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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第8章
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きりひと讃歌 その4

 昭和29年5月20日、木曜の夜。


 エリザは二階に上がって屋根裏部屋に続く階段の下から呼びかけた。


「治美!起きとるか?」


 返事はない。


「紅茶入れたから飲まへんか?」


 返事はない。


「モロゾフのチョコレートもあるで」


 屋根裏部屋からゴソゴソと動く音がして、やがて治美が階段を下りてきた。




 食堂の長テーブルにエリザと治美が腰かけて待っていると、横山が紅茶セットを持ってきた。


 ソーサーとカップを二人の前に置き、横山はポットから暖かい紅茶を注いだ。


「いただきまーす!」


 治美はチョコレートの缶を開けると中から丸い花型のミルクチョコを摘まんで口に放り込んだ。


「横山も一緒にお茶飲まへん?」


「ありがとうございます」


「しかし横山も未来人やったんやてな。びっくりしたわ」


「申し訳ございません。秘密にしておりました」


「まあ、いきなり未来から来たなんて言われても狂人やと思われるだけやから、普通なら黙ってるわな。治美みたいにペラペラ喋る方がおかしいわ」


「エリザさんもお説教ですか?」


 治美は不服そうな顔でカップを見つめている。


「そんなんと違うがな。ただうちらが知らんだけで、未来から来た人間ってのがこの辺りに大勢おるんかなあっと思っただけや」

 

「もしもそうだったら嬉しいなあ。『手塚治美を手塚治虫にして、日本を漫画と漫画映画の世界一の大国にする計画』に協力してもらうのになあ」


「その計画も雅人がおらんと計画倒れやな」


 治美はカップを両手で包み込むように持ち、じっと無言で見つめている。


「治美さん」


 横山は胸ポケットから煙草を一本取り出した。


 治美が煙草を見て一瞬身構えた。


 横山はそれに気づかぬふりをして、構わず煙草に火をつけた。


「僕は漫画のことはあまり詳しくないので教えてもらいたいのですが」


「はい?」


「横山光輝という漫画家について教えてもらえませんか?」


「わたし、手塚先生がらみのことしか知りませんけど…」


「ご存じのことだけで結構です」


「えーと、ちょっと待ってくださいね…」


 治美はコミックグラスを起動し、手塚治虫の自伝を色々と調べてみた。



「ちょうど今年、昭和29年に貸本漫画を描いていた横山光輝は、出版社の社長に連れられ手塚先生に会っています。その時、彼が描いた『魔剣烈剣』を読んだ手塚先生は、彼は必ず売れっ子漫画家になると断言しました。


「横山光輝はその後、単行本『音無しの剣』で漫画家デビューします。彼は一時期手塚先生のアシスタントをやり、手塚先生原作の漫画『黄金都市』、『ターザンの洞窟』、『海流発電』、『仮面の冒険児』、『蜘蛛島の巻』の五作品を発表しています」


「ほほう!手塚治虫と横山光輝は随分と親密な関係を築いていたのですね」


「それだけじゃありません。横山光輝は未来の漫画界にとってとても重要な人ですよ!


「『魔法使いサリー』、『コメットさん』で 『魔法少女』というひとつのジャンルを生み出しました。『魔法使いサリー』がなければ後の『セーラームーン』、『プリキュア』、『まどか☆マギカ』といった魔法少女物は生まれず、大きいお友達は途方に暮れたでしょう。


「『鉄人28号』、『ジャイアントロボ』で少年がロボットを操縦して活躍するという少年漫画の王道を生み出しました」


「『バビル2世』、『その名は101』、『マーズ』では超能力者同士が戦うというこれまた少年漫画の王道を生み出しました」


「『伊賀の影丸』、『仮面の忍者 赤影』は日本に忍者ブームを巻き起こし、海外では日本には『NINJA』という超人集団が存在すると信じられています」



「そして『三国志』、『水滸伝』、『項羽と劉邦』といった中国の歴史物。日本人が中国人よりも『三国志』が好きで詳しいのは絶対に横山光輝の影響です 」


「なるほど!横山光輝の影響力は計り知れませんね」


「わたしも今、自分で説明していてそう感じました。横山光輝がいないと日本の漫画界、お先真っ暗ですね!」


 治美はコミックグラスを外すと、真っすぐと正面から横山の顔を見つめて言った。


「もちろん手塚先生ひとりの力でも日本はマンガ大国になります。でも今のままだと、1991年のコミックマーケット40に間に合いそうもないのです!


「特に将来はみんなにコミケで同人誌を描いてもらいたいのですよ。それなのに魔法少女がいないコミケなんて考えられません。『マーズ』はアニメ『六神合体ゴッドマーズ』になってBLのはしりになりました。『鉄人28号』の主人公、正太郎くんがいないと『ショタ』って言葉も生まれません!」


「BLやショタって何なの?」


「エリザお嬢さんは知らない方がよろしいかと……」


「横山さん!やっぱりコミックグラスを使って、マンガを描いてくれませんか!お願いします!」


 横山は眉をひそめて、煙草を灰皿に押し付けて火を消した。


「雅人くんにも昨日、頼み込まれましたよ」


「雅人さんが…!?」


「横山!うちからもお願いするわ。仕事しながら漫画描くのは大変やと思うけど、治美の力になってもらえへんかな」


 横山はそれには答えずしばらく考えてから、胸ポケットから新しい煙草を一本取り出した。


「――僕にできるでしょうか?」


「治美でもなんとかやってるんや!横山ならもうっとうまくやれるわ!」


 横山は煙草をくわえ火をつけると、うまそうに肺にまで思い切り煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「わかりました!協力しましょう!」


「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」


「僕だって、当家に拾われた恩義は感じています。同じタイムリーパーの治美さんにも同情しています。しかし何より、僕が漫画家になるのは運命かもれない、そう思えてきました」


「運命ですか?」


「ええ。僕も治美さんも漫画家になるためにこの世界にやってきたのかもしれない。それに二人がこうして出会ったのも運命を感じます」


 横山は熱い視線を治美に対して送ったが、治美はそれには気づかずただ嬉しそうに微笑みながらチョコレートをほおばるのだった。

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