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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第9章
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新寶島 その6

 雅人は赤本屋の社長と出版条件を交渉し始めた。


「一つ目の条件は単行本の最後尾に半ページで結構ですから著者のあとがきを載せて下さい」


「なんや、そんなことか。まあそれぐらい、かまいまへんで」


「二つ目の条件は著者は手塚治虫ですが、奥付に作画者として三名の手伝いの名前を記載して下さい」


「そりゃまたなんでや?」


「彼らは将来有望な漫画家の卵です。今から名前を売り出しておきたいんです」


「手塚さん自身が売れるかどうかも分からんのにえらい余裕でんな。まあ、ええわ。ほんで最後の条件は?」


「原稿料は買い切りではなく印税にして下さい!」


「はあああ!?たかが漫画本を印税方式にしろやと!?」


「それだけ、この漫画は売れます!絶対にベストセラーになりますよ!」


「それならなおさら買い切りの方がわしが儲かるやないか」


 雅人はスクッと席を立った。


「この条件がダメならば、よその出版社に行きます!」


「ちょ、ちょっと待ってぇな!えらいアンちゃん、強気やなあ」


「それだけこの作品に自信がありますから!この先も必ず手塚は次々とヒット作を描きます。それを全て社長さんのところで出版させていただきます。けっして損はさせません!」


「うーん………、そやけどなあ……」


 社長は腕組みをして唸りだした。


 頭の中で算盤(そろばん)をはじいているのだろう。


(面倒臭いこというガキやな。断ろかいな?そやけど漫画は売れそうや。もしも売れなくても印税式なら損は小さくて済むしなあ…)


 社長が考えあぐんでいると雅人はダメ押しの一言を言った。


「印税方式にしていただけたら、原稿料はいりません!」


「な、なんやて!?原稿をタダでくれるというんか!?」


 社長はポンと手を打った。


「よっしゃ!わかった!その条件、呑みますわ!」


「ありがとうございます!」


 雅人と治美の二人は社長と固く握手を交わした。





 昭和29年8月15日、日曜日の午後。


 さっそくI出版の社長がカメラマンを引き連れて、エリザのお屋敷にやって来た。


 応接室に通された社長は、物珍しげに絢爛豪華な部屋を見回した。


「聞きしに勝る豪邸でんな!ぜひ、このお屋敷で手塚先生の写真を撮らせて下さい!」


「ええっ!?わたしの写真を本に載せるのですか?」


「これだけのベッピンさんや。作者の写真をバーンと載せんと損やで!」


「でもわたし、あんまり顔出ししたくないんです」


「何ゆうてまんねん!『新寶島』の作者、手塚治虫は金髪の美少女やった!これで売上ドーン!!儲けがバーンやあ!」


 雅人と治美はヒソヒソと相談をした。


「どうしましょ?わたしのいた未来世界では、『新寶島』に作者の写真なんか載っていませんでしたよ。未来人のわたしの写真が本に載ったら、歴史がどうにかなっちゃいません?」


「でも、もともと俺たちはこの世界の歴史を変えるのが目的だからなあ。とにかく単行本を出してもらはないと」


「そうですね!細かい違いはどうでもいいっか!」


 治美は著者近影を撮影することにした。




 エリザに借りたパーティードレスを着た治美が応接室の窓辺の机に向かい、愁いを帯びた表情でGペンを持っている。


 カメラマンはそんな治美の姿を撮影している。


「いいよ!いいよ!手塚さん!次は庭に出て、お屋敷をバックに撮影しようか!」


「はーい!」


 上気した表情の治美は、なんやかんや言いながら結構ノリノリであった。


 雅人はエリザと一緒にそんな撮影風景を遠巻きに見ていた。


「うちの屋敷を提供するんやから、ちゃんと場所代もらうからな」


「わかってるよ。すぐに印税が入ってくるから。そんなことより心配だなあ…」


「何がや?」


「単行本を売るためにしたことだが、とうとう手塚治虫が若い女性だと世間にばれてしまう。それもあんな金髪の美少女だとわかったら世間はどんな反応をするだろうか?今の時代、女性の社会進出を快く思わない奴らが大勢いるからな」


「そんなことないわ!」


「そうか?」


「あの子程度で『美少女』だなんて呼ばへんわ!」


「あっ、そこ?」


「容姿はともかく、あの子は抜けたとこあるからなあ。本物の手塚治虫は医師免許も取ったインテリなんやろ。同じ漫画でも立派な男のお医者さんが描いたのと、中卒の得体の知れない金髪の小娘が描いたのでは読者の反応も違うやろなあ。世間とはそうゆうもんや」


 エリザ自身、幼い頃に自分の容姿が原因で苛められた経験があるため、彼女の言葉には重みがあった。


「そういや治美は高校を卒業していないから中卒になるんだな。いやいや!そんなことより、治美は住民登録もない無戸籍児だった!これから世間に天才漫画家として売り出すのにマズイことになるぞ!」


「なんや!今頃気付いたんか。安心しとき。あの子の戸籍はもううちが手配済みや」


「エリザが!?」


「ちょっと前まで戦争で孤児になった子供の大勢が無戸籍やったやろ。無戸籍児を見つけた人が申告したら、警察が調書を作成して役場に出生届の替りに提出してくれるんや。うちのパパは警察にも顔がきくからな。パパの名前出したらすぐに手配してくれたわ。ついでに横山の戸籍も作ってもらっといたわ」


 雅人は目を大きく見開いて、エリザの顔をマジマジと見つめた。


「――エリザはすごいなあ!!」


 雅人に感心されて、エリザは少し照れ臭そうに言った。


「そやけどパパが神戸に戻ってきた時に、なんて言い訳したらええかな?言い訳、一緒に考えてや」

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