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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第16章
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ぼくのそんごくう その3

 編集者の魔の手から逃げだした手塚治美は大阪行きの夜行列車に乗っていた。


 ガタコト揺れる四人掛けの座席に座り、治美は夢を見ていた。





 一糸まとわぬ姿の治美が宇宙空間に浮かんでいる。


(ふわふわ、ふわふわ……。気持ちいい………) 


 と、遠方から炎をまとって光り輝く一羽の鳥がこちらに向かってゆっくりと飛んでくる。


 治美は目を細めて炎の鳥を見つめた。


「あの鳥はどこかで見たような……。ずっと昔、わたしがまだ十代の頃に……。わたしが初めてこの昭和の世界にタイムスリップした時に……。ああ!思い出せないわ!わたしの頭は何年もの間にすっかり鈍ってしまった」


 とうとうその鳥は治美のすぐ目の前にまでやって来た。


 その姿は鳥のような女性のような不思議な形状をしていた。


「思い出したわ!火の鳥!火の鳥だ!!」


 火の鳥は直接治美の心に話しかけてきた。


「手塚治美。わたしの話すことをよくお聞きなさい。この世界に漫画を復活させるのはあなたしかいません」


「何だって!?漫画を復活?このわたしが?バカ言わないで!」


「そのためにあなたをこの時代に連れてきたのよ。あなたはここで何年も何十年も生きるのです。また新しい漫画が誕生するまであなたは生きて見守らなければなりません。あなたはその使命をやり遂げるのですよ」


「冗談はよしてよ!もうわたし、二年もこの世界で漫画描いているのよ!いつになったら元の世界に戻れるのよ!?」


「この世界に漫画とアニメが花開くその時代(とき)まで……」


「まあ、待ってちょうだい!漫画は滅びかかっているのよ。わたしにどんな超能力や方法があったらこの世界を漫画大国にできると言うのよ」


「あなたに漫画の神様の全作品を読めるコミックグラスを差し上げます。それと頼りになる仲間たちも…」


「そんな……バカな……。今、この世界の漫画は悪書追放の嵐の前で風前の灯なのよ。やれ一ページにピストルが何丁、刀が何本出てきたから暴力的だ。やれ下着姿の女性を描いたから子供の教育に悪い。荒唐無稽な漫画を読むと子供がバカになる。毎日毎日わたしはPTAや教育委員会に吊るしあげられているのよ!わたし、漫画なんか描かなければよかった。暴力もダメ、萌えもダメ、SFもダメだと…。そうなるとわたしは一体どうしたらいいの」


 火の鳥は何も言わず、じっと治美の目を見つめ続けた。


「あと、残された方法はただ一つ、自然の成り行きに任せて、いつか国民的マンガやアニメが現れるまでじっと待つだけのことだが…」


 と、治美は自分の運命に気が付き絶望した。


「おお…ま、まさかわたしに漫画の進化をもう一度繰り返させろと言うのではないでしょうね。それしか方法がないの?漫画が現れてアニメができ、何十年もの間にゆっくりと進化し、おしまいにクールジャパンと呼ばれるまでわたしに見守れていうの!?そ…それはあまりに…………あまりにむごい…………」


 火の鳥は何も言わないまま、宇宙空間に溶け込むように消えて行った。


「わたしはもう二十歳。こんなに老いさらばえてしまったのに…。だが…それがわたしの使命なのかもしれない…」


 治美はベレー帽をかぶり、黒縁眼鏡を掛け、そして右手にペンを握りしめた。


「紙よ。わたしのこの贈り物を受け取っておくれ。つまらぬインクと墨とホワイトの混ざりものよ」


 治美は真っ白な紙に向かってペンを走らせた。





「手塚先生!手塚先生!いつまで寝てるんですか?」


 向かいの座席に座っていたスーツ姿のK文社の編集者、桑田が治美の肩を揺さぶって無理やり起こした。


「ハッ!?」


 治美は慌てて周囲を見回した。


 周囲の座席に座った乗客たちは皆、静かに眠っている。


 治美の膝の上には画板と描きかけの原稿用紙が乗っている。


 目の前の座席に座った桑田は蓋の開いたインク瓶を持った右手を治美に向かって突き出していた。


「夢だったの………」


「手塚先生、早く『鉄腕アトム』の続きを描いて下さいよ」


「鉄腕アトム……?火の鳥じゃなくて……」


「寝ぼけてないで早くペン入れをして下さい。締め切りに間に合いませんよ」


 治美は桑田が差し出すインク瓶に直接つけペンを入れてペン先にインクをつけた。


 そして、画版の上の原稿用紙にアトムの顔を描いていった。


 並木ハウスを抜け出した治美は、夜行列車に乗って逃げ出そうとしているところを桑田に捕まってしまったのだ。


 そして、どうしても神戸に行きたいと言い張る治美と共に桑田は一緒に夜行列車に乗った。


 桑田にしてみれば治美を囲い込んで独占し、自分のところの原稿を描いてもらえる渡りに船の出来事だった。



「わたし、何かとても大切な夢を見ていた気がする。昔、一度見た夢だわ。でも、どんな夢だったのか忘れてしまったわ」


「夢なんてそんなものですよ。それより、もうすぐ京都ですよ。時間がありませんよ」


 汽車の窓から外を見ると、夜が明けて空が白ばみ始めていた。


 ふと治美はペンを置き、車窓を流れゆく景色を見ながら言った。


「京都か……。久々に懐石料理が食べたいわ」


「えっ!?神戸の実家に行くんじゃなかったんですか?」


「悪い予感がするの。神戸は止めときましょ」


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