トキワ荘物語 その5
昭和30年6月5日、日曜日。
トキワ荘では空き部屋が出来たので、小森章子と同居していた望月玲奈もその部屋に移り住んだ。
そしてようやく横山が神戸での残務整理を終えて東京都豊島区千早に転居してきた。
横山が上京したので未来人全員でトキワ荘の雅人の部屋に集合し、今後の身の振り方を相談することにした。
四畳半の雅人の部屋には治美、横山、金子、玲奈の未来人四名が座り込み、狭くて互いに身動きできないぐらいだった。
ちゃぶ台の上には焼酎とサイダーの瓶が置いてある。
金子はそれぞれのコップに焼酎3をサイダー7で割ったチューダーと言う飲み物を入れて回った。
ただし治美たち未成年者はアルコール抜きのただのサイダーだった―――ということにしておこう。
「それでは新漫画党の結成を祝して乾杯!」
全員がコップを持って乾杯した。
雅人がチューダーを一気に飲み干すと隣に座る治美に尋ねた。
「一応付き合いで乾杯したが、新漫画党って何だ?」
「トキワ荘に住んでいた漫画家たちが結成したグループですよ。確か安孫子素雄氏が命名したんじゃないかしら?」
「安孫子素雄って誰だい?」
雅人が尋ねるとすかさず金子が説明した。
「私、藤子不二雄の片割れですよ。この方が後に『まんが道』という自伝漫画を描いたのでここトキワ荘も有名になりました」
「ちょっと待てよ!俺は漫画家になるつもりはないぞ!新漫画党なんて入らないぞ」
「まあまあ固いこと言わないで下さい、雅人さん。ちょっとしたノリですから」
「第一どうして俺の部屋で会合を開く?」
「だって雅人さんは新漫画党の総裁、寺田ヒロオ氏の代理人ですから?」
「寺田ヒロオ?」
「寺田ヒロオさんは私たちの世界では『背番号0』、『スポーツマン金太郎』、『もうれつ先生』等の良質な児童マンガを描いていた方です。残念ながらこの世界には存在していないようです。彼はトキワ荘のリーダー格の世話人なので、ぜひとも雅人さんにやってもらいたいのです」
「ちなみにこのチューダーを考えたのも寺田ヒロオさんだよ」
金子と治美がニコニコしながら雅人に微笑みかけた。
「俺がトキワ荘の世話人だと!?そんな勝手なことを…!」
雅人が憤慨して文句を言っていたが、結局は引き受けてくれると信じていたので治美は無言で微笑み続けた。
「まったく!それで世話人ってなにをしたらいいんだ?」
しめた!とばかりに治美が説明をした。
「わたしと新漫画党のメンバーの橋渡しをして下さい。もしも新漫画党のメンバーが困っていたら手助けして欲しいのです」
「何しろこの世界の住民で僕たちが未来人だと知っているのは雅人くんとエリザお嬢様だけだからね」
そう言いながら横山が煙草を取り出して口にくわえた。
彼の隣に座っていた玲奈が無言でその煙草を摘まんで、口から引き抜いた。
「ここ、禁煙!」
「はい、はい。わかったよ」
横山は肩をすくねると煙草を胸ポケットに戻した。
「横山さん。本物の横山光輝は寝タバコで火事を起こして亡くなったそうよ。横山さんもそうならないように少しタバコは控えた方がいいわ」
煙草嫌いの治美が珍しく真顔で横山にそう忠告した。
「気を付けますよ」
「それじゃあ、わたしたち新漫画党の力でこの世界にマンガとアニメを流行らせましょう!それがわたしたちの使命です!」
「使命……?」
玲奈が首を傾げた。
「そうよ。わたしたちが未来世界からこの昭和の漫画のない世界に転移したのはその使命を果たすためよ。ちょうど山之辺マサトが創造主となり、この世を作り直したように。わたしたちもこの世界の歴史を正しい方向に導くのよ!」
「でも、今度こそと火の鳥は思う。今度こそ信じたい」
突然、金子が芝居がかった口調で漫画のセリフを話し出した。
「こんどの人類こそきっとどこかでまちがいに気づいて。生命を正しく使ってくれるようになるだろうと……。『火の鳥 未来編』ですね。早く読ませて下さいよ、手塚先生!」
「ムフフ!せっかちさんね!必ず描きますから待っていてね、金子さん!」
「あんたら本当に仲がいいなあ!」
雅人が呆れて溜息をついた。
「同じ熱烈な手塚治虫フアンですからね」
「ともかく…」
横山が立ち上がった。
「僕らはマンガとアニメをどんどん生み出しましょう。そうすることが僕らが元の世界に戻るための唯一の方法です!僕はそう信じています!」
治美たちは全員で「エイエイオー!!」と円陣を組んで手を差し出して声を上げた。




