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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第8章 餞別
147/252

争えぬ血

「……来ちまったか」


 自然と独り言がこぼれる。実に半年ぶりの故郷だけあって、精神状態はお世辞にも平常心とは云えない。ただでさえ一世一代の大勝負を間近に控えているのだ。胸の鼓動は高鳴るばかりで、平静さが崩れてゆく。不安の類は無いが、緊張と興奮で落ち着かなかった。


 京急本線で15分揺られ、JR川崎駅に降り立った俺。久々の地元にひどく心が躍っていた。


 無論、そんな体たらくではいけない。これからまさに組の興廃を懸けた戦いに挑むのだ。浮かれていて何とするか。


 されども少しくらいは気を休めたって良かろう。駅前街頭の時計が指し示す時刻は、午前11時32分。村雨組長と立案した作戦の開始時刻まで、まだ少し余裕はある。


 秋晴れの青空が広がる下、俺は駅を出て大通りへと進む。数日前の豊橋と違ってここは勝手知ったる場所。土地勘があるだけ足取りは非常に軽やかで、市役所通りをまっすぐ進んでいった。


 かくして意味のない散歩をする理由は時間潰しだが、同時に気持ちを落ち着ける目的も有る。一旦頭の中をクリーンアップし、ごちゃ混ぜになった記憶と情報を整理しようと思っていた。


 まず、今回の作戦の第一目標は敵の壊滅。


 中国マフィアの「狗魔」と韓国マフィアの「ヒョンムル」、そして笛吹慶久率いる「旧大鷲会残党」の3勢力を一か所に誘き出し、彼らが鉢合わせしたところで互いに戦わせて一網打尽、弱ったところで殲滅に追い込む。


 連中を誘き出すカギは金塊。中国人が海道銀行から奪った10億円相当のインゴットで、犯行後に現金化のため家入行雄へと預けられていたものだ。これを「家入が勝手に溶かそうとしている」と偽情報を流すことで、焦った狗魔が大部隊を率いて現れる。


 同時に横浜近辺のコリアンタウンに「麻木涼平が川崎の鋳物工場にいる」と風説を流布、それにより、俺に対して深い恨みを持つヒョンムルの男たちを釣る。


 笛吹慶久は広い情報網を持ち、至る所に警戒の線を張り巡らせている執念深い男だ。その辺りは奴を捕らえんとする今までの村雨組の動きが全て読まれていた点から既に実証済み。ゆえに「麻木涼平が故郷の川崎に一人で戻っている」との情報があれば、俺を殺すために必ず姿を現わすだろう。笛吹の情報収集力の高さを

 利用させて貰おうというわけだ。


 作戦の舞台は鋳物工場。そこには貴金属を溶かす専用の炉があるということで、陽動の前提条件は整っている。村雨組長が工場側と話をつけており、作戦開始の夕刻を前に作業員は軒並み退避させる手筈。一方で溶解炉は稼働させておき、それにより外からは金塊を溶かすべく工場が動いているものと錯覚し得る。場内の照明をつけておけば、敵はきっと勘違いを起こすだろう。


 あとはその場に身を潜め、敵が各々で潰し合い、数を減らす様子を淡々と見届ければ良い。俺の役目はひとつ。必ず現れるであろう敵の大将首を獲ることだ。


 狗魔の指導者、張覇龍は「いかなる時も自ら陣頭に立つ男」で尚且つ「頭に血が上りやすい単純な人物」であるらしく、金塊を預けた家入組に裏切られたと知れば忽ち激怒して必ず金塊を奪い取りに来る。また、級大鷲会残党の笛吹も然り。俺という人間に並々ならぬ殺意を抱く彼にとって俺が単独行動している状況は好機以外の何物でもなく、襲ってこないわけがない。川崎という地理的事情もまた、あの男の戦意を駆り立てるだろう。かつて屈辱を受けた憎むべき相手、麻木光寿の息子を因縁の地にて屠れる。恨みを晴らすのに、これほど好ましい話が他にあろうか。必ずや、復讐の鬼は姿を見せる。ついでに家入もひょっこりやって来るかもしれないので、その時は3人まとめて殺してやれば良い。


 しかし、どうして笛吹は俺の親父にそこまでの憎悪を抱いてるのだろう。彼は下積み時代に川崎の麻木組に預けられていた過去があり、そこでは親父に目をかけられて可愛がられていたのではなかったのか。尤も、いくら俺が考えたところで動機は本人のみぞ知るものだ。恩を仇で返すような輩の考えることなど、所詮は分かったものではない。いや、分かりたくもない。おれはただ、あのサイコ野郎の首を獲ることだけ考えていれば良いのだ。


(……まあ、こんな所か)


 改めて状況を整理し直した時には、既に俺は大通り交差点に差し掛かっていた。大丈夫だ。きっと上手くいく。


 気合いを入れ直し、俺はそのまま右折してビル街の中を歩き続ける。そして何を思ったか、まったく止せば良いのに、堀之内の方面に向けて移動を開始した。


 理由はひとつ。決戦前に、堀之内の麻木家が現在どうなっているかを知っておきたかったのである。


 別に母と妹が達者で暮らしているだとか、義絶した俺のことを何と思っているだとか、そんなことに興味は無い。どう思われようと所詮は済んだ話。今さら彼女らとの家族関係が修復できるとも考えていない。


 ただ、純粋に、生まれ故郷の堀之内へ足を運んでおきたい。それだけだ。今回は死ぬかもしれない大一番。死んだ後で帰郷など出来るべくもないだろう。一命を賭す覚悟を決めているが故の哀しい暇つぶし、とでも形容しておこうか。


(さて。そろそろだな)


 川崎の街の中でも、堀之内はどこか異彩というか独特の雰囲気を放つ地域だ。エリア全体が周囲から隔絶されたような、謂わば別世界といった空気感が漂っている。


 再開発が遅れた下町風情溢れる古い建物群がそうさせているのか、あるいは“日本有数のソープ街”というこの街ならではの事情が絡んでいるのか、人によって解釈は様々と思う。俺は間違いなく後者だ。


 堀之内8丁目13番地。むき出しのコンクリートが悪目立ちするビルの前で、俺は足を止める。ここはかつて親父が率いていた組織、中川会系三次団体「麻木組」の事務所だった建物だ。親父が死んで組が解散してからというもの、廃墟同然になっていた。


 もうだいぶ長いこと空き家状態が続いていたのだと思う。正面玄関のガラス戸には「売り物件 入居者募集」の古びた貼り紙。 長らく人が入っていないせいか、外壁には地面から生え繁った蔦が伸びている。潰れたヤクザの組事務所跡地になかなか買い手がつかないのは今も昔も変わらないが、ここまで寂れていると哀愁を感じずにいられない。センチメンタルというか、何とも切ない気分になってきた。


 思い返せば、親父の組はどうして消滅したんだっけ。確か、組長不在の状態が半年ほど続いた後、上部団体に吸収される形で解散したような。


 しかし、何かがおかしい。あの頃の「麻木組」に次期組長継承者、すなわち跡目がいなかったわけではないのだ。当時8歳のガキだった俺が継ぐことは出来ないにせよ、組長夫人たるお袋が代行として急場をしのいでも良かったところ。具体的に誰だったかは覚えていないが、そもそもナンバー2の若頭がいたのだ。ゆえに、直ちに跡目がいなくて困る事態にはならなかったはずなのに――。


 堀之内を中心に市全体を仕切っていた川崎の獅子、麻木光寿の張る「麻木組」が一代で解散してしまった理由。これが俺には何とも分からなかった。無性に気になってきたので、横浜に戻ったら村雨組長にでも訊いてみるとしよう。


(尤も、俺が生きて戻れたらの話だがな……)


 そんな考え事にぼんやり浸っていると、不意に声が聞こえた。


「おい! テメェ、麻木か!?」


 ビクッとして我に返り、声のした方を向く。そこには屈強な男が立っている。初めて見る顔だ。


 おっと、うっかり敵に見つかってしまったか。しかしながら、それにしては相手の顔が何とも 年若い。ヤクザ独特の貫禄が感じられないばかりか、裏社会の人間といった風でもない。こいつはカタギだ。見た目からして、暴走族やチーマー集団に属する不良少年といった様子か。


「……いきなりうるせぇな。お前こそ誰だよ」


 舌打ち混じりに睨みを効かせ、軽く凄んで見せた俺。すると、目の前の若い男は少したじろぎながらも、肩をいからせて啖呵を切った。


「忘れたのか!? さんちゅうの森村だよ! まさか街に戻ってきてるとはなぁ! テメェにメンツを潰された恨み、ここで晴らさせてもらうぜ!!」


 はて。誰だろう。他校生との喧嘩に明け暮れていた中坊の時分、単騎で殴り込みをかけた第三中学校にそんな名前の奴がいたような気がするが、いまいち思い出せない。


「……悪いな。覚えてねぇわ」


「んだとゴラァ!!」


「ボコった奴の顔なんざ、いちいち覚えてられっかよ。強い奴だったんなら未だしも雑魚の顔なんか。面倒くせぇ」


 覚えていないということは、この男も所詮は雑魚のうちの1人だったのだろう。RPGゲームでモブキャラの印象が薄いのと同様だ。


 勿論、俺の言葉で男は一気に沸騰した。


「なっ!? 言わせておけばぬけぬけと……俺がテメェのせいでどんだけの苦汁を飲んだと思ってやがる!! ああ!?」


「だから、知らねぇって。どこの誰だか知らねぇが、俺のことが気に入らねぇならかかってくりゃ良いじゃねぇか」


「この野郎!!」


 顔が真っ赤になった森村は拳を握り固め、次の瞬間には突進をかけてきていた。どうやら、やる気のようだ。


 だが、遅い。おまけにパンチの振りが大きすぎて、かわすのがあまりにも容易だ。これでは村雨組組員の足元にも及ばない。


「おらよ」


 ――バゴッ!


「ぐああっ!?」


 悠々と左に身を反らした俺。すかさず腹部にカウンターのボディーブローをお見舞いすると、森村はうめき声を上げて地面に崩れ落ちた。


「くっ、クソったれがぁ……!」


「やっぱり雑魚じゃん。お前。これじゃあまるで『避けてください』と言ってるようなもんだろ。前置きがデカすぎる。足も遅いし」


「まだだぁ……まだ終わってねぇ……!」


「はあ?」


 俯せの状態に倒されながらも、森村は引き下がらない。俺の右足を掴み、呼吸に苦しみながらも阿修羅の形相で怨嗟を吐いてきた。


「麻木涼平……ここで会ったが百年目だ! テメェだけは絶対に許さねぇ! テメェに負けたせいで俺は……三中のヘッドの座を下級生に明け渡す羽目になったんだからよぉ……!!」


 ああ。ここに至ってようやく思い出した。川崎市立第三中学校3年生の森村春樹。あの時、俺は富士見中学の2年生で、感情の向くままに暴れまわっていた頃だ。何の気まぐれか、三中へカチコミをかけたことがあった。


 そこで俺を迎え撃ったのが、当時三中で番長として君臨していた森村だった。結果は言うまでもなく、俺の圧勝。というか、奴の惨敗である。


「ああ、何か、記憶が蘇ってきたわ。お前、アレだよな。俺に顔を潰されて気絶したロン毛の奴」


「お、思い出しやがったか! そうだ!! 年下のお前に負けたせいで、俺は皆から舐められるようになったんだ!!」


「でも、そいつは負けたお前が悪いよな。男は勝ち続けてナンボ。敗者が惨めな思いをするのは世の常ってやつだ」


「くっ……!」


 俺からの手痛い指摘に森村は言葉を詰まらせた。聞けば、2年前の麻木涼平との敗戦がきっかけで彼の三中におけるヒエラルキーは急降下し、卒業までの日々を校内で笑い者にされて過ごしたという。だが、俺には関係のないことだ。


「負けるのが嫌なら、初めから喧嘩なんかやらねぇこったな。弱い奴に居場所が無いのは当たり前だろ。居場所を守りたきゃ強くなれ。誰にも負けねぇように。それが出来ない以上は単なる弱虫だな」


「あ、麻木……もう一度俺と勝負しやがれ……!」


「お断りだよ、勝負はついたろ。俺は忙しいんだ」


「テメェに勝たなきゃ俺は一生負けたまんまだ……そんなの嫌だ……このまま終わってたまるかってんだよ!!」


「知るか」


 俺の足を執拗に掴んで離そうとしない森村に、もう片方の足で制裁をくれてやった。顔面への強かな踏みつけ。2年前と同様、これで奴を失神させようと考えたのだ。


 しかし、奴は意識を保ったままだった。


「ま、負けて……たまるかよ……!」


 これは驚いた。何たるタフさだろうか。あの時は無様に泡を吹いたというのに、少しは成長したものだ。


「へぇー、すげぇな。お前。打たれ強くなったみてぇだな。雑魚のくせにけっこうやるじゃん。大したもんだよ、マジで」


「吠えてろ……テメェが強いのは喧嘩だけだ。何も分かってない。自分の存在が周りにどれだけ不幸を撒き散らすのかを!!」


「ああ?」


「参考までに教えてやる。テメェの母親と妹は春先に夜逃げした。テメェのせいでな! 堀之内ここらじゃ有名な話だぜ! ひゃははっ! ざまあみやがれ! あーはっはっはっ!」


 狂ったように高笑いする森村。


(は? 夜逃げした……!?)


 俺は耳を疑った。にわかに信じられる話ではない。勿論、初めて知り得る情報だ。


「ほらほら、最近話題になってんだろ? 少年犯罪が。その当事者に自分の子供がなっちまうかもしれねぇってんのが、耐えられねぇんだと! 何を今さらって話だよなあ! ヤクザの息子のくせに!」


「負け惜しみで出鱈目ほざいてんじゃねぇよ。ボケが」


 ――ドガッ。


 森村の顔面にもう一発蹴りを叩き込んで意識を奪うと、俺はその場を後にした。向かった先は堀之内18番地。実家の建つ方角である。


(夜逃げ……いや、まさかな)


 お袋と妹がこの街から逃げ去ったという情報。こちらの真偽の程を確かめるため。いつになく全力で駆け出してゆく理由は、それに他ならない。半年のブランクはあれど、15年も育った場所。頭に染みついた土地勘が消えるわけもなく、あっという間に辿り着いた。


 しかし、そこは俺の家ではなかった。厳密に言えば「既に俺の家ではなくなっていた」と表現した方が正しかろう。無常なる光景に、暫し言葉が失われる。


『売り物件 入居者募集』


 愕然とした。先ほど森村の口にした言葉は真実だったようだ。


 しかし、考えてみれば無理もない話。中学卒業と同時に俺を勘当同然の形で追い出したのは、ゆくゆくは凶悪な犯罪少年となるであろう我が子と一切の関係を断ち切るため。そう考えれば辻褄が合うのだ。


 お袋は疲れていたのと思う。あらゆる制御の効かないバカ息子、麻木涼平の母親でいることに。いや、もしかすると、ヤクザの女になってその倅を産んだ己の宿命そのものに絶望していたのかもしれない。なればこそ、光寿と同じく獅子の血が流れる俺を捨て去り、亡き夫の遺領である川崎から離れることを選んだのだろう。


 母さんを自由にさせてあげるか――。


 あの日、俺が選んだ道に悔いは無い。俺自身の頭で考えて、家族から離れる決断を下したのだから。あとは彼女たちで幸せに暮らしていれるなら、それで良い。喘息の持病を抱えた妹のことは少し気がかりだが、もう俺に出来ることは何ひとつない。せめてあの子の健やかなる成長を兄として祈ってやることとしよう。


 卒業式の時点で何となく予想はしていたが、いざこうして現実を突きつけられると心に来るものがある。家族を失った悲しみを雑念で誤魔化し、俺は無言で堀之内から離れてゆく。


「……」


 いや、家族を失ってなどいなかった。俺には絢華がいるし、村雨組長がいる。これから俺は任侠渡世へ飛び込むのだ。さすれば広義の“家族”などは直ぐにできよう。そんな“家族”のためにこそ、俺は修羅場を潜る決意を固めたのではないか。過ぎ去ったことを悔やんでいる暇など、俺には有りはしない。


 夕方まで時間があるので、俺はもうひとつの目的地へと向かう。それは親父の墓所。具体名こそ明かせないが、麻木光寿が埋葬されている菩提寺だ。


 墓参りなど、いつ以来か。小3でグレてからというもの家族行事にはほとんど顔を出さなくなったので、かなり久々だ。もしかしたら5年、いや、それよりも長い間が空いてしまっていたかもしれない。


 果たして親父は久々の俺の来訪を喜んでくれるだろうか。


「……」


 墓石に杓子で水をかけ、道中の生花店にて購入した花束をたむける。無学な俺は墓参りの作法を知らない。ゆえに幼い頃の記憶を頼りに、手を合わせた。


『父さん。久しぶり。話したいことは山ほどあるんだけど、まずは報告させてもらう。俺、ヤクザになる。村雨耀介って奴の子分になるんだ。あんたの背中を追いかけてな』


 当然、あちら側から答えが返ってくることは無い。それでも俺は言葉を続ける。


『今の俺を見て父さんは何を思うんだろう。『いい男になった』って褒めるのか、それとも『バカヤロー!』って怒るのか、ぶっちゃけ俺には分からないや。けど、約束するよ。父さんの息子として恥ずかしくねぇような生き方をするって。だから、その……』


 頭の中だというのに、上手い言い回しが出てこない。向こうの反応こそ感じ取れないが、俺はすっかり亡き父と一対一サシで会話を繰り広げているつもりだった。たとえ一方通行でも構わない。


 親父に、今の俺を見てほしかった。


『……俺がそっちにいったら、褒めてくれよ。7年間も会えなかった分、うんと褒めてくれ。頼んだぜ』


 結局のところ、どうあがいても俺は麻木涼平。親父の息子だ。これから村雨の養子になり姓名が変わったとしても、その血縁に依る事実は変わらない。金輪際、変わることは無いのだ。


 敢えて麻木の氏を捨てることで新たな人間に生まれ変わり、お前だけの生き様を創れと村雨は言った。しかし、俺の中では捨てられぬ矜持がある。それは俺を邪悪な運命に縛り付ける呪いであると同時に、生きる道を指し示す誇りでもある。川崎の獅子の血統。これを如何に使うかは俺次第なのだ。なれば、出来うる限り華々しい使い方をしてやろう。


『見とけよ、父さん。これから俺、麻木涼平の伝説が始まっから! 俺はあんたに並んでみせる!!』


 秋風に吹かれて、ついつい大見得を切った俺。


 我ながらに少し青臭い気もするが、人生の大勝負を前にしてはこのくらいが丁度良いと信じたい。言い回しからして何だか別れを告げているような雰囲気。けれども悲壮感は漂っていなかった。どちらかといえば、自分に対しての餞別であった。麻木光寿の息子で居ることに甘んじていた、かつての俺自身への。


 人生とは実に数奇なもので、時として予想だにしなかった出来事に見舞われたりする。良くも悪くも内容は十人十色で、何の前触れもなくやって来るから始末に負えない。この日も例外でなく、墓参を終えた俺の前に現れたのはあまりにも意外な人物だった。


「よう。涼平。やっぱり川崎ここに来とったんか」


 本庄だ。


「えっ!? どうしてあんたが……!?」


「なあに。ちょいと会長に野暮用を頼まれてのぅ。ついでに、みっちゃんの墓参りしとこ思うたんや。おどれこそ、どないして川崎におるん? 村雨はんの名古屋行きについとったんと違うんか?」


「いや、それは、その……」


 素直に話して良いものか、俺へ返答に窮した。墓参りの件ではない。あと暫く後に市内の鋳物工場で行おうとしている作戦についてだ。あれはあくまでも極秘扱いで、限られた人物しか知らない話。本庄はおそらく村雨から話を聞いていないだろう。村雨組長の同盟相手といえど、ここでうっかり口を滑らせてしまって良いはずがない。本庄の裏切りを警戒しているわけでは無いが、一応念のためだ。


「ええっと、戦いに行く前に、父さんに会いたくなって。墓参りに。だから、組長に無理を言って川崎に寄らせて貰ったんだ」


 懸命に捻り出した俺の誤魔化し文句を受け、本庄は軽く笑った。


「そかそか。まあ、ワシには隠さんでもええで。全て村雨はんから聞いとるさかいのぅ」


「ええっ!」


「村雨はんから頼まれとんねん。涼平のことを守ってやれと。何か困ってるようだったら、助けてやれと。何でもええで? ワシに出来ることあったら、武器でも人手でも、遠慮せんと言うてや?」


 驚いた。まさか村雨が本庄と作戦情報の共有を行っていたとは。てっきり、内々だけの秘密に留めているものと思っていたが。


(ここで本庄を頼れってことか……?)


 だが、それならそうと前もって言ってくれれば良いのに。何故にこうして一種のサプライズ的な手法で知らされねばならないのだろう。もしや、つい先ほど俺の身を案じた村雨が本庄に連絡を入れ、急遽支援が決まったのか。


 何にせよ、味方の登場は有り難い。村雨組長の心配りに感謝しながら、俺は本庄に事の子細を説明した。


「……ってなわけだ。俺はこれから鋳物工場で派手なドンパチをやる。そうじゃねぇと、俺の気持ちが収まらねぇからな」


「おおっ、ええなあ! よう言ったわ、涼平。それでこそワシと会長が見込んだ男。あの川崎の獅子の倅ってだけのことはあるのぅ」


 話を聞いた本庄は目を細めて喜んだ。その瞬間、彼が「村雨はんもお人が悪い」と小声で呟いたような気がしたが、特に聞き返したりはしなかった。それよりも、俺は本庄に頼みたいことがあった。


「なあ、あんたの組から何人か兵隊を貸してくれねぇか? 臨時雇いのチーマーでも構わねぇから、腕の立つ奴を鋳物工場に送ってくれ」


「おう。もちろんええで!」


「中には入らなくて良い。ただ、工場の外をぐるりと取り囲んで欲しいんだ。敵さんが逃げらんねぇように」


 誘き出した敵が万が一にも外へ逃げるようなことがあれば、金塊を用いて真で陽動を仕掛けた意味がない。せっかくの作戦が水泡に帰してしまうのだ。だからこそ、張覇龍、笛吹慶久、家入行雄、ならびにヒョンムルの指揮官たちを決して戦場から離脱させないための工夫が必要だった。


「そうかい。お安い御用やで。ほな、うちの山崎に指揮ぃ執らせるわ。んで、確認やけど。ドンパチが始まるのは何時からやったっけ?」


「うーん、一応は18時から工場を動かして、19時ちょうどには敵が来るようにしてる。もしかしたら、ちょっとくらいズレるかもしれないけど」


「分かった。その時間な。けど、一緒に戦わなくてええんか? 山崎はああ見えても猛者やさかい、助っ人としちゃあそれなりに戦力になると思うで?」


「いや。大丈夫だ。やるのは俺一人でいい。こいつは村雨組のドンパチだからな。俺の手で、村雨組の手でケリをつけたいんだ」


 面子の問題もある。本庄組の力を借りるのは、万が一にも敵が外へ逃げてしまった場合のみ。協力の申し出を受諾しておいて恐縮だが、そこは譲れなかった。


「そっか。分かったで。なら、頑張りや」


 俺の返事を聞くや否や、ニンマリと笑みを浮かべた本庄。かなり満足気な様子である。彼としては、俺の口から亡き兄弟分を彷彿とさせる勇ましい台詞が聞けて素直に嬉しいのだろうか。


 とりあえず援軍の約束は取り付けた。俺としては他に話すことも無いので立ち去っても良かったが、暫し雑談に花を咲かせても遅くはならない。門前のバス停のベンチに腰掛け、本庄の繰り出す話に相槌を打つ。


 やがて、話題は俺の実家のことに移った。


「どないや、久々に川崎の地を踏んだ気分は? なかなかええもんやろ? 久々に家に帰ったんよな?」


「別に。大して良くも悪くもねーよ。俺の家は空き家になってたよ。母さんたちは引っ越してて、家は売りに出されてた」


「なっ!? それ、ホンマか?」


 本庄もひどく驚いている様子。川崎の麻木家の動静を把握していなかったのか、その反応から察するに完全に想定外だったと思われる。てっきり、家族はこの先も川崎で暮らしてゆくものと考えていたようだ。


「まさか、街を出てまうなんてのぅ」


「ああ。俺もびっくりしたぜ。俺のせいで川崎に居づらくなったらしい。前に話したと思うけど、春先に俺を追い出したのも夜逃げのための下準備だったんじゃないかって」


「お前のせいやないと思うけどなあ、サナちゃんらにしか分からへん事情があんのやろ。何か別の切実な悩みを抱えとったかもしれへんし」


「そっとしといてやるつもりだよ。母さんたちは母さんたちで幸せにやってくれるなら、俺はそれで良い。何つーか、そいつが今までさんざん迷惑かけてきた、せめてもの埋め合わせのような気がしてな」


 俺の言葉に本庄は深々と頷いた。ちなみに、彼の云う“サナちゃん”とは俺のお袋の麻木あさぎ早苗さなえのこと。俺が生まれる前から親父も含めて3人で親しい仲だったらしく、若き日よりそう呼んでいたという。なお、俺の妹は麻木あさぎあかね。家族離散状態になってしまった今となっては、思い出した所で虚しいだけなのだが。


「涼平。寂しいか?」


「寂しくはねぇよ。ガキの頃から馬鹿やってきたし、いつか捨てられるんじゃねーかって覚悟はできてた。出来の悪い息子への当然の報いってやつだな」


「そないに自分を卑下せんでええ。サナちゃんはお前を捨てたわけと違うと思うで。こっから先、未来へ進むために親離れと子離れが必要やった。ただ、それだけやないかのぅ。それがお互いにとって一番ええ選択やった」


 お袋の性格上、いかなる時も俺に本音をぶつけてはこなかった。ゆえに、俺に勘当を切り出した際の真意も予想しかねる。結局は俺が自分なりの解釈で気持ちに踏ん切りをつけ、前を向いて生きてゆく他ないのだろう。


「親離れと子離れ、ねぇ……なるほど。確かにそういう考え方もできるわな。慰めの言葉、感謝するぜ」


「ワシかて、そないにして割り切って生きてきたさかいなあ。子も人間なら親も人間。ギクシャクするんもごく自然なことや」


「あんたも親と上手くいかなかったのか?」


「せやな。ワシの親父は筋金入りのアル中でのぅ。仕事もせんと、毎晩浴びるほど酒を飲んではオカンとワシを好き放題に殴りよってん。ワシは、子供ながらにそれが我慢できんかった。そんで、小学校5年の夏に」


 ふと宙を見上げて目元のサングラスを直した後、本庄は呟くように言葉を続けた。


「ワシはあいつをぶち殺した。あの頃は非力なガキやったさかい、背後うしろからコンクリートブロックで何遍も殴ったんや」


 俺なんかよりも、ずっと後ろ暗い本庄の生い立ち。予想に反して重い話を聞かされたので、反応に困った。それでも何かしらの返事をせねばなるまい。


「……そっか、そりゃあ、大変だったな」


 本庄利政が酒を飲まない理由が、この日何となく分かった気がする。あれは体質的に飲めないのではなく、敢えて「飲まないようにしている」のだ。幼少期の過酷な体験が、未だトラウマとして尾を引いているのだろうか。


 一方、俺はといえば親の理不尽で泣かされた経験は無い。ヤクザというだけあって親父もきわめて粗暴な人間ではあったが、俺たち家族にはとても優しかった。


「みっちゃんはええ親だったで。あれも育ちはお世辞にも立派と言えんけど、生きとるうちは我が子に惨めな思いはさせんかった。お前にも、茜ちゃんにも、ありったけの愛情を注いどった」


「うん、そいつはよく覚えてるよ。思い返せば、お袋と喧嘩してるとこも見たこと無いかも。俺たちに見せねぇようにしてただけかもしれねぇけど」


「いや、愛妻家でもあったからなあ。みっちゃんは。出逢うた時からサナちゃん一筋で、他に女の影もあらへんかった」


 そういえば親父とお袋の馴れ初めについても、俺は知らない。本庄は俺の知らない麻木光寿の話をきっとまだまだ知っていることと思う。当然、息子としてはとても興味があるので、もっと知りたい気分だった。


 しかし、今日はどうも時間が許さないらしい。


「悪いなあ。この後、どうしてもいかなあかん所があってのぅ。また日を改めて、詳しく話そか」


「ああ。俺が生きてたら、の話だけどな」


「心配要らへんて。お前なら絶対に大丈夫や」


 ベンチから立ち上がり、やがて迎えに来た黒塗りの車に乗って帰途につこうとする本庄。だが、車が発射する寸前。急に窓が開いて、彼が思わぬことを口走った。


「のぅ、涼平。ワシの子にならへんか?」


 虚を突かれたようにたじろいだが、そんな誘いは前月にも受けている。ゆくゆくは親父と同様に中川会へ誘い込みたいのだろう。


 無論、返事はひとつに決まっている。


「おいおい、本庄さん。その話はこないだも断ったはずだぜ。俺は村雨の人間だ。今さら気が変わったりしねぇよ」


 俺たちの間に微妙な空白が流れた。今一度固辞の返事を投げたが、本庄は気を悪くしたわけではないらしい。されども何処か不機嫌というか、残念そうというよりは大いに不満気である。前にもこんな反応だったっけ。心なしか、前にも増して不満の色合いを強めているような。


「……そうか。まあ、気が変わったらいつでも連絡してぇな。そん時はなるべく早い方がええかも分からへんけど」


「えっ?」


「ほんじゃ、またのぅ。涼平」


 運転手に合図を送り、本庄は車を出発させた。


 去ってゆく彼を遠目で見送った後、思わず首を傾げてしまう。気が変わったらいつでも連絡を寄越せとは、一体いかなる意味か。つい先日は、俺がやんわりと固辞するとそれ以上は食い下がって来なかったというのに。


 俺は確信した。明らかに、本庄の反応が前回と違う。会っていない間に心境の変化があったのだろうか。


 ともかく、今は当人に深く追求している時ではない。目の前に迫ったことに意識を集中させねば。漠然と残った不安感に蓋をするように、俺はひとまず市街地方面へと歩き出した。


 川崎市川崎区白石町2丁目。海へと続く運河に東西を挟まれた埋め立て地域の一角に、その工場はある。「帝国ていこく鋳造ちゅうぞう川崎かわさき工場こうじょう」。いわゆる京浜工業地域の中心に位置しており、帝国鋳造社の主力を担う総合プランとである。


 巨大の鉄鍋と見紛う2機の大型溶鉱炉を持ち、最大10トン規模の製品を扱えるという。俺も小学校の自分の社会科見学で訪れているので、スケールの大きさは知っている。金塊を溶かすという偽情報を流すにはもってこいの場所だ。


(……よし。着いたか。いよいよだ)


 時刻は午後17時50分。予定より早くもなければ、遅くもない、実に理想的な現着を果たした。あとは工場内の適当な場所に隠れ、敵の出現を待ち伏せるのみ。


「……」


 暗がりの中、内部は静寂に包まれている。人の姿は確認できない。作業員の退避は完了したのだろうか。


 いや、それにしても静かだ。機械の稼働音はもちろんのこと、誰かの歩く音さえも全く聞こえてこない。溶鉱炉に至っては完全に停止している。まるで、もうこの日は仕事をしませんと宣言しているかのように。何かがおかしい、そう思わざるを得なかった。


(溶鉱炉はいつも動いてるんじゃなかったか……?)


 妙な違和感に胸騒ぎが走った、次の瞬間。薄暗かったはずの場内に突如として灯りがともる。作業用照明がパッと点灯したのだ。


「うわっ!?」


 いきなりの減少に理解が追い付かない。それどころか、眩しさで一瞬怯んでしまう。何が起きたのか。


 その直後。


「あひゃひゃひゃひゃひゃっ! やーっぱり来やがったか! 麻木涼平!」


 聞き覚えのある奇怪な笑い声が響いた。その声の主を俺は知っている。嫌が応でも、記憶に深く焼き付けられている。


「お、お前は……笛吹か!」


「ひゃはははっ! 罠にかかったなァ! 麻木涼平! たまげたもんだ! 完全に密告リークの通りだったぜぇ!」


 どういうことだ。奴の出現を待ち伏せるつもりが、逆に待ち伏せされていたのか。急な想定外に頭が混乱する。わけが分からない。そんな俺を煽るように、笛吹は狂気を孕んだ笑みを浮かべて言った。


「この場所にお前が来ることはお見通しだった! でもって、俺は罠を張らせてもらったのさ! お前を嬲り殺しにするための罠をな!」


 よもや、作戦情報が敵方に漏れていたとは。予期せぬ事態を前に背筋が強ばってゆく。昨晩の懸念の通り、スギハラによる内通か。


「誰に知らされた? うちの組の武器商人か?」


「ヘッ! 今から死ぬ奴に教える意味あるかよ! つくづくお前は間抜けなガキだぜ! 金塊を使って俺たちを釣るつもりだったんだろうが、自分テメェ自身が釣られることになった!」


「言ってくれるじゃねぇか。キチガイ野郎め」


 潜伏を行う算段が崩れた。しかし、それだけ。算段が崩れただけ。まだ戦いに敗れたわけではない。 ここからいくらでも挽回できる。俺はあくまでも強気だった。


(何てことは無い。この場で笛吹を始末すれば良い)


 奴のことだ。独りで来るはずもなく、おそらくは場内に配下の兵士たちを隠れさせているのだろう。浅ましくも俺を集団で取り囲み、宣言通り“嬲り殺し”にするために。


 無論、その程度で負ける俺ではない。


「どうせチーマー連れてきてるんだろ? さっさとツラを見せたらどうだ? そいつら共々、返り討ちにしてやるからよ!」


 すると絵にかいたような嘲りが返ってきた。


「チーマーだと? 俺が未だあんな役立たずどもの手を借りると思っていたのか? やっぱりガキの考えることは単純なんだなァ、麻木涼平!」


「そのガキの奇襲にビビッて逃げたのはどこのどいつだったっけ。虚勢張ってんじゃねぇよ。ガキ以下が」


「うるせぇ! 舐めた口が聞けるのも今のうちだ! もうすぐお前は地獄を見ることになる! そして、自分の生まれを深く呪う! 楽に殺してほしかったら、ちったぁ神妙にしとけ!!」


 嘲りには嘲りで返す。それが俺の主義だ。挑発を受けて激昂した笛吹は、大きく目を見開いたまま号令を飛ばす。


「おいっ! 出番だ! 出てきやがれ!」


 なるほど。金で集めた臨時雇いの兵を出して、数の力で押し潰すつもりか。 何とも馬鹿馬鹿しい、見え透いた猿知恵である。生憎、俺は集団戦には慣れている。元より不利な状況で戦うつもりだった。一対多数など予め想定済みだ。かかってきやがれ。


(雑魚の寄せ集めなんざ、大したことねぇっての……)


 しかし、楽観も束の間だった。直後にぞろぞろと現れた集団の姿を見て、俺は己の考えを改めざるを得なくなる。どうやら、肝心な事を忘れていたようだ。


「笛吹大人,你是不是把我们误认为是雇佣兵什么的? 我们为我们的目标而工作。 我不会服从你的命令」


「好吧,让我们暂时把这个男孩带到一个血节。这只是消磨时间的好方法。 大规模私刑是我们的职责」


「我们会把我们的黄金还给你」


 明らかに日本語ではない言葉を放す、厳つい男たち。ああ。そうだった。この工場には中国マフィア「狗魔」が来るんだった。笛吹登場の驚愕のせいで、完全に頭から抜け落ちていた。


 チーマーならともかく、こいつらが相手なら厄介だ。少なくとも戦闘においては俺に引けを取るまい。自然と舌打ちが漏れた。


「くそっ。お前、面倒くせぇ手間かけさせやがって」


「まだまだいるぜ! 이봐! 너 오는거야?」


「うわあ。マジかよ……」


 笛吹の口から出てきたのは韓国語。案の定というか、予感が当たったというか。ガスマスク姿の男たちも、物陰から這うように姿を現した。


「아사키 료헤이! 동포들의 원한을 여기서 풀어 줄게! 여기서 널 죽여버리겠어!」


 まったく。厄介な事だ。どうして人生とは、かくも面倒なシチュエーションが連続して起こるのだろう。「狗魔」に続いて現れたのは、韓国マフィア「ヒョンムル」。前者はともかく、こいつらの強さは俺も体験済み。軍隊にも匹敵する戦闘の秀才集団であり、1人を倒すのにもかなりの労力を要する。


 先週の公園での戦いの光景が、瞬く間に脳内で再生される。俺は溜息を吐いた。


「はあ……クソうぜぇわ……」


 悔しさが顔に滲み出てしまったのだろう。こちらの表情を見るや否や、笛吹は大笑いして喜んだ。


「ひゃはははっ! 怯えるのも無理はねぇわなあ! どうする? 命乞いをするなら今のうちだぞぉ? 土下座しろや、土下座! そしたら楽に殺してやるからよ! ああ!?」


「うるせぇよ。こんな状況、屁でもねぇ」


「虚勢を張っているのはお前の方だなァ! 麻木涼平! まあ、構わんさ! そんなに痛い思いをして死にたいなら、お望み通りぶっ殺してやるよ! 川崎の獅子のようにな!」


 川崎の獅子とは、俺の親父のことか。


(父さんに続いて息子の俺までも……って、あれ?)


 ちょっと待った。親父は笛吹に殺されてなどいないはず。親父の死因は転落による事故死。飲み会で酔っ払った帰りの道中、歩道橋の階段で足を滑らせて落下し後頭部を強く打ったのではなかったか。そう聞かされていた。


「笛吹。どういうことだ。お前、俺の父さんを……」


「ああ! そういうことだ! いやあ、楽しみだなあ! お前がこれからどんな死にざまを見せてくれるのか! お前を殺すことで、ようやく俺の復讐は完成する! 親子二代にわたって俺を苦しめた報復ケジメ、その体でもってきっちり受けてもらうぜ!!」


 愕然とする俺をよそに、その場に1人の男が現れる。長身でガタイの良い、プロレスラー風の容貌をしたロングヘア―の人物。この男の名前を俺は知っていた。


「遅れてすまない、笛吹さん。本部との電話に時間がかかったものでな。で、その少年が麻木光寿の息子か。確かに。似ていると言えば似ている。我々も随分と辛酸を舐めさせられたものだ」


 張覇龍。中国マフィアの指揮官である。こいつが笛吹のことを敬称を付けて呼び、さらには居並ぶガスマスク姿の男たちとも会釈を交わした。この状況から浮かび上がる事実は、ただ一つ。


 中国人、在日コリアン、それから笛吹一派の三陣営が結託したということ。要は、共同戦線。俺を仕留めるために一時的な協力関係を結んだようである。


(おいおい、マジかよ……!)


 なお、彼らが手を取り合った目的はそれだけではないらしい。俺に対する鋭い目線を向けたまま、張は笛吹に問うた。


「例の件はどうなっている? 家入に預けた金塊は、無事に我々の元へ戻ってくるのだろうな?」


「ああ。心配要らねぇぜ。そいつは村雨組が傘下の研究所に保管してる。今ごろ、村雨の連中は名古屋へ出払って大した兵は残ってねぇだろうからな。奪おうと思えば簡単に奪える」


「そうか。では、ここが片付き次第、その研究所とやらへ向かおうじゃないか。金塊を回収するためにな」


「いいぜ。案内してやる。ああ、ついでに煌王会の長島夫婦の身柄ガラも攫ってくれや。クーデターの件は話した通りだ。長島六代目は昏睡状態で、今も寝てるらしいからな」


 俺を殺すだけでなく、最終的には村雨組や煌王会本家にまで危害を及ぼす腹積もりの張。金塊を奪った犯人が中国人という推理は当たっていたらしい。


「笛吹さん。あなたは家入と違って信用のおける男だ。やはり話を持ち掛けて正解だった」


「おうおう。お褒め頂きどうも。まあ、とりあえず麻木涼平を皆でぶっ殺そうぜ? ここに居る全員、奇しくも因縁があるみてぇだしよう」


「言われなくてもやる。親の罪は子の罪。この少年には、15年前の借りをきっちり返させてもらうぞ」


 鼻息を荒くした張の傍らで、ガスマスクの男が大声を上げた。


「이봐! 그가 당신을 빨리 죽이게 놔두세요! 우리는 인내심의 끝에 있습니다 !!」


 またしても聞き取れぬ韓国語だが、俺に対する恨み節を吐いていることは何となく分かった。よっぽど俺のことが憎いらしい。親父が彼らに何をしたかは知らないが、俺にとってはまったくの無関係であるというのに。


『이제 돌아가신 조상들아, 저를 축복해 주십시오……우리가 패배시키려는 것은 당신의 적들입니다……나는 네가 성취 할 수 없었던 복수를 할 것이다……나는 영광이 겐부류에 있기를기도합니다』


 呪文のように同じ台詞をブツブツと唱え始めたコリアンの一同。強風のような殺気が俺に向けられる。困ったことに、彼らの戦意は十分に高まっている。


 さて。どうするか。


 俺に逃げるという選択肢は無い。圧倒的に不利な状況であるものの、単騎で多勢を相手にすることになろうとは前もって想像がついている。それに、笛吹には聞きたいことがあった。


「おう、麻木涼平。遺言があるなら聞いてやるぜ」


 舌なめずりしながら俺を見つめる笛吹に、俺は問い返した。


「さっきの質問に答えろ。父さんが死んだのは歩道橋から落ちたんじゃないのか? お前に殺されたのか?」


「YESと答えたらどうするよ」


「答えになってねぇぞ。どっちにせよ、YESでもNOでもお前はここで仕留める。二度と俺の前に現れねぇようになあ!!」


 真正面に立つ敵に向かい、俺は全速力で突進する。


「殺してやる! 笛吹ーッ!!」


 ズボンのポケットから取り出した拳銃を構え、即座にトリガーを引く。けたたましい銃声と共に、血で血を洗う乱戦が今まさに幕を開けようとしていた。

ついに始まった一大決戦! 押し寄せる強大な敵を前に、涼平はどう戦う? 生き残れるのか?

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