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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第17章
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フィルムは生きている その5

 1959年、昭和34年3月17日、S学館から「週刊少年サンデー」が創刊された。


 同じ日にK談社の「週刊少年マガジン」も創刊している。


 雅人は本屋に並ぶ二冊の週刊誌を手に取って眺めた。


「少年サンデー」の表紙は昨年巨人軍に入団した長嶋茂雄で、右下には大きく手塚治虫の新作「スリル博士」のイラストが載っている。


 医者のスリル博士ことヒゲオヤジとその息子のケン太と愛犬ジップのイラストだ。


「少年サンデー」の一番の目玉はこの手塚治虫の新作だった。 


「週刊少年サンデー」は「プロ野球オールスター集」というプロ野球選手名鑑の小冊子が付いて定価30円だった。 


 一方の「週刊少年マガジン」は横綱の朝潮太郎が表紙で別冊の漫画付録が三冊もついていたが定価が40円だった。


「確か週刊誌には別冊付録をつけてはいけないというルールがあったはずだがどちらの出版社も凄いなあ。この二つの週刊誌はこの先ライバルとしてしのぎを削ってゆくのだろうな」


 雅人は週刊誌を元の場所に戻し、本屋の前でしばらく雑誌の売れ行きを見ていた。


「どちらの創刊号が売れるのだろうか?おそらく安い方だろうな。なにしろサンデーには手塚先生の漫画も載っていることだし……」


 雅人は去年の秋ごろ、S学館の編集長が初台の仕事場を訪ねて来た時のことを思い返していた。




「S学館の豊田と申します。今度少年週刊誌を創刊しようと思います」


 治美と雅人は応接間で名刺を受け取った。


「フンフン!」


 治美は週刊誌の依頼が来る日を首を長くして待っていたから興奮して鼻息が荒くなっていた。


「わが社は以前から『小学一年生』から『中学生の友』までの学習雑誌を発行し、多数の子供の読者を獲得しています。そこで今度少年向けに週刊の漫画雑誌を出したいのですが今までS学館には漫画雑誌がなかった。私はS学館のイメージを壊さずにアカデミックでエデュケーショナルな雑誌を作りたいのです」


「フンフン!」


「わがS学館の作る雑誌に載せる漫画家には三つの条件があります。まず上品なストーリ。確かなデッサン。そして美しい色彩。この三つの要素を兼ね備え、なおかつ人気のある漫画家と言えば…」


「手塚治虫しかいませんねぇ」


 治美がすました顔で言った。


「その通りです」


「しかし手塚はいま月刊誌の連載を10本も抱えています。週刊連載となると月に4回も原稿を描かないといけないのでしょ。これは月刊誌4本分に相当します。到底むりですね」


 マネージャーの雅人はスケジュール帳を取り出すと渋い顔をして考え込んだ。


「わが社はどうしても先生の原稿が欲しいのです!」


「しかし…」


「手塚先生には月刊誌の連載を4本、切っていただきたい!」


「ええっ!?今連載している月刊誌を辞めろとおっしゃるのですか?」


「もちろんその月刊誌4本分の原稿料はS学館が別にお支払いします」


「そんな不義理なことはできませんよ」


「S学館と専属契約を結んで下さい。そのうえでなんでしたら先生の好きな作品を一つ二つ残して月刊誌で連載を続けて下さってもかまいません」


「そこまでおっしゃって下さるのはありがたいですが…」


「契約料はずばりこれだけ出します!」


 豊田は治美たちの目の前に指を三本立てて突き出した。


「30万円ですか!?」


 当時の大卒初任給は1万2千円だった。


 雅人は目を丸くした。


「300万です!」


 豊田は自信たっぷりの口調で言った。


「そ、そんなに出せるのですか!?」


「この金額はS学館の社長の月給より高いです。しかし既に社長のOKは貰っています」


 雅人は是が非でも創刊号に手塚治虫の原稿を欲しいというS学館の凄まじい執念を感じた。


「手塚先生。ここまで言って下さるんだ。S学館と専属契約を結びませんか?」


 しかし治美はきっぱりと答えた。


「それはダメよ!そりゃお金は欲しいけど、わたしはいろんな雑誌に一杯漫画を描きたいの。ですから専属契約はお断りします」


「――そうですか。残念ですが仕方ありませんね……」


 豊田はガックリと肩を落とした。


「でもさすがですね。やはり先生は金ではなく漫画を選んだ。私、感服いたしました。先生の原稿は諦めます」


「ちょ、ちょっと待って下さい。専属契約はしませんが新しい週刊誌には描かせてもらいますよ」


「えっ!?し、しかし、それだと今の月刊誌の連載も続けたまま週刊誌の連載をすることになります!いやいや!いくら手塚先生でもそれはさすがに不可能でしょ」


「これからの時代は月刊から週刊に移ってゆくでしょう。月刊誌はいずれ数が減ってゆきますから大丈夫だと思いますよ」


「そこまで先を見越しておられますか!?承知いたしました!よろしくお願いします!」


 豊田は深々と頭を下げたが、すぐにまた頭を上げた。


「ただ、ひとつだけお願いがあります」


「はい?」


「ライバルのK談社も少年向け週刊誌を創刊しようとしているらしいのです。そちらにはけっして原稿を描かないでいただきたい」


「ああ、なるほどね。はいはい、わかりました。サンデーにしか描きませんよ」


「えっ!?今何とおっしゃいました?」


 豊田の顔色がサッと変わった。


「えっ!?」


「先生は新しい週刊誌のタイトルが『サンデー』だとご存じだったのですか!?」


「えっと……、さっき豊田さんが自分で言いいませんでした?」


「いいえ!新しい週刊誌に関しては厳しい箝口令が敷かれています。それなのにどうして先生が新しい週刊誌の題号を知っているのですか!?」


 豊田はジロリと疑惑の眼差しを治美に向けた。


「えっ!?えっ!?ええーとですね…」

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