけど、それは大きな間違いや」


「はあ?」


「おどれが総帥の寵愛を受け取る度に、権力っちゅう化け物もお前を愛し、お前の中に棲み付く。権力はお前をむしばんでゆく。いずれおどれの体に毒を回し、身も心も喰らい尽くす。そん時、おどれは誰よりもみじめで、誰よりも孤独や」


 そこで一度言葉を区切った本庄は、再び歩き始めた。


「何も心配することはあらへん。いずれおどれは自分が何をしとるのかも分からなくなる。透明な化け物に心を体を乗っ取られてまうんや。可哀想にのぅ」


 その言葉を最後に、彼は建物の中へと消えていった。俺は銃をホルスターに仕舞い込むと、大きく息をいて空を仰ぐ。


「けっ……」


 つくづく、嫌なジジイだ――そう心の中で悪態をこぼしつつも、俺は自然と笑みを浮かべてしまう自分に気付く。何故だろうか。先ほどからずっと妙な興奮を感じているのだ。


 きっと俺は今、幸福という感情を味わっているのだろう。そんな風に思った俺は、自嘲気味に口角を上げたまま宮殿を後にして、華鈴の待つ赤坂3丁目の家に帰った。


「見事なもんだったな、華鈴」


 夜、俺はベッドの上で妻の髪を優しく撫でながら言った。対する彼女は「もう……子供扱いしないでよね」と少し頬を膨らますが、すぐに笑みを浮かべた。


「涼平に置いて行かれないように、必死でついて行くって決めたの」


「ありがとうな」


 俺は華鈴の唇を奪った。そしてそのまま彼女を押し倒した。


「きゃっ」


「今夜は少し激しくなるかもしれねぇな」


 そう言って俺は再び華鈴の口を塞いだ。そして彼女の衣をはだけさせ、その柔肌に手を這わせる。


「……もうっ、涼平ったら」


 それから暫し濃密な時間を過ごした後、ふと華鈴が天井を仰いで言った。


「でも、あたしも変わっちゃったよね」


「変わったって?」


「色々とね……例えば、前みたいに人助けのために一肌脱ごうって立場じゃなくなったし」


「ま、まあ。そうだな」


 妻の言葉に少し俯いた俺――何となく耳が痛かった。俺と結婚して『麻木あさぎ華鈴かりん』になって以降、彼女は以前よりも一層のこと幹部の妻としての振る舞いを心がけてくれている。しかし、それは同時に彼女が今までに築き上げてきたものを根本から変えることでもあった。


 この家の1階部分の『Café Noble』は宮殿を訪れる中川会構成員たちのたまり場と化し、カタギは殆ど寄り付かなくなった。舅の雅彦氏曰く経営状況はここ数年でいちばん良いらしいが、裏社会の中にあって力なき人々を守ることを生き甲斐にしていた父娘にとっては、不本意なことこの上ないだろう。尤も、当人たちは口にも出さないが。


「でも、それはむしろ良いことだと思うんだ。今のあたしの立場でしか出来ないことだってあるわけだからさ」


「すまねぇな」


「もう、謝らないでってば! 別に嘆いてるわけじゃないんだから!」


「そ、そうか」


「でも……ちょっと寂しいかな。街の人たちが自分から離れて行っちゃうのは」


 陽気な表情とは裏腹に哀し気な声色で呟いた後、少しの間を入れて華鈴は話を始めた。


「あたしの後輩にさ、もうすぐ成人式を控えたがいるんだよね。正義感の強い娘で、あたしとボランティア同好会に入ってたの」


「ほう」


「だから、親しく付き合ってたんだけど……最近は付き合いが減っちゃってさ。あからさまに避けられてるってわけじゃないけど、どうにもあたしのことを怖がってるみたいで」


 きっと紛れも無く俺のせいだ。何かしらの思惑が無い限り、マフィアの幹部の身内と親しくなりたい人間など存在しないのである。無論、華鈴の表情は晴れない。この話の流れから考えるに、その知己の女子大生の悩みを華鈴は解決してやりたいらしい。


「何か揉め事でも?」


 そう尋ねると、華鈴はコクンと頷いた。


「うん……その、変な男に引っかかっちゃったみたいで。毎晩のように夜の街で遊び歩いては湯水のようにお金を使って、その娘に貢がせてて」


「それで?」


「そいつは横須賀の水尾みずおぐみの下っ端らしくてさ。『俺に逆らえば家族ごと相模湾に沈める』って言われて、暴力を振るわれても抵抗できないって話で」


「ほう」


「だから……あたし、何とかしてあげたくて」


 そう呟いた後、華鈴は俺の胸に顔をうずめた。俺は黙って妻の頭を撫でる。


「話してくれてありがとうな」


 それから暫くの時が過ぎた後、目を閉じたまま華鈴は嗚咽を始めた。彼女が何を考えているのかは手に取るように分かった。ゆえに俺も自身の唇を妻に寄せた。その夜は眠りへ落ちるまでの間、ずっと俺たち夫婦は愛を確かめ合った。


 翌朝。


 2007年1月6日。身支度を済ませた俺は、玄関先で心配そうな表情を浮かべる華鈴に見送られながら家を出た。


「ねぇ、無理はしないでね?」


「おうよ」


 そう答えた俺の脳内には単純な図式が浮かんでいた。当人は水尾組の下っ端――つまりは中川会の同盟相手たる村雨組の枝の組員ということになる。


 ならば、話は早い。自らのパイプを活かし、村雨組内に影響力を行使すれば良い。


 さっそく俺は連絡を繋いだ。


『やあ、麻木クン。新年早々どうしたんだい』


「ちょいと頼みがある」


 菊川塔一郎。村雨組の若頭だ。


『嬉しいことを言ってくれるじゃないか。それで、どんな内容だい?』


 水尾組の当該組員を軽く締め上げてくれるよう、俺は菊川に頼んだ。すると菊川の『ははっ』と笑う声がスピーカーから聞こえてきた。


 そして少し間を置いた後、彼は言った。


『別に構わないよ。僕から政村クンに言っておくよ』


「恩に着る」


『ただ、交換条件と言っては何だけどさあ……飲みに行かないか? 麻木クン、年末からぜんぜん飲みに誘ってくれないじゃん』


 言われてみれば、最近は慌ただしさにかまけ、菊川とは飲みに行っていなかった気がする。まあ、暮れの政村の件で文句を言われないだけマシか。あの出来事が村雨組の中で如何なる波を生じさせたかは気になるが、下手に関係をこじれさせてもいけないので話題にするのはしておこう。


「分かった。じゃあ今夜に錦糸町でどうだ」


『勿論』


 そんなこんなで菊川の約束を取り付けた俺は、相応の戦果を期待して一日の仕事を終えた夕刻に錦糸町のバーへと向かう。


「いらっしゃいませ」


「よう、マスター。儲かってるかい」


「見ての通り。当店うちは儲けを出すために営業してるわけじゃありませんので……ただ、この辺にでかいタワーが建つってんで、業者の方がいらしてくださるようにはなりましたかね」


「そうかい」


 カウンター席に目をやると、既に菊川が座っていた。組長と違って時間通りに来た待ち合わせ相手には「遅いぞ」と言わない彼――隣に腰を下ろし、俺はお決まりの酒を注文した。


「バーボンをストレートで頼む」


「かしこまりました」


 そうして俺は視線を横へ移す。先に来てファジーネーブルを飲んでいた菊川は鼻を鳴らしながら言った。


「今さらながら、良い店だよね。ここは。酒も。人も」


 彼は酒をグラスへ注ぐマスターに視線を向けた。どうやら二人は昔からの知り合いらしいと両名の顔つきで分かる。


 菊川は若き日に村雨耀介と共に、川崎の麻木組に面倒を見て貰っていたと以前に話していた。ゆえに麻木組の元組員と思しきこの店のマスターとは顔馴染みであろう。


 些末な推考はさておき、注文の酒がテーブルへ給されるや、俺は口を開いた菊川を横目で見る。


「……例の下っ端は蜂の巣になったよ。政村クンに『恐れ多くも恒元公のシマで女を泣かすアホな奴がいるから締め上げてくれ』と頼んだら、殺しちゃってさあ」


「ふっ、あの野郎らしいぜ」


「まったく困ったものだよ。でも、これで少なくとも華鈴ちゃんの後輩のお嬢さんが嫌な思いをすることは無い」


「助かった。感謝する」


 俺は懐から札束を取り出して、卓上をこするようにして菊川の前にスライドさせた。


「おっと……これは?」


「報酬だ。貰ってくれ」


 すると菊川は「はははっ」と快活に笑った。


「キミ、本当に義理堅いなあ」


「そうでもねぇよ。ただ、あんたに借りを作りたくねぇだけだ」


 菊川との関係は単なる外交上のパイプであるから、下手に恩の売り買いをするのはまずい。力の対等さの均衡が崩れるようなことがあってはならないのだ。


「そうかい。まあ、ありがたく貰っておくよ」


 それから俺たちは他愛の無い会話を交わしながら酒を飲んだ。


「そういえばさ」


 ふと、菊川が言った。


「政村クンが首を傾げてたんだけど……その水尾の下っ端が妙なシノギをやってたらしいんだ」


「妙なシノギ?」


「うん。成人式を控えた若い女に『超高級振袖を貸してやる』と持ちかけ、巧妙な文体で貸与申込書に見せかけた購入契約書にサインさせる……で、いざ振袖が手元に届くや『購入代金を払え!』と迫り、娼館へ売り飛ばすらしい」


「ゲスなもんだな」


「ああ、そのくせ届く振袖は、本物の生糸を使った超高級品ばかりだから世間的には『文書をよく読まなかった女の方に落ち度がある』ってことになる……例の下っ端は、そんなシノギを日本中で展開していたらしい」


「だとすると、さしずめ今回の嬢ちゃんも危なかったってわけか」


 俺の言葉にコクンと頷き、菊川は続ける。


「ああ……おそらくこの件は政村クンも把握の上だっただろうね。下手すりゃ恒元公のシマを荒らし、中川会との外交問題に発展しかねないシノギだ。そんな危ない橋を渡る度胸が、下っ端ごときにあるわけがない」


「道理で当の組員を政村が慌てて殺したわけだ。口封じか」


「差し出がましいことを言うようだけど、あまり深入りしない方が良いよ。村雨組ぼくらは中川会の同盟相手だけど、それはあくまで組織同士の関係であってキミ個人のものじゃないんだからさ」


 菊川の言葉に俺は笑う他なかった。彼の配慮に感謝しながら、俺はさらなる酔いを得るためにグラスを傾ける。


「ところで麻木クン……その体はまだ絢華あやかちゃんを覚えているかい?」


「下世話な言い方しやがって。そりゃ覚えてるさ」


 村雨むらさめ絢華あやか――村雨組長が溺愛する養女にして、俺の初恋の相手だ。忘れるわけがないだろう。何故にこのようなタイミングで彼女の話を持ち出すのかと思ったが、菊川曰く、現在の彼女は大きな飛躍を遂げている模様。


「今、彼女はイギリス政府傘下の情報機関で働いていてね。名前も『アヤカ・ブランシェア』と変えているらしい」


「イギリスの情報機関……MI6か?」


「そっちは外務省の傘下だが、彼女が在籍しているのは国防省傘下の情報機関だ。名称はよく分からないけど」


 驚いた。あの頃は車椅子生活で歩くこともままならなかった彼女が、今やすっかり快復しているどころか女軍人とは。


「ふふ……だったら良い女になってんだろうなぁ」


 菊川は微笑して言う。


「そういうことだ。今の絢華ちゃんは美しいエージェントだよ。表向きは在ベルリン英国大使館付きの武官で七か国語を操る才女だ」


 俺は苦笑を浮かべて菊川の言葉に答える。その情報を把握しているということは、村雨組の情報網は既に大陸にまで広がっているのだろう。あるいは絢華自身が養父の村雨に情報を流しているのかもしれないが――今の彼女が如何ほどに日本の裏社会と通じているにせよ、だ。


「もう俺の出る幕はぇな」


「そうかもしれないね。第一に、もうキミは既婚者だ」


 深々と頷き「だから……」と俺は続けた。


「……もし会えたら伝えておいてくれや。『俺は所帯を持った』と。俺みてぇな殺戮マシンとは関わらねぇ方があいつのためだ」


 すると菊川は笑い転げる。


「あはははははっ!」


 以前と同じ、憎らしいほどの顔で。彼は俺に言った。


「殺戮マシンだなんて……まあ、噂は広まってるからね! キミが海外ギャングの間で『the angelic assassin(天使の如き暗殺者)』とか何とか言われてることは僕の耳にも入ってる! サングラント・ファミールの日本支部をぶっ潰した翌日に九州の玄道会を潰したのが外国人の間じゃ化け物みたく恐れられてるってことさ!」


 そうして数分ほど抱腹絶倒に身を捩らせた後で菊川は言った。


「でも、殺戮マシンのキミがどうしてこんな所まで足を運んだんだい?」


 やれやれだ。彼は完全に俺を揶揄からかって楽しんでいる。無論、虚勢を張って『ただの成り行きだ』と言ってしまうことはできるが……それは少々惨めすぎる気がしたのでやめることにした。


「愛する妻に自慢できる生き様を見せてぇと考えちゃいけねぇのか?」


 菊川はまたも笑った。


「ははっ! 良いだろう!」


 何だか久々に本音を吐露したような気がした。結局のところ、今の俺が妻以外で胸の内を明かせるのはこの男くらいだ。


 思えば、組織には遠慮なしで酒を飲める相手が居ない。ゆえに俺は菊川に『来月もまた飲もうぜ』と誘って別れたのだった。


 以降、1月は慌ただしく時間が流れていった。


 俺は静岡県内の旧桜琳一家領で煌王会を快く思わないチンピラや荒くれ者たちに金と武器を流して懐柔を進めながら、恒元に頼まれたとあるミッションをこなした。


 それはフランスへ赴き、同国に亡命していた片桐禎省に接触し、彼を秘密裏に日本へ帰国させること。俺はシャルル・ド・ゴール国際空港からフランスへ正規で入国した後、カタギの起業家として暮らしていた片桐と接触を果たした。


 どうやら片桐は亡命後も裏社会で己の時代を築かんとする野心は捨てていなかったようで、帰国直後の片桐が即行動を起こす可能性は十分に高かった。


「おお、お前さんが中川恒元の使いか!」


 顔を合わせるなり頬を緩めた片桐に、俺は彼の胸ぐらを掴むことによって応じた。


「頭に風穴を開けられたくなけりゃ金輪際呼び捨てはするな。『公』を付けるか『総帥』とお呼びしろ。分かったか」


「……あ、ああ! 分かったとも!」


 そう言うと、彼は大人しくなった。まあ、彼としてもゆくゆくは煌王会と全面対決するにあたって、自分を支援してくれる恒元の機嫌をなるだけ取っておきたいのだろう。


「これからテメェに再び祖国の地を踏ませてやる。感謝するんだな」


 俺は奴をマルセイユの港から小型艇に乗せてイタリアの港で貨物船に乗り換え、そこから大西洋を横断し中米運河経由で日本へ戻った。数えること8日間の旅路であったが、念には念を入れて煌王会の監視網をすり抜ける道を選んだのだ。


 帰国後、恒元に謁見した片桐は、配慮と支援に感謝すると共に、必ずや煌王会を打ち倒してみせると鼻息を荒くした。


 中川会が世界中の『表』と連携しているように、煌王会の情報網は世界中の『裏』と結託し、奴らの諜報員は世界中あらゆる場所に隈無く潜伏している。監視の網をかいくぐって行動せねばならないのだ。


 片桐に少しの休息をとらせた後、俺は彼と共に黒塗りの車に乗って高速道路へ出て、そこから浜松を目指した。


「浜松市内に隠し拠点を用意してある。そこには昔の子分達も集めてあるから、昔の思い出話にでも耽って大人しくしていろ」


「お、おう」


「狼煙を上げるタイミングはこっちから伝えるから、くれぐれも勝手なことはするなよ」


 隣の片桐を睨みつけた後、酒井の運転する車に揺られながら俺は物思いに耽る。今回、恒元は煌王会で内部分裂を誘発するにあたって、秘策を仕掛けている。それは葉室旺二郎に「中川会からの裏切り者」を演じて煌王会の跳ねっ返りたちと接触させ、連中が一斉に組織を離脱するよう仕向けるというもの。


 そうでもしなければ、中川会を嫌う関西ヤクザたちを手懐けることなど不可能に近いのだから。


 しかし、葉室が必ずしも連中に信頼されるとは限らない。万一、葉室が相手の心を掴めなかった時のために、恒元はプランBを用意していた。


 それが他でもない俺自身である――俺は自ら浜松へ出向き、煌王会の謀叛グループを恒元に恭順させるという任務を帯びていた。


 海外ギャングの間にて『血まみれの天使』の異名で恐れられるようになった俺が行けば、どんな連中でも必ずや心を開くであろうからという恒元の読みだ。


 酒井が運転し、原田が助手席で居眠りをする黒のセダンは、やがて中浜インターから浜松方面へ向かうハイウェイに乗った。


 裏社会に凄まじい激震を誘発するために。

煌王会の分裂工作は成就するか。主のため、ひいては愛する人のために過去の遺恨を忘れた涼平だが……? 次回、衝撃の展開!

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