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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第16章 粛清劇
259/261

白い動乱の夜

 晴れて夫婦と相成あいなった俺と華鈴かりんだが、その暮らしぶりは以前と然程変わらなかった。俺は宮殿に設けられた専用の部屋で寝起きし、オフの時間に妻が暮らす赤坂三丁目の与田家へ赴く――謂わば二拠点生活だ。


 唯一、変わった点があるとすれば、華鈴が中川会幹部の妻として組織で発言力を持つようになったことくらい。彼女との日常は、さながら平安時代の貴族が営んでいた『婿取り婚』を想起させるが、別姓ではない。結婚を機に二人とも麻木姓を名乗っている。


「おはよう」


 金曜の朝、目を覚ましてベッドの上で上体を起こすと華鈴が微笑みを向けているので俺も「おはよう」と返す。そして、二人で朝食を摂ってから近所を散歩をしたり、映画を観たり。


「ねぇ、涼平」


「ん?」


「あたしね、今が一番幸せだよ。だって、涼平がそばに居てくれるんだもの」


「俺もだ。華鈴が居てくれるから俺は生きていられるんだ、ありがとうな」


 俺と華鈴はキスを交わす。結婚してから、もう幾度目か分からぬキス。けれど、接吻を施し合うたび、に俺は彼女への愛おしさが増しているように感じる。


 カレンダーを見ると、日付は2006年8月25日。ここのところ華鈴は赤坂地区の夏祭りの準備で慌ただしい。街の人々に親しまれる喫茶店『Café Noble』は今年も出店を行うらしく、他にも彼女は祭りの運営委員会に名を連ねている。例年は8月中に開催されるイベントだが、今年は盆に台風が直撃した影響で9月上旬へ延ばされている。


 俺も慌ただしくなっている。中川なかがわ恒元つねもとの秘書的側近としての仕事は勿論、中川会理事として様々な場所へ出かけるようにもなった。政財界の要人たちとの宴会へ赴いたり、芸能界の大御所の悩み事を解決してやったり。他にも、組織最強の暗殺者としても仕事を何十件かこなした。華鈴との結婚式から数えること17日。実にあっという間だった。


 頭が痛い――ああ、そう云えば昨晩は菊川と錦糸町のバーで酒を飲んだのであったな。嫌な二日酔いも、愛する妻の顔を見れば自然と和らぐ。


 夏祭りの準備が多忙であることを嘆く華鈴に優しく相槌を打ちながら、なおも俺は耳を傾ける。


「皆、けっこうあたしのことを頼ってくれてさ。『元レディースで度胸があるから』って。意味分かんないよね……まあ、確かに変なお客さん相手に引いたことは無いけどさあ」


「言われてみりゃ、店を仕切る時の華鈴は浅草の的屋以上の迫力かもしれねぇな」


「何よそれ! 人をどっかの姐御あねごみたいに!」


「だが、現に俺と結婚したんだから華鈴は『あねさん』だぜ。俺が自分の組を持っちゃいねぇってだけでよ」


「あっ。そういえば、そうだよね」


 ハッとしたような顔で小刻みに頷く妻に俺は言った。


「総帥が何をお考えなのかは定かじゃない。俺に組を持たせる御教みぎょうは未だ出てねぇし、これから俺をどう使ってゆくのかも含めてさっぱり分からん。だが、俺は必ずや昇りつめてみせる……お前の抱く夢を全て叶えられるだけの権力者へと……いつかきっと……」


 全ての寄る辺なき人々を救う――華鈴の夢は俺の夢だ。ゆえにこそ俺は中川会という組織で恒元に忠を尽くし、彼のお気に入りであり続けようと思う。


 権力に尻尾を振る情けない男と周囲はわらうだろう。だが、華鈴さえ理解者でいてくれるなら俺は裏社会の空を縦横無尽に飛んでける。


「う、うん。でも、無理はしないでね」


「おうよ。もう俺だけの命じゃねぇってことは分かってるさ」


 流れるように見つめ合った後、接吻くちづけを交わした俺と華鈴。


 時計の針が午前9時50分を示していなければ、このままベッドへ愛しい女を誘い込んでいたところであった。少しの口惜しさに駆られながらも、俺は夏用ジャケットに袖を通した。


「じゃあ、行ってくる。お前は今日も打ち合わせか?」


「うん。運営委員会の会合に行ってくる」


「了解だ」


 そうして玄関を出て、宮殿へと向かった俺。商店街を抜けて都道沿いの歩道を歩きながら、暫しの物思いに耽る。


 結婚したばかりとあって、恒元公も俺の外泊をお認めくださっている。恐れ多いことだ……いや、それよりも気がかりなのは西日本の情勢である。


 神戸を睨む堺の地に布陣する中川会と村雨組の連合軍であるが、依然として煌王会臨時総本部への攻撃を仕掛けられずにいた。奴らの仕掛けるゲリラ攻撃を前に苦戦し、堺から動けないのである。


 煌王会は自分たちを慕うカタギたちを動員し、堺の市中で中川や村雨の組員を見つけるや襲撃させている。どうやら「敵の組員一人につき百万円」と報酬が出ているらしく、金に目が眩んだ者は老若男女関係なく狂ったように突撃してくる。


 ある者は路上を歩いていた組員をダンプカーで轢き殺し、またある者は空いていた窓から手榴弾を投げ入れて爆殺した。


 ヤクザは格闘戦のプロなので、一般市民は武術を習ってもいない限り勝てっこない。それゆえ、こうしたまどろっこしいやり方を用いているというわけだ。


 おかげで関西派遣軍の連中は街を出歩くことも出来ず、現地での食糧調達すら困難を極める始末。そこへ『麻木涼平の結婚式に出席するため一時帰還せよ』とのお達しが出たわけだから、酒井組と原田一家は東への移動だけでかなりの犠牲を生んだ。


 九州の抑えに向かった奴らは、一時帰還のおかけで戦況が振り出しに戻った……。


 心の中で呟いた俺は、程なくして宮殿に着いた。現れた次長を見るなり「おはようございます!」と恭しく声を上げて一礼する助勤たちに「おう」と返し、まっすぐ総帥執務室へと向かう。


「お前も幹部なのだから移動には車を使えば良いものを。格好が付かぬし、何より狙われたら危ういではないか」


「ははっ。まあ、散歩には丁度良い距離でございまして……それに車だとバズーカでも撃ち込まれたらかわせませんので」


「確かに、煌王や玄道会残党の兵が何処に潜んでおってもおかしくはない状況だ。車とて安心はできまいな」


「ええ。この宮殿で過ごす時間が何より落ち着きますよ」


「くれぐれも気を付けるのだぞ」


「はっ、お心遣い痛み入ります」


 俺はそう応じてから、すっかり板についた作り笑いを維持したまま恒元に向き直る。


「さて、今日はお前に話しておきたいことがあって呼んだ」


「何でしょうか?」


「存じておるかは分からぬが……」


 一枚の写真を俺に手渡すと、恒元公は笑みを浮かべた。


「……どうだ。可愛いだろう」


 そこに映っていたのは一匹の豚だった。体の大半を肉で覆い尽くすほどに丸々と太った、子供の頃に図鑑で見た通りの紛うことなき『豚』だった。


 いつも妻お手製のポークパスタを食べているが、こうして生き物としての豚を見るのは久々だ……いや、そんなことは些末事だ。


 何故、このタイミングで恒元が豚の写真を見せてきたのか。尤も、昨晩のニュースをテレビで観てはいたが――俺は頭を回転させて推考し、数秒の間を挟んだ後、記憶の片隅にあった情報を頼りに返答した。


「和泉官房長官の豚ですか。確か『クローヌス種』とかいう」


 すると恒元はにっこりと頷く。


「おお、流石は涼平。勘が鋭いな」


 直後、抱き寄せられた俺は唇を押し当てられる――まったく、この御仁も物好きだな。呆れつつも、俺は拒絶することなく、暫し総帥の愛撫にされるがままになっていた。


「……っ……っ」


 数分ほどで満足した恒元は、俺から離れると自分のことのように語った。


「義輝が音頭を取り、内閣府と東亜農産大学との連携で生み出された新種の豚……早い話が人工生命体だ。元々は研究室のシャーレの上の遺伝子培養から始まり、その誕生において一切の祖先を必要としない、完全に人の手でつくられた生き物だよ。この種が普及すれば、人類は未来永劫枯渇を恐れず豚肉を食べ続けられよう」


 21世紀の後半には訪れるであろう食糧問題。その解決へ大きく前進する期待のカードとして、クローヌス種は大きく役立つであろうとメディアは囃し立てていた。その件を恒元が誇らしげに語るのは、古くからの友人の成功が純粋に嬉しいというよりも、この豚の開発に成功したことで和泉が次期首相の椅子を確たるものとしたからだと俺は見た。


「これで和泉長官の総裁選勝利は固いですね」


「うむ。だが、ひとつ気になることがあってな」


「何でございましょうか」


「新東京タワーの建設に関して、奴がここへ来て急に反対論を唱え始めたのだよ」


 俺は思わず目を見開いた。2012年までの竣工および送電開始を目指し、予定地が墨田区に正式決定された超高層電波塔『新東京タワー』の建設計画――昨晩に催された官房長官定例会見で、和泉が一連の動きに水を差すともとれる発言をしたというのだ。されど違和感がある。


「昨晩のニュースは俺もテレビで観ましたが、工事自体に反対しているわけではないと感じます。『開業の目標を2012年に設定するとコストがかさむから長い目で見た方が良い』と言っただけであって……」


「いや、そうではないようだ」


 すると恒元は嘆息してかぶりを振った。そして、小声で言ったのである。


「どうやら奴は浦和の土地を買い漁っておるようなのだ」


 これには俺だけでなく、総帥執務室内に居た助勤たちも驚いた顔を浮かべた。浦和と云えば、少し前までは建設予定地候補の対抗馬として墨田区と火花を散らしていた地域だ。


「情報によれば、義輝は末の弟と付き合いのある不動産会社に浦和の土地を軒並み買わせたという。それも、先月28日にさいたま市が予定地選定レースからの撤退を表明し、地価が暴落した直後にだ」


 その件を恒元に持ってきたのは櫨山重忠だというから驚いた。てっきり局長傘下の忍び集団の探索活動によるものだと思っていたが……それはさておき、和泉の行動の真意は俺も確かに理解しかねる。


「確かに、単なる投機目的とは考えづらいですね。何らかの奸計を弄して墨田区案をオジャンにさせ、予定地を浦和に変えて大儲けする腹積もりかもしれません」


「墨田区にタワーを建設できなくさせる理由を作るということだな」


「ええ、錦糸町で聞いた噂によるとタワー建設は墨田区民の賛意を得ているとは言い切れないようなので、ここへ来て反対運動を煽れば計画通りには進めないでしょう」


 すると恒元は「うむ」と顔をしかめた。


「我輩も同じ線を睨んでおったところだ。しかし、義輝はソルボンヌ大学からの親友だ。そう易々と我輩を裏切るわけがない。ましてや今の地位に就けて貰った恩人に刃を向けるはずがなかろう」


「左様でございましょうね……ところで、斯様な予想は如何いかがでしょうか?」


 珍しく落ち着かぬ様子の恒元を宥めるように、俺は言った。


「和泉長官が恒元公を裏切る気なら、敢えてこちらから先手を打ってみるのも良いかと存じます。さいたま市での誘致運動を敢えて再燃させるのです。さすれば和泉長官は、否が応でも墨田区での建設を進めざるを得ないでしょうね。国家プロジェクトが自分の無駄な一言のせいで頓挫したとなれば、総裁選に向けて大きな失点になりますから」


 その具申に恒元は「うむ……」と頷いた。彼の精神的動揺の理由は、易く想像が付いた。公私併せて半世紀近い付き合いになる盟友の和泉いずみ義輝よしてるが、自分を裏切ったかもしれないからだ。


 もし、和泉が何らかの敵愾心を燃やしている可能性が確かだとすれば、恒元としては政府における最大かつ最強の理解者を失うことになる。それだけに心持ち平穏ではいられないだろう。現時点では何とも云えない。ただ単純に土地を購入しただけかもしれないからだ。


 だが、何であれ、新東京タワー建設は何としても成功させたい。今後、和泉はどうするのか……場合によっては奴を始末することも選択肢に入れねばなるまい。


「ひとまず、さいたま市内の使えそうな連中の尻を叩いてみます。和泉にも探りを入れてみましょう」


 ため息と共に頷いて「頼んだぞ」と呟いた恒元に一礼し、俺は執務室を出た。無論、すぐさま行動を開始する。


 助勤に運転を頼み、宮殿を出て右折して都道405号の大通りへ入って、そのまま東へ直進、そこから国道20号線を経由し手首都高5号池袋線ルート5をひたすら進むこと43分間。県境を越え、目的のエリアへ着いた。


 埼玉県さいたま市浦和区――かつては『浦和うらわ』と呼ばれていたこの地区は、埼玉県の心臓部分と云える繁華街として独自の発展を遂げている。この旧浦和市に旧大宮市と旧与野市を取り込む形で2001年に誕生したのが『さいたま市』である。財政問題や住民の帰属意識等で必ずしも歓迎される保証は無い市町村合併だが、この『さいたま市』誕生は旧3都市の住民が手放しに喜んだ珍しいケースの一つだ。


「ここら辺は本当に色々と便利ですからねぇ」


 埼玉県北部で生まれ育ったという運転手の男は、道路脇に目をやって懐かしそうに語る。俺は助手席から「ほう」と聞き手に回る。何せ、川崎で生まれ育った俺にとって浦和は完全なるアウェーなのである。


「特に浦和駅の北側に広がる『仲町なかまちどおり』の商店街には衣食住に必要なモノの殆どが揃います。昔、このあたり一帯は畑や田んぼが多かったのですが、昭和初期に国鉄浦和駅が開業したことで大きく変わりました」


「へぇ」


「浦和駅の構内で販売された弁当、パンや雑貨等が好評だったことから、商機と見込んで多くの中小企業が駅前の開発に乗り出してきました。そんな企業群を支援するのが、地元浦和の大手事業家です。彼らの資金援助もあって、商店街を中心に急速に発展を遂げてきたわけです」


「なるほど……だが、随分と詳しいんだな」


 そう問うと、運転手はハンドルを切りながら朗らかに笑う。


「ええ。ガキの頃から叩き込まれましたから。うちの親父は馬鹿みてぇに地元愛が強いんです」


 考えてみれば、この助勤は埼玉県北部を領地とする直参『井上いのうえぐみ』組長の井上いのうえ孝一こういちの息子だったな。名は確か秋成あきなりだったか。彼の父と前々の理事会で激しく揉めたことがあるだけに車内を微妙な空気が支配していた。


「……」


 まあ、父親はともかくとして息子の秋成の方は俺に忠実だ。雑念で苦笑する俺をよそに、生真面目な助勤は軽やかなドライビングテクニックで予定よりも早く目的地へ車を着けてくれた。


「ここですね。次長」


 さいたま市浦和区仲町4丁目。市庁しちょうどおりに面した雑居ビルだ。


「ありがとうよ。秋成。俺の野暮用に付き合ってくれて」


「良いんですよ。良い暇潰しになりました」


 本来なら俺の身の回りの補佐は酒井さかい祐二ゆうじあるいは原田はらだ亮助りょうすけの仕事だが、この2名は関西派遣軍の一員として大阪に布陣している。そのため、助勤の中から恒元が信頼を置く人物を選んで俺の護衛とし、この男が適任と指名されたわけである。


「んじゃ、行くか」


 車から降りて、秋成と共に雑居ビルへ。1階は自動車整備工場になっているので、2階へと上がる。エレベーターに乗り、4階で降りると廊下に面した部屋にドアがあった。


「失礼します」


 ノックをして部屋に入ると、そこに居たのは数人の男たち。


「ようこそお越しくださいました。麻木さん」


「ああ。こちらこそ、この暑い中で、よく集まってくれたな」


 俺は彼らの向かいに腰かける。彼らは皆、さいたま市内にて超高層電波塔建設地誘致活動を展開していた団体のメンバーである。建設地が東京都墨田区に決まったことで事実上瓦解状態にあったが、彼らの代表者に俺の素性と共に「美味い話があるぞ」と伝えてやったところ、こうして数時間足らずで全員が集まったというわけである。


 活動家は資金と人脈が命。その拠出源が裏社会であったとしても、喉から手が出るほど欲しいらしい。まあ、この『浦和タワー建設を実現する会』の活動目的を考慮すれば、和泉官房長官と懇意にある中川会には是が非でも接近しておきたい具合だろう。


 彼らの瞳は輝いている。さしずめ札束が貰えるとの期待を抱いているのか――ならば率直に切り出してみよう。


「早速だが、あんたらに儲け話を持ってきた」


「えへへっ。何でございましょう」


「誘致運動をもう一回やっちゃくれねぇかい」


「えっ?」


「実はな、官房長官の和泉先生がこの浦和の土地買収を進めているみてぇなんだ」


「何ですと!?」


 驚く彼らに俺は経緯を説明した。小柳首相がレームダック化している現状、墨田区における新東京タワー建設計画が和泉の反対により頓挫してしまうかもしれないこと。和泉が浦和で用地を買い占めているのは、予定地が浦和変更になることを見越してのことだと思われる点。その上で俺は活動家連中に「もう一度暴れちゃ貰えねぇか」と持ちかけた。


「勿論、お金さえ頂ければ我々も尽力させて頂きます。ですが、肝心なのはさいたま市民の意思ですよね? 残念ながら墨田区が予定地になってからは、この計画に冷ややかな声が聞こえるのは確かでして……」


「まあ、それも無理はないだろうな。浦和に決定していれば大喜びしていただろうが」


「ええ。そもそも市長が建設に懐疑的でしてね。署名を提出しても渋い顔をされました。市議会の過半数が賛成派だったにもかかわらず、です」


 さいたま市の藤田ふじた春樹はるき市長は保守という言葉を体現したような政治家だ。補助金をばらまく積極財政を是とする一方で安易な公共事業を良しとせず、市民税は全て福祉に使うべきという持論を掲げている。道中の車内にて読み込んだ週刊誌で藤田市長の人となりは何となく把握している。


 ゆえにこそ。俺は断言した。


「だが、その市長もいずれ賛成派へ転じるだろう」


「えっ? どうしてです?」


「冬の市長選で再選してぇからだ。市民の中で賛成意見が多数を占めていたタワー建設問題に再び議論の火が付けば、票を取り込むために藤田市長は嫌でも賛成へ変節せざるを得なくなる」


「いやあ、お言葉ですけど。藤田さんは芯の強い昔気質な人ですから、そう易々と自分の考えを翻したりはしないと思いますよ」


「だが、市長職にり続けられるか否かが懸かった瀬戸際じゃ己を張り通せるか分からんぜ。昔気質な人間ってのは敗北を本能が拒むんだ。あのオッサンが選挙で負けるような道を自ら行くと思うか。きっと違うはずだ」


「そうと云えば、そうですけど」


 頷きつつも首を縦には降らない代表者の男に、さらに俺は続ける。


「あんたらもご存じと思うが、藤田春樹はけんとう池袋いけぶくろ政策せいさく研究けんきゅう倶楽部くらぶ、所謂『鳥羽とば』に身を置いている。和泉官房長官も鳥羽派の所属だ。今の流れじゃ次の総裁は和泉義輝に決まるだろう。次期総裁候補筆頭が浦和への建設を考えてるのに、これと意見をことにしちゃまずいだろ」


 俺の言葉に代表者をはじめ、そこにつどっていたメンバー全員が唸った。皆、頭の回転が速いな。


「しかし……私といたしましては理解に苦しみます」


「何が?」


「中川会の会長さんは墨田区の土地を全て買い占めていらっしゃるそうじゃないですか。なのに、今になってどうして予定地を浦和へ変えようとするのですか」


「はははっ! どうやら裏社会こっちの情報にも精通してるみてぇだなあ! 恐れ入ったぜ! 代表さんよぉ!」


 喉を震わせて唾を呑み込む相手をまっすぐに見据え、俺は言葉を続けた。トーンを低くして、なおかつ顔から一切の笑みを消して。


「お気づきの通り、俺たちとしては予定地が墨田区押上から変更になっちゃまずい。何せ今回の話は組織を挙げてのビッグ・プロジェクトだからよ。投じた額が違うんだ」


「え、ええ」


「要するに和泉先生への牽制だよ。『要らんことをするな』とな」


「牽制……で、ございますか?」


「そうだ」


 俺の声色に、ますます震える代表者とメンバーたち。予想通りだ。流れに任せて押し切ろう。


「あの先生は予定地の変更がすんなり進むと思っているようだが、俺たちは別ルートで墨田区の地域住民を焚き付けている。いざ変更を正式決定しようとなれば墨田区の連中は猛反発し、計画維持を求める抗議活動が展開されることは確実だ。そうなったらどうなる? 着工時期は遅れ、下手すりゃ社会問題化しちまうよな? 当然、和泉先生のキャリアには傷が付くよな? 誰だって、問題をややこしくした張本人を総理総裁としてかつぎたくはねぇはずだからよぉ!」


 言い切った後、数秒ほどの間を挟んで「まあ、その通りで……」と代表者は頷いた。俺は笑みを戻す。


「この意味、分かるよな? こいつは中川会にとって重要な問題だってことだ」


 俺の凄みに一同が口を噤んだ。ここで逆らえばどうなるかを悟ってしまったようだ。


「敢えて浦和への誘致運動を再燃させることで和泉長官を牽制し、予定地を墨田区のまま工事を始動させる……こんな難しい作戦を頼むのもあんたらを高く買ってのことだ。分かってくれるよな?」


「は、はい!」


「では、取引成立ということで良いな?」


「ええ」


「なら、こいつを受け取ってくれ。俺たちからの、ほんの気持ちだ」


 俺が指をパチンと鳴らすと、背後に立っていた井上秋成がアタッシュケースを開けて見せる。その中には現金にして1千万円の紙幣が詰め込まれていた。


「なっ!?」


 これには相手方の全員が目を見開いた。俺は言う。


「今月中に3千万。来月までに9千万。計1億2千万円の資金援助を行ってやる。これで浦和の誘致運動を再び活性化させろ……ただし、ほどほどにな。もしも予定地が本当に浦和へ変更になっちまったら、その時は分かるよな?」


「は、はい!」


「あくまでもメディア向けのパフォーマンスをする程度に抑え、再び署名を集めるような真似はするな。9月の総裁選までに和泉長官は必ず墨田区案に納得し、新東京タワー建設計画は閣議決定で了承される。そのニュースを聞いた瞬間にピタッと止めるんだぞ。分かったな」


「心得ております」


「では、よろしく頼むぞ」


 活動家などと名乗ってはいるが、結局のところ彼らは贅沢な暮らしがしたいだけの集団。そうでなくば、俺の提案に嬉々として従ったりはしまい。ため息を堪えながら、俺は彼らの事務所を後にした。傭兵時代に飽きるほど心理戦を学んだ身としては造作もない行為であった。


「……」


 帰路。冷房の効いた後部座席にもたれかかりながら、俺は眉根を寄せる――あいつらは何なのだ。俺と華鈴は、必死に弱者救済の理想を叶えんと奮闘しているというのに。


 沸々と怒りが湧き上がってきた俺だったが、鳴りそうになった舌打ちを懸命に堪える。部下の前では、常に飄々とした男を気取らねばならない。青臭い夢に心を燃やして義憤に体を震わせるなど、彼らからすれば滑稽以外の何物でもないであろうから。


 どうにか感情を発散させるべく、俺はジャケットの懐から煙草の箱を取り出すと、上下に振り上げて1本を出し、唇に咥えた。すると運転席の秋成あきなりがバックミラー越しにこちらを見てくる。


「申し訳ございません。火をおけできず」


「構わん。お前は運転に集中しろ」


 断って、俺は自分でライターを取り出す。火を咥えた煙草の先に近付けると、やがてジリッと音が聞こえてきた。煙が口の中に広がってゆく。


「……」


 暫く無言の時間が続く。窓から見える景色は、どこを切り取っても車や人であふれている。夏の風景を前にしながら、俺は煙を吐き出した。この世には力と無力しか存在しない。


「次長」


「何だ」


「お疲れですか」


「少しな」


「まあ、しょうがないですよ。この暑さですから」


 秋成の言葉に曖昧に頷く俺。すると、彼は静かに続ける。


「ところで、最近の麻薬ヤクの市場の動向をご存じですか?」


「ああ。知っている」


「例のアレが今も増加傾向にありますね。特に、若者の間で広まっているようです」


「そうだな」


 秋成が名を出すことさえ憚った、強烈な効力を持つ化学由来の麻薬。去年は九州の玄道会が中川会への経済的攻撃として関東へ持ち込んだものと思っていたが、ここのところ再び都内で見かけるようになっていた。撒き散らした大元たる玄道会は、既に壊滅状態に陥ったというのに。


「困ったものですね。あんなものが流行っては我々の商品が売れなくなってしまう。アレの効力は普通のLSDの30倍で依存性も桁違いだから、あちらに嵌まったらそれまでですよ」


「まったくだ」


 その『例のアレ』を打てば、爆発的な快楽に短時間で脳が破壊されて廃人と化す。目の周りには紫色の鮮やかな痣が出現し、それ以降は定期的な摂取無しではいられない体になってしまう。覚醒剤などとは比較にならないほどハイになり、この世のものとは思えないほどの快感を味わえる代物。当然、中川会のシノギである薬物ビジネスに暗雲が垂れ込めるのは当然である。


「その調子じゃ、今月の稼ぎも悪いんじゃないか」

「ええ、全くです。おかげで各組の若い衆の不満が溜まっておりまして。幹部の連中なんか、もう苛立って苛立って」


「だろうな」


「しっかし、流通経路が分かりません。一体、どこから漏れたのか……俺たちだって気を付けていたんですよ……アレの容量を間違えないように……」


 その時だった。


 ――バァンッ!


 突如、車体後方に衝撃が走った。俺は音で即座に分かった。背後のガラスに銃弾が着弾したらしい。襲撃か。


「車を寄せて停めろ」


「はっ!」


 秋成は冷静にハンドルを左へ切って、車を歩道近くに停めた。なおも銃弾は車体を襲い続ける。防弾加工が施された車とはいえ、油断は出来ない。俺は懐のホルスターから拳銃を抜き、スライドを引っ張って薬室へ弾丸を送り込む。同時にドアを開けて外に出た。背後からもドアを開閉させる音が聞こえたので振り返ると、秋成の姿。


「銃は持ってるな?」


「勿論です!」


「よし。軽く援護を頼む」


 そう言うや、俺はグロック17を手に歩道へ飛び降りた。愛銃を構えて左右を見るが、それらしき影は見当たらない。


 狙撃手スナイパーか――面倒だ。どこに潜んでいるのか分からない。見つけて殺しに向かおうとする間に撃たれる。ただ、狙撃銃であれば、こちらの防弾車から飛び出るタイミングさえ把握すれば簡単に殺害できる。にもかかわらず発砲してこないあたり、相手の戦闘経験値は高くないだろう。となると、意外と簡単かもしれない。


 ん……?


 こんなシチュエーションは前にもあったような……?


 不意に胸を包んだ感覚に首を傾げた直後。凄まじい闘気と共に雄叫びが聞こえた。


「おらぁぁぁぁぁーっ! 麻木ーっ!」


「その首、獲ったぁーっ! 殺してやるぅーっ!」


 日本刀やら拳銃やらを携えた15人の背広の男が、横並びでこちらに駆け寄ってきていた。


「おうおう。大した歓迎だぜ」


 俺は銃をホルスターへ戻し、足を肩幅に広げて構えを取る。鞍馬菊水流の餌食となって貰おうか。10メートルほどの距離に迫ったあたりで、男の1人が拳銃を構えるのが見えた引き金を引くのが早いか、俺が斬るのが早いか――そんな緊迫感を味わう時間もない。俺は即座に突進して間合いを潰すと、奴らの拳銃を携えた腕を軒並み手刀で斬り飛ばし、日本刀を手にした連中には急所を狙って掌底を撃ち込む。最後の1人となった奴には、刀を叩き落として腹に蹴りを入れてやった。


「ぎゃっ!」


「くっ! この野郎っ!」


「ぐあっ!」


「ああっ!」


 倒れた男たちは、それぞれ悲鳴を上げて苦悶の表情を浮かべる。だが、まだ息はある。俺はゆっくりとその輪の中に入っていった。さて、何処の組の者か。吐いて貰おう。


「よう。お前ら。誰の指示で動いた?」


 ところが、訊きかけた直後。


 ――バァァァン! バァァァン!


 銃声が轟いた。振り返ると、井上秋成が目を見開いて笑っていた。


「ギャハッ! ギャハハハハハハッ! 楽しいなあっ! 人を殺すのっ! 楽しいっ! 楽しいっ! 楽しいなあっ! 銃をバンバン撃っちゃうんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そうして次々と引き金が引かれてゆく。一発、また一発と鉛玉が飛び出し、腕や脚を切り落とされて横たわる男たちの眉間を正確に撃ち抜いてゆく。


「ギャハハハハハハッ!楽しいんだな!」


 暫し唖然と見ていた俺であるが、慌てて我に返ると秋成を止めた。あっという間に、全ての敵兵の額に風穴が開いていた。


「おい、めろや」


「ギャハハハハハハッ! 麻木次長ぉぉぉぉぉ!」


 手にしたグロックに装填された弾丸を打ち尽くしてもなお、引き金を引くことをめない秋成。カチッ、カチッという音と絶叫が空を切る中、俺はあることに気付いた。


「……えっ?」


 秋成の顔に紫色の痣が浮かんでいるのである。おまけに、目の周りに。


 これってもしや――いや、違う。そんなはずはない。執事局の助勤たちに恒元が薬物を与えているのは確かだが、あれはあくまでも植物由来のものであって過激な『例のアレ』ではなかったはずだ。そもそも、幻覚剤が売れなくなる原因だからと名を憚るよう皆に申し付けたのは恒元であった。


 そんなはずはない……!


 呼吸が荒くなった俺は、秋成を抱え上げて車へ乗せると自らは運転席に乗り込む。それから急いで都内へ戻った。道中に寄り道したコンビニの駐車場で死体処理班を要請し、恒元に経緯を報告したが、総帥が驚いたのは俺が謎の敵かに襲われたという事実に対してのみ。秋成の状況については何も言わなかった。


 電話を終えて深呼吸。気を落ち着けてから、俺はハンドルを握り直す。車は都内に向かう途中で首都高速に入った。幸い渋滞もなく、秋成を連れて宮殿に着いたのは正午過ぎ。未だに気がたかぶっていた。


 後部座席に寝かした秋成は寝息を立てている。遊び疲れた子供のように。無邪気な顔で。


 俺は暫し、物思いに耽る――されども虚しくなったのでめた。気付かぬふりをしておこう。恒元が『例のアレ』の精製を自陣のプラントで始め、容量を調整したオリジナルブレンドを助勤たちに与えている事実などは。


 華鈴には口が裂けても打ち明けられない。打ち明けられるわけがない。


 きっと打ち明けたら彼女は納得してしまうであろうから。己の夢を叶えるためにあらゆることを黙って吞み込む妻の姿は見たくない。愛しき人には美しいままでいてくれと願う俺がいた。


「……」


 若干に項垂れたまま、俺は車を降りる。後部座席へ回り込んで秋成を車から降ろし、抱え上げて屋内へと運ぶ。特に口を開くこともなく。静かに。

 この時の俺を包む情緒に、相応しい名を付けるとすればひとつだけ。無力感だ。


「……笑えるぜ」


 他の助勤に秋成の介抱を任せた後、気付けば俺は無表情のまま午後の仕事を始めていた。全ての記憶を封じ込めるように。


 まあ、そうした逃避の意味が無くとも。和泉官房長官の真意を確かめるべく諜報活動を行う必要が俺にはあった。


 情報を集めるには街へ繰り出すのが最も手っ取り早い。和泉義輝に中川恒元への叛逆の意思があるのか、否か――当人へ直接尋ねても意味が無いので、まずは浦和の土地買い占めを行っていた不動産屋を洗ってみるとしよう。


 恒元から聞いた不動産会社の名は『大貫おおぬき不動産ふどうさん』と云うらしい。中堅どころの不動産会社であるが、和泉はその会社と繋がっている。この会社を経営する大貫おおぬき和雅かずまさと和泉義輝の内閣府付き秘書官、伊藤いとう賢人けんとは高校時代の先輩後輩の仲だという。両者の繋がりを考えれば、和泉が裏で糸を引いていることは想像に容易い。


 大貫不動産の本社は芝にある。ゆえに俺は宮殿の恒元に頼んで『朝比奈隼一』の名で大貫おおぬきへのアポイントを取り付けて貰い、会いに行くことにした。その大貫なる人物からじかに情報を得られずとも、彼の側近をカネで買収すれば何かしらの収穫を持ち帰れよう。


 意気込んだ俺は、さっそく宮殿を出発する。溜池山王駅から地下鉄南北線に乗って麻生十番駅で降り、目的地を目指して歩く。


 どうして公共交通機関を使ったのかは分からない。ただ、俺の中で何かが心に引っかかっていた。まるで何かを恐れているような、奇妙な感覚――そんな情念に胸を竦ませ、東麻布3丁目に差し掛かった時だった。


「おいおい。あれ、喧嘩か?」


「だいぶマジになってるじゃん。助けた方が良いんじゃない?」


「いや、でも片っぽは見るからにヤクザじゃん。週刊誌に載ってた吸血鬼のヤクザだよ」


「うわあ。あんなのに関わらない方が身のためだよ」


 人だかりが出来ている。見れば、電柱の近くで4人の男が言い争っている……と思いきや、3人が1人に絡んでいる。前者は執事局助勤。もう片方の男は白のポロシャツにジャージのズボンという出で立ちだった。


「何だ?」


 俺は目を見張り、人ごみに隠れて様子を窺う。すると。


「その煙草の火を消しなさい!」


 囲まれている男が声を荒げた。その怒声を助勤たちは鼻で笑う。


「いや、だから。何をムキになってんのよ。おっさん」 


「カルシウムが足りないんじゃない?」


「牛乳でも飲めって! ギャハハッ!」


 無論、全員が見知った顔だ。されも俺は息を殺して気配を消し、眺めることに徹した。何故だかは俺にも分からない。ただ体が動かなかったということに尽きる。


 そんな俺を尻目に口論はヒートアップしてゆく。ポロシャツ姿の男性は顔に筋を浮かべて怒声を放つ。


「公共の場で煙草を吸うなと言ってるんだ!」


 どうやら路上でたむろする3人の喫煙を見咎めたらしい。異国じゃあるまいし、我が国で路上喫煙は非常識な行為とはされていないのに滑稽なことだ。当然ながら助勤どもは従わない。男性を嘲弄するがごとく言い返す。


「だからよぉ。おっさんがどうしてそこまで煙草を憎んでるのか意味不明なんだって!」


「煙草が無くなれば、人類が健康になると考えているのですか!? そんなくだらねぇ理屈を並べて悦に入っている暇があったら、とっとと死ねって言ってるんですよ!」


「そーだ! そーだ! クリームソーダ! メロンソーダ! ギャハハッ!」


 なおも口論は続いてゆく。


「いい加減にしなさい! 子供たちが行き交う通学路で煙草を吸うなと言ってるんだ!」


「うるせぇなあ! どこで吸おうが自由じゃんよぉ!」


「あのさぁ! どうして俺らが煙草を吸うことが悪ってわけ!? 論理的に説明してごらんなさいよ! あんたセン公なんだろ!?」


「ギャハハッ! 言っちゃえ言っちゃえ!」


 喧嘩は段々とエスカレートしてゆく。男性が我慢の限界を迎えたかのように叫び、3人うち1人の襟首を掴み上げた。 


「大人を馬鹿にするのもいい加減にしろ……歯ぁ食いしばれ!!」 


 ところが。


 ――ドガッ。


 鈍い音が響き、崩れ落ちたのはポロシャツ姿の男性の方だった。胸ぐらを掴まれた助勤がボディーブローで切り返したのである。


「ぐっ……あっ……」


「俺たち相手に勝てると思った? 馬鹿じゃねぇの、お前!」


「わ……私は……教師だ……お前らみたいなクズを……調子に乗らせるわけには……」


 苦しそうに腹を押さえてうずくまりながらも、啖呵を切って見せるポロシャツ教師。そんな彼の額を助勤の1人が蹴り上げた。


「黙れよ」


 またもや鈍い音が響く。


「ぐあっ!?」


 今度は仰向けに倒れたポロシャツの男性。地面に這いつくばる形で悶絶する。そんな彼に向かって助勤は言う。


「お前さぁ。自分が何をしたのか分かってる?」


「それは……お前らのような社会のクズを成敗する為に……」


「違うね。お前らが俺たちに喧嘩を売った。だからぁ、成敗されるのはお前ってわけ。分かる?」


「こ、この……」


「はあ。その鬱陶しい口の利き方、何とかならねぇの? 俺、昔から大嫌いだったんだよね! お前みたいなセン公が!」


 助勤はそう言ってポロシャツの男の胸倉を掴み、引っ張り上げる。すると男は苦痛に歪んだ表情を見せた。しかし、それでもなお、反撃を諦めない態度を取る。そんな彼の顔面を助勤の1人が殴りつける。乾いた音が響いた。地面に叩きつけられたポロシャツ姿の男は鼻血を出し、泣きながら叫ぶ。


「ぐっ!? ぐあああっ!?」


「まだ分からないのかい。俺たちはヤクザなんだよ。権力を持って生かされている。それが分からないのかな。おじさんさぁ」


「ぐぅ……ぐぅぅぅ……」


 ポロシャツの男性は悔しさを滲ませながら俯く。すると、別の助勤が足元のバッグから何かを取り出した。小型の電動チェーンソーだ。


「俺たちに手ぇ出したこと、後悔させてやるよ」


 助勤はチェーンソーのスイッチを入れる。直後、轟音が鳴り響く。


「足一本で許してやる」


 そう吐き捨てるや、仲間の2人が男性を羽交い絞めにする。


「……嫌だぁっ! めてくれぇっ! めてぇぇぇぇぇぇ!」


 これから何をされるかを悟ったか。先ほどまでの勢いはどこへやらといった調子で、ポロシャツの男性は懇願する。されど助勤の鋸の刃は、彼の膝へ無慈悲に突き立てられた。


 金属が骨を削る音が響く。鮮血が乱れ飛ぶ。


 ――ギィィィィィィィィィンッ! ブシャァァァァァァァッ!


 男性の悲鳴が上がる。


「うああああああああっ! あああああああああああっ! 痛いぃぃぃぃぃぃぃぃーっ! 痛いぃぃぃぃぃぃぃぃーっ!」


 肉と骨を抉る音がんだのは数十秒後のことだった。


「はい。これでおしまい。命までは取らねぇよ。安心しな」 


 助勤はチェーンソーをのスイッチを切る。そして男性に止めを刺すことも無く、切り落とされた右足を持ち上げて去って行くのだった。騒ぎを見ていた人々がざわめき始める。通行人たちの視線を集めていた男が路上に倒れているのだから当然だ。


「ううっ……助けて……誰か助けてくれっ……!」


 男性は涙を流しながら助けを求める。それを聞く者はおらず、誰もが無関心のまま通り過ぎてゆく。何故だろう。答えは単純明快。


 助けを呼んでも、どうにもならないことは分かりきっていたからだ。


「……」


 俺はその場を立ち去ろうと無言できびすを返して歩き出す。その時。


「よう!」


 瞬間的な気配と共に不意に声がかけられた。ふと視線を向けると、1台の巨大なリムジンが停まっており、開いた窓から男が顔を覗かせていた。


「中川さんとこの幹部だろ! 名は確かアサヤマだっけ?」


 その顔には見覚えがあった。テレビや雑誌などで何度も目にした、伸び放題の髪と髭が特徴的な人物――よもやこんなところで芸能人に遭遇するとはな。驚きつつも、俺は深々と頭を下げて見せる。


「どうも。中川会理事の麻木涼平にございます」


 その挨拶に男は指をパチンと鳴らして反応した。


「ああ! そうそう! 麻木君だよ! 麻木君!」


 顔は知っているが、会ったことは無い――にもかかわらず顔を覚えられているということは、総帥と共に行動している時に何度かエンカウントしているのであろう。雑談に興じている暇は無いが、場を切り抜けるには話に乗っかるほかないだろう。賢明な俺は愛想笑いを浮かべ、敢えて相手の機嫌を取るような物言いで応対する。


「名を覚えて頂いているとは。恐縮でございます。監督かんとく


 監督。この髭モジャ男、沢橋さわはし成時なるときの肩書きである。


 日本のみならず世界各国で愛されるスペースオペラ『異星いせい争乱そうらんたん』シリーズの監督として最もよく知られており、他にもファンタジー映画や冒険映画を多く手掛けている。実業家としても活躍しており、大正期から続く映画制作会社『沢橋さわはし電氣でんき活劇かつげき株式會社かぶしきがいしゃ』の代表でもある。彼の一族は祖父の時代から三代に渡って映画監督を輩出しており、戦前には男爵位を世襲していた旧華族としても名高い。


 そんな文化人である沢橋成時だが、意外にも気さくな人物だというのは有名な話だ。そういえば恒元が旧華族親和会で沢橋と飲み明かしたことがある云々の話をしていたことがあったような……。


 まあ、何だって良い。すぐに立ち去りたい苛立ちを堪えながら俺は今一度頭を下げる。そんな若者に沢橋は目を細める。


「ああ。気にしないでくれよ。それでぇ、さっきはヤクザ同士の喧嘩を眺めてたのかい?」


 俺は微笑みながら首を振る。余計な事を口走り、藪をつついて蛇を出す愚は冒したくない。


「いえ。人だかりが出来ておりましたので、野次馬根性で首を突っ込んでみました。結果としては不愉快極まるものでしたけれど」


「ハッハッハッ! 誰も損しない世界なんて無いぜ! それが世の中ってもんさ!」


 沢橋は豪快に笑うと、続けて言う。


「しかし、君の言う通りだなぁ。さっきのセン公もそうだけどよぉ。道徳だのモラルだのを引っ提げて生きてる連中ってのは、見てるだけで虫唾むしずが走るぜ! そのくせ自分たちのことは棚に上げるしよぉ!」


 そう言って笑い飛ばす沢橋だが、俺はその話題を続けたくなかった。何故なら、彼と話が噛み合わないと感じたからだ。大体にして、美学に沿った生き方をすることの愚かさを目の前の世界的映画監督に語ってはいないというのに。


「申し訳ございません。これから用向きがございますので、失礼致します」


 俺は恭しく一礼する。だが、沢橋は引き留めるように笑い声を上げる。


「おいおい。つれねぇこと言うなって! この俺様が直々に相手をしてやってるんだぜ!?」


「……はっ」


「君のことはパーティーやら何やらで幾度となく見かけてるけどさぁ、近くで接すると案外若いんだな。あの中川さんのお気に入りっていうからには、もっと威厳がある奴かと思ってたんだが。いや、失敬。これは失礼な発言だった」


 沢橋の言葉に俺は顔を上げて首を横に振る。ここでこの男に無礼を働くのは得策ではない。それに、彼に会えたことで得られるメリットもあるかもしれないのだ。たとえそれが一時のものであったとしても――そう判断した俺は彼を立てるような笑みを浮かべるのみ。


滅相めっそうもございません」


「どうだ? この後は空いてるかい? こうしてたまたま顔を合わせたのも何かの縁だ。一緒に昼飯でもどうよ」


 脈絡を飛び越して唐突に誘われた俺だったが、すぐさま「はい。是非とも」と即答する。しかし、窓から顔を乗り出す沢橋が背後から誰かに肩を叩かれる。


「なりません。ご当主。お昼は帝劇でミーティングの予定が入ってるではございませんか」


「ああ? キャンセルしろよ! そんなの!」


「なりません! 先日も約束をすっぽかしたお相手なのですぞ!」


 どうやら隣の席に腰かける人物は沢橋の部下らしい。ため息と共に「分かったよ岡井おかい……」と応じた監督は、後頭部をポリポリと掻きながら俺に代案を寄越してきた。


「申し訳ないが、俺には先約があったようだ。しかし、君のことは前々から気になっていた。そんなわけだから乗りなさい。帝劇に着くまでの間だけでも語らおうじゃないか」


 そう言ってリムジンのドアを開けてきた沢橋に俺は肩を竦める。ここまで言われて断るのは比例というものであろう。俺は車内の一礼し、ゆっくりと乗り込む。扉を閉じると、すぐに車は走り始めた。


「それにしても、移動はリムジンですか。羨ましい限りですよ。庶民の俺には高嶺の花です」


 監督の隣に座る岡井なる初老の男がチラリと視線を向けてきたのを受け、俺は冗談めかして言ってみせる。すると、沢橋はケラケラと笑い、俺の言葉を肯定した。


「旧華族の特権ってやつさ! これでも我が家は男爵だったもんでね! まあ、旧華族の殆どは没落してるから俺みたいに映画で荒稼ぎしない限り贅沢な生活は出来ないらしいけど!」


 そう言って笑い飛ばす監督。俺は笑顔で応じ、話題を変えることにする。目の前の男に、何処か薄気味悪いものを感じたからだ。


「そうですか。しかし、さっきの言い回しが気になりますね」


「ん?」


「あんな風に言ってましたよね。見てるだけで虫唾が走るって」


 俺の質問に沢橋は目を細めてフッと笑う。そして言う。


「ああ。さっきの話の続きか。簡単なことだよ。あれを演出したのは俺だ」


「えっ?」


てみたかったんだよ。美学びがく醜学しゅうがくの対決を……しっかし、思ったよりも面白くはなかったね。せっかく岡井が『おたくの近所でチンピラヤクザが煙草を吹かしてるぞ』と港第三中に連絡を入れてくれたのに」


 その一言を耳に当の本人が顔をしかめる。


「ご当主の趣味の悪さにはほとほと呆れます。大体にして、あの中学教師の負けは最初から目に見えていたものを」


「最初から結果が目に見えた筋書きの中で、如何にアドリブを効かせるか。それが表現というものだろう。さっきの教師も少しは粘るべきだったな。日頃は生徒相手に横暴に振舞っているくせに情けないことだよ」


「あの男が暴力教師だと何故に分かるのですか?」


「教師とは往々にしてそういうものだからだ。天才映画監督の俺が言うのだから間違いない」


 そう言って背凭せもたれに上半身を預ける沢橋に、岡井と呼ばれた男は「はぁ……」と嘆息を吐く。俺は思わず言葉を失う。その反応を見た沢橋がニヤリと笑う。


「どうした? 『何でそんなことをするんだろう』って顔をしてるね?」


「まあ、少なくとも部下をふざけた遊びの道具にされたわけですから。腹は立ちます」


「怒るなよ。殺し屋のくせに」


「文句の一言くらい云わねば、組織の幹部として面目が潰れます」


「自分の部下が無辜の市民の脚を切ったことには? 怒らないの?」


「無論、憤慨しております」


「自分だって人を殺しているのに?」


「それとこれとは話が別でしょう」


 低いトーンながらも少しばかり語気を強めた俺に、沢橋はニタッと笑う。そうして彼は続けて尋ねてくる。


「何が別なの?」


「俺の場合は殺しを楽しんでいるわけじゃありません。あくまでも仕事として行っています」


「ふーん……でも、君自身が楽しまなくてもさあ。君のご主人様は楽しんでるんじゃない? あの爺さんったら、親和会で毎回の如く武勇伝を語るもんだから皆が飽き飽きしてるぜ? 『生きたまま首を刎ねる瞬間は美しい』だの何だのと」


「恒元公に左様な嗜好があったとて、そのために動く俺までが同じとは限らんでしょう。あなたは自分が楽しむために人を傷つけている。それ以上でも以下でもない」


 俺の言葉に沢橋は「あっはっはっはっは!」と大声をあげて笑う。そして笑い終わると「面白いね」と呟き、再び話し始める。


「でもよ、人は誰しも何かしらの娯楽を求めているもんだ。そうでなければ生きていけないものだ。だからこそ、人間ってやつは常に何かを探し求めているのさ」


 そう言って腕組みをする監督に対し、俺は「そうかもしれません」と頷きながら応じる。


「ですが、快楽のために人を殺すなどあってはならない」


 俺の言葉に沢橋は再び声を上げて笑った。


「そうかね? 娯楽とはそういうものだろう。観客が満足できればそれで良い。そのためならば如何なる犠牲も厭わない……それが娯楽というものの本質なのさ。そして、その観客は自分であっても良いわけだ」


「だとしても、俺は違う! 自分てめぇが気持ち良くために人を殺したりはしない!」


 思わず声を荒げてしまった俺。車内が一瞬ほど静まり返った後、沢橋は「本当にそうかな?」と首を傾げる。


「君、業界で『血まみれの天使』と呼ばれてるんだってね」


「だから何だというのです」


「そう呼ばれていることを嬉しく思う自分がいるのではないかね?」


「不本意な渾名あだなですが、武名はすなわち己の価値。方々に知れ渡って、皆が恐れるようになればなるほど、無駄なドンパチも消えてゆく。『中川会には強い男が居る』と知れば、わざわざ喧嘩を売りに来る者もいなくなるでしょう」


「では、現時点で君は自らに付いた異名を肯定すると?」


「無論です。俺は自らの仕事に対して責任を持っている。同時に殺し屋という生き方に美学と誇りを持っている。節度の無いあなたとは違う」


 車内の空気感は少しも凍てつかなかった。岡井が俺にコクンコクンと頷き、横目で主君を睨みつけたからである。されども監督は微塵も気にしない。それどころか。


「ふうん。でも、それは本当に自分の意思かな?」


 俺の言葉を一笑に付した沢橋は訊き返してくる。


「君、中川の爺さんに命令されて動いてるだけなんだろう?」


「それがどうしました?」


「そうやって自分の意思でないフリをしてるだけで。本当は命令されていることに安心してるんだろう?」


 沢橋の言葉を聞いた俺は言葉に詰まる。確かにそれは否定できない事実であった。中川恒元の存在に縋ることで、自分自身が保てている部分がある。しかし、それが悪いことだとは思っていない。俺にとっては必要なことなのだ。だが、それを認めてしまえば、自分自身が壊れてしまう気がする。だから、どうしても認められない……そんな葛藤を抱いている俺に対し、沢橋は言った。


「君の人生は『誰か』から『命令』されることによってのみ成り立つものなのか? 極論を云えば、君がこれまで殺した人数や種類のすべては中川恒元という男に依存しているものに他ならない」


「……」


「だから『自分は殺したくない』と思いながらも結局は『まあ、良いか』と思ってしまうわけだ。つまり、君は中川恒元を口実にしているに過ぎない。自制のタガを外し、狂気に酔いしれるための」


「……違う」


「自分は利用されているだけだとでも言いたいのかね?」


 沢橋の言葉に俺は「あっ……」と声を漏らす。俺が何を言おうとしたのかを看破したのだろうか。しかし、その前に彼は言葉を続ける。 


「男は常に主導権を握っていなければならない。それは自分自身にとっても、他人にとっても同様だ。君はそれを怠った。だからこそ、今の状況があるのだろう。まあ、これは俺の持論だがね」


 そう言って笑った沢橋だったが、俺は息を呑むばかりで何も言い返せない。すると、そんな様子を見兼ねたのか岡井が口を開いた。


「ご当主はご当主の理論をご披露あそばしたいだけです。あまり真剣にお聴きになられても時間の無駄にございましょう」


 ところが、その瞬間。沢橋の顔つきが瞬間的に豹変した。


「うるせぇ! 出しゃばるな! せっかく俺がこの殺し屋君に道徳的な教えを施しているんだからよ!」


 監督の怒号に岡井はやれやれと言わんばかりに小さく首を左右に振ってみせた。一方、俺はと云うと、やはり黙り込んだままである。


「……」


「まあ、良いさ。いずれにせよ、君が今の仕事を続けている限り。君自身も中川恒元を言い訳にしている限り。君が真の意味での自由を得ることは無いだろう」


「……何が仰りたいのです?」


「今のままだと君は何の夢も叶えられないってことさ」


 そう言って沢橋は笑う。だが、その笑顔は先程までのものとは明らかに異なっていた。こちらを見透かしたような不敵な笑み……それがどうにも気に食わなくて。俺は「あなたには関係のない話ですね」とぶっきらぼうに切り捨てた。


 すると、沢橋はまたもや声を上げて笑った。


「ハッハッハッ! そうかもね! 君が自分の道を見つけられないことなんか、俺にとっては関係のないことさ!」


「……」


「まあ、いずれにせよ。君は自分の人生について真剣に考えた方が良いだろうね。このまま操り人形で終わるのか。あるいは操る鎖を自らの意思で断ち切るのか」


 悔しいかな。俺の心はひどく揺れていた。さながら嵐の中を進む小船の如く。頭に浮かんだのは妻の顔。彼女が守りたいと願う人々の顔。俺を慕ってくれている部下たちの顔。


「はあ」


 ため息を吐き捨て、俺は夏用ジャケットのポケットから煙草を取り出して火をけた。窓を開ける配慮をする暇は無い。吐き気さえも催しそうな情緒だったから。


「ふふっ。図星か」


 ますます笑みを深める沢橋は、岡井が無言で窓を開ける中で俺に尋ねてきた。


「ところで麻木君。初めて人を殺したのは何歳の時だ?」


 何故に左様な質問を浴びせるのだろう。眉根を寄せながらも俺は答える。気を紛らわすために。


「15歳の時です」


「経緯は?」


「その時にお仕えしていた親分の命令で。バットで殴り殺しました。何度も、何度も、打ち付けて」


「気持ち良かったか?」


 その質問には答えたくないと思った。されども答えた。つい先ほどに沢橋が口走った『自由』という単語が胸に引っかかったから。少しの計算も無い、ただ純なる本能の赴くままの反応であった。


「気持ち悪かったです。終わった後、風呂場で、殺した男の幻覚を見たことを今でも覚えています。だけど……」


「だけど?」


「……その次から気持ち良くなりました。全身がゾワゾワと泡立つような感覚がして」


「やっぱりそうだろう。じゃあ、その出来事以前に『人を殺してみたい』と思ったことは?」


「あります。何度となく」


「誰を?」


「妹。教師。近所の大人たち。とにかく、鬱陶しい奴ら全員」


「だよね」


 沢橋が何処か安堵した様子で頷いたのを受けて、俺は苦笑しながら否定してみせる。


「あなたと同じで、俺も結局は人の皮を被ったモンスターなのですね」


「ああ。人間はみんなそうだ。表向きは紳士を装い、社会の歯車となる振りをしながら、裏では欲動の赴くままに生きている。しかし、それも当然のことだろう。誰だって気持ち良くなりたいのだから」


「ですが、俺はあくまでも愛する人のために生きたいと思っています」


「ほう?」


「妻の夢を叶えたい。そのために俺は稼業を続けているんです」


 俺の言葉に沢橋は笑みを浮かべる。


「君は本当に面白いね。まさしく、殺し屋そのものといった感じだ」


「そうでしょうか」


「ああ。中川もなかなかに悪辣あくらつな性格をしているが、君も負けてないよ。まあ、俺と比べたらまだまだ未熟だが」


 沢橋の言葉を耳に、俺は目を伏せる。そして彼に向かって問いかける。


「俺が未熟だと?」


「ああ。君は未熟だ。『人を殺したい』という素晴らしい欲求を抱きながら、理由を探してしまっている。正当化する口実を。中川恒元のそばづかえという、あらゆる制約を受けない立場にあるのに。勿体ないことだ」


「そ、それは……」


 俯く俺に沢橋は言った。


「人を殺す時は本能で殺せ。気持ち良くなりたい、それで十分じゃないか。いちいち気高さだの、大義だのを探す必要は無いんだ」


 沢橋の言葉が俺の中に響き渡る。白い紙を墨汁に浸し、黒く染めてゆくように。俺は「それは……」と絞り出した声で言う。


「……俺には出来ません」


「ほう?」


「そんな、そんなことをしたら……俺の大事な人が悲しみます」


 そう答えた俺に沢橋は笑みを浮かべながら尋ねた。


「なるほど。しかし、その大事な人は君が殺し屋だということを知っているんだろう?」


「ええ。知っています」


「だったら、もう理解は得られているんじゃないのか?」


「それは……」


 言葉に詰まる俺。しかし、沢橋は躊躇しなかった。畳み掛けるように言葉を続ける。


「つまり、君の大事な人とやらも狂っているわけだ。自分の理想を叶えるために、血まみれの天使を利用しているのだからね。めなさいよ。人間と云う生き物を美化するのは」


「……」


「そして認めなさいよ。自分自身も、その狂った人間の内の一人であることを。それさえ出来れば、少しは変わってくるんじゃないかな。思い悩むことも無くなるぞ」


 再び沈黙する俺だったが、沢橋はそこで質問を止めた。「まあ、良いさ」と呟きながら、自らも煙草を取り出して火を点ける。


「ところで、麻木君」


「はい」


「何か欲しいものはあるか? 俺のくだらん雑談に付き合ってくれたわけだし。ささやかながらも礼をさせてくれ」


「御礼?」


「ああ。何でも良いぞ。金銭が欲しければいくらでもくれてやる。それ以外なら、そうだなぁ……例えば、そうだ! 君が精神的自由を獲得するためのきっかけを与えるとか。どうだろうか?」


 俺は沢橋の言葉を咀嚼する。この男の思考パターンについては概ね理解できてきた。人をもてあそび、翻弄することに愉悦を覚えるタイプの快楽主義者。要するに、善悪の観念が欠如しているのだ。故に、このような提案をしてくる。しかし、逆に言えば、付け入る隙もある。俺はこの時を待っていた。


「では、あなたのコネクションを利用させてください」


「何をすれば良い?」


「和泉義輝官房長官について調べたいことがあるのです。あの御方は、あなたと同じ旧華族。旧華族には旧華族にしか分からないことがあるのではないですか。それを俺に教えて頂けませんか」


 岡井は息を呑んで顔をしかめるが、俺の言葉に沢橋は目を丸くする。


「ははっ。面白いじゃないか」


 そしてまた笑った。俺は表情を変えないまま、視線を前方へと向ける。すると、丁度そのタイミングで車が停まった。目的地に到着したらしい。どうやら沢橋の行き先であった帝国劇場に着いたようだ。


「和泉さんについて知りたいことがあるなら、本人と直接話して訊いてみるが良い」


「えっ?」


「実は今日の演目は和泉さんもご覧になるんだよ。貴賓席でね」


 曰く、沢橋成時がメガホンを握った2000年公開の映画『修羅しゅら』を初めてミュージカル化した舞台が超人気アイドル主演で本日上演されることになっているらしい。映画版の脚本および監督を務めた沢橋は終幕後のセレモニーで挨拶する予定らしく、これより本番を目前にした出演者とのランチ会に出席するという。


「……」


 和泉長官には直接当たらず、あくまでも周辺の人物を買収することで外堀を埋めようと思っていた俺としては、この流れは好ましいものではない。しかし、考え方によっては好機とも云える。俺は「分かりました」と言い、車を降りる。すると、沢橋も降車し、ふところから携帯電話を取り出した。


「岡井」


「はっ」


「今夜のチケットを1枚用意しろ。それと和泉さんにも連絡。お忙しいとは思うけれど、是非にも数分お時間を頂戴したいと」


「はい」


「それと、こいつも忘れるな」


 そう言って沢橋は黒色のクレジットカードを取り出し、岡井に手渡した。それを受け取った彼はペコリと頭を下げて走り去っていった。


「んじゃ、俺はランチを楽しんでくる。また後でな。梨瀬なしせ沙也花さやかのオッパイを揉むのが楽しみで仕方ないよ。旧華族の特権ってやつだ」


 沢橋は俺に手を振ると、リムジンを運転していた使用人と共に劇場へ入って行った。映画監督、沢橋成時は世界的な巨匠として賞賛される一方で乱行の癖が絶えない人物。彼のバイオレンスあるいはセックス方面のスキャンダルは度々週刊誌の記事になっており、世の女性たちから嫌われる要因の一つともなっている。


「ちっ」


 苛立たしさを隠せずに舌打ちしてしまう俺だったが、すぐに我に返って物思いに耽った。


 あの沢橋成時も旧華族――とはいえ彼の祖父の家格は公候伯子男の中で最も低い、男爵だった。かつて沢橋一族は旧幕時代以前は旗本で本来なら華族に列せられる家格ではなかったものの、維新の折に江戸へ進軍してきた新政府軍にいちはやく寝返ったことと、各地に散らばる知行地の合計が1万石を超えていたことから叙爵を受けた、所謂『繰り上げ華族』の典型だ。それゆえ世間に揶揄われることも多かったらしく、先々代当主の沢橋さわはし成孝なるたかが大正期に映画産業へ進出して日本映画の父と呼ばれたのは、嘲弄する者たちを見返すための策であったとされている。


 華族制度が崩壊した現在は、旧幕時代の世襲官職を由来に沢橋さわはし中務なかつかさの少輔しょうと呼ばれている。世襲していた位階は従五位下じゅごいのげで、正二位しょうにいだった和泉いずみ内大臣ないだいじんは勿論、従四位下じゅしいのげ中川なかがわ下総守しもうさのかみと比べれば家格が劣る。戦前に和泉内大臣家は公爵、中川下総守家は子爵だったわけだし。


 果たして、如何ほど俺の役に立ってくれるかは未知数だ。されども利用しない手は無い。思わぬ形で決まった官房長官との直接対決を夜に控え、俺は気持ちを切り替えて諜報活動に動き出した。


  港区芝公園2丁目。大貫不動産本社ビル。旧財閥系を除けば業界最大級の事業規模を誇る会社というだけあって、その本拠地はまさしく摩天楼。鉄筋の槍が空へ伸びているかの如き印象を受ける。


 すぐ近くには結婚式場がある。その事実が、此度の作戦における俺の行動を決定付けた。


「いらっしゃいませ」


「式場の見学をさせて貰いてぇんだが……」


「構いませんよ。どうぞこちらへ」


 ビルの傍をうろついては怪しまれる。ゆえに結婚式場を見学するふりをして、標的との接触時刻まで暇を潰そうと思った。殺し屋とは斯様に小賢しいものなのだ。そうしてチャペル、控室、ブライダルルームと順々に見て回ってゆく。いずれの設備も一流の出来で、思わずため息が出そうになるほど美麗だ。


「……良いもんだな」


「そうでございましょう? ご予算に応じてプランがフレキシブルに組めるんですよ!」


 係員の女の言葉に相槌を打ちながら、俺はガラス張りの窓から外を見やる。大貫不動産は地上30階建ての超高層ビル。見晴らしは最高で、遠くまで視線が通る。


「そろそろだな」


 懐中時計の秒針が時刻を告げている。15時46分。そろそろ予定時刻だ。俺は係員に「すまねぇな」と告げ、式場を出た。そうして向かい側の大貫不動産のビルへ入って行く。受付嬢は『朝比奈隼一』の名を聞くと、すぐに内線を繋いでくれた。


「社長はただいま会議中です。朝比奈様のご用件をお伝えしてもよろしいでしょうか?」


 事前に伝えてあったにもかかわらず――まあ、良い。俺は微笑んで見せた。


「ちょいとプライベートな話題でよ。他言無用と言われてるんだ」


「左様でございましたか。承知しました。では、どうぞ。エレベーターはあちらになりますので」


 嘘を並べ立ててエレベーターに乗り込み、29階のボタンを押す。扉が閉まり、上昇する感覚と共に鼓動が早鐘を打ち始める。いよいよ始まるのだと思うと緊張感が増してきた。これから行われるのは傭兵として活動していた頃以来となる潜入作戦である。


 29階に着いたエレベーターから降りた先に待っていたのは、スーツ姿の中年だった。「こちらへどうぞ」と言われて案内されたのは、廊下の一番奥の部屋。入口には『会長室』と書かれたプレートがかかっていた。なるほど、大貫おおぬき和雅かずまさが普段仕事をしているのはここなのだろう。


 部屋に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは大きな革張りのソファーだ。その横には木製のデスクがあって、パソコンやら電話機やらが置かれている。壁際には本棚があり、そこには経済関係の書籍が多く収められていた。


 そして何より目を引いたのは、窓際にある巨大な額縁の中に飾られた肖像画だった。それは、恰幅の良い顔に髭をたくわえた壮年の男の絵。恐らく、あれが大貫おおぬき清敏きよとしだろう。大貫和雅の父にして、この会社の創業者である。


 さて、どう出る……?


 ソファーに腰掛けながら考える。すると、不意に背後から声がかかった。


「待たせたようですな。朝比奈さん」


 振り向くとそこには、大貫おおぬき和雅かずまさの姿があった。60代前半に見える男で、髪には白髪が混ざっているがまだ現役バリバリといった感じだ。体型は恰幅かっぷくよくて筋骨隆々といった様子で、スーツ越しにも鍛え上げられた肉体を持っていることが容易に想像できた。


「はじめまして。私、朝比奈と申します。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます」


「いえいえ。楽しみにしておりましたよ。今をときめく青年実業家と語り合える機会なんて無いものですから。早速ですが、単刀直入に伺います。ご用件は何でしょう」


 大貫社長の視線を感じながら俺は微笑みを浮かべる。相手の力量を測りかねているのだろう。彼は慎重に言葉を選んでいるようだった。


「実はですね。今回私がこちらに足を運ばせて頂いたのは……御社の保有する土地を一棟買い上げさせて頂きたく……」


 恒元がとってくれたアポイント通りの役柄を演じつつも、重要な情報を引き出さねばならない。腕が鳴る。


「ほう……詳しく聞かせて頂けますか」


「はい。その前に、少しだけ私の身の上話を聞いて頂きたいのです」


「分かりました。お聞かせください」


「私はですね、生まれながらにして財産に恵まれておりました」


「ふむ……」


 小刻みに頷きながら聞き入る大貫に、俺は続ける。


「母は病院長の娘でした。父は大学教授でした。その影響もあり、幼い頃から裕福な暮らしをしておりました」


「なるほど」


「しかしですね、その豊かさゆえにいびつな人格が形成されていったようでして。学生時代などは不良仲間とつるんでは毎晩のように酒池肉林を楽しんでいたものです」


「それは凄まじい話ですね。しかし、旧帝大をお出になられたのでしょう?」


「ええ。何とか。しかしあの頃につるんでいた仲間の影響でしょうか……私にはどうにも悪い癖が備わっているようなのです。流行りの技術や最先端のものを見れば、ほぼ反射的に飛びついてしまう」


「良いではありませんか。時流を読むのは経営者として欠かせぬことです。例えばどんなものに興味がおありなのですか?」


「人工豚です」


「人工豚……?」


 刹那、大貫の目の色が変わった。これは何か知っているな。内心でほくそ笑みながら俺は続ける。


「ええ。将来的な食糧危機を乗り越えられる切り札になるかもしれない技術です。今回、御社から土地を購入したいと思ったのもそれが理由なんです。その人工豚を量産できる施設を建設しようかと思いましてね」


「なんと……」


 大貫は明らかに戸惑いの色を見せている。しかし、その瞳の奥には野心が潜んでいるのが分かった。これは面白いことになりそうだ……そんな確信を得た俺は、さらに畳み掛けることにした。


「どうでしょう。もし仮に、ですがね。御社が保有する土地を全て買わせて頂けるのであれば……一棟あたり100億円をお支払いしてもいいと考えております」


「……」


 沈黙。やはり、金には興味があるようだ。さらに言うとすれば、彼にとって金よりも大事なものが今まさに眼前にあることに気づいているのだ。俺は大貫の表情を注視しながら続けた。


「御社には莫大な資産があると聞きます。それを人工豚の生産施設の用地に変える。どうでしょう。悪い話ではないと思いますが……」


「確かに魅力的な提案です。しかし、何故我々に? もっと大手の会社に頼めばいいものを」


「それはですね……御社の持つ情報網を使いたいと思ったからです」


「情報網……?」


 怪訝そうな顔をする大貫に、俺は説明を始めた。


「はい。私は、将来の日本を担う若者を育てたいと考えています。そのために必要なのは、優秀な人材を集める力です」


「なるほど。それで情報網が必要だと」


「その通りです」


「しかし、そんなものがあるとは思えませんが……」


「あるでしょう。御社には。もっと言えば、大貫さん。あなたに」


「どういう意味です?」


「噂は耳に入っておりますよ。あなたが裏で何をやっているか」


「……」


 大貫は黙り込んだ。図星だったようだ。俺は畳み掛けるように言葉を連ねる。


「調べさせていただきました。御社には『オペレーション・ブラッド』なるものがあると」


「は?」


「だいぶ儲けておられるようだ。和泉官房長官と組んで」


「……」


 大貫は眉根を寄せて口ごもるが、俺は遠慮なく攻撃を続ける。


「知っていますか? 和泉長官は貴方と手を切るつもりだ。もう用済みと思っているようだ」


「待ってください。さっきから何を仰っているのか」


「良いのですよ。貴方を助けずとも。私とて慈善事業をやっているわけではない。単に自分のビジネスのために貴方を利用したいだけですから」


 大貫は溜め息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「……わかりました。取引しましょう」


 簡単な男だ。俺の心理操作術に斯くもやすく引っかかるとは。大なり小なり何かしらの秘密を抱え、緊張感を持っている相手に、それを既に把握している旨を匂わせてやればいい。そうすれば必ず相手は隙を見せる。後はそこを突き、言葉巧みに操れば良い。これが裏の世界で生き抜く術というものだ。


「ありがとうございます」


「ただし条件があります」


「何でしょう」


「まず第一に、この件に関して他言無用であるということ。第二に、あなた方の目的が私の利益と相反しないこと。第三に、この話に加担するのは私個人のみであること。この三つが守られるならば協力しましょう」


「承知しました」


 こうして、俺と大貫との間に秘密の契約が成立したのである。大貫は早速、懐から封筒を取り出して中身を見せてきた。それは、『オペレーション・ブラッド』なる裏帳簿である。内容は至ってシンプルだ。大貫不動産が所有している土地について、それぞれいくらの値段がつけられているかをまとめたものである。


「では、契約書を交わさせていただきましょうか」


 俺がニヤリと笑うと、大貫もまた口角を持ち上げた。そして、胸元のポケットから万年筆を取り出し、自らが持ってきた書類にサインをする。


「これで正式に契約成立ということでよろしいでしょうか」


「勿論ですとも」


 俺は鞄から取り出した封筒を差し出す。そこには小切手が入っている。恒元が用意してくれた作戦用の口座だ。


「10億円あります。相場よりも少し多いでしょう。契約金としてお受け取りください」


「はい。確かに」


 大貫は不安げな笑みを浮かべると、立ち上がって深々と頭を下げた。


「本日は本当にありがとうございました。お名前は朝比奈……さん……と。このたびは貴重なお話が出来て良かったです」


「いえいえ。こちらこそ」


「また、お話させてください。近いうちに」


「ええ。是非」


 俺は大貫に手を差し伸べる。握手だ。大貫もそれに応えてくれた。


「今後ともよろしくお願いいたします」


「ええ。こちらこそ」


 手に入れた冊子を持って大貫不動産を後にした俺は、近くの公園の物陰に身を隠すと中身を確認した。パラパラとページをめくりながら視線を落としてゆく。そこに記されてあって内容は意外の一言に尽きた。


「……ほう」


 すぐさま俺は端末を取り出し、赤坂の助勤へ連絡を入れる。15分後、黒塗りの車で駆け付けた秋成に冊子を手渡す。


「この資料を恒元公にお届けしろ」


「はっ」


 秋成は一礼をした後、車へ乗り込み発進させた。それを見送った俺は丸の内へ向けて歩みを進める。目的地は帝国劇場だ。車で行けば5分もかからないが、歩けば20分ほどを要するスポット。炎天下の日差しの下を歩きながら、俺は思案に耽る――中川恒元はこの資料を見て何と思うだろうか。おそらくは落胆だろう。和泉官房長官を友だと思っていた彼のことだ。まさか斯様な形で反逆の意志を見せつけられるとは思わなかっただろう。


 俺は恒元の顔を思い浮かべて苦笑をこぼす。彼はきっと怒り狂っているに違いない。そして同時に安堵もしているはずだ。何故なら、彼にとっての最悪のシナリオを回避出来るからである。即ち、和泉が恒元の排除を画策していた場合だ。そうなっていれば、恒元にとって面倒な敵を排除することに成功しただけでなく、同時に和泉の手綱をしっかりと握ることが出来るのだから。だが、悲しみは大きいだろう。いずれにせよ恒元と和泉の仲には亀裂が入ることになる。


 そう、あれこれと考えているうちに目的地に到着する。


 帝国劇場は丸の内のシンボルとも云える建物であり、屈指の観光名所としても知られている。劇場というだけあって演目は様々だが、基本的にはミュージカルの舞台として使用されていることが多い。客層は幅広く、老若男女問わず多くの人々が訪れる。


「へぇ……流石にでけぇなあ……」


 外観の壮麗さに息を呑みながら、俺は建物内へと入る。ロビーは広々とした空間となっており、豪奢な調度品が揃えられていた。高い天井にはシャンデリアが吊られていて、昼間にも関わらず眩しいくらいだ。フロントデスクへと歩いて行き、受付に取次を依頼した。


「沢橋成時監督に招待されている。麻木涼平だ」


「ええっと……ああ、麻木さんですか。こちらになります」


 招待客リストに俺の名があったらしく、受付の女はすぐに理解を示した。それから案内係のスタッフに連れられて特等の貴賓席へ通される。そこは2階にあり、席というよりは部屋であった。バルコニーのような空間に立派な椅子が一つ。そして、壁際にはワインセラー付きのバーカウンター。さらには小さなテーブルとソファまである。まさにVIPルームといった具合の造りだった。


 開演時間は18時。現在の時刻は17時40分。ごった返す一般席を見つめる男の姿が貴賓席には既にあった――和泉官房長官だ。彼は俺の到着に気付くと「おう」と笑顔で手を振った。


「成時から聞いて驚いたよ。まさか君がミュージカルに興味を持つとはね」


「ええ、自分でも驚いています。中東の荒野を彷徨さまよい歩いていた頃には予想もできなかったことです」


「まあ、とりあえず掛けなさい」


 俺に隣へ座るよう促し、和泉は周囲を囲む護衛や秘書たちに「外してくれ」と告げる。彼は顔を見合わせたが、渋々ながらに部屋を出て行く。


「父上。私もでございますか」


「すまないな、義邦よしくに。今日はこのお客人とふたりきりで芝居を観たい気分なんだ」


「分かりました」


 義邦と呼ばれた男もまた退席する。旧華族の和泉内大臣家は、云うまでもなく強力な家父長制が敷かれている。当主たる父の言うことは絶対で、逆らうことなど決して無いのだろう。少しばかり申し訳ない気分で俺は息子らしき人物を見送った。


 そうして、残されたのは俺と和泉のみとなった。和泉はワイングラスを傾けながら口火を切った。


「何を飲むかね」


「バーボンをロックで」


「了解。では私は水割りにしようかな」


 和泉は自ら酒を作り始める。俺はその様子を眺めながら会話の糸口を探った。


「……監督とは昔馴染みでね。彼とは年に何度か一緒に映画を観に行くんだ。いつも同じ映画館に赴くわけだが、そこで偶然隣の席になったのが出会いだった。当時の彼はまだ監督の卵で、映画学科に通う美大生だった。私の方は駐米日本大使館の一等書記官の任を終え、ちょうど日本へ戻ったところだった」


「そうですか」


「ああ。たまたまお互いに旧華族だったこともあってね。意気投合してね。それからは頻繁に飲みに行くようになった。彼は野心家でね、いつか自分が撮ったフィルムを世界中に見てもらうんだと言ってはばからなかった」


「夢がある人だ」


 頬を緩めながら和泉は続ける。


「一方、私はと云えば、父から秘書になるよう強いられたんだ。当時、私は政治家になるつもりはなかった。むしろ政治家になりたくはないと考えてさえいた。父を尊敬していたが、あの男の歩んだ道が果たして正しいのかは疑問だったからだ。特に父が二度目の枢政すうせい大臣だいじんになって以降は余計にそう思った。派閥に足を取られて何も出来ない。それが日本の政界だったんだ」


 和泉の父の義彬よしあきらは内閣官房副長官と枢政相を歴任した後で1989年に総理となった。当時、和泉義彬内閣発足時のニュース映像を観た俺は子供ながらに違和感を抱いたものだ。いちばん偉い総理大臣の座を手に入れたというのに、義彬氏が嬉しくはなさそうな表情をしていたからだ。


「お気持ちは分かります」


「それでも私は父に従った。政界の現状に誰より疲れ果てていたのは父だったんだ。ゆえに、せめてもの慰めとして父の秘書として働くことにした」


「そうして政治の世界に入られましたか」


「うん……そこから長い道のりだったが、ようやくここまで辿り着いた。あの日、成時なるときのたまった夢が叶おうとしているんだ……父を超える総理大臣になるという夢がね」


 父を超える――義彬氏は就任から3年後の1992年に退陣した。続投を懸けて挑んだ自憲党総裁選で高沢たかざわ正喜まさきに敗れたのだ。当時、現職の総裁が敗れるのは党史上初のこと。巧みな外交手腕を発揮して国民からも人気を集め、在任中はずっと高い支持率を維持していたにもかかわらず、不名誉な形で頂点の座を降りることとなった。そんな父を超えるというのはどれほどの偉業だろうか。まあ、和泉官房長官には決して不可能な話ではないと俺は感じた。


 中川恒元の忠実な傀儡である限りは。


 無論、本題を直接的にぶつける俺ではない。ひとまず遠回しに近寄ってみよう。


「その夢が叶ったらどうされますか。政治家を辞めて引退するとか」


 俺の問い掛けに、和泉は微かに表情を変えた。得意気な顔つきになる。


「ふ……私は死ぬまで政治家だよ。政治は生涯の友だ。そうとでも言わねば務まらないくらいに嫌な場面が多すぎる。私は父を反面教師にしたのだ。あの男が失敗した原因はひとつしかない。妥協をして採るべき手段を採らなかったからだ。そのせいで父は総理総裁の座を明け渡すことになった。そうはなりたくないんだよ。私は」


 和泉は自嘲気味に笑い、俺に「どうぞ」と出来上がった酒を渡してきた。


「ありがとうございます。頂戴いたします」


 にっこりと笑いながら和泉長官はグラスを傾ける。俺もまたウィスキーをひと口含み、喉に流し込んだ。琥珀色の液体が染みてゆく心地良さを堪能してから唇を湿らせ、会話を再開させる。


「今回のミュージカル。『修羅の棲み家』の舞台版ということでございますが。長官は映画をご覧になられましたか」


「勿論、観に行ったよ。私としては異星争乱譚シリーズよりもこちらの方が好きだな。何というか、成時の表現力の妙が感じられる」


「でしたら、楽しみですね」


「そうだな。私も楽しみにしているよ」


 和泉は満足げに目を細めた。そして、唐突にこんなことを言ってきた。


「君はどう思う」


「何がです」


「私は総理になれると思うか?」


 俺は首を捻った。抽象的な質問ほど答えにくいものはない。そもそも俺は政治ジャーナリストではない。それでも敢えて言うとするならば……。


「なれると存じます」


「本当か?」


「ええ……恒元公の……」


 ところが、その瞬間。ブザーが鳴った。開演の合図だ。


「ああ、始まるようだ。話は終幕後にな」


「ええ」


 渋々ながらに話を中断し、俺は前方へ視線を移す。会場の照明が落とされて暗くなる。それとともに客席にざわめきが起こる。やがて幕が上がる。舞台上には豪勢なセットが組まれており、そこを囲むようにして座席が並ぶ。客のざわめきは段々と収まっていき、静寂が訪れる。そして、幕が上がり切ると同時にオーケストラピットで演奏が始まる。音楽とともに物語が始まる。壮大なラブストーリーだ。主人公である若手外交官が大使公邸の庭園を散策するシーン。春爛漫の季節に咲く桜吹雪の中でひとりたたずむ男の姿が描き出される。


 そんな様子を和泉官房長官と一緒に眺めながら、俺は思考をめぐらせていた。


 先ほどの俺の応答。和泉長官の耳朶をくすぐるものとなったのか、それとも、冷や水を浴びせたものとなったのか。いずれにせよ、長官は俺に対し期待を寄せてくれているようだ。であれば、こちらも相応の態度を取らなければならない。


 さて、どうしたものか――そうこう考えているうちに第一幕は終わった。


「いやあ、こっちもこっちでなかなか魅力的じゃないか。素晴らしいね。恐れ入ったよ」


「映画と舞台は、どう違うのです?」


「簡単に言えば、映画は時間芸術。舞台は空間芸術ということができる」


 俺が「はい」と聞き入ると和泉は続ける。


「映画はカメラによって構築された世界に観客が没入してゆくのに対し、舞台では役者が繰り広げる世界を観客自身が能動的に享受する。だから舞台の方が感情移入がしやすいと言われているな。だが、だからといって舞台が劣っているということではない。どちらにも長短はあるさ」


 なるほど。会話のきっかけをつくるつもりが、興味深い情報が得られたものだ。


「そうですか。勉強になります」


「それよりも、だ」


「何がです」


「恒元のことだよ。さっき何か言いかけたろ」


 俺が話を戻すよりも先に、和泉は尋ねてきた。好都合だ。


「ああ……いえ。別に大したことではありません」


「そんなことはないだろう」


「そうでしょうか」


「うむ。君ほどの切れ者が、何も考えずに口を開くわけがない。何かあるんだろ。聞かせてみてくれ」


 よし。食いついてきたな。計算通りだ。


「……ええ。そうですね」


 俺は小さく溜め息を吐いてから切り出した。


「今回のお話。私は不安に感じております」


「不安? 何を感じているというんだ?」


「長官が恒元公と手をお切りになるのではないか、ということについてでございます」


 そう告げた途端に空気が変わった。先ほどまでの柔らかい雰囲気は霧散し、凍てつくような緊迫感が室内を支配する。和泉の表情から笑みが消える。


「ふむ……どういう意味だね」


 低い声で詰問されても怯む必要はない。むしろ好機と捉えるべきだ。相手が食いついてきたのだから。


「そのままの意味です。浦和の土地買収の件。恒元公は憤りを覚えていらっしゃいます」


「あれは単なる投資だ。さいたま市浦和区は開発事業とは縁が無い街だ。それは却って将来性のある土地ということで、市長の方針変更如何によってはマンションやビルが次々と建つ。土地は安いうちに買う。それだけのことだ」


「ええ。確かに」


「あいつが何を勘違いしているのかは知らんが、私は良き友人として付き合っているつもりだぞ」


「存じておりますとも」


 俺は淡々とした口調で肯定を示す。すると、和泉は安堵の息を漏らした。


「ふぅ……まったく……突然にそんなことを言われたものだから驚いてしまった。あいつとの間には少しの溝も無い。君だって分かっているだろう」


「失礼をいたしました」


「私は恒元と手を切るなんて真似はしない。私はあいつを裏切ることはない。信用して欲しい」


「はい」


「分かってくれれば良い」


 和泉はホッとした様子を見せた。その時、またもやブザーが鳴った。第二幕が始まるようだ。慌てて席に着いた和泉は「まったく……君は人を不安にさせるな」とぼやき、口を閉ざした。俺もまた前を向く。そして、幕が再び上がる。先ほどの続きとなる第二幕が始まった。


 物語は佳境に入る。主人公である若手外交官とヒロインとの関係が変化してゆく。彼は彼女に対して好意を抱いているが、一方の彼女は祖国への思いを断ち切れないでいる。そんな二人の恋路は紆余曲折を経て結ばれる運命にある。


 そんな展開に見入りながらも、俺は脳裏で和泉とのやり取りを反芻していた。今のやり取りから推測されるのは、和泉はまだ恒元との繋がりを維持しようとしているということ。少なくとも現時点においてはそうなのだ。つまり、まだ俺は信頼されているというわけだ。その信頼を利用する。


 和泉長官が恒元公を裏切る意思があるのかどうか。まだ確信が持てない。その真意を確かめるためにはもう一押し必要かもしれない。だが、今はまだ時期尚早だ。焦ることはない。ゆっくりと機会を待とう。


 それにしても、恒元公も友を相手にしては随分と慎重になるものだな。他の人物が相手なら、もっと大胆だったが。


 そうして、あっという間に時間は過ぎてゆく。そして、ついにラストシーンを迎えた。主人公とヒロインは結ばれる。そして、エンドマークと共に幕が降りた。


「いやあ、素晴らしかった。良い舞台だった」


「仰る通りでございます」


「それにしても、あんなに綺麗にまとまるとはね。正直言ってちょっと意外だったよ」


「確かに」


「うむ。これは面白い企画だ。成時に感謝しなければならないな」


 和泉は嬉しそうに語る。この様子だとまだ俺の存在価値を見出してくれているようだ。この調子で進めれば良い方向へ向かうだろう。とはいえ油断は禁物だが。


「ところで、麻木君。君は政治の世界に興味は無いか?」


「えっ。政治の世界に……でございますか」


「ああ。実は今、保衛大臣補佐官付特別秘書のポストが空いていてね。君さえ良ければ『朝比奈隼一』の名で任命させてもらいたいと思っているんだが」


「いえ、その件についてはここでお返事を申し上げることが出来かねます」


 俺はきっぱりと言い切った。和泉長官の眉がぴくりと動く。


「何故だ。君の中川会理事としての立場は最大限に尊重するつもりだぞ」


「恒元公にお仕えする身でございますゆえ。あるじゆるしを得ずに官職を頂くわけには参りません」


 俺の返答に、和泉は露骨に渋面を浮かべた。


「……そうか。まあ仕方ないな」


 しかし、それも束の間のことだった。


「君がその気になれば、いつでも私の元に来てくれて構わない。その時は歓迎しよう」


「ありがたいお話ですが。きっと恒元公はお許しにならないでしょう」


「そうかあ。惜しいなあ」


 和泉は肩を竦めてみせる。この男は諦めが悪い。


「それでは、またの機会に」


 俺は軽く頭を下げる。和泉も「うむ」と短く応じた。


 こうして俺は帝劇を後にした。外に出た瞬間、生暖かい風が全身に纏わりついた。どうやら夜になってもまだ夏の暑さは衰えていないらしい。俺は汗を拭うためにハンカチを取り出して額に押し当てた。その挙動をしているうちに、直感的に悟った――和泉長官は本気だと。


「……やはりな」


 宮殿へ戻った後、さっそく恒元に伝える。


「総帥。例の件の黒幕は越坂部で間違いございません」


「何だと?」


 おっと。夕方に送った資料を読んでいないのか。恒元の精神的動揺は想像以上である。無理もない。ひとまず切り出し方を変えてみよう。


「土地の買い占めを行っていた会社を興したのは椋鳥一家の若頭カシラでした。しかも、クローヌス種とかいう豚は全て群馬県内で飼育されているようで。偶然とは思えません」


「では、越坂部が素性を隠して暗躍し、我輩の義輝との仲がこじれるよう仕組んだということか」


「ええ、そう見て間違いないでしょう」


 敢えて曖昧に伝えたことには理由わけがあった。こちらの想いを汲んだか、あるいは元傭兵の小賢しくも優しき心理戦術にそっくりそのまま引っかかったか。恒元は「これだから坊ちゃん政治家は困る……」と嘆息をこぼした後に、こう続けた。


「……しかし、これは好都合だ。腰が砕けぬ程度に脅かしてやれば、和泉は自ずと新東京タワー建設に舵を切るだろう。また、今後は我輩の言うことに一字一句従うようになるだろうな」


 そして右の拳を握りしめ、俺に申し付けた。


「涼平よ、椋鳥一家を攻め落としてくれ。兵糧攻めにして降伏を待っても良かったが、こうなった以上は早急に叩き潰さねばなるまい」


 俺は「はっ」と一礼した。


「では、明日にでも」


「うむ、頼んだぞ……尤も、越坂部は既に関東には居らぬであろうがな」


 翌朝。俺は部下と共に車へ乗り込み、出陣した。群馬へ赴き、そこに建つ椋鳥一家の総本部を陥落させるために。


「ギャハハッ! 大戦おおいくさですねぇ!」


 興奮気味にハンドルを握った助勤が運転する車の後部座席で、俺は頭をめぐらせた。恒元は今まで表の力を駆使し、越坂部捷蔵に対して経済封鎖を行い、奴が戦わずして降伏するよう仕向けていた。あの手この手でシノギを潰されたとあっては、いくら奴が恒元への叛意を燃え上がらせようが若衆どもを食わせていけるわけもない。


 恒元も賢明な男。敢えて武力で攻め落とさなかったのは、既に関西と九州で2つの抗争を抱えた現状で無駄な戦費を使わないためだ。まあ、俺の手にかかれば一瞬で陥落するが……今日の今日までそうしなかったのは、俺が赤坂を離れた隙を敵対勢力に狙われる展開を恐れたからだろう。此度は「麻木涼平は恒元公に随行して首相官邸へ赴いている」との偽情報が流れたために、俺の出陣が可能となっている。


「ギャハハッ! 今や次長は中川会の最強戦力ですものね!」


「何にせよ、総帥が官房長官へ直接文句を言いに行くとなりゃあ俺が随行するのは自然なことだ。上手くカモフラージュできただろうぜ」


「でも、偽情報を流せるだけの力があるなら総帥も忍びたちをもっと頼りゃ良いのに」


「その辺は如何いかがお考えなのか……俺には分からん」


 されども俺は気付いている。恒元が執事局局長の才原嘉門に対し、不信感を募らせているということを。


 才原局長率いる忍びの集団は『戦闘』こそ好むが『暗殺』を嫌う。それは、彼らが戦国時代から時の政権の駒として都合よく利用され続けてきた歴史的背景に由来する。ゆえに局長は暗殺任務を一切請けなくなった。一昨年の横浜の件は彼らにとって例外中の例外だったくらいだ。


 また、局長の直属の部下である『影』と呼ばれる忍びたちは、何にも増して一族の伝統を守らんとする誇り高き集団だ。故に彼らは任務よりも一族の掟を優先する傾向にあり、総帥もそうした忍びたちの心情に配慮して暗殺作戦では出来る限り俺や助勤たちを使ってきた。


 だが、それは過去の話であって、今の恒元は利用できるものは何でも利用せんと振る舞う。特に2月の出来事も相まって、彼の中には完全なるイエスマンではない忍びたちへの不信感が渦巻いている。


 ゆえに、恒元は今回の作戦で忍びたちに偽情報の流布を命じることに少なからぬ躊躇が湧いたはずだ――無論、そんなことは助勤たちには言わない。要らぬ対抗心を抱かれても困る。


「けど、もう来月には総裁選で、新しい総理が生まれるんですよね。官房長官の和泉が本命ってとこですかい」


「まあな」


 俺はコクンと頷いた。


「ただ、通商つうしょう工業こうぎょう大臣だいじん星見ほしみや、幹事長の賀茂かもも、出馬を表明している。特に賀茂は保守勢力に大人気だから、ロビー団体の動向次第じゃ和泉長官も盤石とは云えん」


 権謀術数に長け、政界きっての策略家と謳われる星見ほしみ武雄たけおと、あの賀茂かも欣滔きんとうの顔が脳裏をよぎる。前者は何とかなるとしても、後者は一筋縄ではいかないだろう。


 四国での抗争の折、俺は松山市内にあった賀茂一族の本宅へ密かにロケットランチャーを撃ち込み、爆破していた。ベルファストの地で『全てを焼け野原にしてやるから覚悟しておけ』と凄んだ以上、言葉通りのことをやらなくては啖呵の意味が無い。


 しかし、あの男からは依然として中川恒元に頭を下げる気配が感じられない。こちらは既に政府機関の掌握を完了させていると云うのに、あたかも『それがどうしたのだい』と言わんばかりに賀茂は飄々と振る舞っている。


 それは賀茂欣滔にとって、今までの精神的揺さぶりが微塵も効いていない事実を示していた。


 やはり、奴の背後には中川会をも凌駕する強大な勢力が付いているのか? 世界中に支部を置く秘密結社は本当にあるのか……?


 何にせよ、為すべきを為すだけだ。


「和泉長官の手綱を握るという意味でも、今回の作戦は組織の行く末を左右する。どういうつもりで長官が越坂部なんぞとつるんだのかは分からんが、ここらで『勝手なことはさせねぇぞ』と釘を刺しておくべきだ」


「ええ! 久々に暴れてやりましょう!」


 助勤はそう云うと、アクセルを強く踏む。その勢いは凄まじく、俺の身体はシートにめり込みそうになったくらいだ。


「ギャハハッ! さっ、高崎までひとっ走りですぜ!」


「おい! そんな急加速したらハンドルが狂うだろうが!」


「平気ですってば! こいつぁ新車ですし、もしスピンしてもサスペンションの機能は持ちます!」


「ったく……!」


 急加速でガタガタ揺れる車内で、俺は苦笑していた。そして同時に覚悟も決めていた。


 恒元公は俺がお支えする――何故かと云うと、彼は明らかに動揺していたからだ。敢えて的外れな指摘に頷いたように見えたが、此度の件が和泉義輝の裏切りである旨を総帥は理解している。


 ソルボンヌ大学で青春時代を共に過ごした盟友に裏切られた。四十余年にも及ぶ友好的な関係を崩し、和泉は何らかの欲を優先して敵対勢力へ寝返った。


 あの坊ちゃん政治家との付き合いが計算ずくであれば「奴は変わってしまったな」と笑えるだろう。しかし、長く親しく付き合ってきた和泉との打算抜きの仲が、恒元を純なる悲しみに浸らせていた。


 中川恒元は頭の切れる御仁だが、同時に精神的に脆い部分を持っていることを俺は知っている。なればこそ、俺は何があっても彼を支えてみせると心に誓うのであった。


「……」


 やがて車は目的地に着く。高崎市下佐野町に構えられた和風の邸宅。つい先日に中川会を離反した椋鳥一家の本拠地だ。


「この野郎! 本家のおでましかぁ!」


 俺が車を降りたと同時に、ぞろぞろと門から出てきた背広の男たち。かなり殺気立っている。俺は続いて車を降りた助勤たち――総勢14名に「総員突入! 俺について来い!」と叫び、まずは手刀で2名の敵を斬り伏せた。こいつらは所謂、下っ端だろう。この程度の相手ならば俺が出張らずとも十分だ。


「おらあっ! 行くぜぇぇっ!」


 気勢を上げた助勤たちが二股槍を構え、振り回しながら屋敷の中へ討ち入ってゆく。


「ギャハハ! 殺しちまってもよろしいのですかい、次長!」


「構わん! 全員ぶっ倒せ!」


 俺は助勤にそう命じながら、玄関へ走る。すると、そこにも2人いた。しかし、奴らは俺に銃を向けるだけで発砲してこない。


 どうやら、怯えきっているようだ。裏社会で名が轟いた「血まみれの天使」を前に、引き金をひく戦意も失せたというわけか。されど、俺には関係ない。


 ――グシャッ、グシャッ。


 俺の突きが男の顔面を貫く。これは助勤たちも同じで、揃いも揃って脳漿や血をぶちまけながら敵を薙ぎ倒してゆく。


 部下たちの奮戦に目を細めた俺は、玄関へ駆け込むなり、靴箱の陰から飛び出してきた男へ飛び蹴りを放った。そいつは顔面を潰された上に、そのまま壁に叩きつけられて絶命する。一部始終を見ていた助勤たちは高笑いに腹を抱える。


「ギャハハッ! 何だぁ! どいつもこいつも雑魚ばっかだなぁ!」


「ああ!楽勝だぜ!」


 やがて彼らは屋敷を守る組員たちを次々と惨殺し、一気に3階までの制圧に成功したのだが、そこに越坂部の姿は無かった。


「野郎、逃げやがったか!」


「子分を置き去りにして逃げるたぁ極道の風上に置けねぇ!」


 尤も、俺は悟っていた。恒元による経済封鎖に耐えかねた越坂部が、中川会との直接対決を諦めて関西へ逃亡したということを。


 おそらくは煌王会と合流したのだろう。


「この屋敷を爆破しろ。それから、適当な奴を見繕って心臓をえぐせ。長官に送り届けなきゃならねぇからよ」


「ギャハハッ! 承知しましたぜ! 楽しいなあ!」


 屋敷を爆破し、中にいた組員たちの惨殺体を送り付ければ、和泉義輝とて震え上がるだろう。俺笑顔でロケットランチャーを発射する助勤たちを見つめながら、俺は静かに煙草に火を付けるのであった。


「……」


 深夜、宮殿へ戻った俺は恒元に作戦の完了を伝えた。彼は「ご苦労だった」と微笑んだが、その表情には疲れの色が滲んでいた。


「義輝め。ふざけた真似をしてくれたものだ」


「総裁選は如何いかがなさいますか? これまで通り、和泉長官を推しますか?」


「賀茂や星見を総理に就けてやる気は無い」


「では……」


 しかし、俺が一礼して退出しようとした瞬間である。恒元が制止するように口を開いた。


「今回の件に関しては、あくまでも越坂部個人の行動であったと我輩は信じている。だが、事態が想像以上に深刻であることに変わりは無い」


「はっ……!」


 俺は頭を下げた。やはり和泉の裏切りは恒元の精神を根本から大きく揺らしたようだ。


「奴には少し灸を据えてやる必要がある」


「……如何いかがなさいますか」


「義輝の秘書を家族ともども消せ。奴に事の大きさを思い知らせるのだ」


「はっ。承知いたしました」


 俺は異論を挟まずにその場を去った。この件を機に和泉も恒元に忠誠を誓ってくれれば良いのだが――さっそく助勤を数人ほど連れて向かった先は豊島区駒込2丁目。恒元の申し付け通り、和泉官房長官の秘書の伊藤賢人を始末するのである。宵闇の中でバンに身を潜めながら、俺は言った。


「情報によれば、伊藤は毎週土曜のこの時刻に必ずこの道を通り抜けているらしい。さしずめ今日は家族とディナーってところだろう」


「はっ」


「これから奴らを拉致する。俺とお前らの二手に分かれる。俺が伊藤を狙うから、お前らは妻と娘を狙ってくれ」


「了解しました」


「では、行動開始だ」


 俺は部下と共に車を降り、暗闇の中へ溶け込む。そうして路地の物陰に隠れてから暫くすると前方からライトが近づいてきた。それは徐々に大きくなり、やがてピタリと停車した――おでましだ。ターゲットの伊藤と、その妻子である。俺は右手に携えていた消音機付きのグロック17を構え、引き金を引く。


 ――パンッ! パンッ!


 まずは助手席の妻と、後部座席の娘を麻酔弾で昏倒させた。


 運転手の伊藤は驚いて車を降りるが、そんなものは罠に自ら飛び込むも同然。俺は一瞬で間合いを詰めて彼の膝を蹴りで破壊し、痛みで動けなくする。それでもなお立ち向かおうとしてくるので、腹にも軽く蹴りをお見舞いしてやった。それでようやく大人しくなる。


「ぐあああっ……なっ……何者だ!?」


「さあな」


 俺は冷たくあしらい、伊藤の体を掴んでバンに乗せる。そのまま他の面子と合流し、3人を近くの公園へと運んだ。そこで用意しておいたロープで縛り上げる。その後は手早く準備を始め、彼らを木に吊るすことにした。無論のこと抵抗するが、何ら意味を為さない。


「やっ、やめろっ! やめてくれっ!」


「無理な相談だね」


「お前ら、中川恒元の手下か! うちの先生が越坂部とつるんでたのが気に入らないんだろう!? あの男が何だっていうんだ! 先生にはあいつに従う理由なんてこれっぽっちもありゃしないぞ!」


「黙れ。そんなことはどうでもいい。お前を殺せとの恒元公のお申し付けだ」


 伊藤の顔面を軽く殴って黙らせる。続いて胸ぐらを掴んで持ち上げると、俺は低い声で言った。


「貴様ら……恥ずかしくないのか……あんな男の言いなりになって……!」


「恥ずかしいのはお前さ。伊藤。仕えるべき相手を間違えたんだからな」


 俺は懐から短刀を取り出すと、彼の右腕に突き刺した。


「ぐわああっ!」


 悲鳴を上げて苦しみ悶える姿を見ながら、俺は淡々と言う。


「楽に殺して貰えると思ったら大間違いだぜ。間抜け野郎が」


 続けて左足も貫いておく。これで痛みは増すだろう。念のために両手足の腱も切っておくことにした。


「お前みてぇな馬鹿は死んで当然なんだよ」


 最後に背中にナイフを深く差し込み、そのまま上へ向かって切り裂いてやった。


「ぎゃあああああっ!!」


 辺り一帯に響き渡るような絶叫を上げながらのたうち回る姿を見て、胸の奥が熱くなる。認めたくはなかったが、俺にとって殺しという行為が如何なるものかを改めて確かめさせられた心地だ。気持ち良いし、心地良い。まるで酒を飲んでいるかのような精神状態だ。


 そんな中で伊藤は胴回りをロープでグルグル巻きにして木から吊るされた状態で、口から泡を吹きながら痙攣し始めた。


「……」


 俺は携行していたマジックペンを取り出すと、キャップを開け、街灯の光を頼りに伊藤の額へ筆を走らせた。奴の額が広くて助かった。思うままの文が書ける。


【この世で最も恐ろしい男に逆らった者への報い】


 その脇では部下たちが奇声を上げながら、各々の仕事をたのしんでいた。同じく拉致してきた伊藤の妻と娘を弄んでいるのだ。その光景を見ているだけで下腹部が疼いてくる事実を感じる。


「あっ……いやぁぁっ!」


駄目だめぇぇっ!!」


 女2人の悲痛な叫びが鼓膜を刺激する。ああ、最高だ。やはり、この状況に至ると思考能力も向上するものだな。尤も、今宵の場合はもう一段階上が残っている。殺意によって倍増されるドーパミンである。そいつが最大限まで昂ぶったとき、俺は万能にも等しい力を手に入れられる。


 俺は左手に握っていた拳銃を伊藤の娘の頭部に突き付けた。その瞬間、皆の動きがピタリと止まる。恐怖に染まった目でこちらを見る女どもの顔は、なかなかにそそるものがあった。


「ふふふっ……可愛い顔をしているじゃねぇか」


 指先に力を込めると引き金が落ちてゆく感触があった。バンッ、バンッという乾いた2発分の音と共に弾丸が放たれる。そして次の瞬間、彼女たちの命は尽きた。眉間に穴が空いている。そこから大量の血飛沫が上がり、地面を真っ赤に染め上げてゆく様子は芸術作品のようであった。


  気がたかぶっている。


 心臓が脈を打つ音。全身を流れる血が沸き立つ感触。美しい光景――気づけば俺は部下の運転で錦糸町へ向かっていた。


「あのぅ、次長ぉ、返り血が付いてますけどぉ、大丈夫なんですかぁ?」


「問題ねぇよ」


 ジャケットとワイシャツに付着した狂気のあとが嗅覚を刺激する。こんな具合では心が弾けてしまいそうだ。なればこそ、酒が必要なのである。


「この辺りで構わん。めてくれ」


「はーいっ! 分かりましたぁー!」


 麻薬を飲んでいるのか。なおも興奮が冷めやらぬ部下は俺の指示を聞くや、やや乱雑にブレーキを踏んで車を停めた。ため息を懸命にこらえ、俺は「ご苦労だったな」と告げて車を降りる。


「帰りはどうされるんですかぁ?」


「タクシーでも拾って帰るさ」


「ギャハッ! 了解ですぅぅぅぅぅ!」


 誰が彼らを咎められようか。中川恒元に仕えるとは、すなわちこういうことなのである。己の中に眠る狂気が、激しい勢いで爆発する。何の歯止めも効かぬままに。かくいう俺もまた狂っている。認めたくはない。されど認める他ない。


「……」


 歓楽街の路地へ入り、馴染みの雑居ビルへ向かう。またここへ足を運んでしまった。つい先日も訪れたばかりであるというのに。


 カランコロンカラン、とドアベルの音が響く店内に足を踏み入れる俺を温かい声が出迎える。


「いらっしゃいませ」


 同時、癪な声も聞こえてくる。


「あれ? 今日は『行こう』って言って無かったよね?」


 菊川きくかわ塔一郎とういちろう。横浜を支配する独立組織『村雨むらさめぐみ』の若頭にして、その傘下組織『菊川きくかわぐみ』の組長だ。俺は彼に「来ちゃ悪いのかよ」と吐き捨てると、歩みを進めて席に着く。ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に菊川の隣へ。


「……」


「ふふっ。その様子じゃ、人を殺してきた帰り道のようだね」


「……まあな」


「臭いをがなくたって、分かる。だいぶ派手に楽しんだみたいじゃないか。ふふふっ」


 そこへマスターが割り込むように「ご注文は何にされますか?」と尋ねてきたので、俺は「バーボンのロック」と答える。ぱっと見た限りでは不愛想な雰囲気の漂う店主だが、決して客を疲れさせない気遣いが出来る御仁だ。ゆえにこの『STRAY』は居心地が良くて、ついつい来たくなってしまう。憂さという憂さを晴らすために――それからほんの数十秒ほどで酒が供された。


 琥珀色の液体が揺れるグラスを受け取ると、まずは一口含んでみる。強い酒精が喉を焼き尽くしていった。


「ああ、美味い……」


 自然と呟いた俺を見て、菊川がわらう。


「良かったじゃないか。ボクとしてはキミが飲む酒の量が増えてくれた方が嬉しいけど」


「静かに飲ませてくれや。まだ何にも話し始めてねぇだろうが」


「まあまあ、そう言わずに」


「ちっ……」


 俺は舌打ちをして、目の前の男を睨む。こいつの存在そのものが忌々しいが、何より嫌なのは、この色男に度々悩みを聞いて貰っている近頃の自分自身だ。無論、今宵も例外ではない。ほんのりと立ち昇ったはずの激情が、いつの間にか胸を焦がしている。誰かに話さねば情緒が壊れると思った。


「……あんたはどう思う?」


「何を」


「正気と狂気。世を渡るにゃ、どちらが良いんだ?」


 俺が尋ねると、奴は微笑を浮かべながら首を傾げた。


「そんなの分かり切っているじゃないか。愚問だよ。この場合、答えなんてひとつしかない」


「ほう」


 俺は興味深そうに先を促す。


「そうさ。狂気さ。正気など持ち合わせていては、色んなことが嫌になっちゃうからね」


「ああ。確かにな」


「キミは違うのかい?」


 菊川の問い掛けに俺は眉根を寄せてみせる。


「どうだかな。俺にゃあ、自分が何なのかなんてよく分からねぇ。だから、こっちの質問にも答えてくれや」


「構わないよ」


「ありがとよ。じゃあ聞くぜ。今の俺は狂っていると思うか


「うん。狂っているよ」


「……やはりそうか」


 俺が嘆息をつくと、菊川は「当たり前だろう?」と言って微笑んだ。


「キミだってそうじゃないのかい? 自分は普通の人間だと思っているんだろう?」


「俺は別に自分てめぇをマトモとは思っちゃいねぇ。一度ひとたび銃を握ったからにはいくらでも狂ってやるし、狂った世界を進んでやるよ。だが、全てはあくまで好きな女のためだ」


「うん。それで?」


「俺はかみさんの……華鈴のために銃を撃つし、人を殺す。何もかもがあいつのためなんだ。あいつが夢見る、全ての弱者が救われる素晴らしき世をつくるためだ」


「なるほど。狂気の渦中に身を投じる理由が華鈴ちゃんなんだね。彼女のために生きることが、自分のためであると」


「そうさ。これ以上はぇほどにな」


 菊川が頷きながら話を聞いている。俺はバーボンをあおりつつ、話を続ける。


「俺は華鈴を幸せにする義務がある。そのためなら、何人だろうとぶっ殺してやるつもりだ」


「うん。キミらしい考え方だね」


「ああ。おかげで華鈴の前じゃ俺は人でいられる。血まみれの天使から人間に戻れるんだ。あいつは俺を人間に戻してくれる。それなのに……」


 菊川は静かに相槌を打ってくれる。そんな彼に俺は思いきって尋ねてみた。


「……ある映画監督が、そんな華鈴のことまで『狂ってる』と言いやがった。あんたはどう思う? 華鈴は狂ってると思うか?」


 その問いに菊川は頬を緩め、手元にあったグラスのカクテルを飲み干した。そして静かに答える。


「狂ってるよ。大いに狂っていると言って良いと思うね。だけど、それがボクは素敵だと思ってしまうよ」


「ほう」


 俺は意外そうに片眉を上げた。苛立ちを抑え込みながら。


「それはまた面白い見解だな」


「そうかい? 別に不思議じゃないと思うけれど」


「いや、珍しい意見だよ。少なくとも俺は初めて聞いたぜ。狂ってることが素敵だなんていうのはな」


 すると菊川は可笑しそうに笑う。


「ふふっ。それはねぇ。キミが自分を美化しすぎているからだよ」


「どういう意味だよ」


「そのまんまの意味だよ。人間の本質は狂気だ」


 俺は黙ってバーボンをあおった。確かに彼の言う通りかもしれない。俺は今まで他人を深く分析しようとしてこなかった。ただ目の前にある現象に対して反射的に反応するだけだった。それでは本質を冷静に見つめることなんかできやしない。だから、自分が狂っているかどうかも分からなかったのである。


「まあ、その映画監督とやらが誰なのかはっすらと想像が付くけど。要は覚悟の問題だよ。本当に成し遂げたい何かがあるなら、正気か狂気かなんてどっちだって良いわけだし。むしろあらゆるものをかなぐり捨てて挑んだ方が、成功しやすいんじゃないかな」


「……じゃあ、夢のために手段を選ばない華鈴は良い意味で狂っていると?」


「まあ、そうだね。華鈴ちゃんに関しては」


「随分と評価してくれるじゃねぇか」


 俺が苦笑すると、菊川は笑みを深めた。


「ボクは彼女を気に入っているんだ。それに、夢を追いかけるのに狂気は不可欠さ。そうでもなければ夢を見ることはできないからね」


「ああ。そうだな」


 俺は頷きつつ、バーボンをあおった。菊川が言ったように、夢や希望を抱くとき狂気は必ずつきまとうものだ。例えば政治家が出世を狙うとき、自らの信念や理想を貫くために手段を選ばないことがある。彼らは時に、己の立場や地位を顧みないこともある。それは正義なのか悪なのか、あるいはもっと別のものなのだろう。いずれにせよ、そういう人は大抵どこかで狂ってしまうのだ。しかしそれこそが前に進み続けるための唯一の手段なのかもしれない。


「それにね。キミだって腐っちゃいないと思うんだ」


「意外だな。あんたにそんなことを言われるとは」


「弱者を救いたい。見事な夢だよ」


 菊川が微笑みながら言う。俺は黙って頷いてみせた。彼が俺のことを本当は何と思っているのかは分からないが、少なくとも以前ほど見下されてはいないだろう。


「見事な夢……か」


しは別として、この世界で生きてりゃ女子供を殺すことも時には必要だ。そうやって誰かを守ってみても、その守られた奴等は感謝どころか憎むことすらある。誰の役にも立たない苦悩だ。だからこそ、それを克服しようとするキミの考えは正しいと思うよ」


「ああ。まあ、ありがとよ」


 俺は照れ隠しも兼ねて酒を一気に呷る。


「ボクとしては、キミの行く末を見るのが楽しみなんだ」


 菊川は穏やかな口調で語り続けた。


「キミがこのまま進んだ先で、どんな未来を見せてくれるのかが気になるんだ。それがもし破滅だったとしても、きっと楽しいと思う」


「ふぅん。そうかよ」


「そうさ。だって、キミはまだ稼業を続けるんだろう?」


「当たり前だろ。俺は華鈴のために生きているんだ」


 俺は即答した。それから菊川には様々なことを打ち明けた。前に飲み明かしてから7日も経っていないというのに。なれども話さねば気が済まなかったのである。


 狂っているかどうか、最早疑問では無かった。


「はっはっはっ! それほどまでの愛とは、全く羨ましい限りだよ!」


「茶化すんじゃねぇよ」


「まあ、ボクとしては赤坂で暮らすヒイロアホウドリが元気だと知れただけでも収穫だな」


 それから俺が如何にして家に帰ったかは覚えていない。


 気が付けば部屋のベッドで仰向けになっていた。酔っていたということもあったが、それ以上に眠たかったという理由もある。時計を見ると深夜3時を回っていた。窓の外には薄明かりが差し込んでいる。いつの間にか夜が明けていたらしい――なお、この日の朝刊には『和泉官房長官の秘書の車が爆発炎上』と載った。この国は、そういう国なのである。


 ところが、和泉は態度を変えることが無かった。8月29日の官房長官定例会見では新東京タワーについて、あろうことか建設計画そのものに反対を表明し、その理由を「地域住民の生活や地域経済への悪影響が及ぶ」と答えた。


 本来、内閣のナンバー2たる官房長官が総理大臣に異論を唱えることは無い。されど、この時既に小柳首相はレームダックに成り果てており、後継者の座をめぐり与党内では政治抗争が激化していた。


 ゆえに、ここで和泉が首相の決定に物言いをつけることは自ら閣内不一致を招き、小柳内閣を総辞職に追い込んでしまうも同然。つまり和泉は新たな首相は自分であると大々的に表明したことになる。


「義輝は何も分かっておらぬッ!」


 恒元が激昂するのも無理はなかった。何故なら、彼は小柳内閣を9月末まで存続させる腹積もりだったからだ。


 2006年9月1日。小柳紳一郎率いる第三次小柳内閣は新東京タワー建設計画をめぐり閣内不一致が生じ、総辞職。秘宝『たまご』を手に入れて以来、ずっと政界を牛耳ってきた恒元にとって久々に思惑を外れた事態が発生したことになる。


 当然ながら烈火のごとく怒り狂ったフィクサーは助勤たちに命じ、和泉義輝への報復へ動いた。翌9月2日の深夜、群馬県内にあった農場を襲撃させ、和泉ご自慢のクローヌス種を悉く惨殺させたのである。


 明けて9月3日の朝、緊急連絡により農場へ駆け付け、首をねられた豚たちを見た義輝は「あああああ!」と絶叫したという。そこでようやく思い知ったことだろう――中川恒元の意向に背くことの恐ろしさを。


 そうして翌日の9月4日、和泉義輝は都内で記者会見を開催。自分の迂闊な言動が政治混乱を招いたと陳謝し、総裁選への不出馬を電撃表明した。


 これによって、さらに翌日の2006年9月5日、官房長官だった和泉のみを外す形で第四次小柳内閣が成立した。ここで小柳が党総裁を辞して総裁選を開催しても1ヶ月後に再び総裁選を行わなくてはならないことが考慮され、月末までは政権が存続するメドがついたのであった。


「でも、凄い話だよね。偉い人の駆け引きだけで首相が変わるかもしれなかったなんて」


「まあな。そいつが議院内閣制ならではのおかしな点だ。アメリカじゃ大統領が辞めても副大統領が昇格するだけだから、政治抗争はせいぜい大統領選のある年にしか繰り広げられねぇってのに」


 夕焼けが差し込む居間で、夕方のニュースを観ながら語り合った俺と華鈴。二人とも鮮やかな浴衣姿だった。この晩は前月の台風直撃により延期となっていた赤坂地区の夏祭りの開催日だ。


「じゃあ、行こうか」


 テレビを消し、華鈴は立ち上がる。子供の頃から夏祭りに馴染んでいただけあって、彼女の浴衣の着こなしは見事なものだ。


「ああ」


 俺も頷いて立ち上がった。そうして愛妻に手を差し伸べると、彼女は無言で頷いて笑った。階下へ降り、外へ出た妻は、通行人の視線が気になるようだった。


「あの人、あたしたちのこと……見てるかなぁ」


「さあな」


「あたし的には別に構わないよ?」


「俺もだ。端から見りゃ俺とお前が夫婦だってのは一目瞭然だからな」


 まだ18時をまわっていないが、人通りは少ない。俺は雅彦氏が店番をする『Café Noble』の屋台の周囲を見回した。


 綿菓子や射的などの定番もあるが、意外なことに本物の金魚を扱う金魚すくいもある。規模としては一般的な縁日と変わらないだろうが、やはり都会というだけあって出店はどれも賑わっていた。


「懐かしいなぁ……あたし、ああいうの苦手でね。小学生になってから友達と一緒に金魚すくいをやった時は負けっぱなしでさ」


「そんな風には見えねぇけどな」


「あたしの貫禄が金魚に伝わっちゃうのかなあ……なんて思ったりして」


 華鈴が懐かしそうに語る。俺は「そうかい」と相槌を打ちながら、彼女の話に耳を傾けていた。


 振り返ってみれば、俺も夏祭りには良い思い出が無い。幼少の頃は金魚すくいの網を持っただけで笑われたこともあれば、射的の的を狙って撃った瞬間に縁日のあかりがふっと消えたことすらあった。


 勿論、今は恥ずかしいなどとは思わないし、むしろ胸が高鳴る思いさえする。今や俺は本物の銃を撃つ稼業の男なのだから。


「やっぱりお前だって金魚すくいはできるだろ?」


「あはは……昔のことだよ。もう何年もやってないから自信が無いかなあ」


 そんな会話を交わしながら出店を見て回った。それだけでも、華鈴は楽しそうに目を細めていた。会場を一周回った俺たちは、カフェの前に戻って屋台を準備した。我らが『Café Noble』では、かき氷とアイスコーヒーを販売するのだ。


「いらっしゃいませー!」


 注文を請けた華鈴が代金と引き換えにアイスコーヒーとシロップなどの入った紙コップを手渡した。その傍らで俺は愛想笑いを浮かべる。


 まったく、接客業とは斯くも大変なのか。その日は夜21時まで出店を開いたが、次々と押し寄せる客を相手に、終盤まで天手古舞てんてこまいだった。


 その後はカフェの通常営業。いつも通り、0時まで店を開ける。


 夏祭りは明日も明後日も開催されるというのに、せわしないことだ。俺は苦笑しつつも夫として妻の仕事を手伝っていたのだが……。


 21時30分。思わぬ客が現れた。


「よう、麻木涼平」


「なっ、テメェは……!?」


 真壁まかべ仙太郎せんたろう。煌王会貸元『真壁まかべぐみ』組長にして組織の総本部長、謂わば敵方のナンバー4だ。


 俺は身構えた。咄嗟に肩幅を拡げた夫を見て危険性を悟ったのか、華鈴は「逃げて!」と店内にいた客たちを避難させ、真壁の前に仁王立ちした。


「何しに来たの!?」


「そう怖い顔するんじゃねぇよ。今日は喧嘩をしに来たわけじゃねぇんだ」


「……は?」


「ちょっとした外交ってやつだ」


 真壁はそう言うと、懐からデザートイーグルを取り出した。そして店内の隅に居た子供に突きつける。


 どうやらそいつは先ほどテーブル席で料理を楽しんでいたキャバ嬢の息子のようで、混乱の中で逃げ遅れたらしい。華鈴の顔が青ざめる。


「やめろッ!」


「まあ、待てやネェちゃん。言ったろ、今日は外交に来たって」


「何の外交よ!?」


「手打ちの呼びかけだ。これ以上、戦争を続けても互いに得がぇんでな」


 次の刹那、俺は奴の懐へ駆ける。銃を奪い、ついでに喉笛を切り裂いてやろうと思ったのだ。


 しかし、真壁は笑う。笑みを浮かべて「読めた」と呟きながら。


 ――シュッ。


 次の刹那、奴がその場で跳躍し、俺の突進を躱す。そして背後に降り立つとバックブローを繰り出してきた。


「ちっ」


 凄まじい速さだが、防げぬ攻撃にあらず。俺は掌底を打つことによって真壁の奇襲をいなした。


「ふははっ! 流石は鞍馬菊水流伝承者……だが、まだまだあめぇぜッ!」


 今度は銃を乱れ撃ってくる。ここでかわせば華鈴に当たる……と考えた俺は、超高速で手刀を水平に切って衝撃波を発生させる。


 ――ブォンッ!


 銃声にコンマ数秒遅れで鈍い音が響き、床に弾丸がパラパラと落ちる。なおも真壁は笑っていた。


「やはり強いな、麻木次長! それでこそ首の獲り甲斐があるってもんだ!」


「喧嘩をするつもりで来たわけじゃないとか何とか言ってた奴が、よく言うぜ。これ以上暴れるなら俺も本気を出させて貰おう」


「ふっ、本気……ねぇ……」


「は?」


「ここが野外であれば縦横無尽に駆けまわって俺を瞬殺出来たかもしれないが、ここは狭い空間で、なおかつ近くには守るべき人間が居る。その状況でどこまで本気を出せるんだか」


「舐めるな」


 鼻を鳴らして吐き捨てた俺だが、真壁の言葉は的を得ていた。華鈴、おまけにカタギの子供を背後にした状況では動きが限られる。


 二人に奴の流れ弾を当てるわけにはいかないのである。デザートイーグルの装弾数は9発で、先ほど7発を撃っている。


 真壁が代えの弾倉を持っていたとして、少なくとも11発分を衝撃波で防がねばならない。俺の肩が外れなければ良いが……。


 そう思って他の策は無いかと頭を回転させた直後、子供が泣き出した。場の空気が変わる。


「うえぇぇぇぇん!」


 当然だ。母親とはぐれた上に目の前で殺し合いが始まったのである。


 華鈴としては、子供を連れて外へ逃げ出す選択肢はとれなかったようだ。ここで迂闊に外へ出て、一般人を巻き込むわけにはいかないのであるから。


「うえぇぇぇぇん!」


 なおも慟哭する子供を前に、真壁は突如として銃を懐中のホルスターに納めた。


「おいおい、泣くなよ。ガキ。大人しく見てろ」


「うぅ……うぅ……」


 子供は嗚咽を漏らしつつもその場で泣いたまま黙り込む。その間、俺は真壁をじっと睨んでいた。


 奴には何か考えがあるようだ。そう思ったからこそ、瞳の奥に何か良からぬものを感じながらも、俺は敵の出方を確かめていた。


「まったく、子どもって奴は疲れるぜ。だから嫌いだ」


 そう吐き捨てると、真壁はずかずかとカウンターの奥へ回り込む。何をするかと思った刹那、奴は冷蔵庫を開けた。


「ちょ、ちょっと!」


 声を荒げる華鈴を片手で制し、真壁は言った。


「黙って見てな、ネェちゃん」


「何をする気!?」


「二度も言わせるな」


 真壁は油のボトルを開けると、フライパンにぶちまけて火を付けた。


「ちょっと!」


 華鈴が慌てて止めようと動く。だが、奴は表情を崩さずにこう返した。


「そこから一歩でも足を動かしてみろ。この店を吹き飛ばしてやる」


「な、何ですって!?」


「3キロほど離れたところに誘導機能付きバズーカを構えた部下を配置している。『完璧』と書いて『まかべ』と読む……俺の為すことは何時でも完璧なんだよ」


 華鈴を軽くあしらった真壁は、カウンターの裏を漁り、やがて目当てのものを見つけた。


「読めた」


 奴が取り出したのはミートソース用のトマト缶である。


「な、何をするの……?」


「黙って見ていろ」


 真壁はそう言うと、ミートソースの缶詰を開けてフライパンにぶちまける。


「え……?」


 華鈴が目を点にする。俺は奴の狙いが読めた。


「そういうことか」


「ご名答だ。ガキには極力優しくするのが俺のモットーなんでな」


 背中越しに真壁が陽気な声を返すや、華鈴が俺に「何のこと?」と尋ねてくる。俺は淡々と答えた。


「その子に体を温める料理をこしらえてやる気のようだ。見たところ腹を壊してるみてぇだからな」


 華鈴はハッとする。


「も、もしかして……お腹が痛いの!?」


 子供は嗚咽を繰り返すばかりで何も言わなかったが、明らかに顔色がよろしくなかった。


「どうして分かったの?」


「単に知識があるだけだ。こう見ても医学部を出たインテリヤクザ様だからな」


「だったら、すぐに救急車でも……」


「呼ぶには及ばん。その程度なら少し体を暖めりゃ治る」


 華鈴は首を傾げるも、真壁に向かってこう返した。


「よ、よく分かんないけど、あたしが何か作る。だから……」


「お前じゃ駄目だ」


「え?」


 華鈴が首を傾げると、真壁がフライパンをひっくり返しながら応じた。


「麻木次長。あんたと勝負がしてぇ」


 俺は低い声で尋ねる。


「勝負だと?」


 真壁は頷いた。


「そうだ。どっちがこのガキの体を暖められる料理を作れるか……それをあんたと俺で競う。どうだ? 面白ぇだろ」


「断る」


 俺は即答したのだが、真壁は「まあ聞けや」と取り合わない。それどころか、彼はフライパンに水を入れて煮込み始めた。


「他の組織の人間、それも抗争相手にお膝元でデカい顔されちゃ顔が立たんだろう。あんたの幹部としての顔がな」


「体面を守るなら今ここでテメェを殺すという選択肢があるが……年端もいかねぇ子供には血の海を見せんのが俺の流儀だ」


 ため息をつくと、俺は浴衣の袖を捲ってカウンターの内側へ入る。そして冷蔵庫から卵を3つ手に取った。


「りょ、涼平?」


「すぐに作るさ」


「いや、そういう問題じゃ……」


 華鈴が唖然とする中、俺は卵を割ってボウルに入れ、かき混ぜた。同時に、隣で手際よくフライパンを動かす真壁を睨んで言った。


「テメェの学歴は知らんが、元傭兵の俺も人体の構造にゃ少しは通じてるんでな。それに、さっきの行動でよく分かった」


「ふっ、何が?」


「よくよく考えりゃ、さっきテメェが撃った弾丸の軌道はあの2人に当たらんよう計算し尽くされたもんだった。単なる戦闘狂じゃねぇようだな」


「まあな。親分にもよく言われる。『センタは子供が絡むと人が変わるからあかん』って」


「喋る暇があったら手を動かせ」


「言われるまでもねぇさ」


 そんなやり取りを交わした後、俺が完成させたのはスクランブルエッグだった。


「出来たぞ」


 俺はカウンターに皿を置く。すると真壁が「ふん」と鼻を鳴らしてこう返した。


「俺のはトマトリゾットだ。ガキの体を温めるにはこれが一番だろ」


「まあな」


「だが、俺の料理の方が上だな」


「あ?」


 俺は眉をしかめた。真壁が不敵に笑う。


「腹を壊した時には『おかゆ』とガキの頃に教わらなかったのか」


 すると子供は俺のスクランブルエッグには目もくれず、真壁のトマトリゾットをスプーンで掬って食べ始めた。


「おいおい……」


 困惑の表情を浮かべる俺を気に留めず、子供は口を開けて一口。たちまち頬が緩む。笑顔で「美味いか?」と尋ねる真壁に、子供は言った。


「おいしい!」


 勝負あり――俺の負けのようだ。


「ふふっ、安心しろ。『勝った景品として領地シマを寄越せ』などとは言わんぞ」


「黙れ。その台詞が口から出た瞬間にテメェの首を刎ね飛ばしてやる」


「熱くなるなよ。この程度のことで怒るとは器が知れるぞ」


 歯噛みする俺を尻目に、真壁は満足そうな笑みを浮かべていた。無論、生きて帰すわけにはいかない。


「……扉の向こうから闘気を感じる。流石だな」


「当たり前だ。人様の領地のお膝元で銃をぶっ放した奴を逃がすわけがねぇだろ」


 店の前には武装した助勤たちがずらりと集結していた。やはり部下たちの練度の高さは俺が見込んだ以上のものだ。


 しかし、直後に想定外の光景が飛び込んできた。何食わぬ顔で真壁が扉を開けるや、助勤たちの中央に佇む人物が店へ入ってきたのだ。


「そ、総帥!?」


 恒元であった。仰天する俺を「大丈夫だ」と宥め、彼は真壁に言った。


「今しがたお前の親分と話を付けた。中川会は関西から無条件で撤退する……これで文句ないな?」


 真壁は笑った。「ふっ」と鼻で笑うや、こう続ける。


「ええ、勿論。ご賢明なご英断を心から称賛いたしますよ。恒元公」


 直後に奴は俺へ向き直る。事の経緯はさておき、その勝ち誇るような笑みに、俺の中で強烈な殺意が湧き起こったことは云うまでも無い。


「料理対決では俺に軍配が上がったが、喧嘩は今後に持ち越しだな。せいぜい腕を磨いておけ……俺の疾風撃針をかわせるようにな」


 そうしてニヤリと歯を見せながら、奴は去って行ったのだった。


「すまぬな、涼平……聞いての通りだ。つい先ほど関西から兵を引き揚げさせた」


「何故です!?」


「今から2時間ほど前、新東京タワーの建設計画の全面白紙化が閣議決定された。小柳めが煌王会と通じおったのだ」


「なっ!?」


 何と、小柳首相が煌王会に寝返ったというのだ。これにより煌王会が「関西や九州から中川会系勢力が撤退しなければ恒元の肝煎りの事業を潰す」と揺さぶりをかけてきたとのこと。


 俺は呆然としていた。


「……」


 恒元も唇を噛んでいた。


「レームダックと化した小柳に党内をまとめる力は既に無く、首相退任後に元老として影響力を行使する手立ても無い。老い先が短いだけに、失うものが無いということで狂ったのだろうな」


 そんな総帥の言葉に、俺はただただ頷くしかなかった。


 2006年9月5日。関西と九州を舞台に泥沼化の兆しを見せていた煌王会との抗争は、中川会の無条件撤退という形で終結した。


 中川恒元の久々の黒星だ。当然ながら国家のフィクサーを気取る男にとっては看過できる出来事ではなく、この悔しい敗北は、後に裏社会にとんでもない激震を呼ぶこととなるのであった。

揺れ始めた組織。蠢く陰謀。次回、戦慄と恐怖の大粛清劇が巻き起こる!

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