御影新のやり直し⑬
下条匠と合流を果たした僕は、彼の下で安全に行動するようになった。
……といっても、敵との戦いに明け暮れていた下条匠の行動は、時として僕をひやりとさせる部分もあった。
魔物の大軍との戦い。
上級魔族との戦い。
そして何よりも驚いたのは悪魔王イグナートの奇襲だった。
悪魔王イグナートは、宣戦布告なしにこの都市の一部を破壊した。待機組として校舎に残っていた僕は、たまたま助かっただけ。
僕は未来から来たから、下条匠の仲間が誰も死なないという事実を知っている。
でもいくら未来を知っているといっても、前回の世界でこの時僕はここにいなかった。本来存在しないはずの人間が存在しているのだから、新たな犠牲者となってしまう可能性は否定できなかった。
ここでこうして生きていることは、本当に幸せなことだ。
そして、危機とは死ぬ危険だけじゃない。
二回、僕を避難させようという話があった。
最初はアメリカ軍に引き渡すという話だった。
いろいろと難癖つけて脱出を拒む予定だったんだけど、結局アメリカ軍が裏切ったことによってこの件は破綻した。僕にとっては全く偶然で、幸運な話だった。
次はミゲルの元信者たちと一緒に僕を関西に送る案。
イグナートとの戦いによって身に迫る恐怖を感じた下条匠は、各地を転戦しながら魔族の勢力を削ぐ戦略に切り替えた。約半年におよぶその旅の過程で、ミゲルの元信者たちとともに僕を関西地方へと送る案が出た。
これにはどうやって言い訳しようかと考えていたけど、結局いい案が思い浮かばなかった。だから思いついたそれっぽい理由を適当に言うことしかできなかった。
下条君のもとを逃げ出せば、きっと加藤君に襲われる。
僕も世界を救う戦いの手伝いをしたい。
同じ異世界から帰還したのに僕だけ逃げ出すことなんてできない。
最初に異世界転移したとき、僕が貴族たちを倒していれば……。
僕のスキルがあれば、きっと下条君の嫁探しの役に立つ。
こんな言い訳の羅列だ。
少し、苦しい言い訳だったことは否定しない。
でも僕は、曲がりなりにも半年間、下条匠たちとともに一緒にいた。魔物を倒すのだって手伝ったし、校舎では掃除も料理もそれなりに手伝った。
すべては僕がスキルを取り戻すため、という下心はあったけど、そんなことを知らない下条匠は僕のことをある程度信用してくれたんだと思う。
もっとも、他の女子たちは相変わらず僕のことを煙たがっているみたいだけど。
そして、とうとう運命の日が訪れた。
始まりは、突然教室が光り輝いたことだった。
その時グラウンドにいた僕は、すぐにその異変に気が付くことができた。光の生まれた場所……すなわち教室に向かうと、そこには二人の子供がいた。
あ……あれは……まさか……。
「お父様」
「お母様」
えっと、男の子の方はエドワードだったかな。
それともう一人は……。
り、リンカちゃんじゃないか!
ふ、ふひひひひっ、やっぱりリンカちゃんはかわいいなぁ。これまで年増ビッチに囲まれてたから本当にきつかった。
しかもどうやらリンカちゃんは下条匠が嫌いな様子。僕の好感度が上がりすぎてて辛い。
力が戻ったらたっぷりかわいがってあげるよ。ふひひ。
二人が戻ってきた詳しい事情を、僕は知らない。前の世界では聞く機会がなかったからだ。
僕は再会の場に居合わせながら、二人の話を聞くことができた。
先日異世界へと戻った下条匠の嫁――阿澄さんのかわりに二人の子供がやってきたみたいだ。
下条匠の支援要請に応じて、数々のアイテムを持ってきてくれたらしい。
「…………」
あの盾は……。
エドワード、と名乗る下条匠の子供が袋から取り出したのは、スキルを封じるとされる盾だった。こいつのせいで僕は下条匠と満足に戦うことができず、こんな状況に追い詰められてしまった。
今、破壊しておくか?
いや、さすがにまずいね。スキルも何もない今の僕よりも、下条匠たちの方が完全に力が上だ。僕があのアイテムを壊そうとしたら、必ず防がれてしまうだろうし、それはまさに完全な敵対行為。もう言い訳なんてできない。
残念だけど、あれは無視だ。
次に下条匠たちは水晶を使って異世界との交信を開始した。相手は向こうの世界の魔族のようだ。
その話を聞く限り、どうやら下条匠たちはアメリカで暗躍する魔族の存在に気が付いたらしい。あの魔族は僕にリンカちゃんの存在を教えてくれた。……といっても、知り合っていないこの世界では関係のない話だ。
そして水晶に映っている異世界の魔族は、下条匠の子供が持ってきた異世界アイテムについて解説を始めた。
その、中で……。
「これは……スキルの?」
「そうです。異世界人が使う固有スキル。その発動に必要なバッジです」
僕はとうとう、夢にまで見たそのバッジを見つけたのだった。
やった、やったぞ!
とうとう見つけた! 加藤君との交渉なんていらなかったんだ! あのスキルをほんの少しでも使えさえすれば、僕の勝利は間違いない。
無理やり奪って……。
いや、今あのバッジは下条匠が持っている。聖剣で武装して魔法も使えて肉弾戦も僕よりはるか上を行くあいつから、無理やりものを奪うだなんて不可能だ。
僕はこの日のために話を進めていたんだ。穏便にでも触らせてもらえる機会があるはず。
その後、異世界との交信が終わり、二人の子供との話が終わるまで僕は待ち続けた。
空気を読んでここまで待ったんだ。
そろそろ……最後の詰めに入ろうかな。
「え、バッジを貸してほしい?」
夜、僕は下条匠にそう話を切り出した。
ここは例の異世界交信用水晶の置いてある教室だった。下条匠はこれを使って異世界と二度目の交信をするつもりだったようだ。
近くには大丸さんが立っている。どうやら一緒に話を聞くつもりだったようだ。
「前にも話したけど、僕のスキルは〈捜索術〉ってスキルでね、顔を知っている人間を探すことができるんだ」
「そうだったね。それがどうかしたのか?」
「ミカエラさん、まだ見つかってないんだよね? 僕は彼女の顔を覚えているから、スキルを使えばどこにいるか分かると思うよ」
まあ、一度も話をしなかったうえにもう一年以上たってるから、顔なんて覚えてないんだけどね。〈捜索術〉なんて嘘スキルの前提だから、関係ないんだけど。
「そ、そういえばそうだったね! 御影君のスキルがあれば、ミカエラがどこにいるのか分かる……」
「これまでごめんね。やっと僕も下条君の役に立てそうだよ」
「ありがとう御影君! 君はいてくれてよかった! これでやっと家族全員揃うことができるんだな……。ああ……やっと」
下条君は大喜びで懐からバッジを取り出した。
ああ……これでやっと僕の悲願が……達成されて。
「いまだ」
「――御意」
「え?」
瞬間、僕は地面に伏せていた。
両脚に激しい衝撃を受けてたと思うと、僕は一瞬にして誰かに組み伏せられていた。
え?
な、なにが起こったの?
僕の背中に乗っているのが誰か、後ろを振り向ける状態じゃないから分からない。
だけど僕が首をゆっくりと上にあげると、そこには……両腕を組んでこちらを見下ろす女――赤岩さんがいた。




