御影新のやり直し⑩
加藤君の配下、〈スカル・ジャンキー〉の構成員と遭遇してしまった僕。
彼らは僕に加藤君の毒薬を使うと言った。全身から血の出る恐ろしい効果らしい。下手をすれば死ぬかもしれないと言っていた。
怖かった。
今、僕はスキルを使えない状態だ。当然だけど毒薬の力を無効化することはできない。
話を聞く限り、相当痛そうな毒薬だ。本人たちは僕を殺すつもりはないみたいだけど、万が一という可能性もある。
強烈な不安にさいなまれた僕は、耐えきれずに漏らしてしまった。
……く、悔しい。
こんな雑魚を相手に、無様な姿をさらしてしまった。
「へへへ」
この悲惨な状況を見てもなお、男たちは僕を見て笑っている。加藤君と同じ……非情な性格だ。もう……僕は逃げられないのか?
「……なあ少年。そんなに俺たちが怖いか?」
「は、はい」
「まあ、見逃してやらなくもないぜ」
「ほ、本当ですか?」
冗談、である可能性もある。
でも内容によっては本当に見逃してもらえる可能性もある。僕をいじめて楽しんでいるのがこいつらの気まぐれである以上、強いこだわりがないのも事実だ。案外適当な理由を付けて見逃してくれるかもしれない。
何か条件を付けるつもりなのかな?
「うんこ漏らしてみろよ」
「え……」
その言葉に、僕の頭の中は真っ白になった。
「そうすれば見逃してやる。うんこ漏らすほど怖がってんなら、俺たちだって考えなくもないぜ?」
「そ……そんな……」
僕が漏らしてしまったせいで、男たちに変なアイデアを与えてしまったらしい。下品で最低な……呆れる提案だった。
「できねーならいいぜ、この薬を使うだけだ。ま、その歳で急に漏らせっつーのも無理な話だよな」
「…………」
確かに、男の言う通りだった。
漏らすのに抵抗がないわけない。ましてやそれが小ではなく大であるというならなおさらだ。普通に考えたら無理な話。
でも……ぼ……僕は。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
時間を巻き戻す前のことを思い出す。
僕はスキルをもっていた。やりたいことは何でもできた。加藤君にだって馬鹿にされなかった。魔王という最強の存在と関係をもった、世界的に見ても明らかな勝ち組だった。
僕は……あの栄光の日々に戻りたい。そして下条匠に復讐を果たすんだ。
たとえどれだけ非常識でも、恥辱にまみれていたとしても。
こんなところで、諦めるわけにはいかない。
何の努力も苦しみもなく、力を取り戻せるはずがないんだ!
だから僕は……。
ブリッ。
僕は……プライドを捨てた。
パンツをはいたままで……。
「ぎゃはははははははははははははっ、こ、こいつ! 本気でもらしやがったぞ!」
「が……学生だよな? この歳で、少し脅されたからって漏らすか普通? しょ、正気じゃねーよっ!」
「記念だ、写真撮っておけ! おいメガネ、こっち向いてピースサインしろやっ!」
僕は泣いていた。
ああ……僕は何のためにここにいるんだろう?
これじゃあ加藤君にいじめられていた時と全く変わらないじゃないか。
あの時、変な気を起こさなければ……。
下条匠が僕に襲い掛かってこなければ。ちょっと娘に手を出したからって怒って攻撃してくるなんて、なんて短気な奴なんだ。
くそっ、くそっ、全部下条匠が悪い。
どれだけ心の中で悲鳴を上げても。
どれだけ下条匠のせいにしても。
僕の心は満たされない。
鼻につくにおいと、べっとりと汚れたパンツ。
「へへ、へっへへ」
上機嫌の男たちを見ていると虫唾が走る。僕の汚らしい姿を見て何が楽しいって言うんだ?
「へはっ?」
瞬間、男の姿が視界から消え失せた。
「ごはっ」
一瞬で電柱に叩きつけられた男。
僕は何が起こったのかすぐには理解できなかった。が、周囲を見渡して即座に何が起こったのかを知る。
男は、蹴られたのだ。
彼がいたちょうど左に立っている、この男によって。
「大丈夫か? 御影君」
この……声は。
やっぱり。
ゆっくりと顔を上げると、そこには僕の待ち望んでいた人物が立っていた。
「まさか……、し、下条君」
下条匠。
服こそこの世界のものだが、手に持っている刃物は異世界の聖剣だ。
「久しぶりだね、御影君」
後ろにはクラスの女子たちが控えている。全員じゃないけど半分程度だ。
の……乃蒼までいるじゃないか。
どうやら、すれ違いになってしまっていたらしい。
下条君たちはすでにこの世界にやってきていたようだ。それが今日のことなのか昨日のことなのかは分からないけど。
もっと早く出会えていれば、こんなみじめな結果にならずに済んだのに。
「ひ、ひぃ、あなた様は、昨日の……魔族?」
「お前ら……一紗だけじゃなくて御影君にまでこんなことを……。あの時は見逃したけど、もう許さないぞ」
「え……な、なんで俺らが? 俺ら加藤さんの」
「ふんっ!」
「うわああああああっ!」
異世界で勇者として数々の魔族たちと戦ってきた下条君。その力は加藤君の配下程度ではどうにもならないほどだった。
「お、おい、こいつまずいぞ?」
「薬だっ! 加藤さんの薬を……」
「遅いっ!」
加藤君の薬が危険。そんなことは僕じゃなくて下条君も良く知っていることだ。薬瓶を構えようとした男たちを、彼はすぐに制圧していった。
下条君はすぐに男たちを気絶さえた。
スキルも使わず。聖剣としての能力も魔法も使わず、ただ剣と体術だけで男たちを圧倒した。
なんて強さなんだ……。




