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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第9章 帰ってきた悪魔
167/252

陰と陽

 2004年3月12日。搭乗ゲートを抜けて乗り継ぎ区域までやって来ると、そこは多くの組員であふれ返っていた。おびただしい数だ。


「会長、ご苦労様です!!!」


 恒元の姿が見えた瞬間、一斉に頭を下げる男たち。まるで任侠映画の中に放り込まれたかのような、凄まじい迫力。かつて横浜で目にした光景とは規模が違う。これが関東最大組織、中川会か……と俺は思わず感慨に耽ってしまった。


「うむ。出迎えご苦労」


 配下の者たちを一瞥し、無表情に頷く恒元。彼もまた恐ろしい貫禄である。大勢の部下たちを前にしても眉ひとつ動かさないのは、さすが首領の器量と称えるべきだろう。


 一方、俺はといえば少々疲れ気味。


 沖縄から羽田空港までの旅は思ったより長かった。世間一般では往路に比べて復路は早く感じるというが、まったくそんなことは無い。異国から戻った際の飛行時間よりも時の流れが遅かったくらいだ。


 きっとそれは那覇での疲れのせいだ。本音をいえば少し休みたいところであったが、そんな俺の気分とは関係なしに現実は動く。中川会には新たな問題が降りかかっていた。


「ああ、会長。よくぞお戻りくださいました!」


 赤坂総本部の留守を任されていたナンバー2のたかむら豊斎ほうさい理事長と軽く会話を交わし、恒元は颯爽と空港の中を歩いてゆく。移動疲れで置き去りを食ってはまずい。俺は慌てて後を追いかけ、会長と理事長の会話に耳を傾ける。


「沖縄では大変な目に遭われたとか。ご無事で何よりでございます」


「うむ。それは良い。ところで、奴は現在いまのところどんな動きを見せている?」


「様子見といったところですな。総本部としても、どう手を打てば良いか」


「そうか……」


 眉をひそめた恒元。一難去ってまた一難、というわけか。彼らは一般客の行き交うエリアへ進み出てもなお、組だのシノギだのと渡世人らしい会話を堂々と交わしている。次第に辺りがざわつきはじめた。


「ねぇ、あの人たちってヤクザじゃない?」


「やばいよ。やばいよ。関わらないようにしよう」


 見るからに怖そうなむさくるしい男の集団がぞろぞろと現れたのだ。当然、通行人の注目はこちらに集まる。俺は空港スタッフに睨まれないように若干頭を下げつつ、会長たちの後を追った。


「篁よ。赤坂に戻り次第、眞行路しんぎょうじを呼べ。今日という今日はきっちり言い聞かせねばな」


「はっ、かしこまりました!」


 会長が留守中に東京で起きていた問題……それは、いわゆる内輪揉めだった。


 事の発端は俺が帰国する直前、恒元が沖縄入りした3月5日まで遡る。直参、眞行路しんぎょうじ一家いっか総長の眞行路しんぎょうじ高虎たかとら。その男が中川会理事長補佐の職に在りながら、あろうことか同じ直参組織の領土を武力で奪い取ったというのである。


「さあて、眞行路一家をどうしてくれようか。ひと思いに取り潰してしまいたいところだが、奴らの力は今や我々と同格に並びつつある。迂闊な処分を下せぬのが悩ましい所よ」


 苦い面持ち呟く恒元の後ろを歩きながら、俺は沖縄で戦死した元執事局長の平野との会話を思い出し、中川会という組織構造のいびつさについて再認識していた。


 そもそも中川会は初代、中川なかがわつねずみが関東各地に点在していた博徒集団を戦後の焼け野原でまとめ上げて結成された組織。厳格なピラミッド型の序列が形成されているというよりは、有力な親分たちが結集した連合体としての側面が著しい。


 また、会長の権力がそれほど強くない理由には、もうひとつ別の要因が関係している。それは一部の直参組織が権威を持ち過ぎていること。組織旗揚げ時、中川の代紋の下に参集した組は計7つ(通称:しちきょう)あったそうだが、その全てが明治時代以前から続く由緒正しき極道の名門組織。いずれも代々世襲による組織継承を行い、現代まで続く。つまり、上部団体よりも下部団体の方が長い歴史を持っているのだ。これでは中川会の会長が確固たる支配権を確立することなど出来るはずもない。


 現在では本庄組や桜井組といった新興組織が直参に名を連ねるようになったが、依然として古株者たちの影響力は強い。先ほど恒元にヘコヘコと頭を下げていた篁理事長も、前述の御七卿の一翼を成す五代目白水一家の総長である。平野曰く「理事長は会長の忠臣を自称している」とのことだったが、果たして本心はどこにあるのやら……。


 会長が俺たち執事局を当てにする理由が、東京に戻ってきてよく分かった。配下の親分たちがこうも油断ならない奴らばかりであれば、直属部隊への依存度が高まるのは必然。これから俺は恒元会長のために尽くさねばならない。期待に応えられる働きができるだろうか?


 そう、自問自答をしかけたところで恒元に声をかけられた。


「涼平。東京に着いて早々すまんが、お前にやってほしいことがある。頼まれてくれるか?」


「ええ。勿論です。何でしょうか」


 さっそくの指令か。どうやら総本部へ戻る会長とは別行動でミッションを与えられるらしい。どんなことを命じられるのか、と軽くドキドキしながら続く言葉を待った。


「これから日本橋へ行ってどら焼きを買って来てくれたまえ。『みやかね堂』という店だ」


「え!? どらやき……ですか?」


「ああ。頼むぞ」


 どら焼きを買って来いとは――。


 予想に反した内容に、俺は面食らった。理事長との会話に出た眞行路一家を隠密偵察して来いとか、総長を軽く痛めつけて来いとか、そういった内容の指令を与えられると思っていたのだ。しかし、何故にどら焼き? そこは恒元の趣味であるフランス菓子ではないのか? この五年の間に和菓子を嗜むようになったというのか……俺にはいまいち理由が分からなかった。


 とはいえ、命じられたからには行くしかない。俺はリムジンに乗り込む会長と別れ、電車を乗り継いで日本橋の『みやかね堂』へと向かった。


 そこはかなり古い店だった。


「いらっしゃいませ。何をお探しでございましょうか」


 出迎えたのは白髪の目立つ初老の男性店員だ。木造二階建ての店舗も全体的に老朽化が目立っており、外装にはひび割れや腐食が散見される。店内に至ってはカウンタ―を除いて埃まみれ。壁に貼られたポスターも色褪せていた。


 明治38年創業と云うが、老舗の割に客は入っていないようだ。まあ、掃除も行き届いていないようでは当然の至りであろうか。


「ええっと、どらやきを買いたいんだが」


「どら焼きでございますか。酒蒸し饅頭ではなく?」


「あ、ああ。どら焼きだ」


 店内のあまりのボロさに軽く引きながら注文を言った俺に、店員の男は目をパチクリさせた。驚いているような眼差しだ。この『みやかね堂』は和菓子問屋ではないのか? まさか、お品書きに無いとは言うまい。


「もしかして品切れだったか?」


「いや……そうじゃござんせんが、しばらくご注文が無かったもんでねぇ」


「出せねぇのか?」


「お客さん。酒蒸し饅頭はいかがですか。それなら、すぐにお包み出来ますよ」


 精一杯の笑顔を見せた店員だが、どうして饅頭を勧めてくるのだろう。俺は「どら焼き」とはっきり言ったのに。おそらく店側にどらやきを出しづらい事情があるのだろうが、こちらは会長の使いで来ている。無理を通すしかない。


「饅頭も良いが、俺はどら焼きがどうしても食いてぇんだ。頼むよ」


「失礼致しました。では、今からお作りしますんで。暫くかかりますがお待ちいただければ」


「おうよ」


 渋々ながらに注文を承諾し、店員は奥へ引っ込んだ。なお、どら焼きと酒蒸し饅頭はどちらも同じ値段である。店側が前者を躊躇う理由は何か? ただ単に材料が不足しているだけか? 仮にそうなら素直に「品切れ」といえば良いものを……。


 訝りながら待っていると、先ほどの店員が再び現れた。


「お客さん。よろしければ、こちらをお上がりください」


「ああ、すまねぇな。ちょうど喉が渇いてたところだ。助かるぜ」


 彼が持ってきたのはガラスのコップに入った冷たい緑茶。カウンター脇の床机に座って飲んでくれとのこと。

 その長椅子に掛かった緋毛氈は例によって埃まみれで、よく見たら蜘蛛の巣が張っている。されども立ったまま飲むのも無粋なので、俺は不快感を堪えて仕方なく腰を下ろした。


「……この店はあんた一人で?」


「いえ。当主と二人でやっております。あたくしはただの雑用働き、といいますか」


「そうか。まあ、待ってるぜ」


 一人で切り盛りしているわけではない事実が分かったので、俺は少し安堵した。この初老の男性は目を凝らしてみたら腕がかなり細く、和菓子職人には不向きな体つきをしている。別に菓子をこしらえる職人がいるのなら、そちらの腕に期待しよう。


 俺は差し出された茶を飲みながら、ぼんやりと時間を潰した。


「……」


 だが、待てど暮らせど商品が出てくる気配が無い。50分ほど経過してもなお、どら焼きは俺の前に姿を表さない。注文時に「暫くかかる」と前置きをされたからには覚悟の上だが、流石に少し気になってくる。

 暖簾で隠された店の奥を覗き込んでみると、何やら揉めているようだった。


「だから言ったんですよ、お嬢! どら焼きは無理だって!」


「あんたは黙ってて。職人の仕事を邪魔しないで」


「職人って、ねぇ……お言葉ですがね。あなたはまだ修行中の身でしょう。生地だってろくに作れやしないのに。素直に出来合いのものだけ売ってれば良いんですよ」


「だから、黙ってて! 頑張ってやってるじゃん!」


「お客さんを待たせるのはまずいですよ。今からでも注文の電話を入れた方が……」


「絶対に嫌! 完成させてみせるんだから!」


 なるほど。大方の事情を察し、俺は深いため息をついた。


 要するに、この『みやかね堂』の現店主の女の子は半人前。何らかの理由で引退した親の跡を継いで職人の道を歩み始めたものの、技術はまだまだ未熟で、和菓子の命である生地すらもまともに作れない有り様。ゆえに普段は何処からか外注した菓子を謹製と偽って店頭に置いている模様。


 ところが今回、俺が注文したどら焼きは偶然にも在庫を切らしており、他所から届けて貰うにも時間がかかる。番頭の男性が難色を示したのはそのため。


 彼としては普段のごとく注文で急場をしのぎたかったのだろうが、店主が何を血迷ったかどら焼きを自分の手で作ると言い出し、先刻から悪戦苦闘を続けている。よって、ここまで時間が流れてしまったというわけである。


 何でも良いから、早いとこ商品を持ってきてくれ――。


 素直な感想をいえば文句しか出て来ない。それでも店主と番頭の気持ちは分かる。店主はおそらく、先代の娘。親から職人として店を託された自負と誇りがあり、未熟ながらに全力を尽くそうと日々もがいている。

 一方の番頭も何とか若女将を支えるべく奮闘している。ただ、顧客を待たせて店と当家の名誉に傷を付けるわけにもいかない。板挟み状態で彼も悩み苦しんでいるのだ。


 この日本橋一帯は江戸時代から全国へと繋がる街道の発着地点として栄え、職人と商人が行き交う経済特区であった。江戸の中でも指折りの“人情の街”で通っていた日本橋の地域柄に免じて、ここは首を長くして待ってやるとしよう。


 この辺を仕切っているのは三代目伊東一家。中川会の直参組織で、大原おおはら征信ゆきのぶ総長が率いる組だ。そういえば、大原総長も中川会では人情派の親分だよな……なんて懐古に浸っていた、その時。


 突如、店に数名の男たちが入って来た。


「おう、邪魔するぜ!」


 見るからに菓子を買いに来た客ではない。同業者だと、一瞬で分かった。ごろつき然とした雰囲気で、派手な柄のスーツやシャツを身に纏っている。


「あ、あんたら! また来たのか!?」


 慌てて出てきた番頭が叫ぶ。招かれざる客だったか。


 屈強な男らが店を侵食する中、ずば抜けて背が高くガタイの良い男が目についた。どうやらそいつがリーダー格のようだ。右手に携えているのは、なんと拳銃! おいおい……消音機サイレンサー付きとはいえ、街中で拳銃とは破天荒すぎるだろう。


 そいつは銃をクルクルと回しながら煙草に火をつけると、不敵に笑いながら店内を見回した。そして番頭に問いかける。


「例の件は考えてくれたかい?」


「む、無理だ! 何度言われてもお断りだ! 帰ってくれ!」


「そんなこと言わねぇでよぉー。現実的に考えて、仲良く手を取り合ってやっていこうや。なあ?」


 男らが口にした、例の件という文言。ろくな話でないことは容易に察しが付く。用心棒代を寄越せだの、ショバ代を払えだの、様々な口実を吹っかけてみかじめ料を巻き上げるのだ。


 しかし、ここは前述の通り日本橋、三代目伊東一家の支配する土地。みかじめ料なら、既に払っているのではないか? それも、あの大原総長ならばヤクザの威勢と暴力でカタギを脅して搾取する強引なやり方は許さないはず――。


 首を傾げていると、彼らの口から驚くべき単語が飛び出した。


「番頭さんよぉ、あんまり俺らを舐めない方が良いぜ? 本庄ほんじょうぐみの怖さを知らねぇだろ」


 ちょっと待った。本庄組だと? あれは五反田を統括する組織で、日本橋は奴らのシマではなかったはず。


 そんな本庄組がどうしてここに?


 何やらキナ臭い予感がしてきた。されど、ここで迂闊に動いても得は無い。胸騒ぎを抑え、俺はひとまず事態を注視することに決めた。


「ほ、本庄組が何だってんだ! 我々は大原の親分さんに守って頂いてる! あんたらなんか要らない!」


「その大原の親分は先月にパクられただろぉ。今じゃあ俺たち本庄組が日本橋の支配者なんだよ」


「だからどうした! 言っておくがな、お前らみたいな任侠道のカケラも無い組はただの外道……」


「ああん? 今、何つった?」


 その瞬間、男は番頭の胸ぐらをグイッと掴む。


「誰が外道だって? 俺たちは俺たちなりに努力してんだよ。この伝統と歴史ある街を守っていこうと、毎日汗水たらしてよぉ。その俺たちを『外道』呼ばわりなんざ、あんまりじゃねぇか? ああ!?」


 やがて男は怯える店員のこめかみに銃口を突きつけた。


「や、やめてください……」


「カタギが調子こいてんじゃねぇよ。俺たちヤクザ相手に啖呵切ろうなんざ、分不相応なんだよぉ! 今この場で殺してやったって良いんだぜ? 今じゃあ、日本橋の警察サツも役所も俺らの味方なんだからなぁ!」


「た、助けて……」


「だからよぉ。どうすんだって訊いてんだよ! 守り代を払う先、伊東から俺たちに乗り換えるのか、乗り換えねぇのか! 答えはひとつしかねぇよなあ? おおん!?」


 銃口をグリグリと押し当てながら、男は執拗に問い詰める。周囲の連中も騒ぎ始める。店内の空気が一気に殺気立ってきた。これはいかん――ところが、番頭は首を横に振る。聞こえてきたのは、勇敢にも無謀な返答だった。


「……できません。大原の親分さんを裏切るなんて」


 当然、それは本庄組の男たちにとっては好ましからざる答え。命を懸けて通した意志は、凶悪な形となって返ってきた。


「そうかい。じゃあ、殺してやる。言う事を聞かないカタギなんか要らねぇ」


 突きつけられた拳銃の引き金に男が指をかける。だが、その時……。


「待って!」


 可憐な声が響いた。


「ああん?」


「もう止めてください!お金なら払います! だから、その人を放して!」


 暖簾をくぐって姿を見せたのは作務衣姿の女の子。先ほど外注をする、しないで番頭と揉めていた店主だった。


「お嬢! 出てきちゃ駄目だ! 下がってください!」


 番頭が必死で呼びかけるも、店主はゆっくりと首を横に振る。そして前へと進み出て、両手いっぱいに抱えた現金の束を震えながら男に手渡した。


「こ、ここに50万あります。今、出せる精一杯の額です。これで……お願いします」


「お嬢!!」


 番頭が悲鳴のような叫びを上げる。代替わりして以降、店の経営状況は明らかに衰えているであろう。ただでさえ客足が遠のいている現状に加えてヤクザへのみかじめの払いまで重なれば、この『みやかね堂』は終わってしまうも同然。それでも人の命には代えられない。少女が持ってきたのは、未熟な自分を慕って付いてきてくれる奉公人の命の代金だった。


 だが、ヤクザたちはそれを醜悪な仕草で迎え入れた。


「50万円ねぇ。残念だけど、足りねぇなあ~!」


「えっ! でも、この前は50万って……」


「俺たちは散々待たされたんだよ。それを考えて、もうひと声欲しいなあ……なぁ?」


 男はニヤニヤと笑いながら少女の両肩を掴む。少女は完全に怯え切っている。


「じゃ、じゃあ……あと100万出します!」


「お金も良いんだけどさぁ。君、女の子だよねぇ。良かったら良い仕事紹介してやるけど……どう?」


「い、嫌です! 離してください! 早く帰って!」


 男は怯える女の子にそのまま抱きついた。


「ちっちゃい身体だねぇ。そそられるわぁ~」


「や、やめて……」


 暴れる少女を押さえつけ、男は彼女の顔をペロペロと舐めずり出す。それを見た他の組員たちは下品な笑い声を漏らす。その光景を見て番頭は激怒し、男に向かって叫んだ。


「おいっ! めろ!お嬢から離れろ!」


「てめぇは引っ込んでろよ」


 ――プシュッ。


 ついに男は番頭に向けて発砲する。肩を撃たれた痛みに呻く彼に向けて、男はさらに銃口を突きつけた。


「そうだぁ~。良いこと考えたぁ! この店って、お前の力で持ってるようなものだなぁ? お前をここでブチ殺せば、店は潰れるんだよなあ? そしたらこの子を好き放題にできるんだよなぁ? ウヒッ、ウヒヒヒヒッ!」


「や……やめ……」


「ロリ専門の風俗にでも売り飛ばしてやるよぉ! その手の変態は多いからなぁ!」


 豚のごとき囀りと共に凄みを利かせる男に、番頭は抵抗の声を上げる。店主は泣きじゃくりながら店の奥に消えようとするが、組員たちがそれを見逃すはずもなく、すぐに捕まって床に押し倒された。


 もう我慢の限界だ。


「おい、ちょっと待てよ」


 俺が無粋な男たちにそう声をかけると、彼らは一斉に振り向く。


「ああ? 誰だぁ、テメェは? いつからそこに居やがった?」


 今までずっと店内に座っていたというのに、気づかなかったのか。まったく。どうしようもない阿呆どもである。


「お前ら、さっきから見てりゃあ情けねぇなあ。筋者スジモノがカタギ相手にハジキかよ。これだから本庄組はバカにされるんだよ」


「んだとぉ!? テメェ、どこの誰だか知らねぇが調子に……」


「乗ってねぇよ。馬鹿野郎」


 男が言い終わるより前に、俺はそいつに向かって突きを放つ。瞬きを終える間も無く、拳銃を構えた奴の腕には俺の手が刺さっていた。


「うぎゃあああ! 痛ぇ! 痛ぇよおおお!」


「腕を斬り落とさないでやったのはせめてもの情けと思え。このウジ虫が」


 俺が手を引き抜くや否や、男は痛みのあまり喉を枯らして絶叫して、程なくして気絶した。他のチンピラたちは驚愕で硬直する。全員の顔がみるみる青ざめてゆくのが分かった。


「な、何だコイツ!?」


「腕に手が刺さって……!?」


「この野郎、どこの組の者だ!」


 担ぐ代紋は違うが、お前たちと同じ中川会の人間だよ。だが今は別にどうだっていい。本能のまま番頭や少女を庇うように立った俺。


「……」


 すると組員たちは怯んだのか、数歩後ずさる。俺は彼らを睨みつけながら口上を述べた。


「お前ら、本庄組の三下だよな。ここは日本橋。お前らのやったことは立派なシマ荒らしだ。分かってんのか?」


「……う、うるせぇ! 部外者は引っ込んでやがれ!」


 1人の組員がナイフを取り出し、怒声と共に飛び掛かってきた。俺は即座にそいつの腕を掴んで引き寄せると、肘部分に貫手をぶち込んだ。骨と腱が破壊されて男は堪らず悶絶する。


「ギャアアアアア!!」


 そしてそのまま足を払いのけて転倒させつつ、手から落ちたナイフを奪取して組員たちに向けて突きつけた。その刃先がキラリと光ると、残った奴らは恐怖で慄く。この程度で縮み上がるとは情けない奴らだ。


「俺としちゃあ、今この場に居る全員を殺してやっても良いんだがな。大人しく立ち去るなら見逃してやるよ」


 そう告げた俺だが、組員たちは震えたまま動かない。仕方ないな。あと少しばかり痛い目に遭わせてやろうか……そう思った時、連中のうち1人が口を開いた。


「て、てめぇ、もしかして! 麻木か!? ずっと前にうちの事務所で雑用やってた、あの麻木涼平!」


「だったら何だってんだよ」


「もう日本に帰って来ていたのか! くそっ!」


 知っている奴か。俺自身はよく覚えていないが、かつて俺が五反田の本庄組事務所で居候になっていた事実を知っているので、たぶんその時から組に居る古参組員だろう。まあ、何にせよ俺の役割はひとつ。不届き者を排除するだけだ。


「で? どうする? 回れ右してこの店を出て行くか、俺に殺されるか、好きな方を選べ」


「麻木涼平……てめぇが居るってこたぁ、執事局……会長の差し金か……くそったれが! 今日のところは引き上げだ! 覚えていやがれ!」


 チンピラたちはそう言い捨てると、尻尾を巻いて逃げ去っていった。何とも情けない連中だ。こんな奴らがうろついているから、この街の品性が貶められるのだ。嘆かわしいことこの上ない。


「あんたら、大丈夫か?」


 俺が振り返りつつ声をかけると、少女は番頭の被弾した肩に手拭いを押し当てていた。幸い、傷は深くなさそうだ。銃弾が肉を掠めただけで、厳密にいえば当たっていない。さっきの連中、射撃の腕もポンコツかよ……。


「問題ない。血も止まっている」


「良かったぁ……」


 番頭の傷が軽いと分かると、安堵の涙をこぼした少女。先刻は揉めていたが、二人は強い絆で結ばれている。親の代から仕えてくれている番頭に全幅の信頼を寄せている店主。この二人ならばこの先、きっと店を立て直していけるだろう。俺は確信していた。


「危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。何とお礼をしたら良いか……」


 一応の手当てが済んだ後、深々と頭を下げる番頭に俺は問うた。


「大したことはしてねぇよ。そんなことより、さっきの奴らはよく来るのか?」


「ええ。先月から来るようになりました。『伊東から俺たちに乗り換えろ』と要求を吹っかけ、私どもが従わないでいると店に嫌がらせを繰り返すようになったんです。おかげで客足も遠のいて……」


 こちらに客が来なくなったのはヤクザの所為だけでもないような気もするが、それはさておき本庄組の“シマ荒らし”は明白だった。連中は三代目伊東一家の混乱に乗じて日本橋を侵食しようと目論んでいるのだ。聞けば、近所では既に数件の店舗や事業所が奴らに屈してしまっているという。


「仕方ないですよ。目の前であれだけ乱暴なことをされたら、誰だって従ってしまいます。大原親分の時は決してそんなことは無かったのに……」


「さっきの奴ら、大原総長が逮捕されたとか何とか言ってたな。そいつは本当なのかい?」


「ええ。先月の3日、突然逮捕されました。大勢の組員を連れて歩いたのが『威圧行為』とみなされて暴力行為等処罰法とかいう法律に違反したとかで……」


「なっ!?」


 俺は耳を疑った。法律の条文の中には確かにそのような記述はあるものの、実際に適用される例はきわめて少ないからだ。それも、当局を手懐けているはずの自らの領地内でお縄にかかるなんてまず起こり得ないこと。


 誰かしら黒幕がいる……大原総長は、そいつに嵌められたと思えてならなかった。


「本庄組は今や日本橋署はもちろん区役所までも支配下に置きつつあります。奴らの息のかかった警官が街をうろつくせいで、伊東の皆さん方は地回りすらできない。私どもカタギも本当に困っております。もう、どうすれば良いのやら」


 軽く使いを頼まれて赴いた日本橋で、よもやこんな深刻な事態が発生しているとは。これは一刻も早く総本部へ行って恒元に報告し、対処方針を仰がなくては。というか、本庄組がシマ荒らしをしている旨を恒元は知らないのか? 知っているのに対処ができないのだとすれば、会長の権威など有って無いようなものだぞ……。


 兎にも角にも、赤坂へ行かねば。


「教えてくれて、ありがとな。俺は今から行く所がある。それじゃあな」


「ああ。待ってください!」


 店を出ようとする俺を番頭が引き留めた。店の奥へ向かったかと思うと、数分後に何やら包みを持ってくる。


「これをお持ちくださいませ。形が不出来なものではございますが、どうか……」


 それは少女が作ったどら焼きだった。先ほどの五十分で何とか完成形まで辿り着いていたようだ。言葉の通り全体的にブヨブヨとしていて不細工だが、客を手ぶらで帰したくないという店側の誠意が詰まっている。


「まだまだ未熟な腕ではございますが、お嬢……いや、当店のあるじはいずれ必ずや立派な職人へと化けます。ですから、その時までどうか『みやかね堂』を見守って頂きたいのです。お願いいたします」


 額が地面に着きそうな勢いで頭を下げた番頭。それを見ていた少女も彼に倣う。ここで「不出来なものを客に渡すのか?」などという無粋なツッコミは不要だ。俺は2人の気持ちを素直に受け取ることにした。


「分かった。じゃあ、これを買わせて貰うぜ」


「お、お代は結構でございます!」


「良いんだ。ヤクザがカタギに奢らせるわけにはいかねぇよ。釣りは要らないぜ、じゃあな」


 一万円札を渡すと、俺は肩で風を切って店を出た。どうせ貰うなら任侠者らしい戯言を吐いた方が格好良かろう。そんな安直な考えであった。


 日本橋から赤坂までは地下鉄銀座線で数分の距離だ。平日の昼下がり、ラッシュの時間帯を避けていることもあってか電車内はさほど混んでいなかった。俺は出入り口付近で座席に腰を下ろし、暫し体を休める。ヤクザは体力仕事。落ち着ける時に息を整えておかねば。


 そうして赤坂駅に着いた後に3分ほど歩くと、いよいよ目的地が見えてくる。おそよ五年ぶりの帰着となる中川会の赤坂総本部だ。


 俺は懐かしいコロニアル・スタイルの巨大な洋館へ入ると、首を長くして待っていた会長に事の次第を全て報告する。


「和菓子を買いに行ったつもりが、とんだ修羅場を見ちまいましたよ。会長はご存じだったんですか?」


「無論だ。東京のみならず、関東甲信越で起きたことは毎日全て私の耳に入って来るからな」


「そうでしたか。んで、“どら焼き”なんですけど。店の主は高校生くらいの姉ちゃんで、和菓子職人になってまだ日が浅いとか」


「ああ。それも知っている。『みやかね堂』は昔から贔屓筋でね、洋菓子至上主義であるこの我輩の唯一の例外があの店の“どら焼き”なのだ。先代が腰を痛めて引退してからは長らく食べていなかったが、この機会だ。当代のお手並み拝見と行こうじゃないか」


「いやいや、味については保証できませんよ……?」


「分かっているとも。ただでさえ悪戦苦闘しながら和菓子を作っているのに、そこへ来て本庄組がちょっかいをかけてくるようになったんだ。多少の味の劣化は大目に見てやらねば可哀想だろう」


 恒元曰く、古くから店を支えた職人たちもだいぶ暇を貰っているという。その要因は店主の代替わりのみならず五反田のサソリ、本庄利政による三代目伊東一家のシマ荒らし。やはり、あの街で起きている現実を恒元は把握していた。全てを知った上で俺を派遣したというのだ。


「……なるほど。会長が俺を遣わせた理由が分かりましたよ。日本橋の実情をその目で見て来い、との仰せだったんですね。だから敢えてどら焼き”を」


「うむ。そういうことになるね」


 件の『みやかね堂』は本庄組によるタカリ行為の被害に遭っており、毎日のごとくチンピラが店に現れる。また、あの店で“どら焼き”を頼めば酒蒸し饅頭以上に時間がかかるため、本庄組組員と出くわす確率が上がる。偶然を装って店に滞在し、本庄組によるシマ荒らしの現場に居合わせ、必要があれば撃退せよ――これこそが恒元の意図であった。


「まどろっこしい命令ですまなかったな。『それならそうと率直に言えば良いのに』とは思わなかったのかね?」


「思いませんよ。空港の出迎えには幹部たちが来てたじゃないですか。サソリ野郎は居ませんでしたけど、あの場で本当の目的を口に出したら奴の耳に入るかもしれない。そうしたら、俺を遣わす意味が薄れてしまう」


「おお。流石は涼平。我輩の考えていたことは、まさにそれなのだよ。空港に来ていた目黒の桜井さくらいは本庄と長年の盟友で五分の兄弟だからね。万が一の可能性を警戒したわけだ」


 俺の肩をポンと叩きながら「お前は我輩の考えていることを言わずとも分かってくれるのだな」と、嬉しそうに称賛を贈ってきた恒元会長。そうまでして俺を日本橋へ遣いに出した理由は、他でもない。今の中川会の抱える課題を肌で体感させ、これから共に打開するべく意識付けを行うためであった。


「お前もよく分かっただろう。我輩の悩みの種は眞行路だけではない。近頃は本庄組も言う事を聞かん。我輩の顔を潰し、好き勝手に振る舞っている。アガリさえ納めていれば良いと言わんばかりにな」


「それでも会長が取り潰しをお命じにならないのは、眞行路も本庄も組織にとっては必要不可欠な男だからですか?」


「うむ。悔しいことにな。西の煌王会と渡り合ってゆくためには、眞行路の武力や本庄の知略、そして双方の持つ財力が欠かせないのだ」


 恒元ほどの男であれば、しがらみを気にせず剛毅果断な人事采配が振るえると思っていたけれど。実際には違った。巨大組織ならではの事情に悩まされ、翻弄され、中川会総勢1万9千騎を率いてゆく苦労に日々付きまとわれているのだ。


 村雨組は上部団体との関係に神経をすり減らしていたが、こちらもこちらで事情は切実である。人の上に立つ者、下で支える者、立場や状況は違えど、皆それぞれに他者との付き合いで問題を抱えている。何もかも100パーセント自由に振る舞える人間など、誰も居ない……。


 幹部たちに気が許せない会長にとって唯一の味方が、俺たち執事局。与えられた役目の想像以上の重さに、身がさらに引き締まる思いだった。


「これから考えるべきは如何にして、眞行路や本庄を飼い殺しにするかですね。忠臣にするのは無理でも何かしら犯行の目を摘む方法があるはずです」


「そうだな。しかし、容易ではないぞ。現に眞行路は我輩の呼び出しに依然として応じていないのだから」


「えっ? まだ来ていない!?」


 恒元が篁理事長に呼び出しを命じてから、もう3時間近く経つというのに。流石に遅すぎる。今日は眞行路は東京の所領内に居るとのことだったので、奴がこうまで姿を表さないとあっては苛立ちを禁じ得ない。「会長のことを侮っているのでは?」と、俺でも自然とそう思ってしまった。


「まったく。どこで何をやっているのか……」


 執務室の窓に視線をやった恒元が憤慨混じりの嘆息を吐いた、ちょうどその時。慌ただしくドアがノックされ、男が入ってきた。執事局の伝令係だ。


「申し上げます。眞行路の親分、みえられました!」


 やっと来たか――。


 俺と恒元は顔を見合わせて息を呑む。


「分かった。今日という今日は許さんぞ。徹底的に追及してやらねばな」


 呼び出しの理由は不祥事の詰問である。眞行路一家が他組織の領地を侵略した件、これについて総長の眞行路は何食わぬ顔でシラを切り通すつもりでいる模様。しかし、そんなやり口を許すほど恒元は甘くない。拳を握り固めて部屋を出て行く恒元について、俺も応接の間へ赴いた。


 なお、この問題における被害者である門谷かどや伯瑛はくえい理事長補佐も応接の間へ来ている。こちらの門谷も門谷でろくでもない輩であると恒元は云う。結局のところ、幹部連中に会長の味方は居ないのである……。


 詰問の場に会長執務室ではなく応接室を使う理由は、実に単純。万に一つ眞行路と門谷の口論がヒートアップして流血沙汰になった場合、恒元のプライベート空間を汚さないためだ。


 眞行路も門谷も忠臣に非ず。不遜で礼儀を欠いた言動があることは確実。護衛に着けと言われたので、俺は深呼吸をする。ひとまずは彼らのやり取りを見守ろう。どうにも長くなりそうだ。


「まあ、なるだけ冷静に対応するよう我輩も気を付けよう。気を付ける余裕があればの話だがな」


「何かあったらその時点で俺が割って入りますから。ご安心を」


「フッ、心強いな」


 他の者にドアを開けてもらい、恒元は部屋へと入った。


 室内に居たのは原告の門谷に、被告の眞行路、そして見届け人たる篁理事長の3名。既に原告と被告が睨み合い、ピリピリとした空気感が醸成されていた。


「会長。ご苦労様でございます。お忙しい所、わたくしめのためにこうしてお時間を割いて頂きまして感謝の至りで……」


「前置きは良い。さっさと始めるぞ」


 にこりともせずに取って付けたような挨拶を口にした門谷の言葉を遮って、恒元はピシャリと言い放った。一方の眞行路は会長が入ってきたというのに起立もしない。


「……はいはい。早いとこ始めましょうや。無駄な時間を食いたくない」


 自分が遅れてきたくせに、この言い草である。早速の舐めた態度。これには向かい側の篁が気色ばんだ。


「眞行路! テメェ、会長に向かって何ていう口の利き方だ! おおゴラァ!」


 門谷も苛立ちを露にする。


「誰のせいでこうなったと思ってる? ここはお前のシマ荒らしを裁く場だ。分を弁えろ」


 眞行路と門谷が、所謂犬猿の仲に在るのは何となく分かった。さしずめ普段から、もっと云えば互いに若い頃から険悪な関係だったのだろう。「昔から進化のぇ野郎だな。下品な猿め」と門谷の罵声が続く。


 そんな3人を恒元は一喝する。


「黙れ!」


 ところが眞行路は憮然とした態度を崩さず、これ見よがしに鼻を鳴らすのみであった。何て野郎だ。完全に舐めてやがる――。


 眞行路高虎。


 あまりの態度の悪さに俺も辟易する他ない。奴と顔を合わせるのはおよそ五年ぶり。組織に入る際の起請きしょうの儀式で奴に見届け人を務めて貰って以来だ。思えばあの頃から会長には敬意が感じられなかった気がする。


「事を裁くのはあくまで我輩だ。勝手な物言いは慎んでもらおうか」


 そう恒元が釘を刺すと、眞行路は笑った。


「裁くって、何を裁くんですかい?」


「ふざけているのか」


「別にふざけちゃいませんぜ。ただ、分からねぇんですよ。俺がどうしてこの場に呼ばれたのか……いや、呼ばれる必要があったのかがねぇ」


 礼節のカケラも無い眞行路に、何を思ったか。会長は先ほどよりも一段と語気を強めた。


「戯言を抜かすな!」


 ソファの前にあった机を蹴り飛ばした恒元。大きな音が部屋中に響いた。眞行路はぴくりともしない。しかし、その表情からは余裕が抜けている。先程までの豪放磊落な様子とは打って変わって笑みが消えた。


 奴なりに「このまま会長を怒らせても得は無いな」と判断したのだろう。強気に振る舞ってはいるが、現状の眞行路は処分を待つ身。正しい判断である。


「……気を取り直して。そろそろ話を進めようじゃないか」


 軽く咳払いをした後、恒元はず門谷に尋ねる。


「門谷よ。今回の詮議はお前からの訴えによって始まったもの。眞行路一家が浦安にあったお前の所領シマを侵略した、これに間違いは無いのだな?」


「ええ。間違いございません」


 会長の問いに大きく頷いた門谷が、目の前の眞行路を睨みつける。


「渡世において他所よそさまの、それも同じ代紋を担いだ身内の米櫃こめびつに手を突っ込むなんざ言語道断だ。この男には“恥”という概念が無いみてぇです。脳みその代わりに綿でも詰めてるんじゃねぇかと」


「はっ、何を言ってんだか! あれはおめぇさんのシマじゃねぇだろう! そっちこそ考える頭が足りねぇんじゃねぇのか?」


 恒元に「申し開きがあるなら言ってみろ」と促され、眞行路は淡々と自己弁護を行う。


「誤解があるみてぇなので、訂正させて貰いますが。丸山まるやま興行こうぎょうには元々、眞行路一家うちの盃を下ろす手筈になっていたんです。それをこのハイエナ野郎が横取りしやがったんで、然るべき措置を取らせて頂いたまで。盗まれたものを取り返して何が悪いってんですか」


「貴様! 会長の御前で出鱈目をほざくなッ!!」


 ここで堪忍袋の緒が切れたのか。門谷はとうとう立ち上がり、銃を抜いた。それに対抗して自らも得物を取り出した眞行路と一触即発の状態に陥る。


「止めねぇか二人とも!」と篁が声を荒げて制止するが、双方ともに折れない。ヤクザは先に腰を引いたら終わり。争い事において譲歩できないのは当然のことであろう。


 しかし、ここはあくまで穏やかに解決することを目指した詮議の場。それ以上の行為は恒元が許さなかった。


「静まれ!」


 フランス語で大音声を放つと、門谷も眞行路も渋々ながらに着席して銃を懐に収めた。ホッと胸を撫で下ろした様子で、篁が恒元に言った。


「会長。二人ともイキがった野郎ですが、組織のことを何より一番に考えております。何卒、寛大な御処分を」


 それに対し、恒元は一呼吸おいてからこう告げる。

「会長である我輩が裁くのは、原告と被告の双方だ。決め事を厳守しない者など要らない」


「我輩は日本古来の喧嘩両成敗が嫌いでね。裁きを受けるべきは、争いの火種を撒いた者。それしかないだろう」


 確かに原告と被告の双方ともに罰を受けさせるのはおかしい。俺も恒元の考えに賛成だった。


 会長寄りの執事局所属という立場を抜きにしても、今回の一件は眞行路の方に絶対的な非があると思えてならない。何故なら奴は浦安への襲撃で門谷サイドに死人を出したというのだ。


 無論、門谷は怒りに燃えていた。


「おい。眞行路。お前んところの若衆が殺したのは私の舎弟。七三の弟分だ。まさか、それを分かってやったとなどは言うまいな?」


「知らんなあ。俺はいちいち殺す相手の素性なんざ確認しねぇもんでね。ドンパチになりゃあ向かってくる奴はぶっ潰す、それだけだろ」


「抗争へと発展させたのは貴様の方ではないか」


「そうかもしれねぇけどよぉ、荒っぽい展開になるって予想はついてたはずだぜ。巻き添えを食いたくなけりゃ逃げれば良かったんだ」


「あの場に居た方が悪いというのか? ふざけるな!」


 そもそも浦安市は千葉県で、同県の大半を治める門谷の所領。そこで飛び地のごとく一本独鈷を貫いていた丸山興行の組長を脅し、眞行路一家が無理やり傘下に引き入れようとしたのが争いに繋がった。相手は門谷の領地内に在るわけだから、交渉権は門谷が有すると考えるのが正しかろう。


 また、何故に丸山興行が千葉県内で独立を保っていたのかというと、それは江戸時代から続く歴史ある名門所帯だから。博徒系の中川会とは源流が異なる的屋系組織ということもあり、門谷が特別に配慮をして今まで手出ししてこなかったというわけだ。


 しかしながら、眞行路はそれを「中川会の方針に反する」と主張する。ゆくゆくは関東全域の支配を目指さんとする中川恒元の基本方針の前では、歴史だの博徒的屋だのは関係ないと声高に叫ぶのであった。


「門谷、お前さんは会長のお言葉を忘れたのか? 『関東では中川の代紋以外を認めない』って前に仰ってたじゃねぇかよ。浅草も、横浜も、ゆくゆくは中川会が獲ると」


「いや。それはそうだが」


「お前がいつまでも浦安の丸山を潰さねぇから、俺が代わりにやってやったんだろう。組織の綱領と照らし合わせりゃあ俺の方が筋は通ってると思うぜ? どうだ?」


「今はその時ではない、そう思っていたから手を出さなかったまでのこと。私はあくまで事を穏やかに運ぼうと、丸山とは長い時間をかけてゆっくりと対話を重ね、向こうから自発的に盃を呑んで貰まで誠意を尽くすつもりだったのだ」


「それを俺がぶち壊したってのか? ケッ、冗談じゃねぇよ。対話なんざヤクザのすることじゃねぇだろ。こっちは関東甲信越1万8千人の中川会、向こうはたった51人の弱小組織。こっちが誠意を尽くすべき相手とは思えねぇがな」


「何にせよ、お前のやったことは越権行為を超えて侵略だ。私が許してもいないのに浦安へ踏み入り、荒事を行った上にあまつさえ私の大事な身内を殺した。そのケジメはきっちり取ってもらうぞ」


「いいや。侵略じゃない。浦安のあの地区に限ってはお前のシマじゃなかったんだから」


 屁理屈というか詭弁というか。咎められるべきは会長の方針に逆らって弱小組織相手に手をこまねいていた門谷の方だと、眞行路は断固として言い張る。エスカレートする両者の口論を窘めた篁が「会長、いかがなさいます?」と問うが、もはや聞かずとも分かること。


 恒元の裁定は俺の考えた通りだった。


「門谷に非はない。我輩はそうとしか思えん」


 肩を持たれた門谷は満面の笑みで歓迎する。


「そう仰ってくださると信じておりました。流石は会長。感服いたしました」


 大袈裟気味に拍手すると、勝ち誇るように目の前の大男を見据える門谷。一方の眞行路は眉間に青筋を立てて唇を噛んでいた。今すぐ目の前の男に殴り掛かりたい衝動に駆られるが、ギリギリのところで理性を保って無理やり感情を抑えつけているようだった。


「ちぇっ、これだから……」


「これだから? 何だというのだ? 我輩の決めたことに文句があるのか?」


「いえいえ。会長のご聖慮はいつも素晴らしい。こっちから言うことは何もありませんよ」


 しかし、言葉とは裏腹に眞行路の態度からは不服の意が滲み出ている、奴は脚を大きく広げてソファにもたれかかると、懐から煙草を取り出した。あれは輸入物の名品、かなり高級な銘柄だ。


 すかさず篁が「眞行路!」と怒気を孕んだ声で一喝する。一瞬たじろいだ様子の理事長補佐だったが、負けじと言葉を返した。


「何ですか?」


「何ですか、じゃねぇだろ。煙草を吸うな」


 すると、恒元がいきり立つ理事長を「篁。構わん」と制止する。恒元はポケットから金色のライターを取り出すと、眞行路の口に咥えられた煙草の所まで手を持って行き、火をつけてやった。


「……恐れ入ります」


 眞行路としてもこれは意外な行動だったようで、目を丸くしていた。仄かに空気感が微妙に変わってきた頃、恒元が淡々と言葉を切り出す。


「そろそろ、この話の落としどころを決めなばなるまい。今回の一件は全て眞行路一家の軽挙妄動が招いたこと。よって、眞行路高虎。お前は本日をもって中川会の理事長補佐を解任とする! 理事に降格だ!」


 理事とは、すなわち役付きの無いヒラ幹部のこと。騒動の内容を考えれば、当然の処分であった。むしろ相手方に死人を出している割にはかなり寛大ともいえる。


 恒元はなおも続ける。


「奪った浦安のシマは即刻、門谷に引き渡せ。また、門谷およびけいよう阿熊あのぐま一家いっかに対しては詫び料として1億円を支払うこと。良いな?」


「……ええ。払いますよ。今回は俺が悪うございました。詫びりゃあ良いんでしょう。詫びりゃあ」


 脚を投げ出して不遜な態度の眞行路。これに対しては門谷が憤慨した。


「おい。何だ、その態度は? 謝罪する人間の振る舞いではないだろう?」


「別に。自分てめぇが悪いなんざ1ミリも思っちゃいねぇからよ」


「何だと?」


「お前、良かったじゃねぇか。弟分の命と引き換えに大金が手に入って。生憎、うちは阿熊と違って儲かってるからなぁ。1億の現ナマくらい痛くも痒くもねぇ。古臭いやり方に囚われて金欠の誰かさんとは違うんだよ」


「貴様、言わせておけば……私の組の名を貶めるなァ!!」


 眞行路の挑発を前に殺気立つ門谷。篁が慌てて「止めろ」と二人を叱り飛ばす。


「二人とも、いい加減にしないか! 身内同士でいがみ合って何になる! これ以上の争いは許さねぇぞ!」


 理事長の言葉が無ければ、再び互いに銃を取り出していただろう。もしかすると、それ以上の惨事が発生していたかもしれない。眞行路高虎と門谷伯瑛。両者の遺恨はあまりに深い。きっと今後も似たようなトラブルは繰り返されるのだろう。これはなかなかに厄介な話だ。


 いずれまた両者を仲裁せねばならなくなるであろう恒元の苦労を思うと、同情を禁じ得ない。


「さて、話を戻すとしよう」


「さて。この件はこれにて手打ちだ。双方とも蒸し返すことの無いようにな」


 そう、恒元が言うと、門谷はソファに座り直した。眞行路高虎もまた気を落ち着かせて着座する。一旦場の空気がリセットされたことを確認して、俺はホッと胸を撫で下ろす。


 それからは彼らの話に適当に耳を傾けていようと思ったのだが……程なくして、眞行路の口から聞き捨てのならない台詞が聞こえてきた。


「しっかし、会長。中川会も変わりましたね。この神聖な総本部にネズミが堂々とたむろするようになっちまうなんて」


「ネズミ? はて、我輩は見かけたことが無いが」


「あの小僧ガキのことですよ!」


 眞行路が吐き捨てた言葉に対して、その場に居た全員の目が俺の方へと向けられた。


 はあ? 俺がネズミ?


 腹立たしい限りであったが、俺の身分で食ってかかるわけにはいかない。ゆえに咄嗟の判断でそっぽを向いて素知らぬ振りをする。だが、眞行路は大声で「おい! そこのボンクラァ!」と叫んだ。


「テメェのことだよ!!」


 ああ。どうやら、逃げ道はないようだ。反吐の出る気持ちを押し殺しながら、俺は返事を打つ。


「……俺のことで何かありましたか?」


「テメェ、戻ってやがったんだな。会長のお気に入りだか何だか知らねぇけどな、所詮は執事局なんざ単なる男娼、掘られ役だ。調子にだけは乗るんじゃねぇぞ、分かったか!」


 眞行路がそう言うと、門谷はプッと噴き出す。見れば斜向かいに座る篁理事長までもが笑いを堪えているように思える。これは何かしら反撃してやらねば。


「別に、調子になんか乗っちゃいませんよ。眞行路補佐。いや、眞行路“前”補佐」


 補佐の職を解かれたばかりの眞行路にとっては、強烈な嫌味である。俺が「おっと、失礼しました」と頭を下げると、恒元は手を叩いて笑い転げた。


「ははっ、良いぞ涼平! これは傑作だ! 異国暮らしでジョーク、ユーモアのセンスも身についたようだな!」


 一方、顔を真っ赤にして激昂しかけた眞行路であったが、この流れでは殴りかかるなどはできなかったらしく、俺に向かって煙草の吸殻を投げつけただけで矛を収めた。


「チッ、相変わらず口だけは達者な野郎だな。まぁ良い。今日のところは大目に見てやる。だがな、もしこれから分を超えた振る舞いがあれば絶対に見逃さんぞ。せいぜい己を律して仕事に励め。このネズミ野郎」


 この中で最も分を弁えていないのは自身であるくせに、どの口が言うのか。俺は心の中で中指を立てていた。状況が状況であれば即刻奴の喉に貫手を放っていたところだ。


 当の眞行路は、恒元に視線を移していた。


「俺は会長の気持ちが分かりませんよ。こんな執事局のモヤシ共を頼るだなんて。こいつらに頼らなくたって、俺たちがいるじゃあないですか」


「誰に重きを置こうが我輩の勝手だ。お前ごときに口を挟まれる謂れは無い」


「お言葉ですがね、あなたのやってることはホモの相手を近くに侍らせてるだけ、単なるプレイの延長ですよ。大体、執事局に護衛以外の何ができるってんですか。戦いじゃあちっとも役に立たねぇ。現に沖縄じゃ大半が討ち取られた」


 そこまで言い放った眞行路に対し、ようやく篁が窘める。


「控えろ。会長には会長のお考えがあってのこと」


 門谷も同調して頷く。


「……」


 なるほど。この二人も所詮は中川恒元の真の忠臣ではない。表向きは敬う素振りを見せているが、実のところは恒元を慕ってなどいない。むしろ、見下して小馬鹿にしているような節さえ感じられる。


 篁の五代目白水一家も、門谷の六代目京葉阿熊一家も、結局のところ中川より代数が長い。有力な親分たちによる連合体という中川会の体質上、彼らにとって会長は単なるお飾り。江戸時代から続く所領を保障してくれるだけの存在に過ぎない。だからこそ、独自のカリスマ性を発揮して会長権力を増大させようと考える恒元が目障りで仕方ないのだ。


「まあ、組織をどう動かすかは会長のご自由ですがね。気まぐれで事を進めるのだけは止めて頂きたい」


「気まぐれ? どういう意味かね?」


「自分の好き嫌いでモノを決めるなってことですよ。今日の処分だって、要は俺が元々気に入らなかったから降格の沙汰を下した。関東制覇はご自分で言い出した癖に。聞いて呆れますわ」


「ほう……随分な物言いだな」


 場の空気感が一瞬で凍った。即座に篁が「眞行路! テメェ!」と食ってかかるが、スキンヘッドの髭モジャ大男は意に介さない。それどころか、更なる悪態をつく始末だった。


「俺を潰したいなら、どうぞ絶縁にして頂いて結構です。その時は眞行路一家1千騎、喜んで相手になりましょう。尤も、あなたに銀座を手放すだけの勇気があればの話ですけどね」


「待て。どこへ行く。まだ話は終わっていないぞ」


「帰るんですよ。理事長補佐の職を解かれたんだ。総本部に留まる必要も無いでしょう」


 そう言うと、眞行路高虎はスタスタと歩いて部屋を出ていってしまう。彼の後ろ姿を見て、門谷が舌打ちをする。


「まったく。あの男は中川会の恥晒しだ。天保の頃より銀座を仕切ってきた一族の名に胡坐あぐらをかき、勝手なことばかりやっている」


「そういうお前も立場に胡坐をかいてるじゃねぇか。御七卿の中じゃあ、稼ぎが2番目に悪い癖に」


「私はただ慎重に慎重を期して物事に当たっているだけです。お言葉を返すようですが、理事長の白水一家だって……」


 眞行路が退出するや否や、今度は二人で口論を始めた門谷と篁。同じ穴の狢だ。代紋の古さで会長に敬意を払わず、ただ椅子にふんぞり返って既得権を貪り、互いに足を引っ張り合っているだけの連中である。


 義侠心も何もあったものではない。恒元が咳払いをすると、二人は取り繕うように話題を変えた。


「とにかく、会長。以後くれぐれも眞行路を重用しないことですな」


「あの男はいわば中川会の鼻つまみ者です。早めに取り除いた方が組織のため。眞行路一家討伐の折には、この不肖、篁豊斎、一命を賭して……」


 都合の良い所だけ会長の機嫌を取ろうとするからタチが悪い。そんな二人に対し、恒元は憮然としてこう言い放つのだった。


「要らん!」


 終了後、執務室の机に戻った恒元は上半身を椅子に預けて息をついていた。


「……疲れたな。つくづく骨の折れる連中だ」


「お疲れさまでございました。今、茶を淹れさせてます。どうかお休みください」


「助かる」


 先刻までの光景には、俺も悪い意味で度肝を抜かれた。あれが中川会の現実か。改めて思い知らされた気分であった。



 終了後、執務室の机に戻った恒元は上半身を椅子に預けて息をついていた。


「……疲れたな。つくづく骨の折れる連中だ」


「お疲れさまでございました。今、茶を淹れます。どうかお休みください」


「助かる」


 先刻までの光景には、俺も悪い意味で度肝を抜かれた。あれが中川会の現実か。改めて思い知らされた気分であった。


「ともあれ、此度は良いきっかけになった。奴の言う通り、我輩は前々から奴を降格させる気でいた。御七卿だからと気を遣っていては、いずれ取り返しのつかない災厄をもたらす」


「仰る通りです。あの男は大人しくなるでしょうか? 今回の件で懲りて改心するようには、とても思えません」


「だろうな。役職を離れたことで却って奔放さに拍車がかかるかもしれない。当面は銀座から目を離ない」


 現時点で眞行路一家が組織を割って出る可能性は低いようだが、油断は禁物。今回のように同門組織の領地を侵食する事件が起こらないとも限らないのだ。中川会幹部陣でも群を抜いて好戦的な眞行路のこと、恒元の許しを得ずに遠方の組織と戦争を始めることだって十分に有り得る。


「我輩の父も、兄も、眞行路一家を前には強気に出られなかった。高虎の父、しんぎょうまさとらは中川会旗揚げにおける最大の功労者。よもや我輩の三代目時代になっても尚、その威光が消えぬとは」


「凄い人だったんですね。その政虎って親分さんは」


「政虎だけでじゃない。御七卿の侠客たちの協力なしに、今の中川会は無い」


「御七卿って、確か戦後の闇市で初代会長の下に集った7人の博徒でしたよね? さっきの理事長、門谷補佐、それから眞行路の他には……」


「あと4人いる」


 そう言って、恒元は机の引き出しを開けて俺に一冊の書物を渡す。「中川恒澄 録」と記されたその冊子はどうやら中川会創成期の歴史を記録した文書のよう。許可を得て中を開けてみると、過去の経緯が詳しく書かれていた。


「ちょうど良い機会だ。中川会のはじまりを学んでおきたまえ」


「ええ……っと、全ての発端は初代が戦後の闇市を仕切ったこと? ですよね?」


「そうだ。我輩の父、恒澄はかつて旧帝国陸軍の少佐をやっていてね。退役した後に公職追放の憂き目に遭った。それで食い扶持を得るため、軍人時代に培った暴力性と人脈を生かして裏社会へ入ったんだ」


「なるほど……で、闇市で愚連隊を結成して勢力を拡大、数年後には千代田区一体を支配するまでに膨れ上がったんですね?」


「ああ。恒澄には、人を惹きつける魅力があったのだろう」


 ただし、今も昔もポッと出の新参者を易々と受け入れてくれるほど裏社会は甘くはない。すぐさまとある実力者に目をつけられ、抗争が始まった。そんな時に恒澄が協力者として選んだのが御七卿、当時の関東で幅を利かせていた7人の親分衆だ。


「上野の白水一家に、銀座の眞行路一家、日本橋の伊東一家、千葉の京葉阿熊一家、そして埼玉の大国おおぐに一家いっかと群馬の椋鳥むくどり一家いっか、水戸の森田もりた一家いっかが加わるわけですか……しかし、どうして彼らは初代と手を携えたのです? ここには『武器弾薬の提供を条件に協力を持ちかけた』とありますが、武器なら自力で入手できたのでは?」


 しかし、恒元曰く当時は現代とは事情が異なったそうだ。


「この国で銃を調達するのが難しいのは現代も変わらないが、当時はかなり難儀でね。戦前や戦時中は今とは比べ物にならぬほど銃規制が徹底されていた。今と違って、ヤクザたちに海外からの密輸のコネクションがあるわけでもない」


「ああっ……そう考えると、その7人の親分たちが初代を頼ったのも納得できますね。当時はポツダム宣言で武装解除された旧日本軍の銃火器が大量に余っていたと聞きます。元軍人なら、そうした余剰品を横流しできるでしょうし」


「うむ」


 中川恒澄は、元軍人としての強みを最大限に発揮して裏社会で立場を築き上げていったのである。後に御七卿と呼ばれる有力親分たちを味方に付けた恒澄は、瞬く間に抗争に勝利。新憲法施行後に「府」から「都」へ改められた東京の他、関東の広範囲にわたって勢力を形成するに至る。


「渡世で名を上げた初代は次第に関東のみならず、西の煌王会からも一目置かれる存在になったんですね?」


「そう。裏社会では武名が命。小規模な愚連隊から己の腕一本で成り上がった恒澄の名前には、大きな価値が生まれた。彼の下に集った親分たちは、そんな恒澄に自らの権益を守る“傘”になってほしいと頼んだのだよ」


 ネームバリューを活かして他所へ睨みを利かせて侵略を防いでもらう代わりに、身体を張って仕え、尽くす。恒澄と親分衆との間にはそんな主従関係が生まれ、やがてはひとつの組織へと発展した。それが中川会である。


「旗揚げ時には東京を支配するだけだった勢力圏も、今や神奈川を除いた関東甲信越、それから北陸三県にまで広がっている。凄い話ですよね。会長は三代目として組織の最大版図をお築きになられた」


「だが、父も兄も我輩も、覇道を突き進む過程で御七卿の力に頼り過ぎた。独力のみで覇道を歩めれば、どれほど良かったか……」


 そう語る恒元の声には苦悩の色がはっきりと滲んでいた。いびつな形で膨らみ続けた巨大組織を率いる長としての、決して面には出せぬ本心が窺える。常人ならすぐさま投げ出してしまうような悩みを恒元は一人で抱え込んでいるのだ。


 かつて本庄利政は恒元のことを「放任主義者」と称していたが、それは誤りだ。組織の体質上、直参たちの行動を必ずしも統制できないため、敢えて放置せざるを得なかっただけの話である。


 ただ、恒元には大きな目標があった。


「我輩の宿願は日本制覇。父が夢見て、兄が志半ばで成し得なかったことを我輩が実現させるのだ」


「はい。いずれ、必ず」


「そのためにも、やらねばならないのが組織改革。盃を呑んだ者たちを抑え、会長の名の下に忠誠を誓わせる。中川会をヤクザとしてあるべき姿に戻すのだ」


 組織の現状を見ると急務としか思えない。このまま有力幹部らに好き勝手をやらせていては、会長の独裁が酷い煌王会とは違った意味で内部崩壊を起こしてしまう。そのために恒元が考えている手段こそが御七卿の力を削ぐことだった。


「この中川会から御七卿という枠組みそのものを消してしまった方が良い。奴らが現状のまま未来永劫、特権階級のごとくなられては困るのでな」


「俺もその方が良いと思います。いくら武力や財力に充実していても、統制の効かない組織で煌王会に勝つのは難しいですしょう。日本制覇を目指されるなら、まずは会長が安心して大鉈を振るえる環境づくりですね」


 俺が手始めの策として恒元に提案したのは、執事局の拡充だった。現状では会長の護衛部隊としての位置付けである執事局を「部隊」から「軍」に昇華させるくらいの増員を行うべきだと主張したのだ。


「明治政府は気兼ねなく動かせる自前の軍隊を創設することで力をつけ、わずか数年後に廃藩置県を断行できました。当時の大名が経済的に弱体化していたのもありますが、常備軍の結成をやらずに幕藩体制は崩せなかったでしょう」


「なるほどな。で? 具体的にどうするのだ?」


「俺たちの場合は、まずは“藩”である直参組織から兵員を供出させる。現有の組員を貰うのも良いですが、各組ごとにノルマを決めて新たに人を集めさせるのもありでしょう。そうすれば程よく金銭の負担を強いることだって出来ます」


「そうか……こちらの戦力拡充と直参の弱体化を同時に進めるわけだな」


「はい。明治政府が御親兵を創設した経緯に倣うのです」


「もしも連中が命令に従わなかったら? その時はどうする?」


 単純かつ浅慮と笑われるかも知れないが、俺の答えはひとつだった。


「……その時は、俺が従わせます。会長に従わない奴は殺す。その大原則を今一度、皆に広く認識させましょう」


 圧倒的な暴力をもって恐怖を植え付ける。それこそが最も効果的に組織をまとめ上げる方法だ。我ながらに腕は立つ方だと思っている。組織の強靭化のためならば手段は択ばず、何だってやってやる――。


 決意を改めて伝えると、恒元は微笑んだ。


「やはり、心強いな。それでこそ、異国へ武者修行に出した甲斐があったというもの」


「お褒め頂き、光栄です」


「涼平。お前が来てくれて良かった。我輩にとっては神からの贈り物だ……」


 そう言うと、恒元は俺を手招きする。近づいて行ってみると、両肩をグイッと掴まれて抱きしめられる。そして、そのままキスをされた。


「うっ……んぅ……」


 情熱的な接吻だった。彼の舌遣いに身を任せていると、その身体から漢気が漲っているのを感じる。五年前よりも少し痩せたと分かるが、それでもまだ全身に鋼のような筋肉が詰まっていると分かる体つきだ。やがて唇が離れると、そのままソファの上に押し倒されてしまう。


「……か、会長」


「久々にどうだ? 悪くないだろう?」


「は、はい……」


 こんなことになるのも五年ぶりだ。断っておくが、俺に男色の趣味は無い。諸外国を放浪している間も興味は覚えなかったし、逆に俺が居た国々はそうした情事がタブーになっている所が多かった。


 盛りの付いた獣のごとく俺の服を脱がしにかかる会長。本当は嫌だ。嫌に決まっている。されど、これも臣下としての務め……忠誠を誓うとはこの事だというなら……受け入れざるを得ない。


 俺は歯を食いしばって、耐えることに決めた。


「お、お手柔らかに頼んます……」


「ああ。もちろんだ。分かっているとも」


「ううっ!」


 恒元は俺の男根を掴み、いじり始めた。まだふにゃふにゃなそれを上下に擦り上げる。やがてむくりと膨張し始めたものが外気に晒される頃には、もうすっかり上を向いていた。


「綺麗な色をしているな……」


「い、言わないでください……ッ!」


 恥ずかしいことこの上ない。主君と言えども年上の男に手淫されるなんて屈辱でしかない。だが、ここで拒絶しては忠誠を誓ったことにはならない。奥歯を嚙み締めて耐え忍ぶのだ。


 かつては「こんなホモ会長のところからは無く逃げ出したい!」などと思っていたのに、不思議なものだ。誰かに対して忠誠を誓わんとする気持ちが自分に芽生えるなど、あの頃からすれば全く信じ難い。一体、何が俺を変えたのやら……。


 と、思っているうちに恒元の行為は激しさを増す。ついには肉坊が我慢の限界を迎える。


「あううっ……出る!!」


「……フフッ。いっぱい出たな」


「も、申し訳ありません。会長のお口の中に」


「気にするな。さあ、尻を出せ。今度は我輩の番だ」


「は、はい……」


 言われるままに四つん這いになる。恥ずかしい格好で尻を突き上げた屈辱的な姿勢を取らされてから、たっぷりと指で弄ばれたあと、肛門に熱いものが押し当てられるのが分かった。ついにその時が来た。俺は目を固く閉じて覚悟を決める。


 耐えろ。耐えるんだ――。


 地獄のような時間は想像以上に長く感じ、俺は時折気絶しそうになるのを必死で意識を保っていたのだった。


 体内時計にして、それから2時間くらいは事に耽っていただろうか。気づけば執務室の外は西日が落ちて、夕方の刻限を迎えつつあった。


「綺麗な身体をしているな。涼平。所々に被弾の痕も見られるが、それもまた美しい」


「ど、どうも……」


「そんな美しいお前には、美しく着飾ることをせねばな。ああ、そうだ」


 事後、俺の上体をペロペロ舐めていた恒元は、不意に何かを思い出したように言った。


「涼平。背広を買いに行こう。まだ一着も持っていなかっただろう」


 そういえば、そうだ。俺はスーツらしいスーツを所有していない。曰く、恒元が行きつけの紳士服店で見繕ってくれるらしい。彼のセンスには正直なところ疑問が生まれるが、まあ、買ってくれるなら貰って損は無い。


「……ありがとうございます」


 俺は有り難く気持ちを受け取ることにした。脱がされていた着衣を戻すと、すぐさま会長専用の防弾リムジンに乗せられて総本部を出る。行き先は丸の内だった。


「3丁目に腕の良い仕立て屋があってな。きっとお前も気に入るだろう」


「そ、それは楽しみです」


 つい先刻に尻を掘られたばかりということもあってか、車内での会話が自然とぎこちなくなる。空気感を察した恒元は話題を変える。


「中川会がここまで大きくなったのも三代がかりだ。今思うと、父や兄は組織を保つだけで精一杯だったのかもしれんな」


「そりゃあ、江戸時代からずっと世襲制で続いてきた名門所帯を従えてるわけですから。並大抵の苦労ではなかったでしょう」


「親世代が作ったものを受け継いだだけの、苦労を知らぬ連中は扱いが難しい。かくいう我輩も世襲で今の地位に就いたがな」


「会長が三代目を継がれたのって、確か1986年でしたよね?」


「ああ。沖縄で殺された兄の跡目を継いだ。まあ、そこに至るまでに色々とあったわけだが…‥そろそろ着くな。また後で話そう」


 そうこうしている間に車は東京駅の赤レンガを過ぎ、目的地へと着いてしまった。赤坂から丸の内までは車で15分ほど。首都高を降りたら本当に目と鼻の先だ。


「着いたな。この店だ」


「見るからに高そうな店ですね」


「お前は気せずとも良い。政治家や財界人の御用達である会員制の名店だ。日本で新たな門出を切るには丁度良かろう」


 駆け出しのヤクザがスーツを揃える際には1着数千円の古着屋や兄貴分のお下がりを貰うのが一般的と聞くが、俺のような若造にとっては畏れ多いとさえ思う。まあ、今は有り難く買って貰うとしよう。


「どうした? 遠慮するな。ついて来い」


「はい……」


 半ば引き摺られるようにして店内へ入る。途端にクラシックが耳をくすぐり、落ち着いた雰囲気が俺を出迎える。そして、その中央には品の良い紳士が待ち受けていた。年齢は60代後半かな……?


 丁寧に頭を下げて「いらっしゃいませ。中川様。どのようなご用件でしょうか?」と聞く様はまるで英国紳士。本当に清楚でダンディズムあふれるおっさんだった。


「我輩の新しいお気に入りを紹介しよう。麻木涼平だ。すまんが、スーツを仕立ててやってくれ」


「かしこまりました」


 案内されるがままに採寸が始まった。前述の通り各界の著名人ばかりが通う店だが、俺のような20代前半の若者にも似合う品もあるらしい。店主がいくつか候補を見繕い、その中から会長が選んでくれる。


「麻木様は背が高いので、このようなデザインはいかがでしょう」


 そう言いながら取り出したのは光沢のある黒のスーツだ。上着とベストには透明なストライプが入っており、グレーのシャツに合わせて着るらしい。俺は紳士服のみならずファッション全般に疎いので分からないが、とりあえずここは会長の勧めてきた品を素直に受け取っておくか……。


「うむ。これなら涼平に似合いそうだ。涼平は顔が大人びているからな。渡世人らしい派手な殻を選ぶより、落ち着いた質感の方が良さそうだ」


 似合い、不似合いは自分では判断しづらいもの。客観的な意見こそが重要だ。他にいくつか候補はあったが、俺は恒元が最も気に入ったスーツを選ぶことにした。


「……では、それでお願いいたします」


「かしこましました」


 背広の上下が完成するまでは大体、三週間かかるという。「返り血で汚れるだろうから」と合計5着も用意してくれるから何と気前の良いことか。生地もかなり上質な素材を使うので通常より時間を要するとのこと。その一方で、値段について恒元は何ら教えてくれなかった。「涼平が変に気を遣ってしまうから」との理由だった。有り難いやら、申し訳ないやら……まあ、この恩はこれからの活躍で返してゆくとしよう。


「なお、このジャケットとパンツは一応防弾および防刃仕様になっております」


「そりゃあ有り難い話だ」


 よもやヤクザである俺のために工夫を施してくれたのかと思ったが、違うらしい。


「ここは政治家の先生方もよく来られますからね。万が一に時に備えて、お出しする生地には特殊な繊維を使っているのです」


「なるほど」


 日本の政治経済の中心地たる丸の内の洋服店ならではの理由だった。


「さて、では三週間後に取りに来るぞ。今回も良い仕事を頼むぞ」


「ははーっ。ありがとうございます。お待ちしております」


 店主に注文を出すと、恒元は満足気に店を出て行く。外はすっかり日暮れを迎えた。一般的には夕食の準備をし始める時間帯であろうか。


「涼平。腹は空いていないか? 何か食って帰ろう」


 近くにある仏国料理店を俺に紹介したいと話した恒元。スーツを買って貰った上に食事まで奢ってもらえるとは。嬉しさと畏れ多さで胸がいっぱいになる。


「あの店のワインは絶品だぞ」


「きょ、恐縮です……」


「特性のバゲットとの相性も抜群でな。フランス人は夜でもパンを食べるのさ」


 すっかりご機嫌になった会長の相変らずの蘊蓄に「勉強になります」と応じた、その時。俺たちの所へ気配が近づいてくる。


 ――シュッ。


 思わず振り返ると、そこには想定外の光景があった。


「えっ!?」


 そこに、ひとりの男が立っていた。目を引いたのは、その人物の身に付ける衣服。どういう意図か、全身が黒一色だ。


 あれは日本の忍び装束?


 いやはや、何とも奇抜な恰好をした奴である。


「会長!」


 どこの誰がか分からないが、得体の知れないヤバい奴が来た。敵対勢力が送り込んだ刺客かもしれない……そう悟った俺は恒元を庇って仁王立ちになる。


 だが、当の恒元に危機感は薄い。


「会長! 早く車へ乗ってください!」


「いや、良い。あれは才原さいばらだ」


 サイバラと、以前に何処かで聞いたことのあるような名前を口に出した会長。もしかして知っている奴か?そう思って困惑を隠せずにいると、その才原なる甲冑姿の人物は恒元の前で膝をついた。


「会長。無事、仕事を果たしてまいりました」


「うむ。ごくろう。新しい局長の任は重かろう?」


「いえ。いかなる務めもこの鎧に比べれば重くはございません」


 聞こえてきたのは低い声。男の身に付ける装束は顔の辺りが頭巾ですっぽりと覆われている。ゆえに正体を窺い知ることは出来ないが、声色から察するに30代くらいの男性と思われる。


「ははっ! 冗談を言うようになったか、才原!」


「して、会長。この男は?」


 そこで初めて恒元の前に立つ俺の方に意識を飛ばした才原という男は、物珍しそうな調子で尋ねてきた。俺は反射的にポケットの中の銃へと手を伸ばして威嚇するが、それを制止するように恒元が言った。


「涼平。何も問題は無い。こいつは味方だ」


「はあ……?」


才原さいばら嘉門がもん。殺された平野に代わって、本日より執事局の局長に就任した男だ」


 執事局の新しい局長ということは、俺の新たな上司ということか。何だか分からないが、俺はとりあえず軽く挨拶をする。


「初めまして。麻木涼平です」


「お前が麻木か。噂には聞いているぞ。長らく海外で武者修行をしていたとか」


「いや、武者修行ってほどじゃ……」


「過去はどうでも良い。重要なのは、これから何をするかだ。お前が会長の側近として相応しい男かどうか。これから存分に見極めさせてもらうぞ。覚悟をしておけ」


 初対面でここまできっぱり言う人物も珍しい。この物腰は軍人特有の精神構造によく似ている。さてはこの男、何処かで訓練を受けていたのか?


 なんて下らぬ考察を繰り広げていると、才原は恒元に会話の相手を移していた。


「会長。ご指示通りに銃弾を撃ち込みました」


「ああ。ご苦労。眞行路は留守だったのだろうな?」


「ご安心ください。外出したタイミングを狙いました」


 才原から受けた報告を聞いて恒元は微笑んだ。どうやらこの男、会長の命令で眞行路一家の本部事務所を焼き討ちにしてきた模様。命令の理由は先程の報復であった。


「本日の一件は、我輩も腹に据えかねたのでね。理事長補佐の任を解くくらいでは物足りなかった」


「なるほど。だから弾丸タマを撃ち込んだと……」


「ああ。眞行路にとっては痛くも痒くも無いだろうがな。軽いお仕置きにはなったか」


 数秒遅れで、俺は理解した。


「では、私はこれにて」


 直後、才原が風のように去ってゆく。あの格好で街中を歩いたら目立ってしょうがないだろう……と思ったが、いつの間にか姿が消えている。どういうことだ?


「……不思議な人ですね。あの、新しい局長」


「才原は良い男だぞ。これからは次長として、あいつと並んで我輩に尽くしてくれたまえ」


「分かりました……って、えっ? 俺が次長!?」


 思わず訊き返した俺の肩をポンと叩き、恒元は告げた。


「麻木涼平。本日から、お前は中川会執事局次長とする。次長助勤からの昇格だ」


 曰く、以前までは先刻の才原が次長だったそうだが、殺された平野の跡を継いで局長に昇格。俺にその後釜を任せたいのだという。


「いやいや、会長。俺で良いんですか? 俺はまだ日本に戻ってから日も浅いですよ?」


「お前でなければ我輩は認めん。他の奴らでは務まらんからこそ、お前を任じるのだ」


 戻ってきて早々、執事局の次長に就任させられるとは。


 先日の沖縄騒動で藤村や沢木をはじめとする先輩格の大半が討たれ、他の次長助勤は全員が俺より後に入った者。それゆえに年功序列的には問題ないとのことだが、俺に務まるだろうか? ましてや、今まで誰かを率いたことなど無い俺に……?


「大丈夫だ。お前ならできる。才原が我輩の“右腕”なら、お前は“左腕”。活躍を期待しよう。よろしく頼むぞ」


 やや強引に押し切られるまま、ひとつの肩書きができた。執事局次長。何となく不安だが、任された以上はやってやろう。


 俺はゆっくりと頷いた。


「……分かりました」


「良い返事だ。さあ、飯を食いに行くぞ」


 会長は満足げな様子で再び歩き始める。俺もその後ろに続く。


 それからしばらく歩いた先で、俺は夕食にありついた。上等なコース料理だったが、どんな高級食材が使われた料理だったかは気に留められなかった。その一日であまりにも多くの驚きがあり過ぎて、記憶がパンクしてしまったのだ。


 帰国早々、いきなり舞い込んだ大出世。どうにも実感が無かったが、会長が俺を買ってくれる証。ヤクザとしての人生は始まったばかりだが、一歩ずつ進んでいこう――。


 そう思うしかなかった。

大きくなり過ぎた組織の実情に手を焼く恒元と、そんな彼を支えることになった涼平。次回、改革が始まる……!

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