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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第9章
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新寶島 その1

 昭和29年7月25日、日曜日の午後。


 雅人にとって高校生活最後の夏休みだ。


 エリザの屋敷の食堂はもはや漫画作成のための仕事部屋と化していた。


 食卓は隅に追いやられ、中央には勉強机が4つ並んで島を作っている。


 それぞれの机の上には雅人の手作りのトレース台が置かれ、美術部の後輩の3名の男子高校生たちが座っている。


 彼らは治美の描いた下絵をトレースして毎日新聞に送るための4コマ漫画「マァチャンの日記帳」を描いていた。


 残りの一つの机には時々横山が座って、自分のプロデビュー作「音無しの剣」の原稿を書いている。


 横山が原稿を書く時は、治美も隣に座って付きっ切りで描き方を指導していた。


 ちなみに仕事部屋は治美の希望で全面禁煙になってしまい、横山は閉口している。




 夕ご飯も終わり、みんながいなくなって雅人と治美の二人きりになった食堂。


 恒例の「手塚治美を手塚治虫にして、日本を漫画と漫画映画の世界一の大国にする計画」のための会議が行われた。


「『マァチャンの日記帳』だが、当初の予定では半年連載が続く筈だった。しかし、ネタが重なっていたり、今の時勢に合わないのがあって一割ほどカットした。おまけに新聞社に十本まとめて送っても採用されるのが数本しかない!」


「もともと手塚先生も毎回数枚の原稿を持って行って一枚採用されるという厳しいものだったそうです」


「でも、俺たちが描いているのは治美のいた世界では実際に採用されて新聞に載った原稿ばかりだぞ。どうしてボツにされるんだ!」


「編集者ってのはそういう情け知らずで理不尽な人間なんですよ。あきらめるしかないです。4コマ漫画の方はアシさんにまかせて、わたしは長編に取り掛かりますね」


 二人がコーヒーを飲みながら相談をしていると、家政婦の岡田さんが割烹着を脱ぎながら食堂を出て行った。


「それじゃあ、私はこれで帰らせていただきます。お仕事、頑張ってくださいね」


「はい!お疲れさまでした」


 治美が岡田さんに個人的にお茶代を支払うようになってから、彼女はニコニコ笑顔でお茶出しをしてくれるようになっていた。

 


「それで、横山さんの進捗具合はどうだい?」


「もう三分の一、ペン入れが終わりました。あの人、いきなり下絵なしでペン描きしていますから早いんですよ」


「さすがだな!コミックグラスをすっかり使いこなしている」


「『音無しの剣』、なかなか面白いですね。少年剣士、高柳又四郎は『後から出でて先に切る』、一撃必殺、音無の剣の使い手です。音無しの剣は無敵の剣法と評判になりますが、同時に『魔剣』と揶揄(やゆ)され又四郎は苦悩する。そんななか道場破りをしながら諸国を旅している浪人、村雨 次郎が現れ真剣勝負を挑んでくる…」


「なるほど!面白そうだな!早く俺も読みたいな」


 そう雅人が目を輝かせながら言うと、治美の青い瞳に嫉妬の炎が巻き起こった。


「駄目ですよ!横山さんがデビューするのはわたし、手塚治虫が売れっ子漫画家になってからですよ!」


(しまった!治美の前で手塚治虫以外の漫画を褒めるとものすごく機嫌が悪くなるのだった!)


「し、しかし『マァチャンの日記帳』は大成功だな。この前、『マァチャン人形』が勝手に作られて露店で売られていたぞ。他の新聞社も四コマ漫画を新聞に載せることを検討しているらしい」


「マンガが世間に少しずつ浸透してきた証拠ですね!よしよし!」


「次はいよいよ長編漫画だ!『新寶島(しんたからじま)』という作品を発表するんだろ?」


「『新寶島(しんたからじま)』ねぇ………」


 治美はコーヒーカップを指先でチーンと弾いた。


「なんだ?あまり気乗りがしないみたいだな」


「『新寶島(しんたからじま)』って純粋に手塚作品じゃないですからねぇ。別に原作者がいて、最初は奥付に手塚治虫の名前も載らなかったぐらいですから」


「なんだ。『新寶島(しんたからじま)』ってのは合作だったのか」


「だからストーリーも古臭くて面白くないんですよね。主人公のピート少年は父の形見の宝島の地図を見つけ、ブタモ・マケル船長と犬を連れて航海に乗り出す。途中、片手片足の海賊ボアールに捕まって、宝島の地図を盗られてしまう。そして海賊船は嵐で沈没、漂流の末に流れ着いた島が目的の宝島だった。その宝島にはバロンと言う名の青年が動物とともに暮らしていた――――てな話です。『宝島』と『ターザン』と『ロビンソン・クルーソー』を混ぜたような子供だましのたわいのないお話ですよ」


(こいつ、相変わらず手塚治虫以外の漫画家はボロクソだな。気を付けないと将来困ったことになるぞ)


「そんな漫画がどうして戦後漫画の原点と言われるようになったんだ?」


「それはもちろん、手塚先生のマンガ表現の力ですよ。今までのマンガは舞台を絵にしたような平面的な物でした。でも、手塚先生のマンガは映画のようなスピーディなアクションやコマ割り、構図!当時の読者は絵が動いているように見えたそうですよ」


「それはぜひとも読んでみたいなあ!」


「雅人さんたちは感動するかもしれませんが、生まれる前からストーリーマンガがあったわたしにはただの子供向けの古臭いマンガですね」


「でも、この『新寶島(しんたからじま)』を読んだ子供たちが影響を受けて大勢の漫画家が生まれたんだろう。この作品は『手塚治美を手塚治虫にして、日本を漫画と漫画映画の世界一の大国にする計画』に欠かせないな」


「わかりました!『新寶島(しんたからじま)』は212ページあります。20日で完成させましょう!」


「212ページをたった20日で!?できるのか?」


「みんなで分担して描いてもらいますから」


 治美はコミックグラスを操作し、年代別の手塚作品リストをチェックし始めた。


「それと並行して、わたしは手塚先生が昭和29年までに発表した書き下ろし単行本の下絵を次々と描いてゆきます。発表したい単行本が山ほどあるんです!」


「確かに8年半の遅れを取り戻さないといけないな!それで、どんな作品を描くつもりなんだ?」


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