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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第10章 虎崩れの変
178/252

守るべき相手

「はぁ……何だったんだ、あれは」


 ヒルズ界隈から3丁目の通りまで抜け出ると、俺は大きく安堵の息をついた。ひとまずは藤城琴音を奴らに奪われずに済んだ。


 何はともあれ、これでひと安心……というわけではない。改めて車内を見回してみると、その光景の複雑さに驚かされる。


 これはどういう状況なのか――。


 運転席には梶谷、助手席には原田、そして6人乗りの後部座席には俺と酒井、藤城、そして軍服姿の外国人の男女3名。ぎゅうぎゅう詰めで、とてもじゃないが快適な空間とは言えない。いや、そもそも空気感が凍てつくほどに緊張している。


 さて、どこから話を聞けば良いのやら。困惑を通り越して苦笑さえこみ上げてくる俺に、酒井が口を開いた。


ずはご苦労様でございました、次長」


「あ、ああ」


「申し訳ありません。ヒルズの周りをぐるぐる走ってた時に、こいつらに見つかっちゃったんですよ」


「そこまでは分かるぜ。で、車を無理やり止められちまったんだろ?」


「はい。面目次第もございません……」


 顔を真っ赤にしながら酒井が言葉を続けようとした時、後部座席の外国人のうち一人が声を上げた。


「まったく。日本のヤクザは情けないな。30秒もかからずあっという間に制圧できるなんて、とんだ拍子抜けだったぞ」


 金髪碧眼の白人男性だ。彫りが深くて鼻筋も通っている。いかにも欧米人らしい顔立ちだが、日本語がやけに上手。


 つい数分前、電話で聞いた声と一致する。おそらくこの男が藤城琴音の私兵部隊長――キグナスだろう。


 俺はそいつを睨みつける。


「……そりゃあどうも、うちの部下が随分と世話になったみてぇだな」


「もっと訓練を積ませておくことだ。今のままでは戦場じゃこれっぽっちも役に立たんぞ。あまりにも弱すぎて驚いた」


「こっちはあんたらが理解不能すぎて驚いたぜ。まさか、公道のド真ん中で一般車両を制圧するとはな。ここは日本だって分かってるよな?」


「戦いに国や場所は関係無い」


警察サツが怖くねぇのかって意味さ」


「その台詞、そっくりそのままお返しする」


 確かに先刻の俺は警察当局の存在を意に介していなかった。

 官憲にはいつも大枚の賄賂を贈って事を誤魔化している。此度、六本木ヒルズのど真ん中で銃声を響かせたにもかかわらず、パトカーのサイレンひとつ聞こえなかったのはそのためだ。


「まあ、警察サツを恐れてちゃ極道は務まらねぇからな」


「賄賂で繋がっているからそんな大口が叩けるんだ。日本のヤクザは弱い癖にずるがしこい」


 その言葉に酒井と原田が気色ばんだ。


「てめぇ、こっちが黙ってりゃ調子に乗りやがって!」


「今すぐぶっ殺してやろうか!? ああ!?」


 だが、当のキグナスはまったく意に介さなかった。


「ふん。やってみろ。さっきはまんまと小路に誘い込まれた挙句、囲んで銃を向けられた瞬間にビビッてドアを開けたくせに」


 挑発的な態度を崩そうともしない。尤も、ドアを開ける判断を下したのはおそらく梶谷だと思うのだが……それでもキグナスたちに車を制圧されてしまったのは否めぬ事実。


「うるせぇ! それがどうした!」


「ヤクザを舐めるなよ、外人ども!」


 今にも殴りかかりそうな勢いの2人。俺はそれを制止して、運転席の梶谷へと向き直った。


「梶谷さん。米畑組の拠点ヤサで、どっか目立ちにくい場所はねぇか?」


「あるっちゃありますが」


「じゃあ、そこへ向かってくれ。真っ直ぐ赤坂へ戻るよりゃ安心だ」


 先刻、俺たちは謎の武装集団……というよりは暴徒に襲われた。どういうわけか連中は藤城を捕えようとしていた。


 彼女を狙う勢力が俺たち以外にも存在する以上、その襲撃を警戒するのは当たり前。俺はいま乗っている車がヒルズ前から尾行されている可能性を考えていた。敵に後をつけられたまま総本部に戻るのは安全上よろしくない。


 パッと見た限り敵は統制の取れぬ暴徒のようだったが、念のため何処か適当な場所で車を変えておいた方が良いだろう。


「分かりました」


 俺の頼みを受け、梶谷はハンドルを切る。


 藤城琴音の身柄を手に入れたのだ。恒元から言い付けられた任務は既に達成している。ひとつの問題を除いては。


「おい。車を停めろ」


 キグナスが即座に銃を取り出し、俺の額に突きつけてきた。


「まあ、そうなるわな」


 自然の至りだ。何故なら俺たちは藤城琴音の身柄のみならず、彼女の抱える護衛部隊までもを連れてきてしまったのだから。


「聞こえなかったか? 進路を変更し、すぐに車を停めろ。さもなくばお前の頭に風穴が開くぞ」


「ふふっ。停めろと言われて素直に止める馬鹿がいるかよ。悪いが、あんたのご主人様の身柄は暫く預からせて貰うぜ」


「貴様、状況が読めんのか……?」


  車内にはキグナスを含めて、見るからに剛力そうな外国人の男女が計6名乗っている。皆、こちらに向けて殺気を放っている。確かにこの状況だけを見れば「ターゲットを見事に拉致した!」とは言えないかもしれない……。


 ちなみに、当の藤城琴音はといえばすっかり怯え竦んでいる。唇を震わせて、今にも泣き出しそうだ。いくら車内には味方も乗り合わせているとはいえ、敵の手に落ちてしまった事実に変わりはない。


 おまけに先ほどは凄惨な場面を目撃したのだ。鞍馬菊水流伝承者の血にまみれた戦い様を見れば、素人の女なら誰でも震え上がる。無理もないことだ。


「おいおい。状況が読めてねぇのはあんたの方じゃないのか」


「なんだと?」


「銃を向けたからっていい気になるなよ。この俺をそんなんで無力化できると思ったら、大間違いだ」


「何を……」


 相手が言い終わるのを待たず、俺は動いていた。


 ――ドガッ。


 強かな肘内を顔面に食らわせ、キグナスからM1911を奪い、分解する。ほんのコンマ1秒の隙を突いた挙動だった。


「ぐあっ!? き、貴様!」


 怯んだキグナスだがすぐさま持ち直し、俺に反撃を見舞ってくる。今のエルボーで歯が何本か折れたであろうに。強靭な奴だ。


「食らえッ!」


 だが、俺はそれを紙一重で躱すと同時にカウンターの肘打ちを腹部に叩き込む。


「ぐふっ!?」


 更に追い討ちをかけるべく、今度は俺が貫手を突き出す。だが、その一撃をキグナスはなんと掌で受けた!


 ――グシャッ。


 キグナスの手が血に染まる。だが、それでも奴は苦痛を表情に出さず、むしろ不敵な笑みさえ浮かべていた。


「やるな」


「あんたもな」


 狭い車内なので、互いに大きく動けない。


「……」


 密閉空間で発生するECQCは一瞬の油断で勝敗が逆転する熾烈な戦いとなる。こちらから仕掛けるか、あるいは向こうの技を受け流すか……おそらく相手も同じことを考えている。間が空気をより一層緊迫させた。


 やがて、両者ほぼ同時に体が動く。


「うおおッ!」


「覚悟!!」


 俺とキグナスが再び組み付くと同時に、原田と酒井もそれぞれ残る2人の敵との格闘が始まっていた。というか、取っ組み合いだ。


「うらあッ!」


「舐めんじゃねぇぞゴラァ!!」


 車内は一瞬にして混戦状態となった。


 原田や酒井が敵の絞め技を前に苦戦する中、俺はキグナスとの打撃の応酬が続く。この男、なかなか強い。先刻のタウロスの比に非ず。尤も、ここまで強くなければ傭兵などやってはいられないだろうが。


 ただし、こちとら平安時代から続く殺人拳の伝承者だ。その肩書きに恥じぬよう本気でやらせて貰う。


「ぐはっ!? き、貴様ァァァ!」


 予備動作無しで放った俺の前蹴りが顔面に命中し、絶叫にも似た怒声を上げるキグナス。聞くからに鼻骨が砕ける音がした。だが、それでもキグナスは戦意を失わなかった。鼻血を噴きながらも、容赦なくこちらの腹を蹴って反撃してくる!


「ッぐ!?」


 想定以上の脚力に思わず吹き飛ばされてしまう俺。その衝撃で背中を強打した後部座席の窓ガラスにヒビが入るのが分かった。


 俺もすかさず反撃に出る。


「おらよッ!」


 今度は俺がカウンターで頭突きを見舞うと、体勢を大きく崩したキグナスが声を震わせた。


「こいつ、化け物か!?」


 流暢な日本語だったのが、すっかり英語に変わっている。これはすなわち奴が冷静さを忘れている何よりの証左といえよう。


 せっかくなので、俺は英語で煽ってやる。


「近接戦闘は戦闘術の基本だぞ。あんた、軍人みてぇな風体のくせにそんなことも分からねぇのか? 情けねぇ奴だな」


「黄色いサルが調子に乗るな!」


 肘打ちが飛んでくるも、余裕で躱してやる。俺自身、密閉空間での格闘戦の訓練を受けたわけではないが、どう戦えば良いのかは分かる。


 環境が狭いために拳や貫手での突きや手刀が満足に打てないのであれば、肘や膝を使えば割とどうにかなる。エルボーとニーパッドで攻撃と防御を同時にこなす古式ムエタイの技術を応用するのだ。


 興奮して胴に飛びついてきたキグナスに肘を浴びせると、奴の掴む力が少しだけ弱くなった。俺はそこから一気に勝負を仕掛ける。


 その場で体勢を入れ替え、奴の首をへし折るべく全体重をかけて力を込めた。


「ううっ……ううっ!」


 ギロチンチョークで頸椎が破壊されたら終わりなので、流石にキグナスも全力で抵抗してくる。先刻の一撃で手も負傷しているであろうに。ここに至ってもなお力が残っているとはたまげたものだ。


 一方、原田と酒井の戦況は芳しくなかった。

 戦闘においてプロ中のプロである外国人傭兵と喧嘩をするのは初めてである所為か、俺とは対照的に彼らは防戦一方だった。


「ぐっ! 貴様、女のくせに何ちゅう馬鹿力だ……!」


「舐めんじゃねぇ!」


 女の傭兵が仕掛けてきた目潰し攻撃を必死で回避しようとする酒井と、スキンヘッドの男に腕十字固めを食らいそうになっている原田。


 これは思った以上の苦戦ぶりではないか。キグナスを無力化したら、すぐさま助けに入ってやらねばダッシュと思った、その時。


「あ、暴れないでください! 車が揺れる!」


 ハンドルを握っていた梶谷が悲鳴を上げた。


「すまん! このまま目的地まで突っ走ってくれ!」

「さっきから揺れるせいでハンドルが効かないんです!」


 俺にだって車内のグダグダ加減は手に取るように分かる。車体が揺れるのは安全上よろしくないことだろう。


 だが、ここで藤城琴音の傭兵どもを無力化しなくては後々が面倒になる。梶谷よ、何とか堪えてくれ。あと少しで片が付く……!


 そう思った矢先、想定外の出来事が起きた。


 ――ズガァァァン!


 銃声が響いた。突如として鼓膜をつんざいた轟音に皆が沈黙する。何が起きたか――酒井と組み合っていた女性兵士が、運転手に向けて発砲したのだ。


「ふふっ、最初からこうすれば良かったわ」


 英語で吐き捨てて笑みを浮かべる女の目線の先には、鮮血の赤。梶谷の肩からどろどろとした液体が流れ出ていた。


「梶谷さん!」


「だ、大丈夫……何のこれしき…‥!」


 肩を撃たれてもなお、阿修羅の形相でハンドルを握る続ける梶谷。その隙を見逃すまいと、女兵士は酒井を放して運転席に飛びかかる。


「させるかよ!」


 ――バキッ。


「げぼっ……ぐっ……」


 俺が蹴りで防ぐと女はうずくまる。しかし、その目の奥では未だ炎が燃えている。蹴りで顔面を破壊されてもなお、再び突進の構えを取る有り様。


 おいおい。この護衛部隊の耐久力はどうなっているのだ。いつもより威力が弱めになっている所為もあるが、俺の打撃を耐えて見せるなんて。


「ちっ、しぶてぇな。いい加減に諦めたらどうだ?」

 舌打ちをした俺に、息を切らしながらキグナスが答えた。


「諦めるものか……俺たちは……命に代えても、琴音様を守る……!」


 なるほど。この男もまた護衛としての役割と果たさんとする使命に命を賭けているのだ。そうした意味で言えば互いに相通ずるものを感じなくもない。


 だが、どうしてそこまで? こいつらは所謂、カネで雇われた傭兵集団に過ぎないのではないか? 盃で結び付いたヤクザとは異なり、藤城琴音との間には金銭による雇用関係しか存在しないはずだ。何故にそこまで命を賭ける……?


 俺が敵方の何か浅からぬ事情の存在に勘付いた、ちょうどその時。車内に女の大声が響き渡った。


「もうやめて!!」


 これには原田の関節を絞め続けるスキンヘッドの傭兵と、再び銃を構える女傭兵、それからキグナスの殺気も弱まった。


 振り返ると声の主は藤城琴音だった。長い髪が汗でべっとりと首に巻き付いた格好で、彼女は必死になって声を上げた。


「もう良い……もう止めて……! これ以上、あなたたちが傷つくことは無い……!」


「と、琴音様。何を」


「私がこの人たちに頭を下げれば、全てが解決する。もういっそのことそうするわ。だから、もう私のために傷つかないで」


 そこまで言い終えると藤城琴音は泣き崩れた。そんな主人の姿に、異を唱えようとしていたキグナスたちは何も言うことができない。


「……」


 暫らく社内に沈黙が流れる。これは勝ったのか? この密閉空間で行われたごちゃ混ぜの乱戦に、俺たちが勝ったと思って良いのか?


 大きく肩で息をしながら困惑する原田と酒井に代わり、俺は藤城に問うた。


「おい。今のはどういう意味だ? 大人しく俺たちと一緒に来るってことで良いのか?」


「……ええ。そうさせてもらうわ。あなたたちが、どこの誰であろうと。だからお願い。もうキグナスたちを傷つけないで。お願い」


 藤城は目を真っ赤にしながら懇願してくる。いつもテレビで見かける強気で自信に満ちあふれた女相場師の姿は跡形もない。


 ふと敵方の状況を見やると、キグナスたちは既に戦意を引っ込めている。スキンヘッドの男や女はともかく、キグナスは重傷だ。


「琴音様がおっしゃるなら……」


「承知いたしました。もう俺たちは何も申しません」


「ただ、俺たちも一緒に行かせてください。琴音様お一人ではいけません」


 キグナスたちは各々が渋々と言った調子で頷いていた。これならば、もう大丈夫だろうか。話は決まったと考えても良かろうか。


 俺は胸ポケットから出した煙草を口に加えて火を付け、梶谷に声を掛けた。


「ってなわけだ。梶谷さん。早いとこあんたらの拠点ヤサへ案内してくれや」


「は、はい!」

 少々驚きつつも、梶谷は気を取り直してハンドルを握ってくれた。それから5分後。大通りを少し外れた六本木7丁目あたりで車は止まる。


 目の前には大きな廃工場らしき建物。六本木にこんな場所があったとは。帰国後、ぶらりと東京見物を行った時には気づかなかった。


「……ここです。着きましたぜ」


 どういうわけか伏し目がちな梶谷。その態度に違和感を覚えつつも、俺は車を降りた。バンに乗車していたのは数分だというのに、だいぶ長いこと乗っていたような気がする。血みどろの乱戦を繰り広げていたのだから当然か。


「ふう~! 助かったあ!」


 腰をさすりながら原田が飛び出した。続いて酒井が周りを警戒しながら外に出る。護衛部隊は総崩れとなっており、藤城に肩を貸してよろよろと車を降りていた。


 俺は廃工場の中へと足を踏み入れようとするが、その前に背後から声をかけられた。


「ちょっと、お待ちよ」


 女傭兵の呼び止めに応じて立ち止まると、藤城の隣にいたスキンヘッドの男が前へと出て来た。先程から思っていたことだが、こいつは一昔前に一世を風靡した某外国人プロレスラーみたいだ。


 その男は主人の腰をそっと支えながら俺を睨むと、小声で話しかけてきた。


「おい。俺たちも一緒に来たからには、琴音様に手荒な真似だけ許さんぞ。少しでも不穏な気配があればその時点でお前らを殺す」


 唐突な釘刺しに俺は若干の間も置かず答える。


「好きにしやがれ。別に、あんたらの前で手籠めにしようだなんて思っちゃいないさ。ちょいと話がしてぇだけだよ」


「貴様……一応言っておくが、貴様らは琴音様を拉致したわけではない。琴音様が自ら貴様らの元へ赴かれるのだ。くれぐれも勘違いするなよ」


「はいはい。分かってるって」


 実質的には降伏したも同じなのだが、その辺りを論じても意味が無いので止めておく。とりあえず藤城琴音を中川会系の拠点に連れ込むことができたのだから上出来と考えるべきだろう。


 キグナス、それから女傭兵が爛々とした眼光を向けてくるが、気にしさえしなければ問題ない。せいぜい暴れぬよう見張っておけば良い。俺は自分に言い聞かせるように廃工場の中へと入った。


「へぇ。案外、中は片付いてるんだな。ここはどういう工場だったんだ……って、え?」


 内部へ歩みを進めた俺は、思わぬ光景を目にして息を呑んだ。場内が綺麗だった点ではない。中に、既に人が居たのだ。


 それも、1人や2人という数ではない。少なくとも30人は下らぬ、そこそこの数の男が工場内にたむろしていた。


 見た限り、彼らはヤクザだ。


「……なあ。梶谷さん。このお兄さん方は米畑組か?」


「え、ええ。全員うちの者でございます」


「それじゃあけっこう重要な拠点ヤサなんだな。ここは」


「拠点と言いますか、何と申しますか」


 何か説明しづらいことでもあるのか。所々で口を噤む梶谷。そんな彼にしびれを切らした酒井が、ずかずかと前に出た。


「どういう場所なんです? はぐらかしてないで、はっきり言ってくださいよ。ねぇ梶谷さん?」


「ええ……」


 梶谷は気まずい表情になった。ああ、これは何かある。米畑組が俺たち本家の人間には知られたくない事情が――。


 数秒の沈黙の後、ため息と共に若頭が口を開く。


「……たいへんお恥ずかしいことなのですが」


 そこから語られたのは、実に驚くべき事実だった。


「実は、この工場跡は米畑組の本拠地なんでございます」


「えっ?」


「あくまで仮の本拠地でございますが」


 どういう意味か。原田と酒井がきょとんとして顔を見合わせる中、俺は冷静に梶谷をただしてゆく。


「何でここが? おたくらの事務所は3丁目にあるんじゃねぇのか?」


「はい。つい、この間までは。諸事情により事務所の機能をここへ移したんでございます」


「諸事情って、どんな事情だよ?」


「いやあ。何て申し上げたら良いのか」


 口ごもる梶谷。その視線は完全に宙を泳いでおり、焦っている人間特有の虚ろな目元を作り出してしまっている。


 ああ、これは確実に何か良からぬことが起きているな――そう直感した時。工場の奥から1人の男が駆け足で現れた。


「おいおい! 何だってんだよ! そこに居るのって、今話題の藤城ファンドの女社長じゃねぇか!?」


 生え際が後退した髪をオールバックで固め、派手な白い背広をまとった恰幅の良い中年男。俺はこの人物の名を知っている。


 中川会直参米畑組組長、米畑則男だ。


「おい、説明しろや梶谷ぃ! どうして藤城琴音がいるんだよ! 女を拉致るってのは聞いてたが、あの藤城琴音だとは聞いてねぇぜ!?」


 米畑組長は梶谷に掴みかかり、返事を促す。


「で、出る前に言ったじゃないですか! そしたら組長は『ああ。分かった』と……!」


「与太こいてんじゃねぇ! 俺はそんなの言った覚えはこれっぽっちもねぇぞ! ったく、無駄な火種を持ち込みやがって!」


「いいや! 俺はきちんと前もって説明しておりました! 組長はお認めになりましたよ!」


「うるせぇよ。ああ、ただでさえチーマーどもの対処で忙しいってのに。本家はとんだ面倒事を押し付けてくれたぜ」


 頭を掻きむしった米畑は、次に俺の方へと矛先を向ける。


「おい。麻木。そこにいるのは藤城琴音だよなあ?」


「ああ。そうだな」


「何を考えてんだ! てめぇは! よりにもよって売り出し中の女相場師を拉致るなんざ、絶対に面倒な事になるだろうが!」


「会長のご命令だ。あんたらに火の粉はかけねぇから安心しろ。第一、警察サツへの根回しは済んでるんだ」


  露骨に怪訝な顔をして見せた米畑。彼の気持ちは分からなくもないが、そんなことより、俺には聞きたいことがあった。


「米畑さんよ。こんな廃墟同然の古工場があんたらの事務所なのか? 3丁目の拠点はどうなったんだ?」


「……」


 組長は案の定、口を閉ざす。やはり言いづらい事情があるのか――と思ったが、沈黙は意外な形で破られる。

「麻木次長」


 米畑の横で黙っていた梶谷が口を開いた。


「正直に申し上げます。3丁目の事務所は奪われました」


「奪われた? 誰に?」


「得体の知れねぇ連中です。本職のようで本職じゃない、よく分からん奴らといいますか。つくづくお恥ずかしい話ですが」


 米畑が血相を変えて「梶谷!」と叫ぶが、若頭は制止を振り切って話を続ける。こうなっては俺としても聞き逃すわけにはいかない。


「奴らはとにかく数が多くて、もはやうちだけじゃ手に負えない規模になってます。挙げ句、凶暴な奴らばっかりでタチが悪い」


「そいつらにやり込められてるってわけか。あんたらは。事務所を落とされちまうくらいに」


「ええ。その通りです。情けねぇ話ですがね。奴らは自分たちをリンと名乗ってます。ふざけた名前でしょう」


 背広の内側から取り出したメモ帳にペンで書いて、梶谷が俺に手渡した。いわゆる当て字だ。確かになかなか変わった組織名だ。


「……で? 何者なんだ、この鬼凛紅ってのは?」


「詳しいことは分かりません。ただ、元は渋谷で活動してた暴走族って情報だけは把握してます」


 これは驚いた。六本木に中川会をも凌駕するほどの組織が存在していたとは。おまけにそいつらは本職の極道ではないというではないか。


 梶谷の話は続く。


「ちょうど去年の秋ごろから六本木で見かけるようになりました。正直、俺たちは連中を過小評価していたのかもしれません」


「そんなにヤバい連中なのか?」


「ええ。奴ら、やることがえげつねぇんです。うちとも最初は軽い小競り合いでしたが、今じゃシマの大半を奪われちまってます」


 そこまで話したところで、米畑組長が改めて声を荒げる。


「おい梶谷! んなこと誰が喋って良いと言った! みっともねぇだろうが!」


 だが、若頭は負けじと言い返す。


「これ以上、隠したってしょうがねぇでしょうよ! 本家の協力が無けりゃ奪われたシマを取り換えせねぇんだ! 正直に話した上で会長の指示を仰ごうじゃありませんか! もはやメンツや見栄にこだわってられる時じゃねぇ!」


 必死の形相で訴えかける梶谷を見て、思わず圧倒されたのか。組長は何も言い返すことができなかった。


「……」


 何より世間体を重んじる米畑則男の性格は俺も熟知している。いっぱしの極道、それも中川会の直参ともあろう存在が暴走族ごときに手玉に取られ、事務所を奪われたなどとあってはとんだ赤っ恥だ。米畑にとって受け入れられるはずもない。


「……チッ」


 苦々しそうに舌を鳴らす米畑。組長としての立場も考えれば無理からぬことと言える。隠そうとするのも大いに頷けた。


 されど、俺はあくまで淡々と応じる。


「米畑さんよ。そんなことになってたなら、もっと早く報告してもらいたかったぜ。あんたらだけの問題じゃねぇんだからよ」


「い、言えるわけねぇだろ……暴走族ふぜいに苦戦してるなんて知れたら、渡世の良い笑い者じゃねぇか」


「鬼凛紅とかいう暴走族のやったことは中川三代目に向けて唾を吐いたも同じ。組織としてそのガキどもにきっちり報復かえしをしなきゃ、今度は中川会全体が舐められる。あんたらのメンツがどうこうの問題じゃねぇんだよ」


「……」


「赤坂に帰ったら会長に全てを報告させてもらう。悪く思うなよ。せめて自分から申し出てりゃ、咎めは無かったかもしれねぇのにな」


 俺の言葉を受けた米畑組長はがっくりと項垂れる。敵対勢力からの襲撃という事実を隠蔽していた罪は重い。可哀想だが自業自得ってやつだ。


「しかし、まさか相手が極星連合じゃなくて暴走族だったとはな。ついでに聞いとくが、おたくらの若頭の脚も例の鬼凛紅にやられたのか?」


「……」


「おい。今、この期に及んで隠し立てしたって為にならねぇぜ。答えろや」


 すると、口をつぐんだままの組長に代わって梶谷がコクンと頷き、おもむろにズボンの左裾をまくり上げた。


「ごらんの通りです。麻木次長」


 梶谷の膝から下には金属製の装具。義足になっていたのだ。


「油断しているところを不意打ちされましてね。奴らが投げた爆弾を避けきれずに脚が吹っ飛んじまいました」


 なるほど。道理で歩く動作がおぼつかなかったわけだ。


 義肢は傭兵時代に何度も目にしているので見慣れている。原田や酒井はハッと息を呑んでいたが、俺は特に動じたりはしない。


 このまま会話を続行する。


「……手榴弾か。族にしては武装化が進んでいるな。でも、さっき俺らを襲った連中の武器はせいぜい鉄パイプや金属バットだったぜ?」


「あれは下っ端でしょう。本気を出せば極道以上の道具を揃える奴らです。拳銃チャカや刀はもちろん、時にはアサルトライフルまで」


「マジかよ」


 びっくり仰天。たかだが暴走族ふぜいが自動小銃を持っているとは――話を聞く限り、鬼凛紅とかいうグループはかなりの規模らしい。梶谷曰く関東全体で700人というが、実際はおそらくもっと兵隊を抱えていることだろう。


 それだけの戦力を揃えられるとなると豊富な資金力、あるいは人脈が必要となる。単なる暴走族にそこまでのパイプは作れない。


 誰かしら有力な後ろ盾が存在するものと考えるのが自然だ。先刻の乱闘では「眞行路」の名を口にする者が居たが……果たして、真相や如何に。


「とにかく。このことは会長に全て報告する。あんたとしても異存は無いな、梶谷さん?」


「はい。構いません」


 悲嘆に暮れる米畑組長の横で、前を見据えて大きく首を縦に振った梶谷。虚栄心の塊である主君には既に愛想が尽きていると言わんばかりの面持ちだった。


 それから俺は酒井に指示して、総本部から迎えの車を寄越すよう連絡させた。いつまでもここにいるのも気が引けた。


 ところが……。


「次長。本家の車のタイヤがパンクしちまったみたいで。あと2、30分くらいかかるそうです」


「パンク? 他に代えの車は無いのかよ?」


「ええ。執事局総出で会長のお出かけに付いて行ったせいで軒並み出払ってるようで。こっちに回せるバンは1台しか無いって話で」


「……分かった。それなら仕方ねぇな」


 今日に限って何と間の悪いことだ。俺はため息をつくと、煙草に火を付けた。憂さ晴らしがてら周囲を見渡してみる。


 この廃工場は米畑組のアジトとして機能しているらしく、テーブルやソファが整然と置かれている。それだけでも少し不思議な光景だ。


 しかしながら、最も不思議なのは、ここに世間を騒がせるカリスマ投資家の藤城琴音が居ることだろう。彼女は今、米畑組の組員からもてなしを受けている。変な意味ではない。カップに注がれた紅茶を飲んで気を落ち着かせているようだった。


 その横では傭兵たちが待機している。藤城に少しでも非礼があれば許さんぞとばかりに臨戦態勢を崩していない。俺に負わされた手のケガの応急処置を終えたキグナスがジッとこちらを睨んできた。


「……」


 睨まれるのも無理はない。俺は奴の掌を突きで貫いた上に、仲間のタウロスを殺している。それでも藤城に命令された途端に俺への攻撃を止めたのだから大した自制だ。まあ、それくらいの忠誠心が無ければ護衛などやってはいられないだろうが。


 それにしても、面倒な事になった。


 改めて状況を整理してみる。


 今回の任務は藤城琴音の身柄を押さえること。概ね達成したが、彼女の護衛の外国人傭兵までついてきてしまった。それを「身柄を押さえた」と呼んで良いのだろうか……?


 挙げ句、藤城を拐う際にもうひとつの想定外に見舞われた。金属バットや鉄パイプで武装した集団――鬼凛紅による襲撃。彼らもまた藤城琴音を狙っているようだった。


『眞行路に殺される!』


 構成員のリーダーらしき男が吐いていた言葉。眞行路といえば銀座の眞行路一家だろう。その名前が出た以上、総長の高虎もしくは若頭の輝虎が絡んでいると見て間違いない。


 だが、何のために?


 暴走族を下請けに使ってまで藤城琴音を捕らえようとする意図が分からない。


 考えられるとすれば、資金力の拡充をはかる本家への当て付けだろう。こちらの動きを知った上で、俺たちより早く藤城を拐うべく鬼凛紅に奇襲させたか。


 そうなってくると、眞行路一家は如何にして情報を得たのかという疑問が持ち上がる。誰か、俺たちサイドの中に眞行路へ作戦情報を流した内通者がいる――あくまでも現時点では可能性に過ぎないのだが。


「……ったく。面倒な話になってきたぜ」


 吐き出すニコチンの煙と共に、こぼれ出る独り言。よもやこんな展開になろうとは想像してもいなかった。せいぜい藤城の護衛を片付けるだけで良かろうと思っていたが、まさか新手の第3勢力が現れるなんて。


 あの鬼凛紅とかいう連中。構成員一人あたりの腕っ節は大したこと無かったが、鉄砲水のごとく押し寄せる集団戦術には自ずと脅威を感じさせられる。東京にああまで統制の取れた暴走族が居ただけでも驚きだ。


 奴らは本当に暴走族なのか?


 極道を名乗らずに裏社会を渡っている点ではアルビオンやベルセルクのような不良チームに類似性が見つかるものの、彼らはたかだか数十人の規模。鬼凛紅のような百人単位を易々と動員できるほどでは到底なかった。


 そんな鬼凛紅の攻勢で米畑組は本丸を落とされ、今やこの廃工場を事務所としている有り様。正体が後ろ盾が何であれ、我ら中川会にとって敵である事実に変わりは無い。いずれ折りを見て潰さねばならないだろう。


 俺が思うに、鬼凛紅のバックに居るのは眞行路一家だ。梶谷の左脚をぶっ飛ばした手榴弾も、おそらくは眞行路からの資金提供で揃えた物。きっと米畑組から六本木を奪おうと目論んだ眞行路一家が、暴走族を使って水面下で動いていたのだ。


「はあ……またしてもあいつらかよ。とんだ想定外だ」


 再び漏れた独り言。後頭部を掻きむしって苛立ちを発散させていると、背後から不意に話しかけてくる者がいた。


「想定外。確かに嫌よね。物事が計算通りに進まないなんて、鬱陶しいったらありゃしない」


 聞き慣れた声に反応して振り返る。そこには妖艶な笑みを浮かべる女性の姿があった。他でもない、藤城琴音だ。


「何だよ。もう大丈夫なのかよ」


「あの梶谷さんって人がお茶を淹れてくれたからね。それを飲んだら、少しは楽になったかも」


「そうかい」


 先刻まではパニック同然の状態に陥っていたというのに。カタギの女にしては見事なものだ。切り替えが早くなければ相場師など務まらないのかもしれないが。


 そんなことより、今までの呟きを聞かれてしまっていたのが何とも気恥ずかしい。てっきり背後にいるのは原田や酒井だと思っていた……。


 肩をすくめて応じると、彼女はさらに近寄ってきた。


「でも、投資の世界じゃ“想定外”はよくあることよ」


「そうだろうな。細かいことは知らんが、株が上がったり下がったりで大変なんだろ」


「投資の世界に生きる人間はね、何が起きても大丈夫なように常に計画を練っておくの。いつだって万全の準備をした上でトレードに挑む。それでも上手くいかないこともあるんだけどね」


「じゃあ、こないだ球団を買えなかった件は? あんたにとっては想定内なのか? 」


 俺が軽い口調で問うと、藤城は首を大きく横に振った。


「まったくの想定外よ。前日までは祐天よりもオーナー会議の支持を90パーセント取り付けてると思ってた。私が関連株の値動きを狙ってわざと負けたって疑う人もいるみたいだけど、それは誤解。私は負けるのが大嫌いなの」


 意外だった。今朝に恒元が見立てた通り、藤城琴音はプロ野球再編問題を利用してインサイダー取引を行ったものと思っていたが……。


 当人から話を聞けば、彼女は本当に野球チームが欲しかったと言うではないか。その気持ちは打算ずくでないようだった。


「そもそも世間は私を拝金主義の強欲女だと思ってるけど、違うわ。私はただ面白いことがしたいだけ。球団の設立はその一環だった」


「面白いことか。そのためだけにプロ球団を作るってのも随分とぶっ飛んでるが。やっぱり金持ちの発想は常人と違うな」


「面白いことがしたいからお金持ちになったのよ。お金は稼ぐためにあるわけじゃない。使うためにこそ存在しているのだから」


「そらまた、殊勝なこったな」


 俺が冷淡に返すと、藤城は詰め寄ってきた。


「じゃあ聞くけど、あなたたちヤクザはどうしてお金を儲けようとするの? 違法なことをしてまでお金を稼ごうとする理由は?」


「決まってんだろ。金があった方が色々と便利だからだ。高い飯を食ったり、高い家に住んだりできる」


「だったら同じじゃない。お金は使うためにこそ存在するの。あなたたちヤクザだって、良い暮らしたいからお金を稼ごうとする」


「そりゃあ、まあ……そうだな」


「お金はあればあるほど人生が豊かになる。だって、お金があれば出来ることが増えるのだから。そういうものでしょう」


 目をキラキラと輝かせて話す藤城。彼女の論理が正しいのかはさておき、カネ儲けという行為の目的については大いに的を得たことを言っていると思う。俺自身、もっとカネがあればと思った場面は数知れない。


「……そうかもしれねぇな。飯屋で料理を頼む時だって『カネがありゃあ、もっと高い物が食えるのに』って思ったりする」


「でしょう? 天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずっていうけど、世の中には明確な強弱のヒエラルキーがある。それは資産額。持ってるお金の総量が、その人の強さを示すバロメーターなのよ」


「確かにな。カネを多く持ってりゃ、出来ることも増えるんだからな。尤も、俺はそれ即ち強さだとは思わねぇぜ」


「いいえ。強さよ。だって、お金を余るほどに持っていれば何だって出来るのだから。それを強さと呼ばずして何て呼ぶの?」


「……カネがなくたって、腕っぷしが強い奴だっている。人間の強さをはかる指針はカネだけじゃねぇと思うが」


「分かっていないのね。これだからヤクザ者は困るわ」

 藤城はきっぱりと言い切った。


「この世の中はより多くお金を持っている人間こそが最強なの。お金があれば、何だって出来る。それを私は自分の手で証明したいのよ」


「へっ、さっきあんたは『違う』と言ったが。そうやって無暗矢鱈とカネを有り難がる姿勢を拝金主義って呼ぶんじゃねぇのか?」


「どうとでもおっしゃい」


 なるほど。図星か。自分という人間の本質については、結局のところ彼女自身が一番よく分かっているらしい。


 この滑稽な自己矛盾を笑ってやろうとも思ったが、浴びせられる嫌味はまだ他にもある。俺は即座に言葉を続けた。


「誰よりもカネを持ってる強い人間がどうして囚われの身になってんだよ。あんた、その時点で負けてんじゃねぇか」


「負けたとは思っていない。これは戦略、いわゆる損切りってやつよ。あの状況で犠牲を少なくするにはああするのが最適だっただけ」


「無様に泣いてた癖によく抜かすぜ。そもそもあんた、昨日の新球団設立で祐天に負けてんじゃねぇか。あれも戦略の内だったとは言わせねぇぜ?」


「うるさい。負けるが勝ちという言葉もある」


 藤城は視線を逸らすと、ぐっと押し黙る。いい気味だ。こうして天才気取りの高飛車な女を言い負かすのは実に気分が爽快だ。


 俺が薄く笑っていると、藤城は問うてきた。


「で? 私をこれからどうしようって言うの?」


 おっと。無駄話にかまけ忘れてかけていたが、会長から命令を受けていたのだった。藤城琴音を赤坂に連れて来い――と。


 事ここに至っては、もう隠す必要もあるまい。俺は自らの素性と目的、そして彼女の今後の扱いについて手短に説明した。


「……ってなわけだ。あんたにはこれから赤坂の総本部でうちの三代目と会ってもらう。逆らわねぇ方が身のためだぜ」


「別に、逆らおうだなんて思っちゃいないわよ。今までの流れを見て大体の状況が読めてきた。こうなった以上、あなたたちに身を預けた方が良さそうね。何か私、もっとヤバい奴らに狙われてるみたいだし。中川会の方がマトモっていうか」


「狙われてる自覚はあったのかよ」


「うん。あの鬼凛紅とかいう暴走族、六本木界隈の有名人なら誰でも襲ってやろうっていう勢いだもの。前にも一度あったし」


「ほう……?」


 鬼凛紅と事を構えるのは今回が初めてではないと語る藤城。彼女曰く、数か月ほど前にヒルズ近くの飲食店で飲んでいた際に連中が押しかけて来たという。


「その時はキグナスたちが返り討ちにしてくれたんだけど、向こうに怪我人が出ちゃってさ。以来、目の敵にされてるってわけ」


 俺たちのように利権を要求するわけでもなく、鬼凛紅はただ単純に『痛めつけること』を目的として襲ってきたそうな。


 とんだイカレ野郎どもだ。


「さっき梶谷さんが話してくれたわ。あなたたちも鬼凛紅には手を焼いてるそうじゃない? 本職のヤクザが随分と情けないことね」


「うるせぇよ。米畑組が不甲斐ねぇってだけで、中川会が本気を出せばあんな奴らはすぐに片が付く。暴走族ごときが極道に勝てるわけもねぇ」


「さっさと片付けちゃってよ。あいつらがいるせいで私は安心して飲み歩くことができないんだから。まったく、良い迷惑よ」


「へっ、あんたも大変だな。人より多くカネを持ってるおかげで色々と苦労が絶えねぇ。東北のヤクザに加えてトチ狂った暴走族にも命を狙われる始末だ」


 俺が発した挑発的な一言。そこに藤城が食って掛かると思ったが――彼女が見せた反応は、少し意外なものだった。


「東北のヤクザ? それって極星連合のことかしら? 何を勘違いしてるか知らないけど、別にあの人たちとは何も無いわよ?」


「ほう。聞いていた話と違うな」


 今回のプロ野球新規参入争いで競合した祐天のケツモチが極星連合だったために、藤城琴音は命を狙われているとの話だった。


 ところが実際には違うらしい。祐天が極星にバックアップを頼んだとの噂こそ事実なれど、同社CEOの五方谷は藤城の暗殺を依頼してなどいないという。


「五方谷さんは確かに器量の小さい人だけど、ヤクザに殺しを頼むほどの度胸は無いわ。あの人の性格的に有り得ないっていうか」


「そう……なのか?」


「ええ。むしろ、私とのマネーゲームをこれからも楽しみたいって考えてるみたいよ。昨日の夜に電話で言われたもの」


 参入争いの勝敗が決した直後、電話で誇らしげに勝利宣言をしてきたという五方谷。それだけ聞けば確かに器の小さい男だが、敢えて「またやろうぜ」などと話した相手を殺すような真似をするだろうか。同じ六本木ヒルズの住人として五方谷の人物像をよく知る藤城の言葉には信憑性があった。


「……だとすると、おかしいな」


「えっ? 何が?」


「いや。何でもねぇ。こっちの話だ」


 藤城琴音が極星連合と揉めていないとすると、昨晩に恒元の所へかかってきた電話は何なのか。恒元曰く「藤城琴音を殺しても良いか」と極星の会長から直々に連絡があったと言っていたが……?


 まあ、その辺の謎は追々にでも解き明かすとしよう。今考えるべきはこれから藤城と如何に付き合ってゆくかだ。


「ねぇ、ところで私はいつ頃になったら帰してもらえるのかしら? 中川の会長さんとのお話はどれくらいかかりそう?」


「さあな。あんた次第って言いてぇところだが、結局のところは会長があんたをどう思うかだ。それに尽きるわな」


「ふーん。意外と面倒くさいのね。幸いにもきょう一日は空いていたけど」


「そんなに暇なのかよ。球団の問題があった昨日の今日だぜ? 攫った俺が言うのもおかしな話だけどよ」

「スケジュールなら問題ないわ。何せ、私には影武者がいるんだから」


「影武者だと?」


 瞬間的に聞き返した俺。すると、奥の方で何やら騒がしくなった。数人の組員がテレビを観ていたのだが……。


「お、おい! これって!?」


 午後のワイドショー番組の画面に映っていたのは、なんと藤城琴音。しかも右上には「生放送」の3文字。ここにはその藤城琴音が居るというのに。どういうことか。


「見ての通り。この人が私の影武者よ」


「影武者って、あんた……声も顔もまるっきり同じじゃねぇか。俺は幻覚でも観ているのか?」


「幻覚じゃないわよ。私、けっこう忙しいからさあ。たまにメディアに出るのが面倒くさくなることがあって。あんまり気乗りしない時は、こうして影武者に出てもらってるの」


 つまり、現在テレビの生放送に出演している人物は藤城琴音の影武者――すなわち代理人であるという。曰く、元々の背格好が一致する女性に特殊メイクを施し、あたかも藤城琴音本人であるように演出しているのだとか。


「うーん。よく聞いてりゃ、あっちの方が少し声の張りが無いような……」


「流石に声は誤魔化せないものね。そこは代役を選ぶときにいちばん苦労したわ」


「よくもまあ影武者を引き受ける女がいたもんだな」


「そこは大枚の報酬を渡してるからね」


 平然と言ってのけた藤城だが、そこに居る誰もが呆気に取られていた。テレビへの出演が面倒だからと影武者を用意するとは……!


 ヤクザとは違った意味で恐ろしい奴だ。


「おいおい。そんな話、明かしちまって大丈夫なのかよ」


 俺が困惑気味に尋ねた、次の瞬間。廃工場の入口の方で物凄い音が響いた。何かが爆発するような音だった。


「ッ!!」


「なっ、何!?」


 藤城と思わず顔を見合わせた時。無数のエンジン音と共に、工場内部へ乱入してくる者たちが居た。


「ひゃひゃひゃ!」


 大型のバイクで風を切って現れたのは、モヒカンヘアーにサングラスの男ども。それも数え切れないほどの人数が次々と入ってくる。


「てめぇら! 何者だ!?」


「俺たちは泣く子も黙る鬼凛紅だ! 時代遅れの極道どもを狩りに来たぜぇ~い! ひゃひゃひゃ!」


「なっ!?」


 噂をすれば何とやら。鬼凛紅の無法者たちが奇襲を仕掛けてきた。奴らは拳銃を取り出し、一切のためらいも無く引き金を引いた。


「ぐあああっ!!」


「あひいいっ!!」


 響き渡る悲鳴。一瞬にして組員数名が撃ち殺されてしまった。だが、彼らも即座に反撃を試みる。懐から銃を出して応戦した。


 すると、敵側は銃撃の手を緩めた。


「ちっ、やりにくいなぁ~! めんどいからこれで吹き飛んじまいな! ほ~らよっ!」


 一人の男が合図すると同時に、居並ぶバイクの男らが一斉に黒い物体を投げる。その正体を視界に捉えた瞬間、俺は背筋が凍った。


「笑えねぇぜ……!」


 それは手榴弾だった。奴らは頭がおかしいのか。こんな狭い所で爆薬を使うなんて、いくら何でもイカレているぞ――。


 背筋が凍りかけた俺だったが、とあることに気付く。投げられた手榴弾の形状に違和感がある。それは傭兵時代にアフリカや東欧の紛争地帯で見てきたものと明らかに異なっていた。


 そうだ。連中は偽の手榴弾を俺たちに投げつけてきたのだ。それを直感的に判断するや否や、俺はすぐさま叫んだ。


「狼狽えるな! そいつは偽物だッ!!」


 だが、時既に遅し。


「えっ?」


 米畑組の大半の組員が遮蔽物から身を出してしまっていた。その隙を見逃してくれる敵ではない。直後、彼らに一斉射撃が注がれる。


「ぎゃああッ!!」


「うわああああ!」


「くっ! くそったれぇぇぇ!」


 次々と銃弾に打ち倒されてゆく組員たち。体に蜂の巣のごとく穴が開き、地面には血の海が広がっていった。


「いひひッ! 本職の極道が何てザマだ!」


 敵は嬉々として射撃を続ける。俺は咄嗟の判断で藤城を抱えて近くの物陰に身を隠したが、他の者は大方がやられてしまった。


 酒井と原田はどうしたのか? 彼らの姿が見えないのが余計に不安を煽る。


 だが、冷静に周囲を観察すれば無残にも殺された組員らの他に生の気配も伝わってくる。生きていたのだ。


 何人かの者たちの命は助かったのかもしれない――そう判断した俺はすぐに思考を回転させた。断続的に響く銃声が一時的に緩んだ瞬間、隣で顔を真っ青にする藤城へ耳打ちした。


「とりあえず、あのクソどもをぶっ殺す。あんたはここを動くんじゃねぇぞ。いろんな意味で危ねぇからな」


「ちょっと! 何をする気!?」


 藤城の問いには答えず、俺は物陰から飛び出した。


「馬鹿な奴め! ノコノコ出てきやがった!」


「蜂の巣にしちまおうぜ!」


 連中の照準が俺に集中する。だが、そんな危険は織り込み済みだ。風よりも速く走れる俺に銃弾など当たらない。


 まずは前方に居るバイクの2人へ向かって神速で接近、奴らの喉めがけて突きを叩き込んだ。すかさず鈍い音が響く。


 ――グシャッ。


 どんな相手でも鞍馬菊水流伝承者の一撃をもろに喰らえばただでは済まない。喉から鮮血を噴き出した2人は声にならない呻きを洩らした後、呆気なく息絶えた。


「ひゃあああ!!」


 そこで他のバイク乗りどもが続々と弾を撃ち込んできた。雑魚どもの無駄な足掻きである。俺は八方から降り注ぐ銃弾を跳躍で躱すや、敵の攻撃手を次々と一刀のもとに切り伏せていった。


「ぎゃああッ!」


「うわあああっ!!」


 居並ぶ敵を殴り飛ばし、蹴り上げ、両断する。結局のところ相手は暴走族。俺にとっては本気を出さずとも余裕で片が付く奴らだった。


「てめぇら、誰に喧嘩を売ったかを分からせてやるよ。一人たりとも生きて帰すつもりはねぇぞ。覚悟しやがれ」


 ドスの効いた睨凄みを浴びせるや否や、鬼凛紅の面々に動揺が走る。まるでリズムを刻むように敵を組み伏せてゆく俺に敵方はすっかり臆した。


「ば、化け物だよこいつ! 人間の体を素手で……!」


「やべぇよ。やべぇよ。マジでやばいって!」


「このままだと全滅だぞ!」


 次第に数を減らしてゆく敵勢。残りの連中の額に冷や汗が浮かぶ。ついさっきまで息巻いていた男たちも足を竦ませている。


「おいゴラァ! 何やってやがる! ビビってんじゃねぇ! 敵は丸腰だろうが! さっさと撃ち殺せぇ!」


 リーダーらしき男の発破で慌てて引き金を引く下っ端たち。だが、それはむしろ逆効果。密集した陣形で銃を撃っては味方に当たる。


「ぐあっ!?」


「うごおっ!」


 同士討ちで次々と地面に転がってゆく男たちを見て、俺は心の奥底で呆れ返る。こいつら、間抜けか――まあ、こっちにしてみりゃ好機だ。


「喧嘩の基本も知らねぇのか。アホどもが」


 拳打で顔面を粉砕し、手刀で首を斬り落とし、後ろから来た敵を回し蹴りでいなす俺。1人、また1人と鬼凛紅は俺の一撃必殺の前に散ってゆく。鞍馬菊水流はこうして一対多数の状況においても無双たる力を発揮するのだ。


「ひゃっ、こりゃあ駄目だわ……!」


 見れば、リーダーっぽい男の表情にも恐怖の2文字が浮かびつつあった。先ほどまでのハイテンションぶりは何処へ行ったのやら。


「……に、逃げるが勝ちだッ!」


 やがて男はその場を離れようとバイクのアクセルを踏む。だが、それを許さず仁王立ちになって行く手を塞ぐ男がいた。


「逃がさねぇよ」


 原田だ。どうやら無事だったようだ。彼は抜き放った短刀ドスを片手に構えて、静かなる眼光と共に敵を睨みつけている。


「てめぇら、どこの誰だか知らねぇがな。俺たち本職の極道を舐めてもらっちゃ困るんだよ」


「抜かせ!」


 恐怖で顔が引きつった男はバイクで加速。猛スピードで突っ込んでくる。だが、そんな敵の一瞬の隙を突いて原田は動いた。


 ――シュッ。


 二輪車の突進をひらりと横跳びで回避し、その僅かな動作の間に敵の喉を刃で抉り取ったのだった。噴水のように飛び散る血。


「う、ううーん……」


 情けない声を上げ、男は地面に倒れた。その頸部は一文字に切り裂かれている。見事な短刀捌きだとひと目で分かる光景だった。


 原田め。意外とやるな。いつの間にここまでの腕を覚えたのだ。タイ人との喧嘩沙汰では怯えて棒立ちになっていたというのに。人知れず鍛錬していたのか。


 息を呑んで感心していると、当の原田が駆け寄ってくる。


「兄貴ぃ! ご無事ですかい!」


「馬鹿野郎。兄貴じゃなくて次長だっていつも言ってんだろ。それに、こいつを殺しちまってどうすんだよ」


「あ、いけねぇや」


「色々と聞き出さなきゃならねぇだろうが」


 とはいえ、これで敵はひと通り片付けた。残りは何人かのチンピラが残っているが、全員が武器を捨てて平伏している。この喧嘩は俺たちの勝ちだ。


「酒井はどうした? 姿が見えねぇが?」


「こ、ここに!」


 ひょっこりと物陰から出てきた酒井。原田と違ってだいぶ苦戦していたようだ。彼の服にはうっすらと血が滲んでいた。


「お前も無事だったか」


「え、ええ。何とか。やっぱり喧嘩は苦手ですね」


「情けないこと言ってんじゃねぇよ。極道がそんなんでどうすんだ」


 大きく息を乱した部下に軽く説教をかました後、俺は周囲を見渡してみる。肉片と化して地面に転がった鬼凛紅の面々はさておき、米畑組にもかなりの被害が出ていた。さっきの銃乱射で相当数の組員がやられてしまったようだ。


「組長! しっかりしてくだせぇ! 組長!」


 血まみれになった米畑の体を抱き、梶谷が絶叫している。その周囲では生き残った組員が沈痛な面持ちで立ち尽くしていた。


「……駄目だったか」


 ゆっくりと歩み寄り、俺は梶谷の肩を叩いた。彼は唇をきつく噛みしめ、今にも泣きそうな表情でこちらを見上げる。


「へ、へぇ。すんません。情けねぇところ見せちまって……!」


 かける言葉が見つからなかった。米畑組長は色々と問題のある人物であったが、子分達からそれなりに人望を集めていたようだ。


 こういう時はそっとしておいてやるのが一番。俺は静かに両手を合わせて彼らの元を離れた。とりあえずはこれからの事を考えよう。


 すると、とある事実が頭をよぎる。


「あっ!!」


 慌てて周囲を見渡す俺。


 藤城琴音の姿が無い。配下の傭兵たちも含めて、忽然と姿を消している。先刻の戦闘のどさくさに紛れて逃げてしまったか。


 これはまずい――。


 俺は酒井と原田に言った。


「おい、藤城はどこへ消えやがった?」


  彼らはギョッとして顔を見合わせる。やはり気づかなかったか。そういえば戦っている間に何か白煙のようなものが上がったような……?


 いやいや、そんなことはどうだって良い。今は逃げた標的を見つけることこそが最優先だ。成果を持ち帰らねば会長にドヤされる。


「そう遠くには行ってねぇはずだ。探せ」


 俺が命令を下すと2人は即座に「へいっ!」と返事を上げて動き始める。空気を悟ったのか、米畑組の男らも捜索に加わった。


 しかしながら、藤城は見つからない。


 廃工場の中には居ない。先ほど鬼凛紅に破壊された出入り口から抜け出したところまでは分かったが、その後の足取りが掴めないのだ。


 こうなってくると大変だ。


「……はあ。どこへ消えやがった?」


 苦々しく眉間へ皺を寄せて呟いた俺。すると、何の偶然だろうか。吐き出した呟きと呼応するように懐の携帯電話が震え始めた。


 これは着信だ! 即座に端末を開く。


「麻木だ」


『次長。今、お時間よろしいですか?』


 電話の主は総本部に詰めている事務方の組員だ。慌てて受話ボタンを押したのでよく見ていなかったが、番号は赤坂だったらしい。


「何の用だ? 今はそれどころじゃねぇんだが?」


『あのぅ。何と説明したら良いのか。意味が分からなすぎて、こっちとしてもまとまりが付かねぇんですけど……』


「さっさと言いやがれ。無駄話なら切るぞ」


 しどろもどろと言うか、話が話になっていないと言うか。やけに勿体ぶった口調に苛立ちを覚えた俺は強い口調で説明を促す。


『えっと、ですね』


 だが、そこから続いて出た言葉は驚くべき内容だった。


『総本部に藤城琴音が来てます』


「何だと!?」


 声が裏返りそうになってしまう。どういう風の吹き回しだ? 姿を消したと思いきや、あろうことか赤坂の総本部にお出ましとは……?


 その者曰く、藤城は数分前に突如として現れたそう。迷彩服に身を包んだ外国人風の配下を連れていたとのこと。おそらくは本人だろう。


 しかし……。


「分かんねぇな」


 乱戦の混乱に乗じて逃げ出せたというのに、何故にわざわざ総本部へと向かったのか? 俺たちはヤクザだ。出来ることなら関係を持たない方が良いに決まっている。敢えて再び姿を現す理由など無いはずだというのに。


「それで? 今、藤城はどうしてる?」


『とりあえず応接の間で茶を飲んでもらってます。会長はお出かけ中だと伝えたら「戻るまで待たせて貰う」って』


「おいおい、本気かよ……」


 あの女の意図が分からない。どのような打算を抱いての行動なのやら――まあ、その辺は本人に直接訪ねるしかあるまい。


「……とりあえず俺もすぐに戻る。俺が着くまで、藤城の取り巻きはよく見張ってろよ。何をしでかすか、マジで分からん奴らだからな」


 そう告げて電話を切った。一応の注意喚起であるものの相手はゴリゴリに鍛えた傭兵集団だ。並みのヤクザでは太刀打ちできないと思うが。


 何にせよ、早々に戻るとしよう。


「酒井、原田。赤坂へ帰るぞ」


 戸惑う彼らに事情を説明すると、俺は2人を連れて米畑組のアジトを出る。有り難いことに後事は全て梶谷若頭が引き受けてくれた。


「次長。今日は何から何まで、みっともねぇところばかりをお見せしてしまいまして。お恥ずかしい限りでございます」


「いや。こっちこそ申し訳なかったな。俺たちの作戦に巻き込んじまったばっかりに、米畑の親分さんを……」


「気にせんでください。本家のために命張るのは極道の宿命スジですんで。そんなことより、あなたはお早く」


 重苦しさに後ろ髪を引かれつつ、俺は部下を連れて六本木の街を出て行く。乗って来たバンが壊れたので道中にはタクシーを使った。


「……それにしても、あの女は何を考えてんだか」


 助手席に座った原田の呟きに俺は首を捻る。藤城の本意など俺に分かるはずもない。ただ、何らかのメリットを見込んでの行動である――それだけは確かだ。


「もしや、新潟の復興事業に一枚噛むつもりだったりして?」


 都道に入った時、俺の隣の酒井がふと口を開いた。

「いや。うちのフロントに上場してる会社は無かったはずだぜ。あれについては大方、新潟の県営公社が音頭を取るようなもんだ」


「その県営公社の中で、一社だけ民間に払い下げられそうになってるところがあるんですよ。投資ファンドとしては介入の余地があります」


「お前、そんな情報を何処から……」


「実家の伝手を頼りました。ヤクザたる者、情報は日夜収集しておくべきですからね。美味しい話は黙ってちゃ手に入らない」


 新潟県が慢性的な財政赤字に悩んでいる話は小耳に挟んでいたが、よもやそのような動きがあったとは。


 何処の経済新聞にも載っていない情報を仕入れてくるとは大したもの。真偽の程はともかく、数ヵ月前まではとっちゃん坊やだった酒井が随分と成長したものだ。


「なるほどな」


 感心せずにはいられなかった。自分の存ぜぬところで部下たちは少しずつ前に進んでいる。俺も負けてはいられないな――。


「何だよ、酒井。インテリ気取りやがってよぉ」


「まあ、喧嘩しか取り柄の無い誰かさんとは違うということだ。これからの時代は知性派こそが活躍するんだ。分かるか、原田」


「んだよ! そういうお前はさっきの戦いでビビってたくせによ!」


 何だかんだ言って以前よりも距離が縮まっている2人。そんな彼らのやり取りに目を細めながら、俺は束の間の休息に心を落ち着かせた。


「お帰りなさいませ、次長」


 総本部に戻った俺は、真っ先に出迎えに出て来た若衆と言葉を交わす。原田や酒井以外にも助勤は沢山いる。この男は留守居役だった。


「会長は?」


 玄関ホールにて俺は尋ねた。


「まだお戻りになっていないのか?」


「ええ。もう少し要するとのことで」


 藤城は応接間へ通したという。俺はとりあえずそこへ向かう。部屋へ入ると、彼女は我が物顔でくつろいでいた。


「あら。遅かったわね」


 ソファの上に寝そべり、優雅に足を組み替える藤城。お付きの者は誰も居ない。さしずめ武装解除の上で別室へ隔離されたか。


「ねぇ、中川会長はまだなの? さっきから全然来ないんだけど」


「もう少し待て。そんなことより驚いたぜ。てっきり何処かへ逃げちまったもんだと思っていたが、まさかここへ来ていたとはな」


「だってさあ。ここで会長に挨拶しておかない限り、あなたたちは私に付きまとうんでしょ? 鬱陶しいのは嫌いなのよ」


 そう言って大きな欠伸をする藤城。まあ、言い得て妙だな。こみ上げてきた苦笑に頬を歪ませ、俺は彼女の向かい側に腰を下ろした。


「あんたは思った以上の合理主義者のようだな。多少のリスクを負っても、面倒の種はなるだけ早々に摘み取っておきたいと」


「ええ。でなくちゃ投資家なんかやってらんないわ。結局のところ、人生はどっちのリスクを取るかの割り算勝負でしかない」


「あんたの美学はともかく、ご理解いただけて何よりだぜ」


 俺は軽く返して、内ポケットから煙草を取り出す。


「吸うか?」


 その誘いに、藤城は首を横に振った。


「要らないわ。私、煙草だけはやらないの」


 先ほど給仕役の助勤が淹れた紅茶を飲んだので、それ以上の気遣いは無用と語った藤城。俺は大人しく箱を懐中へと戻した。


「そうかい。意外なもんだな。あんたは見るからにヘビースモーカーだと思っていたが」


「一度くらい吸ってみたいとは思うけど、体によくないって言うじゃない。それに煙は子供にも悪影響だもの」


「えっ? あんた、子供いるのか!?」


 思わず上擦った声が出た、ちょうどその瞬間。応接室のドアが勢いよく開いて男が入ってきた。恒元だ。


「やあ、待たせたね。2人とも。政治家との話が長引いてしまってな。永田町の奴らは話好きで困るよ、まったく。ははっ」


「六本木では大変だったみたいだな。さっき梶谷君から報告を受けたよ……米畑のことは何とも残念だなあ」


「俺が居ながら面目ねぇです。一応、仇は取っときました。逃げたガキたちも後々で必ず探し出して全員血祭りに上げます」


「いや。別に気にせんでよろしい。たかが暴走族相手にそこまでする必要は無いよ。米畑の件は悲しいが、奴は弱いから敗れた。それだけのことだ」


「しかし、暴走族っつっても奴らは本職並みに道具を揃えてました。侮って良い相手ではないと思います。早々に対処を……」


「そんなことより!」


 話を途中で遮り、恒元は藤城の方へと視線を移す。その目つきから溢れ出る邪悪さに思わずため息がこぼれそうになった俺だが、どうにか堪えた。尤も、会長が彼女をここへ連れてくるよう命じたのはこのためでもあるのだが……途轍もなく下品だ。


 鼻の下を延ばしつつ、軽く咳払いして恒元は客人に声をかけた。


「初めましてだね。中川会三代目の中川恒元だ。今日は遠い所をよく来てくれたね、心から歓迎しよう」


 すると、藤城は微笑みを作って応じた。


「こちらこそ初めましてですわね、中川の親分さん。私のように下賤な相場師をお招きいただき光栄でございます。嬉しゅうございますわ」


「いやぁ、こちらこそ。君のことは前々から気になっていたんだ。堅苦しい挨拶は抜きにしようじゃないか。ささっ、遠慮せずに掛けてくれたまえ。今、菓子を用意させるよ」


「では失礼して……」


 藤城は再び席に着くと、程なくして給仕の助勤が出した茶を啜った。その余裕ぶった態度には感心するばかりだが、こうも腹が据わっていなくては投資の世界を渡ってはいけないのだろう。当たり前と言えば当たり前かもしれない。


「ああ。君の活躍をテレビで見かける度、一度じっくり話してみたいと思っていたんだ。今日はゆっくりしていってくれたまえ」


 会長の目には明らかに下心が見え隠れしている。これは間違いなく、あちら方面のことをするつもりだ。俺にはよく分かる。


「あら、活躍だなんてとんでもない。私は私のやりたいことをやりたいようにやっているだけですわ。お褒めの言葉を頂くような仕事は何も」


 藤城もそれを理解しているのか、余裕の表情で受け流している。一方で俺は気が気でない。何しろ相手は中川恒元だ。いつ目の前の女に肉欲を剥き出しに襲いかかるか分かったものではない――と警戒していたのだが、考えてみればおかしな話である。


 どうして俺がそんなことを心配しているのか。藤城琴音がどんな目に遭おうが、自分にとっては何ら無関係だというのに。気づけば、彼女と会長のやり取りに真面目な面持ちで耳を傾けてしまう自分がいた。


「君は凄いな。まだ20代そこそこのよわいだというのに余るほどのカネを持っていて、兜町の大物相手とも堂々と渡り合っている」


「お金を儲けるのに歳は関係ありませんわ。相場の世界では弱肉強食が常。強い者こそが勝ち残っているというだけです」


「なるほど。どうやら君は自分が強い者であると認める所はあるようだね。フフッ、なかなか面白いだよ」


「あら。自分を強者と認めているのは会長も同じではなくって?」


「そりゃあ、勿論。己の腕には自信を持つに決まっているだろう。強くなければこの稼業で飯は食えないからねぇ」


「うふふ。私、強い男の人は大好きですの」


 艶めかしい笑みを浮かべると、藤城はおもむろに立ち上がり向かい側の恒元の隣へ移動して腕を絡めた。


「おっと。これは大胆じゃないか」


「あら。ごめんなさい。私ったら、ついはしたない真似を」


 そう言って彼女は腕を離したが、恒元は満更でもない様子である。獲物を狙う肉食獣のように両目をギラギラと光らせ、藤城の二の腕を掴む。


 完全にスイッチが入ってしまっているようだ。こうなってはもう止まらない……というより、誰も止めることができない。


「さあて、そろそろ本題に入ろうじゃないか。君となら互いに実りある話ができそうだ。ベッドの上でね」


 息を荒くした恒元が藤城のファーコートを強引に脱がす。そして中に着ていたブラウスをこじ開けて手を突っ込み、豊満な乳房を揉み始めた。


「あうっ……!」


「どうだ? 気持ち良いかね?」


「お、お上手ですわ……会長。私、胸が弱いんです」


「そうか。では、たっぷりと可愛がってやらんとな」


「あんっ、あっ、あぁっ……」


 頬を紅潮させて悶える藤城。その色っぽい姿に俺は釘付けになっていた。これが目の前で起こっていることだとは信じられない。


 ましてや、自分が男女の交わりをこれほどまでに凝視してしまうなんて。今までは夢にも考えられないことであった。


 東欧で傭兵をやっていた頃、同僚に誘われて売春宿へ行ったこともある。が、エイズや梅毒への感染を恐れて実際にサービスは受けなかった。いつもカネだけを渡して「事に及んだ」体を繕って貰うのみ。思えばだいぶ長いこと女の裸を見ていなかったのだ。


 そんな童貞ウブにも等しい有り様では惚れっぽくなるのも道理。おまけに、ここにいるのは藤城琴音。Gカップ以上はありそうな巨乳をぶら下げたグラマラスな絶世の美女だ。あられもない姿に剥かれてゆく彼女を見て興奮しないわけがない。


 つくづくみっともない話であるが、俺は全神経が沸騰しそうだった。鼻血が噴き出さぬよう堪えるので精一杯。


「……」


 一方、恒元も猛牛のごとく興奮していた。いつもは俺の尻を貪るように掘っているホモ会長がここまで女に溺れるとは珍しい……いや、初めてかもしれないな。


 だが、それも無理は無いだろう。藤城琴音はそこらの女優やアイドルなどより遥かに美しいのだから。


「はっ、激しい! お盛んですわね。会長」


「君があまりに綺麗なせいだよ。我輩は美しいものが好きだ。この宝石のような体を味わえるなんて、まさに夢のようだ」


 ショーツとブラジャーをはぎ取られ、すっかり全裸になった藤城の体に顔をうずめ、恒元は首筋から鎖骨、そして胸部へと舌を這わしてゆく。藤城も満更ではないようで、うっとりとした表情を浮かべてそれを受け入れている。


「あっ……あぁん!」


 豊満な胸を鷲摑みにされ、もう片方の乳首を吸われて藤城は喘ぎ声を上げた。恍惚に浸る表情が快感の強さを語らずとも表している。


「嬉しいですわ……もっとそのお口で私の身体と心を悦ばせて下さいましぃ……」


 やがて彼女の艶めかしい手つきが会長の股間へと伸びていき、ファスナーを下ろす。露わとなった一物を握り締めると、手慣れた手つきで上下に動かし始めた。


「はぁ、はぁん……会長のここも立派なモノですわね……」


「ううっ! なかなかやるじゃないか……!」


「嬉しいですわ。たくましい殿方にそう仰って頂けるなんて」


 太刀のごとく反り立った恒元の男根。俺も毎晩しみじみと唸らされるが、いつ見ても大きい。グロテスクという形容詞が最も似合う。


 やがて恒元の前でしゃがみ込む体勢になると、彼の今にも爆発しそうなペニスを藤城は躊躇うことなく頬張るがごとく口に含んだ。


 直後、会長の叫びにも似た吐息が漏れる。


「あぐうっ!?」


 今まで何人もの女を抱いてきた男にしては非常に珍しい反応だ。それだけ藤城琴音のテクニックが優れているという証拠なのだろう。相場師になる前は池袋で水商売をしていたという彼女の経歴は、やっぱり伊達じゃないらしい。


 きっとご自慢の妙技で何人もの男を篭絡し、出し抜き、成り上がってきたのだろうな――そんな邪推をしていると、恒元が顔を紅潮させて声を上げた。


「じょ、上出来だ。赤坂の料亭付きの芸者だってこうも上手くは無いぞ……ああっ、そこは駄目だ! 射精る! !」


 その瞬間、恒元の身体がビクリと跳ね上がる。


「うっ……おおっ!!」


 悶絶する会長。どうやら達してしまったようだ。


「ふふっ。だいぶ溜まっておられたのですね。見てください、こんなにいっぱい出てしまいましたよ」


 そう言うと、藤城は口の中を開けて白濁液がたっぷりと溜まった舌を出して見せた。そして、それを吞み込んで喉をゴクリと鳴らす。


「うふふ……ごちそうさまでした」


「はあ、はあ、我輩が女を相手に後れを取るのは若い頃以来だな。素晴らしい舌遣いだったよ。絶品と呼んでも差し支え無かろう」


「嬉しいですわ。そう仰って頂けて。でも、まだまだ燃えてないんじゃありません? 会長。私もまだちょっと物足りないですわ」


 言い終える前から藤城は細い手指を伸ばし、恒元のペニスを再びいじり始める。放出を終えたばかりだというのに、みるみるうちに勃起していった。


「あらあら。元気なおチンポですこと」


 藤城は恒元の前で膝立ちになり、再度の膨張を続ける彼の陰茎を自らの乳房で挟み込んだ。案の定、その瞬間に声が出る。


「ううっ……す、凄いぞ!」


 柔らかな乳肉に包み込まれ、恒元の表情がますます蕩けていく。そんな彼の様子を満足げに見上げしながら、藤城はフェラチオを再開する。


 舌先で亀頭をチロチロとからかいながら、乳房で両側から淫らな刺激をリズミカルに与える。その度に会長の身体が揺れ動いた。


「ううっ! あああッ……!」


 たぷたぷと上下に揺れる両の乳房。俺も男だが、やはり藤城の乳は男を狂わせるだけの質量を持っているようだ。うっとりとした表情を浮かべる恒元を見ながら確信する。


 と、ここで藤城はパイズリを中断して男根を一旦解放した。すると、乳とペニスの根元を繋ぐ糸が伸びていてすぐに切れる。


「ああんっ! もう我慢できませんわぁ!!」


 そう叫ぶなり、彼女は再び恒元の股の間にしゃがみ込むと今度は男根を咥え込んだ。そして激しく頭を上下に振る。


「おおおッ!? おお……おほお……」


 そして二度目の絶頂へと追い詰められていく恒元。快楽に溺れる男の表情は醜悪の一言である。見苦しいったらありゃしない……だが、気持ちは分かる。


「……はあ。はあ。涼平、すまんが少し外してくれないかね」


 暫くはそっとしておいてやろう。恒元と藤城琴音、これから2人の間で話を詰めるべき“本題”もあるだろうから。


「失礼します」


 呟くように言い残すと、俺は逃げ去るも同然の足で応接室を出た。これ以上、エキセントリックな光景を見たくなかったのもあるが。


 それでも案の定というか何というか。退室する俺の背中を嘲笑うかのごとく、男女が唇を重ね合う音が聞こえてくる。他でもない、接吻の音だ。


 ――チュッ、チュッ。


 それが聴覚に飛び込んできた途端、俺が深いため息をついたのは最早言うに及ばず。ただ、実際にではなく心の中で。一刻も早く、この場を離れたかった。


 部屋を出ると、そこには酒井が来ていた。


「……いつから居やがった?」


「ちょうど今、来たところです」


「そうか」


「まったく。会長の性豪ぶりは困ったものですよね。今年で63歳にもなるというのに、あちらの活力は馬並みじゃないですか」


「おい。滅多なことを口にするんじゃねぇよ」


「すんません」


 先刻は成長の片鱗を見せた彼だが、一言多いのは変わらないままか。とはいえ今回ばかりは酒井に同意する。掘られることに比べらたらだいぶマシだが、間近でああも淫らな光景を見せつけられては気分が萎える。

 還暦過ぎのジジイの痴態ともなれば猶更である。


「ところでお前、わざわざ執務室の前に来たってことは何か用でもあるのか? 会長の変態を覗きに来たわけじゃねぇよな?」


「そりゃあ勿論。老人の裸なんざ見たくもありませんよ……それはさておき。今しがた、会長にお目通り願いたいって人が来てます」


「何だと?」


 客人が訪ねてきたとは。一体、誰だろうか。その名を問うと酒井は少しばかり難しそうな顔をして答えた。


「眞行路の若頭です」


「なっ!?」


 自然と上擦った声が出てしまう。それもそのはず、昨晩は眞行路の若頭――つまりは輝虎のせいで散々な目に遭ったのだから。


 いやいや、それ以上に先刻は酷い目に遭わされた。鬼凛紅の奴らを嗾けたのはおそらく眞行路一家だ。他には考えられない。


 このタイミングで総本部にやって来るとは、どういう魂胆だろうか。酒井と共に玄関まで向かうと、その招かれざる客は悠然と構えていた。


「やあ。麻木次長。会長はいらっしゃるか?」


「てめぇ、何のつもりだ」


「おいおい。いきなり喧嘩腰にならないでくれよぉ。俺はただ、会長にご挨拶をと思って来ただけなのにさあ」


 人を食ったような目は昨日と変わらず。こいつと向かい合っていると無性に腹が立ってくる。しかしながら、無碍には出来ず。


「……会長なら取り込み中だ。先客が来てるんでな」


 今すぐにでも殴ってやりたい衝動をグッと堪えて返答を投げつけると、輝虎はくすりと笑みを浮かべた。


「そうか。なら、藤城琴音の身柄ガラはそっちが先に押さえたってことだな。それは何よりだよ。ああ。大いに結構」


「この野郎! その言い草じゃあ、六本木で襲ってきた連中はてめぇらの息がかかってたようだな! 舐めた真似しやがって!」


「そうカッカしなさんな。勘違いしないように言っておくが、例の鬼凛紅って暴走族を差し向けたのは俺じゃない。親父だ」


「んだと!?」


 怒気を含んだ言葉を返す俺に、輝虎はのらりくらりと説明を寄越してくる。曰く、眞行路一家は藤城琴音の暗殺を企てており、その実行部隊として雇ったのが六本木で勢力を拡大する鬼凛紅なのだという。


「もちろん親父の命令でね。俺は話を聞いてただけで実行には何ら関わっちゃいない。どうか信じてほしいもんだな」


「てめぇの言い訳の真偽は一旦置いといて、何で眞行路はあの女を狙った? こっちが抱き込もうとするのを邪魔しようって魂胆か?」


「そうじゃない。前々から頼まれてたんだよ」


「誰に?」


「銀座へしょっちゅう遊びに来る、永田町のとある大物先生に。その代議士さんは藤城琴音が将来的に国益を損ねる存在になることを危ぶんでおられる」


「それで馴染みのヤクザに暗殺を依頼したってわけか。しかし、何でわざわざ暴走族を使った?」


「彼らの実力を見極めるためだよ。ゆくゆくは眞行路の盃を与えるに相応しい腕を持っているのか。親父はそれを測りたかったんだと思う」


 新進気鋭の暴走族まで取り込もうとは。眞行路高虎は組の勢力拡大に余念が無い……いや、今は呆れ返っている場合に非ず。


 輝虎に質すべきことがあった。


「おい、何でこうも丸々と種を明かす? 『自分は関係ありません』ってアピールにしちゃ大袈裟じゃねぇか? さっきの話が事実なら、お前は親父の内情を本家にリークしたことになるんだぜ?」


「まあな。俺はそのつもりであなたに密告ゲロしてるんだから、そういうことになるな。親父にしてみりゃ不孝息子もいい所だ」


 彼がそうする理由は尋ねるまでもなく分かったが、一応問うておく。個人的な好き嫌いは関係無く、俺にはこの男の真意を確かめる義務があるのだから。


「御曹司さんよ。敢えて親父の不利になる話を俺に漏らすって腹は、あの猛獣の追い落としを本気で狙ってるのか?」


 そう問うと、輝虎はニヤリと笑って答えた。


「ああ。昨日も話したが、あのキチガイが総長をやってる以上は未来なんて無い。この俺が当代に就くことこそが組にとって正しい道なんだ」


 彼は言葉を一旦区切り、間を溜めて言う。


「だが、それだけじゃない。親父を倒して組を継いだからには中川の直参として果たすべきを果たす。忠臣となって働くことを誓おう」


「……じゃあ、こうして高虎の不利になるような話を俺に伝えるのはお前さんなりの誠意ってわけかい?」


「そういうことだな」とだけ言い残すや、彼は背を向けて立ち去っていった。会長への面通りが叶わぬのなら、また明日にでも出直すという。


 俺は終始、その背中を睨み続けていたが、追うことはしなかった。不気味なくらいに掴みどころのない男だが、父を超える野心の持ち主である旨は何となく分かった。


「次長。あれって……?」


「油断するな。ああいう輩は腹の中に何を隠してるか分かったもんじゃない。口では約束すると言ったが、組を継いだ後の奴が素直に言うことを聞く保証なんざありゃしねえんだ」


「確かに」


 俺の言葉に納得する酒井。彼もまた輝虎の不気味さを垣間見たらしく、神妙な面持ちで頷いていた。この件は会長に報告せねば。


 応接室の様子を見に戻ると、事は既に終わっていた。藤城は着衣を正していたが、恒元は脱いだスーツを直さずに全裸のままソファに腰を掛けていた。


 その傍らで藤城が紅茶を飲んでいる。


「……楽しまれたようで」


 俺が声をかけると、彼女は妖しく微笑んで言う。


「ええ。会長ったら私のお乳に夢中で何回射精しても満足して下さらなくて。本当に元気なお方ですこと」


「……」


「だけど、実りあるお話はできたわ。これから中川会とは素敵なお付き合いができそう。ヤクザって味方に付ければ本当に心強いのね」


 満面の笑みで語る藤城の口調には自信が満ちていた。勝ち誇るような声色で、上機嫌だ。さては色仕掛けで恒元を篭絡し、見事有利な条件で話を妥結に持っていったな――詳細を聞かずとも大体の事情が分かった。


「いやあ。才色兼備、この言葉が似合う女は藤城君の他にはいないね。我輩としたことが、すっかり骨抜きにされてしまったよ」


 へらへらと語る恒元の股間で、情事を終えてしぼんだはずのモノが再び屹立している。それを見て思わず顔をしかめる酒井だったが、あくまで俺は平然を保つ。まあ、毎晩のごとくこの男根で掘られているわけだからな……。


「藤城君。また近いうちに遊びに来てくれたまえ。君の胸で我輩を癒して欲しいのだよ」


「あらあら、会長ったら私のお乳の虜になってしまわれたのね。あなた様にそう仰っていただけるのは嬉しいですわ」


「君は極上の美女。会いに来てくれるなら何時でも大歓迎だからね。今度は我輩も精力剤を飲んで待っているよ、あははっ!」


 下っ端ヤクザとソープ嬢の会話ならともかく、ここで猥談に耽るのは関東最大組織の首領と世間を騒がせる投資ファンドの代表なのだ。冷静に考えてみれば全く不思議な光景である。こんな顔ぶれが有り得るのかと目を疑いたくなるほどだ。


「……会長。そろそろ服を着た方がよろしいのでは」


 気まずそうに酒井が言うと、恒元は「ああ、そうだな」と返事をする。頼むから早く服を着てくれ。明るい時間帯から老人の裸体なんざ見たくない。


「涼平。藤城君を玄関まで見送ってやれ」


「承知しました」


「何なら君も味わってみてはどうかな? 彼女はなかなかの名器だぞ? あはははっ!」


「結構です」


 下品なジョークに顔をしかめながら、俺は藤城を先導して部屋を出た。護衛のキグナスたちは別室で待機していたようで、先に車を回しに行ったとのこと。連中を顔を合わせなくて済むのは色々な意味で助かる。


「涼平、だったかしら?」


「麻木だ。麻木涼平」


「ああ。麻木涼平ね。覚えておくわ」


 廊下を歩く途中、会話を振ってきた藤城。先刻は彼女の淫らな姿を目の当たりにしたのだ。雑談をするのも少しむず痒い気分になる。


「麻木さん。あなた、あんな変態親分によく仕えていられるわね。さっきは私が辱められてる時、『またかよ』って顔してたじゃない」


「今に始まったことじゃないからな。あの人の性癖は底が知れない。そういうあんたこそ、さっきは随分慣れた手つきだったな」


 俺の物言いにクスッと微かに笑い声を立てる藤城。常に艶めかしく色っぽい雰囲気を周囲に撒き散らす彼女の笑みには、不思議な魔力のようなものがある。ついつい心を奪われてしまうのだ。


 きっと会長もその魔力の餌食になったのだと思う。俺が言うのもおかしな話であるが、男とは何と浅ましく単純な生き物であろうか。


「色んなインタビューで言ってるけどさ、私の前職は水商売。食事に行ってそのままお持ち帰りされて……なんてことも一度や二度じゃなかったわ。ベッドの上の方が男の人を丸め込みやすいんだけどね」


「なるほど。じゃあ、そのお得意の芸当でうちの会長を丸め込んだってわけかい。腰を振りながら何を取り決めたのやら」


「これからのお付き合いについて。あっ、エッチな意味じゃなくて。私たち藤城ファンドと中川会のビジネスの話よ」


 詳細を尋ねた俺に、藤城はあっさりと答える。


「うちの会社が運用してる資産の3割を譲渡。背任に問われない程度にね。それから今後はマーケットで出した利益の10パーセントを“保護料”ってことで恒元様へ献上するわ」


「その代わり、あんたは中川会うちの用心棒で守ってもらうと。聞いてる分にゃあんたのメリットが小せぇようだが」


 確かに意外である。商才に長けて強かな藤城琴音のこと。おまけに色仕掛けまではたらいたのだから、もっと旨味の多い契約を結びそうなものだが――彼女はきっぱりと言った。


「将来的なメリットを見込んで、敢えてリスクを取る。何かを得るためには何かを差し出さなきゃならない。投資家なら当たり前のことよ」


 今回、藤城は俺たち中川会に敢えて妥協的な条件を出すことで身の安全を勝ち取ったのだ。一度でもカネを出せば侵略的に付け入ってくるのがヤクザの習性ということも知っていようが、それでも俺たちを味方につける道を選んだ彼女。


 きっとそれは自分の命を狙う裏社会の連中が多いことに気付いているからだ。制御の効かない暴走族の鬼凛紅はともかく、東日本最大勢力の中川会の風下に居れば、少なくとも関東甲信越の極道たちから狙われることは無い。


 彼女の言葉には少なからず理解が湧いた。確かに、リターンを得るにはリスクを負わねばならない。その理屈は大いに分かる。


「大したもんだよ、あんたは。将来的な利益のためには身体を売ることも厭わねぇなんて。水商売上がりとはいえ豪胆なもんだ」


「ま、あんまり気分が良いもんじゃないけどね。本音をいえば初対面の男に股を開くなんて御免よ。それでもやってるのは自分のためじゃないから」


「ほう?」


「たぶん、自分だけが良い暮らしをするためだったらここまで出来ないでしょうね。私がお金を儲けるのは……その、守りたい人が居るから」


 初耳というか、意外だ。類まれな先読み能力と勝負勘でマーケットを震撼させる天才女相場師様に“守りたい人”とは。


 テレビでは独身だと言っていたような気がするが、意中の恋人でも居るのだろうか。何故だか俺は胸がドキッとした。


 そんな必要は無いのに。


「……す、好きな男でも?」


 自分でも意図せずして、伏し目がちに問うた俺。そんなこちらの眼差しを見て、藤城は大方を悟ったのか。

 プッと吹き出した。


「うふふっ。そんなのじゃないわよ。さっき、ちらっと言いかけたでしょう。私には子供が居るのよ。9歳になる息子がね」


「えっ、子持ち……!?」


「そんなに驚かなくたって良いじゃない。まあ、世間には公表してないからびっくりするのも無理もないか」


 見事におったまげた俺。この女が子持ちだったとは……。


 確かに言われてみれば、彼女は20代にしてはかなり落ち着いた雰囲気の持ち主だ。子供が居るからと言われれば納得できる。


 だが、それにしても意外である。彼女のようなキャリアウーマンが子供をこさえていたなど――いや待てよ。9歳だと? それならば20歳で出産したことになるのだが……?


 そわそわする俺を揶揄うように、藤城は語り出した。


「大学の時、私には付き合ってた男の人が居てね。その人との間に授かったの。でも、私の妊娠が分かった途端にその人は逃げちゃった。彼は政治家の家系でね。きっとご両親に猛反対されたんでしょうけど。早い話が私は捨てられたの」


 藤城は遠くを見るような目つきで語り続ける。


「女子大生で未婚の母なんて褒められたものじゃないわよね。色んな人に中絶を勧められたわ。でも、私には堕ろすって選択肢が考えられなくて。大学を辞めて一人で産んだ。せっかく授かった命に罪は無いから」


「そ、それでその後は……?」


「生まれた子を育てるために何でもやったわ。いちばん手っ取り早く儲かるのが夜のお仕事だったから、流されるようにその道へ入った。ホステス、キャバ嬢、デリヘル嬢、色んな街を転々としてね。お金のために、色んな男に弄ばれたわ」


「……」


「でも、その頃に客だった男が私に株式投資を教えてくれてね。最初は軽いお小遣い稼ぎのつもりで始めてみたら、案外儲かって。それから自分なりのやり方で利益を上げていって、何やかんやで今の藤城ファンドがあるわ」


 水商売の片手間で挑戦した株が高じて、今や日本を代表する投資ファンドを作り上げたのだから大したものだ。さしずめ、会社を立ち上げ、大きくする過程でも色仕掛けを使ったのだろうが。その辺は彼女らしいと評するしかない。


「あなた、今失礼なこと考えてたでしょ」


「い、いや。別に」


「私は世間様が思ってる以上に汚い女なのよ。息子を育てるという大義名分の下、色んな男に股を開いてきたクズ中のクズ」


「……そんなことは無いさ。倅のために頑張ってきたあんたは偉いさ。少なくとも、何のためにヤクザやってるか分かんねぇ俺よりはな」


「ふーん。まあ良いわ。とにかく、私がお金を儲けるのは可愛い息子を守り、育てるため。そのためなら悪魔とだって手を組むわ」


 極道に擦り寄ることも彼女にとっては手段のひとつ。先ほど恒元と淫らに交わったのは、関東の裏社会の王である彼から気に入られるためだ。


 中川恒元のお気に入りの女である限り、中川会という後ろ盾を得られる。さすれば様々な脅威を減らせる。少なくとも、闇の世界の住人たちから危害を加えられる可能性は激減し、可愛い息子の安全は今以上に確保されるのだ。


 藤城の目は覚悟に満ちていた。いや、それ以外の何があろうか。そんな彼女に捧ぐべき言葉は、この場においてはたったひとつ。


「強い女だよ。あんたは」


 そう、それだ。俺は藤城琴音という女の強さに心を打たれた気分だった。そして、はっきりと思った。


 俺もかくあらねばなるまいと。


 憧れにも似た感情だったと思う。同時に、漠然とした自問も持ち上がってきた。俺の守りたいものとは何なのか。ヤクザとして血にまみれた道を往くのは何のためか。生憎、その答えはすぐに出そうにない。


 唯一確かなことは、自分が目の前の女に向けて特別な感情を抱き始めているという事実であった。


「……なあ。また会えるか?」


「そりゃあ、親分さんからは定期的にお招きがかかるでしょうから。会おうと思えば会えるわよ。あの様子だと来週くらいにはまた呼び出されそうね」


「あ、ああ。そうだよな」


 一瞬だけ惚気そうになった俺だが、懸命に堪えた。


「そんなことより。さっきの話は内緒にしてよね」


「何が?」


「私に子供が居るって話。これはあなたの親分にも言ってないのよ。息子の安全のためにも、その辺にはどうかよろしくお願いね」


「ああ。世間に公表してねぇって話だったもんな。っていうか、そんな秘密を俺なんかに伝えちまって良かったのかよ?」


 大きく頷き、藤城は言った。


「さっきあなたは鬼凛紅から身を挺して私を守ってくれたじゃない。中川会の中ではいちばん信用できるわ」


「そ、それは……咄嗟に体が動いちまったっていうか……」


「うふふっ。何でも良いわ。まあ、そのお礼にオックスを殺した件は許してあげる。これからよろしくね。麻木涼平さん」


「あ、ああ……」


 去って行く彼女の背中を見送り、俺は深く息をついた。


 良い女だった。公には打ち明けていないはずの秘密を漏らしたということは、ひょっとして少なからず藤城は俺に――。


 いやいや。色恋に期待するのはやめておこう。つい昨日、赤坂の喫茶店で苦い思いをしたばかりではないのか。


「……」


 静かに自分を宥めて屋敷の中を戻るも、頭に浮かぶのは先刻の美女。恒元とまぐわう際に見せた藤城琴音の裸体が雑念となって思考を遮る。


 次第に悶々としてきた。あの淑やかに実った果実のような乳房と尻、そしてムチッとした太腿が記憶にこびりついて離れない。


 不格好な行為だとは分かっている。だが、それでも自分を抑えられない。気付けば俺はトイレへ駆け込み、己自身を慰めていた。


 おかしいな。女性の裸など、東欧やアフリカで何度も見ているというのに……きっとそれは藤城琴音があまりに美しいからだ。


 昨夜から溜まりに溜まっていた憂さを全て吐き出すかのごとく、便器に腰かけて何度も男根を擦る。そして豪快に射精した。


「……未熟だな、俺は」


ちなみに、今回の件を機に中川会の事実上の企業舎弟となった藤城琴音は、後々に俺自身とも浅からぬ縁を築くことになるのだが、それはまだ先の話である。


「……」


 事を終えて少し落ち着いてから執務室へと戻ると、会長は優雅に葉巻を吹かしていた。あの女を抱けて大満足といった様子だった。


 それよりも目を引いたのはテレビのニュース番組。驚くべきことに、六本木ヒルズで起こった事件のことが何ら報道されていない。恒元曰く、これは彼による情報操作の結果だという。あれだけの乱闘劇が起きて犠牲者もかなり出たはずなのに。それを無かったことにできるとは。流石は関東裏社会の王といったところか。


「ああ、そうそう。ちょうどさっき米畑組の梶谷から電話が入ったんだけどね。例のカラクリが分かったよ」


「カラクリ、と言いますと?」


「昨晩未明に極星連合の神林から挑発を受けたと話したよな。実は、あれをかけたのは神林ではなかったんだ」


 意外な真相に目が丸くなる。聞けば「藤城琴音を殺しても良いか」という電話の発信元は仙台ではなく、東京の渋谷だったそう。


「鬼凛紅の奴らだよ。電話は連中がアジトにしている渋谷から発せられたものだったんだ。オレオレ詐欺で騙して借金漬けにした老人に神林の役を演じさせてね。我輩が神林と直接面識が無いことを利用された。まったく、ふざけた話だよ」


「……中川会うちと極星を揉めさせるために?」


「ああ。察しが良いな。その電話を入れた上で藤城を殺せば、我々は極星連合によるシマ荒らしと思い込み、彼らを敵視する」


 そうして両組織の間に溝が広がり、やがては抗争に発展。2万の中川会と1万の極星連合がぶつかり合う構図が出来上がる。


 鬼凛紅としては願っても無い展開だ。中川会が東北との戦争に注力している間に、関東で勢力を伸ばすことが出来るのだから。両組織の抗争が激化すればするほどに、あのイカれた暴走族どもは漁夫の利を得られるというわけだ。


「そうでしたか。これは一杯食わされましたね」


「つくづく危ない所だったよ。あのまま鬼凛紅の策に乗せられていたら、我輩はとんだ損失を被ることになっていた」


 しみじみと語る恒元。なお、彼が明かした顛末は、これだけではない。六本木の鉄火場で捕えた鬼凛紅の構成員を米畑組が拷問して情報を吐かせたというのだが、そこでさらなる事実が明らかになった。


「今回、鬼凛紅を焚き付けていたのは……」


 聞かずとも分かる。会長の声に重ねるように、俺はその名を口にした。


「……眞行路高虎ですね」


「その通り。どうやら奴は本気で我輩を追い落とす気でいるらしい。お前との喧嘩で負傷した程度では、野心が潰えなかったと見た」


「まあ、ケガした程度で大人しくなるような小物だったら“銀座の猛獣”なんて渾名はつかないでしょうぜ」


「うむ。あの男は危険すぎる。暫くは生かしてやって様子を見るつもりであったが、早々に始末した方が良さそうだな」


 葉巻の火を消し、恒元は堂々と宣言した。


「今後は眞行路高虎の粛清を最優先事項とする!」


 政治家に頼まれた云々で藤城琴音を狙ったとの話は、おそらく嘘。高虎は暴走族を使って小細工を仕掛け、中川会と極星連合が抗争になる火種をつくったのだ。これは謀反以外の何物でもないだろう。


 俺は恒元に、本日の午後に輝虎が訪ねてきたこと、それから彼に父親を打倒する野望じみた意図があることを改めて伝えた。


「そうか。あの小倅は確かに『親父を倒す』と言ったのだな?」


「ええ。親父と似たり寄ったりの野心家ですが、うまく使えば銀座の猛獣をぶっ潰すのにちょうど良い駒になるでしょうぜ」


「そうだな……うむ。明日、今一度挨拶に来るよう伝えろ。そこで改めて話をしよう」


 高虎と輝虎を争わせ、内部抗争で眞行路一家を弱体化させる――やはりその戦略が最も適切と俺は思う。


 ただ、輝虎を信用して良いのか……?


 口では親父への叛意を語っていたが、実際のところはどこまで本気なのやら。まだまだ腹の奥底にあるものが見透かされない。当面は慎重に向き合うべきだ。


「涼平。我輩にとってはここが勝負所なのだ。全てが上手く運ぶよう、持てる力を全て尽くしておくれ」


 恒元の目に決意が浮かぶ。何のために、何を守るために戦うのかは未だ分からないが。とりあえずはここで戦っていようと思った。

それぞれの野望と打算が交錯する中、涼平はさらなる戦いへ……!

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