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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第10章 虎崩れの変
172/262

新たな火種

 中川恒元の天下は、必ずしも盤石ではなかった。


 それから五か月の間、執事局の兵力増強を一本目の矢とする様々な改革を行った。しかし、それを成しても追いつかぬほどに会長の組織統治が揺らいでいった。眞行路一家の危険な増長である。


 不祥事の責を問われて理事補佐から理事に、理事からヒラの直参へと格下げされた眞行路高虎であるが、奴の乱暴狼藉は留まることを知らなかった。


 自らに盾突いた者への襲撃を頻繁に繰り返し、また公衆の面前で白昼堂々とカタギを殺害するなど暴虐の限りを尽くした。挙げ句、同じく中川会系列組織へのシマ荒らしも平然と行うから手に負えない。幹部の地位を失ってもなお、眞行路は自らの度を超えた粗暴ぶりを省みることが無かったのだ。


 俺たちを更に悩ませたのは、眞行路一家が勝手に戦争を始めたことだった。日本各地には中川会と煌王会、どちらの参加にも入っていない一本独鈷の組織が多数残っているが、眞行路はそうした中小所帯へ独断で侵攻を開始したのだ。


 北海道、福島、富山、静岡、岡山、鳥取、島根、大分。


 全国津々浦々へ出かけていき、眞行路は片っ端から喧嘩を吹っかけては降伏・壊滅させ、自らの盃を下ろして中川会の傘下に入れる。本人は「日本中を中川の代紋で染め上げてやる」と言っていたが、とにかく暴れたいだけ暴れているような印象を受けた。


 当然、いつの日からか“銀座の猛獣”と呼ばれるになった眞行路の暴走を前に、中川恒元は黙っていない。奴の蛮行を食い止めるべく、様々な手を打った。


 しかし、いずれも不発に終わる。


 与党の政治家を抱き込んだ眞行路高虎の力を警戒し、幹部たちが軒並み眞行路に同調する道を選んでしまったのだ。恒元による「眞行路一家を押さえ込め」との命令は悉く無視され、眞行路の侵食を受けた直参たちさえも猛獣に靡く始末。


 そもそも全国制覇を掲げたのは恒元自身。独断専行は確かに問題なれど、眞行路はあくまでもその方針に従っているだけではないか……という擁護論も組織内で飛び交うようになった。銀座の猛獣を誰もが恐れるようになった結果だ。


 恒元としては何も出来ず、波紋や絶縁云々で組織から追放しようにも、眞行路を切れば奴の後ろ盾になっている政治家たちまでもが中川会に牙を剥いてしまうから、迂闊な処分が下せない。


 もはや眞行路の力は中川会全体をも超えていた。


 2004年10月7日。この日、俺は赤坂三丁目にいた。例の喫茶店『カフェ・ノーブル』で夕方のひと時を過ごしていたのである。


「それでさ、コーカサス山脈を観に行こうとしたんだけど。足止めを食っちまったんだ。現地の軍閥がやたらとアジア人を敵視しててよ」


「ああ~、確かに。伝統的なキリスト教の国ってそういうところあるよね」


 カウンターに座り、コーヒーを飲みつつ朗らかな雑談を繰り広げる俺。話し相手は“かりん”こと与田よだ華鈴かりん。この洗練された空間をひとりで仕切る店の看板娘、すなわちバイトリーダーだ。


 ……5か月前から、俺は彼女を目当てに店へと通いつめていた。そのおかげで今やすっかり常連客扱いだ。


 客足が比較的緩やかな毎週木曜日の開店直後に顔を出しているので、華鈴とはゆっくりと雑談を楽しめる。他愛もないやり取りを繰り返すうち、いつからか彼女と互いに敬語を使わずに話せるまでに至ったのである。


「いきり立つ相手を説き伏せるのは何処どこだって骨が折れる。母国語以外を使わなきゃいけないなら余計に緊張が増す。海外で心休まった時なんか一度も無かった」


「私は他所の国へ行ったことは無いけど、たまに外国のお客さんも来るから。麻木さんの苦労がちょっとは分かるかも」


「あ、ああ」


 ところが、華鈴は俺のことを未だに「さん」付けで呼び、どこか他人行儀な姿勢を崩さない。距離が詰まったとはいえ、俺と彼女は未だに客と店員の仲。5か月間、華鈴をプライベートな予定へ連れ出そうと試みたがいずれも隙が無くて断念せざるを得なかった。


 カラオケも、ボウリングも、赤坂地区の夏祭りも、華鈴と伴って行くことは叶わない。そもそも俺には女の子とまっとうにデートをした経験が無いのである。こういう時に世の色男どもは惚れた相手を颯爽と誘えるのだろうが、10代後半から抗争漬けの人生を送ってきた俺には弾丸を避けるより難しいこと。どうすれば華鈴に振り向いて貰えるのだろう――なんて想いが空回りするばかり。女性を前にすれば足が竦む自分が情けなかった。


 妙な寂寥感に駆られたところで気持ちを切り替え、華鈴に向き合う。


「赤坂は外人も多いもんな。あれ? そういえば華鈴は英語が喋れるんだったよな?」


「うん、ちょっと。あとは第二外国語でドイツ語も取ってる。そっちは文法すら分かんないけど……」


「ドイツ語は難しいよなあ。俺も覚えるのに苦労したもんだ」


「私からしたら喋れるだけで凄いと思うよ。ねぇ、もし良かったら今度。ドイツ語を教えてよ」


「ああ。いいぜ」


 俺の反応に華鈴は笑顔を見せた。


「やったあ! 実はちょっと勉強に行きづまってたんだ。海外経験のある人に教えてもらえるのは心強いよ」


 無邪気に頬を緩める華鈴を見て、俺は思わず照れ臭くなってしまう。


 つくづく可愛らしい子だ。容姿の可憐さに加えて性格も穏やかで愛嬌もあるから客にも好かれているらしい。現在、華鈴は大学3回生。紀尾井町のキャンパスで国際経済学を専攻しているという。こうして輸入物の珈琲豆を扱う喫茶店でバイトしているのは学費を稼ぐ目的もあるが、一番は将来の夢に向けた社会勉強なのだそうだ。


「私、大学を出たら貿易のお仕事に就きたいんだ」


「へぇ? 貿易?」


「うん。世界中を飛び回って色んな物に触れてみたい。その夢が叶えられるのは貿易業だけなんじゃないかなって」


「良いと思うぜ」


「ありがとう。総合商社は就職試験が難しいけど、頑張るよ」


「勉強熱心な華鈴ならきっとできるはずだ。応援してる」


「えへへっ。麻木さんにそう言ってもらえると励みになるなあ。もし私が業界に入ったら、その時は先輩としてよろしくね」


 勿論、俺は華鈴の前では素性を偽っている。「大手商社勤務の若手社員」という設定で振る舞っているのだ。その筋書きであれば傭兵として海外に居た経験とも整合性が取れるだろう。


「ああ。お互い頑張ろう」


「うん!」


 にっこりと微笑む華鈴の顔が本当に愛おしく見えた。彼女の前でコーヒーを飲む時だけは、極道としての血生臭い日常を忘れられる。この店の空気が、そして与田華鈴という女の存在が、俺にとっては大きな支えになっていた。


 しかし、改めて言うが未だ客と店員の関係のままである。


「なあ。その、華鈴とは、これからもっと、仲良くなれたらいいなって思う」


「ん? うん。そうだね。いっぱいお話しようね」


「ああ。今度来るときは……その、テキストを持ってくるぜ。ドイツ語の、テキストを」


 曖昧な言葉で誤魔化してしまった自分が情けない。こんな時、気障な台詞のひとつも吐けないなんて。「今度来るときは客以上の関係になれたら」などとほざけたら、どれほど心躍ったことか。


「うん。お待ちしてます」


 悪戯っぽく笑う華鈴。これってつまり、俺を受け入れてくれる意志があるってことなのか? いや、むしろ、これは遠回しに拒絶されたのでは? ……分からない。脈がるのか。無いのか。


 ただひとつ、確かなのは俺が華鈴に惚れているという事実。現状、彼女にとって俺はあくまでも「お客さん」止まりなのだろうが、そこで退きたくはないと思う自分がいた。


 何としてでも華鈴の心を動かし、いつかは男と女の関係になりたい――そう望んでやまないのである。尤も、心で滾らせる想いとは裏腹に、面と向かって告白する度胸が欠如していることは認めざるを得ない。恋愛経験の乏しさが厭わしくてならなかった。


「……コ、コーヒーのお代わり、頼む」


「はーい。っていうか、今ので3杯目だけど。そんなに飲んで大丈夫?」


「平気さ。仕事柄、夜更かししなきゃならねぇもんでな」


「そっかあ。貿易って華やかなイメージがあるけど、実際には残業も多いんだね」


 やや首を傾げて「夏のインターンではそこまできつい印象は無かったのにな」と呟きながら、ポットからコーヒーをカップへと注ぐ女。俺は心臓の高鳴りを抑えるので必死だった。


 動作がいちいち可愛いから、自然と目を奪われる。

 不思議そうにのぞき込む仕草もまた、然り。


 ジッと凝視するこちらの挙動を変に思われてはいないだろうか? 本当は貿易業に携わる人間に非ずと勘付かれてはいないだろうか? はたまた、ヤクザという真の肩書きがバレてはいないだろうか……?


 緊張を抑えるべく深呼吸をした、ちょうどその時。


「麻木の兄貴! ここに居られましたか!」


 慌ただしく店に入ってきた一人の男が、最悪な形で俺の名を呼んだ。原田だった。


「お、おいっ! 兄貴って呼ぶなと言ったろ!」


「すんません!」


 咄嗟に軽く小突いて原田を窘めるも、時すでに遅し。厨房で作業をしていたサ華鈴が新たな来客の登場を感知してしまう。


「いらっしゃいませ! あれ? 麻木さんのお知り合い?」


「へいっ。手前、原田亮助と言いますっ。麻木の兄貴のしゃて……」


 ――バシッ。


「んがっ!?」


 つい数秒前に叱られたにもかかわらず俺を「兄貴」と呼んだばかりか、ぶっちぎりの稼業用語である「舎弟」とまで口を滑らせかけた原田。奴の頭を強く叩いて遮ると、俺はすぐさまこの場違いな名乗りを訂正した。


「紹介するぜ。こいつは俺の……部下だ。原田亮助。ええと、そ……そう。俺の、弟分みたいなもんだ」


 その取って付けたような説明を聞いて、何を思ったか。華鈴は暫く目を丸くしていたが、やがて一切の淀みなく笑顔を浮かべ、原田の方を向いてぺこりと頭を下げる。


「そうなんだ! ええと、原田さん? 与田です。よろしくお願いいたします」


 まさか、あの説明で納得してくれるのか……? 原田の着ているスーツはどう見てもチンピラのそれで、カタギの社会人が着こなす背広とは明らかに程遠い。流石にまずいと思ったが、彼女がそれ以上尋ねて来なかったので安堵した。


「今、お水をお持ちしますね」


「ああ。頼む。こいつにもコーヒー、飲ませてやってくれ」


「はいはーい。かしこまりました」


 再び厨房へと戻ってゆく華鈴をまじまじと見つめていた俺に、原田が耳打ちする。


「兄貴ぃ。さてはこの女性ひとに入れあげてますね?」


「なっ、何を言ってやがる」


「分かりやすい人だなあ~。顔に出ちゃってますよぉ」


「うるせぇよ」


 俺はそっぽを向いて原田をあしらった。まあ、確かに華鈴の存在が気になっているのは事実だ。しかしそれは「入れあげる」という表現には些か以上に語弊がある気もするのだが……ひとまず、話題を変えよう。


「ところで、お前。どうしてここへ来た? よく俺の居所が分かったな?」


「へぇ。方々を探し回って、ようやくですぜ。兄貴の携帯にお電話しようと思ったんですが、繋がらなくて」


 いけない。俺の携帯電話は修理に出していたのだった。三日前に地面に落下させて以来、画面にヒビが入ってまともに使えなくなっていた。


「悪かったな。で? 何の用だ?血相を変えて飛び込んできやがったんだ。よほどの事情があるんだろうな?」


「会長がお呼びです。眞行路の野郎が、浅草で戦争を始めやがったって……」


 その瞬間。厨房に居た華鈴が俺たちの会話に反応して、ひょっこりと顔を出す。


「えっ? 戦争!?」


 しまった。迂闊だった。カーテン越しに聞こえぬものと踏んでいたが、彼女の耳に届いていたのだ。原田はきょとんとしているが、俺の狼狽うろたえ方が尋常ではなかったらしい。華鈴の表情は次第に怪訝なものへと変わっていった。


「あの、それってどういう……」


「いやあ。その、ちょっとしたトラブルが起きちまったって話さ」


「でも、今、戦争って」


「俺らの会社じゃあ、厄介事のことをそう呼ぶんだ。ちょ、ちょっと待っててくれ」


 適当な出鱈目を並べて誤魔化し、俺は原田を強引に引っ張って店の外へ出た。


「馬鹿野郎! カタギの前で『戦争』なんて単語を出す奴があるか!」


「す、すんません! でも、他に何て言えば!」


「あるだろうが! 『問題を起こした』とか『火種をつくった』とか、他に色んな言い方が!」


「分かりません。自分、国語は苦手だったもんで」


 正直で宜しい。だったら、このような場面における隠語の使い方をみっちり教え込んでやる……などとまあ、余計な話をしている暇は無いか。俺は改めて原田の方を向き直り、彼に問う。


「さっきの話だ。眞行路がどうしたって? 浅草で抗争を始めたとか言ってたよな?」


「へい。さっき総本部に連絡があって、眞行寺の奴が浅草の岸根組って所へカチコミかけたやがったそうなんです」


「なっ!? 岸根組だと?」


「俺はよく分からねぇんですが、何かヤバいみたいで。会長がかなり焦ってました。これから理事会が招集されるそうですわ」


「……よりにもよって岸根組か。面倒な所へ手を出してくれたもんだ」


 事態の深刻さを一瞬で悟った。


 関東かんとう岸根きしねぐみ。仮にも博徒である眞行路高虎があの組へ粉をかけてしまったのであれば、単なる外交問題では済まない大事件だ。中川恒元が冷静さを失うのも道理である。


「原田。ここへは何で来た?」


「えっ、単車ですけど。族やってた頃の相棒です」


「助かる。よし、さっそくバイクを出してくれ。乗せてもらうぞ」


 一刻も早く総本部へ戻らなくては。原田に指示を飛ばしてバイクのエンジンを入れさせ、俺は一旦店の中へ戻る。半ば唖然とした面持ちの華鈴に事情を説明した。


「悪い。急用ができちまった。会社に戻らなきゃいけねぇ」


「そう……なの?」


 やや不満そうに頬を膨らませる彼女。可愛い。容れたてのコーヒーを飲みながらもう暫く同じ時を過ごしたい気分に駆られるも、今はそれどころではないと心に言い聞かせた。


 勘定に色を付けた金額を置いて店を飛び出し、原田のバイクの後ろに飛び乗る。


「そうと決まれば出発だ! 飛ばせ!」


「ういっす!」


 俺がヘルメットを被り終える間もなく二輪が発進した。赤坂三丁目地区から中川会総本部のある信濃町までは約7分。道中、今回の出来事について然程よく分かってはいなさそうな原田に説明を行っておく。


「眞行路が各地で抗争ドンパチをやらかしてるって話は知ってるか?」


「ええ。知ってますぜ。こないだ、九州にまでカチコミかけたとか」


「そうだ。しかし、今度ばかりは次元が違う。よりにもよって関東岸根組、永世中立を謳ってる団体に手を出しちまったんだからな」


「永世中立……」


 いまいちピンと来ていない様子の原田に、俺はさらに補足する。


「永世中立ってのは、分かりやすく言えば『誰の味方にもならないし、誰の敵にもならない』って意味だ」


「へぇ~!今どき、そんな組があるんですか」


「浅草の岸根は老舗の的屋でな。他所とは盃を交わさず、事も構えずって方針を江戸の頃から続けてきた。だから、他の組は岸根の意思を尊重して浅草へは一切の手出しない……日本の極道には“浅草不可侵”の不文律があるんだ」


「ってこたぁ、眞行路の野郎はそいつを破っちまったってことですか!?」


「ああ。そういうことだ」


 由緒と歴史を重んじる極道たちにとって浅草は聖域。そこを侵す行為は任侠渡世における最大のタブーだ。残虐魔王と呼ばれる超武闘派の村雨耀介ですら、浅草を血に汚す展開だけは絶対に避けていたというのに――。


 眞行路の暴走は、救いようのない大失態だ。裏社会の均衡そのものを揺るがしかねない重大な危機と言って良い。


「こ、これから、どうなるんですかい!?」


「向こうの被害がどの程度かにもよるが、少なくとも中川会の信用は地に堕ちた。眞行路の野郎、やってくれたな」


 何はともあれ、まずは現在の状況と今後の対応を確認せねば。それから総本部へ戻った俺は、すぐさま会長の執務室へ急行した。


「ただいま戻りました」


「あっ、涼平! 良かった! 戻ってくれたか!」


 慌てて入ってきた俺を見るなり、中川恒元は安堵した表情を見せた。しかし、すぐさま厳しい目つきに戻りって俺を問い詰める。


「遅かったじゃないか! 何をしていた!? どれだけ待たされたと思っているんだ!!」


「……すみません。ちょっと遅めの昼飯を食いに行っていたもので」


「食事なら総本部ここで済ませれば良いものを! 大事に際して席を外すとは何たる不心得だ!」


 俺は頭を下げたが、会長は苛立った様子のまま腕を組んだ。彼がここまで露骨に怒りを露わにするということは……今回の事態はかなり深刻な状態なのだろう。恒元が取り乱す光景を初めて見た気がする。


「会長。どうか、落ち着いてください。麻木は休憩に出ていただけではありませんか」


「うるさい! お前は黙っていろ!」


 俺を庇って諫める才原を押し退け、恒元は俺の方へ詰め寄ってくる。


「涼平。我輩を一人にしないでくれ」


「は、はい……」


「我輩にはお前だけが頼りなのだ」


 なるほど。会長が急いで俺を呼び戻した理由が、何となく分かった。組織始まって以来、未曾有の大事件の最中だ。麻木涼平という愛玩対象が居ない間、精神的に少し不安定になっていたのは想像に難くない。気づけば恒元は俺の両手をぎゅっと握り、抱き寄せようとしているではないか。


「会長。もうすぐ理事たちが参ります。お支度を」


 不意に聞こえてきた声は才原のものだった。おかげで助かった。あと少し局長の制止が遅れていたら、俺は部下たちの前で会長に掘られていたかもしれない……。


「お、おう、そうだな。そうだったな」


 才原に言われて冷静さを取り戻したらしく、会長は慌てて俺から離れて身なりを整えた。そして程なくして、ノックの音が響くと同時に酒井が姿を現した。


「失礼致します! お待たせ致しました! 理事の皆様方、全員が揃われました!」


「うむ。ご苦労」


 幹部たちの集う会議室へ向かう恒元。これより緊急の理事会だ。例によって「お前も着いて来い」と命じられた俺。ひとまず原田には詰め所で待っているよう伝え、俺は才原と共に恒元の後をついて会議室へと入った。


「涼平! おどれ、どこで油売っとったんや! 護衛の分際でわしらを待たせるとはええ度胸やのぅ!」


 俺の到着を待つために開会が遅れたわけではないだろうに。本庄利政が俺へのお小言を最初に始めかけたが、会長の咳払いによって中断される。


「無駄話をしている暇はないぞ!」


 全員の着座を確認した後、いよいよ本題へと移った。最初は眞行路高虎に関する報告からだが……これは俺の推測とそう変わらない。


「今日、集まってもらったのは他でもない。眞行路の件だ。諸君らも知っている通り、あの野蛮な猛獣は一線を越えた。愚かにも浅草へと攻め込んだ。関東博徒と神農が長い時をかけて築き上げた絆を叩き壊したのだ」


 ひと呼吸分の余白を挟み、恒元の言葉は続く。


「眞行路一家は関東岸根組本部を襲い、火をつけた。火は瞬く間に燃え広がり、本部建物が焼け落ちたと聞く。負傷者も多数出してしまったようだ」


 ケガをした者の中には偶然現場に居合わせただけのカタギも含まれているとか。浅草の下町で起こった火事は大きな騒ぎになり、既にニュースでは速報として飛び交っている。


「この件をどうしてくれたものか……誰か、策のある者はいないかね?」


 会議の参加者全員に問いかけるように、恒元は部屋の中を見渡した。すると、ここでおもむろに挙手を行う者が一人。本庄だ。


「……中川会として、岸根へ正式に宣戦布告する。それしか無いんと違いますか」


 ざわめきが起こる。本庄組長の発言に、誰もが唖然として表情を浮かべている……そりゃそうか。いくら何でも無茶苦茶すぎるではないか。


「本庄。君は正気かね?」


「正気も正気。至って大真面目ですわ。考えてくださいや。こうなった以上、岸根との戦争は避けられへんでっしゃろ。せやけど大丈夫です。中川会うちが余裕で勝ちますよ」


「そういう問題ではない! 元禄の時代から続く由緒ある組織を武力で潰すというのか!?」


「お言葉ですけどなあ、会長。岸根は歴史が古いっちゅうだけで、シノギもろくに回せん弱小組織や。そないなところに舐められたら中川の代紋はしまいや思いますで」


「愚か者! お前は渡世のことわりを何と心得る!? “浅草不可侵”は関東博徒の総意……」


「いやいや。 “浅草不可侵”いうたって明文化された条約があるわけとも違いますやん。誓紙を交わしとるわけでない」


 いわゆる暗黙の了解、不文律に縛られる必要は無いと本庄は主張する。


 これには幹部たちが顔を見合わせている。どうやら本庄の言うように、過去に「浅草への手出し無用」という記述が記された協定書が存在したわけではないらしい。


 それでも彼らの反応は鈍かった。無理もないだろう。本庄の唱える打開策はあまりに乱暴すぎるのだ。


「……本庄。いいかげんにしねぇか。そんなアホみてぇなやり方でどうにかなるわけないだろ」


 ため息をつきながら苦言を呈したのは篁理事長だった。篁は会議で意見が割れた時、いつも決まって会長と同じことを口にする。“会長派”を気取っているが、本心は分からない。この男も所詮は他の御七卿と同じ穴の狢だろう。


「何でっしゃろ? わしは現実的に考えてモノを言うとるんです」


「馬鹿野郎。日本のヤクザは『博徒は浅草に火の粉をかけない』って共通認識の下でやってきた。そいつを破ることが何を意味するか、お前は分かってんのかい」


「せやから、そないなルールなんざ存在せぇへんのです!岸根組がナンボのもんじゃい! 所詮は時代遅れの的屋や!」


「岸根組だけを潰して済む問題じゃない! 日本の神農全体が敵にまわる可能性だってあるんだ! もっと頭を冷やして考えろ!」


「せやったら、聞きますけどのぉ。理事長は如何お考えなんです? まさか詫び入れるなんて言いまへんよな?」


「……そのまさかだ。ここは誠心誠意、頭を下げて許しを乞う。そうすりゃ向こうも分かってくれるはずだ」


「ありえへん! 関東甲信越で二万騎の中川会が、浅草ごときに頭下げるなんざ! 理事長。あんた恥ずかしくないんか? あんたの言っとるんは会長に頭下げさすいうことやぞ? 恐れ多くも天下の中川会三代目に」


 篁が早期の和解を声高に訴えるのは、彼の率いる白水一家が的屋と長らく友好関係にあるからだ。岸根組との一件がこじれてしまえば、興行系のシノギに悪影響が及ぶ……それを何より恐れている。要するに、彼は自分の都合が一番なのだ。


 理事長を無視して、本庄は恒元に強く進言する。


「会長。やるなら今でっせ! 浅草ふぜいにビビっとるようじゃ全国制覇なんざ夢のまた夢や!」


 かくいう本庄とて、真剣に組織のことを考えているわけでもないだろう。このように奔放な発言をするのは自分が当事者でないからだ。いざ中川会が沈みゆく泥船と化したら、その時には離反という形で抜け出せば良いと思っている。


 芝田、越坂部など本庄に同調する幹部も少なからずいたが、俺は正直うすら寒い気持ちだった。


「……本庄。お前の意見はあまりに拙速すぎる。受け容れるわけにはいかない」


 結局、恒元が却下したことで浅草との即時開戦は廃案になった。


 とはいえ、このまま手をこまねいているわけにもいかず。何かしらの対応策を考えねばならない。詫びを入れに行くことに関して恒元自身は吝かではない様子だったが、本庄らが強硬に反対する。「中川会の会長ともあろうお方が格下の組織に首を垂れるなどあってはならない」との理由だった。曰く、中川会三代目としての沽券にかかわるという。


「では、どうすれば良いというのだね? 言っておくが、この件は組織の行く末を左右する大問題なのだぞ」


「……」


 幹部たちの本音を看破してか、恒元は苛立たしげに語気を強めた。


「諸君らのつまらん意地で、中川会を潰すわけにはいかないのだ!」


 だが、彼が幹部たちの意向を完全に無視しきれないのも事実。哀しいかな、それが中川会という組織体制の実情なのだ。所属する組織の親分が下手に出て舐められたのでは、恥も外聞もあったものではない……そんな本庄たちの声を最大限に汲み取り、とりあえずは当たり障りのない釈明の書状を浅草へ送って様子を見るという結論でこの日の会議は終わった。


『今回の件は眞行路一家および総長の眞行路高虎による独断行動であり、中川会としては一切関知し得ないものであった。焼き討ちに遭った本部事務所を再建する費用は中川会が全額負担する。それで矛を収めて貰いたい』


 書状の文面を要約するならこんなところか。謝罪の表現は微塵も含まれておらず、対外的には中川会が岸根組に頭を下げた形にはならない。しかし、それで先方が納得するわけがなかった。


 事件から3日が経った、2004年10月10日。関東岸根組から中川会に対して、事件を強く非難し、抗議する内容の返書が届いた。


 曰く『眞行路の首を持ってこい。それができないのなら、中川恒元会長が指を詰めて直接詫びに来い』との内容で、かなり辛辣な文言に溢れていた。その翌々日には事件の詳細を知った煌王会からも中立地帯、浅草への蛮行を非難する書状が送りつけられてきたのだから困ったもの。


 恒元の語った通り、もはや事は中川会の存続にかかわる問題に発展しつつあったのだ。


「……煌王会は今回の件の仲裁を申し出てきている。『眞行路個人の行動であったならば奴を絶縁に処せ』と。おのれ長島、我輩を侮りおって!」


 午後の陽光が差し込む執務室で、恒元はビリビリと書状を破り捨てた。部屋の中には俺と才原。「お前はどう思う?」と意見を求められたので、ふと脳裏をよぎった仮説を述べる。


「俺が思うに、煌王側で音頭を取っているのはカシラの橘威吉でしょう。今回の件を利用して中川会こちらに対して優位に立つ腹積もりかと思います。長島を追いやって跡目を獲るための実績作りとして」


「ならば尚のこと、申し出を受けるわけにはいかんな。我輩の独力のみで事を収めなくては」


 今や、関西のみならず日本中の極道たちが注目している。“聖域”である浅草が攻撃されるのは江戸時代にまで遡っても未曾有の出来事。中川会に大義が無いのは明白である。他にも九州の玄道会、東北の極星連合からも意見書が来た。


 非難囂々の渦中にある状況下は、煌王会にしては願ったり叶ったり。関東は西からの脅威にも晒されていた。


「しかし、本庄の言ったことも一理あります。会長が頭を下げるなどあってはなりません。ましてや自ら詫びに行かれるなど……」


「ああ。分かっている、才原。そんなことをすれば岸根の若衆たちによって血祭りに上げられるだけだ」


「煌王会もそれを望んでいる節があります。最大限、慎重に動くべきかと」


 動くに動けない状況。傍観を続ければ、こちらの旗色がますます悪くなってゆく。せめて今回の犯人に己のやったことの責任を取らせるべきだが……出来ないのが何よりのネックだ。


 あれだけの大事をしでかしたというのに、眞行路は総本部に顔すらも出さない。会長が自分を切れないのを良いことに平然と次の喧嘩を始める気でいる。確か、今は北海道へ出かけているのだったか。


「このままだと中川会は渡世の笑い者だ。跳ねっ返りの子分を破門にさえ処せないのだからな」


 眞行路は憎い。されど、彼を切ることで銀座の後ろ盾の政治家の怒りを買うのは好ましくない。猛獣の手綱を握るどころか、逆に中川会の方が首輪をつけられてしまっているにも等しい様相だ……。


「会長。私に出陣の許しをください」


「どうする気だ? 才原?」


「眞行路を殺し、その首をもって浅草と話をつけて参ります」


「いいや。駄目だ。眞行路が討たれれば政治家どもが騒ぐ。ただでさえ、今夏の参院選は芳しくなかったのだ。これ以上、中央政界との関係がこじれるのはまずい」


「恐れながら、背に腹は代えられぬものと存じます!」


 才原は食い下がろうとするも、恒元は頑として譲らない。言い分としては両者とも正しい。


 関東岸根組に何らかの形で詫びを入れねば、中川会は渡世での信用を失う。一方、ここで眞行路を処分してしまうと政治家たちがどんな報復をするか分かったものではない。警察を動かして強制捜査でもされたら中川会はおしまいだ。


 進むも地獄。退くも地獄。さて、どうするか――。


「……あの、猿知恵かもしれませんが」


 悩み続けていても埒は明かぬばかり。俺は思い切って口を開いた。


「何だ?」


「眞行路を切れないのは、その裏に政治家の存在があるから……これは大きな問題です」


「ああ。その通りだ。まったくもって歯がゆい話だ」


「……でしたら、その政治家を説き伏せれば良いのではないでしょうか」


 俺の言葉に、恒元は片眉を上げた。


「ほう? どうするというのだね?」


「今回の件で浅草は大きな被害を受けました。カタギにも死人が出ているとか。それは現地を選挙区とする国会議員にとって面白くないはず」


「ふうん。続けたまえ」


 俺は頭の中で考えを纏めつつ、慎重に言葉を選びながら話した。


「銀座のある中央区と浅草のある台東区は隣り合っていて、同じく東京第2区、与党の高倉たかくら政行まさゆき議員のお膝元です。高倉議員は台東区議時代に『浅草の景観保護』を掲げていました。付け入る隙は十分にあると思います」


 恥ずかしながら妙案とは言えない。ただ、それでも何もせずに手をこまねいているよりはマシだろうとの思いで上申した。 


「高倉は既に銀座の料亭で眞行路一家とズブズブだ。利権の旨味を知ってしまった者が、いまさら若い頃の志を覚えているとは思えないがな」


 そうあっさりと言い捨てた恒元だが、顎に手を当て、考える素振りを見せる。邪推だが、こうまで切羽詰まった状況に在っては藁にも縋りたい思いがあったのかもしれない。やがて意を決したように口を開いた。


「……まあ、やるだけやってみるのも悪くはないのかもしれないね」


「よろしいのですか?」


「こんな状況だ。ほんの一寸でも光明があるなら、それに懸けてみたい」


 そう言うと、恒元は机の上にあった電話機でどこかへ電話をかけ始めた……相手はおそらく高倉議員の事務所だろう。数分後に電話を切り、覚悟を決めた顔で告げる。


「これより会う段取りになった。今から3時間後、赤坂へ来てくれるそうだ。我輩が直に話をつけようじゃないか」


 一方、俺には別の任務が与えられた。


「涼平。お前はこれから浅草へ行ってもらう」


「浅草へ!? まさか、カチコミ……?」


「いいや。あくまでも目眩ましだ。眞行路の監視を誤魔化すためのな」


 高倉との会談では、眞行路一家の目をどうにか避ける必要がある。自分を弾くための了解取りが行われていると知れば、眞行路は忽ち激昂。あらゆる手段を用いて歯向かってくるはずなのだ。


「噂によると眞行路が北海道へジンギスカンを食べに行ったというが、おそらくそれは奴自身が流したデマ・ゴーグだろうね」


「確かに。この時期にバカンスってのがいかにも怪しいですよね」


「きっと当人は銀座に居る。我輩がどのような動きをするか、見定めていることだろう」


「だとすると、あの野郎が浅草を襲ったのは会長の失脚を意図したものなのでしょうか……?」


「たぶんな」


 苦々しい顔で、恒元は俺に命じた。


「何にせよ、高倉議員との話し合いは奴に勘付かれたくない。お前はこれから浅草へ向かい、関東岸根組の関口せきぐち功夫いさお組長と会って来い。そうすれば眞行路の目には我輩が岸根組に詫びを入れたものと映るだろう」


 アポイントは恒元がつけてくれるという。曰く、岸根組へと電話をかけて「これより直接謝罪に伺いたい」と持ちかけるのだそうだ。


「向こうは中川会の会長が直に来るものと思い、きっと大急ぎで支度をし始める。おそらく浅草は眞行路一家の兵が監視している。奴らは総長の元へこう報告を入れるはずだ。『会長が岸根の所へに詫びを入れに行く』とな」


「なるほど。それで眞行路の目を誤魔化すって寸法ですか。良い案だと思います」


「お前は出来る限り時間を稼げ。才原が高倉を隠密に総本部ここへ連れてくるまでの間、岸根組や眞行路に我輩が浅草へ来ると思い込ませ続けるのだ」


「分かりました。お任せください」


「良いか? 決して悟られてはならんぞ。眞行路が事の真相に気付いた瞬間、この計画は水泡に帰す」


 俺は強く頷き返した。


「ええ。分かっていますとも。必ずや任務を完遂してみせましょう」


「くれぐれも頼んだぞ。本当はお前に危険なことをさせたくはないが。中川会が渡世で生き残る道は、もはやそれしか残されていないのだ」


 考えてみればおかしな話だ。仮にも家臣であるはずの存在が主君よりも大きな力を持ち、我が物顔で振る舞っている。それゆえ主君はその子分が不始末をやらかしても処罰を下せず、第三者に「処罰しても良いか?」と伺いを立てねばならないなんて。


 俯きながら「情けないことこの上ない……」と自嘲する恒元だが、今回の危機は逆に好機ともいえる。事が上手く運んで眞行路を殺せれば、その気に乗じて一家を解体できる。そうすれば御七卿の一角を潰したことになり、中央集権化に向けた改革へ弾みをつけられるのだから。


 今こそが正念場だ。中川会の組織力強化を成せるか、否か。全てが今回の結果に左右される。


「……それと、もし余裕があればで良いのだが。岸根と和議をまとめて来られるなら、まとめて来てほしい。正直なところ、もはや我輩の手には負えなくてな」


 気合いを入れるように「はい!」と力強く答えた俺はすぐさま準備を始める。現在の時刻は16時50分。そこから3時間後の20時近くになるまで、浅草で一芝居打てば良いのだ。


 仰々しさを出すために次長助勤を大勢連れて行こうかと思ったが、俺が単身ひとりで行くことにした。今回は敵地への潜入。往路は『中川恒元の使い番』を気取って上手く潜り込めたとて、復路は簡単じゃないはず。


 会長は浅草へ赴くことが無いのだ。その件で岸根組サイドを欺く以上、何が起こるか分かったものではない。渡世に入りたての部下たちを危険な目には合わせたくなかった。それに、ひとりの方が何かと動きやすいかもしれない――。


「……よし。やってやるか」


 外へ出てタクシーを拾い、目的地へと向かう。本部事務所が焼け落ちたため、岸根組はシマ内にある旅館を臨時本部に定めているという。


「お客さん、どこまで?」


「浅草三丁目まで頼む」


 運転手に目的地を告げると、車は発進した。なお、左手には現金を詰め込んだアタッシュケースを携行している。こちらは前述の全焼した建物の修理代として恒元が岸根組に渡すよう持たせたものだ。果たして、先方は受け取ってくれるだろうか……?


 着いてからの振る舞い方などを脳内でシミュレーションしていると、いつの間にやら車は首都高を降りていた。


 台東区浅草。俺は過去、二度に渡って同地へ赴いている。しかし、いずれも観光ではなく重苦しい交渉が主目的だった。江戸時代の名残を多く残す、情緒あふれる街並みをゆっくりと堪能する暇など無かった。


 一度で良いから、じっくりと浅草の街歩きを楽しんでみたいものだ。下町の屋台巡りなんかも楽しそう。今度来るときは仕事ではなく、旅行気分で訪れたい……そんなことを考えた、次の瞬間。


 車が急ブレーキで停車した。


「なっ!?」


 ちょうど浅草二丁目の18番地の小路に差し掛かった時だった。


 何事かと思いきや、フロントガラス越しに見えたのは黒塗りのバン。そこからぞろぞろと降りてきた人影が視界に入り、俺は嘆息をついた。


「ちっ……もうおいでなすったか……」


 遠目からでもよく分かる。連中の纏う背広には、四ツ割り菱の代紋バッジが妖しく輝いていた。眞行路一家の組員たちである。


「ここは通さねぇぜ!」


 彼らはぐるりと車を取り囲み、拳銃を構えて威嚇する。どうやっていなすか、やり過ごすかと考えていた矢先、連中の口から思いがけない名前が呼ばれた。


「おい! 乗ってるんだろ!? 執事局の麻木涼平よぉ!」


 おいおい……マジかよ……。


 奴らはどうして俺の名前を知っているのか。というか、そもそも何故にこのタクシーに乗っている事実を知っていのやら。さては何処からか追尾されていたな……いやいや、考察に耽っている暇は無い。急いで対処法を考えねば。


「さっさと降りろぉ! さもなくば運転手を殺しちまうぜぇ~!」


 直後、前方にいた男が引き金をひいた。


 ――バリンッ!


 男の構えた拳銃から弾丸が放たれ、それはフロントガラスを貫通して運転手のすぐ近くに当たった。


「ひいっ!?」


 運転手は悲鳴を上げた。幸いにも直撃は免れたようだが、彼はハンドルから手を放して座席の下に潜り込んでしまった。まあ、無理もない反応である。


「お、お客さん! あんた、筋者ですか!?」


「……ああ。そういうことになるな」


「だ、だったら、早く降りてくださいよぉ! もう、これだからヤクザは乗せたくないんだ!」


 巻き込むのも忍びないので、俺は止む無く車を降りた。前方には眞行路一家の兵隊たち。その数は8名。全員、サイレンサー付きの拳銃を構えている。


 一方、こちらの武器はグロック17と短刀。前者に消音能力は無いので、この住宅街での発砲は出来るだけ避けたい。


 ならば――。


 俺は静かに構えを取った。


「はあ……」


 だが、ひとつだけ確かめたい疑問がある。荒事が始まる前に、連中に尋ねてみた。


「……てめぇら、どっから俺をつけてきた?」


「うるせぇ! これから死ぬ奴に教えても意味が無いだろうがよぉ!」


 帰ってきたのは、何とも血気に逸った答え。すっかり呆れ返るこちらの様子にはお構いなしに、奴らは手持ちの銃の引き金を一斉にひいたのだった。

極道社会のタブーを犯し、浅草へと攻め込んだ眞行路高虎。彼の尻拭いで出かけたにもかかわらず、襲ってきたのは眞行路一家の男たち。多勢に無勢の涼平の運命は!?

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