ジャングル大帝 その4
「というわけで、望月玲奈さんをさらってきました」
エリザ邸に帰って来た横山は、書斎机に座って煙草に火をつけると事も無げに言った。
金子はあきれ顔で横山と彼の横に立つ少女、望月玲奈を見た。
「大丈夫ですか?警察に見つかりませんかね?」
今にも書斎の扉を押し開けて警官が飛び込んでくるかもしれない。
金子は本気で背後の扉を心配そうに見つめていた。
「大丈夫ですよ。僕の身元がばれるようなことはしてません。もっとも今頃、秋田県警は伊達直人という架空の人物を探しているかもしれませんがね」
横山は楽しそうに笑った。
「園長先生に悪いことした。今頃、心配しているだろうな…」
望月玲奈がポツリと呟いた。
「あとで、園長先生に元気にやっているって手紙を書いてあげたらいいよ」
横山がそう言うと、玲奈はコクッと頷いた。
と、書斎の扉が音を立てて勢いよく開かれた。
玲奈がビクッと身体をこわばらせた。
「WELCOME TO SHOWA!!」
そう叫びながら治美は書斎に飛び込んできて、いきなり玲奈に抱きついた。
「わたしが手塚治虫です!」
玲奈は目を白黒させ治美の顔を見つめている。
「思ってた人とイメージが違う………」
そう玲奈が小声で呟いた。
「ン?どう違うのかしら…?」
治美が小首をかしげて微笑みながら玲奈を見た。
治美たちは玲奈の前に並んで立って自己紹介を始めた。
「わたしは本名手塚治美。ペンネーム手塚治虫よ。昭和29年4月に平成29年の世界からやって来たわ。ここはわたしのおばあちゃんの家なの。通りの向こうの駄菓子屋にはおじいちゃんも住んでるわ」
「僕は横山浩一、令和元年から来てもう3年だ。ペンネームは横山光輝」
「私は金子俊夫。ペンネーム藤子不二雄。私も去年の9月にこの世界に来ました。元は令和3年の東京に住んでいました」
「望月玲奈……。2025年、秋田県仙北市から来た……」
そう言うと、玲奈は小さくコクリと頭を下げた。
「玲奈ちゃんは…」
金子がそう話しかけると、玲奈はキッと彼をにらみ付けた。
「ちゃんづけは止めて!」
「お、おおっ!?すまないね。望月さんは…」
「玲奈でいい!」
「――玲奈の持っているコミックグラスには誰の漫画が保存されているのかね?」
玲奈は金子の問いには答えずに、無言で黒縁の眼鏡を掛けた。
「普段はコミックグラスを掛けていないのかい?」
横山が尋ねると、玲奈は消え入りそうな小さな声で答えた。
「目、悪くないから」
「充電のためにいつも掛けていた方がいいぞ」
「――わかった」
横山は紙と鉛筆を玲奈に手渡した。
「何か描いてみて」
玲奈はうなずくとコミックグラスを起動し、人物画を描き始めた。
白百合を持った白い着物姿の長い髪の美少女の絵を玲奈はスラスラと描いた。
「早いわね!線に迷いがないわ!」
治美が思わず大きな溜息をついた。
金子が目を細めて玲奈の描いた少女像を見つめて言った。
「繊細な絵だね。はて、どこかで見たような気がする…」
「『龍神沼』ですよ、金子さん」
「ああ!!」
続いて玲奈は左目が前髪で隠れた長いマフラーをした少年の絵を描いた。
「島村ジョー!『サイボーグ009』だね!」
金子が瞳を輝かせて叫んだ。




