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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第1章
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火の鳥 その1

 平成29年4月23日。


 兵庫県神戸市中央区の人工島「ポートアイランド」のマンション街にある手塚治美(はるみ)の家。


 治美と治美の両親がリビングのテーブルを囲んで座っている。


 治美はバースディケーキに立てられた17本のロウソクを一気に吹き消した。


「治美!お誕生日おめでとう!」


「17歳、おめでとう!」


 治美のパパとママが拍手をする。


「パパ!ママ!ありがとう!」


 治美はこぼれるような笑顔を浮かべ、自分でも拍手をしている。


「はい!プレゼントよ」


 そう言ってママはアイボリーの眼鏡ケースを差し出した。


 中を開けてみると何の変哲もない黒ぶち眼鏡が入っていた。


「……メガネ?何、これ?わたし、目なんか悪くないわよ」


「いいから、かけてみなさい」


 パパとママは治美のリアクションを期待して、にやにやといたずらっぽい目で見守っている。


 治美は渋々と眼鏡をかけた。


 思ったより重い。


 度は入っていない。


「自分の名前を言ってごらん」


 ママに促されて、治美は訳のわからないまま自分の名前をつぶやいた。


「……手塚……治美……?」


 と、治美の目の前に突然「手塚治美様。ライセンス認証が完了しました」の文字が浮かんだ。


「あわわっ……!!」


 次の瞬間、スマホのようなアプリのアイコンが空中にズラーッと現れた。


「な、何、これ!?メガネ型のスマホなの!?」


 パパが分厚い紙のマニュアルを取り出し、得意げに読み始めた。


「透過式メガネ型端末、『コミックグラス』!最新のウェアラブルPCだとさ。声紋と虹彩で本人認証したから、もう治美以外の人は使えないそうだ」


「まったく幾らしたのかしら?こんな高級品を……!」


 ママは呆れ顔だったが治美は大喜びだ。


「スッゴイッ!スッゴイッ……!」


 いつも治美の誕生日には祖父が豪華なプレゼントを贈ってくれるのだが今回のは別格だった。


「外から見たら普通の眼鏡だけど、治美には空中にアイコンが見えてるんだろう?モーションセンサーで指の動きを感知するから、何かアイコンをタッチしてごらん」


 パパに言われた通り、空中に浮かんだカメラの形をしたアイコンに治美はタッチした。


 と、目の前のパパとママの笑顔に四角い顔認識枠が表示され、ピントが合った。


「はい、チーズ!」


 治美が人差指で空中をタッチすると、小さなシャッタ音がしてパパとママの写真が撮れた。


 この写真がパパとママの最後の写真となった。


 後々、治美は幾度となくこの写真を見て涙を流すのだった。


「メガネのフレーム全体が太陽電池になっているから、日光に当たるだけで自動的に充電して半永久的につかえるそうだよ」


 治美は興奮し、空中のアイコンを両手で触って色々と操作をしてみた。


「……あれ?これってネットにつながらないの?」


「えーと、なになに……。『コミックグラス』はその名の通り、電子書籍を読むための専門端末だとさ。それ以外のアプリはオマケだな」


「なんだ。ちょっとガッカリ……!」


 治美は本の形をしたアイコンをタッチしてみた。


「電子書籍ってこれかしら?」


 と、内蔵されている電子書籍のタイトル「超完全版手塚治虫全作品集」が治美の目の前に現れた。


「やった!『超完全版手塚治虫全作品集』が入ってるわ!」


「はははは!治美は本当に手塚先生が好きだなあ」


 パパが嬉しそうに笑った。


「いくら名字が同じだからとはいえ、パパが手塚の漫画ばっかり読ませたせいよ。今時の子供は手塚治虫なんて知らないわよ」


 と、ママはいつもの呆れ顔。


「そんなことない!!」


 治美とパパが同時に叫んだ。


「『ブラックジャック』や『火の鳥』をクラスメートに読ませたらみんな感動していたわ!」


「その通り!会社の上司に『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』を貸してやったら、懐かしがって泣いてたぞ」


 二人の剣幕に呆れて、ママが肩をすくめた。


「はいはい。わかったからケーキ、食べましょうね」



 楽しい家族だけの誕生会も終わった。


 白いワンピース姿の治美はベッドに仰向けに寝転び、コミックグラスの操作をしていた。


「せっかく『超完全版手塚治虫全作品集』を貰ったのだから、まず最初に読むのは手塚先生のライフワーク『火の鳥』だよね」


「COM」という手塚治虫が発行した漫画雑誌に連載された「火の鳥 黎明編」を治美は読み始めた。


 「火の鳥 黎明編」にはもう一つ昭和29年に「漫画少年」に連載された作品もあったが、雑誌休刊のため未完に終わった。


 COM版の「火の鳥 黎明編」はその漫画少年版の漫画を基にして大幅に描き直したものだ。


 古代ヤマタイ国を舞台に永遠の命をもたらす火の鳥の生き血を求めた人々の争いを描いたものだった。


 ついつい読み始めると止まらなくなってしまった。


 治美は知らないうちに最後のページまで読み進めていた。


 クレーターの底から這いあがってきたタケルが、初めて外の世界を見て叫ぶ。


「世界だ」


 そして、歩き出すタケルの後ろ姿。


「いやー、何度読んでも感動物ですわ」


 コミックグラスの使い勝手を確かめるだけのつもりだったが、丸まる1冊読み終えてしまった。


 寝ころびながら読めるし、ページをめくる時は軽く舌打ちをするだけでいい。


 周りの人が見ても漫画を読んでいるとは気づかれない。


 早速明日学校に持って行って、授業中にずっと手塚作品を読んでやろう。


 時刻を確認するため、治美は目の前の空間に浮かぶ時計のアイコンを指先でタップした。


 もう1時を過ぎている。


 そろそろ寝なくては。


「でも、もう1冊だけ……」


 我慢できずに治美は「火の鳥 未来編」を開き、読み始めた。


 「火の鳥」は過去から未来、始めと終わりから時代を交互に描いていく長い長い物語だ。


 本当なら最後は「現在編」で終わるはずだったのに手塚先生の死で未完で終わってしまった。


 手塚先生は平成元年、1989年2月9日に60歳の若さで亡くなったのだ。


「早いよ、早すぎるよ!もっともっと長生きして漫画を描いてもらいたかった……」


 治美は手塚治虫の死のことを考えるといつも涙がこみあげて来るのだった。



 うとうとと起きているのか寝ているのかわからない状態になりながら、治美は「火の鳥 未来編」を読み終えようとしていた。


 宇宙生命コスモゾーンとなった主人公マサトの目の前に、光り輝く鳥が近づいてくる。


「あの鳥はどこかで見たような……………」


 光の中から火の鳥が姿を現す。


「思い出した!火の鳥!火の鳥だ!!」


 マサトが叫ぶ。



 そして、治美は深い眠りに落ちて行った。 

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