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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第12章
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来るべき世界 その7

 昭和29年12月31日、金曜日。


 大晦日である。


 ドイツでは大晦日はジルベスターと言い、花火や爆竹を鳴らして盛大に騒ぐ。


 その音で悪魔や厄が追い払われるという言い伝えがあるからだ。


 虫プロの外の庭から、エリザたち在日ドイツ人が花火を上げて騒いでいる音が聞こえている。


 治美は窓から打ち上げ花火が咲き乱れる夜空を見上げていた。


 一方雅人は、たった今治美が描き終えた「平原太平記」という手塚治虫初の長編時代劇を読んでいた。


 江戸時代末期、主人公の須田紋左(すだもんざ)は、藩主に足伏が原(あぶせがはら)の開墾を申し出る。


 足伏が原(あぶせがはら)は「この原には いまだかつて 諸人の足をふみいれたることなし」という注意書きが立てられるほどの荒地だった。


 ほとんどの家臣は開墾に反対し、須田紋左は自分たちの力だけで開墾をしなければならなくなる。


 地元ヤクザの妨害、地震、洪水、害虫、合戦と次々と困難が訪れ、須田紋左は無一文になるがそれでも人々のために開墾をあきらめなかった。


 やがて、須田紋左の周りには彼を応援する人々が少しずつ集まり出し、時は流れる。


「平原太平記」を読み終えて、雅人は感動のあまり身震いをした。


「手塚先生はこんな時代劇も描けるんだ……」


「ラストシーンがいいんですよね。死ぬまでかかってもこの原を開拓することができないと嘆く妹に、須田紋左が言うセリフ」


「『築いてはつぶれ、つぶれては築く。それが人間の仕事なのだ。しかし、いつかは我われの後を継いできっとやり遂げてくれる者があるだろう……。きっとある!』」


「感動しましたか?おやおや、雅人さん?泣いていません?」


「誰が泣くか!」


 治美にからかわれてなるものかと、雅人は必死に涙をこらえていた。


「しかし、同じ時代劇でも横山先生とはまったく雰囲気が違うな」


「横山先生はエンターテインメントに徹していますからね」 


「ところで、本年最後の『手塚治美を手塚治虫にして、日本を漫画と漫画映画の世界一の大国にする計画』のための会議をするぞ」


「一部まだネームの段階の物もありますが、これで予定していた書きおろし単行本はすべて描き終えました」


「治美がこの世界にタイムスリップして8か月。よく頑張ったな!」


「『ロスト・ワールド』は前後編合わせて40万部を売り上げたし、『メトロポリス』、『来るべき世界』のSF3部作は日本中の読者に衝撃を与えましたね」


「まさかこの日本でSFが流行るとは思わなかったよ。未来世界でもSFは盛んなのか?」


「少し不思議な話は、すっかり定着していますよ」


「少し、不思議?」


「ええ。SFは少し()不思議()なお話の略でしょ」


「いや。スペキュレーティブ・フィクション、思索的小説って意味だが?」


「はあ?」


「あるいはサイエンス・フィクション。空想科学小説」


「何ですか、それ?」


「うーん?未来世界では、SFの意味が変わっているんだな」


「まあ、面白ければ、なんでもいいじゃないですか」


 もはや雅人は治美との会話にズレがあってもまったく気にしなくなっていたので話を進めた。


「来年はいよいよ雑誌連載だな」



 治美は黒板にこれから描きたい作品と掲載雑誌名を列記していった。


「ジャングル大帝」「漫画少年」


「リボンの騎士」「少女クラブ」


「鉄腕アトム」「少年」


「ぼくのそんごくう」「漫画王」


「ロック冒険記」「少年クラブ」


「新世界ルルー」「漫画と読物」


「サボテン君」「少年画報」


「冒険狂時代」「冒険王」


「ピピちゃん」「おもしろブック」



「とりあえず、こんなところですか…」


「いまさら驚かないが、手塚治虫はこれだけ同時に連載していたのか」


「これでも読み切りやエッセイは除外したんですよ」


「どうだ?やれそうか?」


「うーん……。書き下ろし単行本は自分の好きなように描けますが、連載となると編集の意見や読者の人気を考えないといけないから厄介ですよね」


「だったら書き下ろしの単行本にしたらダメなのか?今は空前の赤本ブーム、貸本ブームだぞ」


「ブームなんて一時的なものですよ。来年は貸本ブームは終わって、月刊誌ブームが起きます。そしてすぐに週刊誌ブームが始まり、漫画は日本中に定着します」


「となると、もっとアシスタントを増やさないとやっていけないぞ」


「横山先生、藤子先生はもとより、安村氏たちも来年は独立して自分の漫画を描いてもらいたいですからね。わたしの代わりにペン入れしてくれる絵の上手な人を募集しないと!」


「ただ絵が上手いだけじゃだめだぞ。漫画を描ける人間でないとな。将来自分も漫画家になりたいという情熱を抱いているやつでないと」


「そんな人、どうやって探すんですか?」


「俺にまかせておけ!」


 雅人が自分の胸を拳でドーンと力強く叩いた。


「はーい!まかせまーす!」


 雅人に任せておけば安心だ。


 治美は彼を信頼しきっていたので、「手塚治美を手塚治虫にして、日本を漫画と漫画映画の世界一の大国にする計画」のための会議は終え、年越しそばを食べるために二人で雅人の家に向かった。


 


 治美の予言通り、全盛期には全国に3万軒もあった貸本屋はその後、次第に衰退していく。


 衰退の原因となったのは関東の大手出版社が漫画業界に参入し、漫画の月刊誌を発売し始めたことと、さらに漫画週刊誌が登場したことだった。


 治美の描いた「新寶島(シンタカラジマ)」で始まった関西の赤本ブーム、貸本屋のブームは、後に同じ治美が月刊誌、週刊誌に漫画を描くようになって終焉を迎えるのだった。


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