走馬灯
冷たい銃声が、空気を切り裂く。
追随して聞こえてくるのは、地面にこぼれる薬莢の音。自分の身体が前の方へ、ゆっくりと倒れていく。
いったい、何が起こったのか――。
あまりに突然の事で、思考と理解が追い付かない。しかし、間髪を入れずに激しい熱さと痛みが上半身を襲った。
「……ッ!?」
背中から肩にかけて、灼けるように痛い。何とか起き上がろうと試みるものの、両手に力が入らない。ようやく、自分の身に何が起こったのかが理解できた。
どうやら、撃たれてしまったようだ。
その証拠に背中からは血が噴き出し、うつ伏せで横たわる床のタイルがみるみるうちに赤く、染まっていく。弾は貫通しているのか、いないのかは分からない。
『おい! 大丈夫か! 救急車だ。今すぐ救急車を呼べ!』
『でも、この人を病院に連れて行っ……』
『関係ない……見ご……できない!』
『は……を……やれ!!』
近くにいた通行人が大声で、何やら揉めている。しかし、痛みで聴覚がやられてきたせいか、詳細に聞き取る事は出来なかった。
「だ……す……れ」
本当は「誰か助けてくれ」と言いたかった。だが今度は口元の感覚が痺れて、うまく言葉を発することが出来ない。
(俺は死んでしまうのか……)
自己紹介が遅れていたが、俺の名は麻木涼平。10代の頃から、裏の社会で生きてきた。自分で言うのもおかしな話だが、名前は売れている方だ。
肩書きはヤクザ。
決して合法的ではない組織に、若い頃から身を置いている。危険な橋を幾度となく渡り続け、いつ命を落としてもおかしくはない世界で、20年は生き続けてきた。
金に女、そして力――。
男の欲望を満たすものは、ひと通り手に入れた。誰もが羨む、華やかで豪勢な生活を営んでいたと思う。
だが、気づいた時には周りを見失っていた。
欲に目が眩み過ぎていた。裏社会におけるパワーバランスの変動に、まるでついていけなくなっていたのである。
そして、ついには背中から撃たれるという結末を迎えてしまった。
これまで常に誰かを傷つけ、食い物にする生き方をしてきたのだから、自業自得である事は百も承知している。
(でも俺は……まだ……死にたくない!!)
少しずつ霞んでいく意識の中で、様々な記憶が駆け巡ってきた。ゆっくりと映し出されるのは、懐かしくて暖かい光景。
これが俗に言う“走馬灯”なのか。
フィクションにおける架空の産物とばかり思ってきたが、いざ自分が味わってみると、あまりの虚しさに心が痛む。
どうして、こうなってしまったのか。
後悔にも似た冷たい感情に包まれたその瞬間、俺の中で時計の針が少しずつ、巻き戻されていった――。