夏をあじわう
「も~無理、アイス買いに行こう」
「賛成~」
扇風機の風も生ぬるい午後。彼の提案に、私は喜んで賛成した。節約、節電とひんやりグッズを使ってたけどもう無理だった。簾も風鈴も、首に巻くひんやりタオルも白旗をあげている。冗談半分でホラー映画を見てたけど、感想が暑い以外出て来なくなったから消したところだった。
クーラーもつけたいけど、それよりも体は甘いものを求めていた。バニラアイス、いや、かき氷風の……チョコもありって頭の中はアイス一色。急いでノースリーブによれよれの短パンというだらしない姿から、Tシャツに外行きの短パンに着替えて、歩いて5分のコンビニまで。サンダルをひっかけて、ドアを開けたらむわっとした空気に足が止まる。
「うっわ、暑い」
帽子被ればよかったって思うけど、部屋に戻るのも面倒でいいやってドアを閉める。もくもく入道雲を見ると、夏を見せつけられている気がして暑さにうんざりする。
「ほんと、年々暑くなってる気がするな」
「ほんとにねー」
「雨が降ったら少しは涼しくなるかも」
「あー、黒い雲あるね」
話すのもしんどいと、二人して黙々とコンビニを目指して歩く。なるべく日陰を通って、少しでも太陽の熱を遮りながら。アスファルトの照り返しがきつくて、まだ外に出るには早かったか~って後悔するけど、アイスは食べたい!
住宅地を抜けて、大通りにあるコンビニへ。コンビニが見えた時の気分は、砂漠の中でオアシスを見つけた旅人で、店内に入った時のひんやりした空気はもう最高。汗が浮かぶ額を拭って、顔を手でパタパタしながらアイス売り場へ一直線。
「何にしよっかな~」
「カップはすぐに食べられないし、棒アイスかな」
私はビターチョコの棒アイス、「俺はこれ~」って渡されたのは、抹茶アイスだった。買ってコンビニから出て、さっそく開けてかぶりつく。外はパリッとしたチョコのコーティングで、中もビターチョコ。チョコのおいしさが口の中に広がって、なによりもひんやりしておいしい。暑くてすぐに溶けちゃうから、食べるスピードは速い。
二人とも無言。ちらっと隣の抹茶アイスを見たら、それもおいしそう。
「はい」
って、私がチョコアイスを向けたら、「ん」って抹茶アイスを渡してくれた。一口交換。二人いるからできて、ちょっぴり得した気分になる。返されたチョコアイスは思ったより減っていて、むっとおもしろくない顔をした。
「食べすぎ」
「チョコもおいしいね」
「抹茶もう一口」
「はいはい」
しかたないなぁって、こっちに向けてくれたアイスにかじりつく。ちょっと多めに食べてやった。抹茶とチョコが合わさって、抹茶チョコ。それもおいしい。暑い中でアイス。これぞ夏って思ってたら、ぽつんって顔に水がかかった。……水?
「え、雨?」
驚いて空を見上げたら、遠くにあった黒い雲が真上にあって、ぽつぽつ降って来た。
「あー、ちょっと急ごう」
家まであとちょっとだから、速足になった。アスファルトに雨がかかって、水玉模様。雨の匂いがしてきて、水の音もなんだか涼しく感じる。
「雨も悪くないな」
「うん、そうだね」
頷いて、急いでアイスを口に入れる。全部食べてごみを袋に入れてたら、ボトボトってなんだか雨粒が大きくなってきた。
「うわ」
「わぁ」
みるみる間に雨脚が強くなってきて、ザーって道路に雨が叩きつけられる。私たちの体にも。気持ちいいとか言っている場合じゃなくなって、同時に走り出した。
「やばい降って来たよ」
「走れ~!」
サンダルに水がしみて、顔に雨がかかる。家まであと少しなのに、ここで本降り。近いのに走ると遠く感じて。
「も、もう無理」
家まであと200メートルってとこで、息が上がって早歩きにもどった。
「体が鈍ってるな」
二人して急ぎ足。いい大人が雨に濡れているってのが、なんだか無性におもしろくって、笑えてきた。それは向こうも同じだったのか、「まさかの雨」とか言って笑ってる。
「この年で雨に降られるとかね、走れないし」
「もう諦めよ。シャワーと一緒、涼しいじゃん」
「そうだね」
そういうポジティブなとこ、嫌いじゃない。一緒にいるとこういう些細なことで笑い合えるんだよね。そして雨粒を全身に感じていると、ふと子どもの時のことを思い出した。
「そういや、子どもの時も遊んでいて大雨に降られたことがあるんだよね」
「へぇ」
「その時、シャワーを浴びているみたいで、服を着たままぬれるのが面白くって、友だちと笑い転げて雨の中はしゃいでた」
知らぬ間に雨は嫌なものになってたけど、忘れられない雨の日の思い出。
「ふ~ん、いいね」
そんなことを話していたらちょうど家について、急いで窓を閉めて着替える。髪の毛をドライヤーで乾かして、少しぬれた床を拭いててたら、雨の音が聞こえなくなっていた。
「……え、止んだ?」
窓の外を見ると晴れ間がのぞいていて、二人顔を見合わせてげんなりする。
「なんか一気に疲れたね」
「ね、クーラーつけよっか」
そう言ってクーラーをつけてくれたから、すーって部屋が冷えていった。晩御飯どうするって話しながら、夏の日の夕方が過ぎていく。長い人生でたった一瞬の、小さな想いで。