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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第12章
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来るべき世界 その5

 治美は金子の肩をポンポンと軽く叩いた。


「金子さん。わたしたちは漫画家ではありません。原作者に徹しましょう」


「原作者ですか?」


「ええ。わたしは今、ほとんどネームしか描いていません。作画は優秀なアシスタントの人たちにまかせています」


「それで面白い漫画が描けますか?」


「描けます!本物の手塚先生や藤子先生が描いた漫画をリメークするのです。どう転ぼうと面白くないはずがない!」


 治美は原稿用紙の束をめくって何かを探し始めた。


「これを見て下さい!」


 治美は原稿用紙を抜き取り、原稿を金子に見せた。


 それは治美が鉛筆でササッと書いたネームだった。



 隕石群が降り注ぎ破壊される地上、がれきの山に立ち、肩を組んで天に向かって叫ぶ二人の紳士。


 二人の紳士のセリフは大きな描き文字でこう書いてあった。


「平和だ、平和だ!地球に戦争がなくなった!」


「人間バンザイ。世界の文化!バンザァイ」



 そして次のページでは降り注ぐ粉塵に埃まみれになったヒゲオヤジとケンイチが抱き合っている姿。


 その傍らには誰かの死骸が横たわる。


「ケン一、天国に行ったらまずおふろにはいろうな………」


「おじさん、さようなら……」




「『手塚先生の生原稿!それは、光り輝いていた!』」


 金子は顔をあげて、興奮した口調で治美に行った。


「これは『来るべき世界』の最終章だ!すごい迫力だ。地球最後の日を迎えてようやく敵国同士が手を握り平和を叫ぶという皮肉。一方、ヒゲオヤジたちは仲良く抱き合い、静かに死を受け入れようとする。天国に行ったらまずお風呂にはいろうって台詞が泣けますね!」


「どうです。わたしの下手くそなネームで読んでもおもしろいでしょ」


「確かに!」


「『来るべき世界』のあらすじを言いますね。相次ぐ原爆実験のため生物相の変化した馬蹄島に密かに新人類フウムーンが誕生していた。山田野博士はそのことを世界中に警告するが、誰も耳を貸さない。それどころかスター国とウラン連邦が世界戦争を始めてしまう。そのうえ、新星爆発により暗黒ガスが広がり、太陽系に迫っていることが分かった。フウムーンは地球が滅びる前に、5万種類の動物と500人の善良な人間だけを円盤群に乗せて地球を去ろうとする。暗黒ガス雲は地球に接近し、とうとう地球最後の日が迫ってくるのだった……」


「あらすじを聞くだけでも面白い漫画ということがわかりますね。『人類の進化と終末』『オーバーロードによる人類の飼育』。SF史上の大傑作と言われるアーサー・C・クラークの『幼年期の終り』を彷彿させます」


「『幼年期の終り』ってのはいつの作品ですか?」


「1953年です。日本で発行されたのはもっとずっと後だと思います」


「勝ったな!『来るべき世界』は1951年発行です」


「こんなSFを極東の二十歳そこそこの青年が2年も前に描いていたなんて奇跡としか言いようがない」


「どうです?ネームさえ描けば、わたしたち凡人でも面白い漫画は描けますよ。本物の手塚先生や藤子先生が考えたストーリー、キャラクター、セリフ、コマ割り、構図を模写して再現すればいいのです!」


「なるほど…。それなら私でもやれそうな気がしてきました」


「実際、そうしないととても漫画を量産できませんよ。歴史に追いつけません」


「そういえば今年は1954年ですから『きたるべき世界』は3年発行が遅れているのですね」


「はい。本当ならこの頃は月刊誌に漫画が一杯載っていなきゃいけないのに、小説や絵物語しか載っていません。漫画家も戦前から描いていた年寄りしかいません。この世界には漫画家も漫画雑誌も絶望的に足りません」


「それを私たちの手でいちから開拓していくのですね。心が躍りますね!」


「でしょ!でしょ!ワクワクしますよね!ああ!心がぴょんぴょんするんじゃぁ!」


 治美は手でウサギの耳を表現しながら、本当にその場でピョンピョンと飛び跳ねた。


 金子は訳がわからず、徹夜でハイテンションになっている治美を見つめていた。


 その時、通いの家政婦の田中が朝食の準備ができたと呼びに来た。





 食堂にはエリザと横山が既に座って待っていた。


「いただきます!」


 4人は揃ってトーストと目玉焼きの朝食を食べ始めた。


 朝食は食べながら治美はエリザに金子の身の回りの世話を頼んだ。


「金子さんは春までここに住んで、漫画の勉強をしてもらいたいの。いいでしょ、エリザさん」


「あんたが下宿代払ってくれるんならうちはええよ。そやけど、金子さんはそれでええのかな?おじさん、漫画なんか描けるんか?」


「もともと私はマンガ好きで、いい年齢して孫よりもマンガに詳しい男でしたから、マンガを描くことには何の抵抗はありません。むしろ大好きな藤子不二雄のマンガを描けるなんて光栄です」


「ふーん。未来の世界では還暦過ぎたおっちゃんでも漫画を読んどるのかあ。金子さん、もともと仕事は何をしてはったん?」


「システムエンジニアです」


「シ、システム……?」


「なんて言ったらいいかなあ。電子計算機ってあるでしょ。あれに人間の仕事を覚えさせる仕事です」


「へぇー。なんかようわかりませんが、そっちの仕事はしませんの?」


「昭和29年の日本では、わたしの知識と経験を生かせる職場はありませんよ」


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