メトロポリス その3
一方、治美は横山と赤城の二人と「メトロポリス」の打ち合わせをしていた。
「19XX年、太陽黒点の影響で世界中で異常事態が起きます。その頃、人造細胞を研究していたロートン博士は人造人間ミッチイを造りますが、秘密結社レッド党がミッチイを悪だくみに利用しようとします。ロートン博士はミッチイをつれて逃げ出しますが、レッド党に見つかって殺されてしまいます。その現場に居あわせた私立探偵のヒゲオヤジはミッチイを引き取り、人間としてケンイチのいる学校に通わせます。ところが、ミッチイは自分が人間でないことを知り、ほかの人造人間たちとともに人間への復讐をしようと暴動を起こします――というお話です」
「おおっ!本格的なSF漫画ですね!これは楽しみです!」
赤城が子供のように瞳を輝かせた。
「赤城さんも漫画の描き方に慣れたでしょから、いちいちネームをトレースするのはもう卒業よ。これからは直接ケント紙に下書きするからね」
ページ番号だけを振った真っ白なケント紙を治美は取り出した。
「1、2ページは中生代の恐竜のシーン。3、4ページは氷河期のシーン。5ページで現在の大都会、メトロポリスの姿……」
治美は説明しながら次々とケント紙に鉛筆でラフな下書きを描いていった。
「そして6ページは花丸博士のシーン。ここはラストにも出てくる重要なシーンだから今描くわね」
そう言うと治美はペンを取り出し、下書きなしで直接ケント紙に豊かな白ヒゲとやさしい顔と太鼓腹の老人、花丸博士の姿を描いた。
「花丸博士の今作の役名はヨークシャー・ベル博士。ロートン博士の親友で本作の狂言回しね」
大都会の夜景を背景にして立つヨークシャー・ベル博士に吹き出しが描かれ、その中に治美は台詞を書いていった。
「しかし、いつかは人間もその発達しすぎた科学のためにかえって自分自身を滅ぼしてしまうのではないだろうか?」
治美は今描いたばかりの原稿を赤城に手渡して指示した。
「このコマをトレースして、ラストページに描いてください」
「はい!わかりました!」
治美はナンバリングだけしたケント紙を十数枚抜き取り、横山に手渡した。
「これからわたしが印をつける所にブタモ・マケルを描いていって下さい。ブタモ・マケルの今作での役名はロートン博士です」
治美は別のケント紙に直接ペンで大きな鷲鼻の男の絵を描いた。
「この人がレッド公です。今作がデビュー作ですが、手塚作品の重要な役者さんです。次回作の『来るべき世界』にもこの花丸博士とレッド公は重要な役で登場するので覚えておいて下さい」
そして治美はレッド公と向き合って立つ一人の美少女の姿を描いた。
「そして彼女が本作のヒロイン、人造人間ミッチィ。彼女は手塚作品の初期作品のほとんどに登場する美少女キャラクターです。雌雄同体なので最初は男装をしています。ミッチィは鉄腕アトムの原型だし、リボンの騎士のサファイヤのモデルにもなった重要な女優さんです。ミッチィはこれから描く予定の『地底国の怪人』、『平原太平記』、『ファウスト』、『漫画大學』、『化石島』、『来るべき世界』、『罪と罰』にも登場するから忘れないでね。ちなみにミッチィは大人になってから、アトムのお母さん役もするのよ。自分が原型になったアトムの母親役をするなんてなんと素晴らしいことかしら!」
「手塚先生。それぐらいで…」
また興奮して余計なことを口走りそうになったので、横山が制止した。
「えー、『メトロポリス』はビル街とか群衆シーンが多いので描くのが大変だと思います。とにかく頑張って下さいね」
それから2週間後、予定通り「ジャングル魔境」と「メトロポリス」は同時に完成した。
治美はいよいよ横山の原稿も売り込むため、二人で大阪の出版社に向かった。
その頃には玩具菓子問屋街の松屋町には14、5軒の赤本と呼ばれる漫画の単行本を出している出版社が現れていた。
赤本屋はたいてい出版とは無縁な一発屋で、手塚治虫が起こした漫画ブームをあてこんで問屋から転業した零細出版社だった。
「新寶島」を発行したI出版の社長に「ジャングル魔境」を渡すと、中身を確認する前からもう次のジャングル物の依頼を受けた。
「次は『有尾人』という作品を描くつもりです。ニューヨークの動物園に、動物の言葉を話せる少年が働いていました。彼は園長がジャワの奴隷市で買ってきた少年で、生まれた時にはお尻にシッポがありました…」
「いやー、内容は手塚先生にお任せしますわ。とにかくジャングルが出てくる冒険活劇を描いてください」
「わかりました。ところで、社長に見てほしい漫画があるのですが……」
「よろしくお願いします!」
横山が漫画原稿の入った茶封筒を社長に手渡した。
「わたしのアシスタントの横山光輝さんです。読んでもらったらわかると思いますが、彼は必ず売れっ子漫画家になりますよ」
「手塚先生のアシスタントをしてた人なら間違いおまへんやろな。拝見しますわ!」
社長が茶封筒から漫画原稿を取り出して読み始めた。
「『音無しの剣』。ふむふむ、時代劇でんな。よろしおますな」
社長はパラパラと素早く原稿を読んでいった。
治美も横山も採用されることを確信していたため、落ち着いたものだった。




