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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第3章
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アドルフに告ぐ その3

 ベレー帽を買ってもらいご機嫌の治美は、次に昭和の神戸の景観を見るため屋上遊園地に上がった。


 日曜日のため、屋上は遊具で遊ぶ親子連れで一杯だった。


 治美がいた未来世界ではそごうデパートの屋上遊園地はなくなり、大人たちがビールを飲む場所になっているそうだ。


 空を見上げながら治美が雅人に尋ねた。


「あれ、何ですか?プカプカ浮かんでるの」


 治美が指さす先を見て、雅人が答えた。


「アドバルーンだよ。宣伝文句を書いた長い布を空中に揚げた広告気球だ。アドバルーンとは広告を意味するアドと気球を意味するバルーンを組み合わせた造語だよ」


「へぇー。初めて見ました!この頃はこんな宣伝してたんだ」


「あとセスナ機で空からビラを巻いたり、チンドン屋が演奏しながらビラを配ったりしているよ。未来世界では見たことがないのかい?」


「ビラなんか撒いたら警察に捕まりますよ」


「ふーん。未来世界って窮屈なんだなあ」


「そうそう!みんな普通に歩きながら煙草吸ってましたよね。未来世界では外で煙草ポイ捨てしても罰金ですよ」


「本当かよ!?」


「煙草吸う人、減ってますからね。絶滅危惧種ですよ。だから昨日、横山さんがいきなり目の前で煙草吸い出したからビックリしました。雅人さんも隠れて煙草吸うの、辞めたほうがいいですよ」


「えっ!?何で……!?そうか。これも未来世界の俺が喋ったんだな?」


 治美はニヤニヤしながら雅人を見ている。


「なんで未来世界の俺はこんなにお喋りなんだろう!」




 神戸は北を六甲山、南を海に囲まれた港町である。


 そのため神戸で道案内するときは、東、西、山側、海側で方向を示す。


 三人は屋上の山側に立ち周囲を見渡した。


 神戸は大阪や東京みたいな大都会ではないので、大きなビルもなく大変見通しが良い。


 山側にはさっきまで三人がいた北野の坂道が見え、屋根の風見鶏が特徴的な館や外壁が魚のうろこのように天然石で覆われた家が建っている。


「あの風見鶏の館が『アドルフに告ぐ』の主人公、日独ハーフのカウフマンの自宅のモデルなんですよ!もう一人の主人公、ユダヤ人のカミルの家は元町のパン屋『ブルーメン』なんです。元町にモデルの店ってあるのかなあ。後で元町のアーケード商店街にも連れて行って下さいね」


 治美が興奮して訳の分からないことを一人で喋っている。


「せっかくタイムスリップしたんだから、聖地巡礼しなくっちゃ!」


(聖地巡礼?お遍路さんのことだろうか?)


 いちいち質問するのも疲れてきたので、雅人は治美の言葉を無視した。


「雅人さん達にも『アドルフに告ぐ』を読んでもらいたいなあ。異人館通りに住んでる人が読んだら、感動もひとしおですよ!でも連載始まったのが1983年、昭和58年かあ。30年後ですね…」


「それなんだが、手塚治虫という漫画家はいつデビューしたんだい?」


 治美は例のごとく、未来世界のメガネを操作しながら話し出した。


「えーと、1946年1月1日付の大阪毎日新聞社の『少国民新聞』に新連載の予告が載りました。そして、正月休刊をはさんだ1月4日に『マァチャンの日記帳』という4コママンガの連載が開始されました。これが手塚先生のデビュー作です」


「今が1954年だから既に8年もデビューが遅れているわけだ。もうこの世界には手塚治虫って漫画家は出てこないんじゃないのか?」


 雅人がそう言うと、治美は腕組みをしてウーンと何やら考え込んでしまった。


 その時山側を見ると、ちょうどあずき色をした電車がビルの二階の大きなアーチ型のトンネルから出てくるところだった。


「『火垂るの墓』の冒頭シーンと同じだわ。あれって阪急電車ですよね?」


 と、突然治美は雅人の腕にすがりつくと必死の形相で言った。


「お願いします!わたしを宝塚に連れて行ってください」


「はあ!?宝塚!?なんでまた、宝塚?」


「宝塚には手塚先生のお家があるんです!わたし、手塚先生にマンガを描くようにお願いします!」


 エリザが何か言おうとしたが、治美の必死の形相にただ肩をすくめるだけだった。


「お願いします!お願いします!お願いします!」


「わかった!わかった!わかったから、腕を離してくれよ」


「ありがとうございます!やっぱり雅人さんは優しいですね。大好き!」


 そう言うと、治美はいきなり雅人に抱きついた。


 雅人は顔を真っ赤にして照れ、エリザが治美の首根っこを掴んで引き離した。 


「お前、おじいちゃん子だったんだな。俺たちは見た目年頃の男女なんだから、人前で抱きついたりするなよ!」


「はーい!」


「宝塚へ行くなら阪急電車の方がいいな。未来世界でも阪急や阪神や国鉄は走っているんだろう?」


「えーと。阪急や阪神はありますが、国鉄ってのは聞いたことありませんよ。つぶれたんじゃないですか」


「国鉄が潰れたりするかなあ?」




 そごうデパートを出た雅人たちは宝塚に行くため神戸阪急ビルにある駅に向かった。


 途中、治美は歩きながらコミックグラスを使って年表を調べていた。


「手塚先生は1928年11月3日、大阪府豊能郡豊中町に生まれました。その後、1933年、手塚先生が5歳の時に兵庫県川辺郡小浜村に引っ越しました」


「豊中町は今は豊中市になってるよ」


「小浜村は宝塚町って名前に変わって、ついこの前、良元村と合体合併して宝塚市になったばかりやで」


「へぇー!宝塚市って生まれたばかりなんですか?」


「そうや。4月1日に宝塚市の誕生をお祝いして、宝塚大劇場で『宝塚歌劇40周年式典』が開かれたところや」


「エリザさん。詳しいですね」


「エリザは宝塚(ヅカ)の大フアンなんだ!」


「そうや!そやから、あのあたりは詳しいんや。ほんまにその手塚って人の家は御殿山のふもとにあるんか?」


「はい。お祖父様が建てた元々別荘だった所に住んでいるはずです」


「ほんま?御殿山はタヌキが出てくるような雑木林やけど、ふもとは高級なお屋敷地帯やで」


「手塚先生は由緒正しい良家の出ですからね。手塚先生のお父様、手塚(ゆたか)さんは住友伸銅鋼管勤務のエリートで写真家。お祖父様の手塚太郎さんは司法官。そのまたお祖父様の手塚良仙さんは、医者で蘭学者で手塚先生の描いた『陽だまりの樹』という名作歴史漫画の主人公です」


「1928年生まれってことは、今は26歳か。果たして家にいるかな?」


「私のいた未来世界では、手塚先生は漫画を描くために昭和28年の7月に東京都豊島区椎名町のトキワ荘ってアパートに引っ越してます」


「この世界では漫画家になっていないみたいだから、会社勤めしているかもしれないな」


「マンガ家になっていないならお医者さんをしていると思いますよ。おととしに医師国家試験に合格してますから」


「ええっ!?漫画を描きながら医師免許取ったって!?」


「はい」


「そんなん信じられんわ!あんたの話は出鱈目(デタラメ)ばっかしや!」


「そりゃ、私も最初知った時は信じられなかったです。でも、私たち凡人と違って手塚先生は天才ですから!それぐらいできても不思議はないです」


 治美は自分ことのように得意満面である。


 しかし、一人で何本も雑誌に連載するだけでも信じられないのに、並行して医学部に通い、インターンをして、医師免許を取るなんていくら天才と言えども人間にできるものなのか。


 雅人は治美のことを信じたかったが、手塚治虫の話を聞くと半信半疑になってきた。


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