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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第16章 粛清劇
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青い狂騒の夜

 夏は素晴らしい季節だ。空気も、心も、装いも、ありとあらゆることが開放的になってしが燃える。通りには情緒を躍らせた人の群れが行き交うから、街を歩けば何かに誘われているような心地に至る。


 寸暇さえあれば行楽へ繰り出したい遊び人どもにとっては、さぞかし格別な時季であることだろう。されど俺のような裏社会の男にとってはおおよそ例外だ。にわかに洒落た薄着の女を眺める楽しさよりも、暑さを言い訳にジャケットを羽織れない鬱陶しさの方が勝ってしまう。


 2006年9月6日。


 朝、起き出した俺は嘆息をく。じっとりと肌を汗が伝っている。ベッド脇のラジオをひねって流れた天気予報は、昨日までと変わらぬ苛立ちを俺の中で発現させてくれる――空模様は快晴。最高気温35度。


 笑えるぜ。


 隣で寝ている華鈴かりん接吻キスを施して目覚めさせ、壁掛け時計へ視線を移す。5時50分。未だアラームも鳴っていないが、夫婦の時間をたのしめるなら早起きも面白い。


「ん……おはよ……涼平……」


「おはよう。華鈴」


「……ふぁぁ。今日も暑くなりそうだね。汗かいちゃったよ」


 タオルケットを剥いだ華鈴は、オレンジ色のタンクトップに黒のショートパンツという姿。ブラジャーを着けずに寝たせいか、滲み出た汗が乳首を布地に浮き上がらせてしまっている。胸元から覗かせた谷間も、すっかり濡れている。


 思わず鳴りかけた喉をてのひらで撫で付けながら、俺は冷静な言葉を紡ぐ。


「ああ。もう9月だってのにな。この国の残暑は異常だぜ」


「でも、アフリカの砂漠に比べれば過ごしやすいんじゃないの?」


 比較対象がおかしいだろう、などという無粋なツッコミは要らない。愛する女を前にすれば自然と心が和らぐものだ。


「まあな」


 俺は唯愛の手を取り、共にベッドから出た。向かう先はバスルーム。温かい湯で寝汗を洗い流さねば一日が始まらない。


 シャワーから降り注ぐ水は清流にも劣らぬ爽やかさで、俺の憂鬱な気持ちを消滅させる。


 華鈴の背中に石鹼を垂らして泡立てる。互いの身体に触れることも忘れない。やがて白濁した液の奥に華鈴の美しい裸体があらわになると、俺たちはどちらともなく身体を寄せて口づけを交わした。


「華鈴……」


「ん、涼平……」


 ただ、互いの名を呼び合うだけ。そうして熱いキスと共に愛を確かめ合う。湯気の立ち上るバスルームで一糸纏わぬ妻との抱擁は何者にもがたく、たとえ一瞬でも俺は世界で最も幸せな男として自己陶酔できた。


 浴室を後にすると、俺は寝室で仕事着に身を包む。黒のワイシャツとスラックス。仕事場へ着くまで汗まみれになってもいけないので、ジャケットは羽織らずに鞄に入れる。


 夏は鬱陶しい季節だ。普段ならシャツの上からショルダーホルスターを着けられるが、炎天下の中では不可能だ。暑苦しくて仕方がない。しかし、俺のような立場の人間が武器を持たずに出かけるなど、全身に脂を塗りたくって猛獣の棲家に入るも同然だ。


 ゆえにバッグの中には愛用のグロック17と短刀を忍ばせておく。防弾チョッキはシャツを着た見栄えが悪くなるからまとえない。普段はジャケットに防弾性能が付いているから気を張らずとも良いが、猛暑の今は違う。袖をまくり上げ、むき出しとなった腕に指を這わせ、迂闊に撃たれることは出来ないと改めて実感する。


 何せ、最早俺の体は俺だけのものではないのだから――靴下を履き、身支度を終えて寝室を出る。隣接したダイニングキッチンでは華鈴が朝食をつくっていた。卵焼きに白飯と味噌汁。俺という男は往々にして昼と晩が豪奢であるだけに、斯様な朝の簡素な献立が愛らしい。既にテーブルに並べられていたので、俺は自分の席に着いた。


「お待たせ、涼平」


 華鈴は手際良く箸やら皿やらを運び、俺と向き合う形で腰を下ろした。整えられた亜麻色のストレートヘアが微かに揺れ動いて鼻孔に蠱惑的な香りを漂わせる。


 その艶かしさを堪能するように俺は深呼吸し、眼前の美貌をじっくりと観賞した。薄化粧を施された彼女の容姿は、やはり何度見ても飽きない美しさを保っている。


「いつもありがとうな」


「そんなことより早く食べちゃって。あたしも準備しないと。今日は8時集合だから」


「町内会か。俺の嫁は専業主婦じゃねぇってのに人使いがあれぇもんだ」


「でも、皆から頼られるのは嬉しいことだから」


 この場において『嫌なことがあったらすぐに言えよ』などという軽口は必要あるまい。様々な煩わしさを一瞬で跳ね除けてしまうほどに彼女は強い。それが華鈴だ。


 妻は俺より先に手を合わせて、いただきますと言うのもそこそこに料理を口へ運ぶ。俺もそれに倣って箸を取り、味噌汁をすする。染み渡る旨味に頷いて見せると、華鈴は小さく微笑んだ。


「どう?」


美味うめぇよ。いつものことながら」


「良かった。ご飯の量は足りてる? おかわりもあるからね」


「ああ。十分だ」


 華鈴が立ち上がって茶碗に御飯を盛ってくれる。受け取って一口、二口としゃくしてゆくうちに、俺は満足げにため息を吐いた。


 ああ。これだよ。


 俺の一日の始まりは、常にこうして温かく幕が上がる。


 結婚してから2ヶ月。子供の頃に憧れた、仲睦まじい両親の姿をしっかりとなぞっている自分が誇らしく思える。大人になったらあんな風に……などとは思っていても、実際には思い通りにかぬことばかりだ。


 それがどうだ。


 ありふれていて、なおかつ尊い、他愛なき営みが愛する人と共に出来ているではないか。これほど嬉しいことがあるものか。何気ない日常が幸福だと思える喜び――それを俺は実感していた。


 朝食をり終えた俺たちは一緒に家事をこなし、それぞれに外出の準備を進める。玄関を出ようとする間際にも俺たちは抱擁ほうようを交わす。その日初めて会うわけではなく、ましてや一日の終わりの儀式でもないというのに。


 それでも、俺は華鈴を力強く抱き締めた。華鈴も同様だった。


「今日も頑張ってくる」


「……うん。いってらっしゃい」


 俺はドアを開け、今一度妻に微笑みかけてからゆっくりと閉めた。夫を送り出す声色ににじんだ、愛しい女の哀しみを拭い去るように。


 華鈴が今の俺に複雑な思いを抱いていることは分かっている。『血まみれの天使』の異名で恐れられる、組織最強の殺し屋。そんな危険な男が自分の夫であり、これからも多くの命を奪ってゆくことに、不安を覚えないはずがない。


 されども、華鈴は俺を愛してくれている。愛しているからこそ、俺の身を案じてくれる。だからこそ俺は、彼女の不安を喜びでぬぐってやれるように、彼女を笑顔にするために生きなければならない。


 それが夫としての使命さだめなのだから。


「ああ。幸せにしてやるさ」


 自ずと漏れ出た呟きを風に流し、俺は仕事場へと向かう。赤坂3丁目から元赤坂2丁目。車に乗れば10分ほどの距離だが、ここのところの俺は徒歩で移動している。頭の中を整理し、己を分析することにおいて丁度良い時間だからだ。


 戦場いくさばの前線を駆ける暗殺者であると同時に、中川会の理事でもある。ゆえに俺は幹部として組織全体の向かう先も案じなくてはならない。


 西方の情勢、政界の掌握、横浜との同盟関係――複雑に絡み合った事柄たちが糸を引き、思考をだるくさせる。気付けば俺は赤坂みすじ通りから、国道246号線の緩やかな坂道に出た。所謂『青山通り』だ。


 フォーマルスタイルのサラリーマンやOLに、制服姿の学生たちが雑踏する中、俺はひとりたたずんで周囲を見渡す。


 彼らと同じように何ら変哲もない日常を過ごす人生もあったのだろうと妄想してみるが、馬鹿げたことだとすぐに打ち消す。俺に凡なる日々など無理だ。昔、とりわけ少年期から心の奥底で渦巻いていた欲求が近頃は再び顔を出している。


 人を殺す。


 この行為を嬉々としてはたらく己が存在している。生きるために銃を握り、剣を振るっていたはずが、いつの間にか戦うこと自体をたのしみ始めていた。そしてそれは俺に途方もない気持ち良さをもたらしてしまう。標的の肉を切り裂き、首をね、血を浴びる。その行為に興じている瞬間が楽しくて仕方ないのである。苦しくなるほどに。


 自分自身の今を「おかしいな」と軽くわらいながら、俺は目の前の風景を暫し静かに眺めてみる。朝には似合わぬ炎天下の都会で暮らす人々。誰もが懸命に日々の暮らしを営み、力の限り生きている。そんな彼らを守りたいと思ったからこそ、中川恒元に仕えているのではなかったのか? いやはや、何時いつから俺は忘れてしまったのだ?


 少しばかりの気恥ずかしさに包まれた俺は、宮殿への道を再び歩き出す。不思議なもので、華鈴のことを考えているうちに胸の苦しさを払拭できた。愛する女は男の生き甲斐になるもの。俺にとって華鈴はまさしく太陽だ。彼女の存在が俺の魂を照らしてくれる。彼女と出会ってからの人生は、何もかもが輝いていると云っても良い。


 さらに歩いて交差点を右折すると、そこからは道幅が狭くなる。弾正坂は地上を闊歩する者を圧迫するように影を落としている。その小路こみちを進み、坂を下りきった先に待つのは外堀通り。そこまで至れば、あとは左折してまっすぐに歩き続けるだけ。やがて見えてくる、青瓦あおかわら色の屋根を頂く、壮麗なる白亜の城――中川なかがわかい総帥そうすい。関東裏社会において『宮殿きゅうでん』と呼ばれる我らの要塞だ。


 門扉もんぴくぐれば、淑やかに佇む西洋式の巨大建築が眼に飛び込む。ヴェルサイユの城郭を彷彿とさせるその姿は、見る者に一種の恐怖の念を抱かせてしまうだろう。当然だ。ここは日本の暗部を支配する組織の心臓部なのだから。されど、その事実を知る者は少ない。門の傍に構える守衛所にはアサルトライフルを携えた男たちが常に待機しており、俺を見るや否や深々と礼をする。俺は「おはようさん」と応じ、その脇を抜ける。


 無駄に広い庭を抜けて玄関に足を踏み入れると、真っ先に出くわすのが大階段だ。3階までの吹き抜けとなっており、豪華な天井と彫刻に彩られた空間が訪れた全ての者を華やかに出迎える。その一角に飾られていた、聖女と天使の絵――その凛とした雰囲気に見惚みとれてしまうが、俺は我に返って視線を逸らす。見慣れた場所で油を売っている暇など俺にはない。


 大階段へ足を踏み出し、大理石のステップを歩いて昇る。目的の階は2階だ。最上階である3階には恒元の執務室があり、その隣には幹部たちが集まる会議室、通称『謁見えっけん』がある。恒元は、己の部屋がたいへん気に入っているらしい。確かに、外光を採り入れた部屋の奥には巨大な窓ガラスがめられており、そこからは都心のビルの群れを見渡せる。その眺めは素晴らしいの一言に尽きる。恒元はこの景色と共に毎朝珈琲を飲むのが習慣だとか。羨ましい限りである。


 さて、2階。ひとまずは執事局の詰め所を目指す。20畳の大広間を有するそこは、恒元によって特別にしつらえられた場所だ。オフィスとしては相応しくないほどに豪奢な装飾が散りばめられている。部屋に着いた俺は椅子に座り、机の上の新聞を手に取る。その日の出来事が大きく掲載されている一面記事を読み解いてゆく。スポーツ、芸能、政治……世相の動向を探るのが、ここ最近の習慣になっている。


「また野球かよ。こんなに面白くもねぇ情報、誰が得るんだ」


 野球選手の成績が大きく取り沙汰されているのを見て、思わず悪態を吐く。別段、スポーツに造詣があるわけではないが、どうにもスポーツ面は見ていて退屈だ。興味が湧くのは来月に開催が予定されているドラフト会議くらい。やはり今年は、夏の甲子園を沸かせた打率五割の剛腕野手と、時速172キロという世界最速記録のジャイロボールを繰り出すエース投手が目玉らしい。ただ、後者に関しては現時点ではプロへは行かずに大学へ進学するというのが専らの噂だ。


 どちらも石川県出身で、前者は2006年の夏優勝を成し遂げた私立高校に、後者は2004年の夏から2005年の夏まで4連覇を果たした中高一貫校に、それぞれ在籍している。まあ、頑張ってくれ――そう心の中で呟いて俺は新聞を閉じた。


 程なくして助勤がコーヒーを運んできたので、それに伴い俺もデスクワークを開始する。執事局次長としての仕事は多岐に渡る。総帥の秘書業務から、各地に点在する所領の管理まで様々だ。無論、助勤たちが日夜上げる膨大な報告書に目を通すのも俺の役割である。それらを把握し、的確な処置を下さなければ組織全体の秩序が崩壊してしまうからだ。


「……売り上げが伸びてやがるな」


 思わず声が出た。それはかつて組織内で『例のアレ』というキーワードで呼ばれていた超強力麻薬のこと。現在では『サクリファイス』なる新たな商品名が付けられている。主に吸引などで摂取することで他幸感や幻覚、興奮といった作用が得られるという。依存性の度合いが覚醒剤の比ではないきわめて危険な薬物だが、麻薬に生贄の名を冠するとは何たる皮肉か。


 それはさておいて。俺は既決の報告書を回収しに現れた助勤に尋ねてみた。


「こいつの精製プラントは何時いつごろに完成したんだ?」


「いえ、自然由来なんで工場は必要ありませんぜ」


「自然由来? いや、確か『例のアレ』は有機化合物からつくられてたはずだぜ?」


「ところがどっこい、同じ成分を含んだ鉱物が発見されたんでさぁ」


「ほう? 鉱物だと?」


「ええ。砕いて粉末にするだけでカネになります。おかげで大儲けですよ」


 大儲け――どうやら俺が知らないだけで既に闇市場への流通が始まっていたようだ。何故、恒元は俺を蚊帳の外にしたのであろうか……?


 理由は単純明快。


 華鈴だ。


 彼女が薬物全般を嫌っていることは恒元にとっても既知の事実であり、よって夫である俺がこの案件に触れることは好ましくないと考えたのだろう。仕事に私情は挟まないのが俺の流儀だが、夫婦生活が始まって間もない時期に隠し事をするのは気が引ける。ゆえに恒元の配慮はありがたかった。また、恒元の意向に沿うかどうかは別としても、個人的にサクリファイスに対してはあまり良い感情を抱けなかった。


「そいつはどこで発見されたんだ?」


「エウロツィアでさぁ。イランとの国境地帯にある鉱山から出土したそうですぜ。詳しいことは分かりませんけど。あ、あと……」


 助勤はそこで声を落とした。


「何だ?」


「……その鉱物ですが、実は、総帥がご自分で持ってきたシノギなんですよね。まあ、総帥のことですから、外務省のパイプやら何やらを使って秘密裏に動いておられるんでしょうけど。とにかく、中川会うちとしては金脈に等しい資源ですし、利用しない手はありませんぜ」


 なるほど。つまり、恒元としてはサクリファイスをどんどん売って金儲けしたいというわけだ。


 俺は頷いて了承の意を示した。恒元の思惑がそこにある以上、俺に出来るのは彼の意向を尊重することだ。俺は、麻薬が人間を堕落させることを熟知している。だからこそ、その蔓延を防ぎたいという気持ちが強い。しかし、今回ばかりは致し方ないだろう。


「そういうことなら了解した」


 俺の反応に、助勤は安堵の表情を見せた。


「ありがとうございます。では、失礼いたします」


「ああ。よろしく頼む」


 そうして、俺は仕事に戻る。しかし、その後の作業はなかなかはかどらなかった。どうしても薬物の件が頭に引っ掛かってしまい、集中できなかったのだ。そうこうしているうちに時計の針は11時を示す。理事会の時間だ。


 俺は鞄からジャケットを取り出し、袖を通す。夏用と云えどもボリューム感があり、この時期には冷房の効いた屋内でなければ羽織る気が失せる。しかしながら、これより赴くのは組織内最高位の会合の場。ならば、服装はそれなりに整えておくべきだろう。


 他の理事らに比べれば若輩者の俺だが、その程度で臆することはない。それに、俺は組織最強の暗殺者でもある。この点については誰にも劣っていないはずだ。


 会議室に辿り着いた俺は、挨拶を飛ばしながら扉を開ける。


「ご機嫌よう!」


 30畳ほどの室内に広がるのはまばゆい光景。金色の装飾が壁や天井の至る所に施され、巨大なシャンデリアがぶら下がっている。中央にそびえる大きな机の周りを囲うようにして椅子が配置されている。席数は15。そのうち5席が空いている。


「よう、涼平。ええ背広やないか」


「そいつはどうも」


「あの別嬪べっぴんなかみさんに選んで貰ったんか?」


「総帥に選んで頂いたものだ。あんまり適当なこと抜かしてると首が飛ぶぞ」


 理事の本庄ほんじょう利政としまさが軽口を叩いてきたので適当にあしらい、俺はゆっくりと自分の席に腰を下ろす。下座も下座。入り口に最も近い位置だ。


「しかし、面白いことになりましたな。わずか半年の内に理事席に2つもきが出るとは」


「滅多なジョークをほざくもんじゃねぇぜ。田山」


 独特の甲高い声でわざとらしく呟いた理事の田山たやま傑婁すぐるを嗜めるのは、理事長のたかむら豊斎ほうさい。面長で痩せぎすの田山に対して、篁は恰幅が良い巨漢である。二人とも五十代半ばといった風貌で、その容貌はまるで正反対であった。


「ま、ええやないですか。そのおかえでワシらにとっては出世のチャンスが増えるってもんです」


「テメェもだ、本庄。口を慎め」


 田山の隣の席でふんぞり返る本庄に向け、篁は眉間に皺を寄せながら言い放つ。


「煌王会との抗争が始まるかもしれねぇんだ。少しは気を引き締めんか」


「へいへい。分かりましたよ」


 本庄は不貞腐ふてくされたように返事をした。ぶつけられた苦言を聞き流しながら、煙草に火を点けて吸う。その脇で田山が篁にたずねた。


「ところで、酒井と原田はいつ戻るんです?」


「知らん。それについちゃあ俺より詳しい奴がいるぜ」


 篁の視線が俺に向けられた。つい昨日に堺からの撤退を開始した『酒井組』組長の理事たる酒井義直と、同じく理事で『原田一家』総長の原田和彦のことを云っているのだろう――彼らの帰還のメドが立っていないことは俺も把握している。煌王会とは和平が成立していない。ゆえに彼らの追撃に備えながら退却しなければならない。恒元が政府を掌握しているため、高速道路における安全は保障されている。されども油断は出来ない。何処に如何ほどの敵が潜んでいるか分からぬ状況の危うさは、元傭兵である俺が誰より知っているつもりだ。


「まだ何も連絡はぇよ」


 俺がそう答えると、篁はため息をついた。


「まったく……さっさと戻ってくりゃあ良いものを」


 一方で本庄は鼻の下を伸ばし、脚を組んで紫煙を吹かす。


「ま、ワシらはここで気長に待っとったらええ。後の始末は執事局次長はんがしてくれるさかいな」


 酒井組と原田一家、それに俺の弟分の苦労を何だと思っているのか。舌打ちを鳴らし、俺はこたえた。


「よう、今日は随分と口が達者じゃねぇか。理事長、それから本庄さんよぉ……恐れ多くも彼らは総帥から授かった旗と共に西方へ赴いている。あんまり下手な言い草はおすすめ出来ねぇぞ」


 俺の凄みに対して篁は少し怯んだが、本庄は屁の河童という様子だった。そんな中で田山が再び声を発する。


「それにしても、よく戦っている。酒井の兄貴も、原田の兄弟も。特に酒井の兄貴などはあの老体で」


 田山の指摘を受け、同じくヒラ理事の職にはら吉邦よしくに井上いのうえ孝一こういちは意するように頷いた。


「本当にな。酒井の兄貴は体が万全じゃねぇってのに。常識的に考えりゃ隠居を決め込んでもおかしくはねぇとしだろう」


「もうすぐ喜寿だってよわいじいさんを前線へ向かわさなきゃならんとは……やりきれねぇな」


 語らう理事たちに、一人の青年が相槌を打つ。


「ええ、本当に。そうでございますね」


 彼の名は眞行路しんぎょうじ秀虎ひでとら。21歳の若さで銀座の名門組織『五代目ごだいめ眞行路しんぎょうじ一家いっか』を統べる総長にして、俺と同じく数少ない20代の理事だ。


 皴枯れた声が飛び交っていた中で、不意に聞こえた柔らかな声。場に沈黙が走る。


「……」


 その静寂が皆の心を掻き立てたようで、空気感が変わる様子が肌で分かった。そうして数十秒ほどの間を挟んだ後、田山が口を開いた。


「何を他人事のように抜かす、秀虎」


「えっ? いや、そんなつもりは微塵も……」


「お前の顔から滲み出ているのだ。『組織の抗争などに興味は無い』という組織の理事として到底あるまじき本音がな」


「そ、そんなことはありません!」


 戸惑いながら首を横に振る秀虎。しかし、斜向かいの篁理事長が田山に同調する。


「だったら、どうして毎夜毎晩労働党の議員なんかと飲み歩いてんだよ!? ただでさえ関西の情勢が見通せねぇって時に、シノギにもならねぇ連中とつるみやがって! 何を考えてやがる!」


 理事長の言葉に秀虎は俯くばかり――眞行路秀虎の近頃の行動は俺も把握していた。極道の総長であると同時に名門私大に通う大学生でもある彼は、学内のボランティアサークル会長としても活動しているのだが、ただ各地で炊き出しやゴミ拾いを行うだけに飽き足らず、労働ろうどうとう共民きょうみんとうといった左派政党所属の国会議員と熱心に懇談会を開催している。それも週に1度のペースではなく、1日おきという異様な頻度で。しかも、そのほとんどが夜遅くに行われるというものなのだから驚きだ。学業と家業に加えて政治活動という、およそ大学生レベルのキャパシティを大きく上回るワークを秀虎はこなしている。


 平凡な学生であれば『社会貢献活動に積極的でよろしい』という評価を貰い得るところであろうが、秀虎は極道の若き親分だ。旧態依然とした組織の古い親分衆が彼を快く思わないのは、無理からぬことだった。


「この野郎! 人の話を聞いてんのかよ!」


 篁に睨まれた秀虎は絵に描いたような委縮ぶりを見せる――かと思いきや、意外にも顔を上げて口を開く。


「お、お言葉ですが……理事長……」


 しかし。


「すまへん。理事長。婿殿には後々で言い聞かせますさかい、今日のところは許したってくださいや」


 陽気な声で秀虎の反論は中断される。本庄組長が割って入ったのである。


「本庄! テメェの出る幕じゃねぇ!」


「せやかてワシは舅でっせ」


「だから何だ! このサソリ野郎!」


「落ち着いてくださいや。理事長。そないに興奮したらのどを潰してしまいますで」


「俺の身体の話なんざどうでもいいだろうが! 」


 激昂する篁を本庄は軽薄に受け流す。そして秀虎に向き直り、諭すような口振りで言った。


「婿殿。あんたの考えが間違っとるとは言わん。せやけど、あんたが今やるべきことは何や? 銀座の五代目として、死んだ親父さんの跡をしっかり受け継いで領地シマを守ることとちゃうか?」


「……はい」


 秀虎が消え入りそうな声で応えた直後、「もうええやろ」という本庄の言葉を最後に、再び会議室は静寂に包まれる。すると今度は原組長が口火を切った。


「おい、秀虎。この際だから聞かせてもらおうじゃねぇか。お前さんが毎晩議員と会ってるっていうのはどういう了見だ? それも自憲党でも憲政党でもねぇ、左翼の連中と!」


「それは、その……」


「はっきり言えねぇのか!?」


「……」


 原組長の質問に対し、秀虎は答えない。いな、答えられないのだろう。彼は口籠もり、やがて黙り込んでしまった。


「チッ……何をそんなに言い淀んでいやがる」


 呆れた様子の原組長を宥めるように門谷が言う。


「その辺にしておけ。今はそれよりも大事な話があるだろう」


「何ですか、兄貴」


「明日のゴルフのことだ」


 二人の言葉を尻目に、俺は秀虎を見やった。彼は何処か、俺に助けを乞うような視線を向けていた。どうして彼を援護すべく口を開かなかったのであろうか、俺自身にもよく分からなかった。


 おかしいな……秀虎の活動は個人的に応援していたはずなのに……。


 すると、その時。室内最奥の扉が開いて、助勤たちにまもられながら恒元が姿を現した。一斉に立ち上がって頭を下げる俺たちを眺めつつ、総帥は中央の玉座に腰を落ち着けた。


「皆、揃っているようだな」


「はっ。我らは総帥のお呼びとあらば、いつ、何時なんどきせ参じる所存にございます」


「殊勝な心がけだ。それでこそ我が自慢の家臣」


 篁が恭しく礼をするのを見て、恒元は満足げな笑みを浮かべる。


「さて、それでは早速会議を始めるとしようか」


 全員が一礼して着座すると、恒元は重々しく口を開いた。


「本日、集まって貰った理由は他でも無い。煌王会との抗争および政界の情勢について皆に意見をはかるためだ……昨日、小柳総理が煌王会と密約を結んでいたことが分かった。これについては涼平に説明して貰おう」


「はい」


 恒元の言葉に応じて、俺は立ち上がる。そして、昨日夜の出来事を思い出しながら口を開いた。


「どうやら小柳総理は煌王会と連携し、我々に牙を剥いてくるようです。恒元公肝煎りの6つの公共事業の承認が昨日の閣議で既に取り消されており、さらには明後日の閣議で追加12件の全面白紙化を決定する見通しとのこと」


 俺の報告を受けて、会議室内の空気が一変した。篁は苦虫を噛み潰したような顔をしているし、田山は顔面蒼白といった様子である。それもそのはず。もしもそんな事態になれば、俺たち組織はあっという間に経済的に干上がるからだ。


 恒元はため息をきながら言った。


「煌王会の目論見はひとつ。我らの西日本撤退だ。煌王会は酒井や原田の快進撃と圧倒的な戦力差の前に苦戦しておった。ゆえに、我らの戦費調達を不可能にして、西方から兵を退かせようと考えておるようだ」


「なるほど。そういうわけでございましたか」


 田山が納得したように頷いた。続いて本庄が煙草を灰皿に押し付けて尋ねる。


「それってぇつまり……西の抗争は我らの負けで終わったっちゅうことですかい?」


「そういうことだ」


 恒元の答えに、理事長補佐の門谷かどや次郎じろうは腕を組んでうなった。


「参ったな。まさかこんな形で小柳に噛み付かれるとは」


 俺も頷いて同意する。小柳首相の自憲党総裁としての任期は今月30日に切れる。総理総裁としては既にレームダック化していて失うものが無い小柳が自棄ヤケを起こした末の行動であろう。


「いずれにせよ、政界から煌王の影響力を排除せねばならない。そのためには20日投開票の総裁選で関西の息がかかっておらぬ者を当選させることが急務だ」


 恒元が指をパチンと鳴らし、助勤たちが白い紙を皆に配る――そこには組織の諜報部門が現時点で把握している、総裁選における立候補予定者の名が書き連ねられていた。


通商つうしょう工業こうぎょう大臣だいじん星見ほしみ武雄たけお。党執行部幹事長の賀茂かも欣滔きんとう。前金融政策担当大臣の椿原つばきはら康雄やすおもと枢政すうせい大臣だいじん池沢いけざわ雅明まさあきもと大蔵おおくら大臣だいじん岡口おかぐち洋次郎ようじろう。以上が有力候補たちだ」


 そう言って恒元は扇子を開いた。続けて言う。


「この中で次の総理に最も相応しいのは誰か。皆に訊きたい」


 恒元の問い掛けに対し、最初に答えたのは田山だ。


「僭越ながら申し上げます。私は岡口氏こそが適任かと存じます。岡口氏は梅本うめもとです。彼ならば我らにとって融和的な政策を次々と打ち出してくれることでしょう。それに……」


「それに?」


「彼は煌王会の鉄砲玉に孫娘を殺されています。少なくとも、煌王会の息がかかっていないというのは事実でしょう」


「ふむぅ」


 恒元が意味深な笑みを見せた瞬間、篁が手を挙げた。


「俺は池沢で行くべきだと考えます」


「ほう、その理由は?」


「まず、岡口の爺さんは既に75歳。これから6年間も国政の頂点に立ち続けるには、ちぃとばかし歳を取り過ぎです」


 篁がそう述べると、本庄は「ほう」と感心したような声を上げた。


「そして何より、岡部の爺さんは財政政策の腕は確かだが外交となると話は別です。先のIMFからの借款問題も、爺さんの外交力不足が原因だったと聞いております」


 しかし、表情とは裏腹に本庄は噛み付く。


「確かに、その点についてはワシも同感ですわ。せやけど池沢先生は去年の総選挙で党を割った連中と親しすぎる御方や。総帥の掲げておられる政策とは真逆のことをしでかすかも分かりまへんで」


「俺たちがきっちりと手綱たづなを握りゃあ良いじゃねぇか」


「和泉前官房長官のことをお忘れでっか。あんまりきつう締め付けすぎると、あの御仁と同じ轍を踏みまっせ」


「それはそうだがよぉ」


 理事長が後頭部をむしる中、意見を述べる者が現れた。


「総帥」


 理事の櫨山はぜやま重忠しげただである。整髪料で黒髪をオールバックに固めた好青年といった風貌だが、醸し出す雰囲気はまさに武闘派極道そのもの。皆が注目する中、重忠は言った。


「私は椿原康雄先生を推します」


「理由を聞こう」


「あのお方は財界にも顔が利きます。総帥が目下推進されておられる政策、さらに今後の計画についても、椿原先生ならばスムーズに進めてくれるでしょう」


「ふむぅ」


 櫨山の意見を受けて、扇子を閉じて顎に当てた総帥。考え込んでいるようだ。暫くして、彼は口を開いた。


「よし。では決めようではないか」


 恒元の宣言に、室内の空気が張り詰めた。恒元はゆっくりと立ち上がると、居並ぶ理事たちを見渡す。そして、堂々たる態度でこう告げた。


「次期総理大臣は椿原康雄とする!」


 その一言で、会議室内の緊張が一気に高まった。当然だ。この決断が、今後十年以上の日本の在り方を大きく左右するのだから。


「皆、異論はあるまいな?」


 恒元が問いかけると、理事たちは一斉に「異論ございません!」と叫んだ。俺も例外ではなく、迷うことなく賛同した。恒元がその気になれば、権力を掌握することは容易だ。だが、敢えて民主的手続きを踏んでいるのは、それだけ国の安寧を重視している証だろう。


「では、此度の臨時理事会はこれにて閉幕とする。解散!」


 会議が終わって暫くは誰も部屋を出ようとしなかった――それもそのはず。西方から撤退する酒井組や原田一家、ひいては九州派遣軍の面々について、恒元が一言も触れなかったからだ。総帥は助勤たちと共にそのまま何食わぬ顔で部屋を出て行くが、室内は奇妙な沈黙に包まれていた。


 篁、門谷、重忠、原、井上、田山、本庄、葉室、秀虎。皆の視線が俺に集まる。心が苦しくて仕方が無かった。関東博徒と恒元との間の溝、そこに俺がひとりで放り込まれたような心地だ。


 ため息と共に立ち上がり、俺は皆に言った。


「心配しないでくれ。西へ出陣してる連中については、総帥が何とかしてくださるはずだ。必ず、親分衆を無傷で戻す手立てをあの御方は考えておられるはずだ」


 そう言い置くや会議室を飛び出した。逃げるように。男としては実に情けない、無難な台詞を選んでしまったものだと己で己をわらった。ここで『俺が責任をもって』などという言い回しを付け加えた方が、よっぽど無難で角が立たなかったかもしれない――結局のところ、俺は中川恒元の陰に隠れている。


 虚しく、なおかつ悔しい事実が頭に浮かんできたので、俺は両手の拳をぎゅっと握りしめて雑念を振り払う。そうしてそのまま歩みを進めて3階へ向かう。目的地は決まっている。総帥執務室だ。


「恒元公!」


 ちょうど部屋に入るところだった主君に声をかけ、俺は駆け寄る。恒元は振り返って俺の顔を認めた。


「何だ。お前もまいったのか」


「はい」


 恒元の横顔からは何も読み取れなかった。されども、俺は懸命に提案することにした。今こそ、俺が俺である理由に立ち返る時だ。殺し屋としての流儀に従って漫然と生きるのではない。男としての美学を貫き、命を懸けて生きるのである。


「恒元公。俺は……」


「我が愛しの涼平よ。言いたいことは分かっておるぞ」


 恒元は俺の言葉を遮って言った。そして、こう続けた。


「酒井と原田、それから九州へつかわした親分たちのことであろう? 心配無用だ。ちゃんと救い出してやる」


「はっ! それでこそ恒元公でございます!」


「当たり前ではないか。奴らの武勇は高く買っておる。手放すには惜しいわ。それに……」


「それに?」


「……我輩のやり方は分かっておるはずだ。使えるものは全て使ってやるとな」


 ふうっと深く息をいた恒元。それから数秒ほどの余韻の後、周囲の助勤たちを一瞥して声を放つ。


「これより暫し涼平と二人きりで話をする。誰も入れるな。良いな」


 その命令に恭しく「はっ」と応じる助勤たちの姿を見て満足そうに頷き、恒元は俺を誘う。


「さあ、入りなさい」


 ガチャリと扉を開け、俺を手招きする――無論のこと拒むという選択肢は無い。何が起こるかは自ずと想像が付くが、それでも。


「はい」


 恒元に続いて入室するなり、主君は自らの手で扉を閉めた。彼がソファに座るよう言うので、俺は深々と礼をして「失礼します」と言葉を添えてから腰を下ろす。その真正面に恒元は座った。


「……」


 二人きりになった空間で、俺と総帥は向き合う形になる。口火を切ったのは彼だった。


「……涼平。お前には我輩の跡を継いで貰いたいと考えておる」


「跡を継ぐとは。如何なる意味でございましょうか」


「そっくりそのまま、言葉通りの意味と受け取るが良い」


 そう語る恒元の顔には、普段のような威厳に満ちた表情は浮かんでいなかった。代わりに、悲壮感さえ漂う寂しさがにじんでいるように感じられた。きっと、これが恒元の素顔なのだろう。俺は胸が締め付けられる思いがした。


 己が元傭兵であることが、なおかつ戦地で心理戦術を学んでいたことが、ひどくかなしく思えた。


「ありがたき幸せ。されど俺ごときが中川下総守家を継承するなど勿体ない話でございますから、この命を恒元公にお捧げするという形で応えさせて頂きます。貴方様の御為おんためならば、如何なる苦境とて乗り越えてみせましょう」


 そう答えつつ、俺は心の中で思った――これはチャンスだ。


 ほのかな思いを抱きながら、俺は目の前の男の瞳をじっと見据えた。恒元はゆっくりと視線を逸らし、窓の外へと目をやる。そして再びこちらを見つめながら口を開いた。


「ああ……我輩は幸せ者だな」


 その刹那。俺は恒元に唇を奪われた。


「っ!?」


 凄まじい力で抱き寄せられ、舌で口をこじ開けられて内側を蹂躙される。あまりにも激しい接吻キスの連撃に俺は困惑する。呼吸が苦しくなるが、恒元は俺から離れようとしない。


「ああっ……涼平っ……我輩には……もうお前しかおらぬ……おらぬのだッ!」


 ようやく唇を離してくれたかと思ったら、今度は顔を舐め回される。師走に65歳を迎える老人の力とは思えぬほどの抱擁に驚くいとまも無く、俺はされるがままになっていた。


「恒元公……っ」


 恒元の肩に両手を置いて引き剥がそうとするものの、なかなか剥がれない――どころか、ますます強く抱き締められる始末だ。俺は呆気に取られてすべが無い。ただ、恒元の唇に蹂躙されるがままとなっている。やがて恒元の興奮が最高潮に達すると、彼は俺を床へ押し倒した。


「ああっ……我輩は……我輩はぁ……涼平っ……涼平っ……」


 恒元の荒い吐息を浴びせかけられるうちに、俺の中で何かが崩壊する音を聞いたような気がした――理性という壁が崩れる音だった。


 この日、俺は完全に中川恒元に屈服した。彼は俺を服の上から全身くまなく撫で回し、時には甘噛みし、時に強く吸い付いて赤いあざを残した。それから俺を執務机まで連れていき、椅子に座らせた上で再びむさぼった。


「ああっ……涼平っ……涼平よっ……我輩の涼平っ……」


 恒元は俺のズボンとパンツを脱がし、露わになった男根を手で力強く握り、上下に動かしてゆく。それから口に含み、吸ったり舐めたりと様々な刺激を与えてきた。それだけでも十分過ぎるほどの快感なのに、恒元はまだ足りないとばかりにさらに責め立てる。


「うっ……くっ……」


「ふふっ、可愛い顔をするではないか! もっと見せてくれ!」


 そう言うと恒元は俺の顔に唾液を垂らし、それを舌で舐め取った。その光景に思わず身震いしてしまうが、同時に得も言われぬ快感を感じてしまう。


「うむぅっ……くぅっ……」


 俺は必死にこらえようとしたが、無駄な抵抗だった。恒元の巧みな愛撫によって、俺の男根はもう爆発寸前まで膨張していたのだ。


「ふふっ、そろそろ限界か?」


 俺の下半身の状態を見て悟ったらしい。恒元は悪戯っぽく微笑むと、再び俺のモノをくわえた。そして今度は喉奥まで使って吸引を始めた。口内の粘膜と舌によって絶え間なく摩擦を与えられる。


「ああぁっ!」


 あまりの快楽に俺は耐え切れず、とうとう絶頂を迎えてしまった――恒元の口の中に大量の精液を放出してしまう。しかし、それでもなお恒元は責めを止めようとしない。


「くっ、ああっ! 恒元公! もう、お許しください!」


 懇願する俺の声を聞き届けたのかどうなのか分からないが、ようやく恒元は解放してくれた。俺は椅子にもたれ掛かりながら荒い呼吸を繰り返す。


「ふぅっ……はぁっ……」


 一方で恒元は自分の唾液に塗れた俺のモノを凝視しながら、口を拭っていた。


「うむ。良い味であった」


「そ……そうでございましたか……」


 恥ずかしさのあまり顔が熱くなるのを感じた。まさか自分が恒元に飲ませてしまうとは思わなかったのだ。


「はははっ! 何だその反応は!」


 愉快そうに笑う恒元の姿に毒気を抜かれてしまい、俺は苦笑するしかなかった。そして同時に思う――俺はこの人に逆らえないのだと。恒元の従順な操り人形に成り果てたのだという事実を否応なしに突きつけられたような気がしてならなかった。この時ばかりは、男としての美しい心構えなど何の役にも立たなかったと云える。


「時に涼平。煙草は持っておるか」


「はっ。ここに」


 ジャケットの内ポケットに入っていた箱を手に取り、そこから1本出して恒元に渡す。ところが彼は首を横に振る。


「違う。お前が吸うのだよ」


「お、俺がでございますか?」


「左様。ほれ」


 恒元は俺にライターを差し出す。それは12センチほどの円筒に蛇が巻き付いているデザインの銅製ライターだった。蓋を開けて見ると、火口部分に蛇の口が掘られているのが分かる。実に美しい代物であった。


「これは……」


「愛する者に贈る品だ。受け取るが良い」


「……ありがとうございます」


 俺はライターを受け取り、カチリと火をつけた。そして、煙草を口に咥えて火を近づけ、一息つく。


「ふぅっ……」


 紫煙が室内に漂う。同時に、全身がふわふわと気持ち良くなる快感が体に染み込んでゆく――恒元の目に映る俺の姿はどんな風に見えるのだろうか。そんなことを考えながら恒元を見つめる。


「やはりお前は美しいな。初めて会った時から変わっておらぬ」


「恐縮でございます」


 恒元は俺の肩に手を置いて言うと、俺の膝の上に座り込んだ。そして俺の首に腕を回す。


「我輩は美しいものが好きだ」


 そう言うなり、恒元は再び俺の唇を奪った――舌を入れられ、唾液を交換させられるような濃密なキスを強要される。


「んんっ……」


 俺は必死に抵抗しようとするが、恒元の腕力は意外と強い。まったく歯が立たない有様だ。それどころか、ますます激しくなるばかりである。そして遂に限界が訪れた時、恒元は俺の口の中へと自分の舌を捻じ込み、絡ませてきた。


「あぁっ! くぅっ!」


 俺は思わず声を漏らしてしまう。それを見た恒元がニヤリと笑う。


「ふふっ、良い顔をするようになったではないか」


 恒元は嬉しそうに微笑んだ。この時ばかりは、俺もこの老人に身を委ねる他にすべが無かったように思えた。だから、恒元のされるがままになって甘んじるしかなかったのだ――男としての美徳など捨て去ったかのように、ただひたすら快楽に溺れてゆく己を俺は許していた。


 やがて長いキスの後に、俺たちはようやく唇を離した。


「ふぅっ! はあっ! はあっ!」


「お前が女であれば、如何ほどに良かったことか。涼平が女であったならば、きっと我が嫡男を産んでくれたであろうし、永遠とわに我輩をまもり続けてくれたであろうな」


 寂しそうな目をしながら、恒元は俺の上から退しりぞいた。そして全裸のまま窓辺へ近寄り、言葉を続ける。


「我輩が父の正室腹でないことは以前に聞かせたな」


「ええ。教えて頂きました」


側女そばめの子である上に、我輩自身は男子おのこを儲けることが出来なんだ」


 相槌を打った俺に、なおも恒元は漏らし続ける。


「ゆえに中川下総守家は憎き兄、広恒ひろつねが忘れ形見に継がせなばならぬ……このことが、この事実が、我輩の心を痛めつけるのだ! 所詮、我輩は一代限りの男! 万物を統べる王になったとて、その帝国を我が血統に譲り渡すことは叶わぬ! 叶わぬのだ!」


 目の前の光景が俺には分からなかった。これが、あの中川恒元なのであろうか。裏社会に君臨し、政財界をも牛耳る暗黒の帝王の姿なのか。そうと思うにはあまりにも弱々しい老人の姿が、俺の見つめた先にはあった。


「恒元公。未だご嫡男が産まれぬと決まったわけではございますまい」


 そう背中越しに声をかける俺だが、恒元はこちらを振り返ると大きく首を横に振った。


「だとしても……博徒どもが我輩を笑うのだ……」


「そ、そのようなことは」


「笑っておる! 関東博徒の誰しもが! 世継ぎをつくれぬ男に従うわれは無いと皆が思うておるのだッ!」


 どうにか宥めようとする俺であるが、言葉が見当たらない。このような精神状態に陥った人間には如何なる励ましの句をぶつけたとて無意味であると、東欧で読んだ心理戦術の教本が語りかけてくる。


「そんなことはありません」


 だが、なおも俺は続けた。何故ならば、他にすべが無かったからだ。


「博徒どもは皆、恒元公を信じております。貴方様の命にそむく者は一人たりともおりません」


 俺がそこまで言うと、恒元は静かに俯いて唇を噛み締める。そして何かをこらえるように小さく嗚咽した。その姿はとても痛ましいものに見えた。


「くっ……」


 恒元の涙を見て、俺は彼の心中を読むことができた。この人は孤独なのだ――生まれながらにして愛されず、誰にも理解してもらえず、だからこそ権力を求めたのだろう。それがどれほど危険な行為かも知らずに。


 貴方様は本当にかなしい御方だ……。


 心の中で呟く俺。されども。口に出すことは出来ない。そんな俺の心情を知ってか知らずか、恒元は言葉を続ける。


「涼平。お前だけが我輩を愛してくれる……この世でお前だけが……」


 恒元は再び俺の方へ向き直ると、俺の頬にそっと触れてくる。その手つきは優しかったが、どこか切迫しているように思えた。だから俺は何も言わずに目を瞑る。


「愛しい我が涼平。お前にひとつ頼みがあるのだ」


「何でございましょう」


 俺がそう尋ねると、恒元は暫く沈黙した後、意を決したように口を開いた。


「我輩に……口付けしてくれぬか」


「そ、それは」


 恒元の申し出に俺は躊躇ためらったが、結局はそれを了承することにした――男としての美学よりも、マフィアの幹部としての最適解を選ぶことにしたのである。俺は恒元に歩み寄り、そっと唇を合わせた。それからゆっくりと離れると、彼は満足そうな笑みを浮かべた。


「ふふっ。やはりお前は美しいよ」


 そう言う恒元の表情からは寂しさの色が消え去っていた。全てに安堵しきったような笑顔で、彼は言う。


「涼平。次の総理大臣は賀茂かも欣滔きんとうだ」


 突拍子もない台詞。思わず裏返った声が出る。


「はわっ!?」


 されど主君は続けてくる。つい数十秒からは想像もつかない、晴れやかな笑みをたたえながら。


「星見も池沢も岡口も有能な男だが、首相の器ではない。ましてや椿原は兄の娘を娶った男。総理の椅子に座らせれば恒貞つねさだが調子に乗るだけだ」


「はあ」


「ああ、恒貞というのは兄のせがれで我輩の甥にあたる男……いや、それはどうでも良い。つまるところ、賀茂以外に総理を任せられる者が存在しないということだ」


「し、しかし、先ほど理事会で、次の総理は椿原先生にすると」


「ふふっ。知ったことではない。皆が我輩を信じぬなら、我輩も皆を信じぬ。それだけだ」


 ようやく理解が追いついた俺は、ひどく動揺した。


 恒元の人間不信はさておき、何故に賀茂なのだ!?


 あの男は危険だ。『自分の背後には秘密結社が控えている』と抜かしていたし、何より奴の掲げている政策は選民思想に基づくもの。奴が首相の座に就くようなことがあれば、日本は戦前並みの格差社会へ突入してしまう。


「恒元公……」


 されど俺の反対意見は芽を摘み取るがごとく封じられる。濃密な接吻によって。数十秒間の蹂躙の後で恒元は言う。


「案ずるな。奴の手綱は我輩が強かに握る」


 そうして彼は俺の体から離れると、室内中央の机へ向かい引き出しを開ける。そこから取り出したのは一枚の封筒だった。


「これを賀茂に渡しておいで。そうして少しばかり頼みを聞いてやれば、きっと奴は従順に我輩へひざまずくであろう」


 一体、何であろうか。特殊な加工が施されているのか、窓から差し込む光に照らされても中身が透けることは無い。ゆえに窺い知ることは出来ない。尤も、ここで俺にできることは、ただひとつ。


 素直な返事をすることだ。


「……承知いたしました」


 気付けば、俺は着衣を戻して宮殿をっていた。向かった先は永田町の自由憲政党本部。党幹事長を務める賀茂欣滔は慌ただしく動いていた。


 党総裁選は今月の20日に迫っている。本日の日付は9月6日。明後日8日の告示までに為すべきことが山ほどあるらしい。


 そんなわけで本来ならば会う寸暇など無かったであろう御仁だ。されども中川恒元の使いとあらば話は別。面識のある『朝比奈隼一』が姿を見せたと知るや、賀茂は嬉々として幹事長室へ通してくれた。


 時計の針は13時28分。賀茂は応接椅子に腰を落ち着けて、俺を出迎えた。


「待っていましたよ。麻木涼平君」


「お時間をいて頂き、感謝する」


「いやいや。気にしないでください」


 和やかな笑顔で迎えてくれた賀茂。彼の前に座り、俺は封書を差し出した。


「恒元公が、こちらをあんたに見せろとよ」


「おお……これが」


 その刹那、賀茂の表情は豹変する。歓待に満ちた眼で封を切り、中身を取り出す。現れた白い紙に、彼は恍惚とした表情で眺め入っている。


「ああ、美しい……何という素晴らしいお約束だろうか……」


 彼が何に対して感嘆しているのか俺には理解できなかったが、ただひとつ云えることがあるとすれば、賀茂が異常な精神状態にあるということであった。それは間違いなく事実であると云えた。彼は突然立ち上がると窓を開け放った。そしてその場でバレエダンサーのごとく三回転して見せると、満足そうな顔で言った。


「約束しよう。私は恒元公への忠節を誓おう」


 彼の眼は爛々と輝き、口元はだらしなく緩んでいる。もはや正常な思考能力を失っているようにしか見えない。きっと渡した紙にはサクリファイスの粉末が塗り付けられていたのだろうな――と、ひとまず頭の中で結論付けた。


「これがあれば私は無敵だ……ふふ、ふふふふっ!」


「へぇへぇ。そいつは良かった」


 ため息をいて、応接用のソファから腰を上げる俺。そんな青年に「まあ、待って」と声をかけると賀茂は言った。


「せっかくだから、ちょっとお喋りして行かないかい」


「お断りだ。こちとら曲がりなりにも屋敷を爆破した敵だぞ。あんたのメンタルを尊敬するぜ」


「じゃあ、仕事を頼まれてくれないか」


「なおさらお断りだ。あんたの依頼なんぞをける道理は無い」


「この紙に書いてあるんだよ。『自力で事を為すのが難しい場合は涼平を使っても構わん』ってね」


「何だと……!?」


 眉根を寄せた俺だが、他ならぬ恒元自身から賀茂の頼みを聞いてやれと申し付けられている。渋々ながらに承諾する他なかった。


「けっ。分かったよ。誰をれば良いんだ?」


「私の影武者さ。整形手術で私と同じ顔をしていてね。邪魔になったんだよ」


「……なるほど。そいつの始末が見返りってわけか」


 賀茂は俺に影武者の写真を渡すと、現在の居所の情報を伝えてきた。それによると、奴は現在国会近くの帝国ていこく喫茶きっさ会館かいかんで珈琲を飲んでいるという。間の良いことに、賀茂が既に膳立てをしてくれていた。


 しかし。


「拳銃で正面からっちゃってよ。バーン、バーンって」


「はあ? 何を言ってんだ?」


「大丈夫でしょ。麻木君は恒元公の腹心なんだからさぁ」


 確かに中川恒元は報道機関はおろか政府を制御下に置いているが――まあ、俺としては断る道理は無い。宮殿での様子を見る限り、恒元は後始末を確実にしてくれるだろうから。


「分かったよ」


 眉根を寄せたまま、俺は自憲党本部を出た。そうして助勤に車を回させて向かったのは丸の内。帝国喫茶会館なる古めかしい建物で、1階から3階までが丸ごとカフェになっているという変わった店だった。


「……次長」


「ああ。出てきたな」


 2時間以上経過したところで、店から標的が姿を現す。賀茂欣滔そっくりな男。影武者だ。


 かなりの数の護衛たちが随行している。されど異国の紛争地帯で鍛えた早撃ちの腕を持つ俺には関係ない。そそくさと車を降り、グロック17を構えて近寄る。


「あばよ」


 狙いを定めて引き金を引くと、弾丸は正確無比に男の頭部を撃ち抜いた。一瞬で脳髄を損壊し、即死させる。それを見ていた護衛たちは慌てふためいた様子で右往左往している。逃げる奴もいれば、逆に俺に向かってくる奴もいる――だが、問題は無い。全員まとめて蜂の巣にしてやるだけの話なのだから。その結果はすぐに判明した。


「ぐっ……がはあっ!?」


 護衛たちが倒れる音と悲鳴が上がる。彼らもプロなのだろうが、プロならプロ同士でどちらが勝利するのかを競うことになるだけのこと。そうして生き残った者が勝者となるという単純明快な原理に従えば、俺の勝利は揺るがないものとなった。


「これで終わりだ。帰るぜ」


 俺は車に乗って現場を後にした。その晩、ニュースでは『賀茂幹事長の私設秘書が心臓麻痺で命を落とした』と報道された。恒元の力で中身が書き替えられたのである。


 よくよく考えれば、おかしな点がいくつかあった。影武者にしては護衛の数が多く、単なるカモフラージュと考えるにしても大袈裟な振る舞いをしていたこと。自憲党本部で再会した賀茂の一人称が『僕』から『私』に変化していたこと。極めつけは、賀茂欣塔の動きが異様に軽やかだったこと。


 だが、俺は全てを呑み込んだ。中川恒元に仕えると決めた以上、彼に対して疑問を抱くことなどあってはならない。


「……」


 夕刻。恒元から発せられた『次期総理総裁は賀茂欣滔』との御教に皆が混乱する中、自室で煙草に火をつける俺。口から紫煙を吐き出しながら、ぼんやり考える。


 俺は殺し屋だ。依頼があれば人を殺すし、そのためならどんな汚れ仕事だって厭わない。だからと言って良心が全く無いというわけではなく、むしろ人一倍強い自負がある。だからこそ恒元に従っているのだが――今の俺には、恒元に逆らうという選択肢が完全に消失しているのだ。恒元の命令には絶対服従でなければならない。そうでなければ、俺の夢は叶わない。それだけではない。全ての寄る辺なき人を救うという華鈴の夢も、叶わなくなってしまう。


「……さて、帰るか」


 それからおよそ2週間後の、2006年9月20日。


 今後の日本の行く末を占う自由憲政党総裁選の国会議員による投票が行われ、開票の結果、賀茂欣滔幹事長が星見武雄通工大臣を抑えて当選、新総裁に選出された。


 これにより第90代内閣総理大臣には賀茂欣滔が就任。新内閣が発足する運びとなった。


「まさか、あの賀茂欣滔が総理大臣になるとはな」


 俺は日本のニュースを伝えるテレビの前で呟いた。


「そうね」


 隣で華鈴も頷く。


「でも、恒元公がコントロールするんでしょ?」


「ああ……そうだな……」


 俺と華鈴は、とある異国のホテルに宿泊していた。無論、二人きりでだ。


 あの一件の後、俺は恒元から『華鈴と新婚旅行を楽しんでおいで』と言われた。何とも豪快なことである。まだ西日本からの中川会勢撤退が完了していないというのに。しかしながら、その言葉は決して拒絶できるものではなく、俺は半ば強引に旅に妻とのハネムーンへ送り出されてしまったのである。


「確かに俺と華鈴は新婚だ。しかし、総帥のお考えが分からん。あの御方は最大の切り札を手元に置かなくて良いのか……」


「うふふっ。何よ、涼平ったら自分のことを『切り札』だなんて自惚れちゃってさ」


「いや、現にそうなんだよ……あの人にとって俺は……」


「はいはい。仕事の話はそこまでにして、せっかくのハネムーンを楽しみましょうね」


 窘めるように肩をポンポンと叩く愛妻に「あ、ああ」と頷いた俺。不安な心情はあれども彼女の言う通り、ひとまずは楽しむとしよう。


 日頃の褒美として総帥から与えられた休暇――つまるところの新婚旅行を。


「今の季節、北欧は特に美味しいものがいっぱいだよねぇ」


 にこにこと笑いながら華鈴が呟いた。俺は「食い物ばかりだな」苦笑するや、こう続けた。


「まあ、確かに美味いものはたくさんあるが……この国は広いぞ。それに、北欧という国はまだ日本人に馴染みが薄い土地だろう。よほどの食通でもない限り、苦戦すると思うがな」


「え? そ、そうなの?」


 目を丸くする妻に俺は「ああ」と返した。


「アイスランドは日照時間こそみじけぇが、平均気温がたけぇ上に降水量も乏しい過酷な環境の国だ。当然ながら酪農には向かねぇし、標高の高い場所じゃ畑作どころか木の実を採取するのも苦労する」


 華鈴はぽかんとしていた。


「そ、そうなんだ……」


「お前、テレビを観ただけで適当に言ってねぇか?」


「あ、あはは……バレちゃった? でも、でも、知ってるよ。アイスランドが酪農には向かないってことくらい」


 そこで華鈴は奇妙な表情を浮かべた。得意げにも見えるし不安そうでもある……そんな複雑な表情だ。


「ガイドブックに載ってるポピュラーなスポットだけを訪れたんじゃ、つまらないよ。せっかくなら、地元の人しか分からないような穴場に行かなきゃ」


 俺は妻の言葉から強がりを感じた。今、俺たちが滞在している国――アイスランドは驚くほどに観光資源が少ないという印象があった。


 では、一生に一度の新婚旅行で何故に同国を訪れたのかと云えば、単に『恒元に勧められたから』の一言に尽きる。俺としては総帥の提案を無碍にするわけにもいかず、地中海沿岸で本場のイタリアンを食べてみたいと切願していた妻を唖然とさせることとなった。


 それでもすぐに気持ちを切り替えて明るく振る舞い、どうにか旅行を満喫しようと笑顔を見せてくれる妻には感謝の他に無い。こうなったら是が非でも楽しんでやらねば。俺はホテルを出ると、華鈴の手を引いて街へと繰り出した。


「わぁ、見て見て! 涼平!」


「ああ」


「あ! あっちのお店は何かな?」


「あれは土産物屋だ……って、華鈴。少し落ち着け」


「だってだって、こんなにお洒落な街に来たのは初めてなんだもん」


 そう。今、俺たちが居るのは首都レイキャビクからバスで2時間ほどの距離にあるアクラネースという小さな町だ。人口は1万5千人ほどと云ったところか。


「ねぇ、あの店! 何だか美味しそうな食べ物を売ってるよ!」


 妻に手を引かれて駆け足で入ったレストランで、俺たちは現地の郷土料理を注文した。その名は『ハカールのソテー』という。発酵させたサメの肉をステーキのごとく焼いた、非常にシンプルな料理だが、独特の食感と風味が癖になる一品だ。


「胡椒との相性が抜群だね」


「ああ、そうだな」


「ええっと、このメニューは……スカイル? これも頼もうよ!」


「お、おう」


 公用語こそ独自のアイスランド語が設定されているが、盛んな英語教育により国民の大半がネイティブ・イングリッシュ・スピーカーという国柄で助かった。また、華鈴が異国文化に造詣が深いため、チップの風習にも違和感をおぼえていないようである。


「何かめっちゃ心が躍ってるわ」


「新婚旅行だもんな」


「うん。大学で貿易を学んだことが身になってて……生まれてきて幸せって感じ」


「おいおい、大袈裟だな」


「本当だよ。こうして涼平と手を繋いで歩いてることだって幸せなんだから」


 ぎゅっと強く手を繋いできた華鈴に、俺は頬を緩めて頭を撫でてやる。


「ああ……俺も幸せだ……」


 日本の裏社会の中心地たる赤坂の歓楽街で出会った二人が、こうして平和な異国の地で幸せに浸っている――皮肉を交わし合っていたあの頃からは到底想像できない光景だ。これも激動の荒波を生き抜けたからこそ掴み得た成果というわけか。ならば、これから先もさらなる幸せが俺たちを待っているのか。


 必ずしもそうとは限らないが、華鈴と一緒に歩んでゆきたい。彼女となら、行ける気がする。


「ねぇ、次はどこへ行く?」


「そうだな……この街にある平和記念庭園でも行ってみるか」


「良いね」


 俺たちは街のメインストリートのはずれにある広場へと向かう。アクラネース平和記念庭園――そこは古代にヴァイキングとの戦いで命を散らした先住民の勇敢さを称えて造られた、広大な庭園である。


「これはすげぇな……」


 思わず声を上げた俺に、華鈴が笑顔で同調する。


「ほんっと。びっくりだよね」


 この庭園は、かつてこの地で破壊の限りを尽くしたヴァイキングの襲撃に備えて先住民が築き上げた砦の跡だ。


「この石壁は……当時のままか」


 そう呟くや、俺は石壁にそっと手を触れた。すると華鈴が少し声色を変えて返した。


「……ねぇ、涼平。話は変わるけど」


 そんな前置きと共に彼女は続ける。


「涼平ってさ、自分がなりたい理想像とかある?」


「何だよ、急に……まあ、そうだな。命ある限り、お前の幸せのために生きてぇって思ってるよ」


「そっか」


 俺の返答を聞くや、微笑みの中に少し悲し気な表情を見え隠れさせた華鈴。少し首を傾げるも、俺はたずね返してみた。


「……お前は、あの頃のままか?」


 華鈴は顎に人差し指を当てて考えながら答えた。


「夢を叶えようにも上手くいかないことばかりだけど……でも、あたしには涼平がいるから大丈夫だよ」


 そう語った彼女の表情は本当に幸せそうだ。俺がそばにいてくれて本当に良かったと心から思っている様子が伝わってくる。


「そうか。なら、良かった」


 俺は彼女の手を引きながら石壁から手を離した。まだ9月だと云うのに肌を刺すような北欧の涼風に心を冷やしながら、さらに歩いてゆくこと3分。


 庭園に隣接した巨大な博物館に俺たちは入った。そこは『国立原棲生物研究所』と云い、アイスランド共和国ではなくEUが管轄する施設だ。ユーラシア大陸西側――つまりはヨーロッパ州における生物の進化研究とその推考がコンセプトで、展示されているものは多岐に及ぶ。


 例えば、人食いザメの標本に、サーベルタイガーの剝製などだ。


 他にも、ここでしか見ることのできない生きた新種のクラゲや爬虫類などが展示されているのだが、俺が足を延ばした目的は単なる観光だけではない。


「涼平。本当に行くの?」


 華鈴が尋ねるも俺は「ああ」と頷く。


「総帥のご意向だからな」


 そう言って妻の手を握ったまま、館内へと歩みを進める俺。数少ない観光名所のひとつというだけあって平日にもかかわらず来館客の数は多かったが、目当ては展示物にあらず。俺は近くに居た職員に英語で話しかけた。


「I'm here on behalf of Viscount Nakagawa from Japan. Can I see the specimen?(日本の中川閣下の使いだ。例の標本を見せてもらえるか)」


 すると職員はハッとしたような表情を浮かべた後、俺と華鈴をじろじろと見つめて言葉を発する。


「Wait a moment.(少し待ってくれ)」


 程なくして、職員が奥から大きなケースを持ってきた。


「This is the veracity of Viscount Nakagawa's request.(こいつを見れば中川閣下も満足されるはず。確認してくれ)」


 そう告げた後、彼はケースをゆっくりと開けた。


 中には巨大な生物が眠っていた。


「これは……チンパンジー?」


 華鈴が呟くも、俺はすぐに首を振る。


「違うな」


「え?」


「人間の進化前、サヘラントロプスだ」


「し、進化前……!?」


 彼女は大きく目を見開いている。ガラス箱の中の猿人――サヘラントロプスは化石ではなく、体に肉を付けたままの元の姿を維持していたのだから。


 また、多少の学識のある人間ならば驚く理由は他にもある。


「で、でも、人間の進化前って、アウストラロピテクスじゃなかった? 学校ではそう習ったけど?」


「ところがどっこい、アウストラロピテクスの前に分岐独立した亜種がいたんだ。今、まさにその論文が学会に提出されようとしている」


「ま、まさか……」


 華鈴がごくりと唾を飲み込む。


「それがサヘラントロプスだ。世界で初めて二足歩行を成し遂げた猿人にして、人間が声を獲得したのも祖先のこいつが立って歩いたからだと言われている」


「……この猿の標本を恒元公はどうするつもりなの?」


「買い付けよと仰せだ」


 俺は華鈴に微笑むと、職員に視線を移す。そうして事前に持たされた小切手を懐から取り出し、言った。


「Viscount Nakagawa feels that this would be a good way to revitalize the museum's finances.(中川閣下の気持ちだ。この博物館の懐具合を立て直すには丁度良いだろう)」


 研究員は俺と小切手を交互に見て言った。


「Is it okay?(良いのか?)」


 そんな職員に対して俺は自信に満ちた表情で応える。


「Oh, I mean it's totally worth it.(ああ、それだけの価値があるってことだよ)」


 職員は顔全体をひしゃげるように笑うや、懐をポケットの中へ仕舞い込んで奥へ戻って行った。そうして数分後、俺に一枚の紙きれを渡す――国際便で日本へ運び込むための伝票。どうやら購入は成功したようだ。


 俺は華鈴と共に博物館を出た。


「これで任務完了だ」


「え?」


「総帥に頼まれた仕事だよ。あの原始猿の標本を買い付けてこいとな」


 そう、これは単に恒元公が俺に与えた『休暇』だけではない。恒元の今後の政治工作を見据えての『仕事』の側面もあった。


「でも、あの猿は……その……」


 華鈴が戸惑うも俺はすぐにこう返す。


「ああ、そうだ。あれは生きた猿だ。太古の昔、何かの拍子でクレバスの裂け目に落ちて気を失い、そのまま全身を冷凍されたんだ。生命機能を維持した完全な状態でな」


「そ、そんなことが……!?」


 大きく頷き、俺は言葉を続ける。


「俺も噂を聞いた時には驚いたが、現物を見て確信が湧いた。あの猿を研究すれば人間のルーツを辿る考古学だけじゃねぇ……医療分野にも大きな発展をもたらすかもしれねぇってな」


「あ、そういえば学芸員が言ってたよね。『猿人は現代人とは体のつくりが違ったから、はるかに強靭で長寿命の肉体を持っていたって」


「ああ、そのDNAを解析すりゃ現代人に不老長寿を授ける技術が開発できるかもしれねぇってことだ。尤も、今の医療技術じゃ夢のような話だけどな」


 そうした研究を行うためのサンプルを手に入れたとなれば、大学やら研究機関やらがこぞって欲しがるだろう。無論、各国の政府も――これにより恒元は各国へ恩を売り、自らの力を世界規模に拡げる目論見なのだろう。


「元々、あれを見つけたのはEUだ。奴らは原始猿人にまつわる学術研究を自分たちだけで独占する気でいた。ここ15年でロシアに水をあけられた医療技術の遅れを取り戻すためにな」


「せっかく手に入れたのに、どうして日本のマフィアなんかに譲るの?」


「カネに目が眩んじまったのさ。恒元公はあの猿の代金として小切手に記された額面の他、欧州企業による日本の山岳地帯の開発を許すと仰せだ」


「医療の研究と資源開発……優先度が違うような気がするけど」


「恒元公によれば、EUはあの猿を持て余していたらしい。事実、奴らの技術力は日米露とは比べ物にならねぇくらいに遅れてる。サンプルはあっても研究する手立てがぇから、宝の持ち腐れってわけだ」


 後々で諍いを招かぬよう、恒元はEUに『原始猿人の研究成果が出たらデータを渡す』と約束している。全ての政府機関を掌握したフィクサーだからこそ為せるわざだ。


「はあ、凄いなあ。そんな国家プロジェクトみたいなことをやってたなんて」


「今の恒元公にはそれだけの力があるってことだ。俺はその使いとして動いているに過ぎねぇ」


「何か……遠くなっちゃった気がするな……」


「ん? 何が?」


「ううん。何でも無い」


 俺に笑顔を見せると、華鈴はすたすたと北欧の街を歩いて行った。少し意味深な言葉に俺は首を傾げるも、特に深く尋ねることはせず、それからも夫婦で旅行を楽しんだ。


 アイスランドと云えば、広大な大地に流れる数々の大河が有名だ。自然美あふれる風景は、日本とは比較にならない。


「綺麗だね」


「ああ」


 最終日。帰りの便が出る前に、ふたりで暫し川を眺めた。


「ねぇ、涼平」


「ん?」


「あたしたちってあの頃のままなのかな」


「少なくとも出会った頃よりは仲が深まってると思うぜ。夫婦になってるわけだし」


「うん。ありがと。でも……夢からは少し遠ざかってるような気がするんだよね。大学の皆、特に秀虎君は必死で政治家の偉い人たちと渡り合って頑張ってるのに、あたしだけが遅れてるような気がするの」


「まだまだこれからだろ」


「そうかな。恒元公が政界を牛耳り始めてから、もう半年以上が経つのに」


 俺は華鈴の瞳を真っすぐ見つめて言う。寒風に触れて冷たくなった彼女の手を握りながら。


「だからこそだ。俺がお前の夢を叶えてやる。恒元公に世の中をより良い方向へ導いて頂くんだ。何も心配しなくて良い」


 その言葉に華鈴は寂しそうに頷いた。


「分かった。涼平を信じるよ。でも、無理はしないでね」


「無理なんてことはねぇさ。俺は殺し屋としては最強レベルだし、総帥のお気に入りの側近だ。いずれあの御方は俺の頼みなら何でも聞いてくださるように……」


「そ、そうじゃなくて!」


「え?」


 勢いよく首を横に振った華鈴に、俺は思わず目を丸くさせられる。いつになく不安げな妻の表情に息を呑む。


「華鈴?」


「そうじゃなくて……あたしは……」


 ところが、その時。遠くから泣き声が聞こえた。


 視線を向けると、見たところ5歳くらいの女の子が慟哭している。ぎだらけのボロボロの衣を纏い、俺たちが佇む橋の上を彷徨い歩いていた。


「Mom! Dad! Sister! Grandpa! Where did everyone go!?(ママ! パパ! お姉ちゃん! おじいちゃん! どこ行っちゃったの!?)」


 なるほど。子供を置き去りにしての夜逃げか。このアイスランドは経済成長が続いているが、一方で国内の貧富の差は拡大するばかり。貧困層の家庭では借金で首が回らなくなることも珍しくはない。


 あの子は家族に置いて行かれたんだ――胸中に同情するものの、俺にはどうすることもできなかった。華鈴も同じようで、口を噤んだまま立ち尽くしている。


「Where are you? Please come back!(どこに行ったの? 帰ってきてよ!)」


 その声は虚しくも空へ消えるだけ。何かを悟ったように、華鈴は言った。


「……ああいう子を出さないためには、世の中全体を作り変える必要があるんだよね。やっぱり。だから、涼平には無理なく頑張って貰いたいの。どんなにアグレッシブに動いてたって、体を壊しちゃったら元も子もないから」


 彼女の言葉に、俺は黙って頷いた。彼女は俺のことを心から想ってくれている。その想いに応えなくては。


「分かった。無理はしないさ」


 そう約束した上で俺は華鈴にこう告げる。


「だから、お前も俺についてきてくれ。絶対に後悔はさせねぇからよ」


「うん。分かった」


 彼女は満面の笑みで応えた。何かを決意したような、力強い声色と共に。


 そうして、俺たちはアイスランドでの新婚旅行を終えた。


 日本へと向かう飛行機の中で、俺と華鈴は互いの手を繋ぎ合わせていた。機窓から外の景色を眺めつつ、時折目を合わせて微笑み合う。それは、俺たちにとってはあまりにも素晴らしき日常であった。


 2006年9月28日――日本へ戻ると、先んじて別便で送っていた原始猿人の冷凍生体に恒元は非常に満足していた。ガラス箱の中に目を閉じて座る猿を嬉しそうに眺めながら、空港から直行で宮殿へ上がった俺と華鈴に労いの言葉を述べる。


流石さすがは涼平だ。此度も頼もしい働きであったな」


 恒元は華鈴にも視線を向け、彼女のことも褒めてくれる。


「お前も我輩の我儘によくぞ付き合ってくれたな。心より礼を申す。おかげで素晴らしい成果を得ることが出来た」


 恒元の感謝に華鈴は謙遜した様子で「とんでもございません。恒元公」と答えると、一足先に帰路に着いた。心なしか、旅行へ出かける前に比べて、幹部の妻らしい風格が備わってきたように見える。


「どうだ? あのとは仲良くやっておるか?」


「ええ、おかげさまで」


「子は生まれそうか?」


「まあ……もう少しというところでございましょうか」


「そうかそうか。優秀な遺伝子を持ったお前の子なのだ。男子おのこであれ、女子おなごであれ、素晴らしい素養を持っておることだろうな」


「だと良いのですが」


 上機嫌に「まあ、焦らず子をつくれ」と俺の背中を叩き、恒元は執務室を出て行った。便所で用を足してくるらしい。


「……」


 そんな時。執務室の隅から妙なイントネーションの声が聞こえた。


『まったく、人語が解せる鳥を貰ったと思えば、今度は太古の猿か。あの男は次から次へと珍しいものを買い揃えるんだな』


 ヒイロアホウドリだ。先日、俺が恒元と情事に及んでいる時には少しも言葉を発しなかったというのに――嘆息と共に俺は返答する。


「……この猿は人工生命体のお前とは違うさ」


『だが、言葉を話せる動物という意味では僕と殆ど同じだよな。愉快なことだ』


 羽をパタパタと動かし、ヒイロアホウドリは皮肉めいた言葉を吐いた。横浜から献上されて以来、すっかり執務室の風景に定着した彼だが、どういうわけか依然として俺以外の人間に対しては会話を行わない。


「野生の獣でも、もう少し愛嬌ってもんがあるぜ」


『構わんでくれ。僕は僕で勝手にやらせてもらう』


 ヒイロアホウドリの気ままな性格には困ったものだ。これでは彼の秘密を俺だけが把握していることになるではないか……総帥に隠し事はしたくないというのに……。


 ため息を吐いた後、不意に俺は床のガラス箱へ視線が落ちた。その中で眠る猿に自然と意識が集中してゆく。


 だいぶ長いことクレバスで凍っていた猿。生命機能は勿論、発話能力や運動能力は維持されているため、解凍すればかつての姿のまま動けるとされている。博物館で耳にした話によれば、猿人は現代人に比べてはるかに超人的な能力を持っているとか、いないとか。筋力や腕力、跳躍力など、身体能力が非常に優れているのだそうだ。


 また、思考力も人間と比べて非常に発達しているとのこと。太古の時代に数学という概念があれば、彼らはきっとアルキメデスのレベルには易く到達していたかもしれぬらしい。


『だが、そいつは飛べない。飛べるという点では僕の方が優れているな』


 ヒイロアホウドリが抜かすも、俺は興味無さげに一瞥し、軽くあしらった。


「鳥と猿を比較すること自体がナンセンスだ」


『ふん、つまらんな』


「お前な……」


『まあ良い。僕は僕で勝手にやらせてもらうよ』


 そんな会話の後、俺はふと思い至った。ガラスケースの中の原始猿人は3メートルの距離までは易々と跳躍が可能だったという話だったよな。それって何だか俺に似ているような……いや、俺の技術は鞍馬菊水流の秘伝奥義によるもの。


 鞍馬の秘術は平安時代に完成したのだ。太古の昔に武術が存在したわけでは無いのだ。


 しかし、原始猿人の運動能力の高さは非常に気になる。発達していた筋力が進化の過程で失われた点も然りだ。


 俺は稽古の末に3メートルの高さを跳べるようになった。されども師匠や兄弟子以外が、自分と同じ程度の跳躍をやってのける姿を俺は見たことが無い。思えば導師は俺に『そなたは素質を備えておる』とか何とか言っていたような。素質……それってつまり、遺伝子……?


 そんな些末な物思いに耽っていたところで恒元が戻ってきた。


「どうした? ぼうっとして」


「いえ、何でもございません」


 そう応えると恒元は頷き、いつもの椅子に腰を下ろした。そうして顔をしかめて呟いた。


「先ほど廊下で祐二と亮助とすれ違ったが……どうにも腑抜けているようだ。大阪から戻ってからというものずっとあの調子だ。たるんでおる」


「ドンパチの疲れが抜けていないのでしょう。もう暫し気を休めれば回復するかと存じます。きっと」


「まったく大阪で何をしておったのか。今少しばかり奴らが勇猛であれば此度の戦も勝っておったものを」


 渋い顔で葉巻に火を付ける恒元を見ながら俺は心の中で「この御仁も相変らず酷だな」と思った。酒井祐二にせよ、原田亮助にせよ、さらには彼らの父親やその子分たちにせよ、関西派遣軍の兵士たちは恒元のため命懸けで戦っていたのだから少しは労いの言葉があっても良さそうなものを――されども怒りは湧かなかった。以前なら舌打ちが鳴りそうになるところであるというのに。


「……不思議です」


「ん、何だね?」


「あ、いや、ドンパチが人間を疲れさせるだけでなく、心まで摩耗させるのは不思議だなと思いまして」


「そうだな」


 恒元の耳が少しばかり遠くなっているおかけで助かった。俺が小さく胸を撫で下ろしていると、老いた帝王は言った。


「今日は28日か……賀茂との夕食会の日だったな」


「左様にございますね」


 夕食会――そこでは今月に総理大臣に就任した賀茂欣滔と、今後の国政の舵取りについて意見を交わすことになっていた。総裁選にて恒元は賀茂を『新東京タワー建設を墨田区押上で推し進めること』を条件に支援し、党内の半分を味方に付けた星見武雄を破って当選させた。その恩を賀茂が忘れぬよう、しっかりと釘を刺しておく必要があったのだ。


「涼平。旅の疲れもあろう。今宵は付き合わんで良いぞ」


「いえ。傭兵の頃から長旅には慣れておりますゆえ」


「そうか。ならば、ついておいで」


 執事局次長の職掌は総帥の護衛隊長であると同時に、第一秘書でもある。時差ボケなどは気合で吹き飛ばし、恒元の傍につくのが俺の使命だ。恒元に連れ添って宮殿を後にすると、俺はその威厳に満ちた後ろ姿を追い続けた。 


 その日の19時。


 東京新宿区紀尾井町にあるホテルニューオーイケでは、賀茂新総理と中川恒元の晩餐会が開かれた。賀茂総理を含めた新内閣の関係者が中川恒元に挨拶する盛大なパーティーだ。


 晩餐会では恒元が主賓であり、賀茂総理がホストという構図。恒元が円卓のメイン席に座り、その右側に首相が、左側に幹事長の咲原さくはら康吉やすよしが位置取った。また、咲原幹事長の右側には内閣官房長官を務める霧山きりやま歳郎としろうが着席していた。


 この晩餐会の目的は二つある。ひとつ目は、日本国の政治権力を担う自由憲政党首脳陣がフィクサーへの忠誠をアピールすること。そしてふたつ目は、新体制への期待感を醸成することである。


 恒元は賀茂総理ら新内閣の面々に労いの言葉をかけた後、自らが掲げる経済政策の方針などを語って聞かせた。


「民主社会主義が世界を席巻しておるが、所詮この国には馴染まぬ思想だ。君たちには保守の旗印の下で一致団結し、日本人のあるべき姿を守り抜く牙城となって貰いたい」


「承知しております」


 そう言った賀茂に対して恒元は深く頷いて見せた。


「それと、昨今の東京における港区議選挙で自由憲政党が過半数を制することは叶わなかった。これは痛恨の極みと云って良かろう。これもひとえに君たちの政治家としての資質にかかわるところであり、早急に手を打たねばならん」


「はい、肝に銘じます」


 恒元の言葉に賀茂が緊張を帯びた顔で頷く。続けて咲原幹事長も頭を下げた。


「我々としても反省しております。全力で改善に努めさせて頂きます」


 すると恒元はゆっくりとした動作で肯首し、葉巻を加えながら言った。


「うむ。それでこそ君たちを権力の座に就けてやって良かったと思える。さて。今宵の宴を存分に楽しむとしよう」


「ありがとうございます」


 賀茂が安堵したような表情を浮かべる。それから、暫しの間、新内閣の面々が恒元の周辺を囲む形で談笑が行われた。賀茂総理は主賓に対して最大限の敬意を示しながら会話を弾ませており、幹事長の咲原はそれを補佐する役割を担っているようであった。


「ところで、賀茂総理。補正予算案の下書きはまとまっておるか」


「ええ。つい昨日に完成いたしておりますよ」


 総理は手招きして秘書官を呼び寄せ、一枚の紙を恒元に差し出す。恒元は受け取った紙へ視線を落とし「うむ……」と頷いてから静かに目を細める。


「……なるほどな。だが、まだだ。これでは国民は救えぬ」


 そう言って、恒元はテーブルの上で補正予算案の下書きを指先で撫でる。それから、暫く考え込むような素振りを見せた後、再び口を開いた。


「国債の発行量を5倍にせよ」


 その言葉に出席者全員が言葉を失い、唖然とする。


「5倍ですと!? 此度の補正予算規模は、せいぜい数千億が限度でありますぞ!?」


 賀茂総理の抗議に恒元は「それでは不十分なのだ」と返す。


「この好景気を持続させるためには銀行にカネを回し続けねばならん。さもなくば、この国は崩壊の一途を辿るだろう」


「し、しかし、国民が納得いたしますかどうか……」


「安心せよ。新聞に反対意見は欠かせぬ。第一、この国の主権者は国民ではない。我輩だ。それに、もし反対する者が居たとて黙らせれば良いだけのこと」


 賀茂総理は押し黙ってしまった。恒元は葉巻を咥え直すと大きく煙を吸い込んだ。そうして吐き出し、再び言葉を紡ぎ始めた。


「期待しておるぞ。この国を再建するのは君たちエリートなのだ」


 恒元の言葉に賀茂総理を含めた政権関係者全員が頭を下げた。それを見て恒元は満足そうに微笑んだ後、食事を再開する。


「よろしい。難しい話はこれまでだ。あとは、ゆっくりと過ごそう」


「はい」


 賀茂総理は恭しく座礼をするとナイフとフォークを動かし始める。その表情には疲れの色が滲んでいた――無理もない。本来、補正予算案は10月にまとめるもの。それを9月中に仕上げて恒元に見せることになったのだから、疲労が蓄積して当然だ。


「さあ、乾杯だ」


 恒元の音頭により晩餐会は開始された。料理人たちが腕によりをかけてつくり上げたコース料理の数々に、出席者たちは舌鼓を打つ。牛フィレ肉のローストビーフやフォアグラのテリーヌ、キャビアなど、様々な高級食材を使った料理が次々と運ばれてきた。しかし、政治家たちは誰しもが緊張感に包まれており、和気あいあいとしたムードとは程遠い雰囲気となっている。


 お生憎様、俺は料理に手を付けることが叶わない。敵対勢力が宴を襲撃してくる可能性が否定できなかったからだ。迂闊に酔っ払わず、常に用心しておくのは側近の役目である。


「総理。如何かな。このワインはベルデュ・ルイミアノ社の1855年のヴィンテージものだ」


 自慢気にたずねる恒元に、グラスに注がれた赤い液体を眺めた賀茂総理は苦笑を浮かべながら応えた。


「ああ、とても美味しいです。私はあまりワインには詳しくありませんが、恒元公がお勧めになるお酒ならどれも確かでしょう」


「そうであろうな」


 賀茂総理は、その反応に安心したのか嬉しそうに頷いてから続ける。


「しかし、この味わい深い香り……まるで貴方のような芳醇な魅力を感じさせられますよ」


「ほう、それは嬉しいことを言ってくれるではないか」


 恒元は賀茂総理のグラスに自分のものを重ねるように掲げて笑みをこぼした後、自らもワインを口に含む。それから一気に飲み干すと、皿の上のステーキを切り分け始めた。その様子を見た霧山官房長官が恒元に対して話しかける。


「恒元公。実は私、今日こうして貴方様をお招きできたことを光栄に思っております。私がこのような立場にあり続けられるのも貴方様のおかげです」


 賀茂の言葉に恒元は鼻を鳴らして言う。


「殊勝な物言いだな」


 すると、霧山長官はハッとしたように目を伏せる。


「し、失礼いたしました。決してそのようなつもりでは……」


 恒元はそんな霧山の態度に苦笑すると「冗談だ」と一言付け加えてから言葉を続ける。


「構わん。君の忠誠は理解しておるつもりだ。何せ我らが財団ざいだんに大枚の寄付をしてくれておる」


 恒元の云う『財団ざいだん』とは『中川なかがわ叡智えいち財団ざいだん』のこと。私立病院の経営や医療技術の研究開発を手掛ける日本最大の業界団体で、中川恒元が代表を務めている。無論、実際には恒元がマフィアとしての本性を隠すために設立したもので、この隠れ蓑のおかげで彼は世間的には「医療界のドン」という認識になっている。


 中川叡智財団は莫大な寄付金によって成り立っており、多くの企業や政治家が毎年多額の資金を投じている。当然、この場に居る政権首脳もその例外ではなく、恒元の言葉通り、財団に莫大な寄付を行っていた。


 霧山官房長官は、ほっとしたように胸を撫で下ろしながらも笑顔を取り戻す。


「それはありがたいお言葉です。これからも恒元公のお役に立てれば幸いでございます」


「うむ」


 恒元はニヤリと笑ってから、再び料理を口に運び始める。その様子を見ながら咲原は、ホッと胸を撫で下ろすのであった。


 やがて夕食会は幕を閉じる。賀茂首相は恒元に、小柳前政権が承認取り消しおよび廃止した18事業の再開を約束。他にも開会中の臨時国会に恒元の指示通りの改革案を提出することを確約し、ひとまず一件落着となった。


「では、頼んだぞ」


 賀茂首相以下政府関係者全員に見送られ、恒元と俺は専用リムジンに乗ってホテルニューオーイケを後にした。傍から見れば、時の総理大臣が医療界のトップに平伏すという異様な光景でしかない。だが、これを報じるメディアは無い。恒元が持つ秘宝『以津真天の卵』は表社会の完全なる制御を可能としているのである。


 車に乗り込み、走り出した途端、恒元は後部座席で一服を始める。俺が恩賜のライターで葉巻に火をけてやると、彼は嬉しそうに笑った。


「お前がそばに居てくれるだけで、我輩は聖剣アロンダイトを手にしたような心地になる。何と心強いことか」


「いえいえ。勿体なきお言葉にございます」


 丁寧語も板についてきた。柄にもないことをやっている自覚はある。だが、全ては恒元のお気に入りであり続けるため。あの日、華鈴と二人で抱いた夢を叶えるためならば喜んで魂を差し出そう。


 恒元に、その強大な権力で弱者救済を成し遂げて貰うまでは――まあ、何にしたって先ほどのホテル地下駐車場における光景は圧巻だった。日本の大御所政治家たちがフィクサーに対して恭順の意を表していた。一部始終を見た俺は不思議な興奮をおぼえていた。


「……」


 そんな中、吐き出す煙で車内を燻しながら、恒元が話しかけてくる。 


「時に涼平。民主社会主義者どもの主張は絵空事ばかりで聞くに堪えぬ。この世界に真の平等など存在しないというのに。貧乏人を富ませたところで何になるというのだ」


「仰る通りでございます」


 私情を抑え込んで相槌を打つと、恒元はさらに続ける。


「近頃は政治家のみならず、博徒どもの間でも民主社会主義に傾倒する者が目に付く。嘆かわしいことよ。博徒とは本来、博奕を生業とする者たち。その手で金儲けをするのが性分なのだ。なのに、それを捨てるとは何事か」


 恒元の苛立ち混じりの愚痴に俺は心の中で『誰だって自分や家族の生活を考えて生きていかなければならないのだ』と反論したくなる。だが、ここで下手に楯突いても何の益も無いので俺は何も言わなかった。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、恒元は続ける。


「甚だしいのは秀虎だ。極道の本懐を忘れ、学友との戯れにうつつを抜かすとは笑止千万。銀座の猛獣の名を継ぐ男が、聞いて呆れる」


 無論、俺は言い返すことをしない。秀虎の努力は百も承知だが、今の俺とは関係が無い。何より、目の前に居るのは国内最高の権力者である。ただでさえ、この老人は気難しい性格をしているのに、下手なことを言って彼の逆鱗に触れたくはないのだ。


 一方で恒元はさらに続ける。


「最近では若者たちの間でも民主社会主義が浸透し始めている。これもまた問題だ。今の日本の将来を担う若者の多くが社会主義者に転向してしまったら、この国はどうなると思う?」


 恒元の問い掛けに対し、俺は無難に答えることにした。


「国の秩序が乱れかねません」


 すると恒元はニヤリと笑って、俺の肩を叩く。


「そうだ。その通りだ。だからこそ、我輩がき方向に国を導いてやるのだ。万物を統べる王としてな」


 得意気に語って見せた恒元の傍で、ただただ俺は堪えていた。出来る限りの微笑みをつくって、こたえながら。


「……」


 車が宮殿に着くと、俺の仕事は終了。今宵は恒元の夜の相手はしなくて良い。彼は久々に夫人とふたりきりで酒を飲みたい気分なのだという。


 恭しく「おやすみなさいませ」と言葉を残し、帝王の城を出た俺だが、三丁目の家へまっすぐ帰ろうという心地ではない。燻った心を晴らすには一杯やりたいところ。俺は足を真逆の方面へ向けた。


 このまま帰って、妻を抱こうという気にはどうしてもなれない。それに、何よりも疲労感が尋常ではなかった。肉体的なものもあるだろう。何せ、アイスランドから日本まで飛び、それから恒元の夕食会に付き合わされていたのだ。


 何よりも精神的に疲れていた。それは恐らく、秀虎のことが頭を離れないからであろう――あいつは俺が裏社会に誘った男。そして、昨年の銀座継承戦争で旗印に担ぎ上げた存在。


 ボランティア活動に精力的な秀虎は、現状の組織の中においては完全に浮いてしまっている。秀虎も秀虎なりに苦悩を抱えて生きていることは承知しているのだが……。それでも彼への嫌悪感が渦巻いていた。


「秀虎……」


 その名前を呟く度に俺の心は掻き乱される。この胸中に渦巻くモヤモヤとした感情は一体何なのだろうか。


 俺は秀虎のようになりたくはない。だからといって彼のことを憎んでいるわけでもない。複雑な想いを胸に抱えたまま、歩き続ける――そのうちに錦糸町のバーへと辿り着いていた。


 カランコロンカランと扉を開けると、カウンターで酒を飲む男を発見して嘆息がこぼれる。例によってあの男だ。今日は共に飲もうというメールは交わしていないというのに。


「けっ。笑えるぜ」


 舌打ちを鳴らしながらも、俺はその男の隣に腰かける。


「あれ? 麻木クン? 新婚旅行でアイスランドに行ってたんじゃなかったの?」


「今日、帰ってきたところだ」


 そう隣の男に応じてから、俺はマスターに注文する。


「バーボンをロックで飲ませてくれ」


「へい」


 憂さ晴らしに煙草を取り出し、火を点ける。白い煙をくゆらせながら、隣の男と対峙する。


「お土産は?」


「ねぇよ」


「はあー。これでもキミの良き友人のつもりなんだけどなあー」


 男――菊川きくかわ塔一郎とういちろうは、わざとらしく笑いながら卓上のカクテルをぐいっと飲み干す。そうしてマスターに「おかわり」と頼むと、俺の目を見据えて頬を緩めた。


「その顔じゃ、どうせまた何か悩み事を抱えてるってところか」


「まあな」


「なら相談に乗るよ」


 菊川は優しく微笑む。そして「で?」と訊いてくる。俺が何も喋らないでいると、彼は続けた。


「ボクなんかで良ければいくらでも話してみなよ」


「馬鹿野郎」


 俺の返事に笑い声をあげる菊川。こんなお調子者と、どうして酒を飲んでいるのだろう。まるで分からない。しかし、この男の側に居ると何故か心が安らぐ。


「何だよ?」


「いや……」


「まあ、良いや」


 俺が言葉を濁しても、菊川は特に追及することもなく話を続ける。この適度な距離感が心地よかった。


「で、悩みとは何さ?」


 菊川の質問に対して、俺はため息をぶちまける。それから、マスターが差し出したバーボンをひと口飲んでから話し出すことにする――まあ、今さら隠し事をしても仕方が無いだろうと思ったからだ。


「……秀虎のことでな」


「銀座のお坊ちゃんがどうかしたの?」


「あいつを見てると落ち着かねぇんだ」


「華鈴ちゃんを寝取られるかもってか?」


 菊川は興味深そうに身を乗り出してきた。その顔を見ているだけで自然と苛立ちが募ってゆくが、自然と口が開いてしまう。


「あんな極道の風上にも置けん半端者に華鈴が心を奪われるわけねぇよ。ただ、俺と違って……秀虎は夢を叶えようとしている。貧しい人を救うっていう夢に、近づこうとしてるんだ」


「そうなのか」


 菊川は笑顔を引っ込めて真面目な表情になる。そうして暫く思案顔になってから「ふぅん」と唸ってみせるのだった。


「で、それが何なのさ?」


「俺は、あいつみたいに出来ねぇ。俺は人を殺すことしか能がぇ男だ」


「そうか」


「それが腹立たしい。あいつばかりが夢に向かって前進してる。それなのに俺は……俺は、いつまでたっても現状を変えられないでいる……」


「つまり、秀虎クンへの嫉妬かい?」


「そうだ」


「だったら話は簡単じゃないか」


「えっ?」


 俺の反応を見て菊川は可笑しそうに笑ってみせる。


「キミも秀虎クンと同じように行動すればいいだけの話じゃないか」


「……」


「恒元公に仕えていれば、秀虎クンみたいに他人ひとを助けられないって云うんだろうけど、それはキミ次第だよ。今の生活を続けながら慈善活動を繰り広げる手段はきっとあるはずさ。要はキミの意志次第なんだよ」


「簡単に言ってくれるぜ」


 やや苛立ち気味に言い返す俺。だが、菊川は一枚のパンフレットを渡してきた。俺はそれを受け取って表紙に目を通す。


「何だ、これ?」


「ボクが最近関わってる慈善団体さ」


「へぇ、慈善団体ねぇ」


 皮肉混じりに呟いてからページをめくる――そこには炊き出しの準備をする人々の写真と共に様々な紹介文が書かれていた。俺はそれを読み進めながら菊川に問いかける。


「こりゃどういう集まりなんだ?」


「困っている人を助けるための団体さ。今は韓国に拠点を置いてるんだけど、近いうちに日本でも展開してゆく予定なんだ」


「ふぅん」


 俺はパンフレットをパラパラと捲りながら適当に相槌を打つ。それからバーボンを喉に流し込み、タバコを吹かした後に言った。


「で、何で俺にこんなもん見せるんだ?」


 すると菊川はニヤリと笑って応える。


「キミも参加してみないかい?」


「冗談。俺は暇じゃねぇ」


「キミ、相変わらず口が悪いなぁ」


 菊川は愉快そうに笑ってから言葉を続けようとする。だが。


「すまんが、今の俺には出来ねぇことだ」


 そう言って、テーブルに1杯分の飲み代を置くと俺は席を立つ。そして菊川に背を向けて店を出ようと扉を開ける。


「ははっ。キミらしいね」


 菊川はわらい声を上げたが無視する。そのまま外に出ると、夜風が俺の肌を撫でてくる。その冷たい感触が心地よい。菊川はわらい声を上げたが無視する。そのまま外に出ると、夜風が俺の肌を撫でてくる。その冷たい感触が心地よい。美しい夜景を眺めながら独り考える――俺は本当に秀虎のようになりたいのか?


 答えは否だ。俺はあいつらのようにはなれないし、なりたくないのだ。ならばどうすれば良い……。


 宵闇に身を躍らせて大通りを歩いていた俺は、不意に気配を感じて立ち止まる。振り返ると一台のセダンが近くに停車していた。窓から艶めかしい女性が顔を覗かせていた。


「涼平!」


 藤城琴音だ。思えば、華鈴との結婚式以来、顔を合わす機会はあれども話し込むことが無かった。ほんの少しばかりの新鮮さに頬を緩めた俺は片手を上げて応じる。


「よう」


 胸元が少し開いた白いブラウス姿。相も変わらず良い肢体カラダをしていやがる。美しい雌豹め。


「こんなところで会うなんて偶然ね。飲んだ帰り道?」


「まあ、そうだな」


 グラス1杯くらいしか飲んでいないので、まったく酔えていないのだが――気付けば俺は琴音の車に乗せられていた。彼女に誘われるがまま。男としての情けなさは微塵も感じずに。


 後部座席のシートへ腰を下ろすと、琴音が悪戯いたずらっぽく体を触れ合わせてくる。彼女の掌が俺の股間に這う。思わず声が出た。


「よ、せやい」


「うふふっ。ここは嫌がっていないようだけど?」


「ったく……藤代ファンドの社長様は悪ふざけがお好きなこって……」


 舌打ちを鳴らしながらも、後ろめたい快感に時を預ける俺。程なくして車が動き出すと、対照的に琴音の戯れは止まる。無論、物足りなさに不満をこぼすほど素直な男ではない。


 代わりにほざくのは不平不満だ。アルコールが情緒に作用していないことを惜しみつつも、らしくもないことを抜かしてみる。


「……寂しい」


 酒を言い訳にする気など毛頭にない。ひとえに今の気持ちを打ち明けたかった。最愛の妻には見せられぬ姿をさらけ出したかった。一人の弱い男に戻りたかった。そうでもしなければ、精神が沸騰してしまいそうだった。


 未だかつてない寂寥が身体を蝕んでいた。


「何が寂しいの?」


「色々とな」


「ふぅん」


 意味深長に返事をする琴音を顧みると、艶やかな眼差しがこちらを見ていた。その瞳を見つめ返しながら、俺は呟くように言う。


「……俺は秀虎みたくなりてぇんだろうな」


 すると彼女は笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。


「冗談でしょ?」


「半分本気だ」


「まあ、無理よね。秀虎君はああいう奴だけど、今さら涼平に軟弱な生き方は似合わない」


「かもな」


「あなたがどんな人かはよく知ってるつもりよ。私にとっては今も変わらない大切な存在だし」


「ありがとよ」


「だから……涼平は涼平のままでいて」


 琴音の瞳に切なさが宿る。息を呑まされた俺は、思わず食い入ってしまう。


「琴音?」


「私がどうしてあなたのことを好きになったか。忘れたとは言わせないわよ」


 ああ。忘れるわけがない。忘れられるほど俺は真面目ではない。


 俺の中で苦しさが燃える。激しく、音を立てて、体全体を揺れ動かしながら。得体のしれない何かに背中を撫でられたかのごとく、心が騒ぎ、同時に昂っていた。


「……嫌な女だ」


 ため息をき、俺は琴音を抱き寄せると唇を貪った。そんな俺の行動が計算通りだったのか、琴音は瞬く間に気を良くした。互いの体が離れた途端、彼女の笑みが躍った。


「うふふっ」


 その瞬間、俺は爆炎に呑まれた。自制のタガを壊し、琴音のブラウスのボタンをひとつひとつ外してやる。次第に白磁のような双丘が露わになっていった。


「はぁっ!」


 琴音の艶かしい吐息を耳にして、俺は自分のものがギンギンに硬直していることを感じ取った。そのたぎりに従って本能を解き放つ。そうすることで、この燃える苦しみを忘れられると信じて疑わずに。


「琴音。俺のものになってくれ……今だけでも……」


 懇願にも似た言葉を吐いて、俺は琴音を押し倒す。彼女も拒否することなく受け入れてくれる。それどころか、自ら積極的に俺を迎え入れてくれた。


「うふふっ。本当に可愛い子だわ、涼平って」


 琴音の手が俺のものを握りしめる。そしてそのまま上下運動を始める。


「ああっ! そ、そこだ……!」


「ここ?」


「ああ。琴音の手、気持ち良いぜ!」


「嬉しいわ」


 恍惚とした表情を浮かべて、琴音は指先で亀頭部分を触ってくる。その刺激に耐え切れなくなる寸前で手を止められた。俺は苛立ちながら問いかける。


「何で止める!?」


「駄目よ。もっと焦らさないと面白くないでしょ」


「くっ……我儘わがままな女だ……」


 俺は堪らず琴音の秘部へと手を伸ばした。すでに熱く潤っていることを確認すると、そこに顔を埋め込んだ。舌で弄んでやる。


「ひゃうんっ!」


 突然襲いかかる快感に、琴音は嬌声を上げて仰け反った。構わず俺は彼女の股間に顔を埋め込みながら舌を伸ばす。


「ひゃあんっ!」


 甘く蕩けた声で啼く琴音。その反応に満足しながら、俺は舌の動きを激しくする。陰核を口に含んで吸ったり舐めたりしながら膣内を味わった。その度に琴音は身体をビクつかせて喘いでくれる。


「ああっ! 涼平ぃ……ダメェ……もうイッちゃう……!」


 絶頂を迎える寸前まで追い込まれた琴音だったが、そこで彼女は俺の頭を掴んで制止した。そして妖艶な微笑みを浮かべながら囁く。


「涼平。私の中でイカせてあげるわ」


 琴音の言葉に頷いた俺は――己の振る舞いが不真面目だという自覚はあった。哀しいかな、俺は男だ。目の前に愛しい女が現れれば、本能に身を任せてしまうものだ。


 気付けば、後部座席で二人とも全裸になっていた。何度の絶頂を迎えたであろうか。互いに肩で息をして抱きしめ合う。


「琴音……俺は……」


「何も言わなくて良いわ。分かってる。華鈴ちゃんの前では格好良い男でいたいものね。だけど、私の前では正直になって欲しい」


「……ああ。すまねぇ」


 そう呟くと俺は再び彼女の唇を求めた。すると琴音もそれに応えてくれる。暫くの間、互いの唾液を交換しあった後に口を離すと銀色の糸が引く。切なさを感じさせながらも、ゆっくりと顔を遠ざけた。その後、琴音は微笑むと言った。


「涼平は華鈴ちゃんを愛することだけ考えれば良い。大丈夫。あのは分かってくれる。どんなあなたでも優しく包んでくれるから」


「あいつは俺には過ぎた女だ。今が幸せ過ぎて怖くなっちまうくらいにな」


「涼平らしい言い方ね」


 俺の言葉に琴音は楽しそうに笑う。そんな彼女の笑顔に流され、俺も頬が緩んだ。それから俺たちは、暫くの間、他愛もない会話を楽しんだ後に別れたのだった。


 車から降り立った俺は、再び孤独ひとりの大通りを踏みしめる。何故だろう。不思議と寂しさは消えていた。胸の奥に残る高揚感だけが確かな証となっていた。


 琴音との一夜の交わりは、俺にとって必要不可欠なものであった。心に灯った温もりを噛み締めながら、俺は新たな一歩を踏み出せることを実感する。


 俺は華鈴の夫であり、殺し屋だ。為せることと云えば、人を殺すことくらい。これからも多くの命を奪い、血にまみれる未来が待っているだろう。それでも構わない。愛する女のために生きる覚悟は出来ている。


 そんな決意を新たにした俺の前で信号が青に変わった。横断歩道を渡る。やがて、赤坂三丁目の住処へと辿り着いた俺を待っていたのは、愛しい妻だった。玄関先で俺の帰りを待ち侘びていたのであろうか。柔らかな微笑みを浮かべた彼女を見ただけで、胸が熱くなるのを感じた。その想いの赴くままに抱き寄せる。


「華鈴……」


「おかえりなさい。涼平」


「ただいま」


 その言葉を聞いた途端、華鈴の瞳から涙がこぼれ落ちる。彼女は嬉しそうに俺の胸に顔を埋めてきた。その姿が愛おしくて仕方がない。俺は優しく頭を撫でてやった。暫しの間そうしていると、妻は落ち着いたように顔を上げる。


「あたし、ずっと待ってたんだよ?」


「悪い。遅くなった」


「ふふっ。許してあげる。だって涼平だから」


 そう言って華鈴は頬を擦り付けてくる。その仕草にドキリとするも、必死に平静を装って彼女の体を引き離した。


「飯はまだなのか?」


「うん。涼平と一緒に食べたかったから」


「そうかい……」


「さあ、ご飯にしよう。温め直すだけだから」


「ああ」


 華鈴に続いてダイニングキッチンへと向かう。


 テーブルに並ぶのはポークパスタにチーズのサラダ、コンソメスープといったシンプルなもの。さしずめ喫茶店用の仕込みの残りだろう。されども十分すぎるほど美味しく感じる。華鈴がつくってくれたという事実だけで俺は嬉しくなる。


「いただきます」


 手を合わせると早速食べ始めた。まずはコンソメスープを一口ひとくちすする。


 美味い。


 自然と嘆息が漏れるほどの美味さであった。俺のために丹精込めてつくったであろう料理を口の中へ放り込み、しっかりと咀嚼し嚥下する。その様子をじっと見守っていた華鈴は、安心したような笑みを見せた。


「美味しい?」


「ああ。最高だぜ」


「良かった」


 心の底から嬉しそうな声色で答える妻は、俺の隣に腰かけて一緒にフォークを取る。そんな彼女を眺めながら、幸せな時間だと改めて思う。


 ああ、やっぱりこいつと結婚して良かった。


 こんなにも幸せな日々を送れているのだから当然のことだが、それ以上に大切なものを得た気がする。愛しい女と夫婦めおとになり、一つ屋根の下で暮らす喜びは何物にも代え難い。


 そんなことを考えているうちに食事を終えた俺たちは、仲睦まじく洗い物をしてから風呂に入る。先に入浴を終えた俺はソファーでくつろいでいたが、湯上がりの華鈴が風呂場を出るなり抱きついてきた。その行動に戸惑う俺だったが、すぐに理由は分かった。


「んっ」


 可愛らしいリップ音を響かせてキスをする。彼女は甘えるような声を出し、俺の胸に頬を撫で付けた。その行為を受け入れながら優しく髪を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細める。


「甘えん坊だな」


「うん。涼平の前だとどうしても駄目なの」


「しょうがねぇ奴だ」


 そう言いながらも頭を撫で続けてやると、彼女はますます強く抱きついてくる。その様子が可愛くて仕方ない俺は、彼女の唇を塞いだ。


「んぅ」


 艶やかな吐息を漏らす華鈴。濃密な時間は数分ほど続き、俺たちは夫婦の寝室へ雪崩なだれ込む。二人してベッドに飛び込み、互いに衣を脱ぎ捨てる。


 俺たちの一日は斯様な形で幕を閉じるのが常だ。俺は華鈴を強く抱きしめ、口づけを繰り返しながら眠りにつく。この日々を守るためにこそ、俺は人を殺すのだろう――そうやって、明日へ続く今日に、心安らかに眠るのであった。


 ただ、翌日は至って滑らかな形で始まった。


 2006年9月29日。


 この日は恒元は宮殿で午前中から夫人と茶を飲んで談笑しながら過ごし、俺に暗殺ころしの仕事を申し付けることなく午後を迎えた。『助勤の一人が村雨組系の売人と駒込で小競り合いを起こした』という報告こそ飛び込んできたが、恒元は『適当に追い払っておけ』の一言のみで片付け、特に報復行動を命じることは無かった。共に煌王会を相手にしている関係上、村雨組が敵に回ることは無いと考えたのだろう。あるいは、この程度の小事などで気を揉むなどくだらないと思ったのかもしれない。


「何もかもが上手く運んでおる。素晴らしいことだ」


 そう微笑み混じりにこぼす恒元は、午後を読書に費やした。そして夕食はステーキと白ワインを楽しんだ後、傍に控えていた俺に言った。


「まだ20時か。寝るには少し早い時間だな」


「ええ」


「よし、押上へ行くぞ。土建屋どもの尻を叩いてやるとしよう」


 なんと、これから恒元は墨田区の建設予定地を見に行くという。押上地区の解体工事に携わるフランス系建設会社の仕事ぶりを眺めたいのだとか。


「閣議による承認からひと月で、斯様にも早くあの辺りの土地が空くとはな。極星連合の息のかからぬ業者を我輩が選りすぐった甲斐があったな。ふははっ」


「ええ、仰る通りでございます」


 恒元は外出用のスーツに袖を通すと、颯爽と執務室を出て駐車場へと向かう。道中、話しかけてくる者がいた。先ほど総帥の会話に名前が出た、酒井と原田である。二人の目は、俺が思った以上に疲れた様子であった。


「次長……お噂はかねがね……玄道会を壊滅させたそうっすよね、さっすがは俺のヒーローだ」


「兄貴……俺も兄貴みてぇに強くなりてぇっすよ、人殺しに疲れるようじゃ稼業の男っすよね」


 俺は胸が締め付けられる思いだった。自分が東京で呑気に過ごしている間に、彼らは関西で血にまみれて狂気の戦いを繰り広げていたというのだから。


「いや、お前たちはよく頑張ってるよ。これからも頼むぜ」


 そう言うしかなかった――ここで『すまねぇな』と言えたら如何に心が楽になったであろうかと、苦しさに身を焦がしながら。されども、愛する人と共に見た理想のためには恒元の覇道を邁進することこそが唯一にして絶対のやり方である。


「……」


 苦しさの中で、俺は恒元と共にリムジンへ乗り込む。そこには酒井と原田が同乗した他、別の車に分かれて17名の助勤が付いてくることとなった。


 数十分後。


 車に揺られて到着した墨田区押上の建設予定地は、思った以上に建物の解体が進んでいた。『予定地』が既に『現場』になっている、と云うのが妙であろうか。


「うむ! なかなかのものであるな!」


 降車するや満足そうに笑った恒元は、工事に励むフランス人技術者たちを彼らの母国語で鼓舞する。


「Je te souhaite un bon travail. Après tout, nous les laissons gagner de l’argent au Japon.(良き仕事を頼むぞ。せっかく日本で金を稼がせてやっているのだからな)」


 その声を受けたフランス人らは『Bien sûr.(勿論です)』と、フランス語で応えた。


「しかし……次長、どうして外資に頼んだんです? 東北の田舎者どもにびた一文渡しちゃならねぇのは分りますが、何だってフランスの土建屋に?」


 きょとんとした表情で鮎原が俺に尋ねる。俺は「ああ、こいつらはな……」と説明を始めた。このフランス人たちこそ恒元公の推し進める新東京タワー建設の工事を墨田区押上で行っている建設会社なのだということ、そして俺が今夏にサングラント・ファミール日本支部を壊滅させたおかげで彼らと縁が出来たことを。


「こいつらはサングラント・ファミールに上納金を払わされていたが、俺が横浜の拠点を潰したおかげで締め付けが緩んだ。その礼として、俺を擁する中川会に協力してくれているんだ」


「なるほど……しかし、よくもまあ外資に仕事を回せましたねぇ。フランスは欧州の経済大国ですよ」


「ああ、だから俺も驚いたさ」


 俺は苦笑しつつ、純真無垢な瞳の鮎原に言った。


「恒元公の目は既にこの国を飛び出し、世界へ向いておられるってことだ」


 そんな会話の後、恒元は一軒の建物を指差した。


「む? あそこだけ解体が完了しておらぬようだが……?」


 するとフランス人の現場監督らしき男が苦々し気な表情で口を開く。


「カラー・モブとかいう日本人の不良少年が住み着いておりまして。工事の邪魔をするので手を焼いているのですよ」


「ふふっ、そうだったか。では、ちょうど良い機会だな」


 恒元はにやりと笑うと、助勤たちに言った。「片付けておいで」と。


 すると彼らは「ギャハハッ!」と口々に雄叫びを上げ、各々の得物を片手に近づいて行く……ところが、その直後だった。


 背筋がゾクゾクと震えた。この感覚は闘気か。何やら銃口が自分の方を向いている気がする。


「失礼いたします!」


 咄嗟に恒元の体を覆うように動いた、次の刹那。


 ――シュウウウウッ! ドガァァァァン!


 爆発が上がった。俺たちがいた場所から数十メートルほどの距離で、大爆発が発生したのである。


「っ……!」


 目をやると、爆風で吹き飛んだフランス人らが倒れている。失神している者もいれば、ピクピクと身を痙攣させる者もいた。


 どうやら誰一人死んではいないようである。


「総帥! お怪我はありませんか!」


「ああ、何とかな」


 一方で恒元は無傷であった。流石の彼もこれだけの至近距離であれだけの大爆発が起きたものだから腰が抜けてしまったらしいが、それでも命に別状は無いようだ。


 しかし……。


「鮎原! おい、しっかりしやがれ!」


 程なくして聞こえた声に俺は目を見開く。その方向に視線をやると、血まみれになった鮎原を助勤たちが囲んでいた。


 爆風に巻き込まれたか。思えば先ほど、銃を片手に建物へと真っ先に走って行ったのは彼であった。


 俺も慌てて駆け寄り、叫ぶ。


「病院だ!」


 その後、鮎原は病院へ運ばれて何とか息を吹き返した。しかし、全身の打撲と裂傷で暫くは動けないとのこと。


 突然のロケットランチャーによる攻撃――中川恒元の命を狙ったものであることは一目瞭然だった。


 無論、恒元は激昂した。


「舐めた真似をしてくれるではないかッ! 愚か者どもめッ!」


 然もありなん、今回の出来事は明らかに墨田区へ赴くという恒元の行動予定を把握している人間の仕業だったのだから。


 その晩、臨時理事会を招集した恒元は幹部たちに怒号をぶつけた。


「貴様ら……そうまでしてこの我輩の命を奪いたいか!? 忠誠心やらは何処へ行ったのだ!?」


 重忠が「落ち着かれませ」と宥めるが、恒元は「黙らぬか!」と一蹴して言葉を続ける。


「此度の件の下手人は探すまでも無い……貴様らだ! 涼平を除く、この中の誰かなのだ!」


 暗黒の帝王の激憤を前に、誰も彼もが唇を噛んで顔を見合わせていた。そんな中、恒元は理事長を指差す。


「おい、たかむら! 貴様、先刻よりどうして我輩の目を見ようとしないのだ!?」


「わ、私でございますか……」


「そうだ! 醜き企みが失敗に終わったことで怯えておるのではあるまいか!?」


「め、め、め、滅相も無いことで……」


「黙れッ!」


 次の瞬間、室内に銃声が轟いた。


 ――ズガァァァン! ズガァァァン! ズガァァァン! ズガァァァン!


 恒元が銃を乱発し、理事長の体を蜂の巣に変えたのだ。銃弾が次々と着弾した理事長は崩れるように仰向けに倒れ、白目を剥いた。


「ぐあっ……ぐあっ……」


 彼は動かなくなった。中川会理事長にして直参白水一家総長のたかむら豊斎ほうさいは、この日、怒りで我を忘れた総帥の行動によりあっけなく命を散らした。


 なおも恒元は皆を睨む。


「貴様ら……これで勝ったつもりでいるのか? 我輩をここに連れて来るまでが目的だったのか?」


「い、いえ、決してそのようなことは……」


 幹部たちが恐縮する中、重忠が進み出でて言った。


「勘違いはやめて頂きたい。我々が総帥に危害を加えるなどと云うことは金輪際無い」


「ほぉう……?」


 そう応える恒元の顔は見る見るうちに殺意に満ちた怒り顔に変化してゆく。それを見て原や井上を始めとする他の幹部たちは震え上がった。


「では、何だというのだ!」


「我らは命を賭して恒元公にお仕えしております! ですから……」


「ゆえに忠義深き自分たちを下手人と決めつけるなど許しがたいと申すか! 貴様も同じ目に遭いたいらしいな!」


 恒元は銃口を重忠に突きつける。しかし、彼はまったく動じない。


「撃ちたければお撃ちください!」


「何だと?」


「私の命は恒元公にお預けしております! 生殺与奪の権を握られるも自然の至り! 少しでも怪しき点があれば殺して頂いて構いませぬ!」


「よくぞ申したな……重忠よぉぉぉぉぉぉ!」


 直後、再び銃声が響いた。しかし、重忠は立ったまま。発砲の瞬間に銃口を反らし、恒元は彼を殺さなかったのだ。


「その意気に免じて貴様だけは生かしてやる……」


 鼻を鳴らし、銃を懐に仕舞い込んで恒元は言った。怯え竦む幹部たちを睨み、地鳴りにも似た声色を轟かせながら。


「……ここに御教を発するッ! 此度、我輩を殺そうと謀った下手人の首を急ぎ持って参れッ! さもなくば、貴様らを一人ずつ殺してやるぞッ!」


 そうして恒元は椅子を蹴り飛ばし、総帥執務室へと去って行く。


 時刻は深夜3時。何時いつの間にか日付が変わっている。会議室は依然、騒然とした空気に包まれていた。


「おい……兄貴のところの手下じゃないだろうな?」


「知るかいな。おどれのとこだろう?」


「まさか。あり得ない。何故なら恒元公は俺の恩人だからな」


「ワシかて恒元公は恩人や……」


 重臣同士が疑心暗鬼に陥っている。もはや互いの腹を探り合うことさえ出来なくなってしまったらしい。


 俺は彼らに呆れながらも、一方で同情を禁じ得なかった。恒元は間違いなく暗黒の帝王である。それも、一度ひとたび暴走すれば誰にも止められぬほどの危険人物だ。彼を前にして恐怖に足が竦むのは当然だ。


 床に転がった篁理事長の射殺体のそばで、誰もが同じ轍を踏むまいとしている。


「どうするんだ……? このままでは麻木以外の全員が殺されることになるぞ?」


「そうなる前に、下手人を見つけなければなりますまい」


「だからって、どうやって見つけるんだよ」


 そんな会話が聞こえてくる。彼らは真剣な表情で頭を捻っていた。


「俺たちの中に裏切り者がいるのかよ……」


「いや。そんな馬鹿な」


 皆、まるで蛇が自らの尾を喰らうかのような醜態を晒していた。門谷次郎は腕を組んで顔をしかめ、櫨山重忠は姿勢を正して着座しながらも両肩を震わせ、原吉邦と井上孝一と田山傑婁は三者三様にわめき合い、酒井義直はあたふたする原田和彦を宥め、本庄利政はすり寄る葉室はむろ旺二郎おうじろうを無視してあしらい、眞行路秀虎は呼吸を乱してパニックに陥っている。


「……」


 どうする――俺は悩まなかった。


「皆っ! 落ち着いてくれっ!」


 全員の視線が集まる静寂の中、俺は言葉を紡いでのける。すらすらと。さながら本能に身を任せて。


「今回の下手人は白水一家だ。奴らを討ち滅ぼせば、総帥もご納得くださるだろう」


 各々が顔を見合わせる。当然だ。猿知恵にも等しい暴論だということは自分自身でも痛いほどに分かっていた。


「理事長んとこの仕業しわざだと? どうして分かるんだよ!」


「この野郎! 適当なこと抜かしてんじゃねぇぞゴラァ!」


「自分だけ安全だからと良い気になるなよ! 成り上がりの若造は引っ込んでおれ!」


「せや! さっさと出て行けや!」


 原、井上、田山、葉室が俺に感情をぶつける。いずれも前々から蓄積していたものを吐き出すかの如く。そんな彼らを「口を閉じろ!」と一喝したのは酒井義直組長だった。


「まだ分からんのか。涼平君は皆を救おうとしてくれているんだよ」


 酒井組長の言葉で皆が静まる中、隣の原田総長が震えた声でたずねかける。


「どういうことだよ! 兄貴!? 全てを白水一家のせいにすることが、どうして俺たちを救うことに繋がるんだよ!?」


 しかし。


「それ以上は仰らんでくださいッ! 原田の兄貴ッ!」


 斜向かいの重忠が啖呵をもって遮った。咳込み始める酒井組長の代わりを引き受けるかのごとく、重忠は涙声で言った。


「命が惜しい……それだけで良いではございませんか……私も……貴方様も……ここに居る全員ッ!」


 重忠は全てを分かっている。一方、なおも原田総長は「ええ? わけが分かんねぇよぉ!」と混乱している。息子と違い、この親分様は頭が悪いな。


 まあ、それはさておいて。


「行ってくる」


 俺は足早に会議室を出た。此度の暗殺未遂劇を篁理事長の仕業ということにすれば、白水一家構成員だけの犠牲で片が付く――怒りに狂う恒元が血を見たがっている以上、他に手は無かった。


 親分衆に救いの手を差し伸べてやる謂われは無いが、これより起こり得る展開を黙って見過ごす俺ではない。そんなことをしては、華鈴が悲しむような気がしていたから。


 意気に燃えた俺は総帥執務室へと向かう。


「恒元公! 麻木でございます!」


 ところが。


「待っておったぞ。涼平」


 入室を許した恒元は、何故か笑っていた。困惑と戦慄、それから諦念を同時に覚えた俺だったが、ひとまず部屋に足を踏み入れる。


「失礼いたします」


「適当に掛けなさい。今、珈琲を淹れてやる」


 ソファに腰を下ろして間もなく、俺は淹れたての珈琲を出された。香り高く澄んだ漆黒の液体からは、柑橘系の爽やかな薫りが漂っている。


「総帥。こちらは?」


「パリからの直輸入だ。あちらの伝統的な淹れ方でな、果実の皮の油で香り付けしてある。この香りが、我輩は幼い頃から手放せぬのよ……」


 そう言って一息に飲み干した恒元は、俺の思考を見抜いたかのように微笑む。そして続けた。


「分かっている。お前の気持ちは重々理解しているよ」


 その言葉を受けてホッと安堵したのも束の間のこと。突如として立ち上がった恒元は、俺にこう言ってのけたのである。


「だがな、涼平。組織を統べるには血が欠かせぬのよ。分かってくれぬか」


 恒元はわらった――その瞬間に俺は悟った。最早、全てが無意味であることを。先月の和泉義輝の件に始まり、思い通りにならない現在いまへの不満が積もりに積もった帝王には如何なる諫言も通用しないことを。


 ただ一言のみ「はっ」と応じる腹心に、恒元は言葉を続けた。


「我輩は皆を殺すことにした。左様な手でも使わぬ限り、誰も思い出してはくれまい。この中川恒元が、唯一絶対の支配者であることを。そうであろう?」


 つくづく傲慢な男だ。この老人がやろうとしていることは単なる八つ当たり。関係ない人間を殺して、憂さを晴らそうとしているに過ぎない。尤も、指摘などするべくもない。


「仰る通りにございます」


 何故なら、俺は恒元のお気に入りであり続けると決めたから。ゆえに直後に施された接吻キスも俺は受け入れた。


「……っ……っ」


 恒元は俺に抱き着き、床へと押し倒した。唇を舌でこじ開け、俺の口内に舌をれてくる。


「んはっ」


 舌が絡み合う。唾液の迸る音が鼓膜に漂う中、彼の手は俺のズボンの中へと這う。


「ああ、愛しい涼平。お前だけなのだ。我輩に必要なのはお前だけだ」


 ただ、俺は黙々と従うまでだ。華鈴のために。愛しい妻の夢を叶えてやるために。


「恒……元……公っ!」


 やがて事を終えた恒元は、俺の精液まみれの肛門をティッシュで拭いながら、優しい声色で語りかけてきた。


「涼平よ。世を変えるために必要なものはひとつ。力だ」


「……はい」


「恐れ、焦り、怒り、悲しみ、妬み、恨み、憎しみ、あらゆる負の産物を許し、気の赴くままに動け。さすれば無限の活力を手にできようぞ」


「承知しております」


「己は何を為すべく生まれたかと愚かな自問自答に耽る必要は無い。全ては快楽を得るためだ。人を殺し、女を抱き、欲を貪る。それだけで良いのだ。それだけでな」


「全ては総帥の仰る通りでございます」


「よろしい。お前には、万物を統べる王に即位する器がある。我輩のもとれば、いずれ我が力の全てを継がせてやろう。約束しよう」


「仰せのままに」


 最後に尻を舐め回すと、恒元は俺の体から離れた。全裸のまま机上の葉巻を手に取り、ライターで火を点ける。紫煙がくゆり上がり、室内に漂い始める。それから彼は窓を開放する。刹那、東の空から夜明けの光が昇ってくる。


「今日は快晴か。気持ちが良いわけだ」


 恒元は煙を吐き出しながら独り言を呟いた。それから、まるで俺の存在など忘れてしまったかのような顔つきで、彼は天を仰いだ。


「見ておるか……愚かな兄よ……」


 その声には明らかな哀愁と寂寥感があった。そんな彼の姿を前にしたとき、俺の中にあった迷いは消えていた。


「お申し付けを」


 同じく全裸のまま、俺は彼に尋ねる。その瞬間、恒元の双眸から哀愁の色が消える。


「逆賊、篁豊斎の一族および白水一家全構成員の首を獲って参れ。なるだけむごたらしいやり方でな」


 すぐさま俺は応じた。


「承知いたしました」


 そうして着衣を戻し、執務室を後にする――向かった先は執事局の詰め所だ。助勤たちは既に割り切っていた。


「すまんが、血が必要だ。つまりはそういうことだ」


 彼らの眼前に立って俺は言った。


「これより白水一家を撃滅する。愚かにも恒元公に楯突いた逆賊を俺たちの手で討ち果たすんだ」


 助勤たちは全員が「ギャハハハッ!」と応えた。皆、一様に獰猛な笑みを浮かべていた。目の周りには紫色の鮮やかな痣。サクリファイスか。笑えるぜ。


 ともあれ、俺は続ける。


「いいか……俺たちの仕事は簡単だ。ただ殺せば良い。殺して、殺して、殺しまくる。それだけだ」


 俺の言葉を聞いて、誰もが涎を垂らした。まさに獣のような形相であった。


「さぁて……楽しもうぜッ!」


 どこぞのロックスターのごとく叫んだ俺は、己の間抜けさを確かに自覚していた。適当な理由を付けて呑み込むには、あまりにも浅ましいことをやろうとしている。人の心を忘れた稀代の虐殺者として、裏社会の歴史に名を残すことになるであろう。


 目の周りに痣をつくった助勤の中には、酒井祐二と原田亮助も含まれている。薬物を蛇蝎の如く嫌っていた彼らが、今や別人のように見える。二人をサクリファイス中毒に至らせてしまったのは抗争ではなく、ここ数ヶ月で陣中見舞いにも行ってやらなかった兄貴分の俺である。


 俺も堕ちたものだ。されど、やるしかない。


「華鈴」


 愛しい女の名を小さく呟き、部下たちと共に俺は詰め所を出る。駐車場に停めてあったセダン数台に分かれて乗り込み、敵城を目指す。赤坂から上野までは20分も要さない。ましてや全員が興奮状態に陥っている今となっては。


「ギャハハハッ! 皆殺しだぜぇぇぇ!」


 東京都台東区北上野2丁目。中川会直参『白水一家』本部。室町時代の武家屋敷を彷彿とさせる広壮な佇まいの館は、既に闘気で満ちあふれていた。総長が宮殿から戻らないことで何かを悟ったか、武装した組員たちが待ち構えていたのである。


 ――バァァァン!


 俺が乗っていた車のボンネットに銃弾が当たった。どうやら彼らは本気のようだ。


「馬鹿な奴らだ……」


 俺は原田に車を停めさせて降りる。拳銃を片手に構えつつ、ゆっくりと歩みを進める。そして門扉の前に立ったところで、館内に向けて叫んだ。


「これより中川恒元公の名においてテメェらを討伐する! 覚悟しやがれッ!」


 門扉越しに聞こえてきたのは、怒声。


「お前の差し金かぁぁ! 麻木ぃぃ!」


 組員が門を開けて飛び出した。アサルトライフルをこちらに向けるが、遅い。俺は瞬時にその首を手刀で刎ねた。


 ――グシャッ。


 頭部を失った胴体が崩れ落ちると同時に、俺は短刀を抜いて疾駆する。


「ギャハハッ!」


「やっちまえ!」


「殺せぇぇ!」


 後方では助勤たちが銃撃戦を繰り広げている。弾丸の雨の中をひたすらに走る。館に飛び込むや否や、待ち構えていた組員たちが一斉に襲い掛かる。


軟弱ヤワだな」


 殴りかかる奴の腹部に短刀を突き刺すと、そのまま横に薙いで臓物を引っ張り出す。断末魔の悲鳴をあげて倒れる組員の背後から別の刺客が迫る。振り向きざまに顎を蹴り上げると、その頭蓋に一太刀浴びせた。脳漿が辺りに飛び散る中、正面から一人が向かってきた。


「この成り上がり野郎ッ!」


「だから何だ。馬鹿が」


 奴の拳を受け止めた俺は、手首を掴んで捻じ曲げる。骨の折れる音がした。苦痛に喘ぐ男の喉元に刃を突き立てた俺は、一気に突き上げる。鮮血が噴き出し、男は動かなくなった。


「どいつもこいつもアホばっかりだな」


 次々と現れる白水の兵たちを薙ぎ倒してゆく。やがて廊下の最奥にて現れたのは、禿頭の巨漢。手には長剣を持っている。その男は、俺を睨みつけて言う。


「麻木涼平……うちの親分をよくも罠にめてくれたな!」


「テメェは?」


「理事長補佐の藤野ふじのだ」


「ほう。藤野か。暇潰し程度に覚えておくぜ」


「抜かせッ!」


 藤野は突進してきた。奴の動きに合わせて、俺は懐に飛び込むと、鳩尾を蹴り上げた。体勢を崩した相手に躊躇なく連続で短刀を打ち込む。奴の全身に幾つもの傷跡が刻まれた。


「おやおや。これが補佐の実力か?」


「舐めんなぁぁッ!」


 藤野は怒りに任せて剣を振るった。しかし、その攻撃はことごとく空を切る。代わりに俺が繰り出した一閃によって、奴の右腕は切断された。返す刀で股下から胸まで両断する。


「うっ……」


「こんな程度で倒れるなよ」


 倒れ込んだ男の背中を踏みつけ、俺は言った。すると、廊下の突きあたりに別の組員が現れ、俺に向かって拳銃の引き金を引いた。


 ――バァァァン!


 しかし。


 弾丸が俺に当たることは無い。反射的に体の横へ向かって突き出した掌底で衝撃波を発生させ、銃弾の進行を防いだのである。


「テメェらじゃ俺には勝てねぇんだよ。アホどもが」


 勢い任せに吐き捨てた俺は、藤野の首筋に短刀の刃を突き立てて、その命脈を絶った。


 程なくして助勤の声が聞こえる。


「全棟制圧完了!」


 手際が良いな。流石は俺の部下。日頃の稽古の成果が発揮されたというわけか。俺は短刀に付いた血を振り落としながら、酒井たちと合流した。


「よう。残りは?」


「こいつらです。降伏すりゃあ命だけは助かると思ってるみたいで。間抜けですねぇ! ギャハハハッ!」


 酒井が笑い出したのを機に、原田ら他の助勤たちも笑いむせぶ。皆、凶悪な面持ちをしている。全員がサクリファイスの影響下にある――それはさておいて、俺は武器を捨てて土下座する連中に視線をった。ざっと数えるだけ30名。大座敷を埋め尽くし、俺たちに懸命な命乞いをしている。哀れなものだ。


「どうしますか? 兄貴?」


 原田が尋ねてくる。他の連中も似たような眼差しを送っていた。当然ながら、俺に選択肢など無い。そもそも連中の存在など気にしてもいなかった。


「決まってるだろう。殺せ」


 助勤たちは「承知しました!」と応じると、拳銃を連射して生き残りを根絶やしにしてゆく。その光景を俺は壁により掛かって傍観した。阿鼻叫喚の絶景――素晴らしき殺戮劇が繰り広げられる中、誰かの絶叫が耳に届いた。


「お助けくださいぃぃっ!」


 女だ。しかも若い。組員の女房か情婦といったところか。泣き叫ぶ彼女に、秋成が近付き、頭部を撃ち抜いた。


「ギャハハッ! 残念でしたぁ!」


 彼はケタケタとわらう。その後も殺戮は続いた。館内は鮮血で染まり、死体が溢れ返る。誰もが狂ったように笑いながら銃を撃ち続けている。


「あららぁー」


 そんな中で原田はズボンとパンツを下ろして陰茎をあらわにし、反り立った男根を握って撫で付け始めた。口からは唾液が垂れている。目の前の景色が彼にとっては最良の快楽をもたらしたようだ。秋成はその横で小便を垂れ流して床を汚している。酒井は高笑いしながら拳銃を連射し続けていた。助勤たちは皆、正気を失っているようだった。


「……」


 そうした光景を俺は無言で眺めていた。きっと満足気な表情をしていたことだろう。実際問題として面白くて仕方なかった。皆、笑いながら狂っていた。まるで自分が人間ではなく化け物になったかのような錯覚に襲われるほどに、彼らの姿は異常だった。


「はははっ!」


 堪えきれなくなって俺は笑みを漏らした。それが正解だと思うから。だから、何もおかしくはないと思うから。俺にとって今ここに存在している世界こそが真実なのだと確信していたから。それが事実ならば、それで良いではないか。


「ヒャーハハッ! テメェら殺してやるよぉ!」


「ギヒヒッ! 楽しいねぇ!」


 俺の哄笑も相まって、助勤たちの熱気は最高潮に達する。まさに地獄絵図である。彼らは嬉々として銃撃し続け、死体を増やしていく。やがて弾丸を撃ち尽くしたか、その場にうずくまった。そして再び笑い声をあげ始める。皆、恍惚の表情を浮かべていた。もう誰も止まらない。


「ギャハハハハ!」


「ヒャーハハッ! テメェら殺してやるよぉ!」


「ギヒヒッ! 楽しいねぇ!」


 もはや完全に常軌を逸した光景の中にあっても、俺は冷静だった。手をパンパンと打ち鳴らして皆を静かにさせると、次なる指示を飛ばす。


「白水の組員はこいつらだけじゃねぇだろ。枝も含めりゃ700騎くらい残ってるんだぜ。全員を狩り尽くすまで作戦は終わらんぞ」


 その言葉に皆が歓声を上げる。


「ウヒャヒャーッ! 殺しだァァ! 殺しだァァ!」


「楽しいなァ! 人を殺すの楽しいなァ! うおおおおおおッ!」


「ギャハハハッ! ギャハハハッ!」


 その瞬間、自慰に耽溺していた原田が射精した。そして自分の精液を見てさらに笑い出す。


「あひゃっ! ひょひょひょっ! 精液ぶっかけぇ! 面白ぇぇーっ!」


 愉快な部下たちだ。


 その日から、俺たちは白水一家の残党狩りに励んだ。連中の末路は、まさしく十人十色だった。ある者は組事務所でテレビを観ていたところを斬殺され、ある者は妻子と逃走を決め込んで空港に向かったところを射殺され、またある者は事態を知らずに趣味のドライブへ出かけたところを車ごと爆殺された。11月末までに、国外に脱出した者も含めて600名近くもの白水一家構成員が死亡し、その首謀者が俺であるとの噂が裏社会全体を震撼させた。


 それと同時、組織に身を置く直参組長が「叛意があるかもしれないから」という理由で次々と殺され、その部下も洗いざらいに同じ道を辿った。


 本家譜代も含めて。


 甚だしいことだ。既に恒元の敷く恐怖政治を前に、既に直参たちに逆らう気などあるわけがなかったというのに。多くの親分衆が無抵抗のまま屠られ、犠牲になっていった。


 なお、この流れに際して葉室は何を思ったか、彼は新潟へ攻め込み、京谷興業の京谷組長を『裏切り者』と称して討った。これは却って恒元の怒りを買い、葉室は『勝手なことをしてくれるな』と10月下旬の理事会にて皆の前でボコボコに殴打された。


 運良く命は奪われなかったが、彼は理事解任と相成った。まあ、組織を追放されなかっただけで御の字であろうが。


 それはさておいて。


 結果として、9月から12月までの間に108を超えていた中川会直参組織は51団体にまで激減した。そして御七卿は櫨山重忠率いる大国屋一家、眞行路秀虎率いる眞行路一家、門谷次郎率いる阿熊一家だけにとなった。


 中川会はこれにより完全な統一が為されたと云って良い。これから先は、本当の意味で誰も恒元に逆らえないだろう。その副作用として生じるデメリットも大きなものとなるであろう。


 だが、それがどうしたというのか。俺は何も感じてなどいなかった。勿論のこと華鈴も。


 朝「いってくる」と出かけて行っては粛清の名で人を殺し、夜に全身を返り血まみれにして「ただいま」と帰ってくる――奇妙な生活が2ヶ月以上続いたが、華鈴は笑顔で接し続けてくれた。


 文句はおろか、俺の仕事についてたずねることも無かった。何も言わず、ただ朗らかな面持ちで、血と硝煙の匂いが染み込んだワイシャツを洗ってくれた。俺の全てを受け止め、浄化するように。如何なるごうも共に背負ってあげると、手を差し伸べるように。本当に心の広い女だと思った。


 そんなこんなで時は流れて、2006年12月8日。


 愛妻と接吻キスを交わし、いつも通りに宮殿へ向かった俺は目を丸くさせられた。理事会が催される会議室に、意表を突いた客の姿があった。


「……ほう」


 亡き篁豊斎の六女、真由まゆ。25歳。白水一家壊滅の折、生き残った組員の手を借りて岡山へ逃げ込んでいたが、地元の独立勢力に中川会へ引き渡されたのだとか。両手を縄で縛られた彼女は、屈強な助勤数人に囲まれる形で恒元の側に控えていた。


 この部屋には幹部たちも居る。それもそのはず、本来ならば理事会が催されている時間帯なのであるから。


 門谷次郎、田山傑婁、原田和彦、本庄利政、櫨山重頼、眞行路秀虎、そして俺。酒井義直は病欠だった――些末事はさておき。玉座に腰かけた恒元は頬を緩めた。


「篁の血を引く者は孫の世代に至るまで始末してある……残りはこの娘だけか」


 その言葉に対して、真由は怯えた表情で涙ぐみ、全身を震わせる。それを見た恒元は満足げに笑うと、助勤たちに向かって命じた。


「この女の服をげ」


「はっ」


 真由は必死の抵抗を試みるも、助勤たちは彼女の衣服を無理やり脱がせていった。


「いやあぁぁ!」


 室内に若い女の悲鳴が響き渡る。やがてブラジャーとショーツだけとなったとき、恒元は言う。


「ふむ。なかなか良い体をしておる」


 そう呟き、彼女の胸に手を当てて揉む。真由は泣き叫んだ。それでも、彼は一切手を緩めなかった。


「可愛い顔をしておるわ」


 耳の近くでささやかれ、真由は身をよじった。


「やめてっ!」


「やめぬよ。もっと良く見せてくれんか」


 恒元の指が下着越しに彼女の乳首をまみ、強く引っ張った。真由は痛みに顔を歪めた。彼女の瞳には憎悪と恐怖が宿っていた。


「ひいっ! ひいっ!」


 彼女の反応を見た恒元は、更なる凌辱を加えた。ブラジャーを引きちぎると、あらわになった乳房を鷲づかみにして乱暴に揺らし、先端を吸い上げた。その光景は、まさに悪魔の所業であった。しばしの時間が過ぎてから、恒元は言った。


「さて、そろそろ始めるとするか」


 真由は顔を青ざめさせていた。その姿に嗜虐心を煽られたのか、恒元は彼女の顎に手を添え、自分の方へと向けさせた。


「怖いか?」


 彼は問うた。真由は涙を流しながら答えた。


「お願いします……助けてください……」


 真由は泣き崩れる。しかし、恒元はニヤリと笑って彼女の顔を殴りつける。


 鼻血を吹き出して倒れ込む真由。そこに覆い被さるかのように恒元が迫る。彼女は泣きながら許しを乞うたが、恒元は聞き入れず、彼女の両足を大きく開かせる。


「やめてえぇぇ!」


 悲鳴が上がる中、恒元は下半身のショーツを引き裂いて陰唇を剥き出しにする。


「あっ……ああっ!」


 真由の目からは大粒の涙が溢れた。そんな彼女を眺めながら、恒元は自らもズボンとパンツを下ろして男根を露わにし、それを真由に向けた。


「さぁ、始めようか」


 その瞬間、真由の表情が変わる。程なくして彼女の絶叫が部屋中に響き渡る。


「ぎゃああっ! ぎゃあああっ! 誰かぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇ!」


 彼女の顔は真っ赤になり、目元からは大量の涙が流れ落ちていた。痛みに悶える真由の悲鳴と、興奮した恒元の雄叫びが入り乱れる会議室は、云うまでもなく異様な空気に包まれていた。


「つ、恒元公……」


そう。こうなったからには何を申し上げても無駄だ。お諫めできたためしが無い」


 そんなやり取りを重忠と秀虎が繰り広げる中、同じく理事席に居た本庄は煙草を吹かし始めた。その脇で田山と原田は呆れたように頭を掻き、門谷はため息をいている。俺は下半身の膨張を抑えることに専念していた。


「ああっ! 素晴らしいぞっ! 篁も良き土産を残してくれたものよ!」


「いやああああっ! 痛いぃぃぃぃぃぃ!」


 やがて恒元は飽きたのか、真由の体から離れた。彼は視線を俺に向け、リクエストを持ちかけてくる。


「涼平。我輩のものを綺麗にしておくれ」


「はっ。承知いたしました」


 コクンと頷くと、俺は立ち上がって恒元の前に進み出る。そうして一礼してしゃがみ込み、主君のペニスを口に含んだ。口内で分泌した唾液を使って、丹念に舌で舐め回してゆく。


「良いぞ。涼平……素晴らしい味だ」


「ありがとうございます」


 俺は答えると、本格的なフェラチオを開始した。恒元のものは既に限界を迎えており、先走り汁が出ていた。それを吸い取るようにして飲み込むと、再びペニスを咥える。他の理事の前だろうが何だろうが、今の俺には関係が無い。


「ぐぅっ! 出るぞッ! 飲め!」


 亀頭部分を思いっきり吸い込むと同時に、精液を放出された。口からあふれそうになるものを必死に受け止める。そして全部受け取った後、飲み干した。


「……美味しゅうございました」


「ふはははっ。お前は可愛いなあ」


 恒元は満足げな顔で言うと、俺の頭を撫でながら自身のペニスをしまって服を着直した。


「さて……」


 その声と共に俺は後方に視線を遣る。真由が涙と鼻水と汗まみれの顔を浮かべて横たわっていた。彼女は既に抵抗する意志すら失い、虚ろな目をしている。


「まだ終わってはおらぬぞ?」


 不意に恒元が笑い出した。何をするつもりなのか――と思っていると。


「おい。この者を中庭へ運び出せ」


 傍で待機していた助勤たちに申し付けるではないか。


「はっ。承知いたしました」


 2人の助勤が真由を抱え上げて移動を開始すると、恒元は俺たち幹部にも「ついておいで」と言う。例によって不気味な笑みを浮かべて。


「良いものを見せてやろう」


 意味深な一言を放った恒元のあとについて、俺たちは会議室を出て中庭に向かった。その道中で他の幹部たちから冷たい視線を感じたが、最早気にもならない。


 数分ほどで屋外へ出ると、助勤たちが裸体の真由を遠くへ投げ飛ばした。彼女は地面に勢いよく叩きつけられるて顔を苦痛にゆがめた。そんな真由を見据え、恒元は別の助勤から円筒状の物体を受け取った――火炎瓶だ。おいおい。笑えるぜ。


「さあ、美しき賊徒の娘よ! 業火に焼かれるが良い!」


 そう叫ぶや、助勤が先端に着火した火炎瓶を恒元は真由の方向へ投げつけた。


 ――ジュウゥゥッ!


 瓶の中に入っていた液体が一瞬にして燃え上がり、巨大な炎の渦となって真由に襲いかかる。

「うわああっ! 熱いっ! 熱いぃぃ!」


 火に包まれた真由は苦しみ始めた。その凄惨な光景を、俺たちは黙って見ていた。彼女の悲鳴は大きくなり、その甲高い声を耳にしているうちに、俺は何故か胸が躍るような気持ちを抱いた。そして、その感情は次第に強くなってゆく。まるで全身の血が沸騰したかのように身体が熱くなった。この感覚は何だ? 自分でも理解できない。だけど確かに感じている。それは紛れもなく快感という感情だった。


「ああっ! やめてぇぇ!」


 真由の叫びが響く度に、俺は己がたかぶってゆくのを感じていた。他の幹部たちは皆、驚きながらも目を丸くしていた。本庄だけは表情を変えずに煙草を吹かし続けているが。


「助けてぇぇ! 誰か助けてぇぇ!」


 炎の力は凄まじく、真由の皮膚は赤くただれていき、やがて彼女の全身は激しく燃え始めた。肉が焦げる匂いが漂ってくる。その匂いすら、今の俺にとっては心地好いものだった。


「うぎゃああぁぁっ!」


 真由の悲鳴は悲痛なものに変わった。苦しみから逃れようと必死に藻掻もがく彼女だが、炎の勢いは増すばかり。遂には彼女の髪の毛も焼き尽くされ、顔面の肌が溶け出した。彼女は白目をいて絶叫した。


「あああっ! 痛いいぃぃ! いやああああああっ!」


 全身を激しく痙攣させる真由。その様子を見て、俺の鼓動は激しく脈打った。身体の奥底から何かが湧き上がってくる。その正体は分からないが、とにかく俺は興奮していた。理性では抑えきれないほどの強い欲動。それを満たさなくてはならない――そう思ったとき、俺は無意識のうちに口角を上げていた。その時、恒元が近づいてきて俺の肩に手を置いた。


「どうだ? 良い眺めであろう?」


 そう問いかけられて、俺は即答した。じんわりと滲むような笑みと共に。


「ええ。素晴らしき光景でございます」


 全てが満たされていた。今という時間を彩るように、染め上げるように。


 数十分後。真由は黒焦げになって息絶えた。助勤たちが消火剤を噴きかけて火を除去した後、恒元は彼女の骸を蹴り飛ばした。


「楽しかったぞ。褒めてやる」


 そうしてきびすを返すと、助勤たちと共に屋内へ歩いていった。それから約10分ほど、俺たちは茫然自失の状態で突っ立っていた。誰もが何も言わずに立ち尽くしている中で、やがて門谷が口を開く。


「何ということだ……」


 その言葉を皮切りに、他の幹部たちも動き始めた。皆が慌てて周囲を見回している。


「お、俺の娘も、あんな風に殺されちまうのか」


 井上の言葉に対し、重忠が答えた。


「恒元公に逆らいさえしなければ、大丈夫です」


 重忠の言葉を聞いて、井上は原と顔を見合わせた。それから、他の理事たちと一緒にゆっくりと歩き出した。秀虎もその後に続く。やがて中庭には俺と本庄のみが残された。早々に戻って行ったのか、田山と原田の姿も無い。


「のぅ。涼平」


 不意に本庄が話しかけてきた。


「何だよ」


 俺は振り返ると、彼に返事をした。彼は真顔だった。


「あれはおどれの描いた絵か?」


 本庄組長の質問に、俺はすぐさま返す。先ほど恒元に向けたものと同じ、にじむような笑みで。


「ああいう絵を描けるようになりてぇもんだぜ……くくっ」


 後は何も言わずに屋内へ戻って行く。背中に「このキチガイが!」と罵声を浴びせてくる本庄を無視して、すたすたと歩いて――その日は、なかなか興奮が冷めやらなかった。


 されど、そうした精神状態にっても仕事というものは否応なしに飛び込んでくる。正午、恒元と共に大食堂でコック・オ・ヴァンを堪能していると、助勤の一人が言いづらそうに報告を寄越してきた。


「総帥。中川会うちの売人が村雨組の下っ端にられました」


「何だと?」


 聞けば、豊島区駒込の路上でサクリファイスを売り歩いていたチンピラが、村雨組の若衆たちに囲まれて殴る蹴るの暴行を受け、そのまま死亡したとのことである。報告に接した恒元は「はあ。面倒事を……」と嘆息をいた。


「……村雨耀介は有能な男だ。殺すには惜しいというのに」


 そうしてテーブルを挟んで向かい側に座る俺へ視線を向ける。


「涼平。行っておいで。村雨は我輩がテーブルに着かせる。14時に豊島区立公園だ」


「はっ。承知いたしました」


 指示を受けて席を立つと、恒元は満足げに頷いた。


「なだらかに収めよ。されど我輩の顔が立つようにな」


 その命令を受けて、俺は静かに頭を下げた。


「御意のままに」


 颯爽と食堂を後にした俺だが、艶めかしい女と入れ違いになった。その女は宮殿で囲われている『妾』という名目の性奴隷。髪を後ろで結い、上はゴム製のブラジャー、下は布一枚を褌のように巻き付けただけという悪趣味な出で立ちをさせられている。無論のこと本人の意思では無い。恒元が決めたルールなのだ。


 その女は食事を終えたばかりの恒元の前へ進み出ると、胸を揺らし、腰をくねらせ、色気の漂う踊りを披露する。それをたのしそうに眺めていた恒元は、女に向かって命じた。


「おいで」


 女は小さく頷くと、恒元の元へ向かう。そして彼の足元に跪いた。恒元はテーブルの上のワイングラスを手に取ると、中の赤ワインを女の体に注いだ。


「おほっ。素晴らしい眺めだ」


 女が恥ずかしそうに身をよじると、恒元は嬉しそうに笑う。


「よし。お前の体を酒瓶代わりにしてやろう」


 恒元はワインボトルを取り出すと、女にまたがるように促した。彼女は言われた通りに四つん這いになって尻を突き出すと、恒元はボトルの口を彼女の秘所へ押し当てた。女は小さく喘いだ。それを見て恒元は興奮したようだった。


「よぉし」


 恒元は一気にボトルの中身をあおった。そしてすぐに全て飲み干してしまった。


「ぷはっ! やっぱり若い女の肉体とは良いものだな!」


 女を手招きすると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せながら近づいてくる。恒元は彼女の腕を掴むと、自分の元へ引き寄せた。


「さあ。お前の肉体を堪能させてくれ」


 女を椅子に座らせると、恒元は彼女の両手首を掴んで後ろ手に拘束した。そしてそのまま胸を揉みしだく。彼女は小さく悲鳴を上げたが、抵抗する素振りは無かった。


「どうだ? 気持ち良いか?」


「は、はい……」


 女は顔を紅潮させて答える。


「そうかそうか。ならばもっと気持ち良くさせてやらないとな」


 そう言って恒元は彼女の胸に吸いついた。舌で転がしたり甘噛みしたりしているうちに、彼女の呼吸は荒くなっていった。やがて彼女の体が小刻みに震え始めると、恒元は口を離した。すると彼女は安堵あんどの溜め息を漏らしたが、次の瞬間には目を大きく見開いた。何故なら、彼女の股間に恒元の手が伸びてきたからである。


「そろそろ良い頃合いだな」


 恒元は下劣な笑みを浮かべると、彼女の割れ目に指を入れてかき混ぜた。その刺激によって彼女は再び体を震わせたが、それでも尚も耐え続けた。その様子を見て恒元は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ほう。我慢強いじゃないか。ますます気に入ったぞ」


 そして彼女の足首を掴んで開かせると、その中心部に顔を近づけた。そしてゆっくりと舐め上げた。舌先で突起を刺激されると彼女は思わず声を上げてしまった。それを見た恒元はさらに興奮した様子を見せた。


「良い声だ。もっと聞かせてくれ」


 今度は割れ目に沿って何度も往復した。その都度つど、彼女はビクビクと反応してしまう。それでも懸命に声を抑えようとしているようだ。だがそれがかえって恒元の嗜虐心を煽ってしまう結果となったようだ。彼は益々調子に乗って責め立てた。やがて彼女はついに耐えきれなくなって嬌声きょうせいを上げてしまった。すると彼はますます調子づいて更に激しく責め立ててきた。もう駄目だと思った瞬間、不意に恒元が動きを止めた。


「はあ……」


 ため息をいたので、女は不思議そうな顔をする。その瞬間。


 ――グシャッ。


 女の首筋にフォークが突き立てられた。恒元が勢いよく刺したのである。


「ううっ!」


 人間の急所たる頸動脈への刺突。云うまでもなく、その女は崩れるように床に倒れた。


「……飽きた」


 そう呟くと、恒元は助勤たちに死体を片付けるよう指示した。一部始終を観ていた俺は失笑をこぼし、そそくさと雪の降り積もる屋外へと出かけた。


 豊島区立公園――そこは池袋ではなく駒込にある。その名の通り区による整備が施されており、芝生広場、遊具、ベンチなどがある他、駐輪場やバーベキューサイトも併設されている。その周辺地域には大小様々なマンションが建っているので、週末ともなると家族連れで賑わうという。


 現在は平日の昼下がり。天候も良くないためか閑散としている。そんな公園のベンチに座って煙草を吹かしている俺だったが、3分もしない内に9台の車が停車した。まるで俺に見せつけるかのように勢いよく停車したセダンから、次々と背広姿の男たちが降りてくる。皆が同じ顔に見える。関東随一の武闘派の名に違わぬ風貌――沖野おきの一誠いっせい柚月ゆづきつかさ菊川きくかわ塔一郎とういちろう芹沢せりざわあきら、そして村雨むらさめ耀介ようすけ。村雨組首脳陣の揃い踏みだ。取り巻きの組員も7人ほど伴っている。


 凄まじい闘気を放出しながら、彼らは駐車場近くのベンチに座る俺に向けて歩みを進めてくる。俺は肩を竦めて迎えてやった。


「ごきげんよう」



 その言葉を受け、にこりともせずに口を開いた男――村雨耀介は顔をしかめた。


「一人か?」


「ああ。見ての通りだ。敢えて兵隊を付ける必要もぇと思ったんでな」


 直後、村雨の横に並んだ沖野と柚月が闘気を舞い上げる。


「んだとコラ」


「舐めてるのか」


 だが、村雨組長は彼らを「待て」と制止する。そして俺の前に立った彼は低い声でたずねてきた。


「我らの用向きは分かっておろうな」


「ああ。中川会うちの売人をった言い訳をしにきたんだろ」


 俺は笑う。その態度が気に入らなかったのか、沖野と柚月はますます苛ついた様子を見せた。しかし、それに構うことなく続ける。


「恒元公は今回の件を大目に見ると仰せだ。下手人の首さえ渡して貰えりゃ文句はぇよ」


 そう言った俺に、村雨は「ほう」と感心したような声を上げた。


「つまり、我が郎党の命を差し出せと申すか」


「そういうことになるな」


「ふむ……良かろう」


 村雨の言葉に、沖野たちは「組長!」と叫びかけた。だが、それを制したのは他ならぬ村雨だった。


「皆まで申すな。分かっておるわ」


 そう言った村雨はコートの内側をまさぐり、白い透明な小袋を取り出した。その中にはオレンジ色の粉末が入っていた――サクリファイスだ。ころすような眼光を俺にぶつけ、村雨は言った。


「これが何だか分かるか」


中川会うちの看板商品だな」


「左様。お前たちはこのサクリファイスなる麻薬クスリを我が領地で売っておる……これについては何と申し開きをするつもりだ。涼平」


 なるほど。先にシマを荒らしたのは俺たちの方だと言いたいわけか。サクリファイスの販路については恒元が直接仕切っているため、俺の預かり知るところではない。されども腰を引くわけにはいかない。


「申し開きも何も。そちらさんが先に手ぇ出してきたんじゃねぇか」


「我らは領地を踏み荒らした賊を打ち払ったまで。お前たちが先に手出しをしてまいったのだ」


 そう言った村雨は鋭い眼差しで俺を見据えた。その眼つきに臆することなく俺も睨み返してやる。そして互いに暫しの間、睨み合っていた。すると突然、村雨が破顔したではないか。


「ふっ。まあ良い。お前が如何に意地を張ろうと結果は変わらん」


 高らかに言い放った村雨は、俺の顔を見据えたまま続けて言う。


「お前の首を恒元公に送り届けてやっても良いのだぞ」


 その言葉に、沖野と柚月はニヤリと笑った。村雨組の組員たちも同様である。しかし、俺は全く動じていない。何故なら俺にとって彼らは敵ではないからだ。村雨の目を睨み返しながら言い放つ。


「ほう。そいつはどういう意味だい」


 すると村雨は笑みを浮かべたまま答えた。


「お前の首をねてやると申したのだ」


 俺は「ふっ」と鼻で笑った。直後、その様子を見ていた沖野と柚月が激高して怒鳴りつけてきた。


「んだとコラァッ!!」


「テメェ舐めてんのか!!」


 だが、芹沢に「落ち着かねぇか」と窘められて大人しくなる。一方、俺の横では菊川が静かにたたずんでいる。この男だけは読めないな……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。眼前の男たちを如何に手玉に取るかが問題だ。思考をめぐらせていると、村雨は「まあ、しかしだ」と咳払いをした。


「私とて人の子。戦は本意ではない」


「こっちは大歓迎だぜ。おたくらが恒元公の御領地でデケェ顔をし続けるってんなら俺にも考えがある」


「……如何なる考えだ。申してみよ」


 俺は即答した。


「あんたをこの場で殺すってことだよ」


 次の瞬間、目の前に刃が飛んできた。とうとう我慢ならなくなったらしく、沖野が携行していた刀を抜いたのだ。まあ、予想できた動きだ。


 ――キィィィィン!


 反射的に俺も短刀を抜き、斬撃を受け止める。互いの闘気が火花を散らし合う。


「麻木ィ……!」


「あんたも変わらんな。すぐに頭に血が上る」


「ほざけやあッ!」


 ――シュッ!


 俺は抜き手を打ち込む。しかし、沖野はそれを素早く躱した。直後、彼の振り下ろしが俺の顔面めがけて繰り出された。


「おっと」


 それを回避するためにバックステップを取ったものの、沖野の追撃は止まらなかった。


「おらァッ!」


 そうして刺突の連撃を繰り出してきたが、俺は軽く避ける。そして一瞬の隙を狙って間合いを潰し、カウンター気味に肘鉄を打ち込む。


 ――ズドォッ!


「ぐぁっ!」


 腹に受けた沖野は膝をつくと、そのまま倒れ込んだ。その様子を目にした村雨は「ほう」と唸る。


「そこまでだ。もう良い」


 芹沢が倒れ込んだ沖野を介抱する中、村雨は言った。


「お前の気概は分かった。手打ちといたそう」


 そうして他の組員に顎で指示を飛ばす。その下っ端が持ってきたのは大きな段ボール箱だった。


「ほらよ」


 目の前に置かれた箱を開けてみると、そこには5人の男の生首が入っていた。俺は鼻を鳴らす。


「どういう風の吹き回しだ?」


「戦は本意にあらずと先ほど申したであろう」


「ああ。心得てるよ」


 そう言って笑った俺は村雨たちの顔を見回した。沖野と柚月は悔しそうな表情をしているが、他に不満そうな者はいない。


「んじゃ、この首は赤坂に持ち帰らせて貰うわ」


 俺が返答を投げると、村雨たちはきびすを返して駐車場へ向かった。後には俺と5つの生首だけが残される。村雨の顔には確かな野心があった。恐らく、いずれ俺たちに対して牙を剥くに違いない。しかし、今はまだ時期ではない――そう結論付けた俺は段ボール箱を持ち上げると、赤坂へ向けて帰りの車を走らせた。


 それから宮殿に戻って恒元に報告すると、とても喜んでくれた。上機嫌で手を叩いてくれたほどだ。だが、それと同時に「やはり奴は危険だ」と呟いていた。確かに、あの男には得体の知れないところがある。村雨耀介は俺を試していた。いずれにせよ、目を離すべきではないだろう。情報交換も兼ねて、久々に菊川を飲みに誘ってみようかな。あいつは何かにつけて俺を精神異常者のように見るから嫌いだが、恒元公のためなら仕方ないか……。


 まあ、そんなことよりも己を包む興奮を如何に発散するかが問題だよな。結局のところ、俺にとって最も魅力的であり最も残酷な遊びは、人間を壊すことである。それは貴族たちが興じた狩りという遊びに似ている。獲物を見つけたら遠慮なく狩る――それが性の摂理というものだ。俺はこれからも自分の本能の赴くままに行動しようと思う。歩み続けた果てに何が待っていようとも。


 この日、全ての仕事を終えて家路に着いたのは0時。久々に早く帰ろうと思ったが、昼間の俺の活躍に気を良くした恒元の夕食に付き合っていたら、すっかり遅くなった。


 さあ、帰ろう。俺はいつも通りに弾正坂を歩き、交差点を渡って青山通りに出る。普段と同じ帰り道だ。昂り続けている心を抜きにして云えば。


「……」


 何かが燃えている。抑え込めない。封じられない。


「……ああ」


 気付いた時には、俺の体は動いていた。たまたま近くを歩いていたサラリーマンらしき男性の胸ぐらを掴むと、鞍馬菊水流奥義の超高速で路地裏へ引っ張って行く。そうして、懐から抜いた短刀で頸動脈を断つ。


 ――グシャッ。


 血飛沫が舞った。俺は素早く刃を引き抜き、男の喉元を踏み潰す。


「うぐっ……」


 その一撃によって完全に息の根を止めてしまったようだ。地面に倒れ伏すと、もうピクリとも動かない。俺は血の滴る短刀を鞘に収めた。それからすぐに立ち去った。端末を開き、宮殿の執事局詰め所に死体処理班を寄越すよう頼むメールを打ちながら。


 ああ、これだ。これこそが俺だ――確信した。これが本来の自分である。俺は人を殺すために生まれてきたのである。


 まったく。俺という生き物は何て醜くていやしい存在なのか。だが、同時に、それがたまらなく嬉しい。人を殺したいという欲動が満たされてゆく感覚は心地良いものだった。


 その後、俺は家に着いた。全ての客が帰った喫茶店のカウンターに腰を下ろし、妻と語らう。


「あたしさ、思ってたんだ」


「何を?」


「涼平が遠い存在になっちゃうんじゃないかって。あたしの見たことが無い、恐ろしい人になっちゃうんじゃいかって」


 コーヒーカップを拭きながら語られた妻の言葉に、俺は息を呑む。しかし、愛しい女の顔は暗くはなかった。


「でも、決めたの。涼平に置いて行かれないように、必死でついて行けば良いんだって」


「華鈴……」


「だから、お願い。これからも何があっても、あたしと一緒に居てね」


 俺は彼女の手を取り「ああ、もちろんだ。約束しよう」と、言った。すると華鈴は嬉しそうに笑って「ありがとう」と返した。


 この半年近くの間に多くの血が流れ、その波は常連客が殺されるという形で華鈴にも及んだというのに。幸せそうに笑顔を作る愛妻を前に、俺は誓うのだった。


 決して華鈴に隠し事はつくるまいと。必ずや彼女を幸せの境地へ連れて行ってやらんと。


「ところで……さ、クリスマスプレゼントは何が良い?」


「え? あ、ああ……そうだな……」


 俺は頭を掻きながら、言った。


「お前とのキスが良い」


「えっと……どういうこと?」


「こういう意味だ」


 華鈴を引き寄せ、唇を奪う。舌を入れようとしたら「ちょっと! まだ12月6日だよ!」と、彼女は慌てて夫の体を突き放した。俺は「良いじゃねぇか」と食い下がり、唇を奪う。


 艶めかしい音が響いた後、俺と華鈴は笑い合った。


「えへっ!」


「ふふっ!」


 だが、その時。扉の鈴が鳴り、思わぬ客が現れた。


「よう……空いているようだな……クリスマスだというのに……」


 煌王会総本部長、真壁仙太郎。敵対人物の二度目の来訪で身構える俺と華鈴だが、何だか様子が変だ。着ている背広はボロボロ。顔には擦り傷の痕。何より、彼の顔付きはいつになく疲れ切った様子である。


「……何の用だ!?」


「少しヘマをしてしまってな。今日は客として来たんだ、見ての通り部下も連れてねぇ」


 真壁は言いながらジャケットを脱ぎ、椅子に腰を下ろす。俺は咄嗟に銃を構えたが、華鈴は真壁にコーヒーを淹れた。


「か、華鈴!」


「あたしが困っている人を放っておけないのは涼平も分かってるでしょ?」


「けどよ、こいつは!」


「ここで暴れようって顔をしてないよ。それに、この店にとっては大切なお客さんだから」


 ため息をいた後、何やら料理をつくり始めた華鈴を気にしつつも、俺は真壁の隣に腰かけた。そうして、訊ねる。


「何があったんだ?」


「……煌王会総本部長の任を解かれたとだけ言っておく。七代目にドヤされちまった」


「そうか」


 真壁が失脚したという情報は入っていないが、俺は真実であることを直感した。きっと煌王会の会長との間に何らかの確執が芽生えたのだろう。


「なあ、麻木涼平よ。俺はどうすれば良かったのだ?」


「何だ、いきなり」


「俺は器用貧乏な男だ……気付いていたかもしれないが、お前と料理で勝負した時の子供は俺の仕込みだった。そういう性格のせいで、こうなってしまったのだろうな……」


 おっと、思わぬ事実が飛び出した。その言葉に不意に笑ってしまいそうになるが、ぐっと堪えて俺は言った。


「たまたま運が悪かっただけだ」


「運か……組織で幹部に昇るだけの実力は伴っていたはずなのにな」


「だが、結果として組織を追放された。その理由はお前自身が一番よく分かってるんじゃねぇのか?」


 真壁は俺をきょとんとした顔で見つめる。やがてフッと吹き出すと、力なく笑ってこう言った。


「……お前、思ったより良い奴だな」


「ボロボロの惨めな男を見ていると揶揄からかってやりたくなるもんでね」


 冗談を吐いた後、俺は真壁の目を見て言った。


「器用貧乏だろうと何だろうと、あの時にお前がつくったトマトリゾットは本物だったはずだ。少なくとも、あの時のガキは心から『美味い』って言いたげな顔をしていたからな」


「……」


 その直後、真壁はふらりと立ち上がった。そうしてカウンターの内側へ回り込むと、鍋を温める華鈴から木べらを奪った。


「分かった。任せるよ」


 華鈴も悟ったらしい――数十分後、完成したのはトマトソースのパスタであった。真壁が手掛けた、そのパスタは確かに美味かった。俺たちは完食すると「ごちそうさま」と言った。


「お前に褒められても嬉しくねぇよ」


「そうか、なら『美味い』って言葉も要らないか?」


「……いや、要る」


 真壁は笑った後、俺に言った。


「俺はもう煌王会を追われた人間だ。だから、最後にやっておきたいことがある」


「何だ?」


「……浜松の三代目が何処で何をしているか。聞いたことは無いか」


「いや、分からん」


「そうか」


 やけに意味深……というか意味の分からぬことを言った真壁は財布から万札を出すとゆっくりと去って行った。その背中を見つめながら、俺と華鈴は顔を見合わせる。


 きっと、同じことを思っていたはずだろう。この裏社会に新たな嵐が吹き荒れると。

多くの血を流し、未曾有の粛清劇は幕を閉じた。これから恒元は何処へ向かうのか……? 次回、息つく間もなく新章開幕!

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