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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第2章
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鉄腕アトム その1

 昭和29年4月24日 土曜日。


 今日は雅人の通う高校は半ドンだった。


「半ドン」とは半分休みの日のことだ。


 まだ週休二日制が導入される前のこと。


 今日は午前中だけ学校に行き、午後からは休みになっていた。


 ちなみに「ドン」とは、オランダ語で「休日」を意味する。



 雅人は茶の間に置かれた丸いちゃぶ台の上で宿題をしていた。


 彼のすぐそばでは赤毛の少女、エリザ・ホフマンが畳の上に寝転がり、煎餅(せんべい)を食べながら雑誌を読んでいる。


 エリザはボーイッシユなショートカットをしていた。


 これは今週公開されたばかりのアメリカ映画「ローマの休日」の主演女優、オードリー・ヘップバーンをまねたものだった。


 と、エリザが起き上がると雅人にすり寄って来て、自分が読んでた雑誌を指さして尋ねた。


「なあなあ、雅人(マサト)。この字、何て読むん?」


「うん………?ああ、コウモウヘキガン」


「コウモウ……なに?」


紅毛碧眼(コウモウヘキガン)!赤い髪、青い目の西洋人のことだ。エリザ、お前のことだよ」


「ダンケ!美少女ってことやね」


「誰が美少女って言った!」


 雅人は嫌みを言ったが、エリザは右から左に聞き流した。


 エリザは関西弁丸出しの粗暴なヤツだが、ドイツと日本のハーフで確かに黙っていたら紅毛碧眼(コウモウヘキガン)の美少女だと雅人も認めざるを得ない。


 雅人とエリザは幼稚園に通ってた頃からの幼馴染だった。


 貿易商のエリザの父親は母親と一緒に世界中を飛び回っていて滅多に神戸には帰ってこない。


 エリザは駄菓子屋をしている雅人の家にしょっちゅう上り込んでは、勝手に商売物の雑誌を読みながら駄菓子を食べている。


「エリザ!その本は売り物なんだから食べカスなんかはさむなよ!」


「ええから!ええから!」


 かまわずエリザは煎餅をかじりながら雑誌を読み続けた。


「まったく!あんな立派なお屋敷に住んでるくせに、どうしてうちみたいな貧乏人の家に入り浸るんだ」


 北野町の通りを挟んだ道向かいに建つ西洋風の豪邸、それがエリザの家だった。


 彼女の家以外にも北野町には貿易商とか大使とかの豪邸が建ち並び、後に異人館通りと呼ばれる有名な観光地になるのだった。


 しかし雅人の住んでいる家はただのボロい借家だし、周りも日本人の一般庶民が暮らす普通の家屋ばかりだ。


 同じ北野町と言っても、通りひとつ挟んで貧富の差が激しい。


「雅人!そんないけず言うたらあかんよ」


 駄菓子屋の店番をしていた雅人の母親が、ガラスコップに入れた冷たい麦茶を持ってきてくれた。


「ダンケシェーン!おばちゃん!」


 エリザは飛び起きると、手を伸ばして麦茶を取った。


「エリザちゃんとは明けの星幼稚園に通ってた頃からの幼馴染やろ。それに今はエリザちゃんのご両親とも外国に行っておらへんのやからお世話してあげなあかんよ」


「そうや!そうや!もっとエリザに優しくせなあかんよ」


 エリザがいたずらっぽく笑った。



 と、裏口からけたたましい声がした。


「すみませーん!誰か、いませんかあ?」


 裏木戸をドンドンと叩く音がする。



「なんやろ、騒がしいな。雅人、ちょっとあんた見て来て」


「え~~~!」


「いいから、はよ行き!」


 母親にそう言われ、雅人は不承不承立ち上がった。




 縁側から裏庭に降りて、雅人は下駄を履いた。



 ドンドンドンと裏口の木戸を誰かがしつこく叩いている。


「どなたですか?」


 雅人は裏木戸を開けた。


 すると、そこには白いワンピース姿の金髪の美少女が立っていた。


 少女は青い瞳を潤ませて、今にも泣きだしそうな顔をしている。


「あ、あのう…」


 雅人はただただ困惑してその美少女を見つめていた。


 と、美少女はいきなり雅人に抱きついてきた。


「おじいちゃん!!会いたかったよ!!」





 茶の間に治美は座り、コップの麦茶を一気に飲み干した。


 丸いちゃぶ台の反対側に座っていた雅人は、幼い子供に対するようにゆっくりと尋ねた。


「――すると、君は二十一世紀の未来からやって来た俺の孫娘なんだね?」


「はい!まったくこの家探すの大変だったのよ!おじいちゃんが実家は昔、異人館通りで駄菓子屋してたって自慢してたの思い出したの」


  憔悴した表情の治美は少しふて腐れた口調で言った。


「へ、へえ……。それは、大変やったわねぇ……」


 エリザは治美から目を逸らし、助けを求めるように雅人を見た。


 雅人は腕組みをして考えながら尋ねた。


「どうして、その………、『タイムスリップ』ってやつが起きたのかな?」


「そんなの知りませんよ!わたし、昨日の夜は普通に自分の部屋のベッドで寝ました。朝方、ベッドごと過去に跳ばされたんでしょうね」


「未来の神戸には海の上にポートアイランドという人口島があって、そこに建てられた高層の住居で君は寝てたんだね。寝ている間に君は時間を遡って同じ場所に移動したわけか?だから海の上に落ちて来たんだな」


「まったく!うち六階だったから海の上でなければ死んでたかも!」


 治美は必死に自分の不幸を雅人に訴えながら、ちゃぶ台の上に置かれた煎餅に手を伸ばした。


 その治美の手をエリザがすかさずガードすると、煎餅を一枚くわえて言った。


「――でも雅人!地球は動いとるやろ?」


「ああ。自転も公転もしてるな」


「だったらおかしいやん!ただ過去の世界に跳んだだけやと地球は動いとるから何もない宇宙空間に跳ばされるんやないの?」


 エリザはあからさまに疑惑の眼差しで治美を睨みつけている。


「そんな目で見ないでよ!わたしだって信じられないけど、本当なんだからしょうがないでしょ!」


「単なる自然現象でタイムスリップが起きたのじゃないのかも。何かの意志が働いたんじゃないかな?」


「それって、神様がわたしを過去の世界に送り届けたってこと………?」


「ちょっと、雅人!この子のいう事、信じるんか!?」


「いや、タイムスリップ云々はともかく、彼女のことはなんとなく昔から知っていたような感じがして……」


「あほらし!ちょっと可愛いからって鼻の下伸ばして!頭イカレてんのや、この子!病院に入れんとあかんわ!」


 雅人は真正面から治美の顔を見つめながら言った。


「何か君が未来から来たって証明できる物はないのかい?」


「そんなこと言われても………」


 治美は当惑してうつむいてしまった。


 その時、治美が掛けていた黒縁の眼鏡が少しずり落ちた。


「―――そうだわ!あります!あります!!」


 ハッと治美が顔をあげるといきなり立ち上がった。


 治美は右手の人差し指を伸ばすと、指揮者がタクトを振るように人差し指を左右に振りだした。


 そのまま彼女は両手を広げると、一心不乱に空気をかき混ぜ始めた。


「な、何をしてるんや、あんた!?」


「『コミックグラス』を起動しました!わたしが掛けているのは『コミックグラス』という未来のメガネです。内蔵された『超完全版手塚治虫全作品集』も読めるし、写真も撮れるし、電卓で計算もできます。これでわたしが未来人だということを証明してみせましょう!」


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