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小説「ええ?って言うゲーム」

作者: 京野うん子

 ゲラゲラコンテスト参加作品の漫才脚本を小説に致しました。


 本作の前にゲラゲラコンテスト参加の「漫才『ええ?って言うゲーム』」をお読み頂いた方がより楽しめると思います。脚本と小説の違いをお楽しみください。


 舞台袖から現れる二人の男。

 真っ赤なド派手スーツに身を包んだボケ役の安藤と、落ち着いた雰囲気でクラシカルなデザインのスツールによく似たツッコミ役の馬場。

 漫才師コンビ「安藤&遠藤」の二人だ。

 舞台中央に置かれたセンターマイクを挟み、隙の無い視線で辺りを警戒しながら軽快に喋りだした。


「「どうも~、よろしくお願いします」」


 この二人、実は幼馴染みである。ずっと同じ銀河系の同じ星で生きてきた。そう、人類は皆この地球に生きる家族なのだ。


「最近流行ってる『ええっ?って言うゲーム』、あるじゃないですか?」


「演者の『ええっ?』を見てどんなシチュエーションで言ったのか当てるっていう奴やんな。確かにどいつもこいつも『ええ?』言うて流行ってるなあ」


 丁寧な言葉使いの安藤と、やや乱暴な関西弁の馬場。コンビなら言葉遣いを合わせるべき、という意見もあるかもしれないが、いわゆるスカシ系のスタイルは二人の温度差が笑いを生み出すのだ、とwikiに書いてあった。


「僕もやってみようと思うんで、選択肢無しで当てて貰えますか?」


 本来ならこのゲーム、演じるシチュエーションは限られており、演者も解答者もその選択肢から選ぶのがルールだ。しかし、中にはあからさまな選択肢があったりして難易度バランスを崩す要因となっている。


「選択肢あると簡単やからな。ええよ、面白そうやん」


 実は「ええっ?と言うゲーム」は存在しない。某出版社が出している商品名の為、大人の事情で名前を変えてある。ここでは本家の商品名を述べる事はしない。そう、小説(ノベル)だけに。


「……ふぅ、やっと部屋が片付いた。僕の名前はマサル。この大学寮からラグビー部での新生活が始まるんだ!」


 ここで語られてはいないが、マサルは苦労人だ。祖母が認知症になってからラグビーとナスビの区別がつかなくなり、そんな祖母を気遣って母が晩御飯にラグビーの肉味噌焼きを出したりしていた。そう、母も認知症だったのである。


「……」


「どんな出会いが待ってるんだろう。ワクワクするなあ。優しい先輩がいるといいなあ」


「前フリいらんねん!」


 突然馬場が叫んだ。

 ツッコむべきタイミングで一度あえてスルーし、ボケの異常さを際立たせてから鋭くツッコむ。それが爆発的な笑いを生むのだ。と、やはりwikiに書いてあった。


「ええ?」


 安藤は極めて普通に驚いた。自分の言動の異常さは自覚しているが、それを認めてしまったらそこで漫才終了である。安藤はまだ漫才をしたかった。


「素で『ええ?』言うな。だから『ええ?』だけで伝えな意味ないねん! 前フリいらんねん!」


「そうは言っても、このお題は前フリ無しじゃ無理ですよ」


 前フリ、と聞くと裸エプロンを想像してしまうのは私だけだろうか。しかも白でフリルのついた超可愛いやつ。あ、私だけですかそうですか。


「はあ? どんなお題やねん?」


「ラグビーワールドカップで選手が一つになろうと呼び掛ける時の『ええ?』です」


「ワンチームでええやろ! 流行語大賞にもなった言葉があるのに何でわざわざ『ええ?』って言うねん! しかも大学入学からワールドカップってどんだけ感動ストーリーを繰り広げるつもりだったんや!」


 世のおじさん達はこのワンチームという言葉が大好きである。筆者の職場でも、部で行われた新年の年賀式で各課長達が「全員でワンチームとなって」「ワンチームで目標を達成したい……」と流行語を交えた挨拶をし、それを見た高校時代にラグビーで全国大会まで行った部長が「ワンチームなんて当たり前だ! ラグビーなめてんのか! 日本で大会がある時だけ注目しやがって! 俺はワンチームという言葉が大っ嫌いだ!」と激昂していた。あそこまで怒らなくていいのに。


「ええ?」


 わざとらしい程に嫌悪感を込めながら安藤が反応する。急にどうしたのだろうか。


「それは何の『ええ?』やねん!」


「相方のツッコミが長くて回りくどい時の『ええ?』です」


 なるほど。安藤の丁寧な口調が相方を貶めるこの場面で生きてくるのだ。余計に馬鹿にしているようで面白くさせる。漫才というのは緻密な計算の元に組み上げられた方程式なのだ。心のwikiにメモしておこう。


「やかましいわ! 誰のせいでそうなっとんねん。次! もっと簡単な奴!」


「ええ? こんな状況でも入れる保険があるんですか?」


 前フリがダメと言われたから後ろに付け足してみた。禁止事項は守りつつ、その上で新たな可能性を模索する。安藤は諦めない。


「本当にどんなシチュエーションやねん! 目の前に天敵いる系の動物動画か!」


 筆者はあの手の動画の動物が驚いている表情が大好きだ。人間も動物も本質は変わらないのだと実感させてくれる。そう、我々は皆この地球に生きる家族なのだ。


「正解は人間ドッグで何の異常も無かった人の『ええ?』です」


 プッ、なるほど。動物動画の話が出たから人間ドッグ(・・・)と……。さすが漫才師だ。


「入り放題やから今の内に保険入っとけ! だから『ええ?』以外に付け加えると訳わからんくなるねんて!」


 楽しい漫才の最中に真面目な話で申し訳ないが、持病があっても入れる保険はたくさんある。働けなくなってからでは遅い。出来るだけ手厚い保険に入っておく事をオススメする。だって、今より早い瞬間なんてないのだから。


「じゃあ『ええ?』じゃないお題に変えましょうか。簡単な奴に」


 このゲーム、演者が喋る言葉は「ええ?」以外にも何種類か設定されている。


「おっ、どんなお題や?」


「『あのぅ、マルゲリータじゃなくてマンゴー牛タンを頼んだんですけど~』」


「店員が間違えてマルゲリータ持ってきた時にしか言わへんやつ! シチュエーションが限定的過ぎて簡単すぎるわ!」

 

 勿論、本家のゲームにはこんなお題はない。何故なら高価なマンゴー牛タンは庶民には馴染みが薄いからだ。こちらのゲーム、商品はトランプの様なカードのセットという形で販売されているが、1000円程とお値打ちで庶民にも遊びやすい価格設定となっている。ありがとう○○舎。


「ええ?」


 再度わざとらしく嫌そうに安藤が答える。


「相方のツッコミが長くて回りくどい時の『ええ?』せんでええねん!」


 この様に、何度も使えるボケを用意しておくと非常に楽だ。楽をする、というと嫌悪感が湧く人もいるかもしれないが、決して手抜きではない。最も効率的で合理的な方法を選択しているだけなのだ。ほ、本当なんだからねっ。ボケが浮かんでこない訳じゃないんだからっ。


「『あのぅ、マルゲリータじゃなくてマンゴー牛タン頼んだんですけど~』」


 ……。


「続けるんかい! だからマンゴー牛タン頼んだのにマルゲリータ出てきた時の『あのぅ、マルゲリータじゃなくてマンゴー牛タン頼んだんですけど~』やろ! わからんのはその店が焼肉屋なのかファミレスなのかどっちやねん!」


 ……すみません、私もそんなにポンポンとボケられません。だって人間だもの。


「大学寮の食堂です」


「マサルは出しゃばらんでええねん! 他のお題ないんか?」


 再びマサルの登場。ネタバレをすると、オチへの布石である。


「わかりました。じゃあ『ニャー』にしましょう」


「それならマトモやな。よし、ドンとこいや」


「『ニャー』」


 猫撫で声で可愛らしく安藤が言う。そのキュートな仕草に馬場はときめき、胸を締め付けられるが、二人は漫才師。相方以上でも以下でもない。馬場は沸き上がる恋心をグッと抑えて懸命に漫才を続ける。


「わかった! 仔猫が遊んで欲しい時の『ニャー』!」


「正解! 本心では汚ならしいオッサンの相手なんてしたくないのに、チュール欲しさに遊んで遊んでアピールをする時の『ニャー』です!」


 馬場は傷付いた。愛しい人から汚いオッサンと言われ、馬場は傷付いた。必ず、かの紅顔可憐(こうがんかれん)な相方を振り向かせねばならぬと決意した。馬場には色恋がわからぬ。馬場は、元陰キャである。部屋に引きこもり、リア充を憎んで暮らして来た。けれどもオッサンという言葉に対しては、人一倍に敏感であった。


「腹黒いな! 次!」


「『にゃ、にゃあ』」


「恥ずかしそうに……? 恥ずかしがる猫なんて見たことないな。わかった、女の子やな。普段はツンツンした彼女が彼氏に猫耳カチューシャをつけさせられて恥じらいながらもペットになってくれた時の『ニャー』やろ!」


 先月の安藤の誕生日、馬場は猫耳カチューシャをプレゼントした。しかし翌日ゴミ箱に捨ててあって泣いた。ニャーニャーと、ニャーニャーと泣いた。そしてこのネタが出来た。


「ブー! 正解はマンゴー牛タンと間違えてマルゲリータを持っていってしまった寮母が何とか誤魔化そうとして猫化した時の『ニャー』でした」


 馬場はツッコむ。安藤への気持ちは全て笑いに昇華させる。それが馬場の純愛(ジャスティス)


「わかるか! マしか合ってないのにそんな間違いしたら素直に謝れ! 寮母いくつやねん猫化は無理あるやろ! いい加減マサル引っ張りすぎや!」


 怒濤の3連ツッコミ。相方の愛の告白にも似たツッコミが炸裂する。安藤は三度(みたび)わざとらしい嫌そうな表情で、ズボンのポケットから猫耳カチューシャを取り出すと自らの頭部に装着した。


(ええ?)


 馬場は声を出しそうになってしまう。

 そう、安藤は猫耳カチューシャをゴミ箱から回収していのだ。捨てるフリをしたのはただ、恥ずかしかった。長年相方として連れ添ってきた馬場の気持ちに応えるのが恥ずかしかった。だが安藤も芸人。舞台の上では恥ずかしい事なんて何一つない。相方の想いに応えるのも、恥ずかしい事ではないのだ。


「ええ?」


 涙が溢れた。馬場は感極まりながらも最後のツッコミを口にする。


「だから相方のツッコミが回りくどい時の『ええ?』はやめろ言うてんねん! もうええわ!」


「「ありがとうございました」」


 最後に深く腰を曲げ、舞台袖にハケていく二人。その手は仲良く繋がられていたのだった。



 ~終~



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