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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第16章
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ぼくのそんごくう その2

 治美が行方をくらませた次の日の早朝、トキワ荘の自分の部屋で寝ていた雅人はA書店の編集者に叩き起こされた。


 A書店の編集者は必死の形相で部屋に飛び込むや否や、布団で安らかに寝ていた雅人をたたき起こした。


「な、何事ですか!?」


「て、手塚先生が!手塚先生が脱走した!!」


「はあ…。またですか?」


 寝ぼけまなこの雅人が目をこすりながら起き上がった。


「雅人君、何か心当たりはないかね!?」


「いつものことでしょ。どこかの担当者が連れ出して、旅館かホテルでカンヅメになっているんじゃないんですか?」


 寝間着姿の雅人は身体をボリボリとかきながらのんびりとした声で言った。


「それが今回はどこの雑誌社も行方を知らないようなんだ!」


「どこかが嘘を言ってるんですよ。みんな自分のところの原稿さえ描いてもらえたらいいんだから。そこの原稿を描き終わったら戻ってきますよ」


「それじゃあ間に合わないんだよ!『ぼくのそんごくう』8ページ、明日の朝までに印刷所に回さないとオチるんだよ!」


「そんなこと俺に言われても…」


 不満げにそう雅人が言うと、編集者が殺気立った顔で 詰め寄った。

 

「あんた、手塚先生のマネージャーなんだろう?」


「ち、違いますよ!誰がそんなこと言ったんですか!?」


「以前から手塚先生が何かトラブルがあったらトキワ荘の手塚雅人に相談しろって。なんでも手塚先生の遠い親戚だからって言っていたぞ」


「あいつめ…!!」


 雅人はひとつ大きな溜息をつくと言った。


「仕方ないなあ。ついて来て下さい」


 雅人は編集者を連れて隣の部屋に住んでいる藤子不二雄こと金子俊夫の部屋の扉をノックした。




「――と言うわけで藤子先生、この人を助けてあげて下さい!」


「助けろっと言われても、具体的に私はどうしたらよいのですか?」


 徹夜で自分の原稿を描いていた金子が眠い目をこすりながら尋ねた。


 机の上に置かれた金子の描きかけの原稿を雅人はチラッと覗き見た。


 野球帽を被った小柄な少年が中央に立ち、その後ろには狼男、ドラキュラ、フランケンシュタインの怪物らしきキャラクターが描かれていた。


「藤子先生、これは新作ですか?」


「ええ。この子は主人公の怪物くんです。後ろの三人は怪物くんの従者です」


「へぇー、面白そうだな」


「採用されるかどうかわかりませんが、前倒しで発表するように手塚先生に言われていますからね」


「そんな原稿より、明日の朝までに『ぼくのそんごくう』8ページを描いてくれないかね?」


 すっかり舞い上がっていた編集者はいきなり金子にそう言った。


「手塚先生の代原ですか?明日の朝までに8ページ!?」


 金子は腕組みをしてうーんと考え込んだ。


「俺からもお願いしますよ。先月号の『ぼくのそんごくう』の内容を確認しました。ちょうどひとつのエピソードが解決して、孫悟空たちが新しい旅にでる場面で終わっています。ですから8ページでひとつの完結したエピソードを描いてもらえませんか?」


「一話で完結したお話にするのですね」


「はい。新しい旅にでる場面で始まって最後は次の新しい旅にでる場面で終わらせて下さい」


「なるほど!それなら手塚先生も続きを描きやすいですね。でも、さすがに私ひとりでは明日の朝までに8ページは無理ですよ」


「わかっています。これから石森先生と赤塚先生にもお願いします。みんなで手塚先生の代原を描いて下さい」



 雅人は同じトキワ荘走の住人、石森章太郎こと望月玲奈の部屋の扉をノックした。


「石森先生、起きてますか?」


 廊下からそう雅人が尋ねると扉が開き、赤塚不二夫こと小森章子が出てきた。


「あれ?赤塚先生もいたの?」


「おはようございます、雅人さん。私はちょうど石森先生の別冊の手伝いをしていたところです」


「そうなのか?だったら仕事を頼むのは無理かな?」


「いえ。もうすぐ描き終わるところです。何せ石森先生、筆が早いですからね」


 雅人が部屋の中に入っていくと、机に向かって原稿を描いていた玲奈が振り返った。


「手塚先生、また逃げたの?」


 そう小さな声で玲奈が尋ねると、雅人は溜息をつきながらうなずいた。


「そうなんだ。別冊が終わったばかりで申し訳ないが、『ぼくのそんごくう』8ページの代原、明日の朝までに頼めるかな?」


 金子は編集者と小森章子に聞かれないように小声で玲奈に尋ねた。


「玲奈ちゃんのコミックグラスに『ぼくのそんごくう』の原稿が収録されていないかな?私のコミックグラスにはなかったんだよ」


「ちょっと待って。調べてみる」


 そう言って玲奈は自分のコミックグラスを操作して、内蔵されている石森章太郎の漫画原稿を検索し始めた。


 雅人が不思議に思って金子に尋ねた。


「どうして石森章太郎の作品集に手塚治虫の『ぼくのそんごくう』があるんですか?」


「本物の手塚治虫が失踪した時に、石森章太郎や藤子不二雄が頼まれて一度だけ『ぼくのそんごくう』を描いたことがあったんですよ」


「へぇ。治美だけでなく本物の手塚治虫も編集者から逃げていたんですか」


「何しろおひとりで10本以上連載を抱えていましたからねぇ。いくら漫画の神様でも無茶ですよ」


 と、検索していた玲奈が嬉しそうに言った。


「『ぼくのそんごくう』、あったよ!」


「よかった!やはりそちらの全集に収録されていましたか。もう大丈夫ですよ、雅人さん」


 金子がそう雅人に告げると、彼は背後でやきもきして待っていた編集者の方を振り向いた。


「石森先生と藤子先生が代原を引き受けて下さいます」


「本当かい!?助かった!恩にきるよ!」


「赤塚先生も手伝ってくれますか?ネームは石森先生がメインで描いてくれますから」


「もちろんです!手塚先生のためなら何でもやりますよ!」


 そう小森も言ってくれた。


 みんな自分の仕事で徹夜明けなのに文句ひとつ言わず快く引き受けてくれた。


 雅人は申し訳ない気持ちで一杯だった。


 やがて、すべてを放り投げて逃げ出した治美のことを思うと無性に腹が立ってきた。


「どこに逃げやがった、手塚治美!必ず見つけ出して連れ戻してやるからな!」

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