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鴉の黙示録  作者: 雨宮妃里
第8章 餞別
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絢華への手紙(原文のまま)

 拝啓


 村雨絢華様


 久しぶりだな。そっちは元気でやってるか?


 俺は毎日楽しくやってるよ。っつっても、ドンパチばっかりの散々な毎日だけど。お前の親父さんに助けられながら運良く生き残ってるってわけだ。


 この手紙を絢華が呼んでるってことは、俺が川崎でカッコ悪く死んじまったってことだよな? あとは、何かしらヤバい事件が起きて帰れなくなっちまったか。どっちにしたって、絢華には申し訳ないことをしたな。謝らせてくれ。お前が許してくれるかは分かんねーけど。


 本当にごめん。


 お前が大変な時に、お前の側にいてあげられなくて。


 これから先、絢華を守ってあげられないこと、元気になった絢華と手を繋いで歩けないこと、絢華と旅ができないこと。これは俺の心残りだった。


「ずっとそばにいてやる」って言ったくせに、さっそく約束破っちまったな。マジで悪かったと思ってる。


 でも、こうするしかなかったんだ。派手に暴れて大手柄を立てたいだとか伝説をぶち挙げたいたいだとか、そんな見栄っ張りは少しも無い。


 ただ、お前の帰る場所を守る。俺はそのためだけに戦いへ行った。この思いに嘘はない。


 許してくれなくても大丈夫だ。俺のことが憎いってんなら、それはそれで構わねぇ。だけど、ちょっと言い訳をさせてくれ。


 お前がアメリカに行ってから、俺にはいろいろあった。いろいろありすぎて、ぶっちゃけ気が狂っちまうんじゃねーかって何度も思ったよ。ヤクザの世界は俺が思ったよりずっとキツくて、真っ暗な場所で目隠ししながら綱渡りするような暮らしだった。


 そういえば、お前と出会う前からそうだったかもしれねぇな。高坂晋也っていうクソ大学生に引っ張られてこっちの世界に片足突っ込んで、なりゆきでお前の親父さんと出会って、流されて村雨組に入った。


 あれからずっとキチガイな暴れん坊みてぇに振る舞ってごまかしてたけど、本音を言えば死ぬのが怖かった。馬鹿らしいけど中坊の頃までは自分が世界で強いと思ってたのが、一瞬で覆っちまったんだから。上には上がいる。そいつは俺にとっては何より辛かったんだと思う。情けない話だけどな。


 でも、俺は自分の選択を後悔してない。良かったと思ってる。村雨組に入ったおかげで、俺は最高にゾクゾクする毎日を過ごせたし、自分がどういう運命のもとに生まれたのかが分かった。


 で、何よりもお前に出会えた。村雨絢華と出会えたことは俺にとっちゃあ一生でいちばんの宝だ。15年の短い人生だったけど、それだけで俺は大満足だ。


 自分に好きな女ができるなんて、そもそも誰か他人を好きになったり、愛したりできるなんて、つい去年までは考えてもいなかった。そりゃそうだな。ガキをこじらせて「世界の全てが敵だ~!」なんて本気で思ってて、挙げ句、所かまわず大暴れして男も女も関係なく殴ってたんだから。


 お前が覚えてるかどうかは分からねぇけど、お前と初めて会った時は驚いたぜ。まさか、俺の胸ぐらを掴んで面と向かって罵ってくる女がいたなんてな。


 川崎に住んでた頃には、まず考えられねぇ話だ。


 あの時はひどいことを言っちまってごめんな。ムキになってたからって、初対面の、それもツラい運命を背負った女の子相手に「お前は勘違いしてる」だなんて、口が裂けても言うべきじゃなかったよな。ごめん。


 それからお前の身の回りの世話を任されて、お前の人となりを知った。気づいたら俺はお前に惚れてたよ。


 生まれて初めて好きな女ができた。それがお前だ。もう、他の誰かを好きになることなんて無いと思う。俺を好きになってくれる女もいねぇだろうしな。


 さらにぶっちゃけると、俺はそういう人間らしいことが何ひとつできねぇまま死んでいくもんだと思ってた。例えば、人を好きになることとかさ。


 もっと言えば、俺は今まで誰かに好かれた経験が無かった。学校に行けば、グレる前から「化け物の子」って呼ばれてた。親父がヤクザってだけなのにな。大人も子供も目も合わせてくれねぇし、逆に話しかけても無視される。それが当たり前だった。


 嫌なもんだよな。こっちがどんなに誠意ってやつを見せても、向こうに拒絶されたら無駄になっちまう。「ああ、俺は誰かと普通に仲良くなることも許されないんだ」なんて思ってたよ。ヤクザの息子に生まれたばっかりに。


 皆が普通に出来てることが自分にはできないってのが俺は死ぬほど辛くてウザかった。だからグレたんだと思う。言い訳になっちまうけど、それが本音だ。


 そんな俺を人間にしてくれたのが絢華なんだよ。


 いや、どっちかって言えば、俺も人間だったのを思い出せた。ありがとう。感謝してもしきれねぇ。この恩はたぶん、これから一生かかっても返しきれないと思う。


 お前が俺と同じ寂しさと痛みを持ってるって分かった時、ただまっすぐにお前のことを愛しいと思った。この手で守ってやりたくなった。だから、あの時いきなりお前のことを抱きしめちまった。いまさらだけど、びっくりさせてたらゴメンな。自分じゃ想いが伝わってると思ったけど、よくよく考えりゃあとんだアホみたいな行動だったよな。反省してるよ。これから埋め合わせをさせてくれ。きっとお前を幸せにするから。


 いや、駄目かも。そもそも俺はもうお前の元には戻れないんだった。


 親父さんから聞かされてると思うけど、俺は村雨組の跡継ぎになった。村雨の子になって、俺の人生を俺自身の手で作っていくように言われた。麻木光寿っていう、俺の実の父さんとは別の人生をな。


 俺もまだよく分かっちゃいないんだけど、俺の親父はヤクザの世界じゃ大層立派な人だったらしい。それこそ伝説をいくつも残すくらいの有名人だって話だ。


 けど、俺にはあんまり関係ない。むしろ重たいっていうか、がんがらじめにされてるみたいな気がしてた。だから、俺は脱け出したかった。これはお前だけに言うけど、親父の影がちらつく人生じゃ嫌だったんだ。だから、自分なりの、俺だけの伝説ってやつをつくってみたくなったんだ。


 けれど、その結果がこのザマだ。好きな女のために戦うとか何とか言っときながら、無様に負けて、殺されちまった。結局、俺も弱い人間だったんだよな。親父の足元にも及ばねぇ、タダ周りに助けられてるばかりのガキだった。


 それが嫌で、自分勝手に飛び出してったのにな……。


 もちろんだけどキラキラした人生が待ってるだなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。当たり前だよな。ヤクザの世界に足を突っ込んじまったんだから。


 けど、心のどこかでは幸せを願ってた。


 誰かと普通にダチになったり、誰かに普通に褒められたり、誰かを普通に好きになったり、普通に結婚したり、普通に自分の家を持ったり、普通に子供が生まれて親になったり、世の中で活躍したりする。


 そうやって他の皆が普通に叶えてる幸せを俺も叶えたかった。できるなら、普通に生きてみたかったんだまあ、これは暴力でしか他人と交われない俺のみっともねぇ愚痴、っつーか弱音だよな。どうか笑ってくれて大丈夫だ。


 自分で自分を見つめ直してみれば、俺もいっぱしの人間だったんだって気づく。幸せになりたいって願う、ごく普通の人間だったんだって。


 絢華。お前はそんな俺の願望を少しだけ叶えてくれたんだ。本当に、本当に、俺は嬉しかったよ。


 ありがとう。


 これから先、お前はお前らしく生きてくれ。親父さんや組の皆がもう一度輝かせてくれた命だ。生きて、生きて、燃え尽きるまでとことん人生を突っ走ってほしい。


 そいつが俺の最後の願いだ。


 ずっと、ずっと、お前を愛してる。


 これまでも。これからも。


 麻木涼平

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