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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第16章
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ぼくのそんごくう その7

「それじゃあどこの雑誌社にもご迷惑がかからないように各誌並行して描きますね」


 険悪な雰囲気で目を光らせている編集者たちに治美はそう宣言すると、座敷机の上に三枚の白紙の画用紙を置いた。


 そして治美はサラサラと三枚の画用紙に鉛筆でコマ割りをして雅人に手渡した。


「雅人さん。『旋風Z』『漫画天文学』『ライオンブックス 複眼魔人』の一ページ目です」


「よし来た!」


 雅人は画用紙を受け取ると一コマ一コマにコマ番号を記入していった。


 そして、その画用紙をコマ割りの線に沿ってハサミでバラバラに切っていった。


 治美はその大小さまざまな大きさに切られた紙を取ると、その中に鉛筆で顔のない人物の姿を描いていった。


 治美はその簡単なラフ画が描かれた紙片を四名の手伝いの高校生たちに配って回った。


「顔は後からわたしが描くから君たちは人物の身体と背景を描いていってちょうだい」



 松本たち手伝いの高校生は当惑しながらも言われるままにペン入れを始めた。


「こんな描き方をするのは初めてだよ」


「一体僕たちは何の作品のどの部分を描いているのだろう?」


「手塚先生はよく混乱しないなあ」


 彼らが当惑するのも無理はなかった。


 これは本当に切羽づまった時に治美が使う最終手段だった。


 雅人は今までにも何度かこのマルチタスク式の治美の描き方を手伝ったことがあるので慣れたものだった。


 しかし、いくらコミックグラスを使ってトレースしているとはいえ、よくもまあ混乱せずに描けるものだと雅人も感心していた。



 雅人は治美が最終チェックをしてOKの出たコマの切れ端を集めては画用紙に糊付けしてゆき、次々と漫画原稿を完成させていった。


 治美の調子が上がってきたようで、彼女は凄まじいスピードで漫画を描いていった。


 四人のアシスタントたちは治美の描くスピードに追い付けなくなり、下書きの入ったコマの切れ端が彼らの目の前に山積みになっていった。



 シーンと静まり返った部屋にはカリカリとペン先が画用紙の上を走る音だけがしていた。


「手塚先生はいつもこんな描き方をされるのですか?」


 沈黙を破って、治美に話しかけたくてうずうずしていた松本少年がそう治美に尋ねた。


「そうね。私はいつも描きたい場面から先に描くわね。順番に描いてると最後の方が疲れちゃうでしょ」


 と、背後に控えている編集者の一人が咳ばらいをして言った。


「君!手塚先生に話しかけて邪魔をしないように」


「は、はい!すみません」


 編集者に叱られて松本はシュンとなってしまった。


「気にしなくていいよ、松本くん」


 雅人は原稿用紙をハサミで切りながら松本に言った。


「君たちは現在日本の最高峰の漫画家と一緒に仕事をしているんだ。この機会を無駄にしないであらゆる技術を吸収しなさい」


「は、はい!」


 松本少年は声を弾ませ、再び小さな紙切れにペンを走らせた。


「でも、こんなやり方はマネしちゃダメだよ。それと締め切りは必ず守るんだ。でないとこんな恐ろしい目にあうんだよ」


 松本たちの背後には腕組みをしてイライラと原稿の出来るのを待っている編集者たちが恐ろしい形相で睨み付けていた。


「は、はい。僕にはとてもこんなプレッシャーの中、漫画を描くことなんてできません。耐えられない!」


 雅人と松本は鼻歌を歌いながら原稿を描いている治美の方を見た。


「手塚先生、鼻歌を歌っていますよ!?どうして手塚先生は平気なんですか?」


「自信があるんだよ。どんな状況では必ず締め切りに間に合うという」


「何の歌でしょうか?聞いたことのない歌ですね」


 すると、二人の会話を聞いた治美が答えた。


「ゴダイゴの『銀河鉄道999』って歌よ。松本君」


 聞いたことのない曲名に松本が首をひねった。


「未来の歌だよ。あと何十年かしたら君も聞くことになると思うよ」


 雅人がそう言うと、ただの冗談だと思って松本少年は微笑んだ。




 

 作業を開始して数日たった。


 松本少年たちは今までに見たことのないご馳走を毎日食べさせてもらったが、食事とトイレ以外はずっと原稿を描き続けほとんど寝る間がなかった。


 誰もが眠気と戦いながら原稿を描いていた。


 雅人は手がすいたので仮眠を取ろうかと考えていると、治美が目配せをして雅人を呼んだ。


 雅人が背後の編集者の様子をうかがうと、みんなウトウトと半分眠っていた。


「なんだ?」


 雅人が治美のそばに近寄りそっと尋ねた。


 治美は自分が座っていた座布団の下から原稿を取り出した。


「ここに来ていない雑誌社の原稿です。雅人さん、申し訳ありませんが、この原稿を飛行場に持って行って航空便で送ってきてください」


「ほかの原稿を描きながら、こんな原稿を後ろにいる編集者たちにバレないようにこっそり描いていたのか!?」


「オトしたら申し訳ないですから」


「既に今の状況が十分申し訳ないと思うが…」


「この漫画はわたしにとっても大変重要な作品なんです。よろしくお願いします」


「よし、まかせておけ!」



 雅人は編集者たちにバレないようにトイレに行くふりをして部屋を出て行った。


 そしてトイレの窓から旅館の外にでると、トイレのスリッパを履いたまま飛行場へと向かった。


 夕日が沈みかけ、街には会社帰りのサラリーマンが大勢歩いていた。


「もうこんな時間か。急がないと飛行場が閉まってしまう」


 雅人は焦って飛行場に向かって走っていった。

 

 やがて、雅人は奇妙な違和感を覚えた。


 段々と周囲が明るくなってきた。


「夕日だと思っていたが違う!あれは朝日だ!ずっと徹夜で仕事していたから、朝か夜かわからなくなっていたんだ!」



 空港に着き、原稿を送るために封筒に詰め直す際に雅人は初めて預かった原稿を見た。


 その原稿は「ぼくのそんごくう」だった。


 A書店の編集者に頼まれて、トキワ荘の面々に代原を描いてもらった物だ。


 この原稿がA書店に届いたら、せっかく金子たちが描いてくれた代原は採用されないだろう。


「あの代原、無駄になっちまったな……」


 東京に戻ったら、治美を連れてみんなに謝りに行こうと雅人は思った。


「でも、どうして『ぼくのそんごくう』が治美にとって重要な作品なんだろう?」

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