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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第17章
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フィルムは生きている その3

 東映動画の人たちが帰った後、治美と雅人は久しぶりにトキワ荘を訪れて藤子不二雄こと金子俊夫の部屋を訪れた。


 治美は四畳半の狭い金子の部屋で火鉢に当たりながら金子の部屋を見回した。


 治美が買ってあげた座敷机と本箱以外家財道具は何もない殺風景な部屋だった。


「トキワ荘か…。何もかも懐かしい…」


「おひさしぶりです、手塚先生」


 手塚治虫の熱烈な信望者である金子は嬉しそうに治美に挨拶をした。


「金子さんもお元気そうで。お仕事の方はどうですか?」


「まあ、あいかわらず細々と読み切りを描いて糊口をしのいでいます」


「あれ?オバQや怪物くんを描いていたんじゃないの?」


「みんなボツになりました…」


「ええっ!?あんな名作がどうして!?」


 治美はいつも締め切りに追われて他の漫画を読む暇がなかったので、金子たちの状況を知らなかった。


「どんな名作もやはり時流に乗らないとダメなんでしょうね。例の小森章子さんに描かせた『おそ松くん』も採用されませんでした」


「それじゃあ、望月玲奈ちゃんの描いた『サイボーグ009』も…?」


「まったく相手にしてもらえませんでした。彼女は今、少女漫画を描いていますよ。我々の中で成功したのは『鉄人28号』がヒットしている横山光輝先生ぐらいですよ」


「ごめんなさい。まったく知らなかったわ!わたしに相談してくれたらよかったのに」


「いやいや。手塚先生はお忙しいですから邪魔したくなかったのです」


「お金が必要な時は遠慮しないで言ってね。でもみんなボツだったのかあ!発表するのが早すぎたのね」


「ええ。私たちは歴史の針を進めようと焦ってもがきましたがすべて失敗でした」


「でも来年には『週刊少年サンデー』や『週刊少年マガジン』といった週刊誌が創刊されます。金子さんたちが本格的に活躍するのはそれからよ。それまで頑張って下さい!」


「はい!それで今日は私に何の御用ですか、手塚先生?」


「そうそう!古いことなら金子さんに聞けばわかると思って。東映動画の『白蛇伝』は観ました?」


「もちろん。この前、映画館で見てきました」


「それじゃあ『西遊記』も観たことありますか?」


「ええ。子供の頃、映画館で見ましたよ。大人になってからも家で何度もDVDで観ました。何しろ手塚先生が原案の初めてのアニメ映画ですからね」


「よかった!助けてくれませんか、金子さん!」


 治美は今朝、東映動画の嘱託になったがこの先どうしたらよいのかわからないと正直に金子に告白した。


「ははは!アニメの作り方も知らずに引き受けたのですか?相変わらず手塚先生は仕事を断りませんね。それがまた先生の素晴らしいところですが」


 金子は笑顔でドンと自分の胸を叩いた。


「お任せ下さい!手塚先生のためならなんでもしますよ!」


「おおっ!なんと頼もしい!」


「ちょっと待っていて下さいね」


 そう言って金子はスクッと立つと部屋を出て行った。


「どうしたのかしら?」


 治美と雅人が顔を見合わせていると、すぐに金子が戻って来た。


「こんにちは、手塚先生」


 金子の背後からすらっとした華奢な少女が顔を覗かせた。


 十七歳になった望月玲奈であった、


「玲奈ちゃん!また背が伸びたんじゃないの?随分と大人っぽくなったわね」


「髪の毛、伸ばしたから…」


 そう言うと、望月玲奈は恥ずかしそうにまた金子の後ろに隠れた。


「相変わらず人見知りね。でも金子さん、どうして玲奈ちゃんを呼んできたの?」


「望月玲奈こと石森章太郎先生は、手塚先生の助手として『西遊記』の制作に携わったからです」


「へぇー!そうだったの」


「はい。石森章太郎先生は忙しい手塚先生に変わって、手塚先生が描いたラフなストーリーボードを清書し、ちゃんとした絵コンテにしていったそうですよ」


「石森章太郎ってそんなことまでしていたのね」


「それと先生のアシスタントの中に月岡貞夫という人はいませんか?」


「ええ、いますよ。月岡氏はね、小学生の頃からわたしの熱烈なフアンでね、わたしは彼と文通していたの。今年高校を卒業したから上京してわたしの手伝いをしてくれているわ。とっても絵が上手な子よ」


「月岡貞夫も東映動画へ派遣させて下さい。彼は将来東映動画に入社して、絵を描くスピードとうまさで天才アニメーターと呼ばれるようになります。『わんぱく王子の大蛇退治』や『狼少年ケン』といったヒット作を生み出す天才アニメーターですよ」


「月岡氏、そんな凄い人になるのかあ。彼みたいな優秀なアシスタントが抜けるのは痛いけどアニメ業界の発展に繋がるならしかたないわねぇ」


「安心してください。彼はまた手塚先生の所に戻ってきますよ。『W3(ワンダースリー)』『リボンの騎士』『悟空の大冒険』『千夜一夜物語』と言った傑作アニメを生みだします」


「『西遊記』に参加した月岡君が『悟空の大冒険』も手掛けるの。不思議な運命を感じるわ」


「ねぇねぇ、金子さん。わたしは…?石森章太郎はどうなるの?」


 玲奈が金子のシャツの袖口を引っ張った。


「石森章太郎先生も月岡氏と同じようにアニメの魅力に取りつかれて東映動画に入社したいと言い出したんだ。でも月岡氏は採用されたが、石森先生はダメだった」


「ええっ!?どうして!?」


「個性が強すぎたんだよ。絵は上手いんだけどアニメーターには向いていなかった」


「だったら、私、行かない!」


 玲奈は不貞腐れてそっぽを向いた。


「いや、玲奈ちゃんは東映動画に行った方がいいよ。その時の縁で、後に石森章太郎原作の『サイボーグ009』や『レインボー戦隊ロビン』のアニメが東映で作られるんだ。そしてなにより東映は『仮面ライダー』や戦隊物といった石森章太郎原作の子供向け特撮ドラマをずっと作っていくことになるんだよ」


「そうなんだ…!」


 治美と玲奈は目を輝かせ、希望に胸をときめかせた。


 治美は東映動画の依頼を安請け合いしてよかったと心の底から思った。

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