表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

わるふざけ

封印されし黒塊

 今朝、起き抜けに考えたことだ。洗濯機に乗って過去や未来に行けはしないだろうか。もしご家庭の洗濯機に乗って時空を自由に行き来できればタイムパラドックスを起こし放題では無いだろうか。タイムパラドックスと言うのは時間旅行者が引き起こす何かだ。詳しくはわからないと親友の橋本も言っていた。

 無断アップロードされたアニメを楽しむ橋本はある意味で時間旅行者だ。家にいながらにして過去の映像を見ることができている。橋本はタイムパラドックスを起こす可能性がある。それが何かはわからない。頭のいい人が考えることだ。私はレコーダーに録画した正規品を視聴している。そういう意味では、私は現在に生きている。原罪に囚われながら現在に生きている。人類の原罪とは、神様が定めた何かだ。詳しくはわからないと橋本も言っていた。

「最近、実は佐藤はロボットなのではないかと疑念を抱いているんだ」

 急に橋本が私の思索に割り込んできた。

「橋本や、そんなことあるわけ無いですよ、このヘタレメガネ! 私に手を出す勇気が出ないからって人の事をロボット扱いするなんて最低!」

 橋本は涙を流しながら太陽を仰いだ。私は地に伏し泥水のようなアイスコーヒーをすすった。この対比を見た歩行者たちが「絶景かな!」等と叫んでいる。橋本の涙はしばらく止まらなかった。ビクトリア湖が足元に形成されようとしていた。

 ふと我に帰った橋本は泣き止み深刻そうな顔で私に耳打ちをしてきた。

「ここだけの話、俺は佐藤はロボットじゃないかって疑っているんだ」

 事実であれば世界的な発見かもしれないが、残念ながら事実ではないし、この話は先程聞いた。やはり橋本は過去へ過去へと遡りながら生きているようだ。

「橋本のバカ! この不能! 私を口説く勇気がないからってロボット扱いするなんてハラペーニョ!」

 生臭い風が吹きすさんでいる。橋本は太陽光に目がやられた人のポーズをとっている。私はブラジルを目指して掘り進む人のポーズをとっている。道行く人は、徐々に猿に向かって退化していっているように見える。やはり橋本は過去への道先案内人のようだ。

 金縛りにあったかのような時間は終わりを告げ橋本の目も正常化を果たしたらしく、やおらくずおれて頭から地に突っ伏した。そこは私の工事予定地なのでどいて欲しいと言いたい気持ちをぐっとこらえて、橋本の頭を爪先でつついた。橋本がもぞもぞと体を揺すりながらなにかを呟いている。道行く人は顔を赤らめて、しきりに「ハレンチハレンチハレンチ」と唱えている。

 ハレンチな私と橋本だったが、蜜月の関係も長くは続かなかった。橋本は逆立ちしようと足を何度も振り上げ始めたからだ。しばらく眺めていたが、一向に成功しそうにない。見かねた私が、橋本の足をつかんでサポートしてあげた。橋本は逆立ちができたことが満足なのか、私のTシャツの中を覗けた事が嬉しいのか、飛びっきりの笑顔をこちらに向けていた。

「佐藤がやっているバイトは人間に近づくための修行なんだろ。隠すなって」

 何を隠すなと言うのだろうか。相変わらず要領を得ない。橋本の足を前後させて、空気をかき回す。空気がホイップされて、なにやら甘いムードが漂い始めた。体の芯が熱くなるのを感じた。私は電熱線か何かなのかもしれない。橋本はこれをみこしてロボット呼ばわりしてきたのかもしれない。そんな私の心配を知ってか知らずか、往来を行く人が目につくもの全てに中指を立てている。彼の内なる怒りがそうさせているに違いない。彼の腹の中はマグマのように熱くうねっているのだろう。その怒りをぶつける相手を間違っていなければ、彼もひとかどの人物になれただろうにと、他人事のように、いや実際に他人なので、さして興味もなく眺めていた。


 そうこうしているうちに、警察官がやってきたので、今日のパーティーはお開きとなった。橋本は違法な時間旅行者でバレれば、確実に逮捕されタイムパラドックスが起こることが容易に想像できるからだ。

 解散したあと、私は現場に戻ってきた。現場百回だと二時間ドラマで何度も繰り返していた。とても大事なことなのだろうと脳のしわの奥深くに刻み付けられていた。サブリミナルとかいうものかもしれない。

 通行人が中指を立てていた現場には一挺の拳銃が残されていた。ニューナンブだと思う。本当はよく知らないが、日本で最も出回っているリボルバー拳銃は警察官御用達のニューナンブだろうから、きっとこれはニューナンブだ。

 銃の名前なんてどうでも良い。これはおそらく中指男を射殺した警察官が残したものだろう。あわれ中指男はこの拳銃で撃ち抜かれて逝ってしまったに違いない。それ以外には考えられない。私の警察官への信頼は揺るぎ無い。

 さしあたってこの黒光りするニューナンブをどうするかが喫緊の課題となってしまった。シリンダー部分には五発の弾が込められている。一発で一人を殺せたならば五人が殺せる計算となる。とても簡単な計算だ。しかし、さしあたり直近で殺したい人などいない。

 困ってしまって、頭痛が酷い人みたいに頭を抱えてしまう。道行く人が、私を指差して「あいつはもう長くないな」と笑っている。考えている内に、必ずしも人を撃つ必要はないのではないかと気付いた。これは人の頭も吹っ飛ばせばスイカみたいになるとかそういう話ではない。本当に人間以外を撃つのだ。悪魔的発想だと後ろ指をさされるかもしれない。このニューナンブは荒ぶる犯罪者を無力化あるいは殺害するために生まれてきた。それを他の事に利用しようと言うのだ。生まれもった役割を全否定するのだ。私の良心も多少傷むが、思考回路が破壊されてしまうほどではない。

 小型サイズの拳銃をポッケにしまい私は近所の竹藪に向かった。この地域には竹藪がたくさんある。しかし全て私有地である。筍ができているからと勝手に採ってはいけない。そもそも素人がパッと見てわかるような筍は成長しすぎている。つまり筍は売り物を買えと言うことだ。そういう訳で、筍を買おうという標語を考えている内に竹藪の奥深く街に一番近い大自然に着いてしまった。笹の葉を通った淡い緑色の光が降り注いでいる。二の腕くらいの太さの竹が等間隔に生えている。地面も空も笹の葉で覆われていた。

 笹の葉を踏みしめてパリパリ鳴らしながら光る竹を探しまわった。古の言い伝えによれば光る竹の中には月の姫と一緒にお宝が隠されているのだ。姫はどうでもいいのだけれど、お宝が欲しい。トレジャーハンターには拳銃と鞭が必要なのだという先入観がある。鞭は左腕で代用する。バチン、バチンと口ずさみながら左腕を振り回す。バチンバチン、パリパリと賑やかな探検が続けていくが、光る竹は見つからない。虫に腕や首筋をかまれてとても苛立たしい。腹立ち紛れに発砲しようかと思うがどうせ虫には当たらないと思うと虚しさが募る。

 結局は、このような過剰な武力を持っていても本当に必要な事には役に立たないのだ。つまり力だけでは本当の望みは叶えられないのだ。そう思うと今の自分が滑稽で仕方なくなってくる。虚しくかすれた声で自嘲する。

 急にニューナンブを持っている事が恥ずかしくなった私はシリンダーを開き銃弾を取り出した。これでこの拳銃は無力だ。なんとも呆気ない。

 それはそうと銃弾は金色に輝いていて綺麗だ。貧者の金とはよく言ったものだ。これがお宝なのかもしれない。大切なものは、身近にあるということを私に教えてくれたのだ。

 私は感涙を流しながらニューナンブの指紋を丁寧に拭き取ると、近くの竹の根本に埋めた。これは竹藪の所有者への贈り物だ。邪悪なる力の源の封印はこの竹藪の所有者へ託された。そして、口伝として語り継がれ伝説の勇者が現れる時まで守り人はこの地に縛り続けられてしまうのだ。

 何と罪深きニューナンブか、禍々しき黒塊、忌まわしき鉄器、この世界の邪悪の化身はいまここに封印されたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ