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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第15章
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トキワ荘物語 その4

 上京して半月の間は治美は旅館で仕事をしていた。


 その間、金子は治美のために懸命にアパートを探していた。


 結局、治美が東京で一番最初に連載が決まった「漫画少年」の編集者のツテで並木ハウスを借りることができた。


 歴史通りに事が進み始めたと治美と金子は喜び合った。




 並木ハウスはクリーム色の木造モルタル二階建ての建物で全部で11室あった。


 治美は二階のいちばん奥、六畳間の角部屋を借りることが出来た。


 治美はその部屋に自分の仕事机とアシステント用の机、そしてベッドとテレビを置いた。


 ベッドはともかくテレビはとても高額だし当時はまだろくに放送もしていなかったのだが、治美は仕事に必要だからと無理してでも購入した。


 小森章子と望月玲奈はトキワ荘で一緒に暮らしながら、毎日治美のもとにやって来ては仕事の手伝いをしていた。



 その日の夜、「ロック冒険記」の人間と鳥人の戦闘シーンを描いていた章子は、ペンを置くとしんどそうに眼がしらを指でつまんだ。


 そして上を向いて、目薬を入れた。


 同じ机で章子の正面に座って「ジャングル大帝」のレオが人間世界でケンイチ少年から言葉を教わっている場面を描いていた玲奈がペンを止めた。


「章子さん、疲れた?」


「うん。群衆シーンが続いたから、ちょっとね」


 床に寝転びながら「リボンの騎士」の下書きをしていた治美も、その会話を聞いて立ち上がった。


「今日はもう終わりにしましよう。コーヒー、作ってくるわね」


「先生!うちがやります!」


 章子が慌てて立ち上がろうとしたが治美が制した。


「いいからいいから!気分転換になるからわたしがやるわ」


「すみません、先生」


「もうすぐ8時だからテレビのスイッチ入れといて」


 章子は治美に言われて木製の家具のようなテレビのスイッチのつまみを引っ張った。


 全体的に丸みを帯びたブラウン管は時間が立たないとなかなか映像が映らない。



 3人は治美の作ったインスタントコーヒーを飲みながら、NHKの「ジェスチャー」という大人気のクイズ番組を見ていた。


 治美はこの番組を見ているおかげですっかり昭和30年の時事に詳しくなっていた。


 最初、治美は司会の小川宏やキャプテンの柳家金語楼も水の江瀧子も全く知らなかった。


 しかし今ではテレビのおかげですっかり芸能通になっていた。


 3人でテレビを見ながらゲラゲラ笑っていると、ふと小森が小さな声で治美に言った。


「先生、うち、『ロック冒険記』みたいなストーリー漫画、苦手です」


「あら、まあ、そうだったの?小森さんは、どんな漫画を描きたいの?」


「うち……ギャグ漫画を描きたいんです。この『ジェスチャー』みたいにみんなでゲラゲラ笑いながら読める漫画を描きたいんです」


「へぇ!?ギャグ漫画!?意外ねぇ!」


「意外ですか?」


「小森さんなら少女漫画を描きたいのだと思ってた」


「うち、少女漫画は嫌いです。それに先生に悪いですが、ストーリー漫画も苦手なんです」


「いいの!いいの!わたしの弟子がみんなSFやストーリー漫画ばっかり描いてもしょうがないもの。ギャグ漫画、大いに結構よ!」


「おおきにありがとうございます」


「ギャグ漫画ならひとついいアイデアがあるの。絶対ヒット間違いなしのネタよ。どう?描いてみない?」


「は、はい!お願いします!」


「ユニークなキャラクターたちが織り成すドタバタ喜劇よ。主人公は六つ子の少年なの」


「む、六つ子ですか!?それは面白そうですね!」


「でしょう!でしょう!主人公の名前はおそ松って言うの」


「お粗末ですか?それで他の兄弟の名前は?」


「えーと、チョロ松、カラ松、トド松……。あと何だっけ…?」


 治美はチラッと玲奈の方を見たが彼女は無反応だった。


(令和生まれの玲奈ちゃんは知らないか…)


 話の合う人間がいなくて治美は少しがっかりした。


「今度、金子さんとこに行きましょ。その時、詳しい話はするわね」


「でもどんなストーリーなんですか?」


「ストーリーなんかどうでもいいのよ。魅力あるキャラクターを沢山作れば、自然と物語はできていくわ」


「は、はい!どんなキャラクターが出てくるのですか?」


「生意気で負けず嫌いの浮浪児の子。手にはいつも好物のおでんの串を持っているの」


「おでんの串って何ですか?」


「あら、見たことないの。屋台でおでんを買ったら串に刺してくれるわよ」


 治美は紙に△〇□に串を通した絵を描いた。


「コンニャク、ガンモ、ナルトのおでんよ」


「しゅ、種類も決まっているのですか?」


「そうよ。この子は主人公の六つ子のライバルね。チビで禿げ頭で毛が一本だけ生えているの。ちょっと描いてみて」


「は、はい…」


 章子は少し考えてから紙に小柄な男の子の絵を描いた。


「いいわ!わたしの記憶…いえ、イメージにそっくりだわ!」


「名前はどうします?」


「小さいから『チビ太』ね」


「『チビ太』ですか?」


「『アベック歌合戦』ってラジオ番組知ってる?」


「いえ。知りません」


「だったらトニー谷は?」


「知ってます!いっぱい喜劇映画に出てる芸人さんです」


「あの人をモデルにしたイヤミな大人も出してね」


「イヤミな人ですか」


「そう!名前はそのものズバリ、『イヤミ』ね」


「面白そうですね」


「セリフの語尾も変わったものしたいわね。イヤミは語尾にトニー谷みたいに『ざんす』って言うのよ」


「そうなると、それぞれのキャラクターに特徴的なギャグを作りたいですね」


「そうね!イヤミのギャグは『シェー』って叫ぶの」


「『シェー』?『ヒェー』じゃなくて『シェー』なんですね」


「そうよ!何か独特のポーズも欲しいわね」


「手塚先生!面白いギャグ漫画を描けそうです!」 


「タイトルはズバリ『おそ松くん』ね!」


「『おそ松くん』………」


章子がこめかみを抑えながら何やら考え込んだ。


「どこかで聞いたような気がします」


「そ、そんなはずないわよ。今、わたしが考えたマンガなんだから」


章子にそう言われて治美は焦った。


(もしかして、わたしの知らないうちに本物の赤塚不二夫が現れて「おそ松くん」を発表したのかしら?)


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