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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第14章 華やかなりし舞姫
237/261

伊予琥珀一家と一条会

 2006年3月2日。


 この日、俺は飛行機で四国へと向かった。


 愛媛県松山市。瀬戸内海に面したこの地は、江戸時代から栄えていた。


 何せ江戸からは近くも遠くもない絶妙な距離に位置し、それでいて海運業を担う商人たちが多数住んでいる。それゆえ独自の文化が花開くことになったのである。


 中でも有名なのは道後温泉だ。日本最古の温泉であり、聖徳太子や夏目漱石など数多くの著名人も訪れた名湯である。


 そんな松山市では今年に入ってから不穏な空気が漂っていた。それは同市を領地シマとする『伊予琥珀一家』が上部組織の一条会との関係を悪化させたことに起因する。


 昨年に四国全土を戦場に勃発した一条会跡目争いで伊予琥珀一家は依多田よりただ雅和まさかず舎弟頭に協力して兵を動員し、彼の勝利に大きく貢献した。ところが、依多田は約束していた恩賞を伊予琥珀一家に与えず、それどころか自らの立場を脅かしかねない不穏分子として敵視するようになった。


 これに対して伊予琥珀一家は不満を爆発させ、一条会総本部で毎月開催されている幹部会に顔を出さなくなったばかりか、上納金も払わなくなった。


 当然ながら、この動きに依多田は憤慨。両陣営の間には一触即発の空気が流れ始めたという。


「まったく、困ったものですよ」


 そうぼやいたのは伊予琥珀一家の若頭・大林おおばやし雅也まさやだ。彼の齢は今年で35歳だというが、その風貌にはどこか老いを感じさせるものがあった。


「一条のゴミどもときたら松山市内に組員をうろつかせては俺たちにちょっかい出してきやがるんですよ。おかげでこっちはおちおち夜も眠れやしねぇ」


 大林が苛立つ理由は分かる。一条会から派遣された組員たちが伊予琥珀一家の縄張りに堂々と居座っているのだから。


「まあ、それが狙いなんだろうぜ。あんたらが手を出せば伊予琥珀一家討伐の大義名分が得られるんだから」


 宥めるように言った俺だが、大林の勢いは鎮まらない。顔に筋を浮かべ、捲し立てる。


「そうやって大義名分を得て、一条は煌王にすり寄ろうって腹なんですよ! 奴らはこの四国を関西へ売り渡すつもりでいる!」


 俺は頷いた。伊予琥珀一家と一条会の対立はもはや修復不可能な領域まで達している。両陣営ともに互いを敵視し、隙あらば攻撃しようと目論んでいるのだ。


「まあ、とりあえず落ち着いてくれや……」


 ひとまず深呼吸をするように大林に勧めた俺は、ここへ来るまでの流れを頭の中で振り返ってみた。


 俺が松山を訪れるとの情報は一条会への漏洩を防ぐべく、伊予琥珀一家には伝えていなかった。されど、この組の連中とは松山空港にて合流できた。


 一条会による先制攻撃に備え、伊予琥珀一家が市内のあちらこちらに兵隊を展開していたからだ。ゆえに俺は空港をうろついていた伊予琥珀の組員に「自分は中川会の人間だ」と伝え、この本陣が敷かれた屋敷まで案内して貰ったのである。パンチパーマに柄シャツという古典的な外見をしてくれていたおかげで見つけやすかった。


「落ち着いてなどいられますか! すぐにでも戦争が始まりそうな状況なんですぜ!?」


 かなり興奮している大林。尤も、俺としてはその方が話しやすいのだが。


「あんたらの状況は分かっている。中川会おれらとしては煌王会が四国を傘下に組み込む展開は好ましくねぇんだ。だからあんたらと手を組んで奴らを撃退したい」


 すると大林の表情が変わった。「なるほど、そういうことか」と言いたげな表情だ。


「……つまり、中川会は伊予琥珀一家うちと手を組みたいと?」


 俺は頷いた。


「ああ。そうだ」


「手を組むってのはどんな方式で? それ如何によって答えは変わってくるぜ?」


 予想通りの言葉であった。


 煌王会の四国進出を嫌うくらいだ。同じく余人の中川会が四国に入ってくることが看過できるはずが無い。


 ゆえに俺としては手土産を用意していた。今の彼らが最も欲するであろうものをくれてやろう。


「もし手を組んでもらえるなら、あんたらには関東のシノギを与えると中川会おれたちの会長は仰せだ。そうなりゃ、一条会から独立するための資金に出来るんじゃねぇのか」


 すると大林は「ほう……」と笑みを浮かべた。どうやら俺の申し出に興味を抱いたようだ。


「つまり、中川会は『盃を呑め』ってんじゃなくて俺たちと対等な立場で手を結びたいと?」


「まあ、今のあんたらに余人と盃を交わしてる暇なんか無いはずだろうからな」


 俺は頷いた。そして続ける。


「俺たちは一条会が煌王会の傘下に降って四国が煌王の代紋に染められることを危惧しているんだ。そのためにあんたらと共同戦線を張るってだけだ」


 すると大林はニヤリと笑った。


「確かに今の俺たちにはカネも暇もぇ……組の連中は皆、松山の防衛で出払っちまってるからな。直ちに盃云々の話をする必要が無いってんなら、あんたの提案は魅力的と云わざるを得ん」


 これは良い反応だ――そう思いつつ俺はさらに畳みかけた。


「あんたらの懐具合を考えりゃ、一条とやり合ったところで一か月も持たずにジリ貧だろう。しかし、中川会と組めばとりあえず資金の上ではめどが立つ」


 そう言うと大林が身を乗り出してきた。どうやら乗り気になってくれたようだ。


「……分かった。前向きに考えさせて貰おう」


 しかし、その時だった。


「お待ちください!」


 突如として女性の声が響いたかと思うと、日本画が飾られた和風の応接間には似つかぬ姿の人物が入ってきた。


 黒のブレザーにチェックのスカート。そして胸元には赤いリボン。


 見るからに女子高生と分かる風貌をしているが――俺は直後の大林の驚いたような叫び声に息を呑んだ。


「七代目!」


 えっ、七代目……ということはこの娘が伊予琥珀一家の総長なのか……!?


 確かに伊予琥珀一家は江戸時代から続く世襲制の古い組で、総長は当代で七代目を数えると聞いていた。


 しかし、この人物はどう見たって高校生。それも女性ではないか。


「七代目、失礼ですぜ! 中川会からのお客人をここへ通したのは私だ! 口出しは無用に願いたい!」


 すると七代目と呼ばれた女子高生はきっぱりと言い放った。


「黙りなさい!」


 そして彼女は俺に向き直った。鋭い眼光に俺は思わず唾を飲み込む。


「私は伊予琥珀一家、七代目ななだいめ鵜川うかわ藤十郎とうじゅうろうと申します」


 俺は戸惑いつつ頷いた。


「あ、ああ……」


 すると彼女はこう続ける。


「あなたは先ほど『一条が煌王会の傘下に降り、四国が煌王の代紋に染まることを危惧している』と仰いましたね?」


「え? ああ……まあな」


 俺が頷くと彼女は言った。


「その懸念はごもっともです。ですが、我々もまた懸念しております。四国が中川会の色で染め上げられてしまうことを」


 大林が待ったをかけてくる。


「七代目!」


 しかし、彼女はそれを無視するようにして続ける。


「此度、あなた様が松山へいらした理由は存じております。我らを囲い込んで四国制圧の足掛かりとするためでございましょう。お生憎様、我らにあなた方の私欲の喧嘩に協力する謂れはございませんので。どうぞお引き取りくださいませ」


 驚いた。けんもほろろに断られた点ではない。「七代目総長」と名乗る目の前の人物が女性……それも見るからに年端も行かぬ少女であったからだ。


 鵜川うかわ藤十郎とうじゅうろうが伊予琥珀一家の総長が代々襲名する渡世名だという情報は事前に得ていた。伝統芸能で云うところの名跡のように江戸時代から脈々と継承されてきたものであると――だが、よもや七代目の当代が少女だとは予想もしていなかったのである。


「……鵜川さん、で良いか」


「ええ、何でございましょう」


「あんたの地元を想う気持ちはもっともだが、伊予琥珀一家の兵力だけで一条会とやり合えるとは思えねぇぜ」


 だが、少女は顔を曇らせることなく頷く。


「確かに本家……いや、一条会に比べて我らは若衆の頭数も資金力も劣っている。真っ向からの喧嘩を挑んで勝てるかとなると不安なところです。しかし、そもそもこれは我々伊予琥珀一家の戦いであってあなた方がくちばしを突っ込む話ではないはず」


 こちらの善意を無碍にするか。ただ、ここで怪訝な顔を露にしては話し合いも何もあったものではないので、あくまでも穏やかに返す。


「向こうが五千騎なのに対して、あんたらは三百騎程度。無謀な戦いになるのは火を見るよりも明らかじゃねぇのか」


 俺が尋ねると少女は首を大きく横に振った。


「それはあくまで真っ向からぶつかればの話でしょう」


「えっ?」


 俺は思わず聞き返してしまった。すると彼女はこう続ける。


「緒戦で敵方の本陣へ討ち入り、敵の大将の首を獲る……数で劣る者が勝る方を打ち破る唯一無二の策にして、戦の常道でございましょう。私はこの策を成せる一撃必殺の武芸を体得しております」


 困惑を隠せなかった。要するに、彼女が単騎で一条会へカチコミをかけるということだ。


「最初からこの喧嘩を中川会おれたちに何とかさせようとは思ってもいねぇってことだな……」


 少女は平然と頷いた。


「左様にございます」


 俺は大きくため息をついた後、苦笑した。そして大林に向かって言う。


「よう、あんたの親分は自分が一人で何とかすると仰せだが? 見たところ組のナンバー2のあんたはそれで良いのか?」


 大林が渋い顔で答えようとした時だった。視界の片隅で銀色の光が瞬いたかと思うと、空気を斬る音が鳴った。


 ――シュッ。


 刀が突き付けられたのだ。俺の瞳の数ミリ手前に刃があった。


「お客人。今は私とお話になっていたはず。どうしてこの男に目を向けるのです?」


 可憐ながら闘気の込められた声を浴びせてくるのは、他でもない「七代目鵜川藤十郎」を名乗る少女。どうやら一瞬のうちに彼女が抜刀し、切っ先を俺に向けたらしい。


「私はこの組の親分にして、この屋敷のあるじ。その私を差し置いて子分とばかり話をされれば腹の一つや二つ立ちましょう」


 凄まじい速さだった。まるで太刀筋が見えなかった。


 だが、俺は内心で感心していた。こんな子供がいるもんだな……。


 十代後半の少女がここまでの剣客に成長しているとは思いもしなかったのである。


「七代目、おやめください!」


 大林が叫ぶ。しかし、少女は刀を下ろそうとしない。


「さあ、お客人。この場を立ち去られよ。さもなくば貴方様の頭を輪切りにすることに相成りましょうぞ」


「……ふっ。恐れ入ったぜ。見事だよ、あんた」


「は?」


「だが、詰めがあめぇな……どうせ刀を抜くなら寸止めじゃなくて一思いに斬っちまうこった!」


 次の刹那、俺は短刀を抜いて眼前にあった刃を打ち払った。


 ――カキィィィン!


 火花が散り、衝撃音が室内に響く。


 しかしながら、少女は一切怯まない。俺の動作を全て読んでいたと言わんばかりの表情で刀を振り上げ、袈裟斬りを浴びせてきた。


「はああああああっ!」


 無論のこと残像が見えるくらいに動きが速い。その一撃を俺は後方へ飛ぶことにより皮一枚で躱した。


 だが、少女は隙を与えない。


「遅いっ!」


 叫びながら今度は横薙ぎを放ったのである。これには俺も驚いた。まさか真剣勝負で続けざまに剣戟を繰り出してくるとは思いも寄らなかったからだ。


 ギリギリのタイミングで短刀を逆手に持ち替え、飛んでくる斬撃を防ぐ。されども俺の行動はまたしても読まれていたようで、敵は三歩ほど身を引いて後退。そして間合いが生じるや否や、刺突を繰り出してきた。


「血だるまとなれぇぇぇぇぇーっ!」


 一撃を躱したかと思うと、間髪入れずに二撃目が来る。超高速での刺突の連撃。槍術における五月雨さみだれきを剣術でやってのけるとは、素晴らしい才能だ。


 しかしながら、こちらも負けてはいない。人智を超えた速さでの攻撃を持ち味とする鞍馬菊水流の使い手が、易々と敵の技を食らったりはしない。


 動体視力と勝負勘を最大限に使い、俺は飛んでくる刺突に短刀をあてがう。そして全てを防いでみせた。


「なっ……何だと?」


 よもや一発も当たらないとは思わなかったらしく、少女は動揺の色を顔に表していた。そんな彼女に俺は言った。


「大したもんだが、あんたの負けだ。こちとらこれでも半分以下の力しか出してねぇんでな」


 そう言い放つと傍らで見ていた大林が驚きの声を上げた。


「何ッ……七代目の暗殺剣を前にここまで立ち回る奴が居たなんて……!?」


 どうやらこの少女の剣術は今までに多くの強敵を打ち破ってきたようだ。しかし、俺の敵ではなかった。


「俺は短刀ドスの扱い以外にも体術を極めている。これ以上やっても無駄に傷つくだけだぜ」


 しかし、その言葉は少女を戦意喪失させるには至らなかった。


「……無礼な男だ」


 そして刀を構え直す少女。降参を勧める俺の台詞で腹を立てたらしい。


「この松山の地を奪うべく踏み入ってきたのだろう? ならば、その守り人たる私を殺し、本懐を遂げられるが良い!」


「はあ? まだやろうってのか?」


「当たり前だ! 私の名は七代目鵜川藤十郎……あどけない幼子と見くびったことを後悔させてやるッ!」


 次の刹那、少女は畳を蹴って肉薄してきた。


「全力で来ねば貴様の体は真っ二つに分かれるぞ! 刃の錆となれッ!」


 そして刀を横薙ぎに振るってくる。


 俺はそれを難なく躱し、適当な頃合いで掌底のひとつでも叩き込んでやろうと踏んでいたのだが――少女の太刀筋が途中で変わった。


「なっ!?」


 思わず素っ頓狂な声が飛び出す。七代目鵜川藤十郎は刀の軌道を急に変えて、そのまま俺の顔面目がけて刺突を放ってきたのである。


「くっ……!」


 俺は咄嗟に首を捻る。僅かでも反応が遅れていたら、その切っ先は俺の右目を突き破っていただろう。


「うぐッ……」


 俺が顔を顰めると、少女はすぐさま二撃目を繰り出してきた。今度は顔ではなく胸を狙ってくる。


「……やるじゃねぇか!」


 俺は咄嵯に左手で刃を払い除けた。その瞬間、超音速で振った俺の手から衝撃波が発生。


 ――ブォン!


 鈍い音が轟いた直後、少女が血相を変える。それもそのはず、目の前の敵が短刀を携えていない方の手で刃を打ち返したのだから。


「素手で刀を往なすとは……貴様……一体何者だ!?」


 恐怖と焦りで引き攣った顔で大林が声を上げた。「七代目!」と。しかし俺はそれに答えてやる。


「中川会理事兼執事局次長、麻木涼平!」


 すると少女は憤然とした表情で刀の柄を握る。


「この期に及んでもなお代紋をひけらかすとは……これだから関東博徒は信用できないっ!」


 彼女の踵が畳の上で後ろ向きに擦れてゆく。次の突進で俺の体に刃を浴びせ、命脈を絶つ腹積もりか。


 ならばこちらも相応の技で迎え撃ってやろう。俺は大きく息を吸い込み、ゆっくりと両手を交差して頭上へと持ってゆく。


 鞍馬菊水流、ごろもかた


 この少女はおそらく今までに戦った剣士の中で最強の域に入るであろう。ならば久々に本気を出さなくては勝てまい――と思った瞬間。


「うっ!?」


 突如として少女が胸を押さえて膝をついた。呼吸を乱し、額にうっすらと汗を浮かべている。


「は、はかったな……」


 やがて彼女は勢いよくその場に倒れた。大林が慌てて駆け寄り、肩を抱き起こす。


「こ、これは……ど、毒を盛られた!? 七代目!」


 片や俺は首を捻っていた。明らかに彼女は本気で俺の命を狙ってきていた。それを突然「何か」が邪魔をしたようだ。


 一体、何が起こったというのだ? そんな疑問と共に視線をやると、大林は目を逸らす。無論、それどころではないのだが。


「おいっ! 医者を呼べ! 担架を持ってこい!」


 するとそこへ一人の男が入ってくる。白髪交じりの男で、年齢は六十代後半か。


「落ち着きなさい。大林君」


 男は大林の肩をポンと叩いた。どうやら知り合いらしい。


「伯父貴! それが七代目が急に倒れられて……」


 伯父貴と呼ばれた男は小刻みに頷いたかと思うと「そういうことか」と呟く。それから少女の様子を見て言った。


「ちょっとばかし過呼吸を起こしただけですね。これくらいの背丈の女の子がずっしりとした刀を持って何分も立ち回っていれば無理もない。まあ、一時間も安静にしてれば治るでしょう」


 その説明を聞いた大林は当初こそ動揺を抑えきれずにいたようだったが、やがてホッと胸を撫で下ろす。どうやら腑に落ちたようだ。


「そ、そうですか……良かった……」


 やがて白髪の男は若衆たちに指示を飛ばし、少女を担架で外へ運ばせる。そうして七代目鵜川藤十郎が搬出されてゆくのを見届けるとこちらに視線を直して口を開いた。


「あなたが中川会からのお客さんですかな、お若いの」


「ああ、中川会理事の麻木涼平だ。あんたは?」


「あたくしは今治で竹葉たけばぐみの組長をやっとる竹葉たけば誠男まさおと申します。この度ははるばるお越しいただいたのにとんだ無礼を働いてしまいましたな、申し訳ございません」


 そう云うと竹葉は伊予琥珀の七代目に変わって陳謝するように深々と頭を下げた。彼に倣って大林や他の組員たちも頭を下げてきた。


「……いや、こっちも熱くなっちまった。悪かった」


 この台詞は本音だ。命を懸けた勝負に水を差されてしまったのは残念だが、それを口にしてしまうと懐柔しに赴いた使者としての立場が揺らぎかねないので今は控えておこう。


「あのは昔から勝負事になるとすぐに熱くなる傾向きらいがありましてな。後先考えず、周りの一切合切が見えなくなるものですから始末に負えません。女が力で男に勝てるわけが無いというのに……まったく困ったものでございます」


 小さく頷きながら「まあな」と俺は応じた俺。そして言う。


「だが、それくらいの負けん気が無けりゃ極道の親分なんかやってられねぇさ。腕っぷしも見事なもんだったよ」


「ははっ。そう仰って頂けるのはありがたいですが、あなたのそのお言葉があの娘の耳に入りますと忽ち機嫌が悪くなりそうですなあ」


「あんたが云うなら間違いねぇだろうな。七代目鵜川藤十郎を『あの娘』と呼ぶからには、だいぶ古い付き合いらしいな」


「ええ。あたくしは先代総長の兄……つまりあの娘にとっては大伯父にあたります。お恥ずかしながらあたくしには女房との間に子が出来なかったもんで、あの娘は幼い時分より我が子のように可愛がってきました」


 先代総長の兄で、当代にとっては大伯父にあたる――その話で、七代目鵜川藤十郎の身の上が何となく読めてきた。


 あの女子高生は先代の孫であり、祖父から跡取りとして指名されて組を継承したのだろう。


 武家文化を徹底して模倣する関東博徒とは違い、関西侠客の一条会は然程厳格なまでの世襲制を敷いてはいないと思っていたのだが。


 よもや十代の少女を総長として担ぐ組があったとは。つくづく驚いたものだ。


「今回、あの娘が一条会を抜けると息巻いた時には必死で止めましたよ。けど、頑固なところは弟譲りと申しますか……決意は固く、あたくしが何を言っても聞き容れやしませんでしたので『この機会に』と同道することにしたんです。嘉賀会長を蔑ろにする依多田のやり方にゃ嫌気が差して、ついていけなくなったもんで」


 そんな中で小さく息をつき「さてと」と呟いた後、こちらに視線を戻して竹葉は言った。


「まあ、あたくしといたしましては……あなた様のご来訪を心より歓迎申し上げますよ。あたくしどもには一本独鈷でやっていけるほどの兵もカネもございませんのでね。何だったら今すぐ直参盃を賜っても良いくらいだ」


「おいおい、そいつは気が早いぜ。俺の一存であんたらを傘下に取り込むことは出来ん。第一にあんたはこの組じゃそれなりの立場だろうが総長を差し置いてモノを決めるわけにはいかねぇだろ」


「それじゃあ、あなた様は何のために松山くんだりまで?」


「あんたらに手を貸しに来たんだよ、組織云々は一旦置いといて麻木涼平個人としてな」


 俺の言葉に竹葉の目が丸くなる。変化が起きたのは大林も同じ。彼は「待てよ!」と鼻息を荒くして尋ねてきた。


「じゃあ、何か? あんたは組織の代表として俺たちに支援を申し出に来たんじゃなくて、単にあんた一人が助っ人に来たってわけか? 中川会の兵隊は来ねぇってわけか?」


 それに対して俺が「ああ」と頷くと、大林は「冗談じゃねぇ!」と険しい顔で吐き捨てる。


「おめぇら関東の連中はいつだってそうだ! 自分の都合ばかり押し付けてきやがる! そんな奴らに誰が手を貸すものか!」


 他の組員も彼に同調する。


「この野郎! ふざけてんのか!? あんた一人で何が出来るってんだよ!」


 至極当然な反応だろう。戦力的に窮していたところで中川会からの支援が得られると思っていたら、ところがどっこい。現時点では援軍が寄越されぬと分かったのだから。そんな若頭を「まあまあ」と宥め、竹葉は俺に言った。


「麻木さんとやら。要するに、あなた様は我々の客将格として一条会との喧嘩の助太刀をしてくださるということでよろしいのですかな」


「ああ、そうだ。『四国旅行で松山を訪れたら偶然一条会とのドンパチに巻き込まれ、義憤に駆られて伊予琥珀一家へ味方した』ってていを装う」


「体を装う?」


「今後の情勢次第によっちゃあ『麻木涼平を救出するため』に中川会から兵隊が派遣されてくると考えてくれりゃ良い』


 含みのある俺の答えを聞いた途端、竹葉は「そういうわけですか」と深々と頷く。一方で大林はなおも怪訝な顔を崩さない。


「さっきの話じゃ中川会は俺たちを組織として助けてくれるってことじゃなかったのか? それがどうして派遣される兵力があんた一人なんだ?」


「こうして順序を踏まなきゃ、あんたらは俺たちを信用しねぇだろ。恒元公なりの誠意の表れってやつだ」


「ああ? どういうことだ?」


「中川会は純粋に伊予琥珀一家を助けることが目的であって四国属領化の野心は無い……いきなり兵隊が寄越されちゃ、あんたはともかく鵜川の七代目がその意味を理解してくれねぇと思ってよ。だから、増援を送り込むにも順序と段階と踏んで大義名分を作る必要があるってわけだ」


 そこまで言うと竹葉が興味深げに尋ねてきた。


「結局の話、中川会の支援は貰えるんですか? 麻木さん、あなた個人の動向ではなく組織的な戦術支援があるのかどうかをお聞きしたい」


「ああ。でなけりゃ、俺が会長から四国一周旅行をプレゼントされることは無かっただろうぜ」


 俺がそう答えた瞬間、竹葉は「ふっ」と笑いをこぼした。


「分かりました。あなた様のご提案を呑むといたしましょう」


 そんな答えに俺が「その返事が聞けて良かったぜ」と応じると、竹葉はなおも笑みを深める。


「まったく。あなた様の親分は狡猾なお人のようだ。ご挨拶するのが楽しみになってきましたな」


 されどもこの男は違った。大林である。


「伯父貴! この男を信用できるんですかい!? 口先だけで中川の本軍が来る確証は何処にも無いんですぜ?」


「まあ、落ち着きなさいよ。大林君。うちの七代目とああまでやり合ったこの人の強さはあなたも見ていたでしょう」


「それはそうかもしれませんけど……でも……」


「それに、麻木さんはこう仰っている。『順序と段階を踏む』と。つまり、それなりの誠意を現時点で見せてくれているわけです。そこまでしてくれる御方が腹に黒いものを隠しているわけが無いでしょう」


「……い、言われてみれば」


「大体にして分かっていないんですよ。あなたも、七代目も。伊予琥珀一家だけで一条会と渡り合うことなんか無理だし、そこに煌王会まで敵に回ったら尚更に勝ち目が無くなるというのに。一条の代紋を外す以上、中川会の傘の下に入る他ないんです。何だかんだ言ったって極道の喧嘩は兵隊の数が全て。長い物には巻かれるのが定石なのですよ」


「……」


 まるで子供に言い聞かせるがごとく竹葉は大林を諭す。喧嘩っ早い猛将も経験豊富な老親分を前にしては、ぐうの音も出ないようであった。


「ともあれ、あなた方にとっては良い知らせと言えるでしょう。ここに中川会の大幹部が参られた以上、一条会も煌王会も迂闊には動けなくなります。その隙にこちらも態勢を立て直せるというわけです」


 竹葉はそこで一旦言葉を切り、改めて俺に向き直る。


「麻木さん。この度は当方と手を結んでいただきありがとうございます」


 そんな礼の言葉と共に深々と頭を下げてきたので俺は「よしてくれ」と苦笑で応じる。そして言うのだった。


「俺は組織の席次で云えばヒラの幹部に過ぎねぇが、恒元公の秘書みてぇな仕事もやってるおかげで他の幹部よりゃ発言力があると思ってる。恒元公とのパイプはしっかり繋いでやるから安心してくれ」


 その言葉に竹葉は笑みを浮かべ、他の伊予琥珀一家幹部も何名か同調した。彼が「伊予琥珀の七代目にはあたくしの口から言って聞かせますんで」と約束してくれたので、とりあえず愛媛における地元勢力との連携については円滑に進みそうだと確信が湧いた。もし松山の伊予琥珀一家との関係が拗れても、その場合は今治の竹葉組を利用すれば良いのだから。


「……協力するもしねぇも総長次第だ。俺個人としてはあんたを信用したわけじゃねぇってことをよく覚えておけ」


 そう吐き捨てた大林の表情は最後まで憮然としていた。彼の発する嫌悪感は露骨だ。俺が屋敷を出る際、竹葉に「あいつに気を許さねぇ方が良いんじゃないですかい? あの野郎は幹部だ何だと言ってましたが、よくよく考えりゃ名ばかりで組も持ってねぇ若造に過ぎませんぜ?」とわざとこちらに聞こえるような声で言っていたくらいだ。


 しかしながら俺は無視する。大林の戯言にいちいち反応しては、それこそ相手の思うつぼだ。


「まあ、そう気を立てなさんな。大林君。麻木さんは信用できる御人だよ」


 竹葉が宥めるも大林は納得のいかない様子であった。


「……伯父貴がそこまで仰るなら」


 不承不承ながらも大林は引き下がっていた。そのやり取りを見届けた後に俺は屋敷の玄関を出るのであった。


「お疲れ様です。次長」


「そのお顔を見る限り上手くいったようですね。流石は兄貴でさぁ」


 屋敷を出て少し進んだ路上にて、酒井と原田が声をかけてきたので「何とかな」と応じた俺。彼らを屋外で待機させておいたのは正解だった。


 気性が荒く、関東博徒として誇り高い彼らのこと。俺を蔑むような発言を聞けば、反射的に大林へ食ってかかったに違いないのだから。


「だが、一条会の奴らは一筋縄じゃいかねぇぞ」


 そう返すと酒井が「分かってますよ」と応じた。


「一条会と伊予琥珀のドンパチの隙を突いて四国を中川会のモンにしちまうのが兄貴の目的ですもんね」


 原田も「田舎で暴れるのは気が乗りませんが、協力するからには全力でやりましょうぜ」と意気込んだ。


「ああ、その意気だ」


 伊予琥珀一家も竹葉組も一応は中川会との提携に乗り気ということか。外交が円滑に進むのなら何よりだ。


 しかし、両組織の温度差は気になる。伊予琥珀一家は一条会を撃退した後で中川会が四国に駐屯する可能性を憂慮しているようだが、竹葉組はむしろ中川会の傘下に入りたがっている。


 あの竹葉誠男という男。老獪さと底深さを感じさせる男であるが……どうにも考え方が安易だ。


 今治あたりに領地を持っているというが、おそらくその地は配下の組員に預けているのであろう。伊予琥珀に同道して一条会からの独立に動いたのは義理人情ゆえのことだったと云っていたが、煌王会の動きにまで目を向けていた辺りからして何か他に打算があると見るべきだろう。


 俺はすぐさま部下二人に策を練るよう指示した。


 一条会が煌王会と連携しているとの情報が気になる。関東と関西の代理戦争に発展するとなれば話が変わってくるからだ。


「恒元公は四国、九州の順に攻め落とし、関西への総攻撃は西日本の勢力を固めた後に行おうとお考えだ。それ以前に煌王とぶつかるのは好ましくねぇからな。願わくば煌王の傘下に囲い込まれるより先に一条を叩き潰してしまいたい」


 だが、彼らの反応は気が抜けたものだった。


「あのぅ、次長。せっかく日本でも指折りの温泉地に来たことですし。ちょっと遊んで行きませんか」


「そうですよ、兄貴ィ。何てったって道後温泉ですぜ。観光しなきゃ勿体ねぇですよ」


 いやいや、お前たち……と渋い顔でツッコミを入れようとした俺だったが、そこで止めた。


 ここへ至る飛行機の機内で原田は「地方へ行ける機会はめったにない」と言い、酒井は「松山って意外と美味いもんが多いから楽しみだ」とそわそわしていたではないか。


 彼らはただ己の欲求に忠実なだけなのだ。そして、その欲求が満たされれば即座に仕事へと気持ちが向くのであろう。


「分かった分かった! 観光でも何でもしようじゃねぇか!」


 俺の返事に原田と酒井は「やった!」と手を打ち、さっそく松山市内の観光が始まった。


 松山城の壮麗な天守を眺め、大街道商店街で食べ歩き、松山市内をあちこちと遊んで回った俺たち。その日は晴れていたこともあってか行楽にはもってこいの気候であった。


「はあ、ここが夏目漱石の住んでた下宿かあ」


「夏目漱石って云えば中学の頃の教本に載ってたよな……そうそう、猫がどうのこうのってやつ」


 思い返してみれば錦糸町の『STRAY』のマスターは夏目漱石のファンだったよな。ふと思い出した俺は土産物屋で饅頭を買い、店の宛名を書いて宅配便で送ってもらうことにした。


 さて、そんなこんなで楽しんでいるうちに時刻は18時。すっかり陽が落ちてきたので今宵の宿へ向かうとしよう。


「うーむ、やはり温泉地に来たからには温泉に入らねば!」


「ええ、そうしましょう!」


 お目当てとばかりに推してくる酒井と原田。無論、俺は松山へ赴くにあたって市内最上級のリゾートホテルを予約してある。


「そうと決まれば早速チェックインだ。俺たちの行動は伊予琥珀の連中に見られてるから、くれぐれもいざこざを起こさんでくれよ」


 そんなわけで俺たちはホテルへと向かい、松山市内の夜景が楽しめる部屋で一息ついた。スイートルームが埋まっていたのは残念だったが、今回の松山出張は数日前に決まったようなものなので仕方ない。

 部屋に着くなり、俺は恒元に連絡を入れた。本日の一部始終を話すと、会長は満足げな反応を示した。


『おお、よくやったな。やはり我輩の思った通り食い付いてきたか』


「ええ。遠からずドンパチが始まるでしょうから、そうなったら徹底的に暴れて奴らに恩を売ります」


『ふふっ、存分にやってくれ。まあ……こちらから一条の人間を殺すべからざる程度に痛めつけて様子を見るのも良いな』


 中川会が先に一条会へ先制攻撃を仕掛けることで、伊予琥珀一家および竹葉組がどう動くかを窺うというわけだ。


『伊予琥珀や竹葉がどこまで肝が据わっているのかも確かめたい』


「流石は恒元公、良きお考えです」


『うむ……その伊予琥珀の七代目だとかいう女も気になる』


 さっそく赤坂へ連れて来いなどとは言うまいな――俺は苦笑しながら「では後ほど」と言って通信を切るのであった。


 部屋の中では酒井と原田が座卓の上に資料を広げて作戦会議を行っていた。


「この松山って街は奥が深いですね。温泉地といっても産業の基盤が観光に依ってるわけでもねぇ。むしろ、ものづくりが盛んみてぇです」


「ほう。そうなのか」


 原田の観察眼に俺は素直に感心の声をあげる。すると今度は酒井が言ってきた。


「次長、この松山って街は造船が盛んなようです。だから、船を使った遊覧船なんかが観光産業として成り立ってるんですよ……俺が思うに煌王会はそいつに絡んだ金脈を狙うと思います」


 そこで俺はふと思った。煌王会が松山の造船関係を欲しがるとなれば、奴らが一条会と結託して松山へ攻め寄せてくるのは既定事項も同然ではないのか。


「四国の中でも松山の経済力は群を抜いてる。そう考えると一条が煌王へすり寄る手土産に松山を選んだ可能性もある」


 なればこそ、一条会としては伊予琥珀一家の独立を何としても阻みたいのである。しかし、そこで酒井が言った。


「ですけど、次長。今の一条会の組織大権を握ってる舎弟頭の依多田は中川会贔屓だったんですよね?」


「ああ。若頭と跡目をめぐってドンパチやってた頃は恒元公に援助を頼んできたくらいだ」


「だったら、煌王にすり寄るのはおかしくないですか? いくら援助を断わられた過去があるからって、中川会とはけっこう親しく付き合ってたわけですし」


 酒井の言葉に原田も深く頷いた。


「ええ。確か依多田は本庄の叔父貴と兄弟分だったような……年に一度は互いにワインを贈り合う仲だとか」


 思い返してみれば依多田は「単にパイプがある」というレベルでは語り切れぬほどに中川会と親交を深めていたのである。それがたった一度の摩擦に腹を立て敵対勢力へ鞍替えするであろうか。それも恒元が絶対権力を手にしたばかりの時期に。


「……そいつは分らねぇな。もしかすると依多田に中川と関係を切りたくなるだけの理由が生まれたかもしれねぇぜ」


 尤も、こればかりはあくまでも俺の推理に過ぎない。今まさに抗争が始まろうとしている敵地に居る状況下であらぬ憶測を広げすぎるのは却って危険なのだ。


 俺は部屋に据え付けてあったルームサービスの缶ビールを啜りながら思案に暮れる。しかし、今ここで答えは出せないので気分転換をはかるか。


「よし、風呂に行くか」


 そこで俺は部下二人にそう提案した。やはり風呂は命の洗濯。日本人は湯船に浸かることで明日への英気を養うのである。


 そんなわけで俺と原田と酒井は連れだって男湯へ向かおうとしたのだが――ロビーに降りたところで思いもよらぬ客が俺たちを待ち構えていた。


「どうも、こんばんは。いかがお過ごしですかな」


 数人の背広の護衛を引き連れた大柄な男がニタッと笑う。彼が渡してきた名刺に書かれた名を読むなり、俺は苦笑した。


「……一条の舎弟頭さんか」


「ええ、以後お見知りおきを」


 一条会舎弟頭、依多田よりただ雅和まさかず。派手な柄のネクタイが印象的な人物だった。


「まあ、舎弟頭と云っても会長代行を仰せつかっておりますんで。今の組織は俺が仕切ってるも同じですけどね」


「その立場にある男が随分と命知らずなもんだな。いくら何でも用心が浅すぎやしねぇか」


「いやはや。中川会で史上最も若くして幹部に昇られたお方とはいえ、ここで俺を撃つほどの度胸は無いでしょう」


「そうじゃなくて、ここは伊予琥珀一家の領地だろって話だ。今にも独立云々のドンパチが始まろうって時に敵地のど真ん中にわざわざ足を運ぶとはな」


 挑発のつもりで放たれたと思しき嫌味をかわして言葉を浴びせた俺に、またも薄ら笑いで応じる依多田。睨み合いの中、彼は自信たっぷりに答えるのだった。


「それが大丈夫なんですよ。何せ、あちらにも協力者がおりますからねぇ」


「ほう。既にあんたは伊予琥珀を幾らか切り崩してるってことか?」


「その通り。こうして敵地を堂々と歩いても殺されねぇくらいには調略が完了済みってわけです」


 それが何を意味するのかは自ずと分かった。そして、彼が俺に会いに来た理由も。


「どうぞ中川恒元様にお伝えください。一条会われらは決してあんたの思い通りにはならねぇと……調子こいてんじゃねぇぞクソが」


 中川会の使者である俺を煽り、恒元に対する開戦表明に訪れたわけだ。なおも彼は続ける。


「この松山は俺たち一条会の街だ。どんな大義名分を掲げようと勝手は許さねぇ」


 その言葉を聞くや否や、俺は頬を緩める。完全に予想していた言葉だったからだ。


「何を言いに来やがったかと思えば……フッ」


「ああ?」


「良いだろう。やってやろうじゃねぇか。一条会は戦う気満々だってことを一字一句伝えてやるよ。せいぜい、後で泣いて喚かねぇよう心の準備をしておくこったな。俺たちを敵に回すことの意味をその太った身体に刻み込んでやるからよ」


「貴様……言わせておけばッ!」


 依多田が声を張り上げた。背後に控える構成員たちが気色ばむ中、俺は言った。


「吠えるなよ。たかだか田舎者の分際で」


「……良い度胸だな、若造」


 喧嘩を買いに来たに過ぎないとばかりに俺を睨む依多田は云う。


「今までは中川会の良き友人でいてやったが、俺たちの街へ攻め込もうってんなら圧倒的な破壊をもって迎え撃つだけだ。一条会の恐ろしさを骨の髄まで知らしめてやる。よく覚えておけ!」


 まあ、好き勝手に言わせておこう。俺としてはこいつらなどいつでも叩き潰せるのだから。


 それに、だ。この男は本当に自身の言葉が俺の耳に届いていると信じているのだろうか?


「お前たち!」


 勢いよく「へい」と応じた原田は俺が言わんとしていることを悟ったのか「流石は兄貴」とニタリと笑った。そして酒井も「ちょうど俺も体が疼いてたところです」と獰猛な笑みを見せる。


 そんな頼もしい部下たちに俺は言い放つのだった。


「こいつらを『殺すべからざる程度』に痛めつけろ。先制攻撃だ」


 一様に「御意ぎょい!」と叫んで飛び出した彼らを俺はほくそ笑みながら見つめるのであった。

ついに始まった中川会の四国攻め! 伊予琥珀一家と話を付け、一条会に揉楔を打ち込んだ涼平だったが……? 次回、新たな展開!

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