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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第8章 餞別
148/252

負けてたまるか

 ――ズガァァン!


 俺の放った弾丸は笛吹には当たらなかった。奴が瞬間的に体を屈めたからである。


「この野郎!」


 撃ち損じたと見るや、次々と襲いかかる外敵たち。狗魔、ヒョンムル、そして笛吹配下のチンピラが群がってくる。


 彼らを交わして第二射を放とうとするが、時既に遅し。回避行動に気を取られた挙句、激情にとらわれていたのでは尚のこと挙動が遅い。既に笛吹はこちらに向かって駆け出し、目前に迫っていた。


「オラぁ!」


 笛吹は俺の顔面を目掛けて拳を振りかざす。その一撃を間一髪でかわし、彼の腕を掴んで背負い投げを仕掛けようとするが、逆に手首を捻られて床に倒されてしまう。おかしい。この前の戦いでは容易かったのに。前よりも強くなっているではないか。


「ぐっ!」


 背中を強く打ち、一瞬呼吸が出来なくなる。


「はあっ!!」


 仰向けの俺に馬乗りになった笛吹は、両手で首を絞め上げてきた。


「う……あ……」


 必死で抵抗するが、振りほどけない。


「死ねや、麻木ぃ!!」


「ぐうっ!!」


 さらに強く締め付けられる。意識が遠のきそうになる。視界がぼやけていく。薄れゆく景色の中、俺は心の中で叫んだ。


(くそったれがぁ!!)


 次の瞬間、俺は右の掌を全力で突き挙げて笛吹の腹を抉った。謂わば、掌底によるボディーブロー。武芸の技としてはいささか変則的かもしれないが、なりふり構ってなどいられない。


「ごあっ!?」


 俺からの予想だにしない一撃を受けた笛吹は背後に仰け反り、怯む。その隙を見逃す術は無い。俺はすかさず奴の拘束から這うように逃れ、辛うじて保持していた銃を奴に構え直す。


「はあ……はあ……こういうシチュエーション、前にもあったよなあ。二度あることは三度ある。何度やったってテメェは俺にゃあ勝てねぇんだよ、バカヤロー!」


「うるせぇ! まぐれで調子に乗ってんじゃねぇ! ガキが!!」


「さっきの答えを聞かせて貰おうか。テメェが俺の父さんを殺したのか? どうなんだ!?」


 銃を握る手に力がこもる。質問の返事がどうであれ、目の前の笛吹を殺す。ただそれだけに全ての意識が向いていた気がする。


「さっさと答えろ!!」


「……おうよ。その通りだよ」


「ああ!?」


 こめかみに筒先を向けられた笛吹がニヤリと笑う。


「そうだよ。俺がお前の親父、麻木光寿を殺してやったんだよ。それが俺の答えってやつだ!!」


 その瞬間、自分の中で何かが沸騰した。


「こ、この野郎!!」


 しかし、俺が激情のまま引き金をひく寸前、背後で気配を感じ取った。空気を裂くようにして忍び寄る殺気。まずい。そう直感した俺は、ほぼ反射的な動作で身を左側に捩る。


 ――ブンッ。


 避けて正解だった。スキンヘッドの男が、頭上から鈍器を振り下ろしてきた。形状からして金属バット。狗魔の構成員か。


「チッ、避ケラレタカ」


 カタコトの日本語で舌打ちをする男。その斜向かいではガスマスクを被った人物がクロスボウらしき弓を構えている。なるほど。良く分かった。一連の出来事は、全て笛吹と狗魔、そしてヒョンムルが事前に示し合わせたもの。俺を散々に煽って挑発して理性を失わせ、隙を見せたところで生け捕りにする手筈だったか。


 その証拠に、次なる攻撃は飛んできた矢。もちろん見切って躱してやった。俺に当たらなかったクロスボウの矢は、代わりに近くにいた中国人の男の腹部に命中。男はフラフラとその場に倒れた。


(そうか。毒が塗られてたのか……)


 察するに即効性の睡眠薬。俺を生きたまま捕らえるための仕掛けだ。拘束した後は、拷問による嬲り殺し。大体想像がつく。まんまとしてやられて、たまるものか。


 先ほどからすべてがスローモーションの如く、ゆっくりと見えていた。別に大したことではない。


 首の関節を軽く鳴らしながら、俺は笛吹に言い放った。


「ずいぶんと姑息な手を使ってくれるじゃねぇか! 笛吹さんよぉ。そんなに俺をとっ捕まえてぇのかい」


 一方、笛吹はゆっくりと立ち上がりながら応じる。


「……へっへっへっ!よく分かったな。それでこそ川崎の獅子の倅、ちっとばかし勘付くのが遅せぇ気もするが、まんまと罠にかからなかったのは大したもんだ」


「読み通りか。だったら、さっきの答えは嘘だな。テメェは父さんを殺してねぇ。全ては俺を興奮させるための芝居だったわけだ」


「おう。ご名答。思ったより単純じゃねぇんだな、お前は」


 たったそれだけの為に親父のことを持ち出すとは、まったく、どこまでも悪辣かつ意地の汚い男である。面と向かって相対しているだけで虫唾が走りそうだ。


「テメェごときの策に嵌るほどほど俺はバカじゃねぇぞ。やるなら相手を選ぶこったな。カス野郎が」


 顔をしかめて吐き捨てた俺に、笛吹は銃を向けてきた。


「お前を殺したかったのは事実だ。麻木涼平。父親には散々な目に遭わされたもんでなあ。その落とし前をつけさせてもらう! 川崎の獅子の身代わりにな!!」


「父さんを恨んでるのは知ってるよ。まあ、どうでも良いが、参考までに聞かせてくれよ。何がそんなに気に食わねぇんだ? 曲がりなりにも、テメェは父さんに世話になってたんじゃねぇのか?」


「けっ、村雨に聞かされたのか……このガキめ」


 相変らず怨嗟のこもった両目で俺を睨みつつ、構えた拳銃の撃鉄を起こす笛吹。対する俺も発射準備は完了済み。いつでも次弾を撃つことが出来る。


「……」


 微妙な空白が流れる中、先に沈黙を破ったのは笛吹だった。


「教えてやるよ。俺はお前の親父の下僕だった……いや、奴隷と呼んだ方が良いかもしれねぇな」


「奴隷だと?」


「そうさ。そいつぁもう、ひどくこき使われたもんさ。お前はこの言葉を覚えてるか。『いやいや。やめといた方がイイっすよ。そんな甘い世界じゃありませんから』と……」


 その瞬間、俺の中で鮮烈的なフラッシュバックが起こる。過去の情景が瞬く間に蘇ったのだ。脳裏にあったのは亡き父との思い出。まだほんの幼い時分、堀之内8丁目の麻木組事務所へ遊びに行った際に遭遇した出来事だ。


 俺が親父に将来の夢を聞かれて「あなたのようになりたい」と答えた折、近くにいた若衆がやめておけと口を挟んだ。結果、その若衆は激昂した川崎の獅子に鉄拳を食らい、ボコボコにされた。ゆうに10発以上は殴られていたような。


『テメェ、いったい誰に向かって喋ってやがる! ああ!?』


『すみません……』


『オラァ! もう1度言ってみろ!』


『リョウが将来、どの道を選ぶかはリョウ自身が決める事だ。テメェごときが口を出すことじゃねぇんだよ。分かったか、この野郎!!』


 子供が目撃するには何とまあ壮絶な光景であろうか。激しい折檻を受けた若衆は顔面が醜く変形し、頬骨を陥没させて気絶した。事を終えた後、親父は俺にこう言ったのだった。


『ふう。リョウ、悪いな。怖いもんを見せちまって……でもな。これが、父ちゃんの仕事なんだ。どうか忘れないでくれ』


 ああまで怖い親父の姿は初めてだった。当時、俺の中で親父は「カッコいい男」の象徴的存在であった。その裏の一面を見てしまったような心地である。


 普段は仏のように優しいが、1度でもキレてしまえば鬼より恐ろしい――。


 俺に見せつけるべくしてやったのか、それは本人のみぞ知るところで定かではない。しかしながら、息子への効果は抜群だった。あの日を境に、親父に対して畏敬と同時に畏怖の念を抱くようになったのは最早語るに及ばない。


「……そうか! そういうことだったのか!!」


 俺はハッと我に帰る。ようやく思い出した。笛吹慶久は、あの日親父にサンドバッグのごとくタコ殴りにされていた下っ端組員だ。


 愕然とする俺に、笛吹は怨嗟を込めて言った。


「やっと思い出しやがったか。そうだとも。俺はあの時、お前と顔を合わせてたんだ。あの日はお前のせいでボコられたようなもんだ。お前が余計なことを口走らなきゃなあ……」


 奴が麻木涼平をつけ狙う理由が分かった。まさか、全てはその時の復讐だったというのか。しかし、俺の問いに対し、笛吹は首を大きく横に振った。


「いいや、それだけじゃねぇ。お前の親父には数えきれんほどの恨みがある。俺はあの男のご機嫌取り、殴られ役だったからな」


 日常的に暴力を振るわれていたということか。それならば麻木光寿を憎む動機は十分に成り立つ。若き駆け出しの頃、溜まりに溜まった麻木への恨みを倅の俺にぶつけて発散させんとしている。いい迷惑だが、気持ちが分からなくもない。屈辱とは、いとも容易く憎悪に変換されるものだ。


 村雨が持ち帰った資料では「預り修行中は格別の施しを受けていた」とあったが、それはあくまでも表面上のことで、実状は違ったのだろう。不条理や理不尽、常識を外れた出来事が普通にまかり通る任侠渡世。笛吹もその被害者の一人であったというわけだ。


 しかし、奴にこのまま素直に討たれるわけにはいかない。俺には俺の矜持、決して譲れないものがある。冷たい空気感の中で向き合うと、俺は復讐の鬼を見据えて応じた。


「なるほど。とんだ災難だったな。だが、そんなのは知ったこっちゃねぇ。そもそもはお前自身の弱さが招いたことなんじゃねぇのか?」


「何だと」


「親父にも言われたろ。余計な口を挟むなって。そうやって軽々しくあれこれ抜かしやがるから、お前は嫌われたんだよ」


「このガキ……言わせておけばぁぁ!」


 笛吹は沸騰し、構えた拳銃の引き金をひく。すかさず俺も指をかける。その瞬間、辺りに爆音、そして何か金属同士がぶつかり合うような衝撃が轟いた。


 ――ズガァァン!


 俺と笛吹、双方とも被弾はしていない。当たらなかったのか。それからも互いに撃ち合ったが、いずれも同じ結果であった。


 傍らで見ていた張覇龍がニヤリと笑う。


「ほう。これは見事だな。弾と弾がぶつかっている……」


 たまげた。こんなことが起こるとは。如何なる摂理かは分からないが、偶然にも発砲の瞬間が重なっていたのだろう。


 なお、こちらがリボルバーの回転弾倉に込められた5発を撃ち終える前に、笛吹のベレッタM92が給弾不良を起こしたのは天啓の極み。やはり自動式とでは弾数の差がある。それが無くてはやられていたところだった。


 以前、雑誌で拳銃におけるジャムのことは読んでいたために、俺は少なからず知識を持っている。戦場で弾が詰まれば致命的である話もまた、然り。どうにか直そうと懸命に銃のスライドをガチャガチャといじっていた笛吹だったが、やがて諦めて銃を投げ捨てた。


「チッ、使い物にならねぇ銃だ……あのアメ公、不良品を売り付けやがったな。舐めやがって」


 なるほど。どうやら笛吹に情報を流したのはスギハラだったらしい。案の定の展開に俺はため息をつく。


 だが、そんなことは二の次。こちらが別のことに気をとられている間に、笛吹は他の連中へ再び檄を飛ばしていた。金属の匂いに満ちた空間に、奴の怒声が響く。


「おいっ、お前ら、何をボサッとしてやがる! 殺せ! そのガキをさっさとブチ殺せよ!」


 居並んだ男たちは次々と飛びかかってくる。チンピラたちはともかく、中国人、韓国人は笛吹の配下ではないはず。まったくもって不思議なことだが、荒ぶる空気感に呑まれたのだと思う。


「いいぜ……どこからでもかかってきやがれ。誰だろうが構わねぇ。全員まとめて地獄に送ってやるぜ」


 戦いが再開された。


 最初にかかってきたのは、日本刀を携えた笛吹の部下だった。俺の拳銃に斬段数が無いことを気づいているのかいないのか、日本刀男は俺に向かってまっすぐ突っ込んで間合いを詰めてきた。


(当たるかよ!)


 俺は男の突進をひらりとかわす。


 すると、男が振り下ろした刀が地面に当たって火花が飛び散った。凄まじい斬撃だ。刃が当たっていたら死は免れなかっただろう。されどもそんなことを気にしてはいられない。今度は俺から仕掛けてやる。


 相手の背後に回り込み、背中に思いっきり蹴りを入れてやった。そして奴の首根っこを掴み上げ、そのまま力任せに投げ飛ばす。


「おらよっ!」


「ぐへぇっ」


 男はコンクリートの壁を突き破って向こう側へ消えた。


 飛んでいった先には他の敵がぞろぞろいる。俺の策は見事辺り、仲間の身体の重みに圧し潰されて何人かが倒れた。今は一対多数の不利な状況。律儀に単騎ずつを相手にしたのでは夜が明けてしまう。こうでもしなければ数が減らないのだ。


「うわああっ!」


 無論、投げ飛ばした程度で人は死なない。思いのほか攻撃力は低いと思ったが、まあ足止めくらいにはなるだろう。それよりも、前方で銃を構えるガスマスク男をどうにかしなければ。


 俺はそいつに向かって走り出す。


「당신은 자신을 이기기 위해 오는 바보입니다! 죽음!」


 発射のタイミングも含めて完全に見切れる。弾丸の軌道を読み、ひょいと頭を下げて被弾を避ける。


「우둔하다! 왜 안 돼요!?」


 ヒョンムル構成員は慌てて次弾を発砲するが、2度も3度も同じこと。俺はその銃弾を避けながら一気に距離を詰め、顔面に拳を叩き込んだ。


 ――バキッ。


 ガスマスク越しの感触は鈍いが、ヒョンムル構成員はそのまま後ろに倒れこんだ。例によって死んではいないようだったが、しばらく立ち上がっては来なさそうだ。


 敵はまだまだいる。鈍器を振りかぶって駆け寄ってきた男らを回し蹴りで片付け、そのうちの一人の得物を奪うとそいつをブン回して道を切り開く。俺が偶然手にしたのはウェッジクラブ。ゴルフでグリーン手前にて使うアレだ。こんなものを戦場に持ってきていたとは、少し拍子抜けだ。適切な武器を調達できなかったのだろうか。


「おう。頭を潰してやるよ」


「ぐえっ!?」


 金属製だけあって威力はそれなりにある。宣言通り、俺は目の前に群がる男どもの頭部を一撃ごとに損壊させることができた。けれども、ウェッジの本来の用途はゴルフのプレーであって戦闘ではない。


 暫く使っているうちに棒の部分が湾曲し、ついにはぐにゃりと折れ曲がってしまった。止む無く、俺はそれを地面に投げ捨てた。


(くそっ、次はどれにするか……?)


 思案していると、視界に長物の銃器が飛び込んできた。5メートルほど前方に立つ男が構えている。


 そうだ。あれを奪って乱射しちゃおう。さすれば少しは敵の数を減らせる。俺はその男の方へ向かって全力で走った。だがその時、突然後ろから肩を掴まれた。


「ココマデダ。小童フゼイガ」


 振り返るとそこには、サブマシンガンを構えた中国人男がいた。なるほど。こいつが持っている武器もおいしそうだ。自動小銃との違いはいまいち分からないが、連発で速射できるという点では同じであろう。


「悪いな。借りるぜ」


 ――ドガッ!


 即座に腹部に蹴りを突き刺して男を倒し、俺は得物を奪う。運良く、それは前に映画で目にした過去のある代物だ。


 サプレッサー付きのイングラムM10。そういえばアメリカの警察機関が配備していたっけ。如何なる経緯で中国マフィアの手に渡ったかは不明であるが、ここにあるなら使うだけ。小ぶりな銃身のおかげで、銃初心者の俺にも撃ちやすそうだ。


 ――ダダダダダダダダダダダダダッ!!


 引き金をひくなり、弾丸が飛び出す。思いのほか反動が強くて面食らったが、どうにか堪えて銃身を制御する。連発で打ち出された鉛玉は目の前にいる敵に次々と命中し、彼らは瞬く間に倒れていった。


「うあわっ! うぎゃあああ!」


「や、やめろ! 俺を盾にするなぁぁっ!」


「くそったれがああああ!」


 笛吹の部下たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。工場内は遮蔽物も多いが、咄嗟に隠れる事など連中には叶わない。パニックに陥り、飛んできた弾丸で蜂の巣になるのが関の山だった。


「ダ、ダカラ、止メテオケト言ッタンダ! コンナ場所デ銃ヲ乱射シタラ、同士討チ二ナルダケダ!!」


 被弾したのは中国人も同様。奴らの断末魔を聞くに、事前の打ち合わせが徹底されていなかった模様。団結力が薄いとなれば、こちらにも付け込む隙は生まれる。彼らは数が多いというだけで、意外と倒しやすいかもしれない。俺が優勢を保てればの話だが。


(……弾切れか)


 程なくしてM10の弾丸は尽きた。換えのマガジンなどは落ちていない。もはや用済みになったので、俺は銃身を地面に投げ捨てた。


 そこそこ数が減ったようだ。周囲には血生臭い死体の山が築かれていて、笛吹の部下は全滅し、中国人の骸もある。その中でもヒョンムルのメンバーだけは上手く遮蔽物に身を隠して難を逃れていたようで、流石は従軍経験者、または元軍関係者が揃っているだけのことはあるなと思った。


 それにしても、他の連中の惨状は酷かった。まさか俺に軽機関銃を奪われるとは想定していなかったようで、まったく対応が出来ていない。中国人の中には両太ももを撃たれて動けなくなっている者も見受けられる。事実上の戦闘不能。もうそいつが俺の脅威となることは無いだろう。


「情けない。役立たずどもめ!」


 その場に野太い声が響く。聞こえてきた方を見やると、張覇龍がいた。隣には笛吹もいる。察するに、2人は加工用のプレス機の影に身を潜めて難を逃れたようであった。


「なかなかやるな。麻木涼平。流石は川崎の獅子の忘れ形見というだけのことはある。この場で即席の戦い方を思いつくとは。部下に欲しいくらいだ」


「お世辞はいいよ。そうやって隠れてねぇで、出てきたらどうだ? 中国人さん。あんたも笛吹共々殺してやるからよ」


 すると、張の隣の笛吹がいきり立つ。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ! このガキが!!」


 強気な啖呵を切るわりには、張と違って機会の影から身を乗り出していない。怖気づいたのか、ただ単に臆病な一面が表れ出たのか。何と言うか、虚勢を張っているようにしか見えなかった。


「おい! 笛吹! 俺を殺したいんじゃなかったのか? そろそろ勝負をつけようぜ! 少しは手加減してやっからよぉ!」


「麻木涼平……舐めやがってぇぇぇぇぇぇ!!」


 沸き立つ笛吹を制し、張が俺に語りかけた。


「見事なものだな、小童よ。日本人の若者にしては筋が良い。敵の雑兵としておくのが惜しくなってきた。どうだ? 俺たち狗魔に来ないか? お前さえ良ければ、我々も歓迎してやるぞ」


「何を寝言ほざいてやがる。さっきの話を聞いてなかったのかよ。俺はお前を殺す。大体、これから死ぬ奴の部下になったって意味はねぇだろ。ボケ中国人が」


「そうか。誘いを断るか。それは残念な話だ」


 直後、どういうわけか張が笑みを浮かべる。俺の方をまっすぐに見据えてニヤリと頬を緩めた不敵な表情。何を考えているのかと首を傾げた、その瞬間。


 俺は背後から接近してくる気配を感じ取った。


(……しまった!)


 正面の相手との会話に意識を集中していたせいで、まったく予知していなかった。おかげで俺は反応が遅れる。即座に対処銭と慌てて振り向いたが、もはや後の祭り。


 腹部に鋭い痛みを覚えた。


 ――グサッ。


「うがああっ!」


 音もたてずに直進してきた男に、ナイフで腹を刺されてしまったのだ。自分としたことが。完全に不覚を晒した。


「こ、この野郎! 離れろッ!!」


 即座に拳を浴びせ、腹を刺した男を殴り倒す。刺した直後だったので隙があった。そいつはガスマスクを着けている。先ほどの乱射を浴びなかったヒョンムルのメンバーか。まったくもって、愚かな油断だった。


(やっちまった……)


 男は倒したが、ナイフは腹に刺さったままで抜けない。引っこ抜こうとしたが、力を込めると激痛が走る。どうしたものか。


 痛みに悶えつつも懸命に踏ん張って立つ俺を見て、張が高笑いしている。


「はははっ。ヒョンムルは暗殺の専門集団だ。流石のお前でも勝てんよ。どうだ? 痛かろう? 朝鮮の小刀は昔から刺さりやすくて、抜けにくいからな」


「ち、畜生が……」


 すると、後ろにいた別のガスマスク男が、物陰から這うように出てくると俺を指差して声をかけて来た。


「칼에는 개구리 독이 묻어 있습니다. 그것은 마비와 열이있는 치명적인 독입니다. 넌 곧 죽을 거야. 온몸이 움직일 수 없을 것 같은 두려움에 떨고 있었다. 기대하세요」


 当然、日本語ではないので分からない。俺が反応に困っていると、張があざ笑うかのように言った。


「韓国語が分からんか。つまり、そのナイフの刃には毒が塗ってあったんだよ。人間をジワジワと時間をかけて死に至らしめる、カエルの猛毒がな」


「な、何だと?」


「お前の命は、もってあと30分。全身の神経が麻痺して呼吸できなくなる。その恐怖に包まれて地獄へ行くが良いさ……くっくっくっ」


 ナイフに神経毒を塗るとは。何という悪辣なやり方だろう。己の置かれた現状を前にして歯噛みする俺に、張はさらに言った。


「これはヒョンムルからお前へのプレゼント、謂わば意趣返しだよ。20年前、お前の父親は毒を使って川崎のコリアンの人々を皆殺しにしたそうだからな。息子のお前に身をもって贖わせるというわけだ」


 そういえば、菊川がそんな話をしていたような。麻木組が川崎のコリアンタウンを潰すため、井戸水に天然の神経毒を流して一般住民もろとも虐殺したことがあったと。奴らはそれを長らく恨みに恨んでおり、今回の手に出てきたのだと分かった。


「ゲス野郎どもめ」


「文句があるならあの世で父親にたっぷりと言えば良い。そもそもは川崎の獅子、麻木光寿が招いたこと。親の罪は子の罪だ。無論、恨みは俺たち狗魔にもある。同胞を嬲り殺しにされた恨みが!」


 次の瞬間、張は俺めがけて発砲した。躱してやろうと身をひるがえすも、どうにも体に力が入らず普段いつも通りの動きが出来ない。何故だろう。


 左の二の腕に一発食らってしまった。


「ぐあああっ!」


「おやおや。早速、毒が効いてきたようだな」


「こ、この野郎……」


 悔しいが、張の指摘の通りだ。体に力が入らない。毒というものがこんなにも早く効くものとは思わなかった。驚きである。


「まあ、最初から撃ち殺すつもりもなかった。敢えて腕を狙ってあげたんだよ。何故だか分かるか?」


「し、知るかよ」


「ゆっくりと時間をかけて殺すためだ! 毒で動けなくなった体に無数の弾丸を打ち込んでなあ! 怖気づいたか、命知らずの小童め!」


 隣にいる笛吹もすっかりご満悦の様子。笑みを浮かべる張たちを前に、俺は悔しくも何もすることができなかった。その理由はひとつ。手足が徐々に動かなくなっていったからだ。これはまずい。


(くそっ、体が……)


 医学的には痺れと呼ぶのか。手足の感覚が徐々に鈍くなり、動かせなくなる。動かせないというよりはご貸す方法が分からなくなるという表現が相応しいだろう。次第に己の両手、両足が自由を失っていくのが分かった。


 やがては足に力が入らなくなり、ガクリと膝を付く。立ち上がろうにも立ち上がれない。おまけに腹部からの出血も酷い。


「さあて、もうすぐお前は地面に這いつくばる。そしたら全身を切り刻んでやるよ。神経はイカれても痛覚は残ってるからなぁ、想像を絶する痛みに襲われることになる!」


 動けるものなら動いてみよと露骨に煽ってくる張に、俺は言った。


「うるせぇよ……」


 現状で出来る、精一杯の反撃だ。


 一方、笛吹は背広の懐から短刀を取り出して鞘から抜き放つ。なるほど、俺を斬り刻む準備だろうか。その刀身を卑しく見つめた後、刃先を俺に向けて高らかに言い放った。


「安心しろ。こいつには毒は塗ってねぇ。ただお前をズタズタに切り裂くための刀だ。今までの恨みと憎しみ、ここで全部ぶつけてやるよ」


 暫しの間を挟んだ後、笛吹は宣告する。


「お前と、お前の父親はあまりにも罪を重ね過ぎた。楽に死ねると思うなよ。麻木涼平」


「……テ、テメェごときが俺を殺せんのかよ」


「おうおう、既に呼吸が乱れてる奴が痩せ我慢したって意味ねぇぜ。無様に泣き喚き、命乞いをしろ。そいつがお前にはお似合いなんだよ、麻木!!!」


 怒声を上げた笛吹は俺のすぐ近くまで寄ると、思いっきり顔面を蹴り上げて来た。神経毒のせいで、回避も防御もできない。ただ蹴られるがままとなり、俺は後方へ派手に飛んでしまった。


「ぶはあっ」


「よくもこの俺を苦しめてくれたな! この世に生まれてきたこと、そしてこの俺に盾突いたこと、嫌って程後悔させてやるよ! 泣き喚けやぁぁぁぁぁ!」


 ――バキッ。ドガッ。ドスッ。


 身動きが取れない俺に笛吹は憎悪の打撃を叩き込んでゆく。威力は劇場で増幅されており、一発一発が本当に重くて強烈だ。殴られるがまま、蹴られるがままの俺は痛みに悶え苦しむことしかできない。


「おらっ! 泣き言をほざけ! 喚き散らしながら『やめてくれ』って土下座をしろっ! あの時、よくもやってくれたな! 何が川崎の獅子だ! 腕っぷしが強いだけのチンピラのくせに!」


「うわっ……ううっ……ああ……」


 笛吹はさながら、俺よりも親父、麻木光寿を相手にしているかのような口調だった。奴の目には親父の姿が映っているのだろう。俺の顔に川崎の獅子の面影を見出して重ね合わせ、それを徹底的にいたぶることで己の屈辱を晴らそうというのだ。


「さあどうした! もっと苦しめっ! 苦しめよっ! お前が俺に味わわせた苦痛と悔しさはこんな甘っちょろいもんじゃなかったはずだ! 聞いてんのか、このクソ野郎!」


「ぐうっ……」


「この俺を舐めやがってぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 殴るだけに飽き足らず、やがては短刀を俺の首に突き刺そうとした笛吹。そこで張が割って入る。笛吹は興奮しきっており、我を忘れつつあるようだった。


「何しやがる!? 止めるんじゃねぇ!」


「待て。首に刺せば殺してしまうぞ。簡単には殺さない約束だったじゃないか。自分だけの復讐で終わらせるつもりか。我々にも資格はあるはずだぞ、笛吹さん」


「くそっ!」


 張に制止されて、渋々ながらに手を止めた笛吹。暴行が止んだ隙に立ち上がろうと試みるも、やっぱり立てない。体にまったく力が入らなかったのだ。


(これが毒の力ってやつかよ……)


 言うまでも無く、最悪の状況だ。自分が生殺与奪を敵の手に握られることになろうとは、想像してもいなかった。慢心していた己が、本当に愚かしく思える。


 分が悪いし、運が悪い。あまりにも俺にとって不利な状況が揃っている。ここから勝利を掴み取るのは難しいだろう。


 思えば一睡にも満たない夢だった。追われるように川崎を飛び出し、流れ着いた横浜で裏社会へと飛び込み、恋を知った。その想い人が帰ってくる場所を守ろうとこんな無謀な戦いに挑んだのに、あまつさえ不恰好な結果に終わってしまうなんて。


 このまま俺は負けてしまうのか。


 嫌だ。負けたくはない。


 俺には帰る場所があるのだ。


 痺れが手足から全身へと移り、尋常ならぬ脱力感をもたらす中、俺はどうにか両足を踏ん張って持ち堪える。思いの丈が言葉に出た時、押さえ付けられていた力の蓋が外れる心地がした。


「ま……負けて……たまるか……負けてたまるかあああーッ!」


 その瞬間、俺は立ち上がる。自分でも驚くほどの活力が全身に漲っていた。毒にやられていたはずなのだが、どういう理屈か。無学な頭では説明がつかない。気合いで抑制を強引にでも取り払った、と表現するのが適切であろうか。


「はあ……はあ……はあ……」


 体を蝕んでいた痺れと怠さが、いつの間にか消えている。いや、自然に消えるなど医学的には有り得ない。正確にいえば「感じなくなっていた」と形容すべきところだった。


 俺の突然の復活は笛吹、張、それからヒョンムルの面々にとっても想定外であったようで、全員が顔を見合わせて驚愕している。


「ば、馬鹿な……!」


「毒を自力で押さえ込んだだと!? 一体、どうやって!?」


 むしろ俺の方が説明を欲していたくらいだ。


 されども、この奇跡をみすみす活かさぬ手は何処にも無い。腹に刺さっていたナイフを勢いに任せて引っこ抜くと、俺は笛吹に向けて刃先を突きつけた。


「……さっきはよくもやってくれたな。流石の俺も痛かったぜ。クソ野郎」


「お、お前は化け物か!? どうしてだ!? どうして、あんな状況から、立ち直れるんだ!?」


「知るかよ。これでも食らっとけ」


 ――グシャッ。


 愕然に震える笛吹の左肩に、俺は刃を突き刺す。


「うぎゃあああああっ!」


 あまりの痛みで笛吹が悲鳴をあげる。あまりよく考えずに一撃を見舞ったので分からなかったが、どうも上腕の神経が集中する部位を抉ってしまったようだ。どうりで痛いわけである。


「さっきの仕返しだ。まあ、こんなもんじゃ全然足りねぇけどな」


「ガキがぁ……よくも……!!」


「こっちの台詞だ。馬鹿野郎」


 ――バキッ。


 隙ができた笛吹を思いっきり殴り倒した後、俺はその場にいた他の連中に向けて大声で言い放った。


「おい、こいつの次はテメェらだ! 順番に殺してやるから待っていやがれ!! 覚悟しろ!!」


 ダウン状態から復活したは良いが、俺の負傷の度合いはそれなりにひどい。腹部からは出血が止まらない。毒もアドレナリンで抑制しているとはいえ完全には消えていないので、いつまで戦えるか分かったものでないのだ。


 それでも俺は突進してゆく。理由はただひとつ。相手が誰であろうと、目の前の敵を蹴散らすために。


 手前にいた二人の男の顔面を掴み、勢いのまま背後へ強かに叩きつける。


 ――ドンッ!


 断末魔を上げる間もなく、狗魔の兵士は一瞬で絶命した。そんな合間にガスマスクの男らは陣形を整え直して俺に飛びかかってくる。流石はヒョンムル、戦闘の熟練者だけのことはある。


 だが、関係ない。今の俺には如何なる戦法をとろうも無意味だ。


 こんな時に気遅れたら負けだ。戦意は俺も十分に高まっている。向こうが来るなら、こっちだってやらせてもらう。


「殺してやるよッ!!」


 俺は地面を蹴って相手に突っ込む。そしてまず1人目の顔面に右ストレートを食らわせた。例によってガスマスク越しで感触は鈍いが、男は吹っ飛んで倒れる。

 次に2人目、3人目とかかってくる。朝鮮刀の斬撃をかわし、俺は両者を回し蹴りで仕留めた。


 すると敵の手から刀がポロリと落ちたので、俺は得物を奪い取る。


 ちょうどよく背後から4人目の男が襲ってきたので、さっそく刀を振るった。そいつの頭が胴体から離れるのが分かった。朝鮮半島の刀剣を扱うのは初めてだが、かなりの切れ味である。これは日本刀に引けをとらないのではないか。


 倒した敵が地面に倒れ込んでゆく。次に現れた1人は拳銃を構えている。だが、大した問題ではない。


 俺は銃口が惹かれる前に先を制して刀を投げ、刃先が心臓部分に刺さった男は崩れるように倒れた。そして、そいつからは拳銃を手に入れた。


「この野郎! よくも!」


「日本語で喋れや。キモいんだよ、ガスマスク野郎」


 次の瞬間には、俺は引き金をひいていた。


 ――ズガァァァァァン!


 銃口から放たれた鉛玉が、男たちの身体を貫いていく。弾丸が当たった者は倒れ、血を噴き出す。その場に生臭さが再び増してゆく中でも、俺の手は止まらなかった。


 1発、2発、3発。


 ヒョンムルの拳銃はグロック17で扱いやすい。おまけに装弾数も多いので都合が良い。1丁でより沢山の敵を土に還してやれるからだ。


 拳銃を持つのはこの日が初めて。だが、俺の放った銃弾は真っ直ぐに飛んでいき、敵の眉間を正確に打ち抜いてゆく。おかしいな。射撃の経験なんて無いのに。訓練は愚か、今まで体験程度にも盛ったことすら無かったのに。きっと、これは気分がハイになっているせいだ。戦いによって分泌された脳内麻薬の汁によって。


「うわぁああああっ!? バケモノぉおおおっ!!」


「うるせぇな。死ねや」


 怒り狂って飛び掛かってくる男に銃弾を浴びせて倒す。同じく銃を持った相手に撃ち返されもしたが、ひらりと身をかわして反撃を見舞うのみ。別に当たったところ怖くは無い。


 恐怖心の類など有りはしない。有るのは高揚感だけだ。


 もっと殺したい。殺してやりたい。


 そう思っているうちに、気付けば全ての弾丸を撃ち尽くしていた。


(何だよ、弾切れか)


 ちょうど目の前に敵兵が迫っていた。強烈なスピアータックルを食らったが、尻餅をつくことはない。淡々と左にいなし、男の腹部に膝蹴りを叩き込む。そして地面に落ちていたナイフで背中を刺し、勝負を着けた。


「……あれ?」


 ふと周囲を見渡すと、中国人は殆どが壊滅している。逃げようとしたのか、殆どうつ伏せで死体になっている有り様だった。


 その中で、俺は胸騒ぎを覚える。張覇龍、それから笛吹慶久の姿が見えないのだ。


(どこへ行った……ああっ!?)


 ハッと我に返った。数十メートル先の工場の出口付近を彼らがゆっくりと歩いていた。動けなくなった笛吹の身体を張が担いでいる。逃げるつもりか。


「おいっ! テメェら、逃げるんじゃねぇ!!」


「そもそもの目的は金塊の回収だ。お前を嬲り殺しにするのはまた次回に持ち越そう。さらばだ」


 まずい。逃がしてしまってはいけない。この場で張と笛吹を始末することこそ、作戦の本懐なのだ。


「くそっ! 離せ!」


 絡みつくヒョンムル構成員を振り払い、俺は奴らを追いかけようとする。しかしながら、死に体の韓国人に邪魔をされて先へ進むことが出来ない。最期の意地とばかりに、男は俺の身体を強固に掴んでいた。


「離さないぞ。離してなるものか……」


「この野郎!!」


 そうしている間に、張たちはどんどん先へ進んでいってしまう。いけない。このままでは取り逃がす。外には山崎が本庄組の兵を率いて待機しているはずだが、どこまで戦力になってくれるかは不透明。外交上の問題もある。出来る限り、村雨組の手で、俺の手で片を付ける必要があるのだ。


(くそーっ! 逃がしたくねぇ!!)


 しかし、俺が地団駄を踏んだ時。張たちの足がぴたりと止まる。何かと思って目を凝らしてみると、彼らの前に人影が立ちはだかっていた。


「おい! そこを退け!」


「通すわけにはいかねぇなあ、張覇龍さん」


「なっ!? どこの誰だか知らんが、何故に俺の名前を知っている!? 貴様、死にたいのか!? 誰を相手にしているのか、分かって……」


「分かってないのはあんただろ、身の程知らずが」


 ――ドサッ。


「なあっ!?」


「あー。やっぱり衰えてるな。ブタ箱暮らしが響いてらあ」


 突如として現れた筋肉質の男が、張に正拳を見舞う。寸でのところで張はパンチを受け止めたが、相当な力で打撃が放たれたのだろう。張の顔は苦痛に歪んでいた。


「これほどの力が……貴様、何者だ!?」


「おっと。失礼。あんたと直接会うのは初めてだったなあ。いやー、悪い悪い。中国人の対処はいつも組長に任せっきりだったもんでな。挨拶が遅れてた」


 見覚えのある容姿に、聞き覚えるのある声。俺は、その男の名前を知っている。だが、意味が分からない。今、彼がこの場所にいるわけが無い。というより、説明が付かなかった。


(あの人は警察サツにパクられたはずじゃ……?)


 衝撃と困惑で硬直する俺の方をニヤリと一瞥した後、男は名乗りを上げる。


「俺は芹沢せりざわあきらってモンだ。村雨組の舎弟頭をやらせてもらってる。よろしくな、うちのシマを荒らすクソ中国人さんよ」


「芹沢だと……!?」


「そうさ」


 殺気が凄まじい。現場の雰囲気がみるみるうちに変わってゆくのが分かった。幾多もの修羅場を潜ってきた武闘派といえど、張覇龍もたじろいでいる。一方、戻した拳を解いて指をパキパキと鳴らしながら、芹沢は張を睨みつける。その瞳の中には確かな闘志が燃えていた。


「初対面で悪いが、ぶっ殺させてもらうぜ。俺には果たさなくちゃいけねぇ約束があるんでな。さあ、始めようじゃねぇか!!」

ピンチを救ったのは、なんと村雨組舎弟頭の芹沢暁。涼平を庇い警察に逮捕されたはずの男が、どうして横浜に……?


次回、芹沢 VS 張!!


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