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REMAKE~わたしはマンガの神様~  作者: 八城正幸
第3章
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アドルフに告ぐ その2

 翌日、昭和29年4月25日 日曜日。


 治美は雅人とエリザに連れられ、三宮の中心街に出るために北野の坂を歩いて下って行った。


 治美が昭和のレトロな街並みを観光したいと雅人におねだりしたからだ。



 途中、治美は歩きながらコミックグラスを使って周囲の街並みを写真に撮っていた。


 と、撮影に夢中になっていた治美が、道端に寝ころんでいた黒い野良犬をうっかり蹴っ飛ばしてしまった。


「ワン!ワン!ワン!」


 野良犬が怒って治美に吠え掛かった。


「キャー!」


 治美は驚いて雅人の背中に隠れた。


「シッ!シッ!」


 雅人が野良犬を手で追い払うと、治美はホッと安堵の溜息をついた


「どうして、こんな町なかに犬が野放しなんですか!?飼い主はどこにいるの!?」


「あいつはただの野良犬だよ。未来世界には野良犬はいないのかい?」


「―――野良猫はいますけど、犬は見たことないですよ」


「ふーん……。面白いな」


「どうしたん、雅人?何を感心しとるん?」


 雅人が考え込んでいると、エリザが尋ねた。


「いや。未来世界を予想している空想科学小説を色々と読んだことはあるけど、野良犬がいなくなってるなんて書いてる作家はいないからな。現実の21世紀は俺たちの空想とはまったく違った世界になるんだな」



「ヤダーッ!」


 突然、治美が口元を手で覆って金切り声をあげた。


「えっ!?何が嫌なんだ!?」


「フラワーロードを電車が走ってる!カワイーイ!」


 治美が指さす先には路面電車が走っていた。


 リベット打ちで四角ばった緑と白の車両が路面に敷かれた線路上を走るところを見て、治美を青い瞳を輝かせた。


「なんか地下鉄が地面走ってるみたいで変なの!電車の上には蜘蛛の巣みたいに電線が張り巡らされてるし………。アッ!電線から火花が出た!?」


「路面電車は架線からパンタグラフで電流を取り込み、その電気で電動機を回して走るんだよ」


「鐘をチンチンと鳴らすから、うちらはチンチン電車って呼んどるわ。チンチン電車は、みなとの祭の時には綺麗に飾った花電車になるんやで」


 エリザが自慢げに説明した。


「へぇ、見てみたいなあ…」


「未来の神戸には路面電車は走っていないのかい?」


「未来世界では電車も車も空中走っとるんやろ!」


 エリザが嫌味を言ったが治美には通じなかった。


「いえいえ!21世紀と言ってもそんなに進歩してませんよ。三宮も街の区割り自体はあまり変わっていませんねぇ」


 治美は三宮の町並みを、興味深げにキョロキョロと見回した。


 すると、周囲の通行人たちが、チラチラと自分の方を見ていることに治美は気付いた。


 治美が小声で雅人に尋ねた。


「―――なんか周りの人たち、わたしのこと見ていません?」


「神戸には外人さんは多いけど、こんな金髪の美少女が日本語ペラペラ喋ってるから珍しいんだよ」


「やだ!美少女だなんて…!」


 治美は恥じらいながら、金色に輝く髪の毛先を人指し指でクルクルと丸めた。


「そやけど顔は日本人顔やから、金髪が全然似合ってへんわ!」


 またも、エリザが意地の悪いことを言った。


「でも、スタイルは伊東絹子ばりの八頭身美人だけどな」


 思わず雅人が言い返すと、エリザはムッとしてそっぽを向いた。


 伊藤絹子とは、昨年のミス・ユニバースの世界大会で第3位に入賞したファッションモデルで女優である。


 彼女は「八頭身美人」と呼ばれ、これは流行語となった。


 ちなみに、後に大ヒット商品になる冷蔵庫用脱臭剤「キムコ」は、語感が似ているからという理由で彼女の名前「キヌコ」から名づけられた。



「しかし、治美は住民登録もない住所不定の未来人だ。あまり周囲の注目を浴びるのもマズイなあ」


 雅人が思案していると、エリザがそごう百貨店を指差して言った。


「そごうへ行こか!あんたに帽子()うたるわ」


「えっ!?あ、ありがとうございます!」


「いいとこ、あるじゃないか、エリザ」


 エリザはフンと鼻を鳴らして言った。


「うちを差し置いて、この子の方が目立つなんて許せへんわ!」




 雅人たちは一旦横断地下道を通って大通りを渡ると、「大阪行一番早い阪神電車」と書かれたそごうビルの前を出た。


 そして、彼らはそのままそごうデパートに入って帽子売り場に向かった。



「これがいいです!」


 治美は鏡に映った自分の姿にご満悦だった。


「もっと髪の毛を隠せる大きな帽子の方がよくないか」


「いえ!これがいいです!」


 そう言って、治美は赤いベレー帽を少し斜めにして被った。


「あんまりオデコ出したくないなあ」


「だったら、もっと浅かぶりにせな」


 エリザが治美を手伝って、二人で あーだこーだとベレー帽の被り方を試しだした。


「最初に後ろ髪を軽く束ねてポニーテールにしたらどうや」


「左の髪を耳にかけて、右の髪を前髪と一緒に流せば小顔に見えるね」


「そうそう!生え際に引っ掛けながらそのまま後ろに倒すんや」


 治美は正面から鏡に向かって立った。


 鏡の中には黒縁眼鏡を掛け、赤いベレー帽を被って微笑む治美の姿があった。


「自撮りもできちゃうのよね」


 そう言って、治美はコミックグラスを使って自分の姿を写真に撮った。


 後にこの赤いベレー帽は治美のトレードマークとなり、日本においては戦後の漫画家の間でベレー帽が流行するきっかけとなるのだった。


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